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桃色と白の布が、彼方へと巻き上がる。
荒野の戦場に似つかわしくない彩りは、すぐにまた別の色に塗り替えられる。
空気が、変わった。
ずしんと、重力そのものが膨れ上がったかのうな感覚が咲季に確信をもたらす。
業物でもない木剣一つ手に取っただけなのに、蒼紫の纏う覇気はまるで別物だった。
「何をするかと思えば、とんだ拍子抜けですわねぇ~!」
変化に気が付けないのは、アドレナリンに毒されたハンナただ一人。
危機感を抱かないどころか、ハンナは安堵さえしていた。
左手で木剣を握っているということは、それ以上のことは出来ないということ。
彼女からしてみれば、常に左手が空いている方が不気味だった。銃やら投擲物やらを持たれた方がずっとやっかいだからだ。
少なくとも、遠野ハンナの認識はその程度。
四乃森蒼紫が二刀を持つという状況よりも、銃の方が危険だと思い込んでいた。
「アハハハハハッ! お馬鹿な剣士さん、そんなボロい木の棒でどうしやがるつもりです……の?」
ふざけるな、愚かなる魔女よ。
お前は誰を相手にしていると思っている。
「──なに、を」
知らないのならば教えてやろう。
四乃森蒼紫という、“最強”であることに全てを捧げた男を。
「なん、ですの……これ」
ハンナの目が吃驚に見開く。
理性の伴わないはずの瞳は、食い入るように信じ難い光景を見つめていた。
────蒼紫の周囲は、無風だった。
特徴的な黒髪も、忍者装束も、彼の動きに合わせて揺れるだけ。
異様な光景。理解の及ばない景色を前にして、ハンナは警戒よりも恐怖が先に来る。
「どうした、女。舌でも切られたか」
──なんだ、これは。
──なんなんだ、これは。
理解できるはずもないだろう。
戦いに身を置いてきたわけでもない、後付けの力で最強を気取る魔女は、彼の領域に立ち入れない。
なんのことはない。
四乃森蒼紫は、二本の得物で風を斬っているだけだ。
人を吹き飛ばす程の暴風など、繰り出される幾十の斬撃から生じた真空の刃と比べれば、そよ風も同然。
蒼紫は悠然と一歩を踏み出す。
その瞬間、ハンナは殺意ではなく畏怖から嵐を強めた。
「──ああああああぁぁぁぁぁッッ!!」
本来のウェザーリポートは、複雑な天候操作による極めて高い応用力を持つ。
衝動に身を委ねるハンナではその半分ほどの能力も引き出せないが、単純ゆえに火力は馬鹿にならない。
現に蒼紫といえど、こうやって地面ごと旋風で抉られてしまえば吹き飛ばされる他ないのだから。
「────アハハハハハッ!! ぶっ潰れやがりなさぁぁぁああいッ!!」
恐怖と不安を押し殺すように、狂瀾の叫びを響かせる。
吹き飛ばされた蒼紫の先には、巨大な岩が処刑台の如く鎮座していた。
このまま人が叩き付けられれば、間違いなく原型も留めないだろう。
一秒後に広がるであろう真っ赤な光景が頭によぎり、咲季は思わず目を瞑りかける。
そして蒼紫の身体が、漆のような岩へと接触する。
そこからは、一瞬だった。
次の瞬間には、蒼紫がハンナの眼前まで迫っていた。
「えっ」
鈍い音が、耳の奥から鳴る。
ぐらりと視界が揺れ動く。
「あ、え────?」
空中で、何かが通り過ぎたのを見た。
捉えられたのはたったそれだけ。
「い、っ────」
灼けるような痛みがやってきた。
その瞬間まで、ハンナは理解できなかった。
「な、に──これ」
右腕が、骨に達するまで斬られている。
右腿が、痛々しく腫れ上がっている。
赤黒い血潮は風にも雨にも流されず、虚しく荒野を彩ってゆく。
「は、────」
なぜ。なにがおきた。
数多の感情を押し退けて、疑問だけがハンナの頭を埋め尽くす。
魔法を維持出来ずに自由落下する彼女の頭では、いくら考えても答えは出ない。
ほんの一秒前。
蒼紫は岩に叩きつけられる寸前、空中で体勢を整えて足から着地した。
