よくある話 前編
安流は、その横顔に見惚れた。
息は止まり、時が止まり、鼓動さえ止まってしまったような気がした。
凍えるほど冷たいような美貌でありながら、焼け付くほど灼熱の麗貌。
女神と見紛うほどの、美しさがそこにあった。
息は止まり、時が止まり、鼓動さえ止まってしまったような気がした。
凍えるほど冷たいような美貌でありながら、焼け付くほど灼熱の麗貌。
女神と見紛うほどの、美しさがそこにあった。
つい数秒前まで、
――嗚呼、死ぬ
と達観していたのが、まるで遥かな昔のように感じる。
高く結い上げた黒く艶やかな髪。
驚くほどに白い玲瓏たる面。
切れ長の双眸は凛と敵を見据え動じず。
薄く整った唇が、開けば鈴の鳴るような声が安流の耳に届いた。
驚くほどに白い玲瓏たる面。
切れ長の双眸は凛と敵を見据え動じず。
薄く整った唇が、開けば鈴の鳴るような声が安流の耳に届いた。
「燕の子安貝」
瞬間、二人を囲むような、薄幕が展開される。
まるでその形状は、四方を包み込む貝のような。
まるでその形状は、四方を包み込む貝のような。
そして派手な衝撃音。
安流が腰を抜かして尻餅をついた姿勢で後ずさる。
安流が腰を抜かして尻餅をついた姿勢で後ずさる。
無理もない。
自分と、正体不明の美貌の人の周囲は、貝の薄幕を隔てて二十を超える異形に包囲されているのだから。
自分と、正体不明の美貌の人の周囲は、貝の薄幕を隔てて二十を超える異形に包囲されているのだから。
獣のような、しかし不自然な四肢と体躯を備えた異形たち。
数秒前まで、安流はこの異形たちに食われる事が確定していた。
なのに、まるで、天からの使いのようにこの美貌がやってきた。
数秒前まで、安流はこの異形たちに食われる事が確定していた。
なのに、まるで、天からの使いのようにこの美貌がやってきた。
どのような類の魔法かは知らない。
しかし現実問題として、異形たちがこの貝の防壁を突破できないのを安流は見る。
しかし現実問題として、異形たちがこの貝の防壁を突破できないのを安流は見る。
夢か、幻か、それとも現か。
「これを」
ふと気づけば、美貌の人から外套を放られた。
ねずみの色をした、大きな外套。
ねずみの色をした、大きな外套。
「包まって、決して離さないで」
尻餅をつく安流は、自然とその美形を見上げる格好。
また、見惚れた。
ただ思考を停止させて、じっと見詰るしかできない。
あわせた目を、そらせない。
なにか、どこか、胸の奥から郷愁に似た感情が沸く手前、美貌の人が異形たちに向き直る。
また、見惚れた。
ただ思考を停止させて、じっと見詰るしかできない。
あわせた目を、そらせない。
なにか、どこか、胸の奥から郷愁に似た感情が沸く手前、美貌の人が異形たちに向き直る。
すぅ、と貝の防壁が音もなく消えていく。
「あ」
「包まって」
「包まって」
やや強い語調で繰り返されて、安流は必死の思いでねずみ色の外套に包まった。
それはまるですがりつくような。
ぎゅっと、外套にすがりつき、安流はまぶたもきつく閉じて念仏を唱えるのだ。
それはまるですがりつくような。
ぎゅっと、外套にすがりつき、安流はまぶたもきつく閉じて念仏を唱えるのだ。
一方で、美貌の人はまるで怖気もなく唱えた。
「龍の首の珠――赤龍の息吹」
どっと、つぶったまぶたの向こう側から突如として熱風が叩きつけられる。
ひ、と悲鳴を上げて、安流はがたがたと震えた。
しかし痛みはない。熱いとは感じるが苦痛なほどではない。
なんなのだ。
恐る恐る、薄目を開ければ、――
ひ、と悲鳴を上げて、安流はがたがたと震えた。
しかし痛みはない。熱いとは感じるが苦痛なほどではない。
なんなのだ。
恐る恐る、薄目を開ければ、――
「嗚呼……」
地獄を見た。
赤い地獄。
炎が、踊る。
いや、踊るなどというものではない。
炎しか、見えない。
灼熱の地獄。
赤い世界。
自分と美貌の人だけがその世界から抜け落ちたように無事だ。
その他一切を排斥するかのように、炎が全てを蹂躙する。
異形どもを、焼き尽くす。
赤い地獄。
炎が、踊る。
いや、踊るなどというものではない。
炎しか、見えない。
灼熱の地獄。
赤い世界。
自分と美貌の人だけがその世界から抜け落ちたように無事だ。
その他一切を排斥するかのように、炎が全てを蹂躙する。
異形どもを、焼き尽くす。
どれほど、呆然とその炎の地獄を見ていたのだろう。
