Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 異形世界・「白狐と青年」 > 第29話
「身の振り方」
●
朝、太陽が顔をのぞかせ始めた頃合い、クズハはホテル内の売店を目指して走っていた。
早朝から彼女が求めるものは新聞だ。
自治体規模から、最近では近隣の自治体の情報までを記し始めたそれは、第二次掃討作戦が行われて日本が一応の安定を取り戻した頃から、再び人々の重要な情報源になっていた。
今日の朝刊にはきっと昨日の異形の襲撃に関する記事が載せられていることだろう。
そう思って訪れた売店は、朝も早くから既に黒山の人だかりとなっていた。
「これは……少し待った方がいいでしょうか」
あまりの人の多さに突っ込んで行くのも躊躇われたクズハはしばし人の山を眺めて、
「昨日の異形の嬢ちゃんじゃねえか」
横合いからかけられた声に驚いて振り向いた。
「あ、昨夜の……」
「よう、あん時は大活躍だったな」
声をかけてきたのは昨夜一緒に玄関ポーチに陣取って異形と対していた傭兵の一人だった。彼は売店前の人だかりに尻ごみしているクズハに苦笑する。
「昨日の勇敢な嬢ちゃんもあの中を掻きわけてくのはためらうのか」
「あ、はい……新聞を買おうと思って来たのですけど、皆さんやはり昨夜のことが気になっているんですね」
「だろうな。そうじゃなけりゃこんな朝っぱらから皆起き出しちゃこねえな」
彼は売店の方に歩いていきながら背中越しに問うてくる。
「どの新聞が目当てなんだ?」
「え?」
問いの意味を判じかねて首を傾げるクズハに男は言い直す。
「新聞、買ってきてやるよ。どこの新聞が欲しいのか言いな」
得心すると同時に昨日の戦闘の最中に感じた警戒も解かれている事を感じとって、クズハは自然笑顔になった。
「あ、ありがとうございます!」
「おう、気にするな」
厚意に甘えてしまおうと思い、クズハは匠に頼まれていた売店に売っている全ての銘柄を依頼する。傭兵は傭兵で全種類の新聞を求めていたようで、クズハの笑顔に少々面食らいつつ二つ返事で頷くと、売店に群がる人の群れの中へと突入していった。
ほどなく二セットの新聞の束を抱えて戻って来た男は、一セットをクズハに渡しながら気の毒そうに言った。
「こいつは……嬢ちゃんにはキツくなるかもしれねえな」
「どういう事ですか?」
「新聞を見れば分かるさ。俺たち傭兵の仕事も少し増えていくのかもしれねえな……」
彼はクズハから代金を受け取ることなく手を振って別れを告げる。
「じゃあな嬢ちゃん。とりあずここから出て、……あんたは平賀の研究区のとこの人間なんだろ? そこに戻っておいた方がいいと思うぜ」
「はい……? あ、ありがとうございます」
去って行く背中に頭を下げて、クズハは束と抱えた新聞の一番上にきた紙面に書かれている文字を視界に収めた。
「これは……っ」
クズハの声がわずかに緊張を帯びる。彼女は紙の束を抱え直すと、自分たちの部屋へと急いだ。
早朝から彼女が求めるものは新聞だ。
自治体規模から、最近では近隣の自治体の情報までを記し始めたそれは、第二次掃討作戦が行われて日本が一応の安定を取り戻した頃から、再び人々の重要な情報源になっていた。
今日の朝刊にはきっと昨日の異形の襲撃に関する記事が載せられていることだろう。
そう思って訪れた売店は、朝も早くから既に黒山の人だかりとなっていた。
「これは……少し待った方がいいでしょうか」
あまりの人の多さに突っ込んで行くのも躊躇われたクズハはしばし人の山を眺めて、
「昨日の異形の嬢ちゃんじゃねえか」
横合いからかけられた声に驚いて振り向いた。
「あ、昨夜の……」
「よう、あん時は大活躍だったな」
声をかけてきたのは昨夜一緒に玄関ポーチに陣取って異形と対していた傭兵の一人だった。彼は売店前の人だかりに尻ごみしているクズハに苦笑する。
「昨日の勇敢な嬢ちゃんもあの中を掻きわけてくのはためらうのか」
「あ、はい……新聞を買おうと思って来たのですけど、皆さんやはり昨夜のことが気になっているんですね」
「だろうな。そうじゃなけりゃこんな朝っぱらから皆起き出しちゃこねえな」
彼は売店の方に歩いていきながら背中越しに問うてくる。
「どの新聞が目当てなんだ?」
