禍賊の絆 (後編) ◆wUZst.K6uE
◇ ◇
「…………」
何だったんだ今のは。
僕もりすかも、玖渚さえも人識の一連の行動に呆気にとられているようだった。さっきまでの緊張した空気もどこへやら、全員がぽかんと口を開けている。
人識が「俺に代われ」と携帯を受け取った時は正直肝が冷えた。
玖渚が電話に出たときの反応から相手が人識の知り合いだと予想できたし、何か考えがあって電話を代わったものだと思ったからだ。
それが突然、ネットカフェの外にまで響き渡るほどの怒号が放たれた時は何が起きたのかと思った。驚愕したと言うよりは、ただ反応に困った。
仲間を呼ぶチャンスにもかかわらず、いきなり大声で口論を始めたというのだから意味不明というより仕方ないが。
挙句に出た言葉が「助けが必要な時くらい俺を呼べ」だ。今助けを呼ぶべきは人識のほうじゃないのか?
当の人識はと言うと、電話を切ってからずっと何かを考えるように目を閉じ、ときおり「……ったく、何やってんだかなぁ……俺らしくもねえ」などとぶつぶつ呟いている。
刀を構えていた手もだらんと両脇に垂らし、まるで僕たちのことを忘れているかのような有様だ。
本当に何があった?
いやそれよりも、この状態は僕たちにとって好機なのか?
さっきまで親の仇を見るように(あながち比喩というわけでもない)僕たちに殺気を放っていた人識が、明らかに別の何かに意識を奪われているというこの状況は。
伊織、様刻、真庭鳳凰。
さっきの電話で出てきた名前と玖渚から聞いていた情報を統合して考えるに、伊織と様刻が人識と顔見知りで、その二人が鳳凰に追われている、といったところか?
ならば、人識がその二人のもとに救出に向かうよう仕向ける、というのはどうだろう。
『変身後』の水倉りすか。その能力の高さを多少大げさにでも印象付けさせ、僕を殺せば人識も必ず道連れになるということを強調し、目的を僕たちから一旦『仲間の救出』にシフトさせる。
一時しのぎではあるが、悪い策ではない。
問題は、玖渚がこの提案に乗ってくるかどうかだが――
「悪ぃんだけどよ」
不意に人識が僕へと話しかけてきた。思考に向いていた意識を慌てて持ち直す。
「もう一人話したいやつがいるんだが、いいか?」
話したいやつ?
今度は何をする気だ? ……いや、そもそもそんな申し出を許可できるわけがない。つい看過してしまったが、さっきの電話を許してしまったこと自体がすでに失敗だった。
聞いた限りここの場所を伝えたようなそぶりはなかったが、玖渚に一度してやられているだけに油断はできない。メールも電話も、こちらから連絡をとらせるのは一切却下だ。
僕がそう言おうとすると、人識は「時間はそんなに取らせねーからよ」と言って、持っていた携帯を玖渚に放って返した。
……電話をかけようとしたわけじゃないのか?
意図を図りかねている間に、人識の右腕と握られた刀が再び持ち上がる。
蝙蝠の持っていた日本刀、絶刀・鉋。
それをゆったりと、身体と垂直に構えなおし、
「曲識のにーちゃんを殺したやつと、ちょっとな」
その切っ先を、りすかの左胸に突き刺した。
「あ――――っ!!?」
素っ頓狂な叫び声を玖渚は上げた。さっきよりさらに唖然とした表情で「こいつは何をやっているんだ」みたいな目を人識に向けている。
声こそ上げなかったものの、僕も同じような表情をしていたに違いない。こいつは一体、何をやっているんだ?
ごぼ、とりすかの口から血が溢れ出る。悲鳴ひとつ上げさせる暇もない、鮮やかな瞬殺だった。
刀の先端はりすかの身体だけを正確に貫き、ほとんど密着していた僕の身体には触れてすらいない。完全にりすかだけを狙って殺している。
りすかの『変身』を、こいつは知っていたんじゃなかったのか?
わけのわからないまま、首に回していた腕を解く。支えを失ったりすかの身体は、当然ながらその場に崩れ落ちる。どくどくと大量の血を流し、あっという間に室内を真っ赤に染め上げた。
りすかの身体が溶解を始める。腕が、足が、胴が、頭が、物理的な意味で崩れ落ちる。どろどろに、ぐちゃぐちゃに、室内に満ち溢れる血の海に混ざり合い、その一部になる。
扉が破壊されて開きっぱなしになった入り口から、廊下にまでその血液は流れ出る。ここが密室だったら、すでに天井近くまで『水位』は上がっていただろう。
『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず
のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず
まるさこる・まるさこり・かいきりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる――』
りすかの詠唱が始まっても、人識は逃げるどころか微動だにしない。何かを決意、いや覚悟したような眼差しで、その行く末をじっと見ている。
もはやその場にいる全員が、固まったように動けなかった。おそらく人識を除いて、誰もがこの展開についていけていない。
『かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるず にゃもむ・にゃもめ――』
『にゃるら!』
長い長い詠唱が終わり、血の海の中から『彼女』が現れる。
そのしなやかな肢体が姿を現すにつれて、室内を満たす血液が、廊下に流れ出していた血液が、彼女を中心として吸い込まれるように引いていく。
ネコ科の猛獣を連想させるすらりとした体格。
赤い髪、赤いマント、鋭角的なデザインのベルト、手袋、ボディーコンシャス。
燃え上がるような赤い瞳に、濡れたような唇。
十七年の時を『省略』し、二十七歳の姿となった
水倉りすかが、今ここに顕現した。
「……よお」
先に言葉を発したのは人識だった。いまや大人と子供ほどの身長差となり、りすかを完全に見上げる形になってしまっている。
それでも、人識に臆したような気配は一切なかった。臨戦態勢を取るでもなく、まっすぐに『赤き時の魔女』と相対する。
「…………」
対して、りすかのほうは無言だった。いつものような高笑いもなく、不遜に腕を組み、目の前の相手を睥睨している。
手に握られているのはいつものカッターナイフでなく、
黒神めだかのデイパックから手に入れた刀子型のナイフ『無銘』。
りすかの身長と相まって、まるでちっぽけに見える刃物だが、そんなことはもう関係ない。今となっては、人識の握る二振りの日本刀すら頼りなく見える。
にもかかわらず、りすかの表情にはなぜか余裕がなかった。
笑顔ではあるが、いつもの不敵さはない。目を細め、人識に対し鋭い視線を送っている。
警戒している?
『変身後』のりすかが、ただの人間である人識に対して?
「あんただったな、曲識のにーちゃんを殺したのは」
「……曲識ィ? 誰だよそいつ」
りすかがようやく人識に応じる。ドスの利いた、いかにも不機嫌そうな声色で。
「ああ、あいつか? 燕尾服着た長髪のやつ。おいおい、まさかわたしに恨み言連ねようってんじゃねーだろーな、ガキ」
零崎曲識――動画に出ていたあいつか。
りすかが最初に殺され、最初に殺した相手。
「先に手ェ出してきたのはあの燕尾服のほうだぜ。ただ道聞こうとしただけのわたしに対して、ロクな会話もなしで殺しにかかってきやがってよ。
しかもあの野郎、殺したわたしの内臓首に巻き付けて恍惚としてやがったぞ。綺麗な顔して超ド級の変態じゃねーか。ネクロフィリアにしてもレベル高すぎんだろ」
「…………」
人識の表情がとても微妙なものになる。身内の恥を暴露されていたたまれないとでもいうような、苦々しい表情に。
「んで」
くいっ、と。
握ったナイフを、ステッキのように軽く振る。
「そのド変態の『家族』だっつーお前は、わたしをどうしてくれるってんだ? 人の心臓ぶっ刺して、その上でわたしに何の用だ?
