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白狐と青年 第48話「反撃」

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konta

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「反撃」





            ●


 異形の侵攻が突然始まった時、匠達は平賀が借りている部屋の一室で、急の知らせを受けていた。
「行政区内の武装隊達から連絡が来た。どうやら他の大阪圏内の街も、異形の襲撃を受けているらしい」
 そう言って明日名は通信用の装置を脇に置いた。
「異形が行政区に現れ、庁舎も危うい。武装隊達の本部にも異形が現れて形勢は不利、一度本部を放棄して逃げられる者だけ逃げて現在戦線を復帰中、と」
 彰彦が腕組みして呟いた。
 匠はそれらの知らせを頭の中でまとめる。
 行政区への襲撃と時を同じくした各町への襲撃、手際の良さから察するに、
「これは計画された侵攻だな」
「だろうね」
 明日名が同意する。その様子を見たクズハが手を挙げる。
「あの、平賀さん達や行政区の皆さんは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ、始めから最悪の場合を考えているからね。既に事前に根回しをして、動かす事のできる行政区内の兵力は集めてこの付近、行政区の南側に陣取って人々の避難をおこなっているようだ。少なくとも一気に壊滅という事態にはならいよ」
 よかった、と息をつくクズハ。匠も小さく頷いて、明日名に問いを投げる。
「一連の首謀者は?」
「やはり、というべきだろうね、通光だった。会議の場で正体を現わしたみたいだね。平賀博士は庁舎から力尽くで脱出、さっき言ったように行政区の南側居住区で抵抗を行っているようだよ」
「尻尾ではなくいきなり全身を現わしおったか……小賢しいまねをしおって」
 キッコが不機嫌に呟き、ビルの外を確認していた彰彦が訊ねる。
「明日名さん、行政区の議員連中、平賀のじいさん以外に何人が逃げられたんだ?」
「半数程……、平賀博士が半数程はかっさらってこれたみたいだけど、庁舎内に居た異形の数が多過ぎて議員全員には対応しきれなかったみたいだ。残った議員達は、まあ利用価値があるうちは無事だろうと思う」
 僅かに眉を動かし、彰彦は「了解」と頷く。
「武装隊の状態は?」
「行政区内部の武装隊は司令部を異形化した人間に乗っ取られた時に半ば崩壊、残りの武装隊や検問から急いで割かれてきた武装隊達でなんとか南側の防衛を行っているといった所だね。消耗率もそうひどいものではないよ」
 匠が少し意外そうな顔をする。
「行政区内部がこんな状態になっているから、行政区の外はもっとひどい状態になってると思ったんだけど、検問から人を割ける状態なんですか?」
「外見た感じだと、どうも行政区の外は異形の襲撃を受けてねえみたいだな」
 彰彦の言葉に明日名は頷く。
「各所からはいって来る情報から考えて、今回、異形はどうやら行政区の内部から現れたという事らしい」
「外の奴らがこっちに慌てて来てるのを見たからなんとなく外は異常に見舞われて無かったってのは分かるけどよ、行政区内から異形が湧いてくるってのは一体どういうこった?」
「わからない。でも行政区の外部にいた武装隊はいきなりの救援要請を受けて慌てていたようだ。そうだね? 渡辺隊長」
『その通りだ』
 話を振られた渡辺が、魔装の映し出す映像の向こうで頷いた。
 研究区に向けての突然の呼び出しに、しかし応じた彼は頷きを重ね、
『行政区の武装隊達からの連絡ではそういう事だった。気が付いたら守っていたはずの行政区が制圧されていた、と。行政区内の武装施設は異形化した者の手で破壊されたともあったか。こちらの方は未確認情報という事で他言無用になってはいるが……異形化、信じられんものだな。未確認情報扱いになるのも分かる。今井や坂上から聞いてはいた俺ですらにわかには信じられんのだ。――人の体に異形の体を移しこむなど、正気の沙汰ではない。』
