語り部:ワーグナルド・ミッテルシュナウダー
全人類が手を取り合い平和な未来を築いていこうだなんて、ゴキゲンな妄言から始まった統合暦!
始まってみればクソッタレだァ! 当初の思惑とは裏腹に終わりの見えぬ大戦争の真っ最中!
何時でも! 何処でも! 誰もが戦争してるってぇのはある意味で人類の統合かも知れんがなァ?
クソッタレが――自分で言っていて胸糞が悪ィ! 一ッッッッつも笑えんクソジョークだぜ!!
始まってみればクソッタレだァ! 当初の思惑とは裏腹に終わりの見えぬ大戦争の真っ最中!
何時でも! 何処でも! 誰もが戦争してるってぇのはある意味で人類の統合かも知れんがなァ?
クソッタレが――自分で言っていて胸糞が悪ィ! 一ッッッッつも笑えんクソジョークだぜ!!
こうして一人でクソッタレな事を振り返ってみると色々、フザケタ物が見え隠れしてきやがる。
前線に送り出され二~三年程で、この世からグッバイする連中には気付きようも無いだろうがなァ?
自らの意志で前線に赴く事十年! 気高く! 誇り高く! 力強く! 聡い俺様ならば気付く! 気付いてしまう!
前線に送り出され二~三年程で、この世からグッバイする連中には気付きようも無いだろうがなァ?
自らの意志で前線に赴く事十年! 気高く! 誇り高く! 力強く! 聡い俺様ならば気付く! 気付いてしまう!
兵器レベルの進歩がふざけるなってくらい早い! 早過ぎるゥ! 家電製品でもあるめぇ!
高い金かけて! 実験に実験を重ねて! 制式採用された兵器がたったの一年二年で廃れるなんてのは滅茶苦茶だ。
後に出てきた兵器の方が性能! コスト面! あらゆる面で圧倒的に優秀なのは使った俺様が断言してやる!
だが、優れた兵器を次から次へ実用化するための金は? 理論は? 時間は?
まるで最初から用意されていたみたいに、だ。それだけじゃねィ!月で開発されたエーテルナイトにも同じ事が言える。
高い金かけて! 実験に実験を重ねて! 制式採用された兵器がたったの一年二年で廃れるなんてのは滅茶苦茶だ。
後に出てきた兵器の方が性能! コスト面! あらゆる面で圧倒的に優秀なのは使った俺様が断言してやる!
だが、優れた兵器を次から次へ実用化するための金は? 理論は? 時間は?
まるで最初から用意されていたみたいに、だ。それだけじゃねィ!月で開発されたエーテルナイトにも同じ事が言える。
エーテル能力者の能力を数倍に増幅する究極のエーテル能力者専用機動兵器、エーテルナイト。
オリファルコンなんてぇトンデモ素材を贅沢に使った上に、先進的な月のエーテル工学の粋を結集して開発された化物兵器!
つまり! エーテルナイトってのは、その性質上! 月でしか保有する事が出来ねぇ! 筈! だ!
なのに何故、帝国の奴等は当たり前の様に量産していやがる? 我が共和国にしてもそうだ。
オリファルコンなんてぇトンデモ素材を贅沢に使った上に、先進的な月のエーテル工学の粋を結集して開発された化物兵器!
つまり! エーテルナイトってのは、その性質上! 月でしか保有する事が出来ねぇ! 筈! だ!
なのに何故、帝国の奴等は当たり前の様に量産していやがる? 我が共和国にしてもそうだ。
共和国も帝国に追随する形で実用化に向けて研究と実験が進められている。
それ自体は喜ばしい事だ。帝国のエーテルナイトに手を焼いているのは事実だからな。
それ自体は喜ばしい事だ。帝国のエーテルナイトに手を焼いているのは事実だからな。
それにしたってよう。試作機の内一機が、この俺様に支給されると聞いても喜べる気がしねぇのは、気のせいじゃねぇなァ。
何しろ、何時から研究が始められたのかも、何処で製造されているかも分からん噂の新型機だからなァ。
俺様の見立てでは新型の性能は、単騎で空戦騎を一蹴出来るくらいの不気味なまでに、超ゴキゲン性能に違いねィ。
それでも、戦争は終わらん! 帝国と共和国の立場が逆転するだけで決定打を打つ事は出来ねェ! ナ!
何しろ、何時から研究が始められたのかも、何処で製造されているかも分からん噂の新型機だからなァ。
俺様の見立てでは新型の性能は、単騎で空戦騎を一蹴出来るくらいの不気味なまでに、超ゴキゲン性能に違いねィ。
それでも、戦争は終わらん! 帝国と共和国の立場が逆転するだけで決定打を打つ事は出来ねェ! ナ!
神――いや、神より性質の悪い人間が世界を操っているみたいに見えてくるんだなァ。未来永劫、戦い続けろ。戦い続けろとなァ。
帝国や、連合の中にも俺様と同じ事を考えている奴がいやがるとすれば――この星は狂わされてやがると見て良いんだろうがなァ。
帝国や、連合の中にも俺様と同じ事を考えている奴がいやがるとすれば――この星は狂わされてやがると見て良いんだろうがなァ。
だとすれば狂わせていやがる奴は誰だ? その意図は? 何しろ疑わしい奴は内にも、外にも、宇宙にもいやがる!
エーテルナイトなんてふざけた兵器が当たり前の様に闊歩しようとしている今、数年後は何が出て来る? 兵器なんてのは道具。要は手段だ。
エーテルナイトなんてふざけた兵器が当たり前の様に闊歩しようとしている今、数年後は何が出て来る? 兵器なんてのは道具。要は手段だ。
エーテルナイト以上のフザケタ兵器を使って戦争……戦火の拡大――なんてなァ!!
戦争ばかりでウンザリしていたんでなァ、俺様とした事が話を飛躍させ過ぎてしまったわァ!!
戦争ばかりでウンザリしていたんでなァ、俺様とした事が話を飛躍させ過ぎてしまったわァ!!
