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銀の意志Ⅰ

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銀の意志Ⅰ ◆JvezCBil8U


夜明け前の森。緊迫した空気さえ切り裂くように、鋭く男の声が突き刺さる。
周りは静寂、加えて静謐。
舞台は相対する二人の為にのみ仕立て上げられ、怯えて竦む傍らの一人は脇役へと成り下がる。


「錬金術を使えるか?」


求められる回答はイエスかノー。
シンプルな二択ながら、意図が明確でないという相反する要素を持つ問い。
鳴海歩はそこに“錬金術を『使う』とはどういう意味か”という切り口を見つけ出していた。

屈強な、おそらくは荒事の専門家であろう男。しかし一方的な殺戮を目的としているわけではない。
彼がどういう意図でこの様な言葉を発したのか。

男が早々に自分たちとの接触を打ち切ったのは、最初の一手で望むだけの情報が得られないと判断したからだろう。
つまり“錬金術”が何を意味するかはさておき、この状況を打開するに関係のある単語であるのは間違いない。
何らかのカマかけ、あるいは符丁だとしても、だ。

では、“錬金術”とは何か?
――自分が知る意味での“錬金術”が状況の打開に関係ありそうもない以上、全くの別物と考えるべきだ。
そしてまた、使えるかどうかを問うということは、使えない人間もいる――つまりは特殊な技能と捉えて差し支えあるまい。

「待てよ」

男が何故この様な問いをしたのか。考えられる理由は2通りだ。

ひとつ、男は“錬金術”に精通しているとき。
この場合、男は同じ知識を持つ自分の同類を捜索している。

ふたつ、男は“錬金術”について詳しい知識を有さないとき。
この場合、“錬金術”が状況の打開に使えると考え、より詳しい知識を持つ人間を捜索している。

「おっさん、首輪を外したいんだろ? 当てがないわけじゃないぜ」

おそらく正解は、後者。
男はつい今しがた、
『……知らないようだな。それならいい』
と洩らしている。
“知らない”ならば用がないということは、即ち目的は知識であり、人材ではないと解釈できる。
また、この状況で仲間を探しているならば、少なくとも敵対の意思のない自分たちにはその仲間に向けて言伝でも預けるだろう。

「そのために街で情報収集するつもりだったんだろ? だったら俺たちの話も聞いておいた方がいい。
 例えば……俺たちでもその気になればあんたを殺す方法があるって話なんかをな」

故にこれは好機だ。
“錬金術”が状況の打開の一手となるのであれば、知識を得ておくに越した事はない。
また、男と協調関係を築いておけば、その分だけ今後の敵と成り得る相手が減る。

「それに俺たちは携帯電話も持ってる。こいつの重要性はあんたなら説明するまでもなく分かるだろ。
 ま、先を急ぐっていうなら無理に引き止める気はないけどな」

だからこそ鳴海歩はカードを切り、男を交渉の卓に着かせた。着かせてみせた。
携帯電話という、情報端末を提示する事によって。

「……用件を聞こうか……」


静かに響く男の声に、誰にも気付かれる事なく鳴海歩は僅かに口端を吊り上げた。


「……そうだな、まずはあんたの一番欲しいだろう情報について教えてやる。
 代わりにあんたの知る“錬金術”についてと、その情報のソースとなった人物について知りたい。
 この会場にそいつはいるんだろ、どうだ?」

曖昧に濁しつつも意味は明確な、此方からの条件提示。
錬金術とは何か、そして、その知識をもたらした人物は誰か。
また、自分がそれらを会話情報から推測したという能力のアピールに対し、この男はどう反応するのか。
そうした相手を見極める複数の意図を込めた疑問は、まずは充分に作用した。

「お前の言う俺の一番欲しい情報とは何だ? 明確にしろ。さもなくばこれ以上の話は無意味だ」

――成程。ビジネスライク、かつ慎重に慎重を期す人間だ。
ならば今後はそれに即した対応を機軸に駒を進めていく。

「……こういう、」

頷き、鳴海歩はトントン、と己の首輪を突く。

「首輪とかを解除できる工作技術と、爆発物の製造及び処理のエキスパートのプロファイル、及び所在について……だ。
 ま、プロファイルについては俺の知り合いだから信頼してもらっていいけど、所在については伝聞情報だから確度は低いな。
 聞いておくだけ損はないと思うが、返答は?」

