ロアームルは大国であった。
400有余年前。その前身であるアムル王国の王位を簒奪した追放王エク
センは周辺国をその武によって従え、国土を縦走するセトラ山脈を越え
て西方諸国を平定、王国の悲願であった外洋港ザクトゥルを獲得。その
版図は東西1200里、南北800里に及び、東方諸国と西方世界を結ぶ交易
路カラムラを掌握した王国はロアームルとその名を改め、従えた諸国と
「カラムラの守護者連盟」を結び、その盟主として長く繁栄の時代を謳
歌した。
しかし、時代が下れば栄光もほころびが生じ始める。
5代ガルストの御世、西方大総督に封じられセトラ山脈以西を統治して
いたアドノア・エルドバウフが、前年の大飢饉に対する中央の対応を不
服として独立を宣言。西ロアームル王を称し、セトラ山脈を貫く街道を
封鎖した。ガルストは自ら全軍を率いて討伐に乗り出したものの、未だ
飢饉の傷跡が癒えぬままの大行軍は物資の不足を致命的なまでに悪化さ
せ、峻険な地形に阻まれたこともあり多数の将兵を徒に失った挙句一度
も山脈を越えることなく敗走した。
国軍の弱体化を見て取った周辺国は長年の従属を脱却すべく次々と連盟
からの離脱を宣言、新たに「ロアームル監視同盟」なる安全保障同盟を
結成する。もはや制圧する余力の無いロアームルは傍観するを得ず、ガ
ルストは失土王と称されるまま憤死した。
国勢を維持する心臓とも言うべきカラムラの支配権を失ったロアームル
は自国を維持することに手一杯となり、以降かつての大国の残照によっ
て、辛うじて国を維持する雌伏の時代を迎える。
その終わりを告げたのは、8代アルトゥラの御世である。
今のロアームルが唯一接する海である、エルヅ内海を隔てて存在する島
国フランクールと誼を通じたアルトゥラは、フランクールを介した遠国
との貿易によって国力を蓄え、直属の9人の騎士、その率いる9つの兵
団を編成して失地回復の大事業を展開する。
ロアームルが一度たりとも対外侵攻を行わなかったことから、結成はさ
れたものの有名無実化していた同盟は、アルトゥラが駆使する虚報によ
り脆くも瓦解し、一部の国は仇敵であるロアームルに通じる有様であっ
た。
同盟8国のうち3国がロアームル側へと靡いた時点で、アルトゥラは親
征を開始する。
以後30年にわたる長き戦いの末、アルトゥラは2人の騎士とその兵団
、
多くの将兵を失い、アストク、セコマイ、ホトヒク、ボドク、エラメニ
アの5国を滅ぼし、セラメニク、カドセア、ドラートの3国を従えて守
護者連盟の盟主に返り咲き、西ロアームルとの通商を開始してセトラ山
脈の封鎖を解除した。エクセンの時代にも匹敵する国土を獲得したアル
トゥラは太陽王と称され、ロアームル中興の祖として覇を唱えた。現在
のロアームルを形作る2大公家、9騎士の兵団をそのまま制度化した聖
色兵団、上下水道、舗装街道などはアルトゥラの治世で齎されたもので
ある。
その誉れに打ち込まれた楔が、フランクールの存在であった。
アルトゥラの覇業の礎はフランクールによって齎されたといっても過言
ではなく、その由はアルトゥラ自身も深く理解していた。それゆえ、守
護者連盟への加盟を強制せず、ロアームルとフランクールの国交は対等
なものと位置づけられた。
しかしそれゆえ、喫水の浅いエルヅ内海にしか港を持たないロアームル
は海洋貿易を、フランクールか、或いは遠く西ロアームルを経由して執
り行うことを余儀なくされた。自然、通商条約はフランクール主体のも
のとなり、その制約に対する不満は澱のようにロアームルに積もってい
った。
12代ヒディールは、条約更新を兼ねたフランクール行幸の際に30隻
の大艦隊を同道させた。これは交渉を有利に進めたいが故の示威行動で
あったが、フランクールは昂然と「侵略行為である」と言い放ち、内海
艦隊10隻を持って航路上に立ち塞がった。
進退窮まったのはヒディールである。元々国内の不満を解消させんがた
めの派手な示威行動であり、内心、戦闘を行うつもりなどまったく無か
った。そもそもフランクールの操船技術は、長年内海に閉じ込められた
ロアームルとは比較にならぬほど発展しており、3対1の戦力比ですら
カーマルネには心許ないものと感じられた。
しかし、フランクール艦隊が威嚇砲撃を行ったことで親衛艦が激昂、反
撃を開始してなし崩しに第1次エルヅ海戦が開始されることとなる。
熟達した艦隊運動を繰り広げるフランクール艦隊にロアームル艦隊はよ
く持ち応え、その物量によって辛くも勝利を収めた。しかし、その被害
はフランクール側6隻大破4隻小破に対し、12隻撃沈、7隻大破、9
隻小破、実に全軍の3分の2が撃沈ないし航行不能という散々たるもの
であった。フランクールの海軍力を身をもって痛感したヒディールは、
生存者を各々の航行可能な艦に収容させると、そのまま予定通りフラン
クールへの途に就いた。その上で右大公モルトフォーラ家当主カーマル
ネに密命を与え、フランクールの提督を伴ってのフランクールへの先行
を命じた。
フランクールの内海港ニグトへ入港したカーマルネは、提督を通じて
フランクール王イェーダに目通りし、カーマルネの密命を伝えた。
ここに、「カーマルネの密約」は結ばれる。
その内容は本土不可侵、通商の維持、そして条約の改正は事前に協議し
た海戦の結果を持って行う、と定められていた。
いわば、それと知られぬまま行われる勝敗の定まった剣闘である。
ロアームルとしては国内の不満を抑制するためにも、通商条約の改正を
望む姿勢を示したいが、武断的な行動に出れば損害が大きく周辺の不安
定化を招きかねない。さりとて、フランクールとしても国力で大きく勝
るロアームルに物量をもって攻めかかられれば、滅亡の憂き目は避け得
ない。
最終更新:2010年07月16日 18:25