田緒 でんしょ
764-796
中唐の節度使(第3代魏博節度使)。字も緒。魏博節度使
田承嗣の第六子。
田朝・
田華の弟。
田縉の兄。田承嗣が死ぬと、魏博節度使は従兄弟の
田悦が継承しており、田承嗣の子を待遇して諸軍の将官としていたが、残忍で失敗が多く、鞭打たれたことを恨みとして田悦を殺害、罪を
扈萼を帰して軍権を掌握した。
朱滔にその機に乗じて侵攻され、一時は盟を結んだが、唐朝に帰順して
王武俊・
李抱真とともに朱滔を打ち破った。
趙国荘懿公主を娶って駙馬都尉となった。病により死去し、幼子の
田季安が継承した。残忍な性格で、田悦の妻・母も殺害、軍権を握る際に将軍多数を殺し、また兄弟や妻の姉妹も殺害した。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2024年08月05日 09:43