「……錬金術の情報については良いだろう。だが、ソースを明かすつもりはない」

ここで手を打つか? と鳴海歩は自問。
否、と自答。
聞きたい情報は確かに得られるが、竹内理緒という自分に近しい存在の知見をそうほいほいと広めるのは自分にとっても彼女にとっても立場を危うくする。
向こうが情報ソースを明かさないのと同じく、不確定要素は出来る限り減らしておきたい。
おそらく向こうも情報ソースの人間と何らかの交流があり、その際に何らかの取引があったか、あるいは恩義を受けたと見える。

「それじゃあこっちが損だな。知り合いについて情報を売るんだから、それなりの対価が欲しいところだ」

奇しくも“錬金術”と同じ等価交換の原則が今この場に働いている。
男は僅かに沈黙し、取引材料になりそうな情報を切った。

「この遊戯の会場における奇妙な現象の存在を教えよう。
 おそらく、まだ気付いているものは少数なはずだ」

ほんの数秒、鳴海歩は考える。
男にしてはあいまいな物言いが気になる。つまり、それだけ漠然とした情報だということだ。
だが、僅かなやり取りから透けて見えるこの男の性格から言えば全く無益な情報だとは考え難い。
それなりに意味があるものだ、と見て取って然るべきだろう。

「OK。じゃあ、こっちから先に情報を提供させてもらおうか――」



ずっと、劣等感を感じている。
この感情はなんだろう――と、自分で思う。

事あるごとに、考えろと自分に言い聞かせてきた。
たぶん、他の人よりも物事を考えてきてはいると、そう思っていた。

だけど、今の俺は何なんだろう?
一瞬でも弟のようにも感じたこいつに何もかもを上回られている、全くの役立たず。

俺が考えるよりもなお速く、俺が考えつくよりもなお深く。
そして、何一つ怯むことなく、俺が恐怖した男と堂々と対峙し続けている。

今、俺はこの少年に全てを、自分の命すら預けて傍観に徹している。

恐慌状態に陥って、心の中で殺さないで、とまで懇願した自分が――――

ただ、惨めだった。



竹内理緒のプロファイルと競技場にいたという伝聞情報を教え、代わりに錬金術と言語の謎についてを聞く。
互いに自分たち自身についての名前や情報も、当たり障りのない部分だけ伝え合った。
その結果、奇妙な異世界についての知見と自分たちが近しい世界の出身だという情報を得る。
代わりに先方も、ブレード・チルドレンと自分を取り巻く大まかな状況を知った事になる。
本来なら異世界など眉唾物と疑ってかかるべきだが、殺し合いが始まってからの数々の不思議現象や
言語の謎、そして目の前の男の性格を考えると真として捉えておくのが妥当か。

人間関係については竹内理緒以外のカードは今のところ、まだ切ってはいない。
向こうも同じく、異世界の人間の個人情報についてはやはり開示するつもりはなさそうだ。

……だが、頃合だ。
向こうも鳴海歩という人間を理解できただろう。
自分がこの東郷という人間が信頼(信用でなく、信頼)に値すると判断できており、
またこちらにその身柄を明かした以上はそれなりに信頼を勝ち得たと思って間違いあるまい。
偽名や虚言を弄されている可能性もあるが、今のところその可能性は低い。
東郷は元々単独行動をするつもりであったのだし、またビジネスライクな性格上、嘘をついて信頼を失うリスクは重々承知しているはず。
殺し屋、という物騒な職業を明かす必要性だってないのだ。

だから、切り込むのは今。
ぴっ、と指を立てて言い放つ。

「あんたがこの殺し合いでどう立ち回るのか、当ててみせようか」

全くの唐突に放たれた言葉に、東郷はこちらを見入るように顔筋の動きを停止させる。
不意を突き、こちらのペースを保ったまま本題に入る。
それが効果を発揮したかどうかはともかく、核心に至るまで話を繋げることは成功したようだ。

「報復だ、あのふざけた“神”の手下どもと本人へのな」


このゲームをぶち壊し、“神”どもを叩きのめすためにはどうすればいいのか。
どういう形を最終的に選択するにせよ、志を同じくする仲間を集めなくてはならない。
そして、この東郷という男との繋がりを断つのはあまりに勿体無い。

冷静な判断力と個人情報を黙秘する性格、そしておそらく相当に高いだろう実力。
特に、信頼できるというその性格が非常に有り難い。
こう言ってしまうのは失礼かもしれないが、安藤は信用はできても信頼するにはいささか危ういのだ。

