marshmallow justice ◆8nn53GQqtY
【0】
手をつなぎ、どこまでも行こう。
君となら、どこまでも行ける。
【1】
「そうだね、復讐なんかしても病院坂両名は喜ばないね。僕はもう復讐なんて愚かしいことは考えないよ」
「いーや、嘘だっ! 誠意がない。あたしの会話をめんどくさそうに打ち切ろうとするときの兄ちゃんと同じ目をしてる!」
「そう言う火憐さんは、僕の妹に全然似てないね」
がれきの山のうちのひと山を椅子にして、火憐さんと櫃内様刻君は言い争っていた。
より正確に言えば、火憐さんが櫃内君に復讐なんて止めろと滔々と説教を垂れ流し、
櫃内君は、うんざりとした顔で会話を終わらせる機をうかがっている。
ちなみに、櫃内君の頭には巨大なこぶがある。たまに、蹴りを入れられた部位であるお腹を押さえている。
誰がそれらの攻撃をしたのはについては、説明するまでもないだろう。殺したい。
無桐伊織さんは、『まだ終わらないんですかー?』という顔で、投棄された丸太の上に座って足をぶらぶらさせている。
いや、表情だけではなく、実際に言葉に出してそう言おうとしていた。
けれど、櫃内君が火憐さんの腹蹴りで強制的に黙らされて説教を聞く流れになってからは、ぴたりと大人しくしている。
時折、思い出したように凶悪な殺気を見せるというのに。凶暴なのか臆病なのかよく分からない女の子だった。殺したい。
僕――
宗像形としては、立場はあくまで火憐さんの味方、心情としては中立寄り、といったところだ。
確かに僕は火憐さんの正義に感銘を受けているけれど、万人がそうではないと分かるぐらいの客観的判断力はあるつもりだから。
よって、櫃内君をそこまで非難するつもりはない。殺したい。
僕ら二人と二人が出会ったのは、分岐点で進路を決めてからほどなくのこと。
左右の景色が、がれきの山に変わった頃合いだった。
ゆるやかにカーブを描くがれきの山に視界が遮られて、互いの気配に気づいたのは割合と近づいてからだった。
もちろん二人組だからといって殺し合いに乗っていないグループだとは断言できない。
ましてや二人組の女性の方からは、あの
零崎軋識と同じ空気がした。
つまりは、危険人物の匂いだ。
というか、参加者詳細名簿にも危険人物だと書かれていた。
けれど、火憐さんはそういう見た目(?)で人を判断するタイプではないし、その女性――無桐伊織も、全くの無警戒でこちらに声をかけてきた。
その呑気さは演技には見えないから、強者の余裕なのか――あるいは、あまり空気を読めるタイプではないのか。
ともかく、ファースト・コンタクト自体は穏便に運んだ。
自己紹介もそこそこに、僕と火憐さんは、彼らがたどった経緯について聞きたがった。
無桐さんと櫃内君は、まず『
零崎人識』と『
時宮時刻』に会わなかったかと聞いてきた。
僕たちは、そんな二人は知らないと言った。
いや、正確に言えば『零崎軋識』という男には会ったのだけれど、伊織さんはそちらにはあまり関心がなさそうだった。
その人物とはどういう関係なんですかと、僕は尋ねた。
詳細名簿から、無桐さんと『零崎人識』が家族であることは知っていたけれど、櫃内君と時宮時刻との間に繋がりはなかったはずだから。
櫃内君は、大事な人とその縁者を殺した仇であり、復讐を果たすつもりだと答えた。
そんなことをあっさりと明かしてくれたたことは迂闊だったけれど、櫃内君にそこまで落ち度はない。
一般人である櫃内君の目にも、僕が無桐さんと似た、しかし彼女より分かりやすい殺意を持っていることはすぐばれる。
そんな僕と普通に同行している火憐さんも、『そちら側』に慣れていると思い込んでも、無理はないだろう。
殺人を日常茶飯事におく人物ならば、復讐殺人についてとやかく言われることはあるまい、と。
しかし火憐さんはもちろん、『復讐による殺人』を見過ごすような人ではなく――今に至るということだ。
「お兄さんが死んでも復讐に走らない火憐さんは、とても立派だと思うよ。
けど、自分が立派なことをしているからって、そのやり方を僕にまで押し付けないでほしいな」
「兄ちゃんは関係ないっ……! いや、あたしだって兄ちゃんが死んだ時はすげー悲しかったし、あんたと境遇は似てるって思ったけど……!