爆ぜるような跳躍で空中を舞い、風で押し戻される前に、嵐の中で漂う地面の残滓を足場にしてハンナの元へ肉薄したのだ。
そしてすれ違いざま、二人が交錯した瞬間。
蒼紫の二刀による一閃が、的確にハンナの四肢を捉えたのだ。
切断と骨折に至っていないのは幸か不幸か、今のハンナには判別すらできない。
「────が、っ」
背中から地面に叩き付けられて、ハンナの呼吸が止まる。
破れたデイパックからは食糧品や地図といった支給品が散乱し、彼女の身体で押し潰される。
ぐちゃぐちゃなマットの上で、ハンナは視線だけを動かした。
そこで、見てしまった。
死神のような足取りで、こちらへ向かってくる四乃森蒼紫の姿を。
迸る戦慄に名をつけるならば、死の予感と呼ぶ他ない。
咲季もハンナも、蒼紫という男をまるで理解していなかった。
魔女の体力が尽きるまで待つ──そんな姑息な勝ち方は、最初から見据えていない。
蒼紫がひたむきに見ていたのは、敵を打ち倒すことのみ。
彼だけがこの戦いで、最初から“勝ちに”行っていたのだ。
そこにいたのは、人間じゃない。
魔女や「なれはて」ですら慄く怪物。
────“修羅”が、そこにあった。
「……う、あ」
くぐもった声が喉奥から漏れる。
身体を動かそうにも、萎縮した筋肉では這いずる事すらままならない。
出来たことといえば、まるで懺悔するかのように蹲ることだけだった。
「ゆる、して……ください」
ガチガチと鳴る歯、青ざめた唇。
涙と雨が混じり、頬を伝う。
「ごめん、……なさ、い……」
魔女は、うわ言のように赦しを乞う。
声は次第に小さくなり、それに伴ってぴたりと嵐が鎮まる。
豪風と豪雨、雷鳴が消え去った完全なる静寂は、逆にうるさく感じる。
「たすけて……」
そんな静謐の中で、ハンナの命乞いだけが虚しく響く。
「たすけて、よ……」
砂利を踏み躙る音が、彼女の声を掻き消す。
処刑人は刀を納めることなく、静かに歩み寄る。
「わたくしは、ただ……」
何もかもを剥奪された命の塊が嘆く。
光の宿らない翠色の双眸は、過去を見つめていた。
「ちから……が、ほしくて……」
なぜ、力が欲しかったのだろう。
なぜ、空を飛びたかったのだろう。
今更になって、ハンナの脳裏を色褪せた少女が通り過ぎる。
「懺悔なら地獄でやるといい」
嗚咽か吐息かも判別つかない声が、詰まる。
そうして、蒼紫は右手に握られた刀を振り上げて。
──乾いた銃声が、立て続けに響いた。
蒼紫の目線が右へ移る。
そこには、荒い息遣いのまま銃口を空へと向けた花海咲季の姿があった。
花海咲季、人生初めての発砲。
命を奪う銃の重みと衝撃に息を呑む間もなく、震える銃口を蒼紫へと向ける。
「なに、してるのよ」
投げられた問いは、誰に対してか。
蒼紫か、ハンナか、或いはその両方か。
怒りと剣呑に満ちた瞳は、ひどく震えていた。
「逃げなさい! はやくっ!」
「あ…………」
呆然とするハンナは、怒号に肩を震わせたかと思えば弾かれたように風を起こす。
蒼紫ではなく自身の体へ向けて起きた旋風は、ハンナの小柄な体躯を吹き飛ばした。
行き先など分からない。地図も名簿もなくした彼女は、ただひたすらにこの場から離れるために風に運ばれる。
蒼紫はその様を、感情の読めない瞳で見つめていた。
「ちょっと! ねぇ、ちょっと!」
そんな蒼紫の肩を、咲季は勢いよく掴む。
振り向いた剃刀じみた眼光へ僅かに怯みながらも億さずに唇を開いた。
「殺さないって言ったでしょ!?」
「頷いたつもりはない」
「ふーん、そう……そういう態度で来るわけね」
蒼紫も大概だが、咲季も咲季で強情である。
腕組みをしながらまじまじと蒼紫の右手へ、そして左手へと視線を流す。
「あなた、私に借りがあること忘れてないでしょうね?」
「……なに?」
ここからは咲季の独擅場。
勢いそのままにびしりと指を突きつけ、蒼紫から言葉の主導権を奪い取ろうとする。
「その刀も木の剣も、私がいなかったら手にしてなかったでしょう?
