Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 異形世界・「白狐と青年」 > 第47話
「話し場の奇襲」
行政区南側にある高層ビル。以前クズハを取り戻す為に行政区に侵入した時に使った部屋の中、匠は窓を開け、室内に風を通した。そうしながら室内を見回して、不思議そうに呟く。
「この前クズハを連れて明日名さんと一緒に飛び下りた時はけっこう荒らした状態で部屋を放置してたんだが、誰が部屋をここまできれいに整えたんだ?」
室内で作業をしていた明日名がクズハとキッコに途中の作業を任せて、別の作業に取り掛かりながら言う。
「平賀博士の手助けをしてくれるような人はいろんな所にいると、そういう事だね」
匠は微妙に頷きづらいなと思いながら、実は頷きづらいと思わせる所こそがあの人の凄い所なのだろうと思う事にする。そんな平賀も今頃は、
「庁舎内での会議中か」
「そうだな」
彰彦が応じて、部屋の位置取り的に見る事のできない行政区の北側にある庁舎のある方へと視線をやった。
「今日の会議で、異形に対する対応が変わるかもしれないんですよね」
クズハが呟く。未だに自分に今の状況の責任の一端があると思っているのか、その表情は深刻なものだ。気にし過ぎもあまり良い傾向ではないと思うが、
……クズハの性分か。
無理に気にするなと言うのも酷な話だ。だから匠はクズハの頭を軽く叩く事であまり深刻になるなという合図にする。それを見たキッコが笑みで言う。
「それもあるが、もう一つ、今回の会議で明らかにされるであろうことがあるの」
匠は頷きを作った。
今回の会議ではこれまで得た情報をもって、通光への糾弾が行われるはずだ。
……爺さんの予想では、おそらく通光を追いつめる事が出来るが、一方で向こうもそういう流れになるだろう事は今回の会議が設定された時点で分かってるだろうという話だったな。
故に匠達が行政区まで来て、平賀の用意した手駒として控えている。こうして高層ビルに平賀が借りた部屋に居るのは、他の誰にも邪魔される事のない位置で何かが起きてもすぐに対応できるためであり、また、この部屋からならば各所への連絡も平賀の用意した魔装のおかげでとりやすいためだ。それらの用意は敵が大々的に動く事があるかもしれないということを示唆するものであり、
……穏やかじゃないな。
そう思うが、これが終われば様々な懸念に決着がつく事にもなる。ならば多少の荒事も望むところかと匠は物思いに沈み、
「匠さん」
かけられた声に顔を上げる。
「どうした? クズハ」
クズハははい、と小さく頷き窓の外に目を向け、普段の生活が営まれている街を見た。
「何も起きずに、穏便に全部が解決すればいいですね」
その言葉に匠は一瞬動きを止めた。何も起きない、というのは甘い考えだと思うが、自分自身の考えも荒っぽくなっていた事に思い至る。
「匠は我等向けの派手な考え方でもしていたかの?」
キッコの茶々にそうかもしれない、と苦笑して、
「そうだな、何も起きなければいい」
深く頷いて、クズハに笑みを向けた。そうしながら内心で会議の場に思いを馳せる。
「この前クズハを連れて明日名さんと一緒に飛び下りた時はけっこう荒らした状態で部屋を放置してたんだが、誰が部屋をここまできれいに整えたんだ?」
室内で作業をしていた明日名がクズハとキッコに途中の作業を任せて、別の作業に取り掛かりながら言う。
「平賀博士の手助けをしてくれるような人はいろんな所にいると、そういう事だね」
匠は微妙に頷きづらいなと思いながら、実は頷きづらいと思わせる所こそがあの人の凄い所なのだろうと思う事にする。そんな平賀も今頃は、
「庁舎内での会議中か」
「そうだな」
彰彦が応じて、部屋の位置取り的に見る事のできない行政区の北側にある庁舎のある方へと視線をやった。
「今日の会議で、異形に対する対応が変わるかもしれないんですよね」
クズハが呟く。未だに自分に今の状況の責任の一端があると思っているのか、その表情は深刻なものだ。気にし過ぎもあまり良い傾向ではないと思うが、
……クズハの性分か。
無理に気にするなと言うのも酷な話だ。だから匠はクズハの頭を軽く叩く事であまり深刻になるなという合図にする。それを見たキッコが笑みで言う。
「それもあるが、もう一つ、今回の会議で明らかにされるであろうことがあるの」
匠は頷きを作った。
今回の会議ではこれまで得た情報をもって、通光への糾弾が行われるはずだ。
……爺さんの予想では、おそらく通光を追いつめる事が出来るが、一方で向こうもそういう流れになるだろう事は今回の会議が設定された時点で分かってるだろうという話だったな。
故に匠達が行政区まで来て、平賀の用意した手駒として控えている。こうして高層ビルに平賀が借りた部屋に居るのは、他の誰にも邪魔される事のない位置で何かが起きてもすぐに対応できるためであり、また、この部屋からならば各所への連絡も平賀の用意した魔装のおかげでとりやすいためだ。それらの用意は敵が大々的に動く事があるかもしれないということを示唆するものであり、
……穏やかじゃないな。
そう思うが、これが終われば様々な懸念に決着がつく事にもなる。ならば多少の荒事も望むところかと匠は物思いに沈み、
「匠さん」
かけられた声に顔を上げる。
「どうした? クズハ」
クズハははい、と小さく頷き窓の外に目を向け、普段の生活が営まれている街を見た。
「何も起きずに、穏便に全部が解決すればいいですね」
その言葉に匠は一瞬動きを止めた。何も起きない、というのは甘い考えだと思うが、自分自身の考えも荒っぽくなっていた事に思い至る。
「匠は我等向けの派手な考え方でもしていたかの?」
キッコの茶々にそうかもしれない、と苦笑して、
「そうだな、何も起きなければいい」
深く頷いて、クズハに笑みを向けた。そうしながら内心で会議の場に思いを馳せる。
●
