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act.3

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act.3


「何よ。不満なの。剣の構えもなってないし、私に近寄ってくる時も隙だらけ。
そんなんじゃ戦場に出たら殺してください
って言ってるようなものね、精進が足りないわよ」
「……す、すいません……じゃ、じゃあ頑張ります」

ああ、父君、母君。息子は最期まで立派に戦いました。それももうここまでのようです。
また始まってもいない鍛錬に備えイザークは心の中で、最期の遺言を考える。

「うう……尊敬するシアナ隊長に殺されるなら本望です」
「何言ってるのアンタは。私を勝手に人殺しにしないで頂戴」
「でも死にます、九割死にます。騎士隊の中でもシアナ隊長のスペシャルメニューって特に厳しくて死人が出るって話じゃないですか」

シアナは一瞬、沈黙して目を逸らす。

「し、死人なんて出たことないわよ」
「嘘ですっ!!絶対嘘ですーー!!今の間は何ですかッ!」
「嘘じゃないわよ!!……その、死人は、いないわよ」

重軽傷者は何名かいたけど、と漏らすとイザークは号泣し始めた。忙しい男である。

「それに私の鍛錬なんて、エレに比べたらどうってことないわ」
「エレ隊長……?ですか」
「ええ。あっちは本当に死人が出たみたいだしね」

第二騎士隊の騎士隊長エレ。小憎らしい顔が脳裏を過ぎる。
部下の鍛錬中の死なんて、隊長にとっては恥でしかない。それを。
あの男は愉しんで――心の底から楽しそうにしていたのだ。
シアナにとっては火薬爆弾のような男である。
理解出来ないししたくもない。向こうもどうやら同じらしく、顔を合わせると
口喧嘩が始まる。トップの二人が険悪な故、必然的に第二騎士隊と第三騎士隊は犬猿の仲になった。



……やれやれ。シアナは首を振る。こんな所であいつの顔を思い浮かべるなんてどうかしている。

「大丈夫よ。肉は切れてもすぐくっつくし。骨は折れてもすぐ戻るし。
もし寝たきりになっても国から保障が出るから安心して」

今のは励ますつもりで言ったのだが、どうやら逆効果だったらしい。新米騎士は頭を抱え天に祈りだした。

「ああっ。我侭を言うなら死ぬときはベッドの上で安からに最期を迎えたいんですが神よ!!」
「国を守る騎士が何を言ってる。最期の時は戦場で華々しく散れ」
些か厳しすぎるシアナの言葉にイザークは仕方なく頷いた。頷かないと殺されそうな気がしたのだ。
ところが。

「馬鹿!!散っちゃ駄目でしょう!!最後まで生き残りなさいよ!!」
激昂するシアナ。どうすりゃいいんだと思うイザーク。
これ以上不興を買うのは寿命によくないと思い、「死なないように頑張ります」と決意表明してみせた。
「うむ。それでよろしい。私は自分の隊員はどんな奴であっても強くあって欲しいと思ってるの。
それこそ、私を倒してのし上がれるくらいにね。だから半端は許さないし、自分自身に対しても許して欲しくは無い」
「隊長……」
シアナの素直でない部下思いの発言に感動したのか、うるっとした瞳でイザークは手を組み合わせる。
まるっきり新興宗教にはまる信者のようである。

「まあイザークには無理だろうけどね。騎士入隊試験の点も全隊員の中で後ろから数えた方が早かったし」
「うっ……」
辛辣に言われて凹む所に、「悔しかったら頑張りなさい」という言葉が振ってきた。

「じゃあ皆を呼んできて。目的は達したわ。帰るわよ」
「は、はいっ!!すぐ呼んできます!!」
駆けて行く新米の部下の背を見送ると、シアナは龍に突き刺さったままの剣の柄を握る。
半分龍の内部に埋まった剣。――一気に引き抜くと、龍の血で汚れた刀身が顕わになった。
それが陽の光を浴びて輝く。


(殺した……私が、また)

龍の屍を見下ろしながら、シアナは、何の為に我を殺すか―という龍の問いかけを反芻していた。
生きる為と自分は答えたけれど。もし生きる為ではなく、任務の為と応えることが出来たならどんなによかっただろう。
課せられた責務の為に、命を奪う。それは一見残酷のようでいて、だがしかし理由が、仕事だからという逃げ道が用意されている。
シアナにとって龍殺しは生存の為。それ以上でもなくそれ以下でもなく、
他のどんな理由にもなりえない。
だとしたら、龍を殺す理由などを他の物に転嫁するなど、出来るわけがないのだ。
いや、してはいけない。もしそれを善しとするならば、生きる理由さえ他の物へ求めてしまうだろうから。

そう、私は生きる為に貴方を殺した。怨むだけ怨むがいいわ。……そうして私はこれからも生きていく。
龍の恨みを背に、業を背に、そうして生きていく。……この身が枯れ果てる時まで。

この手はとうに血塗れている。これ以上穢れるなど、恐ろしくもなんとも無いのだ。
シアナは目を数秒だけつむり、再び開くとその場を後にした。

龍は偉大であった。死してなお厳かであり高貴さを纏っている。
その屍に背を向け、シアナは歩き出す。……自分が殺したものの屍を超えていく。
刻印に、新しく線が刻まれる。それは呪いであり、同時に踏み越えてきた骨の数だけ刻まれる証であった。
その数、六十八。そしてこの数は……これからも増え続けるだろう。





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