大体、何が一番クソッタレで狂っていやがるのかと言えば、親に甘えたい年頃のガキ共にガキを生ませて
何の躊躇いも無く、前線送りにしていやがるってぇ、この時代と戦争が一番のクソッタレだ。
何の躊躇いも無く、前線送りにしていやがるってぇ、この時代と戦争が一番のクソッタレだ。
俺様は強くて聡い。そして、俺様自身の意志で戦いに身を投じているから文句はねぇがなァ。
ただエーテル能力があるだけの何も知らねぇ奴等を、何の躊躇いも無く巻き込んでやがる奴ってのは間違い無くクソッタレだ。
何とか、俺様が生きている内にクソッタレな戦争を終わらせて当初の妄言通りの統合時代って奴にしてやりてぇもんだな。
ただエーテル能力があるだけの何も知らねぇ奴等を、何の躊躇いも無く巻き込んでやがる奴ってのは間違い無くクソッタレだ。
何とか、俺様が生きている内にクソッタレな戦争を終わらせて当初の妄言通りの統合時代って奴にしてやりてぇもんだな。
こんなクソッタレな戦争に成す術無く、巻き込まれちまった無関係のクソッタッレ共のためにもな――
※ ※ ※ ※
機神幻想Endless 第四話 戦う者
「まさか、閼伽王や他の守護者達の事を考えている最中に、刀十狼と再開するなんて凄い偶然だね」
遥か古来から倭国を守り続けて来た守護者の家系。君嶋、守屋、因幡、月代。そして、その四家を率いる閼伽王。
隆盛を誇った豪族達も今や、その血統の殆どが潰え、君嶋、守屋の両家が機能と役割を辛うじて果たしている程度に成り下がっている。
だから、今更になって閼伽王に思考を張り巡らせていると聞いて、刀十狼は怪訝そうな表情を浮かべて悠の言葉を待った。
隆盛を誇った豪族達も今や、その血統の殆どが潰え、君嶋、守屋の両家が機能と役割を辛うじて果たしている程度に成り下がっている。
だから、今更になって閼伽王に思考を張り巡らせていると聞いて、刀十狼は怪訝そうな表情を浮かべて悠の言葉を待った。
「例の化物達と交戦した時に不覚を取ったんだけど、その窮地を救ってくれた男がね、驚いた事に閼伽王を名乗ったんだよ。
化物達の事どころか、エーテル能力の事も分かっていない様だったから、閼伽王の縁者の類から慰みに名付けられたとかで
十中八九、あの閼伽王の血統じゃないとは思うんだけどさ、僕等にとっては伝説的な人物だろ? だから、ついね」
化物達の事どころか、エーテル能力の事も分かっていない様だったから、閼伽王の縁者の類から慰みに名付けられたとかで
十中八九、あの閼伽王の血統じゃないとは思うんだけどさ、僕等にとっては伝説的な人物だろ? だから、ついね」
「そうであったか……その者が何者であれ、卿の恩人ならば我の恩人も同然よ。何れ、相見えたいものよな」
本来ならば彼等の関係者以外の口からは決して語られる事の無い名を持つ者との妙縁に刀十狼は軽く笑みを浮かべ、悠もまた屈託の無い笑みを浮かべた。
「刀十狼ならきっと仲良くなれると思うよ。少しばかり頭足らずな所もあるけど、真直ぐな人間だからね。それは兎も角、刀十狼。何故、君が文教都市に?」
両者の生年月日は偶然にも全くの同じ。刀十狼も、悠と同様に書生として学び舎で勉学に励んでいても何ら不自然では無い。
とは言え、既に家督を継ぎ、守屋家の当主として地球に住まう倭国人の営みを見守るために日々を過ごしており、書生の真似事をする暇など無い。
それに悠の知る刀十狼は、喧騒よりも静寂を好み、お祭騒ぎに興じるよりも、気心の知れた者数名と静かに酒を嗜む事を一番の娯楽としていた。
とは言え、既に家督を継ぎ、守屋家の当主として地球に住まう倭国人の営みを見守るために日々を過ごしており、書生の真似事をする暇など無い。
それに悠の知る刀十狼は、喧騒よりも静寂を好み、お祭騒ぎに興じるよりも、気心の知れた者数名と静かに酒を嗜む事を一番の娯楽としていた。
「共和国から同盟の申し入れを受けてな。会談の場が、この近辺だったというだけの事よ」
「同盟? だって、この戦争は……」
「だからこそ欲しておるのだろう。我の血肉と、守屋の法理を……尤も、血の一滴、法理の一文。暗愚な狗にはやらんがな」
事も無げに語るが、それに対する悠の表情は神妙なものに変わる。
「だけど、守屋の血と法の力に気付いた者が居ると言うのなら、君の事を捨て置くはずが無い。
それに共和国に表立って事を構えるのは無謀だ。悪い事は言わない。民と共に月に来るんだ」
それに共和国に表立って事を構えるのは無謀だ。悪い事は言わない。民と共に月に来るんだ」
だが、刀十狼は首肯する事無く、即座に首を横に振る。
「卿も分かっていよう? 人の手による発展と滅亡。それが人の意志に因る物だとしたら、それが天命よ。
何より、サイガは倭国の地よ。あの地に根付いている民は、どんな結末であれ倭国の地にて眠りたいと願っておる。
ならば、その願いを聞き入れ、一人でも多くの民に天寿を全うさせる。それが我等、守護者の役目であろう?」
何より、サイガは倭国の地よ。あの地に根付いている民は、どんな結末であれ倭国の地にて眠りたいと願っておる。
ならば、その願いを聞き入れ、一人でも多くの民に天寿を全うさせる。それが我等、守護者の役目であろう?」
「だけど、このままじゃ……」
「何より、月への移民が始まったばかりの頃に結ばれた守屋と、君嶋の盟約を忘れたわけではあるまい?
君嶋は地球を発ち、新天地を求める民を導き、守屋は地球での変わらぬな日々を願う民を守る」
君嶋は地球を発ち、新天地を求める民を導き、守屋は地球での変わらぬな日々を願う民を守る」
「故に地球から離れる気は無いか……分かってはいたけどさ、命を無駄にしてくれるなよ、筆頭?」
「分かっておる。生こそが守屋の誇り。何より、今は妻子のある身故、易く死ぬ事も出来ぬわ」
静かに笑う刀十狼に対し、悠は唖然とした表情で口を半開きにした。
地球で一世紀も続く大戦争。毎日の様に多くの人間が死に逝く様を見て、明日は我が身と考えるのが道理。
それが転じて、子孫を残せる内に残さなければという考えが、多くの地球人に浸透するまで、それ程多くの時間を要さなかった。
結果として、あどけなさの残る十代半ばの少年少女が家督を継ぎ、娶り、嫁ぎ、子を生すのが当たり前の様になっている。
それが転じて、子孫を残せる内に残さなければという考えが、多くの地球人に浸透するまで、それ程多くの時間を要さなかった。
結果として、あどけなさの残る十代半ばの少年少女が家督を継ぎ、娶り、嫁ぎ、子を生すのが当たり前の様になっている。
勿論、地球全土がそうと言うわけでは無い。文教都市の様な首都圏を初めとする、戦時中であるにも関わらず
百年もの間、ただの一度も戦火に晒される事無く、何故か、明日の生活が保障されている地域では
殆どの住民が二十代半ば近くまで、学問を修めてから一人前の大人として社会へと巣立っている。
百年もの間、ただの一度も戦火に晒される事無く、何故か、明日の生活が保障されている地域では
殆どの住民が二十代半ば近くまで、学問を修めてから一人前の大人として社会へと巣立っている。
同じ倭国民族とは言え、月と地球とでは文化や風俗、風習は大きく異なるのが当然とは言え、両者の出自、血液型、生年月日も同じ。
だと言うのにも関わらず、悠が次期当主、独身、保護された学生に対し、刀十狼は現当主にして、既婚者で、サイガの民を保護する筆頭。
何もかもが同じでありながら、何もかもが先を越されている事に悠は何とも言えない敗北感を感じていた。
そして、それ以上に――
だと言うのにも関わらず、悠が次期当主、独身、保護された学生に対し、刀十狼は現当主にして、既婚者で、サイガの民を保護する筆頭。
何もかもが同じでありながら、何もかもが先を越されている事に悠は何とも言えない敗北感を感じていた。
そして、それ以上に――
「つーか、結婚って何? 妻子? マジで? て言うか、初耳なんだけど? え? まさかハブられた?」
「戯け。我が盟友たる卿に知らせぬわけが無かろう? 祝言の前には、イの一番で君嶋を訪ねたわ。
しかし、あの梨音姉ですら、卿の足取りを掴めてはおらなんだとは思いも寄らなかったのだぞ?
それがまさか、こんな所で再開する事になろうとは僥倖も僥倖よ」
しかし、あの梨音姉ですら、卿の足取りを掴めてはおらなんだとは思いも寄らなかったのだぞ?