このわたしをわざわざ呼び出しておいて、まさか何もありませんなんて心底笑えねー冗談かますつもりじゃねーよな」
「頼みがある」
おもむろに、両手に持っていた刀の先をすとんと足元に落とす。まるで害意がないことを示すように。
「あんたの使う『魔法』とやらについて、俺は正直さっぱりなんだがよ――前にあんた達がやったみたく、誰かを『別の場所へ移動させる』なんてことは、今この場でできるのかい?」
意図の読めない質問に、僕はただ困惑する。
何だ? 今度は何を言う気だ、こいつは?
「もし可能だってんなら、これから俺が言う場所に、その『魔法』を使って俺を飛ばしてくれねーかな。瞬間移動みてーに、ぱーっと」
「…………!?」
はあ!?
「ああ、ついでにこいつも一緒にな」
玖渚の襟首をつかんで、猫のように持ち上げてみせる。
「そうしてくれたら、俺はもうあんたらを付け狙うようなことはしない。二度と、金輪際あんたらの目の前には姿を現さないと約束する。こいつにも約束させる」
言われて、玖渚は「えぇ~」とあからさまに不満そうな声を出したが、人識に頭を一発小突かれて静かになる。
「こいつが暴走しそうになったら、俺が責任を持って始末する。それでどうだ?」
「…………」
今度こそ、本当に何を言っているのかわからなかった。
いや、言葉としての意味は分かる。そして、可能かどうかで言ったら、おそらくは可能だ。
魔法による空間の移動。正確には、ある場所へ移動するまでの時間の『省略』。
りすかの魔法は、基本的に自身の内側にしか作用しない。
手順を踏めば他の人間の時間も一緒に『省略』することはできるが、相性の問題もあるし、必ず成功する保証はない。蝙蝠との実験で証明済みだ。
しかし、今の二十七歳の姿である水倉りすかの場合、魔力の高さや規模の大きさ以前に、使用できる魔法の範囲がまるで違う。
伝説の魔法使い、『ニャルラトテップ』水倉神檎の愛娘。
その身体に織り込まれた膨大な魔法式は、大げさでなくありとあらゆる『時間』への干渉を可能にする。
手順としてはこうだ。人識の身体のどこでもいい、傷をつけて血を流させ、そこをりすかの血液と『同着』させる。
あとは人識が「ある場所へたどり着く」という結果が未来として確定してさえいれば、その移動時間を『省略』してやることで、目的地まで『飛ばす』ことはできるはず。
その気になれば、物質を『時間軸から外す』ことで消滅させることもできるりすかだ――その程度のことは可能だろう。
可能だろう――が、
それはあくまで「できる」というだけで、「やる」理由がりすかには全くない。
この場における生殺与奪の権は、すでに人識からりすかに移っている。人識の出した『提案』も、今となっては何の意味もない。
約束するも何も、ここでりすかが人識を亡き者にしてしまえばいいだけの話なのだから。
取引としては成立していないし、頼みというには虫が良すぎる。
……ていうかこいつ、りすかの魔法をただの空間移動と勘違いしていないか?
そんなチャチなものだと思っている時点でおめでたいというか、認識の仕方が曖昧すぎだろう。
合理性がどうとか以前に、そんな認識で取引を持ちかけるなんて、もはやただの無為無策だ。
行き当たりばったりの、圧倒的に分の悪い賭け。
その申し出を聞いて、りすかは、
「あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
哄笑した。
堪えきれなくなったという風に。
「ははは――どんな面白ぇ台詞謳ってくれんのかと思えば、予想以上に笑かしてくれんじゃねーか。これほどまでに愉快なやつだとはよもや思わなかったぜ、顔面刺青くんよ」
直後、りすかの両目が「くわっ」っと音が聞こえそうなほど大きく見開かれ、破顔から一転、凶暴な形相になる。
瞳孔すら開いているようなその表情で、片手に構えたナイフを人識の右頬、刺青の上にぴたりと押し当てた。
「身の程知らずもここまで達するともはや称賛に値するな、駄人間。
どうやら貴様は、自分がどんな罪を犯したのかわかってねーらしい。わたしが一から順に罪状読み上げてやっからよく聞いて理解しやがれ。
ひとつ、わたしの大事なキズタカにその汚ねえ足で蹴りを入れやがったこと。
ふたつ、無抵抗でか弱い魔法少女であるわたしを野蛮にも拉致監禁したあげく、その刀で貫いてくれやがったこと。
みっつ、高貴で美しき魔法使いであるこのわたしの魔法を、こともあろうに『利用』しようとしやがったことだ」
ぐん、とりすかの顔が人識の顔に接近する。鼻と鼻が触れそうな間合いで視線を受けながら、なおも人識は身じろぎひとつしない。
「わたしたちにここまで無礼を働いておいて、まんまと逃げおおせようってのか? それもわたしの魔法を『使って』!
ご都合主義にも程があるぞ、人間。それとも貴様は、わたしがその『お願い』に応じようと思うような何かを、今ここで提示してくれるってのか?」
ナイフが頬に食い込む。
そこに刻まれた刺青を両断するがごとく、すうっと一筋の傷がつけられ、そこから鮮やかに血が流れ出た。
実質、これが最後通牒だろう。
魔法を使うまでもない。そのままナイフを首筋に移動し、頸動脈を切り裂いてしまえばそれで終わりだ。
この場で人識が提示できる条件などあるわけがない。何か言ってきたとしてもハッタリだろう。
「あんたらにはわからねーだろうがよぉ――」
しかし、その認識は間違っていた。
人識はすでに提示していたのだった。何にも代えがたい条件を。
「零崎一賊に属する者が、家族に手ェ出したやつを目の前にして見逃してやるなんてことはよ、本来、天地がひっくり返ってもありえねーほどの破格の条件なんだぜ」
「…………」
「さっきの、ガキん時のあんたの質問に答えておくとよ――俺にとって、人殺しってのは何でもねーし、人を殺すことで何かを感じることもねーよ。
この青髪娘から聞いてねーか? 『零崎』にとって、人殺しってのは『そういうもの』でしかない、ただの行為なんだよ」
僕も、りすかさえも人識の言葉に聞き入っていた。
聞く必要もない戯言を、不覚にも。
「だがな、それはあくまで『零崎』としての性質の話だ。『零崎一賊に属する者』という括りのほうで言えば、連中が人を殺す理由は『家族のため』だ。
『家族のためならどんな行為にでも及ぶ』――そんなくだらねー信念背負った連中だ。ただの殺人鬼が、家族のためとなった途端いっとう目の色変えて馳せ参じるんだぜ。
まあ俺にとっての家族なんざ、指折り数えられるくらいしかいねーが。ついさっきまで、指一本あれば足りたしな……ああ、一人はもう死んでるから今も一本で足りるか」
それはもう、何の意味もない独り言のように聞こえた。
しかしそれでも、りすかは動かない。
