アットウィキロゴ
創作発表板@wiki
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

創作発表板@wiki

白狐と青年 第41話「拒絶の目覚めと確認の一歩」

最終更新:

konta

- view
だれでも歓迎! 編集

「拒絶の目覚めと確認の一歩」







 ほとんど物が置かれていない部屋がある。平賀の研究所の二階にある一室で、クズハが研究所に住んでいた時に与えられた部屋だ。
 部屋には外から中を窺われないように薄いカーテンが引かれている。
 所員全員にその所在が知れ渡っために自身の部屋に移送されたクズハが眠っているベッドの近くに椅子を置いて、匠は淡く透けてくる午後の日差しの中で、部屋の本棚に収まっていた本を読んでいた。
 ゆっくりとページを手繰っていくのは≪魔素≫や魔法について書かれた本だ。おそらくこの研究区に居る人間の半数以上は一度は目を通したことがあるであろう、平賀と蘆屋の共著による一冊で、対立する事の多い二人の間に安倍が入って実現したという珍書だ。クズハが操る魔法の基礎原理もここから学びとったものなのだろう。それを理解するのにどれほどの苦労をしたのだろうかと思いつつ、匠は本を閉じた。
 ……数少ない私物もこんな感じの小難しい本ばかりか。
 何が彼女にここまでさせるのかについて思いを馳せながら、匠は椅子の上で伸びをした。
 クズハの事を研究所の皆に知らせた次の日に彰彦が行政区の調査に出発してから5日が経過していた。
 この5日の間、研究区内は表向きは普段とほとんど変わる事のない状態だった。
 研究区を頼って流れて来る異形の流入は依然としてあるが、それも行政区が異形排斥の行動を起こし始めた当初に比べれば随分と緩やかになっており、元々異形の往来の多いこの町は、流入してきた者達を含めて、生活にある程度の慣れが現れ始めていた。
 大阪圏内で生活するために行っていた仕事をなんとか再開する者や、それが叶わない者は研究区内の人間が斡旋してくる日雇いを中心とした仕事を行い始めたのだ。
 異形達がそれぞれの生活を再び営み始める一方、武装隊と研究所を中心とする研究区の間では緊張状態が続いていた。
 研究所は5日前の夜に決めた通り、曖昧な対応を武装隊に対して続け、武装隊も研究所の主張を鵜呑みにするような事はせずに幾度か研究所内への調査を打診し、それと同時に街を見回る事によって区内の異形に対する緩やかな牽制を行っていた。
 治安の維持という点ではこの見回りは平賀としてもありがたく利用し、その一方で武装隊に対する目付け役として、そして区内の異形や、以前から住んでいた住人などの調整役として、明日名とキッコが動いていた。
 3日前から動けるようになった明日名は以前からの住人や武装隊等の人間同士の意見の調整を、キッコは異形達の調整を主にそれぞれ担当して研究区内全体の調整を行っていた。この人選の結果として意外だったのが、
 ……キッコが異形達を上手くまとめている事か。
 キッコは元々信太主として信太の森で異形達をまとめていたためか、区内の異形をまとめるのも見事なものだった。
 ……伝えられる指示がおおざっぱだったりするんだがな。
 しかしそのある意味における適当さが、表向きは平穏でもその実ストレスから来る緊張を孕んでいる今の研究区と異形、そして武装隊の間を上手く取り持っているらしかった。
 彼女は町中を見回っている武装隊にフランクに話しかけては、異形に対して敵意を持っている者の多い武装隊の隊員相手にも会話をこなしているらしい。
 一応の均衡を保っている研究区、しかし、それぞれが抱える不安や懸念のようなストレスは日に日に募っていくようで、それは徐々に報告され始めた町中でのケンカの発生や小さな事件という事で現れてきていた。
 匠の膝の上に畳まれている研究区の事を扱った今朝の新聞にも、ケンカ騒ぎについて書かれている。少しずつ研究区が抱え込む事になった歪みが顕在化してきているのだ。
 ……あまり悠長には構えていられないか。
 彰彦がそろそろ戻ってくるはずだ。彼が得て来る行政区内部の状況も気になるし、平賀の方でも行政区相手にいろいろと話しを持ちかけているようだ。彼等の手伝いができない所がもどかしいが、今は彼等を頼るしかない。そう思っていると、近くのベッドから小さなうなり声が聞こえてきた。
 ――――!
 これまで静かだった室内で発生した音に敏感に反応した匠は、本を棚に戻してクズハの顔を見た。
 彼女の、これまで力が抜けていた目元に力が入っている。目覚めようとしているのだ。
「クズハ」
「――ん」
 返答のような呼気と共に、クズハの体に力が入った。
 周囲を確認するように左右の耳が小さく動く。次いでまつ毛が揺れ、目が薄く開いた。カーテン越しであっても光が目に強いのか、縦長の瞳孔が細くなる。手を翳して光を遮ろうとしたところで、彼女は自分の掌を見て疑問の声を上げた。
「……あ、れ?」
「クズハ、起きたか」
「匠さん?」
 クズハは匠を見上げて表情を緩め、そして怪訝そうな顔をした。
 手をついて上半身を起こそうとする。匠の支えを受けて身を起こしたクズハは、周囲を見回して戸惑った声を上げた。
「……呪符もない……それにここ、私の……部屋、ですか?」
「ああそうだ。覚えているか? 庁舎の地下捕まってた所を連れ出して来たんだ。ここは平賀のじいさんのとこ、今はちょっと騒がしいことになってるが、すぐに収まるだろう」
 割合しっかりとしたクズハの反応に内心ほっとしながら、匠は続けざまに言葉をかける。
 クズハは俯き、匠の言葉を咀嚼する数秒の後、顔を上げ、
「…………」
 匠をじっと見つめ、また顔を伏せた。
 顔を伏せたクズハは、思い悩むように口元を歪めた。やがて再び顔を上げて匠を見ると口を開く。
「匠さん、出て行ってもらえますか?」
 突然発された拒絶の言葉に、匠は虚を衝かれた。
「――は?」
「すみません、少し、考えたい事があるので部屋から出ていってください。あ、そこの新聞は置いていってくださるとうれしいです」
「新聞……か?」
 匠は椅子の上に畳み置かれている新聞に目をやる。その新聞には最近の大阪圏の情勢や研究区の状態について書かれているため、
 ……クズハには今あまり渡したくはないんだが……。
「だめですか?」
「いや……」
 どちらともとれない反応を匠が示す間にクズハの手が新聞を手に取った。新聞を胸前で抱えたクズハは、再び拒絶の言葉を放つ。
「出て行ってください」
「ああ、それは分かったが……クズハ、お前なにかあった、か?」
 あまりにも頑なクズハの様子を心配した匠がクズハに手を伸ばす。頭に伸ばされたその手を払いのけて、クズハは小さく言った。
「すみません……」
「い、いや……」
 幾度目かの驚きに目を見開き、しかし匠は立ち上がって部屋の扉へと歩いて行く。扉に手をかけ、
「じゃあ、皆にクズハが起きた事を知らせるから出て行くけど、何かあったら言えよ?」
「……はい」
 言葉自体は肯定のものだが、発された声の質は硬い、拒みの色の強いものだ。匠は新聞に目を落としているクズハに、何かあったら声をかけるようもう一度言い置いて、扉を閉じた。