それがまさか、こんな所で再開する事になろうとは僥倖も僥倖よ」
因みに梨音姉とは悠の実姉、梨音の事である。
書生の立場にある悠の代わりに月での政務を一手に引き受ける当主代理人にして、月の政府直轄の傭兵機関のエージェントである。
色々と表に出せる物から、出せない物まで多くの問題を抱えた女性だが、幼い頃は三人で月や、地球で遊び回っていた事もあった。
書生の立場にある悠の代わりに月での政務を一手に引き受ける当主代理人にして、月の政府直轄の傭兵機関のエージェントである。
色々と表に出せる物から、出せない物まで多くの問題を抱えた女性だが、幼い頃は三人で月や、地球で遊び回っていた事もあった。
「えー……あー……面目無い。此処が地球なんだーって、感動している内に実家の事を完全に忘れてたよ」
「そんな事だろうと思ってはいたが……折を見て、守屋を訪ねよ。我の妻子の顔でも見て行くが良い」
「うがーーッ!! 刀十狼とは言え、その勝ち誇った顔がムカつくーーーッ!!」
「我の妻子」の部分だけ語気を強めた刀十狼に悠は実に悔しげな、心の底から悔しげな雄叫びを上げた。
早かれ遅かれ、君嶋家は悠が継ぐ事になる。通商連合会の議員、いずれは議長になる日も来るだろう。
だが、所帯を持つとなれば話は別だ。まず結婚する事や、自分に子供が出来るという事が想像出来ない。
目の前に居る親友は、それを想像どころか手にしている。
早かれ遅かれ、君嶋家は悠が継ぐ事になる。通商連合会の議員、いずれは議長になる日も来るだろう。
だが、所帯を持つとなれば話は別だ。まず結婚する事や、自分に子供が出来るという事が想像出来ない。
目の前に居る親友は、それを想像どころか手にしている。
――端的に言えば羨ましい
「フッ……そう不貞腐れるな」
悠のそんな様を見て、刀十狼は勝者の笑みを浮かべた。
しかし、それも束の間。二人の表情が緊張感のある面持ちに代わると同じくして、空襲警報の発令を知らせるサイレンが空に鳴り響いた。
しかし、それも束の間。二人の表情が緊張感のある面持ちに代わると同じくして、空襲警報の発令を知らせるサイレンが空に鳴り響いた。
「君嶋の」
刀十狼が鋭く声を発し、悠は無言で頷く。この二人が意識しているのは空襲警報では無い。共和国に空襲を仕掛ける陣営など今の所は帝国以外に有り得ない。
近辺には軍事基地もある。軍人同士で勝手に殺し合っていれば良い。何よりも、この二人にとって人間同士の戦争に一々、付き合ってやる理由が無い。
二人が臨戦態勢を取った理由――雲一つ無い快晴の青空が紫色に染まり、陽光は消え失せ、大地が薄暗く染まり、纏わり付く様な殺気が浮かび上がるのを感じたからだ。
近辺には軍事基地もある。軍人同士で勝手に殺し合っていれば良い。何よりも、この二人にとって人間同士の戦争に一々、付き合ってやる理由が無い。
二人が臨戦態勢を取った理由――雲一つ無い快晴の青空が紫色に染まり、陽光は消え失せ、大地が薄暗く染まり、纏わり付く様な殺気が浮かび上がるのを感じたからだ。
「規模が大き過ぎる。化物め……都市ごと呑み込むつもりか……!?
それに此処を空襲するなんて彼等の戦争プランには無かった筈なのに……」
それに此処を空襲するなんて彼等の戦争プランには無かった筈なのに……」
「空襲の混乱に乗じて異形が出現したのか、異形の出現に合わせて空襲を開始したか……
計画を変更してまで空襲を仕掛ける意味があるのか……妙ではあるが、詮索は後回しだ」
計画を変更してまで空襲を仕掛ける意味があるのか……妙ではあるが、詮索は後回しだ」
「刀十狼、アテにしても良いんだよね?」
「無論だ。サイガの事で無いとは言え、我の手の届く範囲にいる人間が死ぬ様など看過出来るものかよ」
そう答える刀十狼の両腕には二振りの倭国刀が握られており、既に戦闘態勢が整っている事を示していた。
悠は剣呑な雰囲気を残したまま、満足気に頷き、戦地へと駆け出した。
悠は剣呑な雰囲気を残したまま、満足気に頷き、戦地へと駆け出した。
※ ※ ※ ※
空襲警報の発令に対する反応は様々だ。状況が今一つ理解出来ていない者や、恐れ慄く者、狂乱気味に泣き叫ぶ者、迅速に避難する者。
他にも偏った趣向の持ち主が半ば興奮気味に映像機器を取り出したり、これ幸いにと火事場泥棒に繰り出す者も見受けられたが、想定していた許容範囲内。
思っていた程の混乱では無いなと感じていた。だが――
他にも偏った趣向の持ち主が半ば興奮気味に映像機器を取り出したり、これ幸いにと火事場泥棒に繰り出す者も見受けられたが、想定していた許容範囲内。
思っていた程の混乱では無いなと感じていた。だが――
「ぐははははは!! ツイてる!! 今の俺様はツイているぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
空襲を仕掛けた側では無く、受けた側の陣営に属する兵隊――と言うか、ワーグナルドが幸運だと喜び勇む姿は閼伽王の理解の範疇には無かった。
「うっせェな……隊長さんよ、一体、何がそんなに楽しいんだ?」
戦闘航空機トゥエルフにワーグナルドと同乗させられ、文教都市の上空に打ち上げられた閼伽王は毒吐いた。
帝国と戦う事に異論は無い。人の意思を捻じ曲げ、戦いを強要させる帝国を許せないと思ったのは紛れも無い事実だ。
ワーグナルドが上官である事も……まあ良い。彼に助けられたのは事実だ。そして、色々と便宜を図ってくれたのも彼だ。
獣臭い彼の体臭を嗅がされるのもまだ我慢出来る。閼伽王自身、先日まで磯臭かったのだから。
帝国と戦う事に異論は無い。人の意思を捻じ曲げ、戦いを強要させる帝国を許せないと思ったのは紛れも無い事実だ。
ワーグナルドが上官である事も……まあ良い。彼に助けられたのは事実だ。そして、色々と便宜を図ってくれたのも彼だ。
獣臭い彼の体臭を嗅がされるのもまだ我慢出来る。閼伽王自身、先日まで磯臭かったのだから。
「分からんか? 分からんか? 空襲だぞ! 空! 襲! 国境警備隊を一気に振り切れるだけの機体は空戦騎だけだ!
神は言っているのだ! 俺様に空戦騎を捕縛せよとなァ! そうすれば共和国のエーテルナイト開発に岩石を投じる事が出来んだよォ!
貴様も喜べ! 上手く行けば恩賞は貰い放題だぞォ! ぐふ……ぐはははーっはっはっはぁーーイ!!」
神は言っているのだ! 俺様に空戦騎を捕縛せよとなァ! そうすれば共和国のエーテルナイト開発に岩石を投じる事が出来んだよォ!
貴様も喜べ! 上手く行けば恩賞は貰い放題だぞォ! ぐふ……ぐはははーっはっはっはぁーーイ!!」
「あー、そうかい。そうかい。そりゃあ、素敵だ」
神様。恩賞など要りませんから、二度とこの野郎と同じコクピットに乗せんのは勘弁して下さい。
この野郎の声がコクピットの中で反響して、私の脳をカチ割ろうと牙を剥くのです。
今、命の恩人に対して軽く殺意が芽生えているのでホントにマジで、お願いします。
――と、無神論者の閼伽王は心の中で、アテにもしていない神に対して呟いた。
この野郎の声がコクピットの中で反響して、私の脳をカチ割ろうと牙を剥くのです。
今、命の恩人に対して軽く殺意が芽生えているのでホントにマジで、お願いします。
――と、無神論者の閼伽王は心の中で、アテにもしていない神に対して呟いた。
「つーか、単騎駆けは良いけどよ、エーテルジェネレーター非搭載型の飛行機で勝算はあんのかよ?
空戦騎ってのはB級以上のエーテル能力者。それもエースパイロットに支給される機体なんだろ?」
空戦騎ってのはB級以上のエーテル能力者。それもエースパイロットに支給される機体なんだろ?」
「エーテルキャノン二基! エーテルバルカン三基! 虎の子のエーテルコートミサイル四発!
エーテルナイトぶっ殺仕様の完全装備! これで勝てたら苦労は無ぇんだがなぁーはっはっはァッ!!」
エーテルナイトぶっ殺仕様の完全装備! これで勝てたら苦労は無ぇんだがなぁーはっはっはァッ!!」
「ハァッ!?」
「陸戦騎程度となら良い勝負になるだろうがなァ? 怖いか? びびったか!?
だがなァ? 倒せないまでも空爆を食い止め、奴等の目を俺様に引き付ける事は出来るからなァ?
それにココは共和国のお膝元! 時間をかければかける程、増援は雲霞の如く! だ!」
だがなァ? 倒せないまでも空爆を食い止め、奴等の目を俺様に引き付ける事は出来るからなァ?
