傀 コヨミモノ 物 ガタリ 語(下) こたえあわせ編 ◆xR8DbSLW.w
<<004>>
数分後。
……守り切れなかったな。
まさかあそこまで見抜いているなんて思ってもみなかった。
………クソッ。
心の中で自分に悪態づくも意味のない事に気づき直ぐ様止めた。
だけど何だろうな、この敗北感。
本当に、悔しいぜ。
当の本人は冷静を保っていて。
……あんな状態なら別に言い訳する必要もなかったんだけどな。
なんかしちまったよ。―――――ハァ。
俺、
人吉善吉は、死体現場からほんの。ほんの少しばかり離れた場所でもの耽っていた。
戦場ヶ原さんの声も微かに聞こえるが、今それを咎めるほど考えなしではない。
というよりも、俺は自分のことでいっぱいいっぱいである。
情けねぇな。――――――――ホント。
「…………阿久根先輩」
ふと。
思い出したように。
死んでしまった、先輩を思う。
変わっていった、先輩を思う。
「…………クソッ」
阿久根先輩は、どんなふうにして、死んだのだろうか。
自殺。他殺。惨殺。刺殺。斬殺。絞殺。
暗殺。銃殺。圧殺。殴殺。活殺。虐殺。
故殺。射殺。磔殺。毒殺。爆殺。焚殺。
とある友達により無駄に知識として増えた殺人方法の内のどれかで死んだのだろう。
グチャグチャに。
ハチャメチャに。
そんな風に。
途方もないほど、阿久根先輩は既に死んでいたのだ。
変えようと決意したのに。
どうしようもできなくなった。
どうにもできそうになかった。
「―――――カッ」
昨日までの過負荷により巻き込まされた生徒会戦挙。
破壊臣の出る幕なく壊された日常は、破壊臣を破壊して破れ去っていった。
ハッピーエンドなんか舞台袖で待っていたのに。
そこから地獄へ連行されていった。
途中もなくテールエンドで。
途轍もなくバッドエンドで。
途方もなくデッドエンドで。
戻ることもなく、起こすこともなく。
終わってしまった。
そんな。
そんなくだらない冗談の様な現実に。
俺は、今のどうしようもない現実にただ呆然としていた。
阿久根先輩は、死んだ。
真黒さんは、分からない。
宗像は、分からない。
球磨川は、分からない。
江迎は、分からない。
じゃあ。
ならば。
そうなら。
「めだかちゃんは―――――――――?」
写真に映る、おかしなめだかちゃん。
話に聞いた、変わっためだかちゃん。
金髪美女の心臓を。
黒髪アホ毛、―――――
阿良々木暦の心臓を打ち抜いた瞬間。
家々を破壊する、蹂躙する瞬間。
想像するに容易い。
だからこそ、辛い。
脳裏に映るのは、そんなめだかちゃん。
何故か、いつもの凛ッ! としためだかちゃんの輪郭が思いだせない。
どうしてだ。
信じたいのに……。
なんでなんでなんで!
「……………クソッ」
俺は再び歩き出す。
そして、選択する。
振り返るは、数分前のこと。
彼女、
戦場ヶ原ひたぎさんは一つの死体を抱えている。
当たり前の話だが、阿良々木暦さんだ。
そんな中、戦場ヶ原さんは一つ彼に問いかけた。
「貴方は、これからどうするつもりかしら」
「………まずはめだかちゃんでも探すよ」
「あら、奇遇ね。私もそれは同じなのよ。―――貴方とは正反対の意味でしょうけどね」
信じようとする者、つまり俺
疑うしかない者、つまり戦場ヶ原さん。
その二人が今まで同行していたのだから、それこそ奇跡だろう。
軌跡の奇跡。――――言葉遊びレベル2。
というよりもはやオヤジギャクの領域。
といつまでも答えを詰まらすのも悪いからいい加減返答を返す。
「………だから、どうした」
「いえ、ただ阿良々木君を殺すほどの相手ともなると私もそれなりに苦労するでしょうからね」
「……だから」
何が言いたいんだ?
戦場ヶ原さんは。
まさか、俺と行動しないかなんて――――――。
「一緒に行動しないか、と聞いてるの。察し悪いわね」
―――――――だそうです。
……ってオイ!
