創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

GEARS 第零.五話後編

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矢神は後悔の念に苛まれていた。何故、鬼塚をセシリナの診療所で留守番させ無かったのかと。
何故、鬼塚の元へ向かう前に煙幕の中で猫背の男を始末しなかったのかと。黒服の男達への警戒を緩めていた事もそうだ。
更に言えば、廃墟の前に駐車してあった自動車にパンクさせるなり何なりの細工をしなかった事も悔やまれる。
何よりも瓦礫の中で身動きが取れなくなっている間に、鬼塚に対する悪辣な物言いを許し、何も出来なかった自分自身にも腹が立つ。

「来るのが遅いから、お部屋でイチャコラとラブくてエロい事していると思って目の保養に来てみれば穏やかじゃないわねェ?」

硝煙の残り香と鮮血の鉄臭さが鼻腔を刺激する。セシリナは慌てた風でも無く肩を竦めて廊下に残った真新しい血痕の跡を目で追った。
終着地点は元々は頑丈な壁であった事を窺わせる梁の残骸を残して崩れ落ちた瓦礫の山。

「玲ー? 自力で何とか出来るー?」

「居るって分かってんだったら少しは手伝えよ!! クソッタレがァッ!!」

怒号一喝。瓦礫の山を弾き飛ばし、左肩を血に染めた矢神が立ち上がる。

「だって自分で出来るじゃない。左肩はどう? 動かせる?」

「どうにかな……今、何時だ?」

「それはさて置き、まずは左肩の応急処置ね」

「そんな事している場合……」

「場合よねぇ……そのザマじゃ」

そう言って、セシリナが矢神の左肩に穿たれた銃創に親指を抉り込む様に押し入れると、流血が勢いを取り戻し新たな血溜まりと湯気を立ち上らせた。

「俺を殺す気か!?」

「あらァ? 死なれても寂しいし、イかす気満々よォ? それに何処でナニをされる前にナニをすれば良いのかは分かってるのよ?
敵がチンドン屋にシモの毛が生え揃った程度だとしても数は多い。こっちの戦力はアナタ一人だけなのだから、万全にしないとダメねぇ」

「だったら早くしてくれ。頭脳労働担当」

妖艶な笑みを浮かべながら自身の左腕を這うように、舐めるようにして撫で回される事に辟易としながら吐き捨てた。
本来の自分がどの程度残っているか分からなくなる程に改良に改良を加え、女の身体を手にしているとは言え【男】だ。
矢張り、【男】に劣情をもよおす様な触り方をされるのは正直、気持ちが悪い。

(どんな外ッ面していようと、コイツからは女特有の匂いはしねぇしな……)

自室で傷の手当てを受けながら猫背の言っていた新たな確定した情報をセシリナに伝えて情報を更新していく。
そして、その結果――

鬼塚小春はフォートイン・デルモンという少女を治すために違法な手段で生み出されたクローン人間である。
鬼塚小春を生み出したのはマフィア、蛇蝎。販売営業等の業務には下部組織のサーペントが動いている。
移植手術は猫背の男の口振りからして今日中に行われる。

「何処で何をすれば良いか分かっているって言っていたな? 俺は何処で暴れたら良いんだ?」

「簡単よ。臓器移植が今日中に行われるのは確実。でも、フォートインが入院している病院で手術をする事は出来ない。
移植手術をするのに適した場所を確保しなければならないわねぇ。だけど、重病を患うフォートインを派手に動かすのも危険。
そう言えば、さっきアナタでも候補を絞り込めそうな事を言っていたわねぇ?」

――必要なモン取り出したら意識残したまま焼却炉行きだ

「それって、それだけ近くに人間……ううん。生き物用の焼却炉があるって事よねぇ」

モバイルシステムからフォートインが入院している病院を中心にした地図が立体映像となって表示され
セシリナの言葉に反応して次から次へと光が欠け、最後に病院から一ブロック先の施設が残る。