それにココは共和国のお膝元! 時間をかければかける程、増援は雲霞の如く! だ!」
大仰な装備で敵を引き付け、民間人や施設を防衛しながら部隊編成の時間を稼ぎ、増援と共に数で空戦騎を圧倒。
可能な限り原型の残る状態で空戦騎を撃墜及び、捕縛。最悪、エーテルナイト用のフライトユニットだけでも確保出来れば良い。
B級の能力者が駆る空戦騎の戦闘能力は航空機二十機分に相当する。国境警備任務に使える戦力では追い返すのが精一杯。
だが、首都圏に常駐する戦力が使えるなら話は違う。恩賞独り占めというわけにはいかないかも知れないが、一番槍の名誉はワーグナルドにある。
可能な限り原型の残る状態で空戦騎を撃墜及び、捕縛。最悪、エーテルナイト用のフライトユニットだけでも確保出来れば良い。
B級の能力者が駆る空戦騎の戦闘能力は航空機二十機分に相当する。国境警備任務に使える戦力では追い返すのが精一杯。
だが、首都圏に常駐する戦力が使えるなら話は違う。恩賞独り占めというわけにはいかないかも知れないが、一番槍の名誉はワーグナルドにある。
「グアーハッハッハッハ! ヒャッハーイ! 俺様の天下だァァァッ!!」
未来予想図は描き切った。後は行動に移すのみ。懸案事項があるとすれば、敵にA級以上の能力者者が居る事くらいだ。
下位のエーテル能力者なら、ほぼ同格か、やや不利程度の差だが、同格以上になればお手上げだ。エーテルジェネレーターの有無の差だけは埋められない。
下位のエーテル能力者なら、ほぼ同格か、やや不利程度の差だが、同格以上になればお手上げだ。エーテルジェネレーターの有無の差だけは埋められない。
「まァ、国境警備隊を振り切って直接攻撃を仕掛けるって着眼点は悪くは無いがなァ! ある程度のダメージを与える事は出来てもなァ!
その内、包囲殲滅されるのがオチだよなァ? オチだろうが! 結! 論! 帝国のお偉方が貴重なA級以上の能力者を使い棄てるような決断はしねェい!
よってェ! 敵はB級の中でも、使い道の無いゴミクズ! 恐れるに足らんわァーハッハッハッハァァァァイ!!」
その内、包囲殲滅されるのがオチだよなァ? オチだろうが! 結! 論! 帝国のお偉方が貴重なA級以上の能力者を使い棄てるような決断はしねェい!
よってェ! 敵はB級の中でも、使い道の無いゴミクズ! 恐れるに足らんわァーハッハッハッハァァァァイ!!」
「よく喋る奴だな……頭イテェ」
陰鬱な表情で辟易しながらも、閼伽王はトゥエルフの後部シートに背中を預けた。
狂った物言いだが、言っている事は利に適っている。それにベアトリスの空戦騎を退けたという実績もある。
お手並み拝見――などと二機の空戦騎を前にして尚、余裕のある事を考えられる程度にはワーグナルドを信頼していた。
狂った物言いだが、言っている事は利に適っている。それにベアトリスの空戦騎を退けたという実績もある。
お手並み拝見――などと二機の空戦騎を前にして尚、余裕のある事を考えられる程度にはワーグナルドを信頼していた。
狂気と正気を混然とさせながら機首を翻し、エーテルバルカンと、エーテルキャノンによる飽和攻撃を仕掛ける。
照準を合わせる必要は無い。不意討ちや混戦なら兎も角、単騎駆けで真正面からの攻撃が空戦騎に通じる筈が無い。
ただ、まともに喰らえば撃墜は免れない程の威力を持つ攻撃が出来るという事を知らしめてやれば良い。
照準を合わせる必要は無い。不意討ちや混戦なら兎も角、単騎駆けで真正面からの攻撃が空戦騎に通じる筈が無い。
ただ、まともに喰らえば撃墜は免れない程の威力を持つ攻撃が出来るという事を知らしめてやれば良い。
攻撃をやり過ごした空戦騎は地表に向けていたエーテルライフルの銃口をトゥエルフに向け、更にもう一機は強化セラミックランスに持ち替え猛然と突撃。
すれ違い様に機体が激しい震動に晒され、コクピットの中を真っ白な光に照らされる。
空戦騎に背後を取られ、単眼で睨みを利かせているのだろうと認識したワーグナルドは狂気の中に安堵を含ませる。
すれ違い様に機体が激しい震動に晒され、コクピットの中を真っ白な光に照らされる。
空戦騎に背後を取られ、単眼で睨みを利かせているのだろうと認識したワーグナルドは狂気の中に安堵を含ませる。
5.
照らされている光の色から察するに相手は騎士の能力者。魔弾の能力者で無いのなら脅威では無い。
照らされている光の色から察するに相手は騎士の能力者。魔弾の能力者で無いのなら脅威では無い。
「エーテルがァ! ダダ漏れなんだよゥッ!」
繰り出される槍撃に見向きもせずに機体を逸らし、その間隙をすり抜けライフルを構えた空戦騎へ向かって空を翔る。
空戦騎のエーテルライフルから深緑に光る魔弾が流星の如く尾を引いて、ワーグナルドを迎え撃つ。
四基のエンジンが金切り声を上げ、急加速し弾丸から逃れるも一度避けた程度で、その効力を失う魔弾では無い。
ブーメランの様に弧を描き、トゥエルフの背後を追い縋る。
空戦騎のエーテルライフルから深緑に光る魔弾が流星の如く尾を引いて、ワーグナルドを迎え撃つ。
四基のエンジンが金切り声を上げ、急加速し弾丸から逃れるも一度避けた程度で、その効力を失う魔弾では無い。
ブーメランの様に弧を描き、トゥエルフの背後を追い縋る。
「面倒臭ェったらねェんだよ! テメェ等、魔弾はァ!!」
吼えながら命中の直前に急激な水平旋回でやり過ごし、弾丸目掛けてエーテルキャノンを叩き込み、虚空に散らす。
矢張り、魔弾の相手は厄介だと再認識しながらも第二射を狙う空戦騎に機首を巡らせ、能力を展開する。
そして、ゼロ距離――射出された二発のエーテルコートミサイルが大剣の形状に変化し、空戦騎の腹部へと飛翔する。
矢張り、魔弾の相手は厄介だと再認識しながらも第二射を狙う空戦騎に機首を巡らせ、能力を展開する。
そして、ゼロ距離――射出された二発のエーテルコートミサイルが大剣の形状に変化し、空戦騎の腹部へと飛翔する。
「貫けェェェェェいッ!!」
※ ※ ※ ※
警報発令から二十分が経過――共和国軍は市民の避難を九割方を終了させるに到っていた。
ワーグナルドの指示は民間人の避難誘導を完遂した上で、敵の捕縛可能な戦力を編成しろというものであった。
本来ならばヒーロー気取りの妄言と相手にもされない所だが、彼には大口を叩くに相応しいだけの実力がある。
ワーグナルドの指示は民間人の避難誘導を完遂した上で、敵の捕縛可能な戦力を編成しろというものであった。
本来ならばヒーロー気取りの妄言と相手にもされない所だが、彼には大口を叩くに相応しいだけの実力がある。
それ以上に主だった戦地となっている使い捨ての利く住民で構成された植民地と、本土では事情が大きく異なる。
程度の差はあれど住民の全てが共和国を背負っている、または背負っていく立場にあるエーテル能力者のみで構成されている。
共和国にとって使い捨てにしてしまうのは非常に都合が悪い、重たい命なのだ。
程度の差はあれど住民の全てが共和国を背負っている、または背負っていく立場にあるエーテル能力者のみで構成されている。
共和国にとって使い捨てにしてしまうのは非常に都合が悪い、重たい命なのだ。
ワーグナルドという破天荒が偶然居合わせたというのは不幸中の幸いだった。
