Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 異形世界・「白狐と青年」 > 第33話
「過去知り人」
●
平賀の研究区付近、数日前は研究区に保護を求める者が溢れていたそこも、今では平時の静けさを取り戻して夜の星の光に照らされていた。
そんな夜の中で静けさを湛える地面が突然盛り上がった。
墓標で地面にカモフラージュされた蓋を突き上げ、四角く切り取られた地面から現れたのは匠と明日名だ。
「……平賀のじいさんの遊び用秘密通路を使うことになるとはなぁ」
「おかげで研究区内の武装隊に俺たちの動きを悟られないで済んでいるのだからありがたいよ」
地下を渡る秘密通路の出入り口から現れた二人は、盛り上がった地面を元に戻すと、行政区へと続く道へ顔を向けた。
「差し当たって、クズハの無事を確認しに行くこと、それにクズハを名指しして捕らえようとしてきた者の正体を調べることが目的だ。クズハが不当な扱いを受けていない限りは手出しは無用ということでいいね?」
「はい、わかってます」
答えながら匠は明日名を窺い見る。明日名は匠のもの問いたげな視線に気付いて首を傾げ、
「どうした? なにか疑問でもあるのかい?」
「いや、なんでここまでクズハや俺のことを気遣うのか……と思って」
考えてみれば不思議だ。審問の場で助けてくれたのは平賀からの指示があったからだとしても、今クズハの様子を見に行こうとする匠まで手伝うのは平賀の意思の下でも行動ではない。妙に思いつめた顔で武装隊に連れられて行ったクズハの様子が気になり、匠は無断で研究区を出てきたのだ。研究所を抜け出した匠を目ざとく見つけてわざわざ付いてきた明日名は平賀への義理以上の働きをしていると言える。いや、むしろ、
「平賀のじいさんの立場を考えるなら俺を行かせるべきじゃないと思うんですが」
匠は一応令状に則って連れて行かれたクズハを、場合によっては連れ帰ろうとしている。平賀の今の立場は人と異形のいざこざの影響で不安定なものになっている状態だ。そのような状況下で、匠のこの動きは賢いものではない。明日名とてそれは分かっているはずだ。その証拠に彼は頷き、しかし、
「そうだね……まあ俺も思うところがあるんだよ」
そう言って微笑する明日名に匠は僅かに不信感を滲ませた視線を送る。明日名は笑って首を振って、
「クズハをどうしようとか、坂上君の邪魔をしようなんてことは考えていないからそんな険呑な目で見ないでくれ。――ああ、それと、俺からも一つ、似たようなことを訊いてもいいかな?」
「? ……はい」
訝しげに頷く匠に明日名は会釈して、
「クズハは今、この圏内の法の下に連れられて行っている。坂上君は武装隊に所属していたことがあるね? 彼らに逆らうことでどれだけリスクを負うことになるのか分かっているはずだ。それなのに何故クズハの様子を見に行き、状況いかんでは連れ戻そうなんて無茶なことを考えているんだい?」
答えはそれ程間を置かずに返された。
「あの子を拾ってから、俺はクズハの家族です。不当な扱いを受けているかもしれないことが分かっていて何もしないなんて出来るはずがありません。……ここで悩んでても仕方ない。早く行きましょう」
自分の発言に照れたようにそう乱暴に言って歩き出す匠に付いていきながら、明日名は小さく笑みを浮かべた。
「幸せだね、あの子は本当に」
そんな夜の中で静けさを湛える地面が突然盛り上がった。
墓標で地面にカモフラージュされた蓋を突き上げ、四角く切り取られた地面から現れたのは匠と明日名だ。
「……平賀のじいさんの遊び用秘密通路を使うことになるとはなぁ」
「おかげで研究区内の武装隊に俺たちの動きを悟られないで済んでいるのだからありがたいよ」
地下を渡る秘密通路の出入り口から現れた二人は、盛り上がった地面を元に戻すと、行政区へと続く道へ顔を向けた。
「差し当たって、クズハの無事を確認しに行くこと、それにクズハを名指しして捕らえようとしてきた者の正体を調べることが目的だ。クズハが不当な扱いを受けていない限りは手出しは無用ということでいいね?」
「はい、わかってます」
答えながら匠は明日名を窺い見る。明日名は匠のもの問いたげな視線に気付いて首を傾げ、
「どうした? なにか疑問でもあるのかい?」
「いや、なんでここまでクズハや俺のことを気遣うのか……と思って」
考えてみれば不思議だ。審問の場で助けてくれたのは平賀からの指示があったからだとしても、今クズハの様子を見に行こうとする匠まで手伝うのは平賀の意思の下でも行動ではない。妙に思いつめた顔で武装隊に連れられて行ったクズハの様子が気になり、匠は無断で研究区を出てきたのだ。研究所を抜け出した匠を目ざとく見つけてわざわざ付いてきた明日名は平賀への義理以上の働きをしていると言える。いや、むしろ、