「ペット専門の葬儀屋……確かに葬儀屋なら焼却炉を持っているだろうがよ、こんな所で手術をするってのか?」

「実は此処と同じで元々は経営破綻した病院なの……って言うか、真っ当だった頃の私の職場でもあるのよねぇん。
だから、すぐに予測演算の結果に納得が出来たっていうのもあるのだけど……大方、元の医療器具ごと引き取って違法クローンビジネスを始めたってところじゃないかしらん?
違法クローンの廃棄場所をカムフラージュするためにペット専門の葬儀屋を開業。大掛かりな焼却炉を持つ名目にもなるものねぇ」

一通りの説明と、治療を終えたセシリナは矢神から身を離し、鍵とヘルメットを投げ渡す。

「車で三時間。ハイウェイならその三分の一。猶予は殆ど無いけれど光の速さで動けば、ギリギリって所ねぇ」

矢神が不覚を取って、どの程度の時間が経過したのか、時間的な余裕はどの程度あるのか。
セシリナは言わないし、矢神も聞かない。正確な時間を知り得たからと言って、何かがプラスに働くわけでもマイナスに働くわけでも無い。
まだ手遅れには程遠い。持てる力を百パーセント発揮し、運さえも味方に付け全身全霊で駆け抜ければ間に合う。ただそれだけだ。

「光の速さで動いてギリギリか……ハッ! 余裕だな」


※ ※ ※


夕焼けに染まるハイウェイを漆黒の流線型が走る。
鬼塚を連れ去ったサーペントの構成員達がどのルートを辿ったのかどれ程先を行かれているのか矢神に知る由も無いが
セシリナが用意した二輪の最高速度はハイウェイの法廷速度を軽く五倍は上回り、人間の限界を遥かに超えた文字通りのモンスターマシンであった。
普通の人間には決して扱う事の出来ない代物だが、生憎と矢神も抽象的な意味では無く、文字通りの意味で普通の人間では無い。普通の人間に比べれば少々の無理は利く。
戦闘機のパイロットが着る様な大仰なスーツに身を包んだセシリナを背に乗せた矢神はフルスロットルを維持したまま
ただの一度も減速する事無く、市街地を突き抜け、ハイウェイを迅雷の如く駆け抜ける。
セシリナは減速しろとも、もっと急げとも言わない。矢神がやりたい様にやらせる。

(一番の好都合は葬儀屋への到着と同時に抑える事が出来るっていうのがベストねぇ)

鬼塚の臓器をクローニングし、フォートインへの移植手術は行わなければならない。
鬼塚は違法クローン人間だ。真っ当な病院では、それを行う事が出来ない。
どちらにせよ、ペット専門の葬儀屋に残されている医療施設を使うために足を運ばなければならないのだ。
ハイウェイでデッドヒートなどと遊んでいるよりは、その方が効率が良い。

(でも、先に葬儀屋に到着されるのも怖いのよねぇ)

だから、セシリナは急げとも落ち着けとも言わない。
効率を重視するなら同着かやや遅れるか、個人的な精神面を重視するならハイウェイでケリを付けたい。

(どっちもどっちねぇ……)

だから、セシリナは考えるのを止めた。正直言って、彼にとってはどちらでも良い事だからだ。
鬼塚小春は彼の患者でもある。矢神玲という戦力を使って何が何でも無事に助け出す。これは確定事項だ。
だが、フォートインを救う事に関しては矢神程重要視しておらず、サーペントに支払われる報酬を横取り出来たら良い稼ぎになるだろう程度。
色町の闇医者は基本的には無報酬。矢神の懐程、潤ってはいないのだ。
尤も、明日の生活に困る程、逼迫もしていない。金は幾らでもあるに越した事は無いが、固執する必要も無い。

「なんだありゃ……?」

稲妻の如く、ハイウェイを貫く二輪の姿を見て誰も彼もが呆気に取られて見ている中
そろそろ、中年に差し掛かる年齢の銀髪の男が面白がるような口振りで一瞬で走り去った矢神たちを見送った。

「違法改造車両で命がけの全力疾走……警察から逃げてるって様子も無い。ワケアリの類か……」

銀髪の男は矢神達が走り去った方に視線を向けて悪戯気な笑みを浮かべた。
まるで新しい玩具を見つけた子供の様に。


※ ※ ※


元サーペントメンバー、現蛇蝎の構成員である猫背の男――鮫島は上機嫌に鼻歌を歌いながらハイウェイを走り抜ける。
サイドミラーには彼の舎弟達が付き従うかの様に一定の間隔とスピードを維持したまま、同じデザインの車を走らせている。
バックミラーには後部シートで黒服に身を包んだ彼の同期が口を結んだまま鬼塚の両脇を固めている様を映している。
鬼塚は暴れる事も無ければ、泣き喚く事も無い。