行政区庁舎、大阪圏内有数の堅固さと高さを誇る建造物の一室に、大阪圏を代表する有力者達が集まっていた。大きな会議室を利用して行われているのは、ここ数週間程の期間、行政区や大阪圏全体を悩ませている問題についての話し合いだった。
円形に配置された議席の一つに着いた平賀は、周囲の者達を見渡しながら演説を打っていた。
「やはり、異形の衆をただ異形というだけで追い出そうとするのはよろしくないのう。もう彼等とわしらは完全に分離した生活を送る事はできはせんのだし、のう皆の衆?」
そう言って、平賀は手元のスイッチを押した。
部屋にブラインドが下りて薄暗くなり、席に設置されている装置から映像が出力される。
映し出された映像には幾つかのグラフが表示されており、それらを示しながら平賀は続ける。
「見てみい、この一週間程でどれだけ大阪圏の生産が落ち込んだか分かるじゃろう? 特に昔のように輸入に頼ることができん今、食料の滞りが出るのは割と恐ろしい事じゃぞ?」
分かっているな? と言外に告げて、平賀は別のグラフを出力する。
「それに、残って食糧生産に従事しておる異形達にも武装隊を派遣して監視じみた事を行っておるじゃろう。そのような圧力をかけて脅して、それでこれまでの生産ペースを維持できると思っておるのかいのう?」
部屋全体を見渡し、平賀は大阪圏の地図を表示させた。地図の外縁部や中央の一部は赤く染まった折、それらを示して平賀は言う。
「そのような状態を続ければ、当然反発が出て来る。それも、異形達だけなく、彼等と共に生活を送っておる人々からもじゃ。
異形との関わりが深くなりやすい大阪圏の外縁部からは特に最近の行政区の決定に対しては苦情が上がって来ておるのう」
地図の赤い部分を点滅させ、平賀は告げた。
「このままでは大阪圏は一つのまとまった共同体としての形を保つ事ができず、崩壊してしまうやもしれんのう。仮にそこまでにはならなくとも、暴動のような事は近い将来起こる事になるじゃろう。皆はそのようになってしまっても良いのかな?」
平賀の言葉に会議室に沈黙が降りた。
やがて、集まった者達のうちの一人が手を上げた。異形排斥派の議員だ。彼は注目が集まるだけの間を置いて口を開く。
「そうは言いましても平賀博士、ここ最近は異形による事件が頻発しております。行政区内でも異形が大量に侵入してきたという事件があったばかりでしょう」
ゆえに、と彼は告げる。
「そのような危険な者達と共存しようなどというのはなかなか難しい事だろうと思いますが?」
平賀は会釈し、返答する。
「異形の事件はいきなりの排斥行為に対するせめてもの抵抗と見る事もできるのう。それに、本当にそれらの事件は異形の手によって起こっておるものなのかのう……?」
「何……?」
平賀の発言によって会議室にざわめきが満ちた。それらを鎮めるように手を上げ、平賀の対面にいた男が口を開いた。
「平賀博士、根拠のない発言でいたずらに皆を混乱させないでいただきたい」
平賀は男の発言に口端を上げた笑みを浮かべた。
「通光君、わしが何の根拠もなく、この会議の場を設定したと思うておるのかな?」
思わせぶりな言葉に、通光は軽く眉を上げた。
「ほう、では一体何を話してくれるのでしょうかな? 平賀博士」
平賀は表示されている立体映像を操作した。
「これを見てもらおうかの。各地域の武装隊達に掛け合って提供してもらったここしばらくの間の大阪圏内における武装隊の行方不明者数じゃ」
その数は三桁を越えていた。表示された情報を見て、息を呑む音が幾つも響いた。平賀はそれらの音に対して会釈を一つ返し、
「行政区の異形達が侵入してきた時とほぼ時期を共にして件数は増えて、合計数は三桁を越えておるのう」
それはある程度の安定を得ているはずの大規模の自治都市内の警備についている武装隊が出すにはあまりにも膨大な数だ。
ざわめきが広まり始めた会議室内で更に、と平賀の言葉が続き、新たな情報が映し出された。
「これが武装隊以外の者達の行方不明者数じゃな。特に異形達の行方不明者有が多いのう」
そう言って表示される行方不明者の数はやはり異常な数だ。
故に当然の疑問が会議室の一席から放たれた。
「これだけの数の行方不明者がいて、何故武装隊は何も報告せず、我々の元にも情報が入ってこない!?」
「大阪圏内は広い。各地域ごとの被害者数としては多少多いというだけであまりあからさまな異変は見られんのじゃ。更に現在、大阪圏内は混乱しておる。各場所ごとでは重大性に気付けないのもまあ、仕方あるまい。ただし、それらの情報を取りまとめておるはずの武装隊上層部、特にここしばらくの騒動で対異形の旗頭として立っておった異形排斥派の長が何故報告しておらんのか、わしはぜひ知りたいのじゃが、答えてくれるかの? なあ、通光君?」
糾弾の響きをもって発された言葉に、通光は腕を組んで対応した。
「さて、何故でしょうな。私のもとにもそのような情報は入ってはおりませんで」
そうか、と頷いて、平賀は目を細めた。
「わしとしてはな? この情報の見事な錯乱状態、武装隊や行政区の内側にその原因があるように思えてならんのじゃよ」
「ほう、それはそれは」
「わしが違和感を強く感じ始めたのは行政区への異形侵入の件が最初じゃろうかな。
防備を固めていた行政区内部への侵入はそもそも内側の警備状態に詳しく無ければ不可能じゃ。行方不明者の件についても似たようなものじゃな。情報のまとめや伝達がうまく果たされなかったのには明らかに内側からの関与があったように思うわけじゃ」
通光がでは、と受ける。
「武装隊、それに行政区の内部を急いで調べさせましょうか?」
「いやいや、それについてはわしは幾つか怪しいとされる事実を掴んでおっての」
そう言って平賀は画像を表示した。画像は男の写真で、
「彼、今井彰彦という元武装隊の男を知っておるかな?」
幾人かが頷いた。武装隊としての彼を知っている者達だろう。彼等に平賀は会釈を返し、
「彼の腕は現在人のものでは無くなっておる。異形のものを、無理矢理移植されたんじゃ。その結果がこれじゃな」