「平賀のじいさんの立場を考えるなら俺を行かせるべきじゃないと思うんですが」
匠は一応令状に則って連れて行かれたクズハを、場合によっては連れ帰ろうとしている。平賀の今の立場は人と異形のいざこざの影響で不安定なものになっている状態だ。そのような状況下で、匠のこの動きは賢いものではない。明日名とてそれは分かっているはずだ。その証拠に彼は頷き、しかし、
「そうだね……まあ俺も思うところがあるんだよ」
そう言って微笑する明日名に匠は僅かに不信感を滲ませた視線を送る。明日名は笑って首を振って、
「クズハをどうしようとか、坂上君の邪魔をしようなんてことは考えていないからそんな険呑な目で見ないでくれ。――ああ、それと、俺からも一つ、似たようなことを訊いてもいいかな?」
「? ……はい」
訝しげに頷く匠に明日名は会釈して、
「クズハは今、この圏内の法の下に連れられて行っている。坂上君は武装隊に所属していたことがあるね? 彼らに逆らうことでどれだけリスクを負うことになるのか分かっているはずだ。それなのに何故クズハの様子を見に行き、状況いかんでは連れ戻そうなんて無茶なことを考えているんだい?」
答えはそれ程間を置かずに返された。
「あの子を拾ってから、俺はクズハの家族です。不当な扱いを受けているかもしれないことが分かっていて何もしないなんて出来るはずがありません。……ここで悩んでても仕方ない。早く行きましょう」
自分の発言に照れたようにそう乱暴に言って歩き出す匠に付いていきながら、明日名は小さく笑みを浮かべた。
「幸せだね、あの子は本当に」
●
匠たちが行政区に到着したのは、クズハが連れて行かれた翌日の夕刻のことだった。異形の侵入に対する警戒が増した道中は異形に対する検問が常より強化されていて、物々しい雰囲気に包まれていた。
この地で人と異形が真の意味で対等に肩を並べて歩くことができる日はまだ当分先のことになるだろう。
ギスギスした街の様子にそんな事を思いながら、匠はクズハと会う為に行政区の武装隊が所持している留置施設を訪れていた。
着替えを持ってきたと用件を伝えると、渋々ながら職員は二人を案内してくれた。
「一応、面会時間は終わっているのですけどね」
「そう言わないでくれ、こちらが着替えを用意する間もなく連れていかれてしまったんだ」
「まったく、こっちはこっちで職員が検問やら他所の臨時留置所の管理を任されたせいで人手が足りないってのに……」
不満顔の二人の男性職員を説き伏せるのに一苦労しつつ、匠と明日名は留置施設を案内されていく。
やがて無言での案内に飽きたのか、それとも好奇心からか、匠たちを先導する二人の職員のうち、若い方が鍵の束をチャラチャラと鳴らしながら問いかけてきた。
「なんでまた……クズハ、でしたか? 彼女はとっ捕まったんですか? 保護人もいるし、犯罪者ってわけでもないって話で、それに保護人ってのも元武装隊と平賀って話だって聞いたんですが?」
彼の頭を軽く叩いて、もう一人、ベテランらしい職員が口を開く。
「少しは調べておけ――人里に異形を招いたかもしれないとか、行政区への異形の侵入を援助した疑いもあるって話なんだよ」
匠たちの方へと顔を向けて、
「上の人間の話ではそういうことになっています。詳しいことは知りませんが、もし本当のことなら到底許せることではありません」
「そんな事実は無い。絶対に」
「そうあることを祈っています」
そう言って彼は歩みを止めた。彼の前には独居房の扉がある。
若い方の職員が鍵束から一つの鍵を選び出して扉を開け、房内へと声をかけた。
「着替えを持ってきたそうだ、受け取りを――あ?」
直後、不審気な声が上がった。
「あ、あれ……?」
「どうした?」
ベテランの職員の問いに、若い男は戸惑った顔で報告する。
「それが……中にいないんです。誰も」
「なに?」
職員二人の間で交わされる会話は匠や明日名の耳にも届いていた。
匠が目配せすると、明日名が小さく首を振って唸った。
「よくない流れだね……急いで探し出す必要がありそうだ」
明日名の言葉に頷いて、匠は職員二人を押しのけて房内に入り込んだ。空になった独居房の中に何らかの手がかりが残されていないかと内部に目を向ける。