 彼は重々しく息を吐きだした。
『他の異形の襲撃を受けている街ではそのような事は無いそうだ。外からの襲撃のみ、これも数が多く対処が大変ではあるようだが、行政区程に切羽詰まってはいないようだ。しかし』
「これで各地の武装隊の動きは封じられる」
 渡辺は首肯した。
『おそらくそれが通光の狙いだろう』
「武装隊の戦力を分散させて行政区を支配する。その上で何をやろうとしているのかは分からないけど、目的は平賀博士が訊いておいてくれたよ」
「なんだの?」
 興味深げなキッコにうん、と応じて明日名は告げる。
「曰く、人を種として一歩先に進める。僕のような人間には多少分からないでもない理由だね」
「人を種として進める……? 匠、分かるか?」
「さっぱりわからん……翔は?」
『現場にすらいない俺に訊くな』
 結果として問いかけの視線が向けられた明日名が苦笑で説明する。
「例えば、その一つが今回の異形化した人だろうと俺は思う。それに――」
「私、ですね」
 クズハが言った。
 実際に例示されて匠は理解した。
 確かにクズハは本来普通の人間が持つには大きい量の≪魔素≫を操れるし、和泉に現れた異形化した人間達も、やはり人とは違った部分があった。
 ……あんな歪なものが先に進んでいる証とは思いたくはないが……。
 そう思いながら匠は口を開く。
「行政区の武装隊の数割は確か研究区に派遣されてきていた。それならそっちの動きを止めるためにそのうち研究区にも他の街と同じように襲撃があるはずだ。翔、準備は?」
『大丈夫だ。いつでも相手をする準備はできている。ただし、今この街は流入者も含めて守るべき対象が多い。我々も行政区の方には助けを向かわせられない』
「今各町を襲っている異形達が脅威になっているのは、妙に統率のとれた異形の集まりが攻め寄せて来ているからだ。指令を発している者を倒す事ができれば状況もまた改善されるだろう。それを探して討伐すると楽になる。こっちはこっちでどうにかするから気にするな」
 匠がそう言った時、画面の向こうで扉が開いて、研究員が飛び込んできた。彼は肩で息をしながら渡辺に報告を急ぐ。
『研究区付近に異形出現! 数は多数! 現在急いで研究区中央にまで人々を避難誘導しています!』
『来たか……!』
 渡辺は今使っているのとは別の通信用の魔装を取り出した。
『渡辺だ。総員攻め寄せる異形を迎え撃つ態勢を整えよ!』
 簡潔に指示を飛ばして渡辺は両面越しに匠達を見てきた。
『またも研究区の者の予想は正しかったというわけだ。各街も平賀名義の知らせに慌てて対応した筈だ。現状は混乱してはいるが、この防衛戦はそう悪い結果にはなるまい』
 そう言って彼は出口へと向かう。その背に匠は声をかけた。
「気を付けろよ?」
『分かっている。指揮役の存在だな? 元は同じ人間だろうに、なかなかふざけた事をする』
 憤りを隠さない声で言い、彼は口端を曲げて頭を下げた。
『しかし、なんだ……いろいろと済まなかったな。クズハの事など』
「い、いえ、とんでもないです。あれは仕方のないことでしたし」
 あわてて頭を下げ返すクズハに苦笑して、匠は肩を竦める。
「仕事なんだろ? 分かってるさ。今回研究区を、俺とクズハの思い出のある街を守ってくれればそれでチャラだ」
『そうか……お前達は、庁舎に行くんだな?』
「ああ。行政区に居る異形の総指揮者は通光だ。だから奴を倒す。あの異形の統率を断てば少なくともそれで連中の弱体化は狙えるし、連れ去られた議員連中の救出もできるからな。できれば囚われてる異形排斥派の連中に恩を売っておきたいという考えもある。そして、これでクズハを狙う輩も消える。いいことだらけだ」
 渡辺はそうか、と応じて礼をした。
『お前も気を付けろ』
「ああ。行ってくる」