「良い夜だなァ」

予期せぬトラブルや、思わぬ邪魔が入りもしたが問題無く無事に取引も片付きそうだ。
やる事やって、貰うものを貰ったら今回の件をネタにデルモンという男を強請ってやろう。
必死になった結果、ハッピーエンドという所で奈落の底に突き落としてやるのはさぞ楽しいだろう。

――そう考えている矢先の事だった。

「何だ、ありゃあ……?」

バックミラーに映り込んだ小さな光が、蛍の様に無軌道な残光を残して漂っているのに気付いた鮫島は不審気に声を漏らす。
蛍やライトの点滅では無い。ナニカがハイウェイを走る車両や曲がりくねった道を縫うように非常識なスピードで爆走している。
比較的、警察の監視の目が薄いハイウェイの法廷速度を律儀に守る者など、そう多くは無い。
善良を自称するドライバーであっても、法廷速度の二倍近くの速度で運転するのが大半であると断じても良い程にだ。
だが、それすらも俺の行く手を遮る壁だと言わんばかりに矢神は鋼の獣を駆り立てる。
卓越した直感にて様々な角度から見、或いは記憶しているかの様に車幅や傾斜の緩急、コーナーリングのタイミングに至る全てを
アクセル全開で、これ以上に無い程のハンドリングで切裂いて行く。

「サツか……? いや、ちげぇな……」

鮫島の口調に剣呑な物が含まれ、黒服の二人が僅かながらに身体を揺らした。
彼等に敵は多い。警察だけでは無い。寧ろ、抗争相手のマフィアに比べたら警察など可愛いものだ。
鬼塚は車内の雰囲気が変わった事に気付きはしたが、うな垂れたまま何の反応もしない。
法的機関に捕まれば安楽死くらいは期待出来るかも知れない程度にしか考えていない。

「何モンだか、何が目的だか知らねぇが……」

ゲートまで目と鼻の先。流石に今の頭数や装備で面倒ごとを起こすには些か不安がある。
気のせいだろうと鼻で笑える程、迂闊でも無い。万全には万全を重ねるに越した事は無い。

「後で小遣い弾んでやる。ちょっと事故りなァ」

砕牙の市街地へと続くゲートに進入すると同時に遠隔操作で両サイドを並走する二台の車両をスピンさせ後続車輌と追突事故を起こさせる。
玉突きになった車輌の数々がゲートを埋め尽くし、砕牙州に続く道を封鎖する。背後から迫るナニカのスピードは尋常では無い。減速にも時間がかかる筈。
猫背の男は恐らくは減速しきれずに玉突き事故の台数が一台増える事になるだろうとほくそ笑む。

「全く関係の無い奴だったら運が無かったなァ? 関係している奴なら甘かったなァって所だな」

不安要素らしき物の排除に成功した鮫島は鼠の様な鳴き声で笑って、砕牙の市街地へと消えていった。

「穏やかじゃないな……」

スピードメーターの針が振り切れ無用の物となったモンスターマシンの手綱を握る矢神は、事故車両がゲート正面を埋め尽くす惨状に顔を顰める。
あまりにもタイミングが良過ぎる。まるで此方の姿をすぐ近くで見ていたかの様に。

「……いや、見てやがったな?」

矢神は確信する。後もう一息だと。だが、ゲートは塞がっている。ハイウェイの両脇は海。もたついている暇は無い。

忙しくなく視線を動かし――

「あった……!」

ハイウェイの両サイドで曲線を描くアーチ。それに向かって矢神はスロットルを一切緩めず突っ込んで行く。
無謀とも言える矢神の暴挙に流石のセシリナも青褪めるが、矢神を信じる以外の選択が残されておらず、黙りこくる。
そもそも、セシリナが身に包んでいるスーツは専用のカナビラでマシンに繋がれており、文字通りに選択肢が無い。
車体を浮かせ円形のアーチの上に飛び乗る。ほんの僅かにでもハンドリングを誤れば海へ転落するか地面へ叩きつけられるか。
どちらにせよロクな結果にはならないが、矢神は平然と下を向いて着地点を見測り――