気づけば、本当に気づけば鎮火していた。
ただ周囲の全てがとろけて滅びてしまっている。
あれほどいた異形は、もう跡形もない。
灰すらも、残っていなかった。
気づけば、本当に気づけば鎮火していた。
ただ周囲の全てがとろけて滅びてしまっている。
あれほどいた異形は、もう跡形もない。
灰すらも、残っていなかった。
夢か、幻か、それとも現か。
「大丈夫ですか?」
涼やかな声音が安流の耳を打つ。
見上げれば、美貌の人が見下ろしていた。
こくこくと、言葉もなく安流はただ頷くしかない。
なぜ、あれほどの炎の中で無事なのか、逆に不思議だ。
見上げれば、美貌の人が見下ろしていた。
こくこくと、言葉もなく安流はただ頷くしかない。
なぜ、あれほどの炎の中で無事なのか、逆に不思議だ。
「良かった」
美貌が、微笑んだ。
安流は、見惚れた。
安流は、見惚れた。
◇
「自己紹介をしましょう。かぐやと申します」
炎の地獄を見て、それほどを経ず。
宵の口を過ぎた頃合、焚き火を囲んで向かい合う。
まず口を開いたのは、麗しの魔法使いであった。
宵の口を過ぎた頃合、焚き火を囲んで向かい合う。
まず口を開いたのは、麗しの魔法使いであった。
「安流(あんりゅう)と申します」
僧帽を取り、つるりと禿げ上がった頭を下げて安流はぎこちなく、丁寧に礼を施す。
僧形である。
ただそれほど袈裟もくたびれておらず、錫杖もそれほど痛んでいない。
行脚にしても、初心者も初心者だろう。
そもそも、あそこまで異形に囲まれるような旅をする時点で知識も経験もない。
僧形である。
ただそれほど袈裟もくたびれておらず、錫杖もそれほど痛んでいない。
行脚にしても、初心者も初心者だろう。
そもそも、あそこまで異形に囲まれるような旅をする時点で知識も経験もない。
「このたびは、助けていただきまことにありがとう御座いました」
「安流さん……」
「安流さん……」
かぐやが、焚き火の向こうからじっと見詰てくる。
吸い込まれそうな双眸だった。
思わず安流がうつむいてしまう。
吸い込まれそうな双眸だった。
思わず安流がうつむいてしまう。
「迂闊すぎます」
「はぁ」
「はぁ」
と気の抜けた返事をして、かぐやの眉がひそまる。
その所作でさえ、新たな魅力にしか見えず安流は戸惑った。
その所作でさえ、新たな魅力にしか見えず安流は戸惑った。
「旅慣れている様子とは見受けられません。それでふらふらとしては命がいくつあっても足りませんよ」
「嗚呼」
「何が嗚呼、なのですか?」
「僕は説教をされているのですね」
「そうです」
「申し訳ありません」
「駄目です」
「これは手厳しい」
「嗚呼」
「何が嗚呼、なのですか?」
「僕は説教をされているのですね」
「そうです」
「申し訳ありません」
「駄目です」
「これは手厳しい」
かぐやが嘆息した。その様さえ、美しい。
「厳しくありません。普通です」
「はぁ」
「死んでしまって、おかしくなかったのですよ?」
「はぁ、まぁ、旅の最中に僧侶が一人命を落とす……、よくある話です」
「よくあって、良いはずがありません」
「……そうですね」
「はぁ」
「死んでしまって、おかしくなかったのですよ?」
「はぁ、まぁ、旅の最中に僧侶が一人命を落とす……、よくある話です」
「よくあって、良いはずがありません」
「……そうですね」
安流も、微笑んだ。
かぐやが少しだけ、気圧されたように表情を固める。
かぐやが少しだけ、気圧されたように表情を固める。
「次から、気をつけます」
「安流さん」
「はい」
「安流さんは、世間知らずですね」
「安流さん」
「はい」
「安流さんは、世間知らずですね」
断定された。
ただ、返答は是である。
ただ、返答は是である。
「はぁ、お恥ずかしながらずっと寺におりましたもので」
「それがこの物騒な世を行脚ですか?」
「はぁ、寺が……異形に襲われまして」
「……」
「それがこの物騒な世を行脚ですか?」
「はぁ、寺が……異形に襲われまして」
「……」
沈黙が、降りた。
うつむきかけた安流を、真正面から見据えてかぐやが言う。
うつむきかけた安流を、真正面から見据えてかぐやが言う。
「申し訳ありません」
「いえ、なに……よくある話です」
「……」
「かぐや殿は、ずいぶんと達者な魔術の遣い手のご様子」
「いえ、なに……よくある話です」
「……」
「かぐや殿は、ずいぶんと達者な魔術の遣い手のご様子」