            ●


 通信の切れた魔装の画面から目を離して、渡辺は研究所の食堂に集った職員たちを見回した。
「この街を守るため、力を貸して欲しい」
 小さく心強い返答が職員たちから返ってくる。それらの返答に礼を返して、渡辺は同室に集っている武装隊達に目をやった。その表情に力を見て、渡辺は肺腑に空気を入れた。
 力強く声を放つ。
「守るぞ! それこそが――」
 それが渡辺達なりの、この研究区を頼らざるを得なかった異形たちに対する贖罪であり、
「我々の義務だ!」


            ●


 異形たちは下された命令をひたすらに守って行動していた。命令の内容は単純明快で、ひたすらに人の気配のする場所を破壊せよというものだ。
 その命令は、元は人間だった彼等に植え付けられ、彼等の中から人としての自我を消し去った異形の体がもつ本能的な破壊衝動との相性もよく、ほとんど思考を挟む必要がない。結果として、知性というものがほとんど失われかけた彼等であっても現在の状態まで行政区を持って行くことに成功していた。
 行政区の各所から現れた異形の一群は、徐々にその破壊の位置を南の方向へと移していた。そこに人間が多くいると分かったからだ。
 異形たちの視界に現れる人間は、逃げる者も、抵抗しようとする者達も、皆南の方向へと集まって行く。だから彼等はそれを追い、やがて急造された防御のための構造物に遭遇した。
 異形の進行方向、人の気配がより多い場所へと向かう途上に築かれていたのは資材や土嚢を積み重ねて即席で作られたバリケードだった。
 バリケードの前方には銃を構えた武装隊十数名が並んでいる。
 異形の姿を見た彼等はそれぞれに手にしていた銃器の狙いをつけて来る。その動作に対して、異形たちは迷う事なく突撃を敢行した。
 異形たちにしてみれば、このまま進めば人の気配が多い場所を襲いに行ける事が分かっていたし、防御側の武装隊が築き上げた壁も、自分達の体格ならばそう労なく崩れるだろうと確信していたからだ。武装隊たちですら思考能力の大半を失った彼等の前では破壊か捕食の対象でしかなかった。故に、異形は銃器の先を向けられようとも動じることもなく、ひたすら一直線に突き進み続け、
 地面に描かれていた魔法陣へと無警戒に足を踏み入れた。
 その瞬間、魔法陣に≪魔素≫の輝きが灯り、魔法が起動する。
 地中から立ち上がった土壁が、異形の先頭列を宙へと跳ね上げた。
 足元からの一撃に体勢を崩した異形たちに向けて射撃が叩き込まれ、異形の第一陣はものの数秒で砕かれる。
 第一陣が砕かれるのとほぼ同時に、魔法によって立ち上がった壁に異形の第二陣がぶつかる重音が響いて土壁が大きく震動した。
 崩れかかる土壁に二撃目を加えようとした異形の群れの横面に鬨の声が強かに叩きつけられた。
 声に数瞬遅れて、周囲の建物に潜んでいた武装隊達が手にした近接用の武器で殴りつけた。
 血しぶきが舞い、突然の攻撃に異形たちの動きに混乱が生まれる。
 異形に接近戦を挑んでいた匠と彰彦は、更にそれぞれに墓標と異形の甲殻を叩きつけ、異形たちの混乱が沈静化するよりも早く、異形の群れを潰していった。
 異形の第二陣を壊滅させた事を確認して、武装隊の一人が手を挙げ信号弾の役割を果たす魔法を放った。その信号に応えて立ちあげられた土壁の向こうから異形の第一陣に射撃を行った武装隊と、それぞれ手に土嚢などの簡易な資材を持った行政区の住人が現れた。土嚢を持つ彼等は街を守るために手を貸してくれる有志達だ。急いで武装隊が異形を倒して確保した道の先にバリケードを築いて行く彼等を見送り、匠は土壁の向こうから武装隊に守られながら現れた土壁の作成者たるクズハを迎えた。
 クズハは自分の周囲を固めてくれる武装隊に礼を言い、匠と彰彦に会釈を送った。そしてクズハは匠の元へと近付きながら周囲を見回して呟いた。
「これで、この道は取り戻した事になるんでしょうか」
 その呟きを聞きつけた匠が答える。
