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向瓌

向瓌 きょうかい

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晩唐の群雄。石門峒の酋。雷満が朗州を襲撃して刺史となり、ちょうど黄巣の乱のため朝廷から追認を受けたのを見て、夷獠を数千集め、牛を殺して衆を労い、長刀・柘(つげ)の弩を操って州県を掠奪し、自ら「朗北団」と称した。乾符六年(879)澧州を陥落させて刺史の呂自牧を殺害し、自ら刺史と称した。光啓二年(886)閔頊と抗争し、向瑰は梅山の十峒獠を呼び寄せて邵州の道を絶ったが、陣営を奇襲された。周岳の救援のため窮地を脱した。雷彦恭が呉に敗れると、楚の馬殷に従った。

本紀・列伝・史料

『新唐書』巻九 本紀第九 僖宗 乾符六年是歳条
『新唐書』巻一百八十六 列伝第一百一十一 鄧処訥
『新五代史』巻六十六 楚世家第六 馬殷

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最終更新:2026年08月20日 22:22
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