画像が切り変わり、白い外殻の腕が映し出された。信じられない、といった調子で声が響く。
「そのようなことが……」
「実物についての詳細は渡辺君経由でそのうち皆に回る事になるじゃろう。そして、次にじゃな」
画像がまた切り変わった。そこに表示されたのは、
「クズハ君、彼女の事は皆も知っておるな?」
全員の頷きを受け、平賀は言葉を再開する。
「この子は彰彦君と同じく、異形の体を移植された、元人間じゃ。わしはな、この二人を人から外した原因となる移植を行ったのは同じ者たちじゃと、そう思っておってな」
「この実験を行うのに必要な材料は移植を受ける側の人体、それに移植する器官を抜き取る異形じゃ。人と異形が必要になる実験じゃが、ここ最近の大阪圏内ではそれらは比較的揃えやすかったようじゃな」
平賀の言葉に込められた意味に気付いた者がざわめきの声を上げた。それらのざわめきをまとめるように、通光が発言する。
「それは大変だ。急いで手を打たねばなりますまい」
「うむ、もうかなり出遅れてしまった感があるからのう。急いで止めたいところじゃ」
平賀は頷いて、通光に煙管を突きつけた。
「わしは、な? 君が怪しいと思っておるんじゃが、どうかのう?」
円形に配置された議席の一つに着いた平賀は、周囲の者達を見渡しながら演説を打っていた。
「やはり、異形の衆をただ異形というだけで追い出そうとするのはよろしくないのう。もう彼等とわしらは完全に分離した生活を送る事はできはせんのだし、のう皆の衆?」
そう言って、平賀は手元のスイッチを押した。
部屋にブラインドが下りて薄暗くなり、席に設置されている装置から映像が出力される。
映し出された映像には幾つかのグラフが表示されており、それらを示しながら平賀は続ける。
「見てみい、この一週間程でどれだけ大阪圏の生産が落ち込んだか分かるじゃろう? 特に昔のように輸入に頼ることができん今、食料の滞りが出るのは割と恐ろしい事じゃぞ?」
分かっているな? と言外に告げて、平賀は別のグラフを出力する。
「それに、残って食糧生産に従事しておる異形達にも武装隊を派遣して監視じみた事を行っておるじゃろう。そのような圧力をかけて脅して、それでこれまでの生産ペースを維持できると思っておるのかいのう?」
部屋全体を見渡し、平賀は大阪圏の地図を表示させた。地図の外縁部や中央の一部は赤く染まった折、それらを示して平賀は言う。
「そのような状態を続ければ、当然反発が出て来る。それも、異形達だけなく、彼等と共に生活を送っておる人々からもじゃ。
異形との関わりが深くなりやすい大阪圏の外縁部からは特に最近の行政区の決定に対しては苦情が上がって来ておるのう」
地図の赤い部分を点滅させ、平賀は告げた。
「このままでは大阪圏は一つのまとまった共同体としての形を保つ事ができず、崩壊してしまうやもしれんのう。仮にそこまでにはならなくとも、暴動のような事は近い将来起こる事になるじゃろう。皆はそのようになってしまっても良いのかな?」
平賀の言葉に会議室に沈黙が降りた。
やがて、集まった者達のうちの一人が手を上げた。異形排斥派の議員だ。彼は注目が集まるだけの間を置いて口を開く。
「そうは言いましても平賀博士、ここ最近は異形による事件が頻発しております。行政区内でも異形が大量に侵入してきたという事件があったばかりでしょう」
ゆえに、と彼は告げる。
「そのような危険な者達と共存しようなどというのはなかなか難しい事だろうと思いますが?」
平賀は会釈し、返答する。
「異形の事件はいきなりの排斥行為に対するせめてもの抵抗と見る事もできるのう。それに、本当にそれらの事件は異形の手によって起こっておるものなのかのう……?」
「何……?」
平賀の発言によって会議室にざわめきが満ちた。それらを鎮めるように手を上げ、平賀の対面にいた男が口を開いた。
「平賀博士、根拠のない発言でいたずらに皆を混乱させないでいただきたい」
平賀は男の発言に口端を上げた笑みを浮かべた。
「通光君、わしが何の根拠もなく、この会議の場を設定したと思うておるのかな?」
思わせぶりな言葉に、通光は軽く眉を上げた。
「ほう、では一体何を話してくれるのでしょうかな? 平賀博士」
平賀は表示されている立体映像を操作した。
「これを見てもらおうかの。各地域の武装隊達に掛け合って提供してもらったここしばらくの間の大阪圏内における武装隊の行方不明者数じゃ」
その数は三桁を越えていた。表示された情報を見て、息を呑む音が幾つも響いた。平賀はそれらの音に対して会釈を一つ返し、
「行政区の異形達が侵入してきた時とほぼ時期を共にして件数は増えて、合計数は三桁を越えておるのう」
それはある程度の安定を得ているはずの大規模の自治都市内の警備についている武装隊が出すにはあまりにも膨大な数だ。
ざわめきが広まり始めた会議室内で更に、と平賀の言葉が続き、新たな情報が映し出された。
「これが武装隊以外の者達の行方不明者数じゃな。特に異形達の行方不明者有が多いのう」
そう言って表示される行方不明者の数はやはり異常な数だ。
故に当然の疑問が会議室の一席から放たれた。
「これだけの数の行方不明者がいて、何故武装隊は何も報告せず、我々の元にも情報が入ってこない!?」
「大阪圏内は広い。各地域ごとの被害者数としては多少多いというだけであまりあからさまな異変は見られんのじゃ。更に現在、大阪圏内は混乱しておる。各場所ごとでは重大性に気付けないのもまあ、仕方あるまい。ただし、それらの情報を取りまとめておるはずの武装隊上層部、特にここしばらくの騒動で対異形の旗頭として立っておった異形排斥派の長が何故報告しておらんのか、わしはぜひ知りたいのじゃが、答えてくれるかの? なあ、通光君?」
糾弾の響きをもって発された言葉に、通光は腕を組んで対応した。
「さて、何故でしょうな。私のもとにもそのような情報は入ってはおりませんで」