「そうなるな。異形たちもいくら指示があるとは言っても元々考える能力がほとんど残されてなくて基本的に猪突猛進だから、数はいても元々の備えがある行政区では好き勝手出来ない。なんとか順調にいってる」
 匠たちが行っているような異形との交戦は行政区が異形の奇襲を受けてから一時間と三十分が経過している現在、行政区内の各地で繰り広げられていた。
 一時は人の異形化という不足の事態に混乱をきたしていた武装隊だが、事前にそれとなく発されていた平賀の警告と、匠たちの通信機による残存勢力の纏め上げを受けて再び組織的な行動を起こす事ができるようになり、こうして徐々に人側はその勢力権を異形から取り戻しつつあった。
 匠は墓標の打撃力強化用に纏わせていた≪魔素≫を納めて周囲の人々の動きに注意を向けた。
 周りでは逃げ遅れの人たちが救出されている。助け出されていく人々を見ながら、匠は僅かに落胆した。
 ……じいさん達はいないか。
 街の南側から徐々に盛り返している匠たちの陣は既に庁舎の入り口を通りの奥に認める事が出来る距離にまできていた。平賀たちが逃げているにしても、盛り返しを行っている武装隊の動きは見えているはずだった。
 ……出て来ないってことはここら辺には居ないってことだな。
 あの平賀がそう簡単に殺される事はない。そう思ってはいても、気になるものは気になった。
 ……脇の路地の方を捜しに居た明日名さんとキッコの方はどうだ……?
 武装隊との摩擦の恐れがあるキッコは明日名と共に狭い路地の探索を受け持っている。そちらの方で何か発見があればいい。
 匠がそう考えていると、クズハが不安そうに匠の名前を呼んだ。
「匠さん……」
「大丈夫だ。あのじいさんだしな」
 匠はそう言葉を返す。と、声が来た。
 それはどこか飄々とした風情を含んだ響きで匠たちの名を呼んだ。
「おお、匠君、クズハ君に彰彦君も。皆前に出て来ておるのか。今はどんな塩梅になっとるか説明してくれるかのう?」
 そんな言葉と共に路地の影から現れたのは、明日名が喚んだのだろう狐型の式神の群れに守られている一団だった。その戦闘で埃に汚れた白衣をはたきながら周囲を威嚇するように≪魔素≫を放出しているキッコと肩を並べて歩いてくるのは平賀だ。
「明日名兄さん、キッコさん! じいさんを見つけてきてくれたのか!」
 彰彦の歓声に明日名が頷き、キッコは隣で煙管をくわえている平賀を横目で見た。
「まったく、変な場所に隠れておるせいで見つけるのに手間がかかったわ」
「男たるもの、セーフハウスの一つや二つは確保しておかねばのう」
 そう言って笑う平賀にクズハが駆け寄った。
「平賀さん!」
 飛び付いたクズハを若干姿勢を崩しながら受け止めた平賀は頭を掻き、
「いやあすまんなクズハ君、心配をかけたようじゃ。ちと守らねばならんのが多くてのう。自由に動けなんだ」
 そう言って平賀は狐型の式神に守られている一団を指さした。
 周囲に集まって来た幾名かの武装隊員たちが、そこに並んだ顔を見て礼をとる。
「庁舎で会議に参加しておられた方々ですね?」
「んむ、それと警備の者の生き残りが何名かじゃな。あの場に居た者のうち、わしがなんとか引っ掴んでこれた者たちじゃ。こんな大事になる前に本当なら食い止めたかったんじゃがな」
 残念そうにつぶやく平賀にいえ、と武装隊の指揮役が応じた。
「皆さんが無事なようでよかった。あなた方がいればこの事態を収拾した後にすぐ秩序が取り戻せることでしょう。今は皆さん疲労しておられる様子、ひとまず新設した我々の本部か救護施設辺りで休んでいただきたい」
 指揮役に指示で一段に武装隊が護衛に入る。役目を終えて≪魔素≫の光に還元されていく式神を見送りながら平賀は武装隊員の手をやんわりと断った。
「うむ、他の皆はそのようにしてもらいたいんじゃが、わしはまだ少し働かねばならんのでな、主立った者を集めてもらえるかな?」
 平賀の呼びかけに頷いた指揮役の男は怪我の処置を行わせながら射撃隊と近接部隊を呼び集め、臨時の作戦会議の場が設けた。