「一緒にいたくないんじゃないのかよ」
「そうよ、けれど時と場合でしょ。それに一応命の恩人でもあるし無下に扱うほど私は腐ってないわよ」
「良く言うぜ」
「言うわよ。けれど貴方の都合もあるでしょう。嫌いと言ったも同然と相手。
それも探し人を殺そうとする相手と同行したくはないでしょう」
「…………」
「だから時間を挙げるわ。5分ほど」
「…………」
「別に私は貴方にはもう怒ってないわよ、怒るべき相手に怒っているだけ」
「…………」
「土下座をして私と付いていきたい、と願うのなら私は快く受け入れてあげるわ」
「…………」
今までの沈黙とは違う意味で沈黙。
何で俺は下手に出てるんだ? 命の恩人じゃなかったのかよ。
……いや、これはどう考えても俺がわりぃな。
何せ、あんなことやっちまったからな……。
「それじゃあ、またいつか」
そうして、強制的に別れる羽目となった。
これが一連の流れである。
そして、俺は心の拠り所を求め、歩きだしていく。
壊れた心に、いくら問いかけたところで返答はなかった。
ただただ、本能で動いていた。
<<005>>
そうして、ここには土下座をする高校生の姿があった。
上から見ると綺麗な五角形を描くそれはそれは素晴らしい土下座であった。
かの、阿良々木兄妹の土下座に負けずとも劣らずの土下座を堂々と見せていた。
「………まさか来るとは思わなかったわ。どう考えてもただ社交辞令でしたでしょ………」
呆れ半分、苛立ち半分。
彼女は驚愕を素直に彼に伝えた。
ちなみに彼女の傍らには既に阿良々木暦の死体はない。
まだハードアンダーブレードの死体と共に、寝そべっている。
「………俺は、今どうすればいいんだろう」
頭を下げたまま、少しばかり前に聞いた言葉を再び繰り返す。
そうして返ってきた答えは。
「それは、貴方が決める事よ……人に聞く事ではないわ」
やはり以前となんら変わらない返答だった。
けれど、今回はここでは終わらなかった。
「それでも、俺は、戦場ヶ原さんに、聞きたいんだ」
今回ばかりは、壊れそうだった。
押せば落ちそうな。
引けば崩れそうな。
そんな心内環境の中。
彼は今こうして生きている。
グダグダだ。
ボロボロだ。
グラグラだ。
寂寥する荒んだ心には何かが必要だった。
阿久根高貴。死亡した。
黒神真黒。行方知らず。
宗像形。彼がどう動いているか正直不安だ。
過負荷。彼にはどうしようにも、どうにもできなかった。
嗚呼、心に支柱が欲しい。
嗚呼、心に主柱が欲しい。
埋め合わせを。
こんな中、一人でいたら自分自身で考えても良い結果には繋がらない。
分かり切っていた。
知り切っています。
だからこそ、彼は、恐怖する。
誰の言葉が真実なのか。
誰の行動が虚像なのか。
分かりません。
分かりません。
分かりません。
「俺は、自分が分からないんだよッ!」
「怒鳴らないでよ……」
「………なぁ、教えてくれよ。戦場ヶ原さん」
「言っておくけど、私は教祖でもなければ、神でもなければはたまた閻魔大王になっているつもりはないわ」
「………」
「だから、私が貴方が進むべき道を説くことは不可能なのよ」
あくまで、彼女の言葉は辛辣だ。
救おうともしなければ、離そうともしない。
もしかしたら彼女自身が引いた一線を気にしているのかもしれないし、していないのかもしれない。
「………そう、かよ」
彼にも。
もしかしたら彼女自身でも気付いていないのかもしれないけれど。
「そうよ。だからいい加減目を覚ましなさい」
「…………」
それでも彼は頭をあげない。
上げない。
只管上げない。
「………」
「………」
そろそろうざったく感じた彼女はしょうがなしに、面倒臭そうに。
語り………いや語りなんて大層なものではない。ただ、喋り始める。
「ねぇ、人吉君。正直に言うと私は貴方の気持ちなんて分からないわ」
「貴方の表情が異様までに分かりやすいだけで、勿論私が鋭いというのもあるでしょうけど
けれど、そうだとしてもそれまでだわ。私には、貴方の気持ちなんて分かるはずもない」