            ●


 匠が出て行き、静けさが降りた部屋の中でクズハは閉じた扉を見て小さく呟く。
「もう、ここにはいられないですよね……」


            ●


 秘密通路から研究所の敷地内へと帰還した彰彦は、報告のために訪れた平賀の居室内に漂う空気に一瞬足を止めた。
 匠がどことなくぼんやりとした椅子に座りこみ、明日名、平賀が難しい顔をしている。
 ……何があったんだこりゃ……?
 なんとなく声を発しづらい状況に二の足を踏んで入り口付近に立っていると、平賀がこちらに向かって手を上げてきた。
「お帰り彰彦君、無事でなによりじゃよ。……それで、どうだったかのう?」
「いや、その前に今のこの部屋の状況について話してくれねえか? なんか物スゴイ居づらいんだけど」
 平賀はそうじゃのうと言って口を開いた。
「クズハ君がじゃな、目覚めたんじゃよ」
 平賀の言葉に彰彦は、は? と言葉を生んだ。
「なんだよそりゃ、いい事じゃねえか」
 平賀の言った事と、この部屋内の空気が噛み合わない。疑問に思う彰彦の様子に、平賀が「それがのう……」と匠の方に視線を向けた。匠は小さく頷いて、どこか呆然とした声で、
「クズハがな、俺やじいさんを部屋に入れてくれねえんだよ」
「……どういうことだ?」
「どうもクズハに拒絶されたみたいでね」
 明日名の言葉を聞いて、彰彦は先の匠の言葉をもう一度考える。そして、
「……え?」
 間の抜けた声が出た。
 ……クズハちゃんが? 他を追い出すことはあっても匠を拒絶するなんてまずありえねぇと思うんだが……。
 だとしたら捕らえられている間に何かしらの手が加えられたのだろうかと思い、
「術とか、そうでなけりゃなんか薬盛られたとか、何かが憑いてるとか、暗示とかにかかってんじゃねえのか?」
「……だと最初は思ったんじゃがのう、どうもどれもハズレっぽいんじゃな」
 平賀がそう言ったという事は、一通り再検査をしたという事だろう。
 ……そして術や他の影響も出なかった、と。
 だとすれば、
「他に何か心当たりとかはあんのか? じいさん」
「何故庁舎の地下に居たのかという所は話してもらったんじゃが、独居房から庁舎地下の研究施設までクズハ君を連れて行ったのは変なマスクで顔を覆った男のようでな、声の方も変えておったようで、結局詳しい事は分からんでなあ……。クズハ君が行政区に行った後の短い時間で薬や術の反応を出さずに洗脳というのも土台無理な話じゃ。だとしたら何か吹きこまれてクズハ君がわしらから離れてしまったと考えるのが現実的かのう」
「匠やじいさんを拒絶したくなるような事を吹きこまれたってか?」
 彰彦は何をクズハに吹きこんだら彼女の考えがそこまで極端に変化するだろうかと思案して、
「……だめだな。何をどう吹きこんだらそんなになんのか見当もつかねえや」
 尚も頭を回して考えようとした彰彦に匠の声が飛んだ。彼は頭を一度左右に振って気持ちを入れ替えるようにすると、
「彰彦、ともかく今はお前の報告を聞きたい。何か行政区で掴んできたのか?」
「え? あ、ああ」
 匠の一言に押される形で、彰彦はこの部屋の様子に気押されて後回しになっていた報告を始めた。


            ●


 匠の様子を確認しながら彰彦は口を開く。
「行政区内は内部の異形を完全に追い出す算段のようでな、俺が言った時にはもうほとんど行政区内に居た異形の連中は追い出されてたよ。俺も腕の事があるし、裏で動いてる奴に襲われるのも避けたかったからあまり人に会わないように注意しながら知り合いの武装隊の所に行ってな、そこで内情とかを聞いて来た」