エーテルナイトの襲撃を受けているにも関わらず、被害らしい被害を受けずに済んでいるのだから。
そして、それは他者を巻き込む事無く戦うという制約から解放たれた悠や、刀十狼にとっても好都合な事であった。
エーテルナイトの襲撃を受けているにも関わらず、被害らしい被害を受けずに済んでいるのだから。
そして、それは他者を巻き込む事無く戦うという制約から解放たれた悠や、刀十狼にとっても好都合な事であった。
「二十二式・壇上の法!」
印を結び、悠から放たれる皮膜の様に薄い青味がかった結界が文教都市全体を覆う。
化物共の目的は高純度のエーテルを内包する物質――エーテル能力者の捕食。
都市部は化物にとっての最適な餌場となっており、都市全体に広がる能力者を、たったの二人で保護するのは不可能。
そこでエーテルに対するジャミングを展開。エーテルを内包する者の気配を消滅、または抑制し、化物の認識能力を阻害する。
そして、他者のエーテルを平伏させた上で、悠自身は壇上の上に立つかの如く、エーテルによる存在感を訴えかける。
化物共の目的は高純度のエーテルを内包する物質――エーテル能力者の捕食。
都市部は化物にとっての最適な餌場となっており、都市全体に広がる能力者を、たったの二人で保護するのは不可能。
そこでエーテルに対するジャミングを展開。エーテルを内包する者の気配を消滅、または抑制し、化物の認識能力を阻害する。
そして、他者のエーテルを平伏させた上で、悠自身は壇上の上に立つかの如く、エーテルによる存在感を訴えかける。
微細なエーテルの中に一際強く光輝くエーテルがあれば化物達は君嶋悠という、より大きな餌へと大挙するのが道理だ。
化物にあるのは飢えを満たすという本能しか無く、それが罠にかけられている事など気付かないし、気付いても関係が無い。
本能と習性を利用した対化物用結界に、まんまと誘き寄せられた化物の数々。
軟体生物の様に触腕を伸ばし、毒性の吐息と奇声を漏らしながら前後左右から死体を啄ばむ鴉の如く、悠を飲み込もうと殺到する。
だが、化物の大群がどれ程押し寄せようと、その異形の牙が爪が切っ先が悠に触れる事は無い。
化物にあるのは飢えを満たすという本能しか無く、それが罠にかけられている事など気付かないし、気付いても関係が無い。
本能と習性を利用した対化物用結界に、まんまと誘き寄せられた化物の数々。
軟体生物の様に触腕を伸ばし、毒性の吐息と奇声を漏らしながら前後左右から死体を啄ばむ鴉の如く、悠を飲み込もうと殺到する。
だが、化物の大群がどれ程押し寄せようと、その異形の牙が爪が切っ先が悠に触れる事は無い。
「早に失せ――草薙」
蕉門十牙の銘を刻まれた二振りの倭国刀――槿花翁、狂雷堂を構えた刀十狼を中心に旋風が巻き起こり、風が走る。
突風と言うには余りにも穏やかで、そよ風と言うには余りにも鋭い風が一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十――
悠のエーテルに引き寄せられた化物の体躯が積み木の様に崩れ落ち、地べたに臓腑を撒き散らし、黒の大輪を四方に咲かせ、塵へと消え失せる。
全周囲にかまいたちの如く斬撃を放つ草薙と、敵を誘き寄せる性質を持つ壇上の法。二つの秘術が彼等を難攻不落の要塞にしていた。
守屋刀十狼はB級エーテル能力者であって覚醒者では無いのにも関わらず、彼は覚醒者同様に化物の気配を察知し、化物を殺す事が出来る。
そして、繰り出される秘の剣は、エーテル能力では無く、守屋家の血の力によって受け継がれて来た“剣術”それすらも彼が内包する法理と血の力の一端でしか無い。
突風と言うには余りにも穏やかで、そよ風と言うには余りにも鋭い風が一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十――
悠のエーテルに引き寄せられた化物の体躯が積み木の様に崩れ落ち、地べたに臓腑を撒き散らし、黒の大輪を四方に咲かせ、塵へと消え失せる。
全周囲にかまいたちの如く斬撃を放つ草薙と、敵を誘き寄せる性質を持つ壇上の法。二つの秘術が彼等を難攻不落の要塞にしていた。
守屋刀十狼はB級エーテル能力者であって覚醒者では無いのにも関わらず、彼は覚醒者同様に化物の気配を察知し、化物を殺す事が出来る。
そして、繰り出される秘の剣は、エーテル能力では無く、守屋家の血の力によって受け継がれて来た“剣術”それすらも彼が内包する法理と血の力の一端でしか無い。
「数が多過ぎる……な」
多勢に無勢――では無く、敵の陣容が余りにも不自然だと刀十狼は考えた。
化物のリーダーが率いる群れは二十体前後。だが、草薙によって屠られた化物の数は優に二百を越える。
化物のリーダーが率いる群れは二十体前後。だが、草薙によって屠られた化物の数は優に二百を越える。
6.
リーダー級の化物が十体現れたのか? 否――奴等の餌は能力者だが、その数にも限りがある。故に一箇所に多くの群れが集まる事は無い。
リーダー級の化物が十体現れたのか? 否――奴等の餌は能力者だが、その数にも限りがある。故に一箇所に多くの群れが集まる事は無い。
「謝肉祭規模の群れを引き連れる事が出来る化物がいるってわけか……共和国軍の覚醒者は何をやっているんだか」
「此処に居ない人間をアテにしても仕方があるまい……そろそろ、攻めに転じるが良いな?」
「OK! じゃあ、逃げ遅れた人間の確保を最優先! ボスを見つけたら撃滅って事で!」
「心得た」
悠の背中合わせに立つ刀十狼の声がくぐもって聞こえる。背後を振り返ると其処には人の姿は無い。
代わりに四本の足で地面を踏み締める象並の巨躯を持つ、しかし、悠達が戦ってきた異形とは毛色の異なる勇壮な銀狼の姿があった。
代わりに四本の足で地面を踏み締める象並の巨躯を持つ、しかし、悠達が戦ってきた異形とは毛色の異なる勇壮な銀狼の姿があった。
「獣化能力……久々に見るけど、また大きくなったね?」
「成長期と言う奴よ。早駆けならば人よりも獣の方が早い。人命救助にしても獣の方が鼻も利く」
そう言って銀狼と化した刀十狼は地面を踏み鳴らしながら、象徴的な銀の体毛を靡かせる。
「まあ、逃げ遅れた人を脅えさせない様にね」
「問題無い。寧ろ、子供にはこの姿の方が親しまれやすい」
銀狼がニィっと笑った瞬間、地面に四つの穴を穿ち、その姿を掻き消した。
「いや、その姿で親しまれやすいって……サイガの子供はどんだけ逞しいんだよ」
※ ※ ※ ※
悠と、刀十狼が地上の騒動を引き起こした元凶を駆逐する為に手分けして探して回っている頃、空ではワーグナルドの気勢はこの上無く昂ぶっていた。
魔弾の駆る空戦騎の懐に飛び込み、エーテルコートミサイル二発を剣化してゼロ距離発射。
相手に油断があったのか、ワーグナルドの指摘通り、帝国にとって取るに足らない捨て駒だったのか。斬殺、刺殺、爆殺、射殺。空戦騎は木端微塵に爆散した。
魔弾の駆る空戦騎の懐に飛び込み、エーテルコートミサイル二発を剣化してゼロ距離発射。
相手に油断があったのか、ワーグナルドの指摘通り、帝国にとって取るに足らない捨て駒だったのか。斬殺、刺殺、爆殺、射殺。空戦騎は木端微塵に爆散した。
「げひゃひゃひゃひゃ!! エーテルナイトなんざ大仰な物を持ち出して、やっと均衡状態程度のヘボ能力者どもがァ!!