ほの暗い照明で照らされた、ほとんど人の居た形跡のない房内には大気中の≪魔素≫の集中を阻害するための設備が見て取れる。異形や魔法の使い手を閉じ込めておくためには必要な設備だ。しかし個人としての≪魔素≫保有量が破格で、その上それなりの使い手であるクズハを閉じ込めるためにはこれだけでは足りない。この設備に加えて更にクズハ本人には何らかの拘束が強いていることだろう。
……あまり手荒な扱いを受けていなければいいが。
房内には特に手がかりとなるようなものは見当たらない。職員二人は慌てた様子で房内を確認していることから、これは彼等にとってもイレギュラーな事態なのだと分かる。
クズハを連れ出したのはおそらくはクズハを連行することを武装隊に命じた行政区内部の誰かだろう。
……武装隊たちにことわりもなく連れ出したという事は、何らかの後ろ暗いことでもしようってのか?
匠が思考の行きつく先に焦燥感を感じ始めていると、明日名が房内に入って来て小声で話しかけてきた。
「行政区内でも魔法を無力化して閉じ込めておくことが出来る施設はそうそう無い。まずは手当たりしだいにそれらの施設から調べてみよう」
「はい」
匠は武装隊に連絡を取ろうとして無線を取り出した職員二人に自分達はクズハの行方を別口で探すと言おうとして、
破砕音と共に照明が砕かれ、通路が闇に沈んだ。
「――?!」
匠が驚きと緊張に身を強張らせると同時、無線を取り出していた職員二人が地面に倒れ伏して動かなくなった。
この地で人と異形が真の意味で対等に肩を並べて歩くことができる日はまだ当分先のことになるだろう。
ギスギスした街の様子にそんな事を思いながら、匠はクズハと会う為に行政区の武装隊が所持している留置施設を訪れていた。
着替えを持ってきたと用件を伝えると、渋々ながら職員は二人を案内してくれた。
「一応、面会時間は終わっているのですけどね」
「そう言わないでくれ、こちらが着替えを用意する間もなく連れていかれてしまったんだ」
「まったく、こっちはこっちで職員が検問やら他所の臨時留置所の管理を任されたせいで人手が足りないってのに……」
不満顔の二人の男性職員を説き伏せるのに一苦労しつつ、匠と明日名は留置施設を案内されていく。
やがて無言での案内に飽きたのか、それとも好奇心からか、匠たちを先導する二人の職員のうち、若い方が鍵の束をチャラチャラと鳴らしながら問いかけてきた。
「なんでまた……クズハ、でしたか? 彼女はとっ捕まったんですか? 保護人もいるし、犯罪者ってわけでもないって話で、それに保護人ってのも元武装隊と平賀って話だって聞いたんですが?」
彼の頭を軽く叩いて、もう一人、ベテランらしい職員が口を開く。
「少しは調べておけ――人里に異形を招いたかもしれないとか、行政区への異形の侵入を援助した疑いもあるって話なんだよ」
匠たちの方へと顔を向けて、
「上の人間の話ではそういうことになっています。詳しいことは知りませんが、もし本当のことなら到底許せることではありません」
「そんな事実は無い。絶対に」
「そうあることを祈っています」
そう言って彼は歩みを止めた。彼の前には独居房の扉がある。
若い方の職員が鍵束から一つの鍵を選び出して扉を開け、房内へと声をかけた。
「着替えを持ってきたそうだ、受け取りを――あ?」
直後、不審気な声が上がった。
「あ、あれ……?」
「どうした?」
ベテランの職員の問いに、若い男は戸惑った顔で報告する。
「それが……中にいないんです。誰も」
「なに?」
職員二人の間で交わされる会話は匠や明日名の耳にも届いていた。
匠が目配せすると、明日名が小さく首を振って唸った。
「よくない流れだね……急いで探し出す必要がありそうだ」
明日名の言葉に頷いて、匠は職員二人を押しのけて房内に入り込んだ。空になった独居房の中に何らかの手がかりが残されていないかと内部に目を向ける。
ほの暗い照明で照らされた、ほとんど人の居た形跡のない房内には大気中の≪魔素≫の集中を阻害するための設備が見て取れる。異形や魔法の使い手を閉じ込めておくためには必要な設備だ。しかし個人としての≪魔素≫保有量が破格で、その上それなりの使い手であるクズハを閉じ込めるためにはこれだけでは足りない。この設備に加えて更にクズハ本人には何らかの拘束が強いていることだろう。
……あまり手荒な扱いを受けていなければいいが。
房内には特に手がかりとなるようなものは見当たらない。職員二人は慌てた様子で房内を確認していることから、これは彼等にとってもイレギュラーな事態なのだと分かる。
クズハを連れ出したのはおそらくはクズハを連行することを武装隊に命じた行政区内部の誰かだろう。
……武装隊たちにことわりもなく連れ出したという事は、何らかの後ろ暗いことでもしようってのか?