鳴海歩が何故、安藤を仲間に引き入れたか。
その理由は至ってシンプル、彼の語ったとおり少しでも多くの人間の協力を得たかったからだ。
安藤は能天気でもなく、また、物事をしっかり捉えて対応することもできる。
後ろから撃たれる心配がなく、また自分の考えを持っている人間は大抵の局面で足手纏いにはならない。
また、彼の言葉は歩の思いも寄らない視点からのものもあり、確かに助けになっている。

……だが、その一方で安藤は脆く、甘い一面がある。
例えば、“腹話術”について自分に話してしまった事がそれだ。
おそらく異常な状況下で混乱していたことも原因なのだろうが、切り札を初対面の人間にペラペラ喋るのはあまりに良くない。
そうそう人を信じてしまうのはあまりに不安だ。
それも仕方ないのは分かっている、自分とは違って安藤は『持たざるもの』ではないのだろうから。

――鳴海歩はこうした自分の思考について、安藤に謝罪したい気持ちが確かにある。
だが、それが自分の強みだと分かっているが故に決してそれを口にはしない。
仲間すらを含めて何もかもを疑い、あらゆる可能性を想定するのは自分のようなものしかできないのだから。

それが、鳴海歩の意志。
たとえ誰かに裏切られ、また自分から誰かを手放す事があったとしても、絶望の中で笑ってみせる。

だからこそ、一つ手を打ちたいのだ。
少しでも多くの戦力を味方につけるよう、不慮の事態で別行動をしても安心できるよう。
安藤の弱いところをカバーできる協力者を得て、彼らを組ませたい、と。

東郷の言動と性格、そして殺戮の意志を持っていない事とヒットマンとしての沽券や行動理念。
それらを統合して類推すれば、彼の目的は明らかだ。

「回りくどい言い方はよせ。俺に何を依頼したいんだ?」

鳴海歩は用意していた言葉を放つ。
ヒットマンであるならば単純にボディーガードを依頼しても簡単に頷いてはくれまい。
だが、この言い方ならばどうだろう。

「この、安藤の殺害を試みる何者かが存在する場合、そいつの戦闘手段を始末してくれ」

安藤が、呆けた声を上げた。

「え?」

始末するのはあくまで戦闘手段のみ。
歩は、たとえ間接的にでも誰かを殺す選択肢は選ばない。
驚きを浮かべる安藤を吟味するように見つめ、東郷はその理由を問うた。

「理由を聞かせてもらおうか」


「さっき、あんたを殺せる手段があるって言ったろ?
 そいつを握ってるのがこいつだ、切り札は失いたくないんだよ」

「お、おい鳴海……」

ニヤリと笑みを浮かべる歩は、安藤に僅かに眼を向ける。
唐突に話の中心に引っ張り出された安藤はただただうろたえるのみだ。
無理もない、どうしてかいつの間にか自分が護衛される対象となっていて、
更に目の前の男を殺せるとまで持ち上げられているのだから。

「どんな手段だ?」

凍りつくような東郷の目線。
安藤は動けず、歩を見やる。

「東郷、俺には分からないように、安藤に何かメッセージを渡してくれるか?
 ……そして安藤、腹話術を俺にかけてくれ。
 東郷にかけたら信頼は瓦解するからな」



考えろ、考えろ、考えろ。

どうして鳴海はこんな事をさせる?
この男を仲間に引き入れる為、それは分かる。
……だが、それだけなんだろうか?
本当にこのやばい男は信頼できるのか?
そして、どうしてこんな取引だってこなせるのに、鳴海は俺なんかに声をかけたんだ?
こいつなら俺なんかに頼らなくてももっと上手く立ち回れるだろうに。

鳴海はあまりに堂々としすぎていて、嫌な考えが鎌首をもたげてくる。
……もしかしてこいつは、最初からあのムルムルやシンコウヒョウの仲間なんじゃないだろうか。
自分が本当は安全だと分かっていて、俺達を騙しているんじゃないだろうか。
そもそも、腹話術についてをこんな奴に喋ってしまってもいいのか?
根拠はあるのか、鳴海。

……まさか、な。
自ら腹話術にかかろうとするのは、流石に自殺行為だ。
例えば、俺がずっと声を上げ続けるよう命じたとしたら、やがて呼吸困難で窒息に陥る。
俺を信じてくれているから、鳴海は体を張ってそんな罠に自ら飛び込むようなことをするんだ。

