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Escape ~逃逸~

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Escape ~逃逸~ ◆JvezCBil8U



神様なんて、くそったれだと思ってた。



……いや、思っている。

いつだって世の中は理不尽すぎて、何もかもが何もかもを唐突に台無しにしてしまう。
そこには慈悲だとか愛だとか、連中がさも大切であるかのように謳い上げる代物なんざ介入する余地は存在しない。
ただただ、物質的な事実、たとえば建物や人間が唐突に木ッ端微塵にフッ飛ばされるという光景が存在するだけだ。

まあ、そんな木ッ端微塵の一つに私の両親やらが入ってるわけだが。

そしてそれを引き起こすためのお題目はいつも神様の正義を貫くためと来たもんだ。
もっとマシな言い訳を思い付かんのかね。
いずれにせよ、だ。
裏にゃあカネやら利権やらが絡んでいるんだろうが、少なくとも私のいた場所では正義とやらが民衆どもを納得させるに十分な代物だった。


正義。
正義。
――正義。

正義ってのは何だ?
人の信条やら理念やらは千差万別だ。
それら全てを納得させられる正義なんてない。あるはずがない。
とある誰かの死や苦しみさえ別の誰かの喜びになる。
政敵やら肉親の仇なんてご大層なモノを持ち出すまでもなく、例えば葬儀屋や神父だって人が死ねば金が入って喜ぶんだからな。

結局は、要するに。
どれだけご立派な事をほざこうが、正義なんてものはそれぞれのエゴに過ぎないのさ。

……そう言えば、テロリズムに正義はない、なんてどこぞの国のお偉いさんはほざいてやがったな。

そりゃあいい。
正義なんかクソ以下だ、犬のエサにも勿体ねえ。
テロリズム上等、暴力ってのは一番分かりやすく効果的な主張の方法じゃないか。

私はテロリストだ。
どうしようもなく、正義とは程遠い人間だ。

……敢えて言うなら。
この私が正義なんて持ち合わせているとしたら、それは神を否定し、ぶち殺す事だ。
神の全てを否定して、粉々よりもなお細かく叩き砕いてやる事だ。


*****

「って訳で、だ。お前にその気があるんなら妲己って女を捜しとけ。
 リスクとコストは保証しないがな」


――雨流みねねは、一人の巨漢と対峙していた。

「……ありがとう。じゃあ僕はこれからその人を捜してみようかな」

鋼の鎧を着込んだ巨漢の名は、アルフォンス。
アルフォンス・エルリック
国家錬金術師たる鋼の錬金術師ことエドワード・エルリックの実弟であり、自身も優れた力量を持つ錬金術師である。
正確には鎧を着込んでいるのではなく、今の彼の体そのものが鎧ではあるのだが。

それよりも、我々も現況の確認に入ろうか。
とはいえ見ての通りである。
それぞれ一つずつの台詞による対話の通り、彼女らは今しがた情報交換を終えたところだ。

彼女らの元いた場所での人間関係や基礎知識、そしてこの殺し合いの場に連れて来られてからの経緯。
研究所あるいは工場、どちらに向かうにしても山道を通るのが楽そうだと判断したみねね。
その山道の入り口を歩いているうちに偶然出くわした彼と、一先ず情報が必要だと互いに語り合う事にしたのである。

とはいえドラゴンころしを担いだ鎧の男など見るからに危険人物であるのだし、
手にある職がテロリストなどという慎重さを真っ先に要求するそれであるみねねが彼と出くわした当初、
それこそ仲良く喧嘩する猫と鼠じみた愉快で不毛な追いかけっこがあったのだが。
そのおかげでだいぶ山道からは離れてしまった。

とりあえず、そういうどうでもいい事はすっ飛ばしておいて、必要なところだけさっさと描写しよう。
……と、その前に追いかけっこでみねねはせっかく作った閃光弾を無駄に使ってしまった事だけは付記しておく。
黄金ではないが鉄の塊で出来ている錬金術師が目潰しの小道具に遅れをとるはずは無いのだ。
自分が閃光弾に目をやられないように目を閉じていたその僅かな間に、錬金術とやらでとっ捕まったのが運の尽き。
……一応、その錬金術とか言う手札を先に曝してもらったからこそ、あらためて話を聞くに値すると判断できたのは怪我の功名と言ったところだが。

さて、話を戻そう。

「そちらも兄さんやウィンリィと出会ったらよろしくお願いします。それと、みねねさん……」

――アルフォンスの口から出たのは、身内を心配する声。
そして何かをみねねに頼もうとする声だ。
前者は、大切な存在を憂慮するという当然の行動だ。
その心配できる誰かがいるという事にみねねは僅かに心を揺らし、そして気づかれないよう首を振る。
次いで浮かび上がってきたどこぞの刑事の顔を見なかった事にして、それより後者について考える。


