Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 異形世界・「白狐と青年」 > 第42話
「ずれた認識」
●
キッコに無理矢理連れられてクズハの部屋へ入った彰彦は、ベッドの上で新聞を開いていたクズハにとりあえず片手を挙げて挨拶した。
「よう、クズハちゃん。元気してたか?」
ついさっきまで眠っていた者に言う言葉では無いと思いつつ声をかける彰彦の眼前、顔を上げたクズハは、部屋に侵入した三人を見て数度瞬きをすると、
「あ、キッコさん、彰彦さん、こちらにいらしてたんですか。明日名さんも、おはようございます」
そう言って頭を下げる彼女を見ながら彰彦はひとまず内心で良かった、と息をつく。
……体調は戻ってきてるみたいだな。
そうは思うが、こちらを見てくるクズハは本調子ではないのか、やや元気がないようにも見える。
「俺たちもちょっとじいさん手伝いにな」
「そうなんですか……」
クズハは首を傾げ、
「えっと、それでなんで私の所に?」
「そりゃ決まってるだろ」
言って、彰彦はクズハに訊ねる。
「なんで平賀のじいさんや匠を部屋に入れようとしないんだ?」
この面子が来たのだ、クズハとしてもこの質問は予想できていたはずだ。しかしクズハは彰彦の質問に顔を強張らせた。
彼女はついと顔を逸らして長い髪で表情を隠すと硬い声で、
「……皆さんには関係ないじゃないですか」
「本当にそう思ってるか?」
「……はい」
「俺の顔見て言ってみ?」
クズハは応じない。彰彦はまあいいや、と言ってクズハに逃げ場を与えた。
……嘘がつけない子だな。
いっそ微笑ましい。放っておけば勝手に元の鞘に収まるような気もするが、匠をあのままにしておくのは彼の親友としてはよろしくないし、クズハはまだ敵に狙われてもいる。このまま解決をじっくりと待つことはできない。
だから、と彰彦が言葉をかけるより前にキッコが口を挟んだ。
彼女は小さく抑えた声でクズハに訊ねる。
「クズハよ、何故あの二人を拒絶した? 一時的にせよ我はお前に憑いておった。心根も知っておるつもりなのだがの」
「理由は……ただ、だめなんです」
「要領を得んの。我としてはお前には不幸になってもらいたくはないのだ」
「……すみません」
目を合わせないクズハの様子に吐息を一つ入れて、キッコは呟く。
「口を割らんのなら、匠をここに連れて来て直接理由を尋問させようかの」
その言葉に、クズハが劇的に反応した。彼女は焦ったように早口で、
「ま、待ってください! もう少しだけ、もう少し……」
半ば取り乱したそのさまは、匠を恐れているようにすら見えた。
内心首を傾げる彰彦は明日名を窺い見る。明日名は静かにクズハを見つめ、やがて頷いた。
「分かった。行こうか、キッコ、今井君」
「明日名、我の話はまだ――」
明日名はキッコを手で制すると話しを続けた。
「ひとまず出よう。クズハも起きたばかりで混乱しているかもしれないし、安静にして体の調子も整えなければならないだろうしね」
そう言って彰彦とキッコを外に促す明日名は去り際クズハに訊ねた。
「何か欲しいものはあるかい? もって行くよ」
そう言われたクズハは躊躇いがちに注文を告げた。
「あ、じゃあ……あの、私が武装隊の方々と一緒に行政区に行ってしまった後の新聞や号外があれば、できるだけ全部頂けませんか?」
「分かった。すぐに手配するよ」
そう答えて明日名はなおも何か言い足りなさそうなキッコの背を軽く叩いた。キッコは髪を乱暴に掻いて部屋の外に足を向ける。
「一体何を考えておるのかは分からんがの、話してみれば気も晴れるものぞ。少し考えておくのだの」
「はい、……ご迷惑をおかけします」
「……っ、かけられておるのは心配ぞ」
部屋の扉を閉める間際、彰彦はクズハが深々と頭を下げたのを見た。
「よう、クズハちゃん。元気してたか?」
ついさっきまで眠っていた者に言う言葉では無いと思いつつ声をかける彰彦の眼前、顔を上げたクズハは、部屋に侵入した三人を見て数度瞬きをすると、
「あ、キッコさん、彰彦さん、こちらにいらしてたんですか。明日名さんも、おはようございます」
そう言って頭を下げる彼女を見ながら彰彦はひとまず内心で良かった、と息をつく。
……体調は戻ってきてるみたいだな。
そうは思うが、こちらを見てくるクズハは本調子ではないのか、やや元気がないようにも見える。
「俺たちもちょっとじいさん手伝いにな」
「そうなんですか……」
クズハは首を傾げ、
「えっと、それでなんで私の所に?」
「そりゃ決まってるだろ」
言って、彰彦はクズハに訊ねる。
「なんで平賀のじいさんや匠を部屋に入れようとしないんだ?」
この面子が来たのだ、クズハとしてもこの質問は予想できていたはずだ。しかしクズハは彰彦の質問に顔を強張らせた。
彼女はついと顔を逸らして長い髪で表情を隠すと硬い声で、
「……皆さんには関係ないじゃないですか」
「本当にそう思ってるか?」
「……はい」
「俺の顔見て言ってみ?」
クズハは応じない。彰彦はまあいいや、と言ってクズハに逃げ場を与えた。
……嘘がつけない子だな。
いっそ微笑ましい。放っておけば勝手に元の鞘に収まるような気もするが、匠をあのままにしておくのは彼の親友としてはよろしくないし、クズハはまだ敵に狙われてもいる。このまま解決をじっくりと待つことはできない。
だから、と彰彦が言葉をかけるより前にキッコが口を挟んだ。
彼女は小さく抑えた声でクズハに訊ねる。
「クズハよ、何故あの二人を拒絶した? 一時的にせよ我はお前に憑いておった。心根も知っておるつもりなのだがの」
「理由は……ただ、だめなんです」
「要領を得んの。我としてはお前には不幸になってもらいたくはないのだ」
「……すみません」
目を合わせないクズハの様子に吐息を一つ入れて、キッコは呟く。
「口を割らんのなら、匠をここに連れて来て直接理由を尋問させようかの」
その言葉に、クズハが劇的に反応した。彼女は焦ったように早口で、
「ま、待ってください! もう少しだけ、もう少し……」
半ば取り乱したそのさまは、匠を恐れているようにすら見えた。
内心首を傾げる彰彦は明日名を窺い見る。明日名は静かにクズハを見つめ、やがて頷いた。
「分かった。行こうか、キッコ、今井君」
「明日名、我の話はまだ――」
明日名はキッコを手で制すると話しを続けた。
「ひとまず出よう。クズハも起きたばかりで混乱しているかもしれないし、安静にして体の調子も整えなければならないだろうしね」
そう言って彰彦とキッコを外に促す明日名は去り際クズハに訊ねた。
「何か欲しいものはあるかい? もって行くよ」
そう言われたクズハは躊躇いがちに注文を告げた。
「あ、じゃあ……あの、私が武装隊の方々と一緒に行政区に行ってしまった後の新聞や号外があれば、できるだけ全部頂けませんか?」
「分かった。すぐに手配するよ」
そう答えて明日名はなおも何か言い足りなさそうなキッコの背を軽く叩いた。キッコは髪を乱暴に掻いて部屋の外に足を向ける。
「一体何を考えておるのかは分からんがの、話してみれば気も晴れるものぞ。少し考えておくのだの」
「はい、……ご迷惑をおかけします」
「……っ、かけられておるのは心配ぞ」
部屋の扉を閉める間際、彰彦はクズハが深々と頭を下げたのを見た。
●
「………………」
キッコが無言で廊下の先を歩いて行く。
彰彦と明日名は平賀の部屋へと進んで行くキッコの後についていきながら顔を見合わせた。なんとなく抑え気味の声で会話を交わす。
「先程のクズハの態度、坂上君や平賀博士に対するものよりも軽いとはいっても随分と硬かったね。それに頑なだ」
彰彦が応じる。
「そうっすね。これまで俺が見てきたクズハちゃんとは微妙に違う感じだった。特に匠の名前を出された時のあの反応は気になるな」
「反応?」
「あれ? 明日名兄さん気付かなかったか? ありゃどうも怖がっているみたい、というか……」
上手く言葉が出てこない。しかしクズハがしていたようなあの目は、昔見た事がある気がする。
……どこだったかな。
なかなか思い出せない。しょうがないと息を吐いて、彰彦は別の方面からクズハの状態について考える。
「クズハちゃんのあの状態が術や薬みたいなやばい物の影響が出たわけでないとなると――」