この! 俺! 様! ワーグナルド・ミッテルシュナウダー様に勝てるとでも思っているのかァ!? 甘すぎて顔がキモくなるわァ!!」
この! 俺! 様! ワーグナルド・ミッテルシュナウダー様に勝てるとでも思っているのかァ!? 甘すぎて顔がキモくなるわァ!!」
「おいおい……本当に戦闘機一機で空戦騎に勝っちまいやがった……流石はA級能力者って事かよ」
狂った様にコクピットの中で、はしゃぐワーグナルドに閼伽王は呆然と呟いた。
戦場の支配者と恐れられているエーテルナイトを相手に一対二という悪条件で苦戦する事も無く一機を撃墜。優勢ならしめた。
戦場の支配者と恐れられているエーテルナイトを相手に一対二という悪条件で苦戦する事も無く一機を撃墜。優勢ならしめた。
「ハッハー!! 今更になって俺様の偉大さに気付いたか? そうだ!! 崇めろ!! 奉れィッ!!」
白磁の闘気に覆われた鋼鉄の凶鳥に跨った狂人は雑念に塗れた咆哮で高空の戦場を振るわせると、その首を巡らせ、背後から迫る空戦騎へと一直線に突進した。
「閼伽王! 火器管制を貴様にくれてやる! 空戦騎を捕縛しろィ!!」
湯水の様に莫大なエーテルを内包するワーグナルドがエーテル兵器を使えば、例えエーテルナイトが相手でも塵と化してしまう。
何時でも、何処でも、何があっても全力全壊。手加減が出来るだけの器用さなど持ち合わせていないが、それを自覚するだけの客観性は持ち合わせている。
だから、B級エーテル能力者の閼伽王に火器を一任すればどうか? まかり間違っても空戦騎を跡形も無く消し飛ばす程の能力は無い筈。
可能な限り原型が残る状態で空戦騎を捕縛するのに一役買ってくれるだろう――というのがワーグナルドの考えだった。
何時でも、何処でも、何があっても全力全壊。手加減が出来るだけの器用さなど持ち合わせていないが、それを自覚するだけの客観性は持ち合わせている。
だから、B級エーテル能力者の閼伽王に火器を一任すればどうか? まかり間違っても空戦騎を跡形も無く消し飛ばす程の能力は無い筈。
可能な限り原型が残る状態で空戦騎を捕縛するのに一役買ってくれるだろう――というのがワーグナルドの考えだった。
「目に物見せてやんよ!!」
閼伽王が後部シートの左右に位置するトリガーを握ると、両翼のエーテルキャノンの砲門が白磁の閃光を迸らせる。
空戦騎のパイロットは強化セラミックランスを二度振るい、閼伽王の放った閃光を叩き落とす。
爆風に煽られながら急上昇する空戦騎にワーグナルドは高らかな哄笑と共に、その背後に喰らい付き、瞬時にして音速の壁を叩き壊す。
空戦騎のパイロットは焦る――何故、エーテルジェネレーターすら搭載せず、粗悪なエーテル兵器しか持たない、たった一機の戦闘機如きに追い立てられているのか?
空戦騎のパイロットは強化セラミックランスを二度振るい、閼伽王の放った閃光を叩き落とす。
爆風に煽られながら急上昇する空戦騎にワーグナルドは高らかな哄笑と共に、その背後に喰らい付き、瞬時にして音速の壁を叩き壊す。
空戦騎のパイロットは焦る――何故、エーテルジェネレーターすら搭載せず、粗悪なエーテル兵器しか持たない、たった一機の戦闘機如きに追い立てられているのか?
優れたエーテル能力と操縦技術を持つエースパイロット専用エーテルナイト、空戦騎。戦場の支配者。選ばれし者では無かったのか?
空戦騎は追撃を引き離そうと持てる能力の全てをブースターに注ぎ込み、落下速度も上乗せするべく垂直降下という暴挙に出た。
空戦騎は追撃を引き離そうと持てる能力の全てをブースターに注ぎ込み、落下速度も上乗せするべく垂直降下という暴挙に出た。
「無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
叫びながらもワーグナルドはトゥエルフを疾駆させ、空戦騎の背後に取り付き、閼伽王はエーテルバルカンをばら撒きながら追い立てる。
「このまま頭から地面に突っ込ませろィ!!」
エーテル兵器による損傷ならば機体を破壊する恐れがあるが、地面への墜落という物理現象ならば機体その物への負担はそれ程大きくは無い。
閼伽王はエーテルバルカン、エーテルキャノンの全砲門から閃光を放ち、ワーグナルドはトゥエルフを錐揉み回転させ、閼伽王が放つ弾幕を四方八方に分散させ空戦騎を包囲。
その退路を封じ込め、その進路を直下の地面に縫い付けるが、空戦騎のパイロットは諦めない。地面との激突を免れようと大気に爪を立て、減速を目論む。
閼伽王はエーテルバルカン、エーテルキャノンの全砲門から閃光を放ち、ワーグナルドはトゥエルフを錐揉み回転させ、閼伽王が放つ弾幕を四方八方に分散させ空戦騎を包囲。
その退路を封じ込め、その進路を直下の地面に縫い付けるが、空戦騎のパイロットは諦めない。地面との激突を免れようと大気に爪を立て、減速を目論む。
「セブンスの魚に比べたら、まだまだってなモンだぜ!!」
閼伽王の会心の笑みと共に空戦騎を包囲する弾幕が氷柱の様に細く伸び、減速中の空戦騎を地面に絡め取る。
「ハーッハッハハーイ!! やるじゃねぇか!! 二階級特進ものだァ!! ヒャアアアアッハアアアアアア!!」
ほぼ完全な状態での空戦騎の捕縛成功にワーグナルドは、ゆっくりと滑空しながら奇声を発してはしゃいだ。
完全なる慢心。空間を軋ませるほどの強力なエーテルの波動に気付いたのは、衝撃波と共に瓦礫の飛沫を左右に巻き上げながら
捕縛した空戦騎を貫き、音速を越えて滑走するエーテルソードと擦れ違った瞬間――既に手遅れのタイミングであった。
完全なる慢心。空間を軋ませるほどの強力なエーテルの波動に気付いたのは、衝撃波と共に瓦礫の飛沫を左右に巻き上げながら
捕縛した空戦騎を貫き、音速を越えて滑走するエーテルソードと擦れ違った瞬間――既に手遅れのタイミングであった。
「帝国政府のシナリオがどうなっているかは知りませんが、空戦騎は渡しませんよ。此方も一応は戦争に来たのですから」
前後左右が滅茶苦茶になったコクピットの中で閼伽王は見た。白磁の装甲に身を包む空の騎士の姿を、その目に焼き付けた。
そして、時同じくして悠もまた、新たに現れた空戦騎に向けて、怒りを湛える双眸で睥睨していた。
そして、時同じくして悠もまた、新たに現れた空戦騎に向けて、怒りを湛える双眸で睥睨していた。
「無からのエーテルソードの実体化……という事は騎士のS級能力者ってわけか。
覚醒者でありながら、化物の始末もせずに戦争ゴッコに興じるとは良いご身分だね」
覚醒者でありながら、化物の始末もせずに戦争ゴッコに興じるとは良いご身分だね」
悠の口調は軽いもの、その怒りを証明するかのように、その双眸は紅蓮の炎の如く、苛烈に燃え立っていた。
更にもう一方で予期せぬ展開に完全に巻き込まれている少年が一人。少年の名はレーヴェ・スゥライオン。
歳は十二。つい数時間前、悠と閼伽王に救出された少女、レイファン・スゥライオンの実兄である。
更にもう一方で予期せぬ展開に完全に巻き込まれている少年が一人。少年の名はレーヴェ・スゥライオン。
歳は十二。つい数時間前、悠と閼伽王に救出された少女、レイファン・スゥライオンの実兄である。
彼が一体、何に巻き込まれているのかと言うと、まず一つは帝国の空襲。
文教都市の住民は既に地下施設に避難済みだが、地下施設への避難が出来るのは【文教都市の住民】に限られている。
戦火を避けるべく流浪の旅を続けている彼等兄妹は文教都市の住民では無いため避難すべき場所が無い。
文教都市の住民は既に地下施設に避難済みだが、地下施設への避難が出来るのは【文教都市の住民】に限られている。
戦火を避けるべく流浪の旅を続けている彼等兄妹は文教都市の住民では無いため避難すべき場所が無い。