考えるまでもない事だ。
この(態度を)見るからに善良な坊っちゃんの言い出すことなどいくらもない。
何せ、明らかに危険だと分かる少女を保護していると言うくらいなのだ。
殺し合いに乗っているかもしれない、程度の事しか聞いていないが、その少女は彼の鎧の内側で寝こけているらしい。

……そんな甘ちゃんは色々面倒だ。
いくら腕が立っても足手纏いになりかねない、先手を打って釘を刺す。
そちらの方がどちらにとっても身の為だ。

「同行なんてお断りだからな。
 私は逃げるのが本業でね、お前みたいに図体デカいのを連れてくつもりは全くねえ。
 一人で動く方がずっとやりやすいんだよ」

……そうだ、自分はいつも一人で何とかしてきたのだ。
同盟くらいは組んでもいいが、せいぜいそれ止まり。
目標を撃破撃滅し、逃げては生き延びる。
それが自分の流儀なのであり、この場でも変えるつもりはない。
身軽なのが一番さ。

「本業?」

くく、と素朴な問いにみねねは苦笑を洩らす。
そう言えば、デウスや未来日記、その所有者については話したものの自分の正体はまだ口にしていなかった。

この人の良い男――いや、少年は、果たしてそれを知った時どう反応するのだろう。
できれば怯えないでほしいと考える。
……それは、今後この少年を利用する為だ、他意はない。

みねねは頷き、皮肉気な笑みと共にその単語を告げた。


「――テロリストさ」


どす。


「「テロリスト?」」

暢気な少年の問い返しが、どうしてか知らない誰かの声とハモって聞こえた。
妙なものだと気楽にいぶかしんで、みねねは違和感の源をそこに見つける。

「――おい」

いつのまにかアルフォンスの土手ッ腹から、可愛らしい女の子の手が生えていた。



「あれ?」

アルフォンスがその首を傾けて確認しようとしてみれば、
それだけで無骨な巨躯の表面に一瞬で数え切れないほどの葉脈が走ってひび割れた。

まるでバターにナイフを入れるかの様に、鋼鉄の鎧の寸胴が花開いては剥がれていく。
四肢の一つ一つを熟れきった果実のごとく、ぽとりぽとりと落としていく。

間抜けな音が、鎧から漏れた。


「兄さ、」


それきり鎧は衝撃テスト後のダミー人形より手酷くひしゃげ、物言わぬ残骸が弾ぜて散らばった。
あたかも割れた花瓶の様に無造作に、雪降る様にしんしんと、踏切上の電車のように金切り声を迸らせて。

ぐちゅ、と、たかだか金属の塊のはずなのに、まるで人間が潰れたような音を洩らしたのが印象的だった。

ささやかな願いを叶えるために、禁忌を侵せるほど練り高めた錬金術も。
偉大な先人に弟子入りした際に、自分の子とは違い生き延びてほしいと師が鍛えあげてくれた体術も。
絶対に失わせないと、兄がその身を“持っていかれ”てさえ取り戻してくれた魂の、その拠り所たる不死の鉄身も、何一つ。
その何一つさえ意味を成す事無くスクラップが出来上がった。
欠片さえ砂粒ほどさえ微塵さえ、全く完全に完璧に完膚なきまでに完美なまでに役に立つ事無く、アルフォンス・エルリックは見事鉄クズに生まれ変わった。

彼自身が積み重ね、また兄や師、幼馴染たちに託されてきた想いなど、この戦場(いくさば)ではその程度のモノでしかなかった。
やあやあ、無惨なことだ。


那由他に等しく感ずる阿頼耶の沈黙。
そこに参ずるは実に空気の読めない、あどけない声である。


「――――正義の執行の時間です」


金臭い砂煙が立ち込める中。
粗大ゴミが邪魔臭く転がる中。

つい今しがたまで鎧のあったはずの場所に、少女が敢然と立ち尽くしていた。



*****


こんな冷たい鉄檻に気絶した人間を監禁するテロリストなど、断じて許せるものではない。



白雪宮拳が靄のかかった頭で、それでも意識を取り戻して最初に思った事がそれだった。
最初に形を成した思考が、それだった。

いつからかずっと、気づいたときからずっと、茫洋たる暗黒の海に見止める者もなくひとり溺れ続けている。
さっきまで立っていた確固たる足場はとうになく、翼ある銃の弾丸に抉られ消え失せていた。
……さっきって、いつなんだろう。
はやそれすら理解できず、沈黙の波間に漂っては安らぐ事もなし。

生まれ生きる事そのものが悪であるものがいるのならば。
よろづ全ての人を生かすことは正義なのか? それとも悪なのか?
それをお題目に掲げてこれから鏖殺せんとする自分は正義足りえるのか?
いや、そもそも殺す事を選択した自分は正義ですらないのだろうか?

――はじまりは、過って名も知らぬ異形の少女を殺してしまった罪悪感。
加えて初対面の親しくもない男に囁かれ、嘯かれた夢見事。
そんな不確かで心許ない良心と甘言に従った時点で、少女の進む道はつり橋よりも細く、よくよく揺れる代物と成り果てたのだ。

一歩進む、もとい一歩進もうとするそれだけの行為で足元は天地鳴動ほどにも揺れ走る。
船酔いにも似てなお強烈な気持ち悪さに包まれて、だから少女は何か碇が欲しかった。

自分を繋ぎ止める鎖。
燦然と輝き北方を誇示する極星。
これだけやっていればいい、それを示す絶対の羅針盤。

そんな何かが、欲しかった。

だから、彼女にとってその単語は実に都合のいい方便だった。

暗闇に浮かんでいてもはっきり耳に届く、テロリストという分かりやすい単語。

テロリスト、イコール絶対悪。
即座にそんな方程式が脳裏に浮かぶ。
恐怖を糧に己がエゴを民衆に押し付け血と肉の驟雨を届ける絶望の配達人。
ソレをのさばらせる事は一刻たりともしてはならない、そんな義憤が巻き起こる。

そして、彼女の正義の心に端を発する義憤は覚醒を十分すぎるほどにもたらすくらい、強いモノなのだ。

……いや、訂正しよう。
縋るものがそれしかないが故に、強く強く執着せざるを得なかったのだ。


まあぶっちゃけた話、思考放棄だ。



単純明快な悪を叩き潰す。
生きている限り悪を振りまく様な存在は、何をおいても粛清しなければならない事は変わりない。
後ほど生き返らせるかどうかの選別とはまた別の話で、自分のような動機以外で殺し合いに乗った人間は皆、悪だ。
悪は倒す。勧善懲悪、子供でも分かる行動原理。
そしてまた、自分は皆殺しをする事を選んだのだからやる事は変わりないわけで。
とりあえず身近な悪をブチ殺す事は、彼女の行動指針になんらブレをもたらす事はない。

自分を苛み刻み続ける問題はひとまず棚に上げて、目の前の事だけに専心すれば悩まされる事はないのだ。
単純明快な正義とやらに縋るしかなくて、だから非常に短絡的な思考だけを前面に押し出していく。

ああ、さっさとこの檻を壊して自称テロリストを殺してあげればいい。
そうと決まれば躊躇う事はない、たとえ武器がなくとも自分の体質のもたらす剛力は、鉄の皮一枚破れないほどひ弱くない。
剛力番長は冠した名前の頭文字を暴の一字に変えてチカラを振るう。

だからその拳で檻をブチ抜きこじ開け広げ、邪魔な部分は千切って捨てた。
周りの鳥篭の一切合財を粉微塵にして、しばらくぶりに外気に触れる。


――ああ、新鮮な空気が気持ちいいですわ!
全く酷いものです、檻の中の油臭い空気はもうたくさん。
こんな場所に私を監禁するようなテロリストは、断じて許せませんわよ。


あまりにも間抜けで救われない話だが、ここで注釈を入れておくとしよう。
要するに彼女は、自分を包む鉄の塊が一個の人格を備えた魂の器などとは全く気づいていなかったのだ。
最初ッから最後まで!
これ……ッぽちも疑う事すらせず!
一人の人間と認めることすらせず!
テロリストという物騒な単語を聞いて、この冷たい拘束具が自分を捕らえ離さない様にするための物であるという考えにしか頭が回らなかったのだ。

あるいはつい先刻、化け物のような少女をやはり救いようもなく殺したその瞬間と同様に――、
“気づいていない事”にしたのかもしれない。
我々にそれを知る術はない以上、詮無い事ではあるが。


*****

「――おい」

呆然。

「おい……」

絶句。

「――――おいッ!」

驚愕。
そして悲鳴にも似た咆哮。


「何ッだよ、こりゃぁよおォぉ……ッッッ!」



――叫びながらも、雨流みねねは慌てない。
感情は頭の表層のみに留め置き、紛争地域で鍛えぬいた判断力を総動員。

脳髄の危機への対処を司る箇所を起動。
リスク管理及びに安全確保に専心、全速で回転。
現状把握及び今後数シーケンスにおける展開を予測。
想定可能なパターンの拾い出し開始。