……信じていいんだよな、鳴海。


ゆっくりと静かに、口元へと手を持っていく。




ふう、と小さくため息をつく。
腹話術について話すのは、正直悪手ではある。
だが、全てを話さなければこの男は依頼を受けないだろうし、錬金術についてのソースを明かさないこの男ならばまず口にはしないだろう。
安藤には申し訳ないことをしてばかりだ。自分は秘密をいくつも抱えすぎている。
正直信頼を幾ばくか失っただろう。
だが、リスクにおいてもリターンにおいても、払ったコストの見返りは期待できるはずだ。

「疑わないんだな、あんた」

「……超能力の類は知らないわけではない。
 そして、お前がそんなつまらないブラフを行うとも思えん」

……声を放っている間は意識が完全にトび、何を喋ったかも覚えていない。
これがどれほど恐ろしいことか、ヒットマンには嫌というほど分かるだろう。
安藤は大したことのない能力だと言っていたが、その真価に気付いていないのかもしれない。

「そうだな。まあ、今のはかなり強力なカードだと思うんだが……どうだ?
 俺たちに同行するのに報酬として足りるか?」

「断る。俺の利点が少なすぎる」

端的な東郷の拒否に、しかし歩は気楽な表情を崩さない。
それだけでは到底足りないのは分かりきっている。
自分の様な力のない人間ならともかく、東郷にとって修羅場慣れしていない安藤は枷にしかならないだろう。
腹話術を加味してようやく交渉の体裁が整うといったところだ。
だが、それで充分だ。
利点が少ないから断る、という事は、利点が充分あるならば引き受ける、という事だ。
リスクに見合う対価さえあればこの男は自分たちにつく。
歩が護衛対象を安藤だけに限定したのはその為だ。
守る人間が少なければ少ないほどリスクは減り、支払う対価もそれに伴って小さくなる。
自分の身は自分で守ればいい。

「……となると、報酬次第ってことだろ?
 金銭、って訳にはいかないからな、いくつか条件を提示するから、
 それがあんたにとって金銭の交換条件に値するか教えてくれ」

ニッ、と不敵な笑みを浮かべ、鳴海歩は言の葉を連ねていく。



この殺人遊戯を破壊する為には、3つのことについて考える必要がある、と鳴海歩は考えている。
推理小説と同じだ。

Who done it. フーダニット :この殺し合いは誰によって開かれているのか。
How done it. ハウダニット :この殺し合いはどんなルールや技術を用いて運営されているのか。
Why done it. ホワイダニット:この殺し合いはいかなる動機で行われているのか。

フーダニット、即ち“神”については心当たりがないでもない、といった程度でしかなく交渉には使えない。
従って、ハウダニットとそれを通じて分かるホワイダニットを提示することで、東郷を味方につける。


ハウダニットについては、

   * 首輪はいかなる構造で組まれており、どんな人間なら解除できるか。
   * この会場はどこに位置していて、どうすれば脱出できるのか。
   * 殺し合いのルールはどうして存在するのか。

といった項目についてが考えられる。

まず首輪についてではあるが、これは心当たりとなる竹内理緒は既にカードとして切ってしまっている。
錬金術についての知識を東郷に尋ねたとおり、自分たちが聞きたいくらいなのだ。
会場についても、神社に目星をつけたことくらいしかまだカードはない。
否、カードと呼ぶ事すら躊躇われる憶測でしかない。
故に、ルールについての考察がメインとなる。
この殺し合いは、果たしてどのようなルールに基づいているのか。


――この殺戮遊戯は、殺し合いという状況だけが目的である。

鳴海歩はそう結論する。
誰か一人が選ばれること、即ち結果そのものに大した意味はない。
殺し合いという過程そのものが、“神”の求めるものなのである。

24時間ルールが、その最大の根拠だ。
24時間死亡者が出なければ、全員の首輪が爆発する。
何らかの目的の為、誰か一人だけを選別したいのに相打ちなどで最終的に全滅するという可能性は、最も好ましくない終わり方のはずだ。
だが、それを避けようとしないばかりかむしろ“神”自らがその可能性を増大させてしまっている。

つまり、誰か一人が生き残ろうが何人も生き残ろうが、あるいは全滅しようが別に構わないのだ。

この、全滅すら構わないということから考えられる意思は2パターン。
ひとつはこの催しが何度も繰り返す事が可能であり、一人だけを選抜するのは何も今回でなくとも構わない場合。
もうひとつは、この催しには過程そのものに意味合いがある場合。