「え?」
問いの意味を判じかねて首を傾げるクズハに男は言い直す。
「新聞、買ってきてやるよ。どこの新聞が欲しいのか言いな」
得心すると同時に昨日の戦闘の最中に感じた警戒も解かれている事を感じとって、クズハは自然笑顔になった。
「あ、ありがとうございます!」
「おう、気にするな」
厚意に甘えてしまおうと思い、クズハは匠に頼まれていた売店に売っている全ての銘柄を依頼する。傭兵は傭兵で全種類の新聞を求めていたようで、クズハの笑顔に少々面食らいつつ二つ返事で頷くと、売店に群がる人の群れの中へと突入していった。
ほどなく二セットの新聞の束を抱えて戻って来た男は、一セットをクズハに渡しながら気の毒そうに言った。
「こいつは……嬢ちゃんにはキツくなるかもしれねえな」
「どういう事ですか?」
「新聞を見れば分かるさ。俺たち傭兵の仕事も少し増えていくのかもしれねえな……」
彼はクズハから代金を受け取ることなく手を振って別れを告げる。
「じゃあな嬢ちゃん。とりあずここから出て、……あんたは平賀の研究区のとこの人間なんだろ? そこに戻っておいた方がいいと思うぜ」
「はい……? あ、ありがとうございます」
去って行く背中に頭を下げて、クズハは束と抱えた新聞の一番上にきた紙面に書かれている文字を視界に収めた。
「これは……っ」
クズハの声がわずかに緊張を帯びる。彼女は紙の束を抱え直すと、自分たちの部屋へと急いだ。
●
息せき切って部屋に戻って来たクズハの尋常ではない様子に今後の動きを相談していた明日名と匠は互いに顔を見合わせて、クズハに訊ねた。
「どうした? クズハ」
「こ……これをっ!」
クズハは言葉で語るのももどかしいと言わんばかりの剣幕で抱えていた新聞の束を差し出した。
新聞を受け取った匠は、何気なく一面に記されている文字に目を這わせて絶句する。
次々にクズハが買ってきた新聞に目を通し、それらの一面全てに同じ意味の文字列が記されている事を確認して、呆然と呟く。
「こりゃ……大事になってるな……」
新聞には目を引く大きな文字でこう書かれていた。
「どうした? クズハ」
「こ……これをっ!」
クズハは言葉で語るのももどかしいと言わんばかりの剣幕で抱えていた新聞の束を差し出した。
新聞を受け取った匠は、何気なく一面に記されている文字に目を這わせて絶句する。
次々にクズハが買ってきた新聞に目を通し、それらの一面全てに同じ意味の文字列が記されている事を確認して、呆然と呟く。
「こりゃ……大事になってるな……」
新聞には目を引く大きな文字でこう書かれていた。
『大阪圏行政区、異形に対して警戒を厳しく。監視、追放も検討か』
でかでかと書かれ文字にしばし思考を止めていた匠は、とにかく中身を読み込もうと最上部の一紙を手にとった。明日名とクズハもそれぞれに一部ずつ手にとって中身を検め始める。
昨夜の行政区に対する異形の襲撃は人的被害こそ少なかったものの、建物の被害、そして人々に異形の脅威を知らしめるには十分な出来事であった。行政区には大阪圏を運営する為に必要な施設が多く存在している。今回の異形の襲撃は由々しい事態であり、今後、行政区の防衛体制が見直され、より万全の準備が整うまでの間、異形が怪しい動きを起こさないように幾つか制約を異形側に課すという方向で行政区の臨時に招集された議会が結論を出したというのが大まかな趣旨だった。
課される予定とされている制約の内容を見て匠は苦い表情を作る。
「罪を犯した異形への罰の強化はいいとしても、大阪圏に届け出の無い圏内在住の異形は発見次第追放、それに異形に対する識別証明のタグ装着の義務化に監視の設置は……曲がりなりにも異形を受け容れている大阪圏で行うのは横暴だ」
この大阪圏ではそれなりの地位についている異形だって存在する。色々な個人の事情で届け出を出していない者とているだろう。こんな無茶を通そうとするならそんな彼等と衝突しなければならなくなる。最悪の場合は異形と人間がまた大規模に争う事態を招きかねなかった。
いくら異形共存派が現在その勢力を弱めているとはいっても異形排斥派とてそれくらいの事は分別が付くはずだ。いくら昨夜の襲撃に度肝を抜かれたからといってもこれはやり過ぎに思われた。
……何故こんな事態になった……?