でも、兄ちゃんのことがなくたって、あたしはあんたを止めようとしてる!」
「火憐さん」
「どうした、宗像さん」
どうやらこの説教はまだしばらく続きそうだぞ、というタイミングを見計らって、僕は声をかける。
正直、お兄さんが死んだ直後の火憐さんを知っている僕としては、彼女の肩を持ちたかったのだけれど。
「この分だと、櫃内君を説得するのにはもう少し時間がかかりそうだよね。
だからその間に、僕は無桐さんと情報交換を済ませておくよ。ちょうど僕らが向かおうとしてる方角から来たんだから、何か分かるかもしれないし」
「おお、それもそうだな。んじゃ、情報交換は任せるぜ! 近くで怒鳴られると迷惑だろうから、あたしらはその辺をぶらついてくるよ」
「うん、何かあったら無茶しないで戻って来てね」
「あたし『ら』って、僕の意思はないんだね……」
本当ならこちらからそれとなく距離を取ろうと思っていたのに、気づかいまでしてくれた。
僕の言動をそのまま信じ込んで櫃内君を引きずって行く火憐さんに対して、罪悪感を覚える。
けれど、探していた人物――無桐伊織――と二人きりになれた高揚感の方が、その時の僕には勝っていた。
「えーと宗像形君でしたっけ。もしかして様刻君たちって、人払いされました?」
どうやら、いささか露骨だったようだ。
ひたすらぼーっとしていた無桐さんも気づいたというのに、気づかなかった火憐さんはよほど素直ということなのだろうか。
「うん。火憐さんには、知られたくないことだから」
「うな? 何やらプライベートなご相談ですか?」
どこにでもいそうな――いや、両手が義手だということ以外は、特異点のない女の子に見える。
感じる殺気は、零崎軋識や僕の持つそれと比べると小さいけれど、それは決して『弱い』という感じではない。
言うなれば、『抑え込んでいる』という感じがする。爪をひっこめている猫のような。
だから、無桐さんのそんな姿が、僕に期待を抱かせた。
もしかしたら。
「君の《家族》について、教えてほしいんだ」
もしかしたら――僕の《殺人衝動》を抑える方法が、分かるかもしれない。
【2】
「殺人衝動を抑える方法? そんなものありませんよぅ」
ばっさりと。
いとも簡単に、僕の――宗像形の願望は否定された。
「そんな方法があるんだったら、教えてほしいぐらいです。
私も人識くんも、哀川のおねーさんに怒られなくて済むじゃないですか!」
うん、もしかしたら、という期待ではあったけれど。
それでも、ここまでばっさり切られると……堪えるものはある。
いや、だけど。
確かに僕も、ちょっと楽観的な可能性かもとは思っていたけれど。
それにしたって、“全く”方法がないってことは、無いんじゃないのか?
生きてれば、衝動を抑えなきゃいけない時ぐらいあるだろう?
「そうなったら、ひたすら我慢するんですよ。現に、今の伊織ちゃんが正にその状態なんですから」
義手でぽんぽんと自分の胸を軽くたたいて、無桐さんはあっけらかんと答えた。
……うん、実際僕だって今まで我慢してこれたんだけど。
けど、それにしたって、限度ってものがあるだろう?
僕は、いつ本当に人を殺してしまうか、不安で仕方がないんだぞ?
そんな痩せ我慢みたいな方法で、まともな人生を送れるものなのか?