匠が思考の行きつく先に焦燥感を感じ始めていると、明日名が房内に入って来て小声で話しかけてきた。
「行政区内でも魔法を無力化して閉じ込めておくことが出来る施設はそうそう無い。まずは手当たりしだいにそれらの施設から調べてみよう」
「はい」
匠は武装隊に連絡を取ろうとして無線を取り出した職員二人に自分達はクズハの行方を別口で探すと言おうとして、
破砕音と共に照明が砕かれ、通路が闇に沈んだ。
「――?!」
匠が驚きと緊張に身を強張らせると同時、無線を取り出していた職員二人が地面に倒れ伏して動かなくなった。
●
――何!?
咄嗟に墓標を構えて通路の闇に目を凝らし、匠は明日名に目配せする。
小さく頷いて明日名は≪魔素≫を纏った符を数枚放り投げた。符はその内部に蓄えられた≪魔素≫を解放して淡く発光して通路を照らしだす。
二人は注意を払いながら独居房を出て、地面に倒れた二人を確認した。
「こちらを向いていた二人の背後からの攻撃だね。二人とも一撃で……殺されている」
職員二人が死んだと聞き、匠は油断なく通路の先、光の届かない奥へと目を向ける。
「相手の武器は分かりますか?」
「ナイフだ。的確に急所に投げられている」
そう言って明日名は柄まで刺さったナイフを引き抜いた。
「出てこないか? 誰だか知らないけど、俺たちは君に訊きたいことがあるんだ」
言い放ちざま、手にしたナイフを投擲する。
闇に沈んだ通路の奥へと飛んで行ったナイフは、何かに弾かれる軽い金属音を響かせて沈黙した。
匠がいつでも墓標に刃を発生させることが出来るように意識を集中させ、先端を通路の先に向ける。すると、闇の中から足音が近づいて来た。
足音の主は黒いスーツに身を包んだ大柄な男だった。
男は無手であることを示すように両手を浅く広げながら、符から発される光の中にまで進み出て、その無表情な顔を匠たちに晒して口を開いた。
「安倍明日名……それに坂上匠だな」
「朝川……こんな夜遅くにこんな場所まで一体何の用向きですか?」
男のことを知っているような口調の明日名に匠は訊ねる。
「明日名さん……彼は?」
「朝川……異形排斥派の長、登藤通光直属の護衛だよ」
簡潔な紹介の言葉に匠は警戒を強めた。歩みを止めた朝川は口だけを笑みの形に変え、
「そうだ坂上匠、行政区の席では平賀博士の代理を務めることもある安倍明日名とは顔見知り程度には面識があってな。お前のことも知っているぞ。平賀博士の養子で、そしてあの子狐の保護者だな」
明日名に顔を向け、
「安倍明日名、今夜わざわざこのような所にまでお前が現れたのは、肉親が心配にでもなったといった所か?」
「……っ!」
朝川の一言で明日名が身に纏う緊張感が増した。
……明日名さん……?
明日名の劇的な反応に匠は困惑しながら考える。
……肉親が心配に……? 一体誰のことだ……?