先程のクズハの顔を思い出し、
「匠のせい……とかじゃねえだろうな」
「いや、それは流石にないんじゃないかな」
明日名が苦笑で言う。
「やっぱり、捕らえられていた間に何かされたんじゃないかと思うんだ」
「何か……ねえ」
彰彦の呟きにキッコがぼそりと返してきた。
「……狐が誑かされたかの」
「え?」
「なんでもない。ただの勘だの。しかし、まあ、匠の方にも色々と言いたい事も出来たわ。何をクズハの言葉に大人しく従っておるのやら」
キッコが不機嫌そうに言いながら平賀の部屋の扉に手をかけた。扉が開けられ、中に居た二人が問うような視線を向けてくる。
彰彦は上げた手を左右に振って、
「だめだな。クズハちゃん、変に頑なだ。それでもまあ、もう来るな、とまでは言われなかったけど」
明日名がとりあえず、という感じで言葉を引き継ぐ。
「新聞や号外を頼まれたので、ひとまずそれをあの子の所に届けに行こうと思います」
「あ、待ってくれ」
彰彦は咄嗟にそう言って明日名を止めた。
「俺がクズハちゃんのとこに御所望の品を届けに行くわ」
「今井君が?」
「おう、ちょっと聞いてみたい事もあるし……それに」
明日名に近付いて声を抑え、キッコに目を遣りながら、
「キッコさんがなんか匠に説教したくてたまらなそうなんで、そっちの抑え役、頼んます」
下手をしたら匠が食われかねない。そんな事を思う彰彦に明日名はなんとも言えない表情を浮かべた。
「分かった。図書館か資料室に行けばここ最近の新聞も号外もあるから、よろしく頼むよ」
「了解」
二人の間でとりあえずの分担ができた。それぞれが動き出す寸前、それまで黙っていた平賀がさて、と声を上げた。
「クズハ君も目覚めた。わしの方でも彰彦君の報告も勘案して、色々と行政区と話しを進めてみようと思っとる」
「マジですか……?」
ここで平賀が離脱してしまうのは正直痛い。出来れば残ってキッコの抑え役をしていてもらいたいと彰彦は思うが、平賀は瓢げた笑みを浮かべて彰彦と明日名、キッコを見やる。
「クズハ君の事は心配じゃが、皆になら任せる事もできるかのう」
そう言って匠の背を叩き、部屋を出て行った。
キッコが無言で廊下の先を歩いて行く。
彰彦と明日名は平賀の部屋へと進んで行くキッコの後についていきながら顔を見合わせた。なんとなく抑え気味の声で会話を交わす。
「先程のクズハの態度、坂上君や平賀博士に対するものよりも軽いとはいっても随分と硬かったね。それに頑なだ」
彰彦が応じる。
「そうっすね。これまで俺が見てきたクズハちゃんとは微妙に違う感じだった。特に匠の名前を出された時のあの反応は気になるな」
「反応?」
「あれ? 明日名兄さん気付かなかったか? ありゃどうも怖がっているみたい、というか……」
上手く言葉が出てこない。しかしクズハがしていたようなあの目は、昔見た事がある気がする。
……どこだったかな。
なかなか思い出せない。しょうがないと息を吐いて、彰彦は別の方面からクズハの状態について考える。
「クズハちゃんのあの状態が術や薬みたいなやばい物の影響が出たわけでないとなると――」
先程のクズハの顔を思い出し、
「匠のせい……とかじゃねえだろうな」
「いや、それは流石にないんじゃないかな」
明日名が苦笑で言う。
「やっぱり、捕らえられていた間に何かされたんじゃないかと思うんだ」
「何か……ねえ」
彰彦の呟きにキッコがぼそりと返してきた。
「……狐が誑かされたかの」
「え?」
「なんでもない。ただの勘だの。しかし、まあ、匠の方にも色々と言いたい事も出来たわ。何をクズハの言葉に大人しく従っておるのやら」
キッコが不機嫌そうに言いながら平賀の部屋の扉に手をかけた。扉が開けられ、中に居た二人が問うような視線を向けてくる。
彰彦は上げた手を左右に振って、
「だめだな。クズハちゃん、変に頑なだ。それでもまあ、もう来るな、とまでは言われなかったけど」
明日名がとりあえず、という感じで言葉を引き継ぐ。
「新聞や号外を頼まれたので、ひとまずそれをあの子の所に届けに行こうと思います」
「あ、待ってくれ」