「どうだった?」
 明日名の促しの言葉に彰彦は頷いて、
「一つ、気になる話が出た。武装隊内でここ数週間の間に行方が分からなくなってる奴らが何人もいるらしい。行政区の街の外に哨戒に出てた連中が戻らないそうだ」
 それは、と匠が呟く。
「異形の仕業か?」
「それがな、何者の仕業かもはっきりとは分かんねえみたいだ」
「何者の仕業かすらも分からない? 捜索はしてるんだろ? 本人が見つからなくてもせめて何か痕跡とか見つからないのか?」
 良い疑問だ。頭の切り替えはしっかりと出来ているらしい。そう思いながら、彰彦は旧知の武装隊から聞いた話を口にする。
「捜索はしようとしてるらしいが、研究区や各地の検問、それに農場とかの管理をしていて安易な排斥が利かない異形達の監視に武装隊を動員しまくってるせいで人手が足りねえらしい。行方不明者はおそらく異形に襲われたんだろうって事に武装隊内ではなってる。武装隊が何人も消される程には強く、そして場合によっちゃ賢い異形だ。匠達が行政区に居た時に行政区を襲った異形の群れのリーダーじゃねえかとか言われてたな。武装隊の想像通りに犯人が異形だった場合、そいつは以前行政区内に大量の異形を侵入させた異形って事になる。行政区の中にそんなものを入れないように今行政区は以前にも増して守りを固めてる最中って話だった」
「ただでさえ武装隊が検問などを作っている中。姿を悟られずに武装隊を襲うなんてのはただの異形には難しいだろう。行方不明者たちはおそらく朝川達と同じ手の者に連れ去られたんだろうね。武装隊の警備範囲等の内情に通じている物が最初から狙った犯行だろう」
「だろうな。もしかしたら俺や俺の部下みたいに何かの実験の材料にされてるのかもしれねえ」
 苦々しく言って拳を握り込む彰彦に明日名が言う。
「通光の事は何か分かったかい? 彼も武装隊の警備含めて色々な内情を把握している人物の一人だ」
 彰彦は首を横に振った。
「いや、通光や他の庁舎詰めのお偉方はここ数日そろって庁舎の中に籠ってお仕事中らしい。奴らは自前の警備や護衛をそれぞれ抱えてるから、裏で何かやってても武装隊じゃ気付けねえかもな。俺も探ってみようと思ったんだが、あそこは今お偉方が一か所に集中してるせいで警備の密度がスゴイ事になってやがって侵入は無理だった。匠がクズハちゃんを助けに行った時とはまるで様子が違うっぽいな」
 匠が深夜に庁舎に侵入した時は警備は散漫だったと聞いた。その後にクズハの脱走や留置施設の職員の殺害、施設の破壊を受けて、行政区の重役達を一か所に集めた方が守りやすいと武装隊なりどこかの議員なりが考えたのだろう。
 そう考えながら彰彦はしかしまあ、と嘆息した。
「結局、登藤通光が怪しいっていう証拠は掴めずじまい。それが俺の見知って来た事の結論だな」
 武装隊の行方不明、現在研究区を囲んでいる行政区の息のかかった武装隊、徐々に対外的な防御を固めて行く行政区。はっきりとしたことは相変わらず分からないが、状況は依然として動き続けている。その気配を感じながら彰彦は簡略な報告を締めくくる。部屋の中にはそれぞれに彰彦の報告を思案するような沈黙が降りる。と――
「邪魔するぞ」
 平賀の居室の扉を開ける者があった。金髪金瞳の女、キッコだ。
 彼女は手にしていた通信用の符を懐にしまって部屋を見回すと、金の目を細めた。
「おお、彰彦が戻って来ておったか。そうだの――とりあえず、先に彰彦の仕入れた情報を聞かせてもらおうかの」