「ダァァァァァァァァァァァァァァァイブッ!!」

アーチの頂点に到達するなり威勢の良い咆哮と共に地面へと向かって飛翔。ゲートを飛び越え、市街地へと続く一般道へと降り立った。

「口から子宮が飛び出るかと思ったわ」

「身体に付いてねーモン、どうやって吐き出すんだよ」

「フッ……現代医療技術を甘く見ないでもらいたわねぇん」

背筋に冷たい物を感じた矢神は深く追求する事を止め、走行を再開した。
落下の衝撃でエンジンの調子が悪いが、普通に走らせるだけなら問題は無い。
猫背の男達に一足遅れで砕牙の市街地にあるペット専門の葬儀屋に向けて二輪を滑らせた。


※ ※ ※


「ヘイ、ドクター。今回は急ぎでなァ。悪いが遊びは抜きだ。丁重に素早く、臓器を摘出してクライアントの娘に移植してくれ。
あー! 別室でクライアントも見るからな? 患者へのオイタも絶対厳禁だ。 良いな? 前振りじゃないからな? 頼むからな?」

砕牙州の某所にあるペット専門の葬儀屋。従業員専用通路の中央にある物置部屋の扉から地下へ続く階段がある。
白一色に包まれた無菌室の様な研究室の入り口で鮫島は鬼塚を初老の医師に引き渡す。

「残念じゃのぅ……ワシの可愛い可愛い愛娘で遊びながら仕事をしたかったんじゃがなぁ?」

「まあ、クライアントが帰ったら、ソレの残骸で遊んでくれても良いが……」

「気を使わんでもええわい。たまには初心に返って真面目にヤろうかのう」

医師は力任せに鬼塚を診療台の上に組み伏せ、ストライプブルーのインナーを真っ二つに破り裂いた。
鬼塚は目尻に涙を浮かべながらも奥歯を噛締め、覆い被さろうとする医師に抵抗する。
身体と命を良いように弄ばれる事よりも、矢神に似合っていると言われた服を裂かれた事が悔しかったからだ。
ただで良い様にされて堪るものかと滅茶苦茶に暴れるが、それすらも楽しいと言わんばかりに医師はニヤついた表情を崩そうとしない。

「ドクターァ……フリじゃないって言ったでしょォー……真面目にやってよォ?」

猫背の男は呆れた様に頭を抱え、明らかに落胆した様な物言いをするが止めようとする素振りは一切見せない。

「なーに、どちらにせよ。服は脱がさねばならんからのォ。ほほほ。麻酔を打つまでのお楽しみじゃい。
どうせ、カメラは回しとらんのじゃろう? 善意の臓器提供者の顔が映りでもしたら大事じゃからなぁ」

「そりゃーそうだけどさァ。別に全裸にする必要無いでしょォ?お客さんも気を揉んでるわけよォ。
俺ェ、偶にはドクターが最初から最後までマジな所見てみたいなァ?」

「しょうがないのォ。脱がす時だけでもと思ったが、真面目にやるかのォ」

医師は鬼塚から身を離しトレイの中から針の付いていない圧力で薬液を注入するタイプの注射器を取り出し、鬼塚の首に当てた。

「レイプ無しの麻酔有りで良かったなァ? 普通なら逆なんだがなァ? じゃ、バイバーイ」

猫背の男が手を振るのに合わせて、医師が薬を注入する。

(一応、苦痛も無く死ねるなら……アリ……なの……かなぁ……)

麻酔が全身を駆け巡り、視界が水中の様に揺らめき、意識が、光が遠ざかる。

(あー……玲に……言いたかったなぁ……ちゃんと……ありがとう……って……)

鬼塚の身体から力が抜け落ちて行く。後は全身を刻まれ、臓器を抜き取られ、捨てられて何もかもが終わり。

「―――!? ――――!!」

(玲の声が……する……迎えに……来てくれたん……だ……今……そっちに行く……から……さ……)