「私には、私の。貴方には貴方の。それぞれの物語があるわ。
その物語の作者は貴方の一人称小説よ。それに、私の物語も存在する。
そこの地の文に貴方の心情描写なんてあるわけないし、ただ流れていくだけ」
「もっと言うと私の物語において貴方は何にも値しないわ。
主人公はもってのほか。そこには阿良々木君しか君臨しえない。
ヒロインは私よ。いくらヒドインだろうが私がヒロイン。
そんな物語。貴方の介入の余地なんて無いわ。どこにもね」
「だから、私に貴方の気持ちも理解できるはずもないし、
さっきの口撃だって、貴方の気持ちだなんてこれっぽちも考えていない。
悪く言えば自己中心的な行動よ。私のとって貴方は特別ではない」
「そう、だから、私は悪いけれど貴方に助言の一つもできないわ。
けれど。ごめんなさい、とは言わないわよ。……それは貴方の問題だから」
「貴方の問題は、貴方が解決すべきなのよ。救いの手を求めても、物哀しいだけよ」
一旦そこで一息置いて。
最後に、簡単に一言。
「甘えたこと言ってんじゃないわ」
鉄血にして熱血にして冷血の彼女である。
対して、彼はというと。
「うん」
と。
一拍、間を持たす。
考える。
自分のすべきことを。
自分にできることを。
自分のはたすことを。
かれこれ、五秒。
彼の返答は――――――――。
「うん―――――――――――そうだなッ!」
嬉々とした笑顔を浮かべながら、土下座から勢いよく立ちあがる。
立ち直りが早いかというと、そうではない。
これは、――――虚勢だ。
でも、それでも。
先ほどまでの心の持ちようは少しばかり違ったようだ。
「………そうだな、俺はめだかちゃんのそばにいる為にはこれじゃいけねぇよな!」
めだかの傍に居たいが為に、彼は今までだって頑張ってきたのだ。
だから、甘えてはいけなかった。
だから、準じてはいけなかった。
どんな時だていつだって、凛ッ!としてなければいけなかった。
怯えてはいけない。
怯んではいけない。
前向きに、後ろめたいものなどなく。
全身全霊に、頑張っていかなければいけないのだ。
「……はぁ」
そんな急な心境の変化に溜息を深く吐きながら、彼女は彼に問いかける。
「……それで、立ち直っても、私についていくの?」
「ああっ!」
「………」
余りの即答ぶりに再び黙らざる負えなくなった。
そして数秒、静かな(白けた)空気の余韻に浸りながら、彼女は理由を問う。
「何でって、戦場ヶ原さんはめだかちゃんを殺そうとしている。それをみすみす見逃すわけねぇだろ」
「………じゃあ、今すぐ私を殺せば」
その問いに彼は嗤い、意気揚々に高らかにここをもって宣言する。
「いや、それはないな。ゼッテーに。俺は誰も殺したくないからな、
ここだけは甘えでもいいさ。弱さでもいいさ。何だっていいさ。でも、人は殺さない」
ただ、それだけの為に、彼は彼女を殺さない。
その行為を人は、お人好しという。
ただ、少しばかり彼女の方も馴れが現れてきたのか、静かに確認を取る。
「そう、じゃあとりあえずは私と一緒に行動ってことでいいわね」
一応、そう言う約束もあったのだ。
今では当初の目的はどこへやらへと消えていってしまったが。
そんな中に、彼は一つの疑問が浮かぶ、
というより前々から思っていた疑問を思いだした。というのが適切でこそあるが。
「……なぁ思ってたんだが。戦場ヶ原さんに俺と行動する理由はないだろ。どうして俺と行動するんだ」
特別迷うこともなく切り込む。
それはそれは単純に、彼女に問いかけた。
そして、同じく簡単に彼女は返す。
「………それはね、私一人じゃどうしようもできないからよ。
あくまで私の使命は《阿良々木暦を殺した者の殺害》であることを忘れちゃいけないわ」
「で」
「で、そいつは少なくとも阿良々木君を殺す者。一応は不死身なんてものを軽く無視する次元の違う相手。
けれど私に特殊能力がある訳でもないの。だから、駒はぐらいはたくさんいたほうがいいでしょう? それに貴方は」
「………」