「そのたったひとりの家族が危険な目に遭ってるって時に駆けつけねーとか、そんなもん家族として失格だろ。兄貴にあの世からぶっ殺されるっつーの。
いいか、よく聞け。『零崎』にとってはな――」
「家族を守るためなら、敵を信じることも、命を預けることも、何でもねーんだよ」
「…………っ」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、りすかが気圧されたように見えた。
大人と子供、天才と凡人以上の開きがあるはずの人識に対して、今のりすかが。
称号持ちの魔法使いさえ赤子同然に扱える今のりすかが、魔法すら使えないはずの人識に対して。
「殺さば殺せよ。今さら逃げも隠れもしねー。ただし俺を殺したら、いずれ必ず俺の『妹』があんたらの前に現れるだろうぜ。大鋏口に銜えてよ。そこは精々覚悟しておくこったな」
「…………いい度胸じゃねえか」
りすかの持つナイフが、頬から首筋に移動される。
「このわたしを前に、ここまで舐めた態度取り続けたやつはそうそういねーぜ、駄人間」
「ありがとよ」
少年のようなさわやかな笑顔で、殺人鬼は言った。
「俺のことを殺人鬼と知ってなお『人間』と呼んでくれたやつは、多分あんたが初めてだぜ、お姉さん」
◇ ◇
『真庭鳳凰』 G-6 薬局
「誰もおらぬ――か」
動き始めてからは早かった。
付け替えた足の感覚にもだいぶ慣れてきている。目的地の薬局にたどり着くまでに、それほどの時間は要しなかった。
建物に明かりは灯っていたが、中は蛻の殻だった。一通り店内を見回っては見たが、何者かが潜んでいる気配もない。
「しかしながら」
収穫がなかったというわけでもない。店内のそこかしこに、つい先刻まで人がいたと思しき痕跡が見られたのだ。血の匂いも微かに漂っているのがわかる。
伊織と様刻であると断定はできぬが、その可能性は高い。
やはり我の考えは間違ってはいなかった――自然、頬が緩む。
おそらく奴らは、我の想像通りここで怪我の治療と休息を取っていたのだろう。その最中に、あの機械で我の接近を知り、ここから逃走した。
この「逃走した」という部分が肝要だ。少なくとも奴らは、まだ我を迎え討つ用意ができていないということ、逃げなければいけない状態にあったということが読み取れる。
さらに、室内の痕跡の新しさからしても、まださほど遠くには行っていないはず。
奴らのうち、伊織のほうは両足を折っている。二人で移動しているとすれば、移動の速度も相当に遅いはずだ。
今の我の身体でも、居場所さえ知れれば容易に追いつける。
「……む?」
床に目を落とす。何か違和感を捉えたような気がしたのだが…………これは、水か? 床の上に水滴が落ちているのがあちこちに見える。
そういえば先程見た椅子にも、何者かが座った跡と水のこぼれたような跡があった。
よもやと思い、床の水滴をたどってみる。結果、それは店の裏口まで続いていた。扉は閉まっているが、施錠はされていない。
取っ手に触れてみると、そこにも水が付着していた。
思わず笑い出しそうになる。どうやら奴ら、故意か過失かはわからぬが身体を濡らした状態にあるらしい。水滴を落として放置するとは、追われている自覚がないのか?
裏口――すなわち、我が入ってきた入口と逆方向の出口。
我の来た方向と反対側からわざわざ出ていることからも、ここにいた者らがあの首輪探知機とかいう機械を所有していることは明らかだ。
明確に我を避け、我から逃げる動き。ここにいたのは、奴らで決まりだ。
扉を開ける。地面を注視すると、微かにではあるが水の滴った跡と、新しい足跡が残っていた。この暗闇の中でなら追えないと思っていたか。舐められたものだ。
再び地を這ってでも追うつもりではいたが、これほど新しい痕跡が残っているならばすぐにでも追跡できる。
「今度こそ――だ。今度こそ、奴らを殺す」
ぎり、と包丁を握りしめる。
我が近づけば奴らも逃げるだろうが、そんなことはもう関係ない。奴らが力尽きるまで追い続けるだけだ。
戦略はどうする? 必要ない。この包丁でただ刺すのみだ。
顔の傷はどうする? 問題ない。処置している時間が惜しい。
真庭の里の復興も、我らの悲願も、今はどうでもよい。奴らを殺すこと、今はそれのみに心血を注ぐ。
「せいぜい震えて逃げるがよい。櫃内様刻、
無桐伊織」
扉の外に一歩、足を踏み出す。
「貴様らの首、必ず我の眼前に並べ揃えて晒してくれる――!」
「あー、悪ぃけどその無桐伊織っての、俺の身内なんだわ」
背後から、だった。
その声が背後から聞こえてくるまで、全く、何の気配も感じ取ることができなかった。足音も、扉が開く音も、衣擦れの音も、何一つ。
まるでその存在が、我の背後に立つまでの一切の『時間』を、丸ごと『省略』してしまったかの如く。
「一応、俺はあいつの『兄』らしいからよ、見ず知らずの男に――いや女か? 声は男だな……
まあどっちにしろ、どこの馬の骨とも知れん奴に、おいそれと『妹』の首やるわけにゃいかねーんだよ」
振り返ろうとするが、首が動かない。
何者だ、と問おうとする。声が出せない。
その理由は明白だった。振り返るまでもなく問うまでもなく、目の前にはっきりと示されていた。
刀が。
日本刀の刃が。
絶刀・鉋の刀身が、口から突き出していた。
「それとよぉ――『並べ揃えて晒してくれる』とか、人の決め台詞微妙にパクんじゃねーよ。俺がその台詞考えんのにどんだけ頭ひねったと思ってんだ」
蝙蝠の忍法のように体内から飛び出したわけではない。後頭部から口腔へ突き抜けるような形で、一本の刀が、我の頭を串刺しにしていたのだった。
馬鹿な、どうやって。
これほどの気配――これほどの『殺意』に、今の今まで気付かなかったなど!
「女子高生つけ狙うとか、世間じゃそういうのストーカーっつうんだぜ? いい大人なんだから、そのくらいの常識は身につけとけよな。
そういやひとつ訊きてーんだが、ここ、薬局であってるか? 今回は道に迷ったっつーわけでもねーんだが――――あ」
背後の何かが、今ようやくそれに気付いたとでもいうように、はっとした声を出す。
溶暗する意識の中で我は、それが発する言葉を最後に、聞いた。
「悪ぃ、殺しちまったよ。死にぞこないの噛ませ犬さん」
【真庭鳳凰@刀語 死亡】
◇ ◇
「ああ、確かに薬局で間違いねーな、ここ。すげーな、本当に一瞬で移動したぜ」
店内から絆創膏だのガーゼだのを適当に手に取りながらそう呟く。
「あー痛ぇ――あの女、人の刺青(トレードマーク)わざわざ傷つけやがって。髪切られた方がまだましだっつーの」
「しーちゃん、僕様ちゃんの手も止血して」
「へいへい」
切られた頬と、同じように軽く切りつけられていた玖渚の手の甲を絆創膏やらで処置してやる。
どうやら俺と玖渚は、目的地への移動に無事成功したらしい。