そして、空襲と共に現れた異形の化物達の襲撃。悠が知る由も無いが壇上の法によって事無きを得ていたのも今や遠い過去。
悠が壇上の法を解除した今、化物達はレーヴェを喰らい尽くそうと追い掛け回している。
化物達に喰われそうになっているという事は、つまるところ、エーテル能力者なのだが、多勢に無勢というにも程がある。
更に三つ目の受難。夢幻地獄の様な死地と化した文教都市で再び妹と逸れてしまった。探しに行こうにも逃げるので精一杯。
と言うか、四つ目の受難がこれまた性質が悪い。彼の背後には化物が手を伸ばしており、彼の正面には――
悠が壇上の法を解除した今、化物達はレーヴェを喰らい尽くそうと追い掛け回している。
化物達に喰われそうになっているという事は、つまるところ、エーテル能力者なのだが、多勢に無勢というにも程がある。
更に三つ目の受難。夢幻地獄の様な死地と化した文教都市で再び妹と逸れてしまった。探しに行こうにも逃げるので精一杯。
と言うか、四つ目の受難がこれまた性質が悪い。彼の背後には化物が手を伸ばしており、彼の正面には――
「ここまで不幸が重なると笑うしかないよねー。あははははは~俺って不幸だな~ってマジで死ぬ五秒前! 笑えるか!!」
一人で泣いたり、笑ったり、怒ったり表情をコロコロと変えるレーヴェ少年の正面にある脅威。それは――
新たに現れた空戦騎に吹き飛ばされた閼伽王と、ワーグナルドが乗るトゥエルフが、かなりダメな感じの墜落コースを描いているという事だ。
化物に食い殺されるか、戦闘機に轢き殺されるかの究極の選択に少年は第三の選択肢を選んだ――
新たに現れた空戦騎に吹き飛ばされた閼伽王と、ワーグナルドが乗るトゥエルフが、かなりダメな感じの墜落コースを描いているという事だ。
化物に食い殺されるか、戦闘機に轢き殺されるかの究極の選択に少年は第三の選択肢を選んだ――
「あったら良いのにな~♪ 無いもんな~♪ 死ぬかもな~♪」
陽気に歌ってはいるものの最早、ただのヤケクソである。
もう如何にでもなぁれという気分で歌っていると目の前の景色が高速で流れ始める。
もう如何にでもなぁれという気分で歌っていると目の前の景色が高速で流れ始める。
「あはは~♪ これが走馬灯って奴かー、こうも流れるのが早いと何が何だか分からないよねぇ~♪」
「何を呆けておるか」
ダメな感じにトリップしているレーヴェの背後から、くぐもった男の声が投げかけられる。
「うえ……お?」
正気を取り戻したのも束の間、景色の大幅な変化にレーヴェは不思議そうに首を傾げる。
正面。レーヴェを巻き込みながら墜落しようとしていた戦闘機の姿は無い。
側面。レーヴェの逃げ場を阻むビルのジャングルは無く、辺り一面を荒野が広がっている。
そして、背後に首を巡らせると――
正面。レーヴェを巻き込みながら墜落しようとしていた戦闘機の姿は無い。
側面。レーヴェの逃げ場を阻むビルのジャングルは無く、辺り一面を荒野が広がっている。
そして、背後に首を巡らせると――
「ば、化物っ!?」
レーヴェの胴回りの優に三倍はあるであろう太い四本の怪腕。研ぎ澄まされた倭国刀の様に鋭い爪と牙。
鉄骨の建造物すらも容易く打ち壊せそうな程、しなやかに凶暴に振るわれる尻尾。風に靡く銀色の体毛を持つ巨大な狼。
先程までレーヴェを追い掛け回していた化物と比べれば、威風堂々とした勇猛な姿をしているが、あまりにも大き過ぎる。
象の様な巨体を誇り、人語を話す銀狼など聞いた事も見た事も無い。何も知らない者が見れば、獣化した守屋刀十狼を化物と称するのも無理無からぬ事であった。
鉄骨の建造物すらも容易く打ち壊せそうな程、しなやかに凶暴に振るわれる尻尾。風に靡く銀色の体毛を持つ巨大な狼。
先程までレーヴェを追い掛け回していた化物と比べれば、威風堂々とした勇猛な姿をしているが、あまりにも大き過ぎる。
象の様な巨体を誇り、人語を話す銀狼など聞いた事も見た事も無い。何も知らない者が見れば、獣化した守屋刀十狼を化物と称するのも無理無からぬ事であった。
「誰が化物ぞ、戯け」
化物呼ばわりされた刀十狼は口調に剣呑な物を含ませながら獣化を解き、人間の姿をレーヴェの前に晒す。
「ば、化物が人になった!? つか、オッサン誰!? て、て言うか何事!? どうなったの俺!?」
エーテル能力が、ありとあらゆる殺戮手段と、破壊法を可能とする異能の力。
その一つ。変身。但し、人間は人間以外の存在になり得る事は絶対に有り得ない。
人間が人間以外の物になる事が出来るのならエーテルジェネレーター搭載兵器、所謂エーテルナイトが人型である必要性も無くなる。
そんな事は子供のレーヴェですら承知している事だ。だから、人以外の物になれる刀十狼を前にして目を白黒させた。
その一つ。変身。但し、人間は人間以外の存在になり得る事は絶対に有り得ない。
人間が人間以外の物になる事が出来るのならエーテルジェネレーター搭載兵器、所謂エーテルナイトが人型である必要性も無くなる。
そんな事は子供のレーヴェですら承知している事だ。だから、人以外の物になれる刀十狼を前にして目を白黒させた。
「戯け。我はまだ十九ぞ。文教都市は死界に成り果てた。卿は命を繋ぎ止めた。死にたく無ければ早に失せ。以上だ」
レーヴェの質問の一つ一つに淡々と答えながら、淡々とその頭に拳骨を落とす。オッサン扱いされる程、老成しているつもりは無い。
「逃げられるんだったら、とっくに逃げてるって! お、俺の妹が居ないんだ!
妹の……レイファンのエーテルを感じる事が出来るのに居ないんだ! 何処にも!
あの化物みたいなの俺達みたいなのを食うんだろ!? 早く見つけ出さないと!!」
妹の……レイファンのエーテルを感じる事が出来るのに居ないんだ! 何処にも!
あの化物みたいなの俺達みたいなのを食うんだろ!? 早く見つけ出さないと!!」
(化物の存在を認識し得るか……ならば、この童は……)
守屋の様に脈々と血の改造を続けて来たイレギュラーで無いとすれば、レーヴェは選ばれた六百六十六人の覚醒者の一人。
刀十狼は内心で首を傾げる。レーヴェが覚醒者だとするとエーテル能力者としての等級は最低でもA級。あの程度の化物に四苦八苦する道理は何処にも無い筈。
刀十狼は内心で首を傾げる。レーヴェが覚醒者だとするとエーテル能力者としての等級は最低でもA級。あの程度の化物に四苦八苦する道理は何処にも無い筈。
「助けてもらって悪いけど、俺、戻るよ! 兄貴が妹見捨てて逃げるわけにはいかないから!
力は大した事無いけど、俺だってエーテル能力者なんだ、命捨てる覚悟で戦えば……いってぇ!!」
力は大した事無いけど、俺だってエーテル能力者なんだ、命捨てる覚悟で戦えば……いってぇ!!」
踵を返し文教都市へと戻ろうとするレーヴェの頭に再び拳骨が振り落とされる。
「な、何すんだよ!?」
涙目で食って掛かるレーヴェの額を指で弾いて嗜める。
「卿如きが命を賭けた所で如何にか出来る程、手緩い世界では無い。ただの自殺行為にしかならぬぞ」
レーヴェが覚醒者だとすれば、この程度の死地ならば踏破するのは容易い。
それでも、命を棄てる覚悟を持って挑むというのであれば、レーヴェは間違いなく自分自身の力を自覚していない。
力の使い方すらも理解していない。だが、何よりも――
それでも、命を棄てる覚悟を持って挑むというのであれば、レーヴェは間違いなく自分自身の力を自覚していない。
力の使い方すらも理解していない。だが、何よりも――
「け、けどよ……! それでも、レイファンは俺の妹なんだ! 一人で逃げられるもんか!」
「命を捨ててでも妹を救いたいか?」
「当たり前だろ! 俺の村はあの化物に食われたんだ! 親だって殺された! もうレイファンには俺しか……俺しか……いない?」
「命と引き換えに人を救う。それが如何に愚かで、傲慢で、愚鈍な発想か……理解に及んだか?