それぞれの社の方針によって様々な言葉で行政区のこの暫定的な決定を記事にしている新聞の束を一通り回し読みした一行の中、明日名のひとりごとのような呟きが聞こえた。
「行政区はそう動くのか……これは大変だ」
匠は頷く。
裏で誰かが何かを考えて暗躍しているにしても、そうでないにしても、これから異形は大阪圏で生きづらくなる事だけは確かだった。
昨夜の行政区に対する異形の襲撃は人的被害こそ少なかったものの、建物の被害、そして人々に異形の脅威を知らしめるには十分な出来事であった。行政区には大阪圏を運営する為に必要な施設が多く存在している。今回の異形の襲撃は由々しい事態であり、今後、行政区の防衛体制が見直され、より万全の準備が整うまでの間、異形が怪しい動きを起こさないように幾つか制約を異形側に課すという方向で行政区の臨時に招集された議会が結論を出したというのが大まかな趣旨だった。
課される予定とされている制約の内容を見て匠は苦い表情を作る。
「罪を犯した異形への罰の強化はいいとしても、大阪圏に届け出の無い圏内在住の異形は発見次第追放、それに異形に対する識別証明のタグ装着の義務化に監視の設置は……曲がりなりにも異形を受け容れている大阪圏で行うのは横暴だ」
この大阪圏ではそれなりの地位についている異形だって存在する。色々な個人の事情で届け出を出していない者とているだろう。こんな無茶を通そうとするならそんな彼等と衝突しなければならなくなる。最悪の場合は異形と人間がまた大規模に争う事態を招きかねなかった。
いくら異形共存派が現在その勢力を弱めているとはいっても異形排斥派とてそれくらいの事は分別が付くはずだ。いくら昨夜の襲撃に度肝を抜かれたからといってもこれはやり過ぎに思われた。
……何故こんな事態になった……?
それぞれの社の方針によって様々な言葉で行政区のこの暫定的な決定を記事にしている新聞の束を一通り回し読みした一行の中、明日名のひとりごとのような呟きが聞こえた。
「行政区はそう動くのか……これは大変だ」
匠は頷く。
裏で誰かが何かを考えて暗躍しているにしても、そうでないにしても、これから異形は大阪圏で生きづらくなる事だけは確かだった。
●
行政区の武装隊から回ってきた、昨夜の一件を受けての異形に対する暫定的な措置に関する事が記された紙を前に、門谷は自身の今後の動きを考えていた。
ついさっき門谷は部下たちを呼んでこの件については報せてある。皆それぞれに思う事がありつつ、門谷の具体的な指示を待っている事だろう。
……まったく、せっかく信太の森の異形共と友好的な関係が作れそうだってのに……。
行政区の理屈も分からないではないが、それでは自治都市群の外れにあって異形との関わりが深い和泉は立ちいかない。異形たちと関わり合う日々は、既に和泉の日常になっているのだ。故に門谷は無理に行政区の決定に従う事もないと判断していた。
……和泉は大阪圏の外周、中央での判断をそのまま行えば生活に支障をきたす者が多数出るとでも言っときゃ一応の理由にはなるだろ。
「それにこの決定は暫定的なものでまだ正式なものでもねえ。和泉の住人としてもこの前の異形の襲撃に当たって加勢してくれていた信太の森の異形を邪険にはしたくねえって意見がほとんどだろ。ここはそういう土地だ」
そう口に出して、門谷は丸椅子に座ってくつろいでいる二人に目を向けた。
「以上がここ一日二日の間で動いた諸々に対する和泉の番兵の決定だ」
「うむ、よいではないか。我等が無闇に争う事もなかろうて」
そう言って応じたのはキッコだ。人型の彼女は金の瞳を笑みに細める。
「森の方も殊更に事を構える気もないようだの。元より森とこちらの行き来はほとんどない。互いに悪い気を起こさなければ険悪な事にはなるまい」
「そうか。こっちとしても助かる。どうもここ数日、中央の動きが変だな」
門谷はほっとしたように応えて懸念を漏らす。それにキッコの横でイスを回転させていた彰彦が同意した。