「―――――――――黒神めだかの良き知人なのでしょう? 使わない手はないわ」
「そう、かよ。――――ただめだかちゃんを疑うのは勝手だがゼッテー殺人なんか起こしてないからな」
そんな理由を聞いても、不思議と彼からは憤怒というものは湧かなかった。
かつて、鹿屋という彼にとって先輩あたる人物ががめだかに下剋上を行使した時、
彼は誠心誠意をもって鹿屋は実力行使で叩きつぶした。
けれど、今は違う。
彼女を殺す、と言った彼女に、何故か、いや理由こそ分かり切っているが、悪意は湧かなかった。
(………あぁ、成程な)
そう、彼も自覚していた。
彼が、彼女に抱いていた感情。
――――――それは。
(憧れ、ってっか。……『普通』の戦場ヶ原さんに俺は憧れているんだ)
そう、憧れ。
(『普通』にしながら、あの才能を有する戦場ヶ原さんに。
……そう、『普通』にして、あんな風に立ち振る舞いが出来る戦場ヶ原さんを。
恋人を失ったことを感じさせない、冷静で有れる健気な姿に俺は憧れていたんだ。
周りを見配り、支配するカリスマとそれに見合う能力に憧れていたんだ。
俺なんかとは違い、良い意味で良くいられる戦場ヶ原さんが眩しかった)
ふと彼が彼女の顔見れば、頬には軽い涙の痕。
今の今まで泣いていた証である。
しかし、今ではこうしていつも通りに会話を続けていた。
そう、人は自分の持っていない才能を有するものに憧れる。
少し行き過ぎれば、嫉妬する。
「……じゃあ、まずはこの二人を埋めるか」
「穴はもう少し深く掘ってあげてね」
「分かってる…」
この場合、彼、人吉善吉は、彼女、戦場ヶ原ひたぎの才能に憧れていた。
何者にも屈しない、何事にも屈しない、不屈の心を。
『普通』でも簡単に有することのできる、簡単にして単純な才能に。
(あんな才能があったらな、俺はめだかちゃんをどう思っていたんだろうな)
善吉は、希望をもって穴を掘る。
―――深く。
――――深く。
―――――深く。
【1日目/朝/B-2】
【人吉善吉@めだかボックス】
[状態]球磨川に対する恐怖(抑えている)、身体的疲労(小)、精神的疲労(中)
[装備]シャベル@現実、アンモニア一瓶@現実
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:不知火理事長を止める。
1:埋葬する。
2:戦場ヶ原とともに行動。
3:箱庭学園にも行ってみたいけどしばらくは我慢する。
4:もしまた球磨川に会ったら…?
5:阿久根先輩……。
[備考]
※庶務戦終了後からの参戦です。
※「欲視力」は規制されてないようです。
※B-2の死体は少なくとも黒神めだかが殺したとは考えないようにしています。
【戦場ヶ原ひたぎ@物語シリーズ】
[状態]右足に包帯を巻いている、嗅覚麻痺
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:阿良々木君を殺した人は殺す。
1:人吉君を待つ。
2:人吉君と行動。
3:阿良々木君を殺した人物を探す。
4:使える人がいそうなのであれば仲間にしたい。
[備考]
※つばさキャット終了後からの参戦です。
※嗅覚麻痺がどの程度続くかは後の作者さんにおまかせします。
※名簿にある程度の疑問を抱いています。
時は遡り、彼女は一つの死体を抱いている。
まだ善吉は受け入れがたい現実に哀哭している頃のお話。
「………全く、恋人を置いて死ぬなんて彼氏失格だわ」
血塗れ、しかし彼女に血は付着しない。既に乾いているからだ。
それほどまで前に暦は殺されて、こうして静かに彼女との再会を果たした。
暦には、既に蠅は集り、ウジ虫は集う。
しかしそれでも、彼女は気にもしない。
ただ、一つの死体をこれでもかとばかりに見つめていた。
「……それにしても、言っていなかったかしら。
私は貴方のことを愛しているのよ、阿良々木君。例え貴方が全身汚物に塗れていようとも
躊躇なく抱擁できるくらい。呼吸から排泄に至るまで、私が貴方の全身を脳まで含めて隈なく管理するつもりだったのよ?
なのに壊してどうするのよ、全くもって阿良々木君ねぇ。――――――ツッコミがないといくら私でも淋しいわよ」
今の彼女の心境を一言で言うのであれば。
悲しい。
その言葉以外にはあり得ないだろう。
彼女の胸の内では、これ以上なく言葉に溢れている。
普段なら平気で言える毒舌だって。
言葉を詰まらすような軽口だって。
けれど言えない。
こうも無残になっていると、口は自然と閉ざされていく。
彼女自身も分かっている。
普段通りの方が、普段のキャラの方が、この場合阿良々木暦をまだ救えるだろうと。
それでもだ。
できないものはできなかった。
彼女は本当に彼を愛していた。
愛していたからこそ、彼女は死体を見るべく動かなければいけなかった。
泣きたいのも我慢して。
冷静を保って。
自らすらも偽って。
冷徹に。
冷静に。
冷血に。
冷淡に。
冷然に。
その術を行使し、駆使し、酷使する。
見事に善吉は気付けなかったし。
誰にもどうにもできなかったことだろう。
「…あと私は貴方殺した人物を殺すつもりなのよ。
けれど安心して。これは私の
自己満足だから」
今だって。
感情を押し殺している。
殺し、消えて、無となる気持ち。
誰にも気付かれなかったこの感情。
彼女は、まだ、まだ隠し続ける。
自己満足。
彼女の自己満足は利己的だ。
ただし、いつだって。
どこかしらに、阿良々木暦の陰が落ちていた。
それほどまでに好きであったし、大好きだし、愛していた。
「……私、ツンデレじゃなくてツンドロでもなくて――ヤンデレになってあげるわ」
愛情の裏返しと言ったら聞こえはいいんだろうか。
聞こえは良くなかったとしてもそれが的を得ている以上、仕方がないだろう。
最後に、彼女は言葉を紡ごうとした。
誰の為でもなく、彼女自身の為に。
「……そうならば最後に一ついっておくわ」
呼吸を整える。
酸素を補給する。
息を浅く吐いた後に、彼女は一言発する。
これは、いつだったか。
聞いたことがあるそんな言葉。
いまでは、もうこれから先二度と聞けない言葉になるかもしれない言葉。
……それは。
「阿良々木君」
「I love you」
―――――――――告白の言葉。
ただ、口調は平坦とは程遠い。
さながら、碌に友達のいない、恥ずかしがり屋による、初めての告白の如く、
涙声で、諦めたかのような、悲しさも交じっていた。
そこから、彼女の心は崩れていった。
壊れてこそ、いないけれど。
彼女の心の鍍金が、数分ばかり捲れていく………。
悲痛な涙声が、この場を支配する。
時は戻り、善吉も穴を掘り始めた時。
彼女は何気なしに阿良々木暦の死体に近づいた。
既に彼は穴に潜っているので姿は表さない。
彼女がこうして彼に近寄ったのは、一つの言い忘れがあったからだ。
「……なんだかグダグダな展開で申し訳ないわね。阿良々木君」
こちらに関しては、彼女自身も理解していたようで。
しかし、彼女にとっては、どうでもいいことではなかったので、どうしても言いたかったのだ。
「これ、流行ると良いわね。むしろ流行らすわよ」
「楽しみにしていなさい」
手を。
阿良々木暦の冷たい手を握る。
同時に蠅も、ウジ虫も寄ってくるが。
その全てを無視して、ただ一言だけ言った。
温かい。
普段の彼女の物とは思えないほど温かい口調でそう言う。
今後の流行語に選ばれる最先端語。
「阿良々木君、蕩れー」
そのまま、静かにキスをした。
一秒と―――――。
二秒と―――――。
三秒と―――――。
短い時間だったけれど、彼女は。
彼女達はキスをした。
とても甘酸っぱいものではなかったけれど。
もはや辛い想い出となりえるものだけど。
彼女達はキスをした。
互いの唇を離すとき、そこに橋は掛からない。
それほどまでに幼稚で、それ故に素晴らしいキスを、したのだ。
もう思い残すことはない。
もう後悔なんてできない。
ひたすらに生きて。
どこまでも殺す。
我武者羅に、どうにかしたかった。
それは絶望ではない。
これは希望ではない。
絶頂でもなければ貴重でもない。
けれど、とても大事にしたい気持ち。
今となっては、ありふれているからこそ、忘れかけたこの感情。
こんな稚拙な言葉で表現しきれてこそいないけれど。
彼女は確かに、この気持ちを噛みしめていた。
彼女の胸には―――幸せという感情に満ち溢れていた。
最終更新:2012年10月02日 13:03