楊守貞 ようしゅてい
?-894
唐末の武将。
楊復恭の養子。龍剣節度使となる。景福元年(892)威戎節度使
楊晟と共に
王建攻撃を約諾し、梓州を攻撃した。同年三月、
楊守厚・
楊守思と共に東川を攻撃し、梓州の守将で神策督将の竇行実に内応を誘ったが、発覚して竇行実は斬られた。養父楊復恭が兵権を奪われ、討伐を受けると、興元府の
楊守亮の元に逃亡。乾寧元年(894)七月、
李茂貞の攻撃を受けると楊復恭・楊守亮らと共に逃走したが、商山で
韓建に捕らえられて長安に送致され、
独柳で斬られた。
列伝・史料
『新唐書』
巻一百八十六 列伝第一百一十一 楊守亮
『資治通鑑』巻第二百五十九 唐紀七十五 昭宗上之中 景福元年二月丁丑条、同年三月条、景福二年正月条、乾寧元年七月条
最終更新:2026年09月01日 01:09