「はい、支障があるのが普通ですよね。だから零崎一賊って、みんな短命なんですよ――これは人識君からの受け売りなんですけど。
でも、まともに生きるのなんて無理だと思いますよ? だから新しく『家族』を作っちゃうわけですし」
あっけらかんと語る無桐さんに、僕が感じたのは違和感だった。
そりゃあ、軋識のようなとんでもない『異常性』があれば、社会生活から外れようと、短命なりに生きていけるのかもしれない。
だけど、そのあっけらかんとした様子に、違和感があった。
この人たちは、殺しながら生き続けなければならない人生に、何の疑問も抱いてないのか。
人間は、殺したら死んでしまうじゃないか。
死んだら、取り返しがつかないじゃないか。
なんでそんな、曇りの無い顔ができるんだろう。
「もしかしてあなた――まだ、人を殺したことがありません?」
ぎくりとしたけれど、肯定するしかなかった。
確かに僕は、まだ一線を踏み外してはいない。
「あーなるほどなるほど。だったら、『そのせい』かもしれませんね。
伊織ちゃんが目覚めたのも、最初に人を殺した時でしたから。
罪悪感がさっぱり湧かなかったから、自分でも不思議でしたね、あの時は。
人識君は、それを『零崎化する』と言っていましたが」
どうやら殺人経験の有無が、ポイントになるらしい。
ならば、もし僕が、本当に人を殺す時が来れば。
その時の僕は、『殺したら死んでしまう』ことにも、罪悪感を抱かなくなるのか?
それは、楽になれるということなのか?
だけど、それは悲しくないのか。絶望しないのか。
人を殺しても何とも思わない人間になるんだぞ?
それが、人でなしじゃなくて何なんだ。
「じゃあ、『私はそうじゃないんだー』って意地を張って、目を逸らしたら幸せになれるんですか?」
無桐さんは、真剣な面持ちに豹変してそう言った。
「自分の本質を否定したら、……それって『逃げた』ってことですよね。伊織ちゃんは、逃げたくありません。
殺人を我慢するってことと、自分を否定するってことはまた別なんです」
そうきっぱり言い切る無桐さんは、空気の読めない異常殺人鬼の顔ではなく、しっかりと自分の考えを持った少女の顔に見えた。
だからこそ、心が痛い部分もあった。
僕はずっと人間を『殺したい』と願い続けて来た。
だから『殺人鬼』だと悪ぶってきた。
けれど、『人殺し』と言われると『僕だって本当は死なせたくないのに』と忸怩たる思いをする時があった。
僕は本当はそうじゃないのだと、主張したいような。
だから、逃げだと指摘されたら、否定できないのだ。
「もしあなたが目覚めて、それが『零崎化』と呼べるものだったら、家族として迎え入れる準備はありますよ?」
無桐さんはそう言った。
それは何の打算もなく、ただ好意からそう言ってくれたように見えた。
零崎に、なる。
それは、人殺しになっても、それなりに幸福な人生を送れるということ。
『家族』という理解者がいて、引け目のない人生を送れるということ。
『逃げ』をしなくても、いいということ。
真摯な無桐さんの目を、僕はもはや『異常者』と見ることはできなかった。
けれど。
そうなったら、火憐さんとは相いれなくなる。
未だに僕は、火憐さんに“殺人衝動”のことを打ち明けていない。
似た者同士である無桐さんや軋識の前では披露したけれど、最も長く共にいる彼女に話すことは恐れている。
それを告げたら、関係が終わりになってしまうかもしれないと恐れている。
“ついて行く”と言いながら、彼女のことを信頼していないのかと見做されてもしかたがない。
けれど、火憐さんだからこそ、打ち明けるのには勇気が要った。
それは火憐さんが『
正義の味方』であり、悪を憎んでいるからだ。
人間を殺したいと考えている人間は、果たして悪の側に分類されるのかどうか。
簡単だ。まぎれもなく悪だ。
悪であるからこそ、火憐さんは『人を殺そうとしている』様刻君に対して怒っているのだから。
人を殺したくて殺したくてたまらないなんて、そんな気持ちが『正義の味方』に理解されるかどうか――
「あのー。こんなこと言っちゃうと、また『空気読めない』って言われそうですけど」
その時だった。