実際に体験してみると、その異様さはよくわかる。『呪い名』の連中みてーな小細工とはまるで一線を画した能力。
なるほど、これが『魔法』ね――曲識のにーちゃんでも歯が立たねーわけだ。
「うええ、気持ち悪い…………頭がぐらぐらする」
玖渚の方はというと、乗り物に酔ったみたいに青い顔をしていた。移動するとき世界が歪むような感覚は確かにあったが、どうやらそれにあてられたらしい。
副作用みてーなもんか? 俺は平気だが、そこは個人差があるんだろうな。
「あのさぁ……しーちゃん」
玖渚が呆れたような目で俺を見てくる。
「情報提供したのは僕様ちゃんだし、来てもらったのもありがたかったけどさ……ああいう無茶に、僕様ちゃんを巻き込まないでもらえるかな。
絶対死んだと思ったもん。あんな要求、普通に考えたら通るわけないって」
「奇遇だな、俺も無理だと思ってたわ」
「だから一人でやってよそういうのは!」
ぎゃあぎゃあ喚く玖渚の頭を小突いて黙らせる。結果的に助かったんだからいいだろうが。
まあ、確かに無茶だったわな。
ていうか、あの女の胸に刀ぶっ刺した時に一番「やらかした」と思ってたのは多分俺だ。完全に勢いでやっちまったからな、あれ。
その後はもう、口八丁の連続だった。あることないこと、手当たり次第に口から出るに任せた結果だ。それでうまくいくってんだから、案外言ってみるもんだ。
今回ばかりは、『あいつ』に感謝すべきかもしれねーな。
本当に便利だぜ、あいつお得意の『戯言』ってのはよ。
「しーちゃんさ、本当に『魔法』について何も知らなかったの? よくぶっつけで『飛ばして』もらおうなんて思ったね。どこに飛ばされるかもわからないのに」
「一度目の前で披露されたことはあったぜ。あのときは意味不明だったけどな」
ある意味、零崎一賊の全員があの『魔法』に手玉に取られてたみてーなもんだ。そう思うと、とことん恐ろしい能力だと認めざるを得ねえ。
「それに、どこに飛ばされるかはともかく『ここ』に飛ぶ心構えだったら、少なくとも俺の中では出来ていた」
「そうなの?」
「知らねーか? 『零崎』の人間ってのは互いの居場所がある程度、感覚で把握できるんだよ」
伊織ちゃんがどこにいるのか電話があるまではおおよそにしか把握できていなかったが、『G-6の薬局にいる』と聞いた瞬間から、『この場所』は俺の中でイメージとして確立していた。
もともと空間把握は得意だからな、俺は。地図さえ見れば、距離や道筋まである程度なら構築できる。
「ふーん……案外、それが奏功したのかもね。僕様ちゃんたちがうまいことここに移動してこれたことにさ」
「あ? ここに移動させたのはあの女の能力なんだから、俺の心構えは関係ねーだろ」
「いや、僕様ちゃんもよく知らないけど、あの『魔法』は運命干渉系ってやつらしいからさ……しーちゃんがここに『来れる』って仮定が重要なのかもしれなかったってこと――
ところで結局、しーちゃんが殺したこの人は誰だったんだろうね」
いつの間にか玖渚は、床にしゃがみ込んで俺がさっき刺した死体を検分していた。
「せめて名前くらい聞いてから殺そうよ。『零崎』にこんなこと言っても仕方ないだろーけど、利用できそうな人まで殺しちゃったら勿体ないじゃん」
「うるせーな。いきなり目の前にいたから反射的に刺しちまったんだよ」
なんかヤバい殺気放ってたし、包丁とか持ってたしな。
目の前であんな殺気出されたら、俺じゃなくても身体が動くっつーの。
「ていうか、どうせこいつが真庭鳳凰だろ。様刻と伊織ちゃんの首がどうとか口走ってたし」
「うーん、顔が滅茶苦茶だからなあ……女物の着物だし、舞ちゃんたちの推測通り否定姫の体を使ったのかなあ――あ、しーちゃん、見てこれ」
着物の懐から転がり出た何かを見せてくる。
……人の顔?
「何だそれ、面か?」
「真庭鳳凰の顔。理由は分からないけど、自分の顔切り取って他の人の顔をくっつけてたんだろーね。金髪ってことはやっぱり否定姫かな。何でズタズタになってるのかは不明だけど」
「ああ、忍法命結びだとか何とか聞いたっけな……」
あっちが魔法ならこっちは忍法か。全く、そんなんばっかだな。
何にせよ、狂人の考えなんざ考察するだけ時間の無駄だ。
「じゃーこいつが真庭鳳凰ってことでいいな。一件落着、お疲れさん」
鳳凰の顔をその辺に放り投げる。包丁やら何やら着物の中に隠し持ってたみたいだが、大した刃物はなかった。俺はこっちの日本刀で十分だ。
とりあえず、伊織ちゃんたちここに呼び戻しとくか……結果論とはいえ、あいつら移動させた意味ねーな。
携帯を取り出し、伊織ちゃんの番号にかける。戻ってきていいとだけ伝え、後はこっちで説明すると言って一方的に切った。
「はあ…………」
今になって急に、あの時の電話で自分が何を言ったのか記憶として蘇ってくる。自分がどんな風にキレていたのかまで鮮明に。
あー……やっちまった。あの魔女っ娘を刺した時よりよっぽど「やらかした」だ。マジで口が滑った。なんであんなことでキレたのか自分で理解に苦しむ。
なんか普通に落ち込む……うわーどうしよう、いらねえネタ提供しちまった。本気でどんな顔して会ったらいいのかわかんねえ。
これだから『家族』とかいうのは面倒くせえんだ。
その言葉を盾にして説教してた俺も俺だが……
「ねえ、しーちゃんしーちゃん」
「お前はまず俺の呼び方をどうにかしろ」
「今さらだけどさー、本当によかったの? 供犠創貴と水倉りすか。一賊の敵なのに見逃しちゃって」
「あ? いいんだよ。そもそも俺は、他の一賊の連中と違って敵討ちとかどうでもいいんだっつーの。一応、兄貴への義理としてぶっ殺しておこうと思ってただけだ」
自分が手玉に取られたことに対する意趣返しの意味もあったが。
「舞ちゃんのことはあんなに心配してたのに?」
「今それを言うんじゃねえ……」
本当、過去の自分をぶん殴りたくなる。いらん言質与えてんじゃねーよ。
まあ、『零崎』の中で生き残ってんのはあいつだけだしな……この殺し合いごっこの最中くらい、家族ごっこに興じてやるのも悪くねぇとは思う。
一応、兄貴との約束もあるし。
俺の言葉に玖渚は「ふーん」と生返事で答える。自分から聞いといて興味なしかよ。
「んじゃあさ、僕様ちゃんを一緒に連れてきてくれたのは何で?」
「…………」
無視して店の奥へ歩いていくと、後ろから玖渚もとてとてついてくる。俺が殺人鬼だってこと理解してんのか、こいつ。
「しーちゃんが水倉りすかに提案持ちかけた時さ、僕様ちゃん、絶対に交換条件のネタにされると思ったんだよね。『玖渚は殺していいから、自分のことは見逃してくれ』みたいに」
「ああ、その方法もあったな。是非そうすべきだったわ」
「そっちのほうが成功率としては高かったでしょ? 危険度増やしてまで、僕様ちゃん連れてきてくれた理由はあるの?
言っとくけど僕様ちゃん、あんな『約束』守る気なんてないよ。供犠創貴と水倉りすかのことだって全然許してないし。しーちゃんはそれでもいいの?」
そろそろうざくなってきたので、何となく、とか気まぐれだ、とか適当な言葉であしらおうと「そんなもん――」と言いかけたところで、玖渚のきょとんとした目に見つめられ、言葉に詰まる。
やれやれ……こいつといると調子が狂う。あの
戯言遣いは何やってんだか。今度会ったら速攻で押し付けてやるからな。
「……伊織ちゃんに頼まれたからな、お前のことは」
全く、心底ダセェ役回りだ。
これじゃまるで、俺がいいやつみてーじゃねえかよ。
「お前のこと見捨てて俺だけ逃げてきた、なんて言ったらあいつに怒られるだろうが。『妹』に叱られるなんざ、俺は真っ平御免だっつーの」
◇ ◇
『供犠創貴』 D-6 ネットカフェ
「りすか、平気か?」
「……ん、大丈夫」
ネットカフェの一室。
さっきまで四人の男女がひしめいていたこの空間に、今は僕とりすかの二人しかいない。
りすかの『変身』はすでに解けている。少し疲弊した様子で、体を横たえている。
僕はそこから少し離れたところに、壁に背をつけて腰を下ろしていた。人識が破壊した扉が室内に倒れていて邪魔だが、片づける気力もない。僕も正直疲れていた。
服の袖で顔を拭う。蹴られた痛みはまだ引かない。りすかに『治療』してもらえればよかったのだが、あの後すぐに変身は解けてしまったので、その暇はなかった。
診療所から持ち出してきた諸々の応急処置品で事足りたので、さしたる問題でもなかったのだが。
それよりもりすかの消耗具合のほうが、僕には気がかりだった。『変身』が解けた後、りすかは軽い貧血のような症状を起こし、その場にへたり込んでしまった。
りすかにとって『血液』とは『魔力』そのものなので、『貧血』というのは実際問題として洒落にならないものがあるのだが……
ただしりすか自身は「少し休めば元に戻る」と言っていたので、精神的なものも少しあるのかもしれないと思い、今こうして休息を取っている。
「…………」
結局。
あの後りすかは、人識と玖渚を魔法によりこの場から移動させた。人識の頬の傷、さらに後から玖渚につけた傷からの血液を自身の血と『同着』させ、人識が玖渚を運ぶ形で。
『省略』の魔法を使ったのか、それとも別の時間操作を利用したのかは僕からは判然としなかったが、とりあえず二人とも、この空間からはいなくなった。
人識の要求を、完全に呑んだ形だ。
ただし、人識たちが無事に目的地――人識が指定した『エリアG-6の薬局』――まで移動できたかどうかは定かではない。
二十七歳のりすかが行使した魔法とはいえ、『同着』はしても『固定』の段階は無視していたし、相性の問題もある。
もし『省略』の魔法を使ったのだとしたら、操作するのが人識の内在時間である以上、『目的地に着く』という『未来』が確定していなければ全く別の場所へ移動しているかもしれないし、
下手をすれば時空の狭間に永遠に放り出される可能性だってある。ほんの数時間程度の『省略』とはいえ、二人の肉体と脳が時間の加速についていけるかどうかもわからない。
それでも僕には、あいつらが移動に失敗したとは思えなかった。
りすかに対する信頼もあるが、魔法が発動する際の、人識のあの確信的な、成功することを全く疑っていない表情。
あれを思い出すと、どうしても『失敗した』という『未来』を想定することができない。
「キズタカ……本当に、これでよかったの?」
りすかの弱々しい問いに僕は「ああ、いいんだ」と短く答える。
人識たちを魔法でここから移動させたのはりすかだ。しかしそれは、りすかの独断というわけではない。
最終的には、僕が許可した。
そいつらの望むようにしてやれと、僕がりすかに言ったのだ。
今のりすかと違い、あの状態のりすかは僕の命令に従うほどのしおらしい性格は皆無だけれど、少し虚を突かれたような顔をしただけで、黙って魔法を発動させていた。
僕が指示したからそうしたのか、あるいは最初からそうするつもりでいたのか。
それを考えることに意味はない。僕が指示して、りすかがそうした。それがあの時のすべてだ。
「…………」
なぜあんな要求を呑んだのか、理由を聞かれても明確には答えられない。
あの状況で僕が下すべき指示は「殺せ」以外になかったとは思う。人識の言った約束を信じたわけでもないし、連中を助けてやる道理などひとつだってない。
あれでは本当に、こちらの切り札であり最終手段である大人りすかを、あいつらの手助けをするために使ってしまったのと同じだ。
千載一遇の好機を、完全に棒に振ってしまった。
しかしそれを言うなら、そもそもその千載一遇の好機を僕たちに与えたのは人識自身だった。
人識が自分を「飛ばせ」と頼んだのは、仲間を救うためだったというのはわかる。
ただ、ここから目的地であるエリアG-6までは会場全体でみればそう離れているというわけでもないし、禁止エリアによって分断されているわけでもない。
それに向こうには様刻という仲間もいたはずだ。電話での会話を聞く限り、あそこまで短兵急に駆けつける必要があったとはどうしても思えない。
追いつめられていた僕たちとは違い、人識のほうはこの場から立ち去ろうと思えばそのまま立ち去ることができた。「二度と僕たちの前に現れない」というあの約束をするまでもなく。
僕たちに人識を見逃す必要がなかったように、人識にりすかを『変身』させる必要などなかった。
ましてあんな分の悪い、しかも命を懸けた『要求』を提示する必要性など、どこにもなかった。
にもかかわらず、あいつはそうした。
何の迷いもなく、その選択肢を選んだ。
まるで「その方法が一番早く着くと思ったから」とでも言うかのように。
僕が攻略法を考えている間に、あいつはショートカットの方法を考えていた。
いや、考えてすらいない。あんなもの、思い付き以外の何物でもあるまい。計算が少しでも働いていたならあんな選択、逆にしないだろう。
仲間のために――いや、
『家族』のために?
「……零崎、人識」
ひとつだけ、確かに理解できたことがある。
僕はあいつを、魔法も使えないただの人間だと思っていたし、いつもと同じように排除するべき障害だと認識していた。
しかしそれは、どちらも間違いだった。あいつは『人間』ではないし、乗り越えるべき『障害』でもなかった。
あれは、忌避すべきものだ。
『駒』として使えるかどうかとか、『敵』として倒すべきか否かとか、そういう次元にすらない。あれを『殺す』とか、そういった意味での関係性すらこれ以上持ちたくはなかった。
零崎軋識と対峙した時、僕はあいつの中に『人間らしさ』を感じた。無差別殺人鬼、殺意の塊のようだと認識しながら、同時に人間ゆえの矛盾した感情を見出した。
だからこそ、『零崎』の放つ殺意には何か理由があるのだと僕は考えていた。
無差別な殺人、理由なき殺意にも、根源のところまで遡れば『零崎』としての性質を形成する何がしかの原初的な記憶や体験があるはずだと、そう思っていた。
それが間違いだということを、零崎人識という存在に触れて理解した。
『あれ』の殺意に、理由などない。
人識だけが異質なのか、他の零崎もそうなのかはわからない。ただ、あいつに限っては嫌というほどに理解させられた。
『殺人鬼』として生まれ、『殺人鬼』として殺す。
真実、何の理由もなく。
そんなものを人間と呼べるはずがない。人間としての資格を有していない。
人間として――失格だ。
『あなたは本当に、人間なんですか?』――りすかのあの問いこそが、実のところ本質をついていたのだ。
りすかがあそこまで人識に恐怖していた理由が今ならわかる。あんな存在に何度も触れていたら、人間の定義を疑っても無理はない。
そして何よりも恐ろしいのが、その理由なきはずの殺意を『家族』のために行使できるというところだ。
四方八方に撒き散らすしかないはずの衝動を、血も繋がっていない他人のために、ひとつのベクトルへと向けて発揮できるという矛盾。
根柢のところでの精神が、普通の人間と違いすぎている。
行動にまるで予測が立たない。
人識が本当に僕たちの前に「二度と現れない」かどうかはわからない。ただ、もし人識があの約束を律儀に守ってくれるとしたら、それは僕にとって成果ではある。
殺すことは確かにできた。しかしその場合、人識が忠告していた通り『妹』だという無桐伊織が、確実に僕たちの前に現れるだろう。
あんなものにこれ以上付きまとわれたら、本当に取り返しのつかないことになる。
あれらと関係を持つことで、どれほどの歯車が狂い、どれほどの成果が台無しになるのか、考えるだけで怖気が走る。
何が間違いだったかというなら、僕らは始めから間違っていたようなものだ。
りすかは曲識と出会った時から、蝙蝠は双識に手を出した時から、僕はその蝙蝠と手を組もうとした時から。
あの連中と――『零崎』と『関係』を持ってしまった時点で、僕らの歯車は徹底的に狂っていた。
『零崎』と、ついでに蝙蝠ともこれで関係が切れたのだとしたら、それだけでもう万々歳の結果だ。そうでも思わなければやってられない。
「……ねえ、キズタカ」
りすかが軽く身を起こす。顔色は依然として良くはない。
「さっきわたしが『変身』した時なんだけど、いつもと違うのが、その『変身』した後の感じだったの」
「いつもと違う?」
「うん……そう思ったのが、一回目に『変身』した時からだったんだけど、より違和感があったのが、さっきの『変身』だったの」
りすかが言うには、大人バージョンになった際の魔力というか、性能そのものが大幅に弱体化していたのだという。
一回目は気のせいと流していたが、今回、二回目の『変身』にあたって、その弱体化はよりはっきりと違和感として現れたらしい。
おそらくそれも僕たちに課された『制限』のひとつなのだろうけど、考えてみればそれを抜きにしても、りすかの魔力が下がるのは当然のことと言えた。
この殺し合いが始まってそろそろ二十四時間が経つが、その間に使用した魔法、つまりは消費された魔力の量は『変身』にも影響を及ぼす。
りすかが魔法を使うたび、その身体を構成している血液もまた、段階的に消費されていく。そして消費された分だけ変身後のりすかは体の一部が欠けたり、魔力が低下していたりする。
出端に『変身』を一回、『省略』を三回使い、合間に『過去への跳躍』を一回。
ここまで魔力を消費すれば、変身後のりすかが弱体化するのも無理はないことだった。
「うん……でも、それだけじゃないの」
しかしその弱体化も、本来のりすかであれば問題ないことのはずだった。
かつて僕たちがツナギと闘ったとき、変身後のりすかは『魔力が尽きる前まで己の時間を戻す』という裏技で、魔力を全回復して見せた。
あれが、今回の『変身』ではできなかったという。
『失った魔力を元に戻す』という行為自体が、どんな魔法を行使しても不可能だったらしい。
「なるほどね……それこそが『制限』か」
魔法による魔力の回復、リカバリーが不可能となると、りすかの魔力を回復させるには時間の経過に任せるしかなくなる。それも相対的でなく、絶対的な意味での『時間』。
例えば『省略』で十日分の時間を飛ばしたとしても、十日で治る傷を完治させることはできても魔力源である血液はそのまま消費され、元には戻らない。
要するに今のりすかは『無限』であることを封じられている。魔法を使えば使うほど、血液を消費すればするほど、一方的にりすかの力は弱まる。
大人りすかに『変身』したところで、それをリセットすることはできない。どころかその間に使用した魔法の分さえ、魔力は消費される。
完全に魔力を回復させるつもりなら、一日単位で休息をとるしかないだろう。
僕の血液を分け与えてやるという方法もあるが、りすかと違い、僕の身体には元から小学五年生並の量の血液しか詰まっていない。
僕が貧血で倒れては本末転倒だし、できる限り使いたくない手段だ。
「りすか、正直に答えてほしい」
りすかに向き直り、僕は言う。
「さっきの大人モードのりすかで零崎人識と闘っていたとしたら、勝てたか?」
りすかは少し考えるようにしてから、
「あの人があれ以上、何の切り札も隠し持ってなければ勝てたと思う……だけど」
言葉を選ぶようにして、りすかは言う。
「わたしが最初に殺した、零崎曲識。あの人くらいのレベルになると、正直勝てたかどうかわからないのが、さっきのわたしなの」
「…………」
そこまで弱体化しているか……しかも『二回目』でそれとなると、次の『三回目』では果たしてどこまで魔力が下がるか――
いや、そもそも『三回目』があるかどうかも疑わしい。『変身』の回数に制限がない保証はないのだ。最悪、今のが最後の『変身』だという可能性もある。
こうなると、『変身』を切り札として作戦に組み込むのも難しくなってくるな……元から危惧していた事とはいえ、『変身』を無駄撃ちさせてしまったことが心底、痛い。
手切れ金というには、少々高くつき過ぎだ。
りすかが不安そうに見ているのに気付き、僕は「大丈夫だ」と努めて前向きに言う。
「何も問題などない――今回は少しばかり、相手がイレギュラーだっただけの話さ。次からはこうはいかない」
そう、こうはいかない。
僕もりすかもまだ生きている。それは『次』があるということで、次がある以上、いつまでも拘泥しているわけにはいかない。
「今はともかく、りすかは身体を休めておけ。そろそろ放送も近い。それを聞いてから、改めて動きを決めよう」
「ん……わかった」
ランドセルランドで黒神めだかと落ち合う約束をしていたが、今からでは放送までにたどり着けそうにない。
新たな協力者を得るとしたら黒神めだかはその筆頭候補なので、何とか連絡を取りたいところではあるのだが――
と、その時。
突然、店内の明かりがぷつりと消えて、再び停電状態になる。何事かと一瞬警戒しかけたが、非常灯が消えただけだとすぐに思い当たる。
非常灯は基本的にバッテリー式のはずだから、点灯しっぱなしだと一時間かそこらで切れてしまうと聞いたことがある。
そういえばブレーカーを落としてそのままだったな……
僕はデイパックから懐中電灯を取り出し、立ち上がる。
「りすか、ここで少し待っててくれ。見つかるかわからないけど、ブレーカーを探してみる」
「一人で大丈夫なの?」
「すぐに戻る。他に誰かがいる気配もなさそうだし、平気さ」
念のため、グロックは持っていくが。
一階の様子がどうなっているのかも気がかりだし、それもついでに見ておくか……蝙蝠か宗像の死体が転がっていればひとつの朗報なのだが、もしどちらも逃げたとなると後々厄介になりそうだ。
まったく、情報収集に寄ったはずのネットカフェが、僕たちにとって思わぬ戦場になってしまった。
まあ、この殺し合いを攻略するまでの間はどこにいたって戦場には変わらないのだから、文句を言っても始まるまい。
それにしても――零崎人識。
二度と会いたいとは思わないし、他の誰かと殺し合ってさっさと死んでほしいとは思うけれど、僕はあいつのことを生涯忘れはしないだろう。
――家族を守るためなら、敵を信じることも、命を預けることも、何でもねーんだよ。
あんな言葉にほだされたなんて死んでも思いたくはないけれど、『家族』というワードに対して正直、思うところはあった。
あそこまでまっすぐに、いっそ狂信的と呼べるくらいに『家族』というものを重んじるあの姿勢に僕は不覚にも、本当に本当に不覚にも、ほんの少しだけ羨望を感じてしまった。
想像でしかないけれど、りすかも同じことを感じていたんじゃないかと思う。
そうでなければいくら僕が命じたとはいえ、あの好戦的な大人りすかが危険人物をみすみす逃がすようなことはしないだろう。
……ああなりたいとは、さすがに思わないけれど。
ただ、連中が流血で繋がっているというのなら、僕とりすかも『血』という絆で結ばれてるようなものだ。
僕の身体は半分以上がりすかの身体でできている。りすかも時々、僕の血を必要とする。
零崎人識というどうしようもないものと関わってしまったせめてもの教訓として、僕は今一度、りすかとの関係について再確認してみようと、そんなことを思うのだった。
殺し合いの最中に感傷的になりすぎだと言われそうだけど、これは僕のためであり、りすかのためでもあることだ。場所も場合も関係ない。
これももしかしたら、あれと関わったことにより狂った歯車の結果なのかもしれないけれど、そこにはもう目をつぶろう。
とりあえず一階に下りるついでに、ドリンクバーに寄ってりすかのために飲み物でも持ってきてやるとするか――
――――ピィン。
「……ん?」
何だ今の音?
そう思うと同時に、足元に違和感を覚える。何かが引っかかったような、足で何かを引っ張っているような感覚。
懐中電灯で足元を照らす。
これは……糸?
扉が壊され、ぽっかり空いた部屋の入口。その床から少し上の位置に、見えないほどに細い糸が張られていた。
部屋から廊下へ出ようとした僕の足首のあたりに、ちょうど引っかかるような形で。
とっさに足を引く。警戒が一気に押し寄せてくる。
僕が一階からここに来たときには、間違いなくこんなものはなかった。そしてこれは、明らかに『人為的に』張られている。何者かが何らかの目的をもってここに仕掛けたのは明白だった。
では、仕掛けたのは誰だ?
この部屋に、最後に入ってきたのは一体誰だったか?
「あ」
背後でりすかが声を出したのを聞き、反射的に振り返って懐中電灯を向ける。りすかは座ったまま、ぼうっとした目で一点を見つめていた。
目線の先を照らし出す。
そこにあったのはドーナツの箱だった。
部屋の中央で、ドーナツの箱が横倒しになっている。中身をすべて、座敷の上に散乱させて。
エンゼルフレンチ、D-ポップ、ストロベリーホイップフレンチ、玖渚が二つに裂いたポン・デ・リング。
そしてもうひとつ。
色とりどりのドーナツの中に、ひとつだけ明らかに形状の異なるものが混じっていた。
拳銃と同じで『それ』についての詳しい知識は持っていないが、そのあまりに無粋な、あまりにわかりやすい形に、『それ』が何なのか考えるより先に理解する。
手榴弾。
戦争兵器としては割とポピュラーな、投擲型の爆弾。
その傍らに、ピンと思しきものが落ちている。『糸』の結わえつけられた、手榴弾から外れたピンが。
目の前にあるものが、瞬間的に頭の中で統合される。
人為的に張られた糸。
転がった手榴弾。
ピンの抜ける音。
――ブービー・トラップ。
「あの――野郎ォっっ!!」
全力で足を踏み出し、グロックを放り出して飛びかかるように室内に舞い戻る。
畜生、何が「約束する」だあの殺人鬼――ていうか出端に扉ぶった斬って入ってきたのはこれを仕込むための目くらましかよ!
りすかはまだ現状が把握できていないというようにただ目を丸くしている。硬直したまま動けていない。
爆破の規模はどれくらいだ? あと何秒で爆発する? ピンが抜けてから何秒経った?
たしか手榴弾の場合、ピンが抜けてから4~5秒で爆発すると聞いたことがある。
何とか部屋の外に放り投げ――いや駄目だ間に合わない!
「キズタ――」
「りすか、どけっ!!」
駆け寄って、渾身の力でりすかを突き飛ばす。
とっさの判断で、そのまま手榴弾の上に覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。
「――――!!」
スローモーション化する視界の中で、りすかと目が合ったような気がした。
驚いたような、泣き出しそうな、咎めるような、そんな表情。
それに対して僕は。
いつも通りに、自信ありげに、笑って見せた。
次の瞬間。
想像を絶する衝撃が、僕の全身を突き抜けた。
◇ ◇
『零崎人識』 G-6 薬局
「さっきから何探してるの? しーちゃん」
「あ? 糸だよ糸。あるいは糸みてーなもん」
ソファに腰かけて完全にくつろいでいる玖渚を放って、陳列棚やらを物色する。
兄貴からパクった糸が尽きちまったからここで補充しとこうかと思ったが、俺が曲絃糸に使えるような糸となるとなかなか見つからねーな……
玖渚からメール貰ってネットカフェに取って返した後、一階で宗像に切断された糸のうちかろうじて使えそうなやつだけ回収しておいたが、結局あれも『置き土産』に使っちまったし。
あの『置き土産』がどう機能したのか、俺に知る術はない。うまいこと起爆したか、それとも不発に終わったか。今となってはどっちでも構わねえ。
そもそもあれは、いざとなった時の『自決用』あるいは『自爆テロ用』に仕掛けておいたものだしな。完全にヤバいと思ったら、自分から糸を引くつもりだった。
想定してた使い方をせずに済んだだけ御の字と言える。
一人殺せれば重畳、二人とも殺せてたらご喝采だ。
俺が約束したのは「二度と目の前に現れない」だったし、約束違反にはなってねーよな?
それにちゃんと忠告したはずだぜ? 『零崎』にとって、殺しとは何でもない、ただの行為だと。
あんな『忘れ物』にいちいち目くじら立てられても、俺には知ったこっちゃねーんだよ。
「『爆殺』ってのは俺の趣味じゃねーんだがな……かはは、まあそれはそれで傑作か」
一通り探したが、どうやら曲絃糸に耐えるだけの糸は見つかりそうにない。
まあ、俺はそもそも刃物がメインウエポンだし、曲絃糸にしたってあまり多用すべき技術でもねーから、ないならないで構わないんだが。
物探しを打ち切って玖渚のところに戻る。ソファに腰かけたまま、そこらに陳列されていたらしき携帯食をもしゃもしゃ食い散らかしていた。
気分悪いとか言ってなかったかこいつ。
「見つからなかったの?」
「真面目に探してもいねーがな」
「ふぅん。あ、糸なら僕様ちゃんも持ってるよ」
「は?」
「ほら」
デイパックからリールのようなものを三つ取り出す。それぞれに糸がぎちぎちに巻かれていて、ぱっと見ただけでも相当な長さがありそうだ。
持ってたんなら最初から出せよ……
「僕様ちゃんはひとつでいいから、しーちゃんにふたつあげるね」
はい、とリールのうちふたつを手渡してくる。ひとつでいいからって、こいつ自身は何に使うつもりなんだか。
軽く解いてみると、普通の糸と比べて明らかに頑丈な、いかにも特殊加工が施されていそうな糸だった。あたかも、曲絃師のためにあつらえたかのような。
助かるが……なんか俺、こいつに借りばっか作ってねーか?
動画の件といい、さっきの博打につき合わせちまったことといい……借りたからって律儀に返してやるほど俺はお人好しじゃねえが、すでにいいように使われている感があるのは気のせいか?
急にどっと疲れが来て、ソファに身を預ける。
様刻と伊織ちゃんもそろそろ戻ってくるだろう。何を言ったらいいのかさっぱり思いつかねーが、今度はせいぜい口を滑らせねーように気をつけとくか。
やれやれ……今回は玖渚に伊織ちゃんに、ついでにあの魔女っ娘に終始調子狂わされっぱなしだったぜ。俺を挑発してきたあのガキなんてまだ可愛い方だ。
ああ、そういえばこれも『あいつ』から得た教訓のひとつだったっけな。
曰く、『女は身を滅ぼす』ってな。
【1日目/真夜中/G-6 薬局】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、右頬に切り傷(処置済み)
[装備]斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
0:伊織ちゃんと様刻を待つ。
1:蝙蝠は探し出して必ずぶっ殺す。
2:零崎を始める。とりあえず戯言遣いと合流するまでは。
3:黒神めだか? 会ったら過剰防衛したとでも言っときゃいいだろ。
4:ぐっちゃんって大将のことだよな? なんで役立たず呼ばわりとかされてんだ?
[備考]
※Bー6で発生した山火事を目撃しました
※携帯電話その1の電話帳には携帯電話その2、戯言遣い、ツナギ、無桐伊織が登録されています
※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、
玖渚友が登録されています
※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
※
球磨川禊が気絶している間、鑢七実と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
※DVDの映像は、
掲示板に載っているものだけ見ています
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]精神的疲労(小)、右手甲に切り傷(処置済み)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪×2(浮義待秋、真庭狂犬)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜3)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
0:舞ちゃんとぴーちゃんが到着するのを待とう。
1:もう黒神めだかの悪評を広めなくても大丈夫かな?
2:いーちゃんは大丈夫かなあ。
3:供犠創貴と水倉りすかの処遇は、放送を聴いてから決めようかな。
[備考]
※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です
※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後続の書き手さんにお任せします
※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、
宗像形、無桐伊織、
戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています
※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました
・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました
※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後続の書き手様方にお任せします
※
第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります
※参加者全員の詳細な情報を把握しています
※首輪に関する情報を一部ながら入手しました
※浮義待秋の首輪からおおよその構造を把握しました。また真庭蝙蝠たちの協力により真庭狂犬の首輪も入手しました
※櫃内様刻に零崎人識の電話番号以外に何を送信したのかは後続の書き手にお任せします
※本文中で提示された情報以外はメールしていません
※零崎人識からのメールにより以下の情報を入手しています
・戯言遣い、球磨川禊、黒神めだかたちの動向(球磨川禊の人間関係時点)
・戦場ヶ原ひたぎと宗像形の死亡および真庭蝙蝠の逃亡
◇ ◇
『櫃内様刻』 G-6
「あれぇ!?」
背中の伊織さんが出し抜けに裏返った声を上げたので、僕は慌てて辺りを見回す。いきなりなんて声を出すんだ。真庭鳳凰に聞きつけられたらどうする。
追われている最中なんだから静かにするよう言っておいたのに――そう思いつつ伊織さんを見ると、
「こ、これ見てください」
と手にした首輪探知機を、首に腕を回すようにして見せてくる。
さっきまで『真庭鳳凰』の文字が記されていた場所に、別の名前が表示されていた。
『零崎人識』。
『玖渚友』。
何度見直しても間違いない。さっき電話の向こうにいた二人の名前が、僕たちがさっきまでいた薬局の中にいるとこの機械は示している。
「ど、どういうことなんでしょう」
僕と首輪探知機を交互に見る伊織さん。
そうしている間に、伊織さんの携帯電話が着信を知らせる。出ると、どうやら人識からのようだった。
「人識くんですか? あのですね、今――」
『もう大丈夫だ。こっちは片付いたから戻ってこい』
「は、はぁ?」
『薬局にいるから戻ってきていいっつってんだよ。真庭鳳凰ならもう心配ねえ。わざわざ歩かせて悪かったって様刻に言っといてくれ』
「あの、何を言ってるのかよく」
『こっちで説明する。もう切るぜ』
そう言って、本当に切ってしまったようだ。途方に暮れたような顔をして、もう一度僕を見る。
「……どうしましょう、様刻さん」
「どうも何も」伊織さんを背負いなおす。「人識が戻って大丈夫って言ったんだから、薬局に戻るべきじゃないかな」
「で、でもおかしいですよ。人識くんと玖渚さんの名前なんて、さっきまで絶対なかったじゃないですか。こんな突然現れるなんて、怪しいと思いませんか?」
確かに、普通だったらありえないとは思う。
人識たちがさっきまでどこにいたのかはわからないけど、エリアひとつ分より遠くにいたのは確実だ。
機械の誤作動という線を除けば、よっぽどのことでもない限り、こんな現象は起こり得ない。
だから、よっぽどのことがあったのだろう。
あんな遺言のような言葉まで吐いたくらいだ。よっぽどのことをして、よっぽどの無茶をして、律儀に玖渚さんまで連れて、ここへ来たのだろう。
「何を言ってるんだ? 伊織さんらしくもない」
踵を返し、もと来た道を歩きはじめる。
「伊織さんのことが心配で、急いで駆けつけてきたに決まってるだろう? 何もおかしいことなんてないじゃないか」
人識はきっと、『兄』としてやるべきことをやった。最良の選択で、最善の結果を収めた。
言ってしまえばただそれだけのことだ。多分。
【1日目/真夜中/G-6】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ、首輪探知機@不明
[思考]
基本:零崎を開始する。
0:曲識、軋識を殺した相手は分かりました。殺します。
1:人識くん、何があったんでしょうか……?
2:羽川さんたちと合流できるなら心強いのですが。
3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
5:羽川さんはちょっと厄介そうな相手ですね……
[備考]
※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
※黒神めだかについて
阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
※DVDの映像を全て、複数回確認しました。掲示板から水倉りすかの名前は把握しましたが真庭蝙蝠については把握できていません。
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11~28)@不明
炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、
中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
0:連絡を待とう。
1:とりあえず薬局まで戻ろう。
2:
時宮時刻を殺したのが誰かわかったが、さしたる感情はない。
3:僕が伊織さんと共にいる理由は……?
4:マシンガン……どこかで見たような。
5:あの夢は……
[備考]
※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
※DVDの映像は全て確認しています。
※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
※真庭鳳凰が否定姫の腕と脚を奪ったのではと推測しています(さすがに顔までは想定していません)。
※マシンガンについて羽川の発言から引っかかりを覚えてますが、様刻とは無関係だったのもあって印象が薄くまだブラック羽川と一致してません。
※夢は夢です。安心院さんが関わっていたりとかはありません。
◇ ◇
『水倉りすか』 D-6 ネットカフェ
焼け焦げた臭い。
吐き気を催すほどの臭いが、部屋の中に充満していた。鼻の奥に脂がまとわりつくような、嫌な臭い。
耳鳴りが酷い。何の音も聞こえない。
真っ暗で臭いの元が見えない。すぐそばに、点けっぱなしの懐中電灯が転がっている。それを手に取り、目の前のものを照らし出す。
部屋の中央、うつ伏せに寝た姿勢の人影。
身体の下から、ぶすぶすと煙のようなものが漏れ出ている。臭いの元はそれだろう。
「…………キズタカ?」
名前を呼ぶ。返事はない。動く気配すらない。
腕にそっと触れてみる。冷たい。何かが抜け落ちてしまったかのように、軽い。
生命の気配を感じない。血が流れる気配を感じない。
「…………」
両手で身体を掴み、ごろりとひっくり返す。うつ伏せの姿勢から仰向けの姿勢に転じさせる。
途端、いっそう強烈な臭いが噴き出すように鼻を突く。
その身体には、あるべきものがなかった。
胴体の部分がごっそりと抜け落ちている。いや、混ざり合っていると言った方が正しいかもしれない。
焼け焦げた肉が、破裂した内臓が、粉々になった肋骨が、それぞれない交ぜになって、大きく開いた胴の穴からこぼれ落ちていた。
焼けた部分からは赤黒い煙が立ち上っている。蒸発して霧状になった血液だ。
何が起こったのか理解できない。
何を見ているのか認識できない。
ただ、目の前にあるものがすでに人間でなく、ただの肉塊だということはわかった。
「…………キズタカ?」
そうとわかっていても、その名前を呼ぶ。
肉塊からの返事は、ない。
【供犠創貴@新本格魔法少女りすか 死亡】
【1日目/真夜中/D-6 ネットカフェ】
【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]魔力消費による疲労(小)、爆音による一時的な聴覚異常
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ、懐中電灯
[道具]支給品一式
[思考]
基本:(混乱中)
1:? ? ?
[備考]
※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
※大人りすかの時に、時間操作による魔力の回復はできません
※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします
[備考]
ブース内にグロック@現実と供犠創貴のデイパックが残されています。中身は以下の通りです。
支給品一式×3(名簿と懐中電灯のみ×2)、銃弾の予備多少、耳栓、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、心渡@物語シリーズ、シャベル@現実、
アンモニア一瓶@現実、携帯電話@現実、スーパーボール@めだかボックス、カスタネット@人間シリーズ、リコーダー@戯言シリーズ
※携帯電話には戦場ヶ原ひたぎの番号(現所有者は零崎人識)が入っています
支給品紹介
【糸@戯言シリーズ】
宇練銀閣に支給。
「クビツリハイスクール」にて紫木一姫が所持していた品。
ピアノ線、ケブラー繊維、白銀製ワイヤーの三つがそれぞれリールに巻かれている。
最終更新:2016年03月07日 15:59