「そこまで知っているのか……君は……いや、君たちは……」
低く、探るような明日名の言葉に朝川は「懐かしい話だ」と呟き、
「知りたければ私に力ずくで訊ねることだな。あのひ弱な研究者がどこまでやれるようになったのか見せてもらいたい」
言葉と同時に左右に広げられていた朝川の両腕が勢いよく前に振られた。その先端から何かが発射されたのを捉えて匠は墓標で叩き落とそうとして、明日名に片手で制された。
明日名は片手で匠を制止し、もう片方の手は符を放っていた。
宙に踊り出た短冊形の符は、込められた≪魔素≫を解放して瞬時に光壁を生みだし、朝川が発射した何かを弾き返す。
軽い金属音と共に地面に地面に転がったのは二本のナイフ。形状は匠たちの足元に倒れている職員二人を殺害したのと同じものだ。
「二人を殺したのはあなたか」
「こちらの準備が整う前に子狐が居なくなっていることを気取られてしまったからな」
そう言いながら朝川は近付いてくる。光の壁は未だに通路を仕切っているが、朝川は壁の存在に頓着した様子は無い。
……壁を破るつもりか? 確かにこの施設内では呪符に蓄えられた≪魔素≫を燃料にして術を起動しても、呪符内の≪魔素≫の消費が激しくなって長続きはしない。≪魔素≫が消費され続けることで壁の強度も下がるが……。
墓標に自身の≪魔素≫を流し込んで臨戦態勢を整える匠に明日名が符を両の手に構えながら告げる。
「今、朝川はクズハが居なくなったことを気取られてしまったと言った。つまり、ここからクズハを連れ行ったのは朝川、もしくは通光の手の者である可能性が高い。そうだとすればクズハは通光が庁舎内に借りている地下研究施設に囚われているはずだ。あそこは元々製薬会社で施設の堅さも十分、加えてこの行政区内でも数少ない対魔法用の設備が整えられている。クズハを封じ込めておくにはうってつけの場所だろうからね」
そう言って明日名は符と名札のようなタグを一枚ずつ匠に渡した。
「連絡用の符と庁舎に入るための名札――IDカードだ。それを持って先に庁舎地下を調べてくれ」
「明日名さんは?」
「俺は、朝川に訊きたいことがある。足止めは任されるよ」
咄嗟に墓標を構えて通路の闇に目を凝らし、匠は明日名に目配せする。
小さく頷いて明日名は≪魔素≫を纏った符を数枚放り投げた。符はその内部に蓄えられた≪魔素≫を解放して淡く発光して通路を照らしだす。
二人は注意を払いながら独居房を出て、地面に倒れた二人を確認した。
「こちらを向いていた二人の背後からの攻撃だね。二人とも一撃で……殺されている」
職員二人が死んだと聞き、匠は油断なく通路の先、光の届かない奥へと目を向ける。
「相手の武器は分かりますか?」
「ナイフだ。的確に急所に投げられている」
そう言って明日名は柄まで刺さったナイフを引き抜いた。
「出てこないか? 誰だか知らないけど、俺たちは君に訊きたいことがあるんだ」
言い放ちざま、手にしたナイフを投擲する。
闇に沈んだ通路の奥へと飛んで行ったナイフは、何かに弾かれる軽い金属音を響かせて沈黙した。
匠がいつでも墓標に刃を発生させることが出来るように意識を集中させ、先端を通路の先に向ける。すると、闇の中から足音が近づいて来た。
足音の主は黒いスーツに身を包んだ大柄な男だった。
男は無手であることを示すように両手を浅く広げながら、符から発される光の中にまで進み出て、その無表情な顔を匠たちに晒して口を開いた。
「安倍明日名……それに坂上匠だな」
「朝川……こんな夜遅くにこんな場所まで一体何の用向きですか?」
男のことを知っているような口調の明日名に匠は訊ねる。
「明日名さん……彼は?」
「朝川……異形排斥派の長、登藤通光直属の護衛だよ」
簡潔な紹介の言葉に匠は警戒を強めた。歩みを止めた朝川は口だけを笑みの形に変え、
「そうだ坂上匠、行政区の席では平賀博士の代理を務めることもある安倍明日名とは顔見知り程度には面識があってな。お前のことも知っているぞ。平賀博士の養子で、そしてあの子狐の保護者だな」
明日名に顔を向け、
「安倍明日名、今夜わざわざこのような所にまでお前が現れたのは、肉親が心配にでもなったといった所か?」
「……っ!」
朝川の一言で明日名が身に纏う緊張感が増した。
……明日名さん……?