あなたが滅茶苦茶強い剣士なのは認めるけど、もう少し感謝してくれてもいいんじゃないかしら」
蒼紫は言葉に詰まる。
それを言い出したらそもそも、咲季の方こそ蒼紫がいなかった場合相当危なかったのだが、都合の悪い話はさせないのが勝利のコツ。
「刀を返せばいいのか」
「違うわよ、そんなもの望んでないわ」
「ならばなにを──」
「さっきも言った通りよ! この殺し合いをやめさせるために、私に協力して!」
咲季としてはこの要求を譲るわけにはいかない。
蒼紫ほどの実力者に借りを作ったという事実は大きい。彼の力は殺し合いの打破に必須と言える。
けれど当の蒼紫は、知ったことではないとばかりに首を横に振った。
「悪いが協力するつもりはない。俺はこの戦いを勝ち残ることを目指している」
「へぇ~~、その右足で?」
見抜かれていたことが意外だったのか、ほんの少し目を細めたような気がした。
「あなた、さっき捻挫したでしょ?」
さきほど岩に叩きつけられた瞬間、無茶な体勢から戻したせいで完全に衝撃を殺すことはできなかった。
骨折に至らなかったのはやはり、蒼紫の経験によるものだろう。
表面に出したつもりはなかったが、アスリートである咲季から見れば不自然でしかない。
「さっきだって、あの子のこともすぐには殺せなかった。
今競走したら、私でもいい勝負できるんじゃないかしら?」
流石にそれはない、とも言いきれない。
咲季とてアイドルとしては超上澄みの身体能力を持っている。
仮にもあの嵐の中を生き残り、蒼紫のサポートまでこなした人間だ。
ただの足手まといと称するには、些か疑問が残った。
「お前なら、怪我を治せると?」
「ええ、これを見てみなさい!」
じゃん、と取り出したのは真っ赤な箱型の救急セット。
手当てのやり方は心得てるわ、と続けて包帯やら冷却パックやらを取り出した。
どうやらこれが咲季のもう一つの支給品らしい。
「私だって役に立たない訳じゃないわ。傍に置いておいて損はないと思うけど?」
「……着いてくるのは好きにしろ。ただし、人助けを強要される筋合いはない」
「それでいいわ。貴方が勝手にやるように、私も勝手にやらせてもらうもの」
交渉成立。
傍らの岩に蒼紫を座らせて、患部を診る。
多少腫れてはいるが、応急処置をすれば動くのには問題ない程度に回復するだろう。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね」
手際よく応急処置を進めながら、思い出したかのように咲季が言う。
「花海咲季よ、あなたは?」
「四乃森蒼紫だ」
「蒼紫さんね。もういい加減、女って呼ぶのやめなさいよね」
相変わらず、ぶっきらぼうに名を告げる蒼紫へと自信に満ちた笑みを向ける。
一度二度死にかけた上で、殺し合いを止めるという無鉄砲極まりない志を、微塵も疑わない勇姿。
少なくとも蒼紫は、彼女を傲慢だと笑うつもりはなかった。
「治療分の借りは返そう」
「頼りにしてるわよ、蒼紫さん」
信頼ではなく、互いの利を優先した協力関係。
そもそもとして出会うはずのなかった、まるで相容れない男女。
片や勝ち残り最強の修羅となること。
片や殺し合いをやめさせて日常を取り戻すこと。
細い綱渡りじみた薄い関係値。
それが成り立つのは、互いの信念の強さを知っているがゆえに他ならない。
課題はまだまだ山積みだ。
敵がどのくらいいるのか、殺し合いを終わらせるにはどうしたらいいか。
さっき逃げた遠野ハンナはどうやって救えるか。
暗闇を手探りで歩くかのように、考え出したらキリがない。
「ねぇ、蒼紫さんはどうしてそんなに強くなろうと思ったの?」
「お前と同じだ」
「同じ……って?」
「俺には、勝ちたい相手がいる」
嵐の止んだ世界は、荒れ果てていた。
せっかく雨が上がったのに、陽の射さない闇の下では虹だってかからない。
それでも命の強さを証明するかのように、二輪の花は気高く咲き誇る。
「なら尚更、お互い死ねないわね」
「……ああ」
夜明けまではまだ遠い。
この闇が蒼空に押し流される頃には、自分たちは生きているのだろうか。
そんな憂慮を洗い流すかのように、雨粒がひとつ、咲季の髪から滴り落ちた。
【F-8 荒野/深夜/1日目】
【四乃森蒼紫@るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-】
[状態]:右足首捻挫(処置済み)、疲労(小)、ずぶ濡れ