安流が話題を変えた。空気を、変えようとしたのは明らかだ。
少しだけかぐやが安堵するような心地になる。
少しだけかぐやが安堵するような心地になる。
「……ええ、厳しい訓練を受けたものですから」
「目的地は、どちらまで?」
「足柄のあたりまでです」
「目的地は、どちらまで?」
「足柄のあたりまでです」
静岡の山の名称だ。人も住んでいるには住んでいるが、しかし異形の縄張りのほうが広いはずである。
すでにここが神奈川圏内であるから、そう遠くはない。
すでにここが神奈川圏内であるから、そう遠くはない。
「もしよろしければ、かぐや殿とご同行させて頂けないでしょうか?」
「ふむ……」
「ずっと、とは申しません。途中まで、……かぐや殿の都合のよろしい所までで、構いません」
「いえ、足柄の人の集落に安流さんを送り届ける、という話でいかがでしょう?」
「おぉ、それはありがたい。それでかぐや殿、かぐや殿はいかな理由で足柄まで?」
「ふむ……」
「ずっと、とは申しません。途中まで、……かぐや殿の都合のよろしい所までで、構いません」
「いえ、足柄の人の集落に安流さんを送り届ける、という話でいかがでしょう?」
「おぉ、それはありがたい。それでかぐや殿、かぐや殿はいかな理由で足柄まで?」
かぐやの唇が引き結ばれた。
迷うように眉をひそめて、じっと、焚き火に目を向ける。
迷うように眉をひそめて、じっと、焚き火に目を向ける。
「あ……いえ、お話したくなれけば、構いません」
「……身の上話を、いたしましょう」
「……身の上話を、いたしましょう」
微苦笑が、かぐやから漏れる。
この脈絡であれば、生い立ちが足柄へ向かう理由なのだろうと、安流は黙って耳を傾けた。
この脈絡であれば、生い立ちが足柄へ向かう理由なのだろうと、安流は黙って耳を傾けた。
「私は捨て子です。あ、いえ、捨て子かどうかも分からぬ、気づけば施設にいたという人間です」
「よくある話ですね」
「はい、よくある話です。物心ついた頃には、すでに訓練と実験を繰り返されていました」
「その……施設で、ですか?」
「はい。非合法の組織で、しかし黙認されていた組織の施設です」
「はぁ……黙認、ですか」
「対異形に役に立つ研究だったのです」
「そちらで魔法を、という話ですか」
「はい。ずいぶんと、命が軽く扱われる類の施設でして……対異形用の兵器を創る実験と試作を繰り返す場所でした」
「先程の、貝のような?」
「あれもその一環です。ちなみに先程の貝の防壁の媒体は、これです」
「よくある話ですね」
「はい、よくある話です。物心ついた頃には、すでに訓練と実験を繰り返されていました」
「その……施設で、ですか?」
「はい。非合法の組織で、しかし黙認されていた組織の施設です」
「はぁ……黙認、ですか」
「対異形に役に立つ研究だったのです」
「そちらで魔法を、という話ですか」
「はい。ずいぶんと、命が軽く扱われる類の施設でして……対異形用の兵器を創る実験と試作を繰り返す場所でした」
「先程の、貝のような?」
「あれもその一環です。ちなみに先程の貝の防壁の媒体は、これです」
懐からかぐやが取り出し、見せてくれたのは貝だった。
どこからどうみても、ただの貝にしか見えない。
とどのつまりは、防壁の魔法の媒体なのであろう。
どこからどうみても、ただの貝にしか見えない。
とどのつまりは、防壁の魔法の媒体なのであろう。
「僕にも使えたりするのでしょうか?」
「いえ、起動の承認は遺伝子認識になりますので……」
「それは残念」
「これを一つのために、何人もの犠牲がありました。あそこでは、人間のために対異形用の兵器を開発するのではなく、対異形用の兵器のために人間を開発するのです」
「それは……」
「いえ、起動の承認は遺伝子認識になりますので……」
「それは残念」
「これを一つのために、何人もの犠牲がありました。あそこでは、人間のために対異形用の兵器を開発するのではなく、対異形用の兵器のために人間を開発するのです」
「それは……」
それは、とても、
「よくある話ですね」
「ええ、よくある話です。運が良かったのか、運が悪かったのか、いくつかの兵器に私は適合したらしい。五つの破格の魔装を、使いこなせるよう生かされ、強化され、開発され、改造され、そして戦わされ続けました」
「……異形と?」
「それが、私の生きる意味だったと言って過言ではありませんでした」
「では、第二次掃討作戦にも……?」