そうか、と頷いて、平賀は目を細めた。
「わしとしてはな? この情報の見事な錯乱状態、武装隊や行政区の内側にその原因があるように思えてならんのじゃよ」
「ほう、それはそれは」
「わしが違和感を強く感じ始めたのは行政区への異形侵入の件が最初じゃろうかな。
防備を固めていた行政区内部への侵入はそもそも内側の警備状態に詳しく無ければ不可能じゃ。行方不明者の件についても似たようなものじゃな。情報のまとめや伝達がうまく果たされなかったのには明らかに内側からの関与があったように思うわけじゃ」
通光がでは、と受ける。
「武装隊、それに行政区の内部を急いで調べさせましょうか?」
「いやいや、それについてはわしは幾つか怪しいとされる事実を掴んでおっての」
そう言って平賀は画像を表示した。画像は男の写真で、
「彼、今井彰彦という元武装隊の男を知っておるかな?」
幾人かが頷いた。武装隊としての彼を知っている者達だろう。彼等に平賀は会釈を返し、
「彼の腕は現在人のものでは無くなっておる。異形のものを、無理矢理移植されたんじゃ。その結果がこれじゃな」
画像が切り変わり、白い外殻の腕が映し出された。信じられない、といった調子で声が響く。
「そのようなことが……」
「実物についての詳細は渡辺君経由でそのうち皆に回る事になるじゃろう。そして、次にじゃな」
画像がまた切り変わった。そこに表示されたのは、
「クズハ君、彼女の事は皆も知っておるな?」
全員の頷きを受け、平賀は言葉を再開する。
「この子は彰彦君と同じく、異形の体を移植された、元人間じゃ。わしはな、この二人を人から外した原因となる移植を行ったのは同じ者たちじゃと、そう思っておってな」
「この実験を行うのに必要な材料は移植を受ける側の人体、それに移植する器官を抜き取る異形じゃ。人と異形が必要になる実験じゃが、ここ最近の大阪圏内ではそれらは比較的揃えやすかったようじゃな」
平賀の言葉に込められた意味に気付いた者がざわめきの声を上げた。それらのざわめきをまとめるように、通光が発言する。
「それは大変だ。急いで手を打たねばなりますまい」
「うむ、もうかなり出遅れてしまった感があるからのう。急いで止めたいところじゃ」
平賀は頷いて、通光に煙管を突きつけた。
「わしは、な? 君が怪しいと思っておるんじゃが、どうかのう?」
●
平賀の言葉に対して、通光は口許を歪めて応じた。
いつの間にか会議の場は審問の場の用になっている。そしてその事を咎める声は室内からは生まれない。異形排斥派の人間は戸惑いの視線を交わし合っており、異形擁護派は割と落ち着いた様子で事態の推移を黙ってうかがっている。ここ最近の異形による者とされる事件のせいで排斥派へと転じていた者達も黙って事態を見守っている。
その事実に根回しをされたと、そう思い、しかし通光は笑みを崩す事無く平賀に応じた。
「そうですね。その判断は状況的にはしょうがないものでしょう。なにしろ私が武装隊の上層部に噛んでいるのは事実ではあるのですから。しかし、状況はそうではあっても、実際に私がしたという証拠は無い」
「クズハ君は異形の体を持っておってのう。様々な感覚が人のそれよりも鋭いわけじゃが」
平賀はそう前置きして言葉を続けた。
「そのクズハ君が言うには、通光君の声紋、それがどうやらクズハ君を実験室へと連れて行った者と同じようなのじゃな」
平賀は機械を取り出した。
「この場で採った声も、ほれこの通り、合っておる」
おそらく、と内心に言葉を作り、通光は平賀の取り出した機械について、はったりだろうと考える。
しかしそのはったりを証明する事は通光には出来ない。根回しが果たされている現状、反論ができなければ、この場は平賀の思うままになるだろう。
それを証明するように、平賀がさて、と言葉を繰り出してきた。
「物的な証拠も出てきた事じゃし、ちと、この庁舎の地下研究室を見せてもらえんかな? 先程の話の通り、この庁舎の地下は何者かに利用されておるかもしれんのでな」
強引だが、通じはするだろう。その程度には周囲の者達の中には猜疑心が満ちている。だから、通光は頷きと共に答えた。
「そうですね。どうやら皆様気になる様子だ。私としてもここで断って行動の自由を制限される結果になるのは本意ではない」
悠然と構えて応対する。その対応に対して、平賀が警戒の視線を向けてきた。
……流石に掃討作戦を前線近くで二度もくぐり抜けた者は勘が鋭い。
そう通光が称賛と共に思った時、外で警備に付いていた武装隊の男が入って来た。声は焦ったもので、
「行政区内に異形が現れました! 戦闘が発生しています!」
いつの間にか会議の場は審問の場の用になっている。そしてその事を咎める声は室内からは生まれない。異形排斥派の人間は戸惑いの視線を交わし合っており、異形擁護派は割と落ち着いた様子で事態の推移を黙ってうかがっている。ここ最近の異形による者とされる事件のせいで排斥派へと転じていた者達も黙って事態を見守っている。
その事実に根回しをされたと、そう思い、しかし通光は笑みを崩す事無く平賀に応じた。
「そうですね。その判断は状況的にはしょうがないものでしょう。なにしろ私が武装隊の上層部に噛んでいるのは事実ではあるのですから。しかし、状況はそうではあっても、実際に私がしたという証拠は無い」
「クズハ君は異形の体を持っておってのう。様々な感覚が人のそれよりも鋭いわけじゃが」
平賀はそう前置きして言葉を続けた。
「そのクズハ君が言うには、通光君の声紋、それがどうやらクズハ君を実験室へと連れて行った者と同じようなのじゃな」
平賀は機械を取り出した。
「この場で採った声も、ほれこの通り、合っておる」
おそらく、と内心に言葉を作り、通光は平賀の取り出した機械について、はったりだろうと考える。
しかしそのはったりを証明する事は通光には出来ない。根回しが果たされている現状、反論ができなければ、この場は平賀の思うままになるだろう。
それを証明するように、平賀がさて、と言葉を繰り出してきた。
「物的な証拠も出てきた事じゃし、ちと、この庁舎の地下研究室を見せてもらえんかな? 先程の話の通り、この庁舎の地下は何者かに利用されておるかもしれんのでな」
強引だが、通じはするだろう。その程度には周囲の者達の中には猜疑心が満ちている。だから、通光は頷きと共に答えた。
「そうですね。どうやら皆様気になる様子だ。私としてもここで断って行動の自由を制限される結果になるのは本意ではない」
悠然と構えて応対する。その対応に対して、平賀が警戒の視線を向けてきた。
……流石に掃討作戦を前線近くで二度もくぐり抜けた者は勘が鋭い。
そう通光が称賛と共に思った時、外で警備に付いていた武装隊の男が入って来た。声は焦ったもので、
「行政区内に異形が現れました! 戦闘が発生しています!」
●
突然飛び込んできた異形出現の知らせに、会議に出席していた議員達は一様に驚きの表情を浮かべた。
「異形だと!?」
「何故今の行政区内に異形が侵入できるのだ?!」
混乱が広がり始める中、部屋に異常を告げに来た男が言葉を重ねた。
「庁舎の地下から異形が突然、それに……」
躊躇いがちに、男は言葉を続けた。
「更に、行政区の武装隊とはほとんど連絡がとれない状態ですっ」
男の言葉に、室内の一人が、手元のスイッチを操作してブラインドを上げた。
窓から見える街では、いつの間にか煙が立ち上っていた。彼は顔を引き攣らせて叫ぶ。
「何故この状態になるまで異形の接近に気付けなかった!?」
武装隊の男は申し訳ありません、と頭を下げて、
「それが、同時多発的に行政区内にあふれたため、対応が間に合わず、また――」
再び言葉を濁らせる彼に「どうしたのかの?」と平賀は言葉をかけた。彼は言おうか言うまいか迷うようにしばし黙り、周囲の無言の促しに折れたように告げた。
「武装隊内部の人間が一部異形化して暴れているため、状況が混乱してしまい、後手後手に回っておりました」
「武装隊員が異形化だと? どういうことだ?」
「一部の異形が化けるのとは状況が違い、我々としても驚いています」
それ以外に語る言葉が無いと当惑する武装隊の男の肩に手を置いて、平賀は議員達へと言葉を投げた。
「さきほど離した彰彦君やクズハ君と同じようなものじゃよ。ちと資料を確認するとええ」
その平賀の言葉に促され、先に示した二人の情報を確認しだす議員達を置いて、平賀は武装隊の男に訊ねる。
「異形化した者達は武装隊内におったのじゃな? 行政区の武装隊の機能は今どの程度生きておるのかな?」
「はっ! 現在、行政区内の武装隊の指揮機能は半ば停止、各隊単位で行動し、また、隊同士で連絡を取り合って連絡網を修正しているところであります」
「ふむ……」
頷き、平賀は確認を続ける。
「同時多発的に異形が現れたというのは?」
「言葉通りといいますか……行政区内に検問を通った形跡もないにもかかわらず、異形が複数個所に出現しておりまして」
話をしている彼自身もわけが分からないようで、戸惑い気味の言葉が返される。平賀はなるほどと応じて、
「人々の避難はどうなっておるかな?」
「随時行っております。異形がほとんど現れていない南側の居住区に集めております。おそらく居住区の住人にはほとんど被害はないものかと」
「よし、一番に考えるべきは非戦闘員達の命じゃ、よくやったのう。
ここの警備の人数はどんなもんなのじゃ?」
「は、庁舎護衛の人員は40程度といった所でして、バリケードを作りながら生き残っている者はここに集まる手はずになっております」
平賀は首を捻った。
「ふむ? 随分と少ないのう。事前の話では、その10倍はおるという話じゃったが」
庁舎は大きな建物な上、今回の会議では、けっこうな重要人物が集まっている。それにしては30人という人数は異常な少なさだ。
武装隊の男はそれが、と呟き、
「行政区内に居た武装隊は多くが研究区の包囲や各地の検問の設置などで出張っておりまして、人数が足りません。その事を会議にかけたら庁舎には各議員が雇った護衛が居るのでほとんど人員は割かなくていいと、登藤通光様が決定を下しまして……」
男の言葉で、平賀は表情を厳しくして煙管を手にした。その上で皆を見回して言う。
「では、わしらもここから出て、南の居住区に避難するかのう」
その発言に割り込むように、通光が声を上げた。
「この庁舎内ならば護衛がおるのです。今行政区内を移動するよりも彼等に防衛を任せて私たちは籠城する方が安全ではありませんか?」
「たしかに……」
頷きかける議員に平賀は言葉を挟んだ。
「さて、それはどうじゃろうな?」
言葉が差し挟まれると共に、武装隊員が数人、室内に飛び込んできた。
彼等は戦闘をこなしてきたのか、ぼろぼろになった衣服の汚れをはらう事なく、早口に告げる。
「報告します! 庁舎の護衛のほとんどが異形化! 我々以外は護衛、武装隊共々全滅しました! 武装隊に起こったものと同じ現象です! 行政区内に現れた異形を率いて庁舎を制圧しつつあります!」
「ばかな! 護衛達は全員人である事を確認した筈だぞ!?」
室内にざわめきが広がる。平賀は彼等が確認している情報の一部に下線部を挿入して見やすいようにしながら説明した。
「彼等がクズハ君や彰彦君と同じような異形化した人であるなら、表向きは人として偽装することも容易くできるじゃろう。異形の部分さえ活性化させなければ≪魔素≫反応は人のものとたいして変わらなくなるはずじゃ」
言葉が終わるよりも早く、室外の様子を入り口付近で窺っていた武装隊員が叫んだ。
「異形がこのフロアまで辿りつきました!」
直後、荒々しい、人よりも重々しく、また荒々しい足音が聞こえて来る。異形がこの会議室があるフロアにまで辿りついたということなのだろう。身を強張らせる議員達を守るように入り口付近に構える十名程の武装隊を入り口付近から下がらせて、平賀は通光に顔を向けて言葉を放つ。
「武装隊の戦力を割いていき、武装隊内部に手勢を送りこんで、更に今回の護衛にも仕込みおったな?」
「さて、何のことやら」
薄い笑みを張りつけた顔で通光は席を立った。応じるように平賀も席から立ち上がる。
「そうか、既にこの場の皆、わしの考えと同調しておるのじゃがの」
「それはそれは……平賀博士はお人が悪い」
そう言って通光は手を振り上げた。衣服の袖がまくれて腕に装着された魔装が露わになる。
突然のその動きに対して、しかし平賀は先んじる動きで煙管を振った。
煙管の先から煙々羅が迸って通光へと殺到する。煙が通光を包み込む前に、通光は短く名を呼んだ。
「朝川」
即座の反応が起きた。平賀と通光の間の天井が割れ、煙々羅が砕かれたのだ。
その結果に平賀は煙管を払うように振って嘆息する。
「先手必勝のつもりじゃったんじゃがな……」
「いきなりですね、平賀博士」
「君も仕込みが早いのう。上にも手勢を待機させておるか」
そう言いながら、平賀は軽く白衣を揺らした。
白衣の裾から幾つかの魔装の部品が床に落下し、それらは床に落ちるまでの間にひとりでに短弓へと組み上がった。
平賀は落下の反動で手元まで跳ね上がった短弓を掴み取ると、
「射抜くぞい」
言うなり、矢をつがえていない弓の弦を、さも矢がつがえられているかのように引き絞る。
その動作に応じて、弦に≪魔素≫の輝きが宿り、光で形作られた矢が弓につがえられた。
弦が離され、空気が鳴る涼しい音と同時に、矢が空を裂いて飛翔する音が響く。
響いた音の先端は室外に迫っていた足音の主を穿った。
痛みを訴える鳴き声が響く。
平賀は二矢目をつがえながら、部屋の入り口の前で倒れた二足の異形に声を投げる。
「破魔矢、≪魔素≫祓いの魔装じゃ、異形にはつらかろうて。――さて、見た所低級の異形かのう。この異形も元は人じゃな?」
「彰彦あたりから得た情報ですか。実験に供した部隊の中に博士の知人がおられるとはまた、ついていなかった。消し切れなかったのもまたついていない。あの子狐も、逃亡犯として研究区から排除されたところを捕らえてしまおうと思っていたのだが、上手くいかないものだ」
「この老いぼれもまだ役に立ったということじゃな」
「まったく、その通りで」
頷いて、通光は合図のように、今度こそ手を振った。
≪魔素≫の光を帯びた魔装が強く発光し、光に応えるようにして割れた天井から更に異形が降って来た。
「異形だと!?」
「何故今の行政区内に異形が侵入できるのだ?!」
混乱が広がり始める中、部屋に異常を告げに来た男が言葉を重ねた。
「庁舎の地下から異形が突然、それに……」
躊躇いがちに、男は言葉を続けた。
「更に、行政区の武装隊とはほとんど連絡がとれない状態ですっ」
男の言葉に、室内の一人が、手元のスイッチを操作してブラインドを上げた。
窓から見える街では、いつの間にか煙が立ち上っていた。彼は顔を引き攣らせて叫ぶ。
「何故この状態になるまで異形の接近に気付けなかった!?」
武装隊の男は申し訳ありません、と頭を下げて、
「それが、同時多発的に行政区内にあふれたため、対応が間に合わず、また――」
再び言葉を濁らせる彼に「どうしたのかの?」と平賀は言葉をかけた。彼は言おうか言うまいか迷うようにしばし黙り、周囲の無言の促しに折れたように告げた。
「武装隊内部の人間が一部異形化して暴れているため、状況が混乱してしまい、後手後手に回っておりました」
「武装隊員が異形化だと? どういうことだ?」
「一部の異形が化けるのとは状況が違い、我々としても驚いています」
それ以外に語る言葉が無いと当惑する武装隊の男の肩に手を置いて、平賀は議員達へと言葉を投げた。
「さきほど離した彰彦君やクズハ君と同じようなものじゃよ。ちと資料を確認するとええ」
その平賀の言葉に促され、先に示した二人の情報を確認しだす議員達を置いて、平賀は武装隊の男に訊ねる。
「異形化した者達は武装隊内におったのじゃな? 行政区の武装隊の機能は今どの程度生きておるのかな?」
「はっ! 現在、行政区内の武装隊の指揮機能は半ば停止、各隊単位で行動し、また、隊同士で連絡を取り合って連絡網を修正しているところであります」
「ふむ……」
頷き、平賀は確認を続ける。
「同時多発的に異形が現れたというのは?」
「言葉通りといいますか……行政区内に検問を通った形跡もないにもかかわらず、異形が複数個所に出現しておりまして」
話をしている彼自身もわけが分からないようで、戸惑い気味の言葉が返される。平賀はなるほどと応じて、
「人々の避難はどうなっておるかな?」
「随時行っております。異形がほとんど現れていない南側の居住区に集めております。おそらく居住区の住人にはほとんど被害はないものかと」
「よし、一番に考えるべきは非戦闘員達の命じゃ、よくやったのう。
ここの警備の人数はどんなもんなのじゃ?」
「は、庁舎護衛の人員は40程度といった所でして、バリケードを作りながら生き残っている者はここに集まる手はずになっております」
平賀は首を捻った。
「ふむ? 随分と少ないのう。事前の話では、その10倍はおるという話じゃったが」
庁舎は大きな建物な上、今回の会議では、けっこうな重要人物が集まっている。それにしては30人という人数は異常な少なさだ。
武装隊の男はそれが、と呟き、
「行政区内に居た武装隊は多くが研究区の包囲や各地の検問の設置などで出張っておりまして、人数が足りません。その事を会議にかけたら庁舎には各議員が雇った護衛が居るのでほとんど人員は割かなくていいと、登藤通光様が決定を下しまして……」
男の言葉で、平賀は表情を厳しくして煙管を手にした。その上で皆を見回して言う。
「では、わしらもここから出て、南の居住区に避難するかのう」
その発言に割り込むように、通光が声を上げた。
「この庁舎内ならば護衛がおるのです。今行政区内を移動するよりも彼等に防衛を任せて私たちは籠城する方が安全ではありませんか?」
「たしかに……」
頷きかける議員に平賀は言葉を挟んだ。
「さて、それはどうじゃろうな?」
言葉が差し挟まれると共に、武装隊員が数人、室内に飛び込んできた。
彼等は戦闘をこなしてきたのか、ぼろぼろになった衣服の汚れをはらう事なく、早口に告げる。
「報告します! 庁舎の護衛のほとんどが異形化! 我々以外は護衛、武装隊共々全滅しました! 武装隊に起こったものと同じ現象です! 行政区内に現れた異形を率いて庁舎を制圧しつつあります!」
「ばかな! 護衛達は全員人である事を確認した筈だぞ!?」
室内にざわめきが広がる。平賀は彼等が確認している情報の一部に下線部を挿入して見やすいようにしながら説明した。
「彼等がクズハ君や彰彦君と同じような異形化した人であるなら、表向きは人として偽装することも容易くできるじゃろう。異形の部分さえ活性化させなければ≪魔素≫反応は人のものとたいして変わらなくなるはずじゃ」
言葉が終わるよりも早く、室外の様子を入り口付近で窺っていた武装隊員が叫んだ。
「異形がこのフロアまで辿りつきました!」
直後、荒々しい、人よりも重々しく、また荒々しい足音が聞こえて来る。異形がこの会議室があるフロアにまで辿りついたということなのだろう。身を強張らせる議員達を守るように入り口付近に構える十名程の武装隊を入り口付近から下がらせて、平賀は通光に顔を向けて言葉を放つ。
「武装隊の戦力を割いていき、武装隊内部に手勢を送りこんで、更に今回の護衛にも仕込みおったな?」
「さて、何のことやら」
薄い笑みを張りつけた顔で通光は席を立った。応じるように平賀も席から立ち上がる。
「そうか、既にこの場の皆、わしの考えと同調しておるのじゃがの」
「それはそれは……平賀博士はお人が悪い」
そう言って通光は手を振り上げた。衣服の袖がまくれて腕に装着された魔装が露わになる。
突然のその動きに対して、しかし平賀は先んじる動きで煙管を振った。
煙管の先から煙々羅が迸って通光へと殺到する。煙が通光を包み込む前に、通光は短く名を呼んだ。
「朝川」
即座の反応が起きた。平賀と通光の間の天井が割れ、煙々羅が砕かれたのだ。
その結果に平賀は煙管を払うように振って嘆息する。
「先手必勝のつもりじゃったんじゃがな……」
「いきなりですね、平賀博士」
「君も仕込みが早いのう。上にも手勢を待機させておるか」
そう言いながら、平賀は軽く白衣を揺らした。
白衣の裾から幾つかの魔装の部品が床に落下し、それらは床に落ちるまでの間にひとりでに短弓へと組み上がった。
平賀は落下の反動で手元まで跳ね上がった短弓を掴み取ると、
「射抜くぞい」
言うなり、矢をつがえていない弓の弦を、さも矢がつがえられているかのように引き絞る。
その動作に応じて、弦に≪魔素≫の輝きが宿り、光で形作られた矢が弓につがえられた。
弦が離され、空気が鳴る涼しい音と同時に、矢が空を裂いて飛翔する音が響く。
響いた音の先端は室外に迫っていた足音の主を穿った。
痛みを訴える鳴き声が響く。
平賀は二矢目をつがえながら、部屋の入り口の前で倒れた二足の異形に声を投げる。
「破魔矢、≪魔素≫祓いの魔装じゃ、異形にはつらかろうて。――さて、見た所低級の異形かのう。この異形も元は人じゃな?」
「彰彦あたりから得た情報ですか。実験に供した部隊の中に博士の知人がおられるとはまた、ついていなかった。消し切れなかったのもまたついていない。あの子狐も、逃亡犯として研究区から排除されたところを捕らえてしまおうと思っていたのだが、上手くいかないものだ」
「この老いぼれもまだ役に立ったということじゃな」
「まったく、その通りで」
頷いて、通光は合図のように、今度こそ手を振った。
≪魔素≫の光を帯びた魔装が強く発光し、光に応えるようにして割れた天井から更に異形が降って来た。
●
会議室の中央付近を砕いて現れた異形達は、皆が皆、どこかしらに人の体の構造を残した、しかし絶対的に人とは違う生き物だった。落下物に破壊されて入り口ろ窓側とに分かれた室内で、異形達は入り口側へと退いていきながら、その途中に居る議員達を捕らえていった。
そんな異形達に指示を出し、今や自らの立場を隠そうとしない通光を睨んで平賀は唸る。
「和泉に異形を大量に招いて来たのもやはり、君じゃな?」
「その通りだと、そう答えよう。あの時は喉を異形化した者でしか異形化した人間を操る事は出来なかったが、今ではこの通り、自由に操る事もできるようになっている」
平賀は通光が手で示した異形達に目をやった。
異形達は通光の指示に従っており、そこからは指示内容を吟味している様子は見られない。
「思考力を失くした者達……街に放たれた者達もこのような感じなんじゃな? これだけの数の人と異形の混合体を作るために一体どれだけの数の犠牲を出したんじゃ?」
通光は首を横に振った。
「犠牲などととんでもない。全ては今に活かされている。ならば犠牲ではなく、それは貢献だろう」
「戯言じゃの」
「認識の違いだ」
平賀と通光が互いに攻撃的な言葉を交わす中、異形に捕らえられた議員の一人が、現実を認めがたいというように声を上げた。
「何故異形排斥派の異形が異形を率いて行政区内に侵入する?! 何が目的だ!?」
通光は「答えよう」と頷きを作った。
「異形、彼らはかつての私たちの文明を、そして常識を見事に破壊してのけた。この場の者ならば昔の事を覚えている者もいよう? その破壊に、それを為した力に、私は憧れたのだ」
通光は異形と朝川を平賀の弓に対して盾にするように前に出して続ける。
「同時に恨みもしたのだがな。何せ、今まで行っていた機械化人の研究も一度は諦めざるをえなかったのだ。だが、あれならば機械化人とはまた別の形で人を一つ先に進めさせることができると悟った」
「人を一つ先に進める?」
「ああ、そうだ」
通光は朝川と、次いで異形達を見て口もとを歪め、
「人という種の新たな可能性、人為的な進化だ」
言葉を切り、更に続ける。