卿の妹には卿一人しか残されておらぬ。卿の命と引き換えに妹を救う事が出来ても、その後は一体、誰が護る?
一時的な生を繋ぎ止めた程度では真の意味で護った事にはならぬ」
卿の妹には卿一人しか残されておらぬ。卿の命と引き換えに妹を救う事が出来ても、その後は一体、誰が護る?
一時的な生を繋ぎ止めた程度では真の意味で護った事にはならぬ」
守屋刀十狼は死ぬ覚悟や、自己犠牲というものを厭う。そんなモノは遺された者を悲しませるだけの自己満足でしか無い。
死ぬ覚悟など持たずとも、いずれ必ず死が訪れる。だから、刀十狼はこう考える。死ぬ覚悟があるのなら、生き抜く覚悟を持てと。
死ぬ覚悟など持たずとも、いずれ必ず死が訪れる。だから、刀十狼はこう考える。死ぬ覚悟があるのなら、生き抜く覚悟を持てと。
「だけど!! そんなのただの奇麗事だろ!! たった一人の肉親を助けに行くのは理屈じゃないだろ!?」
それでも、レーヴェは食い下がる。納得が出来る筈が無い。レーヴェにとっても、レイファンしかいないのだから。
たった一人の肉親が窮地に陥っていると分かっていながら、どうして何もせずにいられようか。
だとしても、刀十狼は泰然とした態度を崩さずにレーヴェを諭す。
たった一人の肉親が窮地に陥っていると分かっていながら、どうして何もせずにいられようか。
だとしても、刀十狼は泰然とした態度を崩さずにレーヴェを諭す。
「卿は手段も目的も違えておる。他者を護る意思があるのなら、まずは生きよ。
生きる事を放棄しようとする惰弱に、死を美徳とする愚者に他者を護る資格は無い。
卿は護りたい者に対し、己の屍を晒すつもりか? 天命を全うせぬ死など、ただの逃避よ。
死は易いが、生は困難ぞ。だからこそ、護る者はあらゆる困難すらも生き抜く意思を持たねばならぬ」
生きる事を放棄しようとする惰弱に、死を美徳とする愚者に他者を護る資格は無い。
卿は護りたい者に対し、己の屍を晒すつもりか? 天命を全うせぬ死など、ただの逃避よ。
死は易いが、生は困難ぞ。だからこそ、護る者はあらゆる困難すらも生き抜く意思を持たねばならぬ」
「生きるためにレイファンを見捨てろってのか!? それこそ困難への逃避じゃないか!!」
「他者を護るという意識を掲げたのならば、確実に守り抜いた上で、卿もまた生きよという話をしておるのだ」
「そんなのどうやってやれってんだよ!?」
「卿は誠に愚鈍よな。自らの力で事を成せぬと分かっているのなら、事を成せる法と手段を講じよ。
卿は愚鈍だが、誠に運が良い。活目せよ。卿の目の前に都合良く、法と手段が転がっておるわ」
卿は愚鈍だが、誠に運が良い。活目せよ。卿の目の前に都合良く、法と手段が転がっておるわ」
レーヴェの目の前に転がっている法と手段。それは若草色の陣羽織を身に纏った身の丈百八十程の長身。
後頭部の辺りで結った銀髪を風に靡かせる美丈夫の侍。そんな法と手段が転がっていた。
生きる覚悟が出来たら我を使えと言わんばかりの視線をぶつけて来る守屋刀十狼の姿にレーヴェは目を剥いた。
後頭部の辺りで結った銀髪を風に靡かせる美丈夫の侍。そんな法と手段が転がっていた。
生きる覚悟が出来たら我を使えと言わんばかりの視線をぶつけて来る守屋刀十狼の姿にレーヴェは目を剥いた。
「本気かよ!? 見ず知らずの子供の為に!? それこそ自己満足じゃないか!!」
「だが、我は生きる。自己満足と奇麗事を幾重にも重ね、それを誇りとして生きるのが我なのだからな。
それに我が動けば泣かずに済む人間が増える。不幸な者が減るならそれに越した事はあるまい?
人が行動する事に、それ程、大きな理屈は必要は無い。我とて大きな理想など持ち合わせてはおらぬ。
主とて犬猫が擦り寄ってきたら余った食料を与えてやろう? 我にしてみれば、それと同じようなものだ」
それに我が動けば泣かずに済む人間が増える。不幸な者が減るならそれに越した事はあるまい?
人が行動する事に、それ程、大きな理屈は必要は無い。我とて大きな理想など持ち合わせてはおらぬ。
主とて犬猫が擦り寄ってきたら余った食料を与えてやろう? 我にしてみれば、それと同じようなものだ」
「犬猫って……そういう問題かぁ!? 相手は化物なんだよ!? そりゃあ、オッサンだってメチャクチャ……いってぇぇ!!」
オッサン扱いを受ける程、老成しているつもりは無い。無いが、こうも連呼されるとオッサンに見えるのだろうかと
若干の不安を胸に秘めながら刀十狼は黙々とレーヴェの頭に拳骨を振り落とす。
若干の不安を胸に秘めながら刀十狼は黙々とレーヴェの頭に拳骨を振り落とす。
「この程度の死界。我の範疇の内ぞ。我は死なぬ。卿も死なぬ。卿の妹も死なせぬ。我は誰も泣かせぬ。
往くぞ、卿の妹の気配はまだ知覚出来るのだろう? ならば今一度、死地へ舞い戻ろうぞ。卿の理想、我の自己満足のために」
往くぞ、卿の妹の気配はまだ知覚出来るのだろう? ならば今一度、死地へ舞い戻ろうぞ。卿の理想、我の自己満足のために」
刀十狼は人から銀狼へと姿を変え、その巨大な首にレーヴェを跨らせ、人妖が混然となった死都へと進撃を開始した。
※ ※ ※ ※
君嶋悠は人間同士の戦いという蛮行に対して、是としないが、否ともしない。
有史以来、人類から闘争の歴史が消えた事はただの一度も無いので、そういうものなのだと納得している。
と言っても、無関係の人間が戦火に巻き込まれ不幸を背負い込む様すら受け入れているのかと言えば、そうではない。
不幸な人間などいないに越した事は無い。そして、戦争が不幸な人間を生み出しているとすれば是と出来る筈が無い。
どちらかと言われたら、仕方が無いという、諦めの境地に近い。
だが、何もかもを諦めているわけでは無い。無力なりに少しでも良くなるようにと出来る事をやる。
有史以来、人類から闘争の歴史が消えた事はただの一度も無いので、そういうものなのだと納得している。
と言っても、無関係の人間が戦火に巻き込まれ不幸を背負い込む様すら受け入れているのかと言えば、そうではない。
不幸な人間などいないに越した事は無い。そして、戦争が不幸な人間を生み出しているとすれば是と出来る筈が無い。
どちらかと言われたら、仕方が無いという、諦めの境地に近い。
だが、何もかもを諦めているわけでは無い。無力なりに少しでも良くなるようにと出来る事をやる。
「だけど、覚醒者。それも僕の上位存在でありながら、眼前の脅威を見過ごし戦争に興じる奴には……説教が必要だね」
【次回予告】
閼伽王、ワーグナルドを退けた帝国の覚醒者の前に月のエーテルナイトが立ち塞がる。
魔都と化した文教都市を十の太刀を携えた銀狼と、小さな獅子の子が駆け巡る。
戦場に立つ全ての戦士が他人の掌の上で踊らされている事も知らず、己の信念を貫く。
閼伽王、ワーグナルドを退けた帝国の覚醒者の前に月のエーテルナイトが立ち塞がる。
魔都と化した文教都市を十の太刀を携えた銀狼と、小さな獅子の子が駆け巡る。
戦場に立つ全ての戦士が他人の掌の上で踊らされている事も知らず、己の信念を貫く。
機神幻想Endless 第五話 示す者、護る者、生きる者
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