[装備]:斬刀・鈍@刀語、木剣@Fate/Grand Order
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2(刀剣類はナシ)
[思考]:修羅となる。
1:修羅となるために行動する。
2:治療の借りを咲季に返す。
[備考]
※参戦時期は京都編から。
※コートがなくなりました。
【花海咲季@学園アイドルマスター】
[状態]:全身に擦り傷、疲労(大)、ずぶ濡れ
[装備]:オモチャの兵隊(トイソルジャー)@とある魔術の禁書目録
[道具]:基本支給品一式、救急セット@現実
[思考]:殺し合いをやめさせる。
1:蒼紫と協力して殺し合いを止める。
2:遠野ハンナに会ったら今度こそ救いたい。
3:手毬やことねの捜索をしたい。
[備考]
※参戦時期は初星コミュ4章15話終了時点から。
※髪留めとブレザーがなくなりました。髪型は下ろしている状態です。
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荒野を抜けて、巨大な鋼鉄の吊り橋。
地図にして一エリア分以上の面積を誇るその入口にて、煌びやかなブロンドの髪が風に靡く。
かつては美貌の持ち主であった少女は、どす黒い焦燥と衝動によって凄惨なほどに顔を歪ませていた。
「はぁ──ッ、──は……!」
荒い息はどうやってもおさまらない。
開いた瞳孔は、虚空を見つめて定まらない。
数センチ浮遊していた身体はやがて限界を迎え、重厚なアンカレッジへと凭れかかった。
「わたくし、が……こんな、無様な……!」
力なく寄りかかった遠野ハンナ。
異形と化した漆黒の右腕は、人間のそれと変わらずに赤い血潮を流す。
辛うじて繋がってはいるが、少し力を込めて引っ張ったらちぎれてしまいそうなほどの重傷。
加えて木剣の一撃によって内出血している右足は、暫く使えそうにない。
これで、誰を殺せるというのか。
こんな状況で、なにをすればいいのか。
殺人衝動を上回る不安と恐怖が、ハンナの心臓を握り潰す。
「ころ、す……しにたくない、ころさなきゃ……」
もはや、自分が何をしたいのかわからない。
数秒前までの思考が、本当に自分のものなのかもわからない。
困窮を極めた双眸からは、理由のない涙が溢れ出す。
「だれ、か……」
伸ばした手は届かない。
太い吊りケーブルの隙間に差し込んだ左手は、どこを目指していたのか。
「しぇ、りー……さん……」
その言葉が何を意味するのかも、わからない。
無意識下で紡がれたうわ言は、そもそも意味なんてあるのだろうか。
蒼く冷たい考えに水を差すように、鉛のような暴風が彼女を取り囲んだ。
「ふざけんじゃ、ねぇ……ですの」
吹き荒れた黒い風が、橋のメインケーブルを揺らす。
雲の底が煮え滾るように黒く染まり、紫色の稲光が怪物を映し出した。
「みんな、わたくしを殺すつもりですのね」
もう、戻ることは許されない。
人間にも怪物にもなれない、中途半端な“なにか”が笑いながら泣く。
「だったら──皆殺しですわ……!」
一度枯れかけた花はもう、綺麗に咲くことを許されない。
【E-8 吊り橋/深夜/1日目】
【遠野ハンナ@魔法少女ノ魔女裁判】
[状態]:魔女化、殺人衝動、右太腿に打撲、右腕千切れかけ、疲労(大)、死への恐怖(大)
[装備]:ウェザー・リポートのスタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン
[道具]:なし
[思考]:全員ぶっ殺してさしあげますわ~!
1:死にたくないから、殺す。
2:花海咲季や四乃森蒼紫はいつか殺す。
[備考]
※いわゆる井戸エンドで桜羽エマを落下死させた後からの参戦です。
※ウェザー・リポートの能力は、現在は自分の周囲に嵐を起こすことにしか使えません。
※名簿を確認していません。また、基本支給品を全て紛失しました。
【支給品紹介】
【木剣@Fate/Grand Order】
遠野ハンナに支給された武器。
李書文(アサシン)からのバレンタインの贈り物。
桃の木を削って作り上げられた剣。
書文先生が気合を入れて作っただけに殺傷能力こそないが、死霊相手位には有用。
【救急セット@現実】
花海咲季の支給品。
中身は一般的な救急セットで、処置に必要なものは一通り揃っている。
最終更新:2026年04月07日 21:33