「参加しています」
「なるほど、足柄には異形討伐のために?」
「いえ……すでに私は異形討伐を生きる意味にしていません」
「良い事です。では、かぐや殿の生きる意味とは?」
「兄弟を、探す事です」
「兄弟……」
「ええ、よくある話です。運が良かったのか、運が悪かったのか、いくつかの兵器に私は適合したらしい。五つの破格の魔装を、使いこなせるよう生かされ、強化され、開発され、改造され、そして戦わされ続けました」
「……異形と?」
「それが、私の生きる意味だったと言って過言ではありませんでした」
「では、第二次掃討作戦にも……?」
「参加しています」
「なるほど、足柄には異形討伐のために?」
「いえ……すでに私は異形討伐を生きる意味にしていません」
「良い事です。では、かぐや殿の生きる意味とは?」
「兄弟を、探す事です」
「兄弟……」
安流が、繰り返す。
とても、心に染み入る言葉だった。
とても、心に染み入る言葉だった。
「組織の運営する施設は一つではなかったらしく、私のように兵装のために開発されたり実験されたり使い捨てられたり、異形と人間を掛け合わせたり、様々あったようです」
「つまり、被験者の方々がかぐや殿の兄弟、と?」
「まさしく」
「では足柄にもそのような研究施設があるのですか?」
「嗚呼、いえ、もうその組織というのも瓦解しています。頭領が死んだ後、統率が取れずに不安定だったところを、私よりも後期に開発された武蔵という男が叛乱を起こして組織の一切を破壊しました」
「豪傑ですね」
「豪傑です。豪傑すぎて、自由になった今でも異形を狩る事をまだ続けています」
「しかしかぐや殿は……兄弟を探す?」
「つまり、被験者の方々がかぐや殿の兄弟、と?」
「まさしく」
「では足柄にもそのような研究施設があるのですか?」
「嗚呼、いえ、もうその組織というのも瓦解しています。頭領が死んだ後、統率が取れずに不安定だったところを、私よりも後期に開発された武蔵という男が叛乱を起こして組織の一切を破壊しました」
「豪傑ですね」
「豪傑です。豪傑すぎて、自由になった今でも異形を狩る事をまだ続けています」
「しかしかぐや殿は……兄弟を探す?」
己と同じ境遇の誰か。
異形に対する能力を押付けられた誰か。
かぐやが頷いた。
異形に対する能力を押付けられた誰か。
かぐやが頷いた。
「その方が足柄にいると?」
「名は金時。龍型の異形の遺伝子と、異形に近しくなるよう改造された人間の遺伝子を掛け合わせて生まれた子です。記録から数えればまだ10歳に満たないはずです」
「それは……」
「名は金時。龍型の異形の遺伝子と、異形に近しくなるよう改造された人間の遺伝子を掛け合わせて生まれた子です。記録から数えればまだ10歳に満たないはずです」
「それは……」
それは、それは本当に兄弟だろうか?
魔装を扱うために強化、開発、改造を繰り返されたらしいかぐやに比べ、その出生はあまりに……おぞましい。
魔装を扱うために強化、開発、改造を繰り返されたらしいかぐやに比べ、その出生はあまりに……おぞましい。
「仰りたい事は、分かるつもりです。これは私の自己満足……私は親兄弟を知りません。家族を知りません。だから……だから境遇を同じくする者たちで、支えあいたい……」
かぐやがうつむいた。
ままごと、と言うのは簡単だ。
だが、しかし、このご時勢に肩を寄せ合う事を否定的に見るなど安流にはできなかった。
それは、異形を一掃する力を持っているからこそ、一層同じ者が欲しいのだろう。
同じ者と、兄弟であると思いたいのだろう。
ままごと、と言うのは簡単だ。
だが、しかし、このご時勢に肩を寄せ合う事を否定的に見るなど安流にはできなかった。
それは、異形を一掃する力を持っているからこそ、一層同じ者が欲しいのだろう。
同じ者と、兄弟であると思いたいのだろう。
「私も、天涯孤独の身を寺に拾われたのです……家族が欲しいという気持ちは、よく分かります」
「ありがとう御座います」
「ありがとう御座います」
かぐやが、とても、とても可憐に微笑んだ。
安流も、微笑んだ。
安流も、微笑んだ。
「いつか、子を産んで、本当の家族が出来れば良いですね」
「………………………………………………………………私は男です」
「………………………………………………………………私は男です」
ついてるらしい。
よくあr ねーよ。
よくあr ねーよ。