「確かにな。行政区に異形が多数侵入なんて尋常の事じゃねえ。それに今あそこにゃ匠とクズハちゃんがいる」
「明日名が符を通して連絡してきおったが、何やら怪しい動きがあるようだの? ――そこで、だ」
キッコはイスから立ち上がって告げる。
「我と彰彦は一度平賀の元へと行って今後の動きをつぶさに観察してこようと思うておる」
門谷にもそれはなかなか妙案に思えた。平賀は現在研究区に謹慎処分を食らっているようだが、このような事態が発生したとあっては平賀の処置も一時解除される事もあり得るだろう。その時平賀の元にはできるだけ多く動かす事の出来る人材があった方がいい。
「ああ、それがいい。彰彦、検問も復活してるだろうからキッコが無茶をしでかさねえように見ておいてくれ」
「分かってるぜ門谷さん。任せとけ」
笑顔で請け負う彰彦にキッコは鼻を鳴らして颯爽と身を翻し、門谷に背を向けた。
「門谷よ、和泉がまたあの妙な異形の群れに襲われないとも限らん。ゆめ警戒を怠らぬようにの」
「和泉の事は任せてくれていい」
門谷の了解に頷いてキッコは部屋を出ていく。彰彦もキッコを追うために立ち上がりながら門谷に苦笑を向けた。
「キッコさん、和泉を気に入ってるみたいだ」
「そりゃやりがいがあるってもんだな」
「親父も適当に使ってやってくれ。あれでまだまだ現役気取ってやがるからな。老人扱いされると拗ねやがる」
「和泉の住人のまとめ役は道場の主だ。道場にも信昭にも世話になる。よろしく言っといてくれ」
そう答えながら、門谷はふと愚痴を零す。
「まったく、何どうなってやがんだか」
彰彦は少し考えるように動きを止め、やがて異形のものとなった己の掌を見つめながら呟く。
「俺のコレやキッコさんの怪我の原因が事を起こしてるってことだと思う。長くかかったが、ここにきてやっと大きく動き始めたんだ。次は逃がさねえ、確実に終わらせてやる」
そう言って彰彦も部屋を出て行く。その背を見送って門谷は重い息を吐きだした。
「なんだか知らんが、死ぬなよ若者ども……」
門谷もまた動き始める。まずは行政区の決定を和泉中に周知し、次いで番兵としての決定を述べ、それを和泉に居付いている異形たちに説明しなければならない。
無駄な軋轢を起こさないようにどのように説明するか。その文言を考える為に頭を痛めながら、門谷は行政区に呼び出された二人に大事ない事を祈った。
ついさっき門谷は部下たちを呼んでこの件については報せてある。皆それぞれに思う事がありつつ、門谷の具体的な指示を待っている事だろう。
……まったく、せっかく信太の森の異形共と友好的な関係が作れそうだってのに……。
行政区の理屈も分からないではないが、それでは自治都市群の外れにあって異形との関わりが深い和泉は立ちいかない。異形たちと関わり合う日々は、既に和泉の日常になっているのだ。故に門谷は無理に行政区の決定に従う事もないと判断していた。
……和泉は大阪圏の外周、中央での判断をそのまま行えば生活に支障をきたす者が多数出るとでも言っときゃ一応の理由にはなるだろ。
「それにこの決定は暫定的なものでまだ正式なものでもねえ。和泉の住人としてもこの前の異形の襲撃に当たって加勢してくれていた信太の森の異形を邪険にはしたくねえって意見がほとんどだろ。ここはそういう土地だ」
そう口に出して、門谷は丸椅子に座ってくつろいでいる二人に目を向けた。
「以上がここ一日二日の間で動いた諸々に対する和泉の番兵の決定だ」
「うむ、よいではないか。我等が無闇に争う事もなかろうて」
そう言って応じたのはキッコだ。人型の彼女は金の瞳を笑みに細める。
「森の方も殊更に事を構える気もないようだの。元より森とこちらの行き来はほとんどない。互いに悪い気を起こさなければ険悪な事にはなるまい」
「そうか。こっちとしても助かる。どうもここ数日、中央の動きが変だな」
門谷はほっとしたように応えて懸念を漏らす。それにキッコの横でイスを回転させていた彰彦が同意した。
「確かにな。行政区に異形が多数侵入なんて尋常の事じゃねえ。それに今あそこにゃ匠とクズハちゃんがいる」
「明日名が符を通して連絡してきおったが、何やら怪しい動きがあるようだの? ――そこで、だ」
キッコはイスから立ち上がって告げる。
「我と彰彦は一度平賀の元へと行って今後の動きをつぶさに観察してこようと思うておる」
門谷にもそれはなかなか妙案に思えた。平賀は現在研究区に謹慎処分を食らっているようだが、このような事態が発生したとあっては平賀の処置も一時解除される事もあり得るだろう。その時平賀の元にはできるだけ多く動かす事の出来る人材があった方がいい。
「ああ、それがいい。彰彦、検問も復活してるだろうからキッコが無茶をしでかさねえように見ておいてくれ」
「分かってるぜ門谷さん。任せとけ」
笑顔で請け負う彰彦にキッコは鼻を鳴らして颯爽と身を翻し、門谷に背を向けた。
「門谷よ、和泉がまたあの妙な異形の群れに襲われないとも限らん。ゆめ警戒を怠らぬようにの」
「和泉の事は任せてくれていい」
門谷の了解に頷いてキッコは部屋を出ていく。彰彦もキッコを追うために立ち上がりながら門谷に苦笑を向けた。
「キッコさん、和泉を気に入ってるみたいだ」
「そりゃやりがいがあるってもんだな」
「親父も適当に使ってやってくれ。あれでまだまだ現役気取ってやがるからな。老人扱いされると拗ねやがる」
「和泉の住人のまとめ役は道場の主だ。道場にも信昭にも世話になる。よろしく言っといてくれ」
そう答えながら、門谷はふと愚痴を零す。
「まったく、何どうなってやがんだか」
彰彦は少し考えるように動きを止め、やがて異形のものとなった己の掌を見つめながら呟く。
「俺のコレやキッコさんの怪我の原因が事を起こしてるってことだと思う。長くかかったが、ここにきてやっと大きく動き始めたんだ。次は逃がさねえ、確実に終わらせてやる」
そう言って彰彦も部屋を出て行く。その背を見送って門谷は重い息を吐きだした。
「なんだか知らんが、死ぬなよ若者ども……」
門谷もまた動き始める。まずは行政区の決定を和泉中に周知し、次いで番兵としての決定を述べ、それを和泉に居付いている異形たちに説明しなければならない。
無駄な軋轢を起こさないようにどのように説明するか。その文言を考える為に頭を痛めながら、門谷は行政区に呼び出された二人に大事ない事を祈った。
●
ホテル内で待機していた匠たちの所に行政区からの使いだと言う者が現れたのは、行政区が異形に対して横暴に等しい対応の断行を決定したその日の午後になってすぐの事だった。
使いが置いていった通知を部屋に備え付けの机に広げ、匠、クズハ、明日名の三人はそれぞれに考え込んでいた。
通知の内容は至極簡単。再度審問に出席しろという事だ。
「どうしますか?」
「そうだね……正直なところ考えるまでもなく、といったところだけど」
「ですね」
行政区という組織の体を為した所からの出頭要請だ。少なくともこの大阪圏の自治都市連合の中で生きていくのならばその要請を断る事は得策ではない。
……しかし、それは昨日までの話だ。
昨日の異形の襲撃と、それに対する行政区の対応が状況を大きく変えてしまっていた。
「今は行政区も異形に対して強硬的に動く事に躊躇いがない。昨日のように公正を期してくれる審問官が場を収めてくれるという事もないだろうね」
「……はい」
そうなれば異形に対して厳しい態度で構えると宣言したこのタイミングを利用して行われる審問はより一層厳しいものになるだろう。どう動いたものかと思案しながら、匠はクズハを見る。この状況の割りを食う事になる彼女は先程から物憂げな顔をして塞ぎこんでいた。
「……行政区の要請は謹んで蹴りましょう。明日名さん、今平賀のじいさんは研究区なんですよね? じいさんがいる研究区なら異形への対応もマシでしょうからそっちに身を振ろうかと思います」