「テロリズムは、悪です! 許されない事ですッ! ……私が貴方に正義の鉄槌を下しますッ!」

真っ先に想定するのは相手の沈黙、即ち抹殺が可能か否か。

「――く、」

無理だと判断。

判断は迅速、逃走の一択だ。
いくら爆破能力を手に入れたとはいえ、素手で鋼鉄を引きちぎる化け物に敵うはずもない。

……ボムボムの実、全身爆弾人間なんて言えば聞こえはいいが、要するに相手に触る事叶わなければ全く以って意味がない能力だ。
言葉尻ほど役に立つ能力ではなく、相手に接近接触可能な程の身体能力と体術があって始めて効果を発揮する。
みねねは確かに身体能力が低いわけではない。
だが、人間の域を外れた化け物相手に突っかかっていけるほどでも、勿論ないのだ。

それなりの準備があるならまだしも、こんな遭遇戦での勝ち目はそれこそ0といっていい。

相手の表情を確認すれば、自分が正しいと信じる――信じたがっている子供のそれだ。
厄介だ。
相手はガキだ。力を持ったガキだ。
年齢的には自分と大差ないかもしれないが、精神的にはぬくぬくとしたぬるま湯に浸かって育ったクソガキ以上でも以下でもない。

だからこそ、その純真さが厄介なのだ。
正義やらにトチ狂った阿呆は常に物質的な損得を度外視する。
故にいったん退いておかねばなるまい。

「そったれがぁぁあああああぁああああ……っ!」

吼える。
相手を怯えさせられればいいと思うも、そこまでは実際には求めていない。
いずれにせよ一瞬自分の叫びに気をとらせる、それだけが目的だ。
叫びがあるならば、それに付随して何らかのアクションを起こすと誰だって考えるだろう。
勿論、自分もそのセオリーからは外れない。
ただ――、そのアクションそのものを、予想外のものにしてやるだけだ。

思い切り振りかぶり、クソガキの足元に投げつけてやる。

「……!? 小癪な真似を……!」


直後、煙が立ち上り、少女の姿をかき消した。


煙幕。
黙々と、モクモクと立ち込める黒と灰色の実体なき壁は、確かに自分たちを別ってくれる。

駆ける。
駈ける。
――翔ける!

クソガキが動揺した、僅かな隙。
虚を突いた今しか出来ない事がある。

みねねの片目に映るはゴミの様に転がった、鎧の欠片がくっついたままのアルフォンスの首輪と彼のデイパック。
一心不乱で少女の傍を走り抜け、その二つをデイパックに放り込みつつ勢いを殺さず突き抜ける。

どんな道具でも、この相手の傍に置いておいてはロクな事になりはしない。
本当は大剣――ドラゴンころし――も回収したかったが、みねねにそんな代物を持ち上げている余裕はない。


結果として。
雨流みねねは何一つ判断を過つ事無く、このガラクタ置き場からの離脱に成功した。




――しばし、後。

煙がゆっくりと晴れていく中に、仁王立ちする影が消えずただ存在を誇示している。

「……逃がし、ません……っ」


テロリストを倒す、と、その事だけを考えていないと、余計な不安がまた鎌首を擡げそうだったから。
故に、名も知らぬ隻眼の少女を殺す事だけを考えて、考えて、ただただひたすらに考える。
今涙が出ているのは決して殺人を決意した自分が悲しいのではなく、煙に目が染みたから。
自らのデイパックに手を伸ばし、とある道具を手に取り頷く。

――不意に思い出したのだ。

もしや、という疑念はいかづちに等しい直感と混ざり合って少女に強い強い確信を抱かせる。

ああ、思い返してみるならば。
自分がテロリストの単語を聞いてすぐに覚醒する事ができたのは、その事が常に引っかかっていたからかもしれない。


雨流みねねというテロリスト。
彼女の名前が記された、この道具を手にしたその時から。



それから、彼女の背後で藪を揺らす、がさり、という音が聞こえた。



*****


あらん、中々面白いものが見れたわん。
……もしかして使えるかもしれないわねぇん。



*****
最後の『仕掛け』を設置し終えて、雨流みねねはゆっくりと嘆息する。

「……ま、こんなモンか」

額の汗を拭き拭き呟く声には、言葉とは裏腹に不安が滲んでいる。
それはそうだ、こんな小細工などどこまで通用するか分からない。

罠。トラップフィールド。
そんなものを、みねねはH-4〜H-5の山道付近に幾つか作り上げていた。
尤も逃げながらの簡易なものでしかないので、そこまで頼りには出来ないだろう。

どんな代物かといえば実にシンプルなワイヤートラップ。
自分の最後の支給品として渡されていた、極細の“金属糸”。
それらを木々を利用して張り巡らせて、ついでに自分の商売道具も絡めておいた。
単純にワイヤーを用いた足払い(これほどの細さなら、勢いがついていれば足の切断すらできるかもしれないが)の他、
自分の血液を染み込ませたメモ帳をワイヤーに連動させて起爆させるようにしたのだ。

ボムボムの実の能力は、自分及び自分の体の分泌物への爆発能力の付加。
その吐息までもが爆発するのであれば、血液であってもそれが通用するのは道理だろう。
血液そのままでは扱いづらいため、ニトログリセリンを珪藻土に染みこませてダイナマイトにするがごとく血液をメモ帳に浸透させたのだ。
その上で、“鼻空想砲”や“そよ風息爆弾”と同様に『何かに触れたときに自動で起爆』というトリガーをセットしてやれば、間に合わせとしては上等なトラップの完成である。

また、ワイヤーそのものにメモ帳爆弾を巻きつけたものの他、地面に埋め込んで土塊を撒き散らしたり、木に取り付けて幹をヘシ折ったりなどの種類がある。
一応まだ金属糸は4本ほど余裕があるが、何か今後使えるかもしれないので保険として取っておくことにする。

――地図で見る限り、この山道は島の中心側としては唯一のまともな道路だ。
ここを抑えておけば、比較的うまく立ち回れるはずである。
それは何もあのアルフォンスを殺した少女への対策だけではなく、この先の展開全てを見据えた布石だった。


まあそんな布石は、悉く意味もなくこの場で潰える事になるのだが。

山道の上方にて、瞼の上を拭ったみねねが高みから眼下を見下ろしてみれば。

「――おい」

何故だ、何故分かる。

「冗談も大概にしやがれ」

なんでこいつがココにいる。

「……ざっけんなァ!」

どうしてこんな短時間で、罠を潜り抜けて場所を突き止められる……ッ!


一念を込めて見据える先に。
ドラゴンころしを肩に、少女の皮を被った狂信者が悠然と歩み寄る。


答えは簡単だ。
例えば、首輪の探知機の様な物を持っていたのだとしたら。

いや、それでは無傷である事の説明がつかない。
この道を上がってきたということは、経路上間違いなく地雷原に突っ込んでいる。
なのに何故、煤一つ泥一つ被っていないのか。

それを説明できる道具を、雨流みねねは知っている。


「お前、日記……所有者かぁぁあぁぁッ!」


「――あの道具は、つい今しがた私の同志に預けてきました。
 私を応援して、手伝うといって下さった――テロリストを絶対に許せないと仰ってくれた方です。
 貴方があの道具を悪用したくとも、私から逃げ出そうとしても、貴方はもはやそれを手にする事もできません。
 ええ、今ここで、私たちが倒すのですから!
 私が追い詰め、あの方が行く手を塞ぐのですから……っ!」

ざく、ざくとゆっくり一歩一歩を踏みしめて、狂った正義はにじり寄る。
何を勘違いしたか自分は日記の奪取を狙っているとでも思われたようだ。
まずい、とみねねは感じる。
感じるなどというのは生易しいか、警報が針となってただひたすらに全身を刺し貫いているような感覚すらある。

協力者、それも日記を見ている者がいるとするならば逃亡日記のない自分はまず逃げる事は出来ないだろう。
そしてまた、この女が日記所有者なのだとしても手元にないならば日記の破壊を狙う事はできない。
……まあ、日記所有者でなくとも日記は利用できる。
たまたま主観情報に因らない日記を手に入れただけという可能性は否定できない。

どうする、と、ただひたすらにその事だけを思考。
回答はコンマ単位で弾き出される。
応えは明朗、己が足を用いて疾走。

――疾走! 疾走! 疾走!

「……! また逃げるのですか!? 無駄な足掻きを!」


バーカ、日記所有者相手に逃げられるなんざ考えてねえ。

心の内でそう呟き、背を向けて走り出す。
狙うのは布石。
逃走か戦闘か、決断はそれを果たした後にすればいい。
現状打破の勢い以ちて、みねねは薄ら暗い木々の影へと身を躍らす。
木陰に入りて三々打つ。

瞬間。

「……っ!」

びゅう、と右頬を風が掠める。
ぼこりと、すぐそばの木に真ん丸いクレーターが出来上がった。
散らばる木片が頬に傷を作り出す。
みねねは知る由もないが、それはアルフォンスの残骸を剛力番長が投擲した結果できた物だった。

手ごろな鉄くれは、エネルギー保存の法則の通り投げて当たればとても痛い。
少なくともそこらの硬球なんかよりもよほど暴力的で、当たり所が悪かろうが良かろうが死んでもおかしくない。
だから、使いやすそうなのを幾つか見繕って剛力番長は印地撃ったのだ。
彼女の膂力を持ってすれば、ただの投石でも銃弾より恐ろしい代物となる。

「ちぃぃいいいいい……!」

バケモノが、と口の中の愚痴を押し込めてその瞬間を察知するのに全力を注ぐ。

――二投目。
頭に当たれば即死。
胴体に当たれば内臓破裂。
足に当たれば転倒、追撃が防げない。
唯一腕になら当たってもまだ保険が利くが、片腕になれば余計不利になるのは火を見るより明らかだ。

まあ要するに、どこに当たろうが致命傷モノな訳だ。

ふ、ふ、と走りながらの精神集中は意外にキツい。
特にこの宵闇の中ではいつ転倒してもおかしくない。
どこに木の根が張り出し、石コロが鎮座しているかも分からない状況は、追われる物にとって余りにも厄介すぎるお膳立てなのだ。

だがそれでも逃走のプロフェッショナルたる雨流みねねにとっては瑣事にすら値しない。障害とはなりえない。
意識を研ぎ澄まし、辺りの現象を全て脳髄に叩き込んでいく。

木の葉が擦れて、ざぁ……と微風が凪いだ。
踏み込む腐葉土の感触は柔らかく、湧き出た湿気は汗と交じり合い体の表面を撫でていく。
呼吸はやや荒く、次の息継ぎでどうしてもペースダウンする事だろう。

だから、その瞬間横に跳べばいいだけだ。

「ふッ……!」

回避。
十二分な余裕を持って、あらぬ方向へ砲弾は飛んでいくよ。

「――な、今のは当たっていた筈ですのに……!」

……タイミングの調整は完璧。
十分の一秒前にソコにいたはずのみねねは掻き消えて、瞬間移動したかのようにその隣で足をひたすら前へ前へ。
剛力番長にはそんな光景が見えているに違いない。

とはいえ、追うモノ追われるモノ、彼我の有利不利が覆ったわけではない。
回避行動という余計な動作の有無は間隙を確実に満たしている。
……そもそもが、身体能力に差がありすぎるのだ。
そんな一動作があろうとなかろうといずれは距離をつめられ、背中を刺される事だろう。
刺されるよりも叩き潰されるの方が正しいか。

ざ、ざざざ、ざ、と、藪を駆け抜けていくその間にも距離はじりじりと縮まる。
縮まっていく。

この射程でも先刻同様の投擲へ緊急回避は可能。
されど、回避したとて剛力番長の肉体そのものによる連続追撃の対処は不可。
鉄屑をいなしても次の瞬間には剛力番長が目の前にいる。
それは決定された抗えぬ未来。

――故に、雨流みねねは剛力番長の暴力に踏み潰される。
――故に、齎されるべき必然の結末は死。
――故に、最初の最初から彼女の取ったいかなる行為も無意味。

そう、だから雨流みねねはここで散る。
鉄屑に身を貫かれて脳ミソと内臓と血液とリンパと肉片をブチ撒け惨めに死ぬか。
ドラゴンころしで髄を臓器を砕き割られ、黄色く汚らしい汁を垂れ流して死ぬか。
大して変わりはしまい。

投擲されたならばそれで仕舞いだ。
日記を確認するまでもないDEAD ENDフラグがそこにある。


そして順当な流れのまま、剛力番長が慈悲深い殺意を振り被った。

轟、と、物騒すぎる音と共に鉄くれが金切り声をあげて猛進してくる。
水蒸気の尾さえひいて突き進むそれは余りにも圧倒的な暴力だった。


「……!」

ただそれでも、こんなものでくたばってたまるかよと意地を張る。
当たってやるものかとばかりに、死がその直後に控えていると分かっていながらもみねねは全身のバネを使って回避。
服の一部をフッ飛ばしながら、暴力の塊はみねねの腹のすぐ隣を訪ね貫いていった。

そして、そこまでだ。
暴力の塊すらも生み出す、チカラそのものの権化がみねねの息の届く範囲に“い”る。

それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それはまさに鉄塊だった。

鉄くれすら赤子に感じられる大きさの剣を、チカラの権化は振り被っていた。
逃れる術は、どこにもない。

「……この白雪宮拳が、引導を渡して差し上げます」

哀しそうに目を細め、涙すら浮かばせてそれでも強く強く彼女はこう言い切った。

「お別れですわ」


対するみねねはただ、ぼう……と、鉄塊を見上げている。
そして、辞世の句でも告げるかのように、静かにこう零した。


「やなこった」


にぃ……、と、みねねの口端がしたたかに吊り上げられる。
その掌に握っていた白い物を鞠で遊ぶのと同じ動きで、宙に投じた。

剛力番長には、それが血に染まった紙切れのように見えた。


静かな森の中に、綺麗な爆華が花開いた。
香ばしい火薬のにおいと、瀑布の如き烈音が響く。



「あああぁぁぁああぁぁあぁぁぁああああぁぁああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁっ!」

それすら跳ね除けて、剛力番長の拳が華を散らせた。
拳を振れば、風が起こる。
風は炎を散らし、道を作り出す。

針や剣すらものともしないヒュぺリオン体質。
しかし電気や炎に対しては、完全に防ぐ事はできない。
だというのに、剛力番長はそれを撥ね退けた。

右手の肉を焼け焦げさせ、真皮を露出させながらもブチ抜いた。

「私はッ! 負けないッ! これで負けたなら殺した方に申し訳が立たないッ!
 私は正しい人々を生き返らせるまで勝ち続けるのですわッ!」

「ああクソが! だからトチ狂った奴は嫌なんだよ……!」

窮鬼の如きその表情に苦虫を噛み潰した表情を返しながらバックステップ。
みねねは後退しながら、血を染み込ませたメモを自分の目の前に次々投じていく。
願いましては一枚なり二枚なり、三枚なり四枚なり五枚なり六枚なり。

出来上がるは爆炎のライン。

星座を形作るかのように美しく、焔が暗闇を彩っていく。

「負けない……! 負けない……!
 負けない! 負けない! 負けない負けない負けない負けなぁぁぁぁぁいっ!」 

それら全てを、剛力番長は蹂躙した。
叩き割り、踏み潰して一直線にみねねに突き進んだ。
その姿はあたかも不死鳥。
全身に炎を纏い、熱風とともにひたすら翔け続ける。
たとえ幾度その身を痛めつけられようと、純粋さ故に止まる事を知りはしない。


「そうかい」

――テロリスト、雨流みねねはその生き様を見ても何一つ表情を変えず。
ただ、こう告げた。

「それじゃあ、」

一直線に進む剛力番長。
その足元、脛の辺りに鋭い痛みが走った。

「てめえは夢を見たまま死んでいけ」

仕掛けられたワイヤーが、皮膚に食い込んでいく。
同時、そのワイヤーに巻き付いた紙切れが特大の花火を引き起こす。

「――――!」

悲鳴すら聞こえず、剛力番長は足元から白い灯火に包み込まれた。


――機動力を削ぐ。
みねねの想定していた布石は、初めからそれだけだった。

あらかじめ仕掛けたトラップによる、脚部へのワイヤーによる切断と爆炎の波状攻撃。
ここに誘い込む事だけを最初から想定し、どうにかここまで辿り着いた。
もしこれが日記を持っていた上での行動ならばそれは十分な余裕で回避されていたはずである。

だがこの白雪宮とやらは、自分を探し当てるのに使っていた未来日記をどうしてか誰かに預けたらしい。
なるほど、彼女ほどのヒトを超えた身体能力の持ち主ならば、ちまちま日記に頼るよりもその暴力を存分に振るった方が効率的だろう。
事あるごとに日記を手にしていてはかえって集中力も散らばるし、片手が塞がってしまう。
白雪宮の剛力を考えるならば実に勿体無い。
また、もし本物の日記所有者ならば、日記は剥き出しの弱点ともなりかねないのだ。
これらのリスクを回避する為に安全なところに隠すのは十分考えられることである。
あと、性格面でも日記に頼って策を巡らすほど頭が回るとは思えないというのもあるが。

……だからこそ、そこに付け入った。
自分の突破口は機動力を削いだその先にしか存在しないと、みねねの頭脳はその数多の戦場の経験から導き出していたのだ。
足を斬られて爆破されたならば、どんな人間だろうと最早まともに動けまい。


すわ、想定外だ。
予測の斜め上にも程があった。

「正義はァァアアアァァァアァァアァァアァァ……ッ!!」

それこそ、ワイヤーが全く通じていないとは。

足の肉は半ば炭化しており、表皮に至ってはグジュグジュに崩れて炭屑とすら呼べない有様だ。
なのにそれでも、正義の狂信者はしっかと大地を踏みしめて前進する。
漸進する。
進軍し、蹂躙する。


「必ずゥゥゥ、勝ァぁぁぁァつのですわぁぁぁあああああぁああ……ッ!」


風を切る音は急降下爆撃機のそれにも等しい。ジェリコの喇叭を掻き鳴らせ。
ソニックブームすら発して振り下ろしたドラゴンころしの狙いは力いっぱいのあまり逸れ、みねねの左肘から先を掠めて数え切れない風の刃をつくりだす。
それだけで、彼女の左腕はずたずたのぐちゅぐちゅで、肉の中身の白い骨まであちこちから見えている有様となった。

「ぎ、」

鮮烈な熱さと、体が凍り付いていくという矛盾した感覚が同時にプレゼントされる。
悲鳴が肺腑の奥の奥の奥からせり上がってくる。
それでも唇を血が滲むほどに噛み締め、文字通り生きながらに肉を抉られる苦痛を飲み込んだ。

「畜生、がぁぁぁッ!」


――嗚呼、それはまさしく神の思し召しとやらだったのだろうか。
そんな筈はない。
神は、まつろわぬモノに寛容を示す事はない。

だから、純然たる雨流みねねの意思の行使の結果なのだ。
彼女が純然たる己の力のみで切り開いた、未来への糸口なのだ。



世間に報道されるテロリズムとは、当然の如く非常に歪められた一側面にしか過ぎない。

誰が好き好んで人を殺す?
誰が好き好んで自爆する?
誰が好き好んで――非難されると分かってそれでもテロリズムを敢行する?

偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。
そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。

ルカ福音書、6章42節より。

……テロリズムとは、力の絶対量がどうしても大きくない者がそれでも何かを訴えたいからこそ、
命に代えてでも伝えたいことがあるからこそ最後に取り得る手段。

しかしそんな必死な主張もメディアを通じる際に検閲される。
漉し取られた後、お茶の間に届くのはトチ狂った凶悪犯罪者が酷いことをやってのけました、
そう淡々と惨状を伝えるだけのリポーターと、さも憤っていると言わんばかりの偽善そのもののコメンテーターの声のみ。

どうして誰もが、そのフィルターの向こうにある必死な嘆きを聞き届けようとしないのか。
誰も彼もが、彼らに毛ほども興味を示してさえくれないからだ。

……届かぬ声の無力さに落胆しつつも、それでもなおきっと誰かが自分達を見てくれると信じて声を張り上げる者。
それこそが、そんな意思を強く持ち続けられる者こそがテロリストなのだ。



吼え上がるその大きく開いたクソガキの口に、直感的に握り締めたそれを叩きつける。

「――――!!!???」

剛力番長の目端に映ったのは、アルフォンス・エルリックの首輪だった。


「散ィィり、やがれ――――――――!」


――外そうとしたり強い衝撃を与えても爆発するから気をつけるようにしたほうがいいのう――

そう、首輪は立派な武器をその内側に仕込んである。
この会場にいるどんな存在であろうと、首一つを軽々吹っ飛ばすのに十分な程の爆薬を。
あんまり派手に自己主張して他人を巻き込むのはよろしくないため、爆発は内へ内へと指向性を抱かされているものの。
内側の肉を抉る事だけに専心した仕様のその威力は最小のコストと最大の効果を両立させる。

かろうじてまだ動く左腕、その先端の拳に意識を集中。
皮膚を。筋肉を。血管を。血液を。神経を。爪を。
細胞を。骨格を。骨髄を。体液を。産毛を。毛根を。

拳のありとあらゆる構成要素を爆弾と変えて、フッ飛ばす。
たとえそれが、制限によって自滅当然の結果をもたらすのだとしても。


――新星の煌きが、満ち満ちる。





そして。
デイパックに放り込まれた首輪、その周りに癒着していた鉄くれの内側の血印。
かろうじて魂をこの場に留めていたアルフォンス・エルリックは、今度こそ完全にこの世から消滅した。
生存を気づいてもらう機会すらなく、言い残すべき事すら言えず。




【アルフォンス・エルリック@鋼の錬金術師 死亡】


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042:Destiny/Justice アルフォンス・エルリック GAME OVER
036:イノチ/タマシイ/ココロ 雨流みねね 050:鬼巫女
036:イノチ/タマシイ/ココロ 妲己 050:鬼巫女
042:Destiny/Justice 白雪宮拳(剛力番長) 050:鬼巫女

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