明日名の劇的な反応に匠は困惑しながら考える。
……肉親が心配に……? 一体誰のことだ……?
「そこまで知っているのか……君は……いや、君たちは……」
低く、探るような明日名の言葉に朝川は「懐かしい話だ」と呟き、
「知りたければ私に力ずくで訊ねることだな。あのひ弱な研究者がどこまでやれるようになったのか見せてもらいたい」
言葉と同時に左右に広げられていた朝川の両腕が勢いよく前に振られた。その先端から何かが発射されたのを捉えて匠は墓標で叩き落とそうとして、明日名に片手で制された。
明日名は片手で匠を制止し、もう片方の手は符を放っていた。
宙に踊り出た短冊形の符は、込められた≪魔素≫を解放して瞬時に光壁を生みだし、朝川が発射した何かを弾き返す。
軽い金属音と共に地面に地面に転がったのは二本のナイフ。形状は匠たちの足元に倒れている職員二人を殺害したのと同じものだ。
「二人を殺したのはあなたか」
「こちらの準備が整う前に子狐が居なくなっていることを気取られてしまったからな」
そう言いながら朝川は近付いてくる。光の壁は未だに通路を仕切っているが、朝川は壁の存在に頓着した様子は無い。
……壁を破るつもりか? 確かにこの施設内では呪符に蓄えられた≪魔素≫を燃料にして術を起動しても、呪符内の≪魔素≫の消費が激しくなって長続きはしない。≪魔素≫が消費され続けることで壁の強度も下がるが……。
墓標に自身の≪魔素≫を流し込んで臨戦態勢を整える匠に明日名が符を両の手に構えながら告げる。
「今、朝川はクズハが居なくなったことを気取られてしまったと言った。つまり、ここからクズハを連れ行ったのは朝川、もしくは通光の手の者である可能性が高い。そうだとすればクズハは通光が庁舎内に借りている地下研究施設に囚われているはずだ。あそこは元々製薬会社で施設の堅さも十分、加えてこの行政区内でも数少ない対魔法用の設備が整えられている。クズハを封じ込めておくにはうってつけの場所だろうからね」
そう言って明日名は符と名札のようなタグを一枚ずつ匠に渡した。
「連絡用の符と庁舎に入るための名札――IDカードだ。それを持って先に庁舎地下を調べてくれ」
「明日名さんは?」
「俺は、朝川に訊きたいことがある。足止めは任されるよ」
●
明日名の言い分に対して、匠は自身の訊ねたいことを呑みこんで頷いた。
「分かりました。気をつけてください」
「坂上君も、すまないね」
留置施設を脱出する為に走りだした匠を見送って、明日名は周囲に浮かべた符にいつでも起動させることができるように注意を向ける。
そうしながら徐々に近づいてきている朝川に向かって言葉を放った。
「朝川……君が何をどこまで知っているのか、洗いざらい吐いてもらおうか」
朝川は無表情の中にやはり口許の形だけの笑みを浮かべ、明日名が先に展開していた光壁に拳を叩きこんだ。
真正面から拳を受け止めた光壁は、陶器を砕くような砕音と共に砕け散る。
「……話題には事欠かないが、私に吐かせる事ができるかな?」
障害が無くなった通路を強く蹴りつけ、朝川は明日名へと迫った。
「分かりました。気をつけてください」
「坂上君も、すまないね」
留置施設を脱出する為に走りだした匠を見送って、明日名は周囲に浮かべた符にいつでも起動させることができるように注意を向ける。
そうしながら徐々に近づいてきている朝川に向かって言葉を放った。
「朝川……君が何をどこまで知っているのか、洗いざらい吐いてもらおうか」
朝川は無表情の中にやはり口許の形だけの笑みを浮かべ、明日名が先に展開していた光壁に拳を叩きこんだ。
真正面から拳を受け止めた光壁は、陶器を砕くような砕音と共に砕け散る。
「……話題には事欠かないが、私に吐かせる事ができるかな?」
障害が無くなった通路を強く蹴りつけ、朝川は明日名へと迫った。