どちらが正解かは、断定は出来ない。
けれど、鳴海歩は後者だと推測した。

理由は、『その他のルールや現状からは一人だけを選別する意図が感じられない』からだ。
もし前者が真実ならば、最終的には一人だけを選抜する事が目的だ。
これだけ大掛かりな事をやらかすにはどう考えてもそれ相応のコストが必要だろう。
ならば、たとえ何度でも繰り返せる能力があっても、出来る限り少ない回数で終わらせるに越した事はないはずだ。
なのに終わらせる意志を感じないならば、必然、選別が目的ではないのだろう。

……たとえば、だ。
一人だけを選抜するならば、例えば優勝商品として褒美があればよりやりやすいのではないか。
優勝することのメリットを見せ付ければ、仲間を出し抜き一人勝ち残ろうとする輩が当然出るはずだ。
だが、ムルムルもシンコウヒョウも、
『我等二人を除く、この中の人間が最後の一人になればそこでゲーム終了』
と告げただけ。
『必要なのは……これから殺しあってもらうと言う現実を認識してもらう事だけじゃ』
と、殺し合いをしろとしか言っていないのだ。
誰か一人だけが最後まで生き残るのは、エンディングを迎える為のルートの一つでしかないのではないだろうか。

他にも、だ。
誰か一人だけに勝ち抜かせるのを目的としているならば、辻褄が合わない事がいくつもある。

――シンコウヒョウと、その知り合いのやり取り。
シンコウヒョウと知り合いということは、彼と似たような超常能力の持ち主である可能性が高いだろう。
要するに、あのような能力者が参加者にもいると仮定しても問題ない。
つまり、歩自身のような万人並みの身体能力しか持たず、特殊な能力も持ち合わせない人間が戦闘で適うはずはない類の存在が闊歩しているのだ。
なのにわざわざ制限などというものを設け、実力者が一方的な殺戮を行うのを止める措置を作り出している。
目的にもよるが、単純に誰か一人を選ぶだけならそんな事をする必要はない。
やはり、『殺し合いという状況そのもの』が目的だとすればしっくり来る。

最初の放送まで名簿が読めないのも、殺し合いを促進する為ではないか。
名簿が確認できないとは、偽名を使い放題という事。
偽名がはびこれば当然疑心暗鬼も増大する。
また、知り合いがいるかも分らない状況ならば、軽はずみで殺人をしてしまっても罪悪感が減る事だろう。
そしてある程度状況が進んだ後名簿を開示されれば、もう後戻りが出来ないという寸法だ。

ついでに、そもそもが自分達のような凡人並みの実力しか持たない存在を殺し合いに組み込む事すら不可思議だ。
そうした人員の選考基準に意味があるとすれば、まず一つは知り合い同士、というのが有り得るだろう。
知り合い同士で結託し協力体制を作ることで、弱者でも強者に勝てる可能性を高める。
また、因縁がそこに存在するならば火種を撒き散らす事にもなる。
これもまた、参加者同士が戦い合う環境を作り出している。


……そしてここにもう一つ、意味を見出す事ができる。
だが、全くの妄想に近しいものだ。
不用意に他人に語れる事ではなく、東郷との交渉材料には使わない。
それは、『この殺し合いは、超常能力を持たない人間たちに何らかの意味を見出したものである』という事。
誰か一人を選ぶのに本来役に立たないはずの人員が紛れ込んでいるならば、むしろそれにこそ意味がある、という逆説的な暴論である。
更に暴論を展開すれば、他の常人たちは全てたった一人の為のカモフラージュであり、踏み台である、という最悪の可能性も存在する。
あまりに醜く、シンプルな可能性。
だが、それをやりかねない人間をたった一人、鳴海歩は知っているのだ。


――思考を、切り替える。

暴論に暴論を重ね、その果てに無理やり思い浮かべたある人物の異常性など、
今日ここで初めて出会った人物に説明しても理解されまい。
今必要なのは、取引するに足る情報だ。
“神”の目的が殺し合いという状況そのものである、というのはその為の前提に過ぎない。