まどろんだ意識の中、響き渡る声。決して聞き慣れた声では無いが決して忘れられない声。彼女が作られて数ヶ月。初めて安らぎをくれた声。
矢神が自身を呼ぶ声に鬼塚は安堵した様な表情で意識を失った。

「おいおい……ニィちゃんよォ。さっきの今だぜ? リターンマッチにゃ早過ぎるんでねぇかい?」

鬼塚を呼ぶ声。だが、それは幻聴などでは無く、この場にいる全ての人間にとって覆しようの無い現実。
彼はいる。ペット専門の葬儀屋にカムフラージュしたサーペントの違法クローン施設に。
鋲が打ち込まれたブーツと、ボトムの左右から伸びる四本のチェーンを鳴らし
逆立った藍色の髪を揺らし、耳に開けた三連ピアスを輝かせ、薄紅色の双眸を怒りの真紅で染め上げる。

幻聴や錯覚などでは無い。今この時、この場所に、確かに矢神玲はいる。

「なんッか、変な予感がすると思ってたんだよなァ……ハイウェイのアレもニィちゃんだなァ?」

「そっちこそ、ハイウェイのアレはオッサンだろ? お陰で単車がイカレちまった。
お陰で帰るのも一苦労だ。土日なら兎も角、週中に面倒かけさせてくれんなよ?」

互いに円を描く様に身を流す。矢神は拳を力強く握り締め、ゆっくりとした歩調で間合いを詰める。
鮫島は懐の拳銃のグリップを握り、矢神とは対照的にゆっくりとした歩調で間合いを離す。
視界の悪い場所で飛来する銃弾をベルトの帯で叩き落す技量を目の当たりにしているだけに自身の不利を認めざるを得なかった。

「ところでニィちゃん。幾つか聞きたいんだがな。どうして、この場所が分かった?」

「そうだな……教えねぇよッ!」

矢神が床を蹴り、一気に間合いを詰める。

「じゃあ、死になァ!」

鮫島が後方に飛び退き銃弾を放つ、廃墟の時と同様、居合いの様に引き抜かれたベルトに銃弾を叩き落される。
だが、廃墟での戦いが功を奏したと言うべきか。鮫島は慌てる事無く第二射を狙う。既にベルトは引き抜かれている。

(一発目が落とされるのは読めてんだよォ……けどなァ……)

「二発目はどうかなァ!?」

轟く銃声。矢神に向かって放たれた弾丸が穿ったのは矢神の眉間から大きく外れ、矢神の足元を穿ち、硝煙の臭いを漂わせる。
鮫島がトリガーを引くよりも早く、矢神のベルトに右手を強かに打ち据えられ、あらぬ方向へと撃った挙句に拳銃を取りこぼしたのである。
更に打ち据えられた右手の皮膚の繊維が破け、赤い筋が手首を伝い、真っ白な床に作った赤い水溜りの中に拳銃が沈んだ。

「どうなるのを期待していたんだ?」

「まだだァッ!!」

鮫島が左腰のホルスターから新たに拳銃を引き抜き、矢神の眉間を――狙えない。
頭部を鷲掴みにされ、突如として視界が奪われた事に鮫島は狼狽する。

「まだじゃねぇ……」

鮫島の頭部を鷲掴みにする矢神の右腕に血管が浮かび、亀裂の様に走り、真紅の瞳孔が縦に裂け獣の眼が浮かび上がる。
頭部を万力で押し潰される様な凄まじい圧力に頭骨の軋む音が頭蓋に響き、鮫島は引き金を引く事も忘れて苦悶の声を漏らす。

「終わりだッ!!」

瞬時に天地が入れ替わり、自らの首が砕け散る音を最後に意識を失った。

「あー! もー! お楽しみの最中にドンドン! パチパチ! 煩い! わい!!」

状況が見えていないのか、それとも、周囲の状況の事を全く気にしていないのか
医師は銃声や叫び声に気を散らされ癇癪を起こして地団駄を踏む。

「じゃあ、周りの音が気にならなくしてあげるわよ?」

「ヒャッホーゥ!! 別嬪さんじゃあーい!!」

突如として背後に現れたセシリナの美貌に医師は素っ頓狂な声を上げて飛び上がり
セシリナは挑発的な笑みと共に手招きをしながら、右足を跳ね上げ、その爪先を医師の股間にめり込ませる。