            ●


「現在私たち武装隊と有志の者で異形を撃退しながら逃げ遅れた者たちを探しております。現状、うまく異形への対処はできており、他の部隊も状況は順調です」
「うむ、それは良かった」
 盛り返しつつある戦況を聞いて、平賀は一安心と息を吐いた。今度は武装隊側が平賀に話を促す。
「庁舎内でいったい何があったのか教えてもらえませんか?」
 平賀はそうじゃのう、と考えをまとめるようにしばし時間を置いた。
「……わしらは庁舎内でここしばらくの間の異形に対する厳しい態度に関する話し合いをしておったんじゃが、その話し合いの途中で通光君が暴走を始めたんじゃ」
 のう? と訊く平賀。議員達は疲れた顔で頷き、
「ああ、通光の態度の豹変の後、行政区内に異形の群れが現れたと聞いて驚いた。あの口ぶりじゃ、あの場で異形を統御していたのは通光君だろうな」
 そう呟くのは異形排斥派の男だ。彼もまた疲れの強い表情で言い、よく事態が掴めていないとでも言いたげに首を左右に振った。
「通光が行動を起こしたと同時に異形が現れた……か」
 武装隊の指揮役が意味深そうに呟く。
「時間的に見ても行政区、いや、大阪圏各地への異形の侵攻の起点となっていると見ていいのだろうな」
「ああ、その見方に賛成だ」
 匠はそう言って現状を過去と照合する。
 それなりの設備で身を守っている人間の居住地域に対する異形の群れの、不意の、そして意味が不明瞭な上に妙に組織だった大量侵攻は、和泉の時と状況が似ている。
 ……あの時も裏で手引きしていた人間の筆頭候補は通光だった。
 全ての事件が繋がっているのなら、あの時の犯人も通光であったのだろう。そう考え、匠は意見を主張する。
「登藤通光が全ての元凶だろう。これまで起こって来た事件についても、通光が一枚噛んでると見ていいと思う」
 平賀が首肯した。
「あの事件では異形に対する過剰な規制も行方不明になる者たちも、全て通光君の手引きじゃろうな。現在各地で起きている異形の侵攻にしても、和泉で行ったように幾人かの指揮役さえ割り振ればいい話なんじゃ、不可能ではあるまい。行方不明者の数も相当数じゃったことじゃしのう」
 兵力は十分だろう。そう言外に語る平賀。キッコが鼻で息を吐いて訊ねる。
「その通光はどうしたのだの?」
 キッコの威圧的な金瞳の睨みに異形排斥派の議員がたじろぎ、明日名がキッコを宥めにはいる。
 庁舎内を警備していたという者の生き残りの武装隊が議員の代わりに返答する。
「通光は庁舎内に……詳細は不明です」
 彰彦が問う。
「他に、何か庁舎内の状況について詳しく話せるか?」
「……彰彦か」
 どうやら知っている顔らしい。彼は頷いて、
「庁舎内には異形が多数いた。ほとんどは異形化した……かのように見えた人間だったようだが、それでもあれ程爆発的に数が増えるのはおかしい。始めの情報には庁舎内の異形は地下から現れたというものもあったからおそらく、庁舎内には最初から異形が隠されていたのだと……思う」
 彰彦が武装隊の指揮役を見る。彼は考えこむかのようにして口を開いた。
「たしかに庁舎内から異形が大量に出て来ているのは確認されている。他の街に現れた異形は街の外から侵攻してくるのが報告されているが、行政区だけは街の外からの異形発見報告がないままに異形の侵攻を受けている。行政区に限っては異形は内側――街の内部から現れたと考えるのが正しいだろうと私は思う」
「やっぱりか。そうなると、怪しいのはやっぱり一番早くに異形の出現が確認されて、ついでに今回の事件の犯人である通光が籠城している庁舎だな」
 言いつつ匠は議員に訊ねた。
「庁舎の図面とかはあるのか?」
「あるにはあるが……」
 歯切れ悪く言うと、彼は図面を手元の端末に呼び出した。
「これは第一次掃討作戦の折に製薬会社だった庁舎が改造される前のものだ。階段などの大まかな位置は変わってはいないが、増築された部分の情報は曖昧だ」
「新しい図面を作らなかったのかよ?」
 彰彦の不満げな声に議員は首を振った。
「作成された図面は全て巧妙に改竄された跡がある。特に地下に関する情報がうやむやにされているようだ」
「地下……か」
 庁舎と地下という単語から匠はクズハを連れ出しに行った時の事を思い出す。クズハが居た空間のあの現在も稼働しているような実験設備から考えるに、あそこは通光に使用されていたのだろう。以前は大量の異形を保管しておくようなスペースを見つける事は出来なかったが、よく探せば何か見つかるかもしれない。
「何にせよ、まだ議員の中には捕らえられているのもいるんだ。通光なら大阪圏で起こっているこの騒ぎを納める手段を知っているかもしれないし、庁舎は調べておく必要があるだろうな」
「しかし、行政区内に溢れている異形の事を思えばあまり庁舎の調査に人員は回せない」
 指揮役の言葉にキッコがひらひらと手を振った。
「問題ない。我等が行ってこよう。通光やその下の人形には個人的に恨みもある。それに、我などは武装隊の中にいてはそれはそれでさし障りがあろう?」
「そうじゃのう、庁舎内の異形も脱出したわしらを追って結構外にでてきておったし、少数で潜り込むのならば今かもしれんのう。逆にここで時間を与えて防御を固められてしまうと厄介じゃ」
「それではこのまま庁舎内に侵入しますか?」
 明日名が目をやる新たに築かれたバリケードの先には庁舎の入り口がある。
「急いだ方がいいのは確かだろ。行くんならとっとと行こうぜ」
 彰彦の言葉に武装隊の指揮役が分かったと応じた。
「では他の部隊の者を集めて庁舎を囲ませよう」
「戦力を割いてもらっていいのか?」
 匠の問いに彼は頷いた。
「庁舎が異形の隠し場所だった場合の事を思えば在る程度の戦力を瞠りに回すのも必要だろう」
 そう言って指揮役は他の部隊と連絡を取り始めた。それを平賀と彰彦が手伝うのを手持無沙汰に見て、庁舎に目を転じた。
 所々破壊の跡が見られる巨大ビルは、黙したまま悠然と聳えていた。





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