真摯な表情はなりを潜め、おずおずとした顔で、伊織さんは斬りだした。
火憐さんたちが出歩いていった方角の、曲がり角を指差して。
「さっきから、様刻君たち二名に立ち聞きされてるみたいですよ?」
【3】
阿良々木火憐による、櫃内様刻を更生させようという試みは、そう長くかからなかった。
何故なら、そう遠くに歩かないうちに、死体と出くわしてしまったからだ。
それは、火憐がこの殺し合いで最初に――宗像形と同時に見かけた少女だった。
そこにある所業は、一言で言えば滅多刺し。
ボロボロに裂けた豪華絢爛な着物。
内蔵は、バラバラに散乱し。
両腕はなくなっていた。
しばらく、言葉もなく立ちつくす二人。
櫃内様刻は、見るに堪えない姿に顔をそむけ。
そして阿良々木火憐がしたことは、膝をついての謝罪だった。
「ごめん……助けてあげられなくて、ごめん……」
涙を含ませた声で懺悔をする少女を、様刻は複雑そうな面持ちで見下ろす。
しかし火憐としては、探していた少女が遺体で見つかったとなれば、様刻を相手にするどころではない。
宗像形に報告して、そして二人で彼女の遺体を埋葬しようと決めた。
芯が強くとも人間強度は決して強くない火憐が、そうやって気持ちを切り替えられたのは、
それだけ彼女が宗像形を頼りにするようになっていたことの証左かもしれない。
実のところ、宗像形はとがめの名前を知っていたので、放送の時点で死亡を知っていたのだけれど、阿良々木火憐にそのことを言っていなかった。
なので、火憐としては気が重い報告を抱えて戻り、宗像らのいた一角まであと一つだけ曲がるというところまで近づいて、
「僕は――君と同じ、人を殺したくて殺したくてたまらない人種なんだ」
そんな重たいことこの上ない告白を、漏れ聞いてしまった。
その告白は、信頼を置く宗像形のもので、火憐はそこで立ち止まってしまう。
どうやら二人は、『殺人衝動』なるものについての議論を交わしているようだった。
殺人を何とも思っていない伊織の言動に、火憐はムッとして飛びだそうとしたが、
「でも、今は人を殺さないように我慢してるんだろう?」
「あ、そりゃそうか……」
様刻の言葉で、すぐに鎮火した。
阿良々木火憐の成すことはあくまで正義の味方であって、罪人の糾弾ではない。
伊織が殺人を我慢するというのならば、討伐する理由は何もないのだ。
やがて無桐伊織は宗像形の質問に全て答え終わり、宗像形は『家族になってもいいよ』と勧誘された。
宗像が長考する気配が、廃墟の壁越しに伝わる。
「割って入らないのかい?」
「割って入る?」
「君の同行者、殺人鬼の道に誘われてるぜ? 僕にしたように、止めなくていいのかい?」
「んー……」と阿良々木火憐は難しい顔で唸る。
しかし、はっきりとした言葉で答えた。
「まずは、宗像さんの答えを聞いてからにする。
宗像さんは、『正義の味方』のあたしに『ついて行く』って言ってくれたんだ。
宗像さんに『行くな』って怒るのは、その言葉を信用してないってことじゃないか」
そう答えた時だった。
「さっきから、様刻君たち二名に立ち聞きされてるみたいですよ?」
火憐は、ぎくりと凍りつく。
様刻は、そりゃばれるよね、と肩をすくめた。
自分の悩みでいっぱいいっぱいの宗像とは違って、伊織には余裕がある。
そして伊織は駆けだしとはいえ『プロのプレイヤー』であり、一方の火憐と様刻は一般人に過ぎないのだから。
ぎくしゃくとした足取りで、火憐は宗像らの前に姿を現した。
いくら『宗像を信じている』と発言したところで、『立ち聞きがばれた』というシチュエーションならば罪悪感はある。
ましてや、火憐はそういう状況で悪びれることができるほど強かな性格ではない。
そして、硬直という意味では、宗像はそれ以上だった。
最もばれたくないと思っていた自らの悪徳を、最悪のタイミングで知られてしまったのだから。
周囲への警戒も忘れて、火憐の目をただただ凝視する。
不可抗力の連続した結果、その場には重苦しい沈黙が横たわった。
だから、
「人間・認識」
火憐のはるか後方で様子をうかがっていたその『人形』を、彼らはその宣告がなされるまで、気付けなかった。
【4】
いくら殺人経験のない殺人鬼と、素人の殺人鬼とはいえ、奇襲の可能性を考慮できないはずがない。
だから、ガラクタの山に囲まれた、見つかりにくい場所で話し合っていた。
しかし、その『刀』が持つ視覚であるセンサーは、人間ならば見逃すほどの隙間から微かに除く、人間特有の生命反応を、見逃さなかった。
「即刻・斬殺」
宣言と共に、人間と人形を遮る、小さな掘っ立て小屋のがれきが吹き飛ばされる。
火憐はとっさに、様刻の襟首をつかんで横っ跳びに回避した。
いくら火憐がけんかっ早いとはいえ、この状況でもっとも弱者である様刻をまず守ろうとする。
「ぐえぇ……」
「なんだありゃ?」
息をつまらせる様刻と、疑問の声を上げる。阿良々木火憐。
舞いあがる埃の中から姿を見せたのは、四本の足に四本の腕、四本の刀を持つ可愛らしい顔立ちの人形だったのだから。
「――呆けてる場合じゃなかったね」
一歩前に出て、人形に対峙する構えを見せたのは――宗像形。
がれきの破壊から、人形が危険なのは明らかであり、なおかつ人間でないならば、躊躇する理由はどこにもない。
「刺殺――いや、この場合は、圧殺かな?」
その両手には、何時のまにやら取り出された暗器である、千刀。
それを宗像は、一直線に投擲した。
四本の刀のうちの日本で、それを難なく弾き落とす、人形――日和号。
ぎょろりとした目が、宗像をとらえる。
それは、標的を一般人二人から宗像に変更したということだった。
「反撃・開始」
「残念、まだこっちの攻撃は続いてる」
しかし、宗像の攻撃はそれにとどまらない。
「ストックは、まだ数百本あるからね」
暗器を出現させ、投げる。
宗像形は、これを一瞬で行える。
一瞬で、連続して、取り出しては投げられる。
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる。投げる
零崎軋識に対して行使したのと同じ、『鎩』による物量攻撃。
ただし、直接に切りつけるのではなく、投擲による集中砲火。
からくり人形ならば、肉体強度はそれほどでもあるまいと、質量攻撃を狙ったこともある。
数百本の刀は、もはや『壁』のような剣山となって、人形を蹂躙せんと飛来する。
日和号は、感情の宿らない無機質な目でそれを観察し。
――新たな言葉を、発した。
「人形殺法・旋風」
四本腕の刀を、プロペラのような形に集約させる。
次の刹那、その四枚羽根からまさしく旋風が放たれた。
「なっ……!?」
高速回転による推進力で、人形は千刀を小枝か何かのように巻き上げ、叩き落とし、散らしながら一直線に突進した。
刀の幾本かは、その風圧だけでばらばらに吹き飛ばされた。
障子紙のように容易く、千刀の『壁』が、突き破られる。
圧倒。
人間相手を想定した技術が、通じない規格外。
それが、宗像形を目指して襲来する。
宗像は、見る見ると距離を詰める化物に畏怖を覚える。
しかし、そこで退避ができないほど素人ではない。
こいつに、迎撃の構えを取るのは危険だ。勘がそう言っている。
だから、回避するしかない。
この至近距離でも、己のスピードならそれができると判断して――
――しかし。
宗像形の後ろに、判断に迷う無桐伊織がいた。
“人形”という殺意を持たない敵であるがゆえに、日和号との相性が悪い“センスだけの素人”が。
もちろん、宗像形はそこまで知らない。
そもそも、彼女をかばうほどの絆は二人にない。
同族かもしれないとはいえ、ついさっき出会ったばかりの相手なのだ。“零崎”同士でもない限り、身を挺して守りたいとは思わない。
しかし、それは『いつもの癖』だった。
人間を『殺さないように』と、人一倍に配慮してきた癖。
敵に捌かれた武器でさえ、人に当たって二次被害を出さないようにと、心がけてきた癖。
それが、宗像形の足を止めた。
『避けることで、他の人間が死んでしまうかもしれない』というリスクに対して、躊躇した。
――避けられない。
その躊躇いをとらえた日和号の視覚は、それを『かっこうの隙』だと判断する。
四本足の一本を支点として、宗像形の眼前で着地。
旋風の勢いを殺さぬまま、刀を横凪ぎに高速回転させて迫る。
元より宗像形、『暗記の扱い』と『殺し方』には長けていても、『戦闘スキル』自体はそこまで高くない。
飛来する『鎩』を全てしのぎ切る相手と斬り結べるような技能は、ない。
四本の刀が振りかぶられ、次の瞬間にそれが肌を切り裂くことを宗像は理解する。
目と鼻の先で、殺人人形は死刑宣告をした。
「人形殺法――」
目を閉じた。
ああ、これで終わるのか。
殺してしまうかもしれない人生だったけど、もう少し生きたかったな。
「宗像さんっ!!」
どん、と。
体に、真横からの衝撃が加えられた。
柔らかい、女の子の手だった。
その手に、突き飛ばされていた。
まさか、と思った。
そんなこと、あるはずがない。
もっと言えば、『彼女』が、自分の正体を『殺人鬼』なのだと知って、その上で庇うはずがない。
宗像は、目を開けた。
刀で突き殺そうとする人形と、殺されようとする宗像形の間に、割り込む少女の姿がそこにあった。
「台風」
まぎれもなく、阿良々木火憐だった。
【5】
血しぶきが、視界に焼きつく。
幾重にも斬りあげられて、火憐さんは空中を舞った。
頭が、真っ白になった。
その瞬間、僕は自分がどんな言葉を叫んだのか覚えていない。
ただ、我を忘れた僕は、それでも憎き人形を攻撃するより火憐さんの安全確保を選んだらしい。
舞い落ちる、火憐さんの体を追った。
その体を、ぎゅっと受け止めた。
ずたずたに引き裂かれ、赤く濡れた火憐さんを目にした。
息は、あった。
死なせたくない、と逃げた。
無桐さんは、その数秒の間に、櫃内君を回収して、僕の後に続く。
とはいえ、僕こと宗像形のスピードにはついて来られず、どんどんその姿は小さくなっていった。
不要湖の出口まで到達して、僕は火憐さんを降ろした。
火憐さんのディパックから支給品を探り、治療道具がないかを調べようとする。
その時、火憐さんの胸元から、ごぼりと血が噴き出したのを見てしまった。
傷口が肺にまで到達しているのだと、僕はその裂傷を見て理解する。
「なんで……?」
つまり、手遅れだった。
致命傷だった。
死んでしまう、傷だった。
火憐さんは、そんな作業に焦る僕を、虚ろな目で見上げていた。
苦しげな呼吸音と共に、その唇がたどたどしく動く。
「あー……むな、かた…………さん?」
喋らないでと、そう言おうとした。
けれど、僕の口は、違う言葉を言っていた。
「なんで助けたんだい……僕は『殺人鬼』なのに」
答えを求めていたわけではなかった。
答えられるだけの意識が残っているとは、思えなかったからだ。
「ううん……まさか」
そう、思っていたのに。
がしっと。
火憐さんの手が、僕の手をつかんだ。
「宗像、さん…………わるい、ひと、じゃ……なぃ」
その手の温度は、熱かった。
死にかけているとは思えないぐらい、熱かった。
命が、燃えているみたいだと思った。
理由があるんだよ、と。
火憐さんはそう言った。
「あたしは、何があっても……宗像さんの、味方、だから……」
燃える、この温度に。
溶ける、その答えは。
「『正義の味方』である、あたしが。
『味方』してるんだから……。
宗像さんは……『正義そのもの』、だ」
清く、正しく、マシュマロのように甘く。
そして、その笑顔がかっこよかった。
それが、運命の言葉になった。
火憐さんの呼吸は、いっそう苦しげになっていた。
ひぃひぃ、と。
肺の周りの肌が、少しずつ膨らみはじめている。
呼吸が肺から漏れて、体の諸器官を圧迫している証だった。
肺の損傷は、ずっと深かったらしい。
このままでは、呼吸ができるのに窒息死するという、地獄の苦しみを味わうことになる。
見ていられない、そんな死に方をすることになってしまう。
それでも、僕がしようとすることは、『殺人』になってしまうのかと恐れたから。
だから、僕は火憐さんに判断をゆだねた。
「火憐さん。苦しい死に方と、苦しくない死に方。どっちがいい?」
「苦しくない方?」と、火憐さんは囁くように答えた。
だから僕は、『苦しくない方』をすることにした。
たとえそれで『零崎』に目覚めても、耐えきって見せると決意して。
「ごめんね、火憐さん」
千刀の一本を、火憐さんの体の上に掲げる。
「僕は君を、守れなかった」
僕こと『枯れた樹海』宗像形は、人の殺し方を色々と知っている。
だから、苦しまずに殺す方法だって知っていた。
【6】
「無桐さん。さっき、初めて殺した時から“零崎”に目覚めたって、そう言ったね?」
様刻君を連れて追いついてきた無桐さんに、僕は話しかけた。
火憐さんの、まぶたをそっと閉じながら。
「なら――僕は違うよ。僕は、“零崎”じゃない」
『殺人鬼』は、目覚めなかった。
むしろ、抱いた気持ちは失望だった。
僕が欲しがっていたのはこんなものだったのか、とがっかりしたような。
失望したような。
こんな感情しか手に入らないなら、要らないと。
殺人衝動が、消えていた。
火憐さんからの、最後の贈り物。
そんなロマンチックな考え方をするほど、僕はご都合主義者ではない。
だから、僕にとって重要なのは事実だけだ。
『阿良々木火憐さんが、宗像形から『殺人衝動』を消した』という事実のみ。
だから、阿良々木火憐さん。
君は確かに、『正義の味方』だった。
だから僕は――君の言う『正義そのもの』になりたい。
【阿良々木火憐@物語シリーズ 死亡】
【1日目/昼/E-7】
【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(中) 、殺人衝動喪失
[装備]千刀・鎩(ツルギ)×564
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(0~5)、「参加者詳細名簿×1、危険参加者詳細名簿×1、ハートアンダーブレード研究レポート×1」、「よくわかる現代怪異@不明、バトルロワイアル死亡者DVD(1~10)@不明」
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる
0:斜道郷壱郎研究施設へ向かう
1:???
2:機会があれば教わったことを試したい
3:とりあえず、殺し合いに関する裏の情報が欲しい
4:DVDを確認したい
5:火憐さんのお兄さんを殺した人に謝らせたい
[備考]
※生徒会視察以降から
※
阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※危険参加者詳細名簿には少なくとも宗像形、零崎一賊、
匂宮出夢のページが入っています
※上記以外の参加者の内、誰を危険人物と判断したかは後の書き手さんにおまかせします
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]殺人衝動が溜まっている
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:零崎を開始する。
0:玖渚さんに電話をして宗像さんのことを教えるべきですかね……?
1:曲識を殺した相手や人識君について情報を集める。
2:今は様刻さんと一緒に時宮を探す。
3:
黒神めだかという方は危険な方なのでしょうか。
[備考]
※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
※黒神めだかについて詳しい情報を知りません。
※宗像形とは、まだ零崎に関すること以外の情報交換をしていません。
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康 、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備] スマートフォン@現実
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う。
0:火憐さん……。
1:時宮時刻を殺す。
[備考]
※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
※黒神めだかについて詳しい情報を知りません。
※スマートフォンのアドレス帳には
玖渚友が登録されています。
※阿良々木火憐との会話については、次以降の書き手さんに任せます。
最終更新:2013年12月17日 10:48