「あっ……あっ……かっ……お……ぅ」

「ほら、気にならなくなった。さてと、ちゃっちゃと片付けちゃいましょうかね。
そうそう。玲。外でお持て成しの準備が出来てたみたいよ? ちょっと行って帰り支度しておいてくれるかしら?」

「殺り残しがいたのか……手間取って警察に嗅ぎ付けられても面倒だ。授業に間に合わなくなるからな」

矢神は後ろ手に手を振り、地上を目指す。マフィアの構成員が数名混じっているとは言え、所詮はストリートギャング。
ちょっと小突けば簡単に壊滅させる事が出来る悪餓鬼の集まり程度でしかない。

「ストリートギャングなんてのは、その程度と思っていたんだけどなぁ……」

――此処最近の違法ギア事件もサーペントの連中が一枚噛んでいる
正面玄関を取り囲む様にして行く手を阻む三機のスポーツギアに睨まれ、今更になって古坂の言葉を思い出す。
流石の矢神とは言え、素手でスポーツギアに対抗する術は無い。

「一日に二度もアクションスターの真似事する事になるとは予想外だが、やらねぇと困った事になるからな」

競技用ライフルが火を噴き、舗装された道路を破壊しながら火線が蛇の様にのた打ち回り、呆れた様に肩を竦める矢神に迫る。
スポーツギアに搭載されたFCSが高性能とは言え、それは対ギアに限った話で人間を含むギア以外の物を狙える様には出来ていない。
射撃時に発生する反動、足場の影響、風速、湿度、カメラアイからコクピットに反映されるまでの僅かなタイムラグ。攻撃対象の行動予測。
その他諸々の演算と先読みを感覚的に出来る八坂の某選手ならいざ知らず、盗んだギアで暴れて悦に入る程度の連中にギア以外の物、ましてや人間を狙える筈も無い。

「怖いのはまぐれ当たりと、でかい破片だけだな」

三方向からマズルフラッシュと共に吐き出される火線に照らされ、激しくぶれる銃身の動きから直感的に弾道を予測。
地を蹴り、自ら弾丸の豪雨に向かって駆け出す。一直線に走っているのにも関わらず、弾丸は一発も当たらない。
ぶれた銃身から吐き出される弾丸は、まるで矢神を避けるかの様にあらぬ方向へと通り過ぎて行く。

「砲戦仕様のイーゼル・アッシュ、最新鋭のアクトメイレーン、旧式のナイト・ジョーカー……とくれば……」

立ちはだかる三機のスポーツギア。その中で最も扱い慣れた機体に向かって駆け抜ける。
鉄の箱を幾つも積み重ねた様な無骨な黒いギア。ナイト・ジョーカー。
宋銭高校の訓練用ギアとしても採用されており、リヴァーツに乗る前の愛機でもある。それ故に機体特性を熟知している。
何発撃っても当たらないライフルに業を煮やしたナイト・ジョーカーのパイロットは矢神を直接叩き潰そうと拳を振り上げた。
眼前に迫る巨大な鋼の拳。矢神は口の端を吊り上げ凶悪な笑みを浮かべ、全身のバネを撓ませる。

「読み通り。ショウタイムの始まりだ!」

ナイト・ジョーカーの拳から破砕音と共に地面が陥没し、アスファルト片や土塊が爆ぜ、砂煙が立ち上る。

「やったか? クソッタレが手間取らせやがる」

「ケッ……シャバ僧が調子くれやがって。割に合わねぇぜ」

イーゼル・アッシュ、アクトメイレーンのパイロットが口々に不満を漏らすも、ナイト・ジョーカーは拳を振り下ろした姿勢から微動だにしない。

「おいおい! 地面ぶっ叩いたら壊れちまったか?」

「そいつ旧式だろ? 廃棄して新型奪いに行こうぜ!」

「だな。新型の一機や二機くらい用意しねぇと割に合わねぇ! メンタル的にもなぁ!」

意気揚々と声を上げ、動かなくなったナイト・ジョーカーから仲間の回収に近寄り、その動きを止める。
晴れた土煙