陳巌 ちんがん
849-892
唐末の群雄。字は夢臣。建州(福建省建甌市)の人。
黄巣が福建を掠奪すると、人々を集め、数千保郷里に及んだ。九龍軍と称し、そのため福建観察使の
鄭鎰から団練副使に任じられた。中和四年(884)鄭鎰に自身の娘を嫁がせたが、鄭鎰を追放。自ら福建観察使となった。子の陳延美の夫人は
杜雄の娘で、
董昌の子の董承和に娘を嫁がせた。光啓二年(886)光寿軍の
王潮が泉州を占領すると、泉州刺史とするよう朝廷に奏上した。没後、夫人の弟の
范暉が福州観察留後となったが、王潮に奪われた。
本紀・列伝・史料
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最終更新:2026年07月14日 17:51