            ●


「……ふむ」
 彰彦の話を一通り聞き終えたキッコはなるほど、と頷きを作った。
「相手も尻尾をなかなか出さんということだの」
「厄介だよな」
 キッコに答える彰彦。二回目の彰彦の説明を聞いていた明日名が平賀に問いかけた。
「平賀博士、行政区相手の交渉はどうなってますか?」
「もう少し、といったところじゃな。彰彦君の話にあった武装隊の行方不明事件の事もあるんじゃろう、異形共存派、それに一部の異形排斥派が研究区の助言を得たい事案があると言ってきておってな、なんとか話し合いの席を作る事くらいはできそうじゃ」
「じゃあ、じいさんの方は進展しそうなんだな? 研究区の皆のストレスもいい感じに溜まって来てるみたいだから急いだ方がいいと思うぜ」
「そうじゃな……急がなければならんな。この調子だとそろそろ向こうさんも次の手を打ってくるぞい」
 平賀の呟きが重く響く。そんな空気の中、キッコがところで、と呟いた。
「匠よ、クズハが目覚めたと明日名から聞いて戻って来たのだがの、何故お前はそんなに沈んだ顔をしておる」
「あ」
 地雷を踏んだキッコの言葉に彰彦が反応する。キッコは彰彦の反応に対して首を傾げ、
「なんだ? 何かあったのかの?」
 問いかけの視線を向けられた明日名が僅かに口ごもった。
「うーん、ちょっと、ね」
 キッコは目を鋭く細めた。
「話せ」
「……分かったよ」
 息を一つ吐くと、明日名はクズハが謎の拒絶行動に出た事を話した。彼の話を聞いたキッコは目を丸くして、
「クズハが、拒絶……? それも匠をかの?」
「一応わしも拒絶されとるのじゃがなぁ……」
 平賀を無視してキッコは唸る。
「術……は有り得ぬな。我もあの子からはそのような痕跡を感じはしなかった。薬も、平賀が調べたのなら違うのだろうの」
 しばらく難しい顔で考えていたキッコは、やがて顔を上げると身を翻した。
「キッコさん?」
「彰彦も、それに明日名も来い。お前たち二人はまだ目を覚ましたクズハを直接見てはおらんのだろう? 実際にクズハを見てみようではないか。じかにこの目で見れば何か違和感にも気付く事もできようて」
 そう言うと、キッコは半ば強引に彰彦と明日名を引き連れてクズハの部屋へと向かった。





前ページ   /   表紙へ戻る   /   次ページ





タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー