Top > 【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】 > 異形世界・狸よ躍れ、地獄の只中で
序章の序
地獄世界は人々から本能的に忌避され、畏怖の対象となる地でありながらも、その実均衡と平
穏に保たれた世界である。それはこの地の絶対的支配者、閻魔大帝の指導力による治世が見事に
機能している結果だと言えよう。
穏に保たれた世界である。それはこの地の絶対的支配者、閻魔大帝の指導力による治世が見事に
機能している結果だと言えよう。
とは言え、光あるところには必ず陰ができるもの。
現世に並々ならぬ恨みを残して果てた、執念と業深き亡者。あるいは、生来地獄を住処とする
悪鬼羅刹の類。はたまた、鬼とは別種族ながら、その性質を同じくする狂暴なる悪魔族。
現世に並々ならぬ恨みを残して果てた、執念と業深き亡者。あるいは、生来地獄を住処とする
悪鬼羅刹の類。はたまた、鬼とは別種族ながら、その性質を同じくする狂暴なる悪魔族。
彼らがその生涯を終えた時にたどり着くとされる場所。そこは、どんなわずかな光も届かない、
どんな小さな希望さえも持ち得ない、本当の地獄と言われる場所。
どんな小さな希望さえも持ち得ない、本当の地獄と言われる場所。
これは地獄世界においてまことしやかに流布されている、一種の都市伝説にすぎないという見
方もある。実際、この地に足を踏み入れ、その実態を目にしたものはいないのだ。人間世界にお
ける、いわゆる心霊スポット的扱われ方をしている、と考えるとしっくりくる。
方もある。実際、この地に足を踏み入れ、その実態を目にしたものはいないのだ。人間世界にお
ける、いわゆる心霊スポット的扱われ方をしている、と考えるとしっくりくる。
地獄の住人ですら為す術もなく引き裂かれるような、凄まじい怨霊がいる「かもしれない」。
死してなおこの地に留まろうと足掻く、あきらめの悪い鬼がいる「かもしれない」。
果ては、なぜか遥か外洋を飛び越えてこの地にたどりついた、異邦の怪物がいる「かもしれない」。
死してなおこの地に留まろうと足掻く、あきらめの悪い鬼がいる「かもしれない」。
果ては、なぜか遥か外洋を飛び越えてこの地にたどりついた、異邦の怪物がいる「かもしれない」。
地獄世界の住人たちは、そのような4割の好奇心と5割の畏怖、1割のその他諸々を込めて、その
地のことをこのように呼称する。
地のことをこのように呼称する。
『怨嗟わだかまる都』と。
序章
救済の光なき最果ての地、地獄。極楽往生の夢破れた亡者の嘆きと呻きが大気を支配し、禍
々しい異形の鬼たちが闊歩、日々亡者たちを痛ぶっては恍惚にひたる、忌むべき地。
そんなイメージとは裏腹に、この地は不思議なほどに活気と安穏が渦巻く、秩序ある世界だ。
々しい異形の鬼たちが闊歩、日々亡者たちを痛ぶっては恍惚にひたる、忌むべき地。
そんなイメージとは裏腹に、この地は不思議なほどに活気と安穏が渦巻く、秩序ある世界だ。
混沌と紙一重のその秩序を作り出すのは、覇者閻魔大帝を頂点とする閻魔庁。絶対的統治者で
ある閻魔大帝の指揮のもとで、地獄に暮らす数々の種族がともに働き、同じ汗を流す場所。
ある閻魔大帝の指揮のもとで、地獄に暮らす数々の種族がともに働き、同じ汗を流す場所。
この日。その閻魔庁の一角で、花蔵院槐角(はなくらいんかいかく)は主君たる閻魔大帝に拝
謁を賜っていた。人間でいえば40歳あたり、まさに男として熟成されてくる時期を迎えたこの鬼
は、閻魔庁高級役人としてのある特殊な任をその双肩に負っている。
謁を賜っていた。人間でいえば40歳あたり、まさに男として熟成されてくる時期を迎えたこの鬼
は、閻魔庁高級役人としてのある特殊な任をその双肩に負っている。
「大帝陛下。あの者の魂魄を地獄へ招き入れる許可を戴きたく思います」
「ふうむ。あの者……。数百年前に死んで以来、ずっとその魂の処遇を決めかねているあの若侍
のことだな? 槐角よ、卿はあの者がなぜ長きに渡って放置されているのか、その理由を知らん
わけではあるまいな」
「ふうむ。あの者……。数百年前に死んで以来、ずっとその魂の処遇を決めかねているあの若侍
のことだな? 槐角よ、卿はあの者がなぜ長きに渡って放置されているのか、その理由を知らん
わけではあるまいな」
「生前数多の魑魅魍魎、ひいては我らの同胞である鬼を退治した、人ならざる力を持った武士。
その験力故、魂となりてなお、地獄に落ちてなお、我らに害を為す存在となる恐れあり。それが
理由だと伺っております」
その験力故、魂となりてなお、地獄に落ちてなお、我らに害を為す存在となる恐れあり。それが
理由だと伺っております」
「左様である。言うまでもなく、人間の亡者の魂ひとつ、儂の裁定で如何様にも扱うことはでき
る。どれほどの験力を持っていようが、所詮人間の力には限界があるからな。だが、彼奴の名は
地獄の鬼どもの間で広く知れ渡っておる。その力の強大さ、そして……何人の同胞が彼奴に斬ら
れたのか、といったこともな」
る。どれほどの験力を持っていようが、所詮人間の力には限界があるからな。だが、彼奴の名は
地獄の鬼どもの間で広く知れ渡っておる。その力の強大さ、そして……何人の同胞が彼奴に斬ら
れたのか、といったこともな」
「大帝陛下。恐れながら申し上げます。私めの理解力の問題もあるかと存じますが、陛下のお話
からは論点がはっきりわかりかねます。許可を戴けるか、戴けないか。私めが陛下のお口から伺
いたいことはこの一点のみにございます」
からは論点がはっきりわかりかねます。許可を戴けるか、戴けないか。私めが陛下のお口から伺
いたいことはこの一点のみにございます」
生来、槐角は正直な男だった。少年から青年期を経て現在に至るまで、その一点においては少
しのブレもない。そしてそれは相手が何者であっても同じである。それが例え、知らない者から
見れば命知らずの愚かな行為にしか見えなくとも。
しのブレもない。そしてそれは相手が何者であっても同じである。それが例え、知らない者から
見れば命知らずの愚かな行為にしか見えなくとも。
「……ふん。相変わらずであるな卿は。腹の虫の居所が悪ければ、卿は今頃消し炭になっておる
ところだ。まあよかろう。許可を下すのはやぶさかではない。だが、まずはまっとうな理由を聞
かせてみろ。理由如何によっては考えてやる」
ところだ。まあよかろう。許可を下すのはやぶさかではない。だが、まずはまっとうな理由を聞
かせてみろ。理由如何によっては考えてやる」
「大帝陛下も御承知のように、我が管轄領において妖異の気配が蠢いております。少し周期が短
いという所感はございますが、いつもの『アレ』だろうと存じます。これにつきましては、一族
の長老も同意見でございます」
いという所感はございますが、いつもの『アレ』だろうと存じます。これにつきましては、一族
の長老も同意見でございます」
「アレか。厄介であるなアレは。何故あの地であのようなことが起こるのか、皆目見当もつかぬ。
それについては、花蔵院一族には感謝している次第だ。卿や卿の祖先らの働きによって、危機は
未然に防がれてきたのだからな」
それについては、花蔵院一族には感謝している次第だ。卿や卿の祖先らの働きによって、危機は
未然に防がれてきたのだからな」
「私めにはもったいないお言葉でございます。して、ここからが重要なのです。これも大帝陛下
は御存知だと思いますが、我が父が命を落とした先の動乱において、私めも大傷を負いました。そ
れにより私めは、鬼としてまっとうな力を振るうこと叶わなくなりました。お恥ずかしいことです」
は御存知だと思いますが、我が父が命を落とした先の動乱において、私めも大傷を負いました。そ
れにより私めは、鬼としてまっとうな力を振るうこと叶わなくなりました。お恥ずかしいことです」
言いながら、槐角はその燃えるように赤く光る両目をそっと閉じた。亡き父親のことを語る時、
そして同時に自身の不遇と屈辱を語る時、この鬼は必ずこのように瞼を伏せる。
そして同時に自身の不遇と屈辱を語る時、この鬼は必ずこのように瞼を伏せる。
そしてそのまま、数秒間沈黙を保つ。言葉にすることで思い出す、父を失った悲しみ。力を奪
われた屈辱。それによって熱くなる自身の体と心を、落ち着かせるための間。
閻魔大帝もそのことを知っている。急かすこともなく、槐角が瞑想の時を終えるのを待っている。
われた屈辱。それによって熱くなる自身の体と心を、落ち着かせるための間。
閻魔大帝もそのことを知っている。急かすこともなく、槐角が瞑想の時を終えるのを待っている。
「失礼いたしました。斯様に力なき鬼となりました故、現在『番人』の役は我が愚息が担っている
次第。ですが奴はまだまだ力量も経験も不足しております。今回の妖異を乗り切れるかどうか……。
そこでなのです大帝陛下」
次第。ですが奴はまだまだ力量も経験も不足しております。今回の妖異を乗り切れるかどうか……。
そこでなのです大帝陛下」
「ふん、成程な。そこであの若侍の霊魂を招き入れ、倅の手助けをさせようというわけか。槐角よ、
卿は実に親馬鹿であるな。まあ花蔵院一族の者は代々そういう気質のようだがな」
立派に蓄えられた顎髭をするすると梳きながら、閻魔大帝はそのように言って、愉快なものを見
たというようににやりと笑う。
卿は実に親馬鹿であるな。まあ花蔵院一族の者は代々そういう気質のようだがな」
立派に蓄えられた顎髭をするすると梳きながら、閻魔大帝はそのように言って、愉快なものを見
たというようににやりと笑う。
そのように笑顔を見せようとも、微塵も衰えない根源的威圧感。先ほど真っ向から意見した槐角
だったが、彼とてこの絶対者を前に恐れを感じていないわけなどないのである。だがこのような笑
顔を見る限り、今日の大帝陛下は本当に機嫌がいいらしいと、槐角は少し安堵もした。
だったが、彼とてこの絶対者を前に恐れを感じていないわけなどないのである。だがこのような笑
顔を見る限り、今日の大帝陛下は本当に機嫌がいいらしいと、槐角は少し安堵もした。
「よいだろう! 儂としても、あの者の処遇を先延ばしにしすぎたと気にしておったところよ。花
蔵院槐角、あの者の魂魄の扱い、卿に一任する。だがくれぐれも慎重にな。儂の考えでは、あの者
の魂は貴様の管轄領に迷い込むかどうかの瀬戸際にいる、極めて危なっかしいものだ。もし罷り間
違ってそうなってしまったら――」
「そうなってしまったらそうなってしまった時。我々花蔵院一族、総力を挙げてその魂を鎮めましょ
う。たとえ一族郎党全滅の憂き目を見ようとも、決して大帝陛下のお手を煩わせるようなことはご
ざいません」
蔵院槐角、あの者の魂魄の扱い、卿に一任する。だがくれぐれも慎重にな。儂の考えでは、あの者
の魂は貴様の管轄領に迷い込むかどうかの瀬戸際にいる、極めて危なっかしいものだ。もし罷り間
違ってそうなってしまったら――」
「そうなってしまったらそうなってしまった時。我々花蔵院一族、総力を挙げてその魂を鎮めましょ
う。たとえ一族郎党全滅の憂き目を見ようとも、決して大帝陛下のお手を煩わせるようなことはご
ざいません」
「まあそこまで気負うな。あの若侍の魂が今の今まで放置されていたのには、もう一つ別の理由も
あるのだ。信じられんような理由だがな」
生まれながらにして厳めしい、まさに他者を畏怖させるためにあるような、閻魔大帝の相貌。そ
の顔が今この時、先ほどとはまた異なる苦笑交じりの笑顔に変わっていることに、槐角は戸惑った。
あるのだ。信じられんような理由だがな」
生まれながらにして厳めしい、まさに他者を畏怖させるためにあるような、閻魔大帝の相貌。そ
の顔が今この時、先ほどとはまた異なる苦笑交じりの笑顔に変わっていることに、槐角は戸惑った。
「その理由とは如何なる?」
「あの者、死して数百年経っておるが……未だに自分が死んだということに気づいておらんような
のだ。いや、さすがに儂にも意味がわからん。兎にも角にも、どうやら底抜けに間抜けで愚図でう
すのろな男のようだな、あの若侍は。もしかすると既にぼけておるのやもしれんわ」
苦笑交じりの閻魔大帝の言葉を聞いて槐角は、これまで抱いていたものとは異なる種類の不安が、
己の中にふつふつと湧きあがるのを感じるのだった。
「あの者、死して数百年経っておるが……未だに自分が死んだということに気づいておらんような
のだ。いや、さすがに儂にも意味がわからん。兎にも角にも、どうやら底抜けに間抜けで愚図でう
すのろな男のようだな、あの若侍は。もしかすると既にぼけておるのやもしれんわ」
苦笑交じりの閻魔大帝の言葉を聞いて槐角は、これまで抱いていたものとは異なる種類の不安が、
己の中にふつふつと湧きあがるのを感じるのだった。
『序章』終