「そうだね、行政区には現在の状況では公正な対応は望めないため要請には応じかねると返答しておこう。向こうもこちらの言い分を理に合わないと言う事もしづらいだろう」
明日名の同意に頷き返しながら、匠は心にある懸念を呟く。
「昨夜の事も、全てこれを見越した行政区の思惑じゃないだろうな」
少なくとも昨夜襲撃をかけてきた異形たちに人の手が入っていることだけは確かなのだ。行政区自身が自ら異形を招き入れた。そのような考えが匠の脳裏に浮かぶのはいたしかたないことだった。しかし明日名は僅かに首を振ってその考えを否定する。
「いや、行政区の議会のうち半数以上は自らの地位や利権の源をこの街や正常に運営されている状態の大阪圏内に持っている。そのような馬鹿げた事を彼等の総意として行うとは考えづらい、大阪圏の行政区という組織そのものが昨日の件を仕組んだとは思えない。――けど」
言い差し、明日名は行政区の使者が置いていった通知に目をやった。
「その通知が舞い込んできたタイミングの事もある。もしかしたら行政区ないし議会の構成員は何者かに利用されているのかもしれない」
「急いで行政区を離れた方がいいかもしれませんね」
「そうだね、そうしよう」
匠たちは通知の返書を急いで出し、その足でホテルをチェックアウトした。
使いが置いていった通知を部屋に備え付けの机に広げ、匠、クズハ、明日名の三人はそれぞれに考え込んでいた。
通知の内容は至極簡単。再度審問に出席しろという事だ。
「どうしますか?」
「そうだね……正直なところ考えるまでもなく、といったところだけど」
「ですね」
行政区という組織の体を為した所からの出頭要請だ。少なくともこの大阪圏の自治都市連合の中で生きていくのならばその要請を断る事は得策ではない。
……しかし、それは昨日までの話だ。
昨日の異形の襲撃と、それに対する行政区の対応が状況を大きく変えてしまっていた。
「今は行政区も異形に対して強硬的に動く事に躊躇いがない。昨日のように公正を期してくれる審問官が場を収めてくれるという事もないだろうね」
「……はい」
そうなれば異形に対して厳しい態度で構えると宣言したこのタイミングを利用して行われる審問はより一層厳しいものになるだろう。どう動いたものかと思案しながら、匠はクズハを見る。この状況の割りを食う事になる彼女は先程から物憂げな顔をして塞ぎこんでいた。
「……行政区の要請は謹んで蹴りましょう。明日名さん、今平賀のじいさんは研究区なんですよね? じいさんがいる研究区なら異形への対応もマシでしょうからそっちに身を振ろうかと思います」
「そうだね、行政区には現在の状況では公正な対応は望めないため要請には応じかねると返答しておこう。向こうもこちらの言い分を理に合わないと言う事もしづらいだろう」
明日名の同意に頷き返しながら、匠は心にある懸念を呟く。
「昨夜の事も、全てこれを見越した行政区の思惑じゃないだろうな」
少なくとも昨夜襲撃をかけてきた異形たちに人の手が入っていることだけは確かなのだ。行政区自身が自ら異形を招き入れた。そのような考えが匠の脳裏に浮かぶのはいたしかたないことだった。しかし明日名は僅かに首を振ってその考えを否定する。
「いや、行政区の議会のうち半数以上は自らの地位や利権の源をこの街や正常に運営されている状態の大阪圏内に持っている。そのような馬鹿げた事を彼等の総意として行うとは考えづらい、大阪圏の行政区という組織そのものが昨日の件を仕組んだとは思えない。――けど」
言い差し、明日名は行政区の使者が置いていった通知に目をやった。
「その通知が舞い込んできたタイミングの事もある。もしかしたら行政区ないし議会の構成員は何者かに利用されているのかもしれない」
「急いで行政区を離れた方がいいかもしれませんね」
「そうだね、そうしよう」
匠たちは通知の返書を急いで出し、その足でホテルをチェックアウトした。