「私の目的には多くの被験体が必要だ。人も、異形もな。
この話し合いの場が用意された時点で計画の露呈は覚悟していたのでな、盛大にいかせてもらう事にした。実際、こうして事が明るみに出てしまった以上は開き直らせてもらおう」
「何を――っ」
「簡単な事だ。今の世に残った貴重なこの大都市圏、一度武装隊を壊滅させてその位置に異形化した人間による防備を置く。彼等によって安全を保証する代わりに、人を実験の被験体として徴収してもいい。逆らうならばその者達を捕らえればいい。大々的に実験隊を集めるというわけだな」
言葉を失う議員達の中、平賀が一人、低く、切りこむような声で告げる。
「そうはさせんよ」
「やはりそうか。では平賀博士、貴方には消えてもらう」
通光はそう言うと共に手を振った。その動作が合図だったのか、異形達が突進してきた。
異形たちの突進の初動を視界に収めながら、平賀は会議室内の映像を操作していたリモコンを取り出した。
「この数、守りながら戦うというのは無理じゃな」
呟きながらスイッチを押す。
と、会議室の外側の壁が一斉に爆発して吹き飛んだ。
「――!?」
驚きに一瞬動きを止めた異形達を無視して平賀は煙管を振った。再び現れた煙々羅が巨大な腕の形に伸ばした煙で議員達を手当たりしだいに掻っ攫って行く。
「わしらが必ず君を止める。待っておるとええ」
通光にそう言葉を残して、平賀は追随する煙々羅と共に、庁舎の外へと身を投げた。
そんな異形達に指示を出し、今や自らの立場を隠そうとしない通光を睨んで平賀は唸る。
「和泉に異形を大量に招いて来たのもやはり、君じゃな?」
「その通りだと、そう答えよう。あの時は喉を異形化した者でしか異形化した人間を操る事は出来なかったが、今ではこの通り、自由に操る事もできるようになっている」
平賀は通光が手で示した異形達に目をやった。
異形達は通光の指示に従っており、そこからは指示内容を吟味している様子は見られない。
「思考力を失くした者達……街に放たれた者達もこのような感じなんじゃな? これだけの数の人と異形の混合体を作るために一体どれだけの数の犠牲を出したんじゃ?」
通光は首を横に振った。
「犠牲などととんでもない。全ては今に活かされている。ならば犠牲ではなく、それは貢献だろう」
「戯言じゃの」
「認識の違いだ」
平賀と通光が互いに攻撃的な言葉を交わす中、異形に捕らえられた議員の一人が、現実を認めがたいというように声を上げた。
「何故異形排斥派の異形が異形を率いて行政区内に侵入する?! 何が目的だ!?」
通光は「答えよう」と頷きを作った。
「異形、彼らはかつての私たちの文明を、そして常識を見事に破壊してのけた。この場の者ならば昔の事を覚えている者もいよう? その破壊に、それを為した力に、私は憧れたのだ」
通光は異形と朝川を平賀の弓に対して盾にするように前に出して続ける。
「同時に恨みもしたのだがな。何せ、今まで行っていた機械化人の研究も一度は諦めざるをえなかったのだ。だが、あれならば機械化人とはまた別の形で人を一つ先に進めさせることができると悟った」
「人を一つ先に進める?」
「ああ、そうだ」
通光は朝川と、次いで異形達を見て口もとを歪め、
「人という種の新たな可能性、人為的な進化だ」
言葉を切り、更に続ける。
「私の目的には多くの被験体が必要だ。人も、異形もな。
この話し合いの場が用意された時点で計画の露呈は覚悟していたのでな、盛大にいかせてもらう事にした。実際、こうして事が明るみに出てしまった以上は開き直らせてもらおう」
「何を――っ」
「簡単な事だ。今の世に残った貴重なこの大都市圏、一度武装隊を壊滅させてその位置に異形化した人間による防備を置く。彼等によって安全を保証する代わりに、人を実験の被験体として徴収してもいい。逆らうならばその者達を捕らえればいい。大々的に実験隊を集めるというわけだな」
言葉を失う議員達の中、平賀が一人、低く、切りこむような声で告げる。
「そうはさせんよ」
「やはりそうか。では平賀博士、貴方には消えてもらう」
通光はそう言うと共に手を振った。その動作が合図だったのか、異形達が突進してきた。
異形たちの突進の初動を視界に収めながら、平賀は会議室内の映像を操作していたリモコンを取り出した。
「この数、守りながら戦うというのは無理じゃな」
呟きながらスイッチを押す。
と、会議室の外側の壁が一斉に爆発して吹き飛んだ。
「――!?」
驚きに一瞬動きを止めた異形達を無視して平賀は煙管を振った。再び現れた煙々羅が巨大な腕の形に伸ばした煙で議員達を手当たりしだいに掻っ攫って行く。
「わしらが必ず君を止める。待っておるとええ」
通光にそう言葉を残して、平賀は追随する煙々羅と共に、庁舎の外へと身を投げた。
●
平賀が議員を伴って身を投げた破壊の後をみつめながら、通光は口を開く。
「わしら……か」
「どういたしますか? 通光様」
平賀の煙が届かず、手元に捕らえられたままになった議員達を縛り上げた朝川が通光に訊ねた。通光は少し考え、
「行政区南側で抵抗があるという話だったな。平賀博士もそちらに行くと言っていた。潰すぞ、あの老人は危険だ」
「は」
短く応答した朝川に他、幾つかの指示を出していきながら、通光は制圧されつつある行政区を見下ろした。
「時期尚早か……だが今を逃してはもう機会もなかろう」
眼下では混乱が広がりつつあった。
「わしら……か」
「どういたしますか? 通光様」
平賀の煙が届かず、手元に捕らえられたままになった議員達を縛り上げた朝川が通光に訊ねた。通光は少し考え、
「行政区南側で抵抗があるという話だったな。平賀博士もそちらに行くと言っていた。潰すぞ、あの老人は危険だ」
「は」
短く応答した朝川に他、幾つかの指示を出していきながら、通光は制圧されつつある行政区を見下ろした。
「時期尚早か……だが今を逃してはもう機会もなかろう」
眼下では混乱が広がりつつあった。