そして、それを用いて演繹できる有益な情報として、まず一つ。
首輪の解除可能性について。

鳴海歩は、首輪が解除できる可能性はかなり高いと推測する。

前述の『殺し合いは過程にこそ意味があり、結果は大して重要ではない』という仮説が正しいならば、それは自明だ。
首輪は殺し合いを促進するギミックの一つでしかない。
生死が大して意味がないのであれば、実は存外手間取らず解除できる可能性もある。
何故ならば、殺し合いに伸るか反るか、最初のスタンス決定に寄与さえすれば充分だからだ。

ブレード・チルドレンの例を持ち出すと分りやすい。
一度殺人に手を染めれば、後戻りは非常に難しいのだ。
そして、自責の念と良心の呵責、周囲への疑心暗鬼に満たされた人間はたとえ首輪が解除できると分かっても――、
いや、だからこそ殺人をやめないだろう。自分が殺してきたものの為に。

竹内理緒、そして“錬金術”の存在も、首輪の解除可能性を裏付ける。
“錬金術”を習得した人物に関しては参加しているかは不明確だが、まず参加していると見ていいだろう。
東郷が“錬金術”をいかなる人物から知り得たのか正確なところは分らないが、その人物は“錬金術”を使えないはずだ。
そうでなければ東郷があのような聞き方をするはずはない。
そして、“錬金術”の関係者だけここに招いて、“錬金術師”本人を招かない理由は見当たらない。
むしろ首輪の解除すら想定し、敢えてこの殺し合いに組み込んだ可能性すら有り得る。

『我等二人を除く、この中の人間が最後の一人になればそこでゲーム終了。その過程においては何の反則も無い』
ムルムルの発言だが、ゲーム終了に関する一文はあくまでエンディングにたどり着く方法(の一つ)に過ぎない。
それよりも、
『その過程においては何の反則も無い』
に着目すべきだ。
これは暗に、一見ルールに抵触するように見える事態すら許可される事を示しているのではないか。
それこそムルムルやシンコウヒョウ、“神”への反逆すら見越しているかのようである。
そしておそらく、この推測だけは間違っていない。
反逆行為そのものや首輪の解除は、最初から仕組まれている事だと思って行動すべきだ。

だからこそ、首輪が解除できる可能性も高い。

相手の意図は不明確だ。
首輪を解除できる事にどんなメリットがあるのか、まだ判断は出来ない。
だが、その可能性が高い事だけはかなり高い確率で保障できるだろう。




「仮定に仮定の上塗りだな」

「だけど、ちゃんと筋は通っている――だろ?」

“神”の目的が殺し合いという状況であることと、首輪を解除できる可能性についての考察。
この2つについてと、そう考えるに至った経緯の説明を経て、東郷との応答へと繋げる。
東郷は眉をピクリとも動かさないまま、ただ淡々と論の欠点を突く。

「所詮は“神”の目的が
 “殺し合う状況そのものという『過程』であり、誰か一人が選抜される『結果』ではない”
 場合にのみ適用できる考えだ。
 実際、選抜という『結果』に目的があった場合はどうするつもりだ?」

……だが、それは大した問題にはならない。
推測は容易に覆しうるが、事実に基づく解釈は現状、否定しようがない。

「それでも解除できる可能性はフィフティフィフティより下にはならないさ。
 竹内理緒や“錬金術”の存在、そしてムルムルの発言は首輪の解除に繋がるのは確かなんだ。
 加えて言えば、ムルムルは
 『外そうとしたり強い衝撃を与えても爆発するから気をつけるようにしたほうがいいのう』
 と口にしていた。
 わざわざこんな事を言う必要があると思うか?
 ただでさえ危険なブツだ、下手に手を加えるのは誰だって思い止まる。
 なのにわざわざ危険ですよとアピールするのは、それこそ逆に“解除できますよ”と言ってるようなもんだと思うけどな」

自分たちには首輪の解除が必要なのは結局、変わらない。
それにある程度確からしい保証を与えられるだけでも充分価値はあるのだ。

「…………。お前の考えには具体性がない。
 これからどうするつもりだ? それを示せるなら依頼を引き受けよう」


この言葉は、金銭の代わりに、情報を報酬として扱う事を納得させたという事である。
さあ、最後の一押しだ。

そう意気込んだ、次の瞬間。


ブルルルル、と、胸の内側でモーター音が静かに広がった。
紛れもなく、マナーモードにしていた携帯電話の着信通知。




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057:夜間潜行 安藤(兄) 077:銀の意志Ⅱ
057:夜間潜行 ゴルゴ13 077:銀の意志Ⅱ
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