彰彦は咄嗟にそう言って明日名を止めた。
「俺がクズハちゃんのとこに御所望の品を届けに行くわ」
「今井君が?」
「おう、ちょっと聞いてみたい事もあるし……それに」
明日名に近付いて声を抑え、キッコに目を遣りながら、
「キッコさんがなんか匠に説教したくてたまらなそうなんで、そっちの抑え役、頼んます」
下手をしたら匠が食われかねない。そんな事を思う彰彦に明日名はなんとも言えない表情を浮かべた。
「分かった。図書館か資料室に行けばここ最近の新聞も号外もあるから、よろしく頼むよ」
「了解」
二人の間でとりあえずの分担ができた。それぞれが動き出す寸前、それまで黙っていた平賀がさて、と声を上げた。
「クズハ君も目覚めた。わしの方でも彰彦君の報告も勘案して、色々と行政区と話しを進めてみようと思っとる」
「マジですか……?」
ここで平賀が離脱してしまうのは正直痛い。出来れば残ってキッコの抑え役をしていてもらいたいと彰彦は思うが、平賀は瓢げた笑みを浮かべて彰彦と明日名、キッコを見やる。
「クズハ君の事は心配じゃが、皆になら任せる事もできるかのう」
そう言って匠の背を叩き、部屋を出て行った。
●
平賀が出て行くのを見送り、匠は呟く。
「さて、どうしたもんかな……」
「クズハちゃんはまだ狙われてるんだろうからな、いくら平賀のじいさんの研究所内にいるっていっても危険な事にはちげえねえ。急いで仲直りしてもらいたいとこだ」
そう言って彰彦もまた、平賀の後を追うように扉に向かった。
「だから、急いでクズハちゃんの気持ちを理解してくれよ? 匠」
そう言い残して部屋から出て行く。クズハから頼まれた資料を取りに行くのだろう。できれば匠が直接行ってクズハと話をしたい所だが、
……どうすればいいのか分からない。
理由もよくわからないままに拒絶されたのだ。その理由も掴めないままに部屋に行ってもまた拒絶されるだけだろう。
そんな事を長々と考え、匠は弱り切って言葉を漏らした。
「俺、何かクズハに嫌われるような事したか……?」
うな垂れる匠の正面に気配がきた。顔を上げると底に居たのは、
「キッコ……」
見上げる匠の視線の先、どうやら彼女は何か怒っているようで、口の端から牙が覗いている。彼女は険呑な目つきで匠を睨んで、
「あの子を寂しがらせるなと我は言ったのだがの」
「そうは言ってもな、クズハの方から拒絶されたんじゃどうしようもない」
「あの子が坂上君を意味もなく拒絶する事はないと思うけれどね」
明日名がキッコを宥めるようにその肩に手を置きながら言う。
確かにそうだろうと思いかけた匠は、しかしいや、と首を振った。
「そうでもないでしょう」
「そうかい?」
匠ははい、と頷き、
「クズハにとって俺は父親とか兄とかのような存在です。父離れが……そう、武装隊の令状に従って行政区に付いて行った時点で父離れが起こっていたと考えるなら、この拒絶もそう不思議ではないのかもしれませんよ? あの年頃の女の子は難しいと聞きますし」
言って、肺腑に溜まった重い息を吐き出した。
クズハの態度が本当に父離れと同じようなものなら自分には何もできないのではないか。そう思っていると、キッコが何やら驚きと呆れを混ぜ合わせたような不可解な顔をしているのに気付いた。
「どうした?」
「……うむ」
キッコは奇妙な顔のまま、今度は憐れみを混ぜたように眉尻を下げた目で、
「匠よ、お前本当は我に喰われたいのではないかの?」
「キッコ、俺は真剣なんだ。茶化すな」
キッコの目を見ながら言い切った途端、肩を叩かれた。振り返ると、明日名がなんとも言えない顔をしていた。彼は言葉を選ぶような間を置いて、
「坂上君、君は……そうだな、少し、自分があの子にどう思われているのかを考えた方がいいかもしれない」
「明日名さん……?」
困惑する匠の頭をキッコが平手で叩いた。
「こ奴には言葉で行っても無駄ぞ、やはり直接会わせる他あるまいて」
「そうだね、あの子の、あの突然の距離の置き方はやっぱりおかしくはあるし、状況も状況だ。少し手荒でも引き会わせた方がいいかな」
二人の間で進んで行く会話を聞いて匠は待ったをかけた。
「ま、待て、クズハを辺に刺激するような事はしない方がいいんじゃないか?」
「何をそんな及び腰な事を言っておるか」
キッコの言葉に、匠は言い辛そうに口ごもりながら反論する。
「……クズハが俺にあんなに強く反論してきたのとか初めてで、今の状態で会っても、どう接したらいいのか分からない」
「あー……」
明日名が唸ってうんうん頷き、キッコが冷めた目で匠を見てきた。
「うだうだ言うでないわ」
そう言ってキッコは匠の髪をつかんだ。顔を近づけ、いい笑顔で、
「行・く・ぞ?」
有無を言わせない迫力に、匠はただ頷くしかなかった。
「さて、どうしたもんかな……」
「クズハちゃんはまだ狙われてるんだろうからな、いくら平賀のじいさんの研究所内にいるっていっても危険な事にはちげえねえ。急いで仲直りしてもらいたいとこだ」
そう言って彰彦もまた、平賀の後を追うように扉に向かった。
「だから、急いでクズハちゃんの気持ちを理解してくれよ? 匠」
そう言い残して部屋から出て行く。クズハから頼まれた資料を取りに行くのだろう。できれば匠が直接行ってクズハと話をしたい所だが、
……どうすればいいのか分からない。
理由もよくわからないままに拒絶されたのだ。その理由も掴めないままに部屋に行ってもまた拒絶されるだけだろう。
そんな事を長々と考え、匠は弱り切って言葉を漏らした。
「俺、何かクズハに嫌われるような事したか……?」
うな垂れる匠の正面に気配がきた。顔を上げると底に居たのは、
「キッコ……」
見上げる匠の視線の先、どうやら彼女は何か怒っているようで、口の端から牙が覗いている。彼女は険呑な目つきで匠を睨んで、
「あの子を寂しがらせるなと我は言ったのだがの」
「そうは言ってもな、クズハの方から拒絶されたんじゃどうしようもない」
「あの子が坂上君を意味もなく拒絶する事はないと思うけれどね」
明日名がキッコを宥めるようにその肩に手を置きながら言う。
確かにそうだろうと思いかけた匠は、しかしいや、と首を振った。
「そうでもないでしょう」
「そうかい?」
匠ははい、と頷き、
「クズハにとって俺は父親とか兄とかのような存在です。父離れが……そう、武装隊の令状に従って行政区に付いて行った時点で父離れが起こっていたと考えるなら、この拒絶もそう不思議ではないのかもしれませんよ? あの年頃の女の子は難しいと聞きますし」
言って、肺腑に溜まった重い息を吐き出した。
クズハの態度が本当に父離れと同じようなものなら自分には何もできないのではないか。そう思っていると、キッコが何やら驚きと呆れを混ぜ合わせたような不可解な顔をしているのに気付いた。
「どうした?」
「……うむ」
キッコは奇妙な顔のまま、今度は憐れみを混ぜたように眉尻を下げた目で、
「匠よ、お前本当は我に喰われたいのではないかの?」
「キッコ、俺は真剣なんだ。茶化すな」
キッコの目を見ながら言い切った途端、肩を叩かれた。振り返ると、明日名がなんとも言えない顔をしていた。彼は言葉を選ぶような間を置いて、
「坂上君、君は……そうだな、少し、自分があの子にどう思われているのかを考えた方がいいかもしれない」
「明日名さん……?」
困惑する匠の頭をキッコが平手で叩いた。
「こ奴には言葉で行っても無駄ぞ、やはり直接会わせる他あるまいて」
「そうだね、あの子の、あの突然の距離の置き方はやっぱりおかしくはあるし、状況も状況だ。少し手荒でも引き会わせた方がいいかな」
二人の間で進んで行く会話を聞いて匠は待ったをかけた。
「ま、待て、クズハを辺に刺激するような事はしない方がいいんじゃないか?」
「何をそんな及び腰な事を言っておるか」
キッコの言葉に、匠は言い辛そうに口ごもりながら反論する。
「……クズハが俺にあんなに強く反論してきたのとか初めてで、今の状態で会っても、どう接したらいいのか分からない」
「あー……」
明日名が唸ってうんうん頷き、キッコが冷めた目で匠を見てきた。
「うだうだ言うでないわ」
そう言ってキッコは匠の髪をつかんだ。顔を近づけ、いい笑顔で、
「行・く・ぞ?」
有無を言わせない迫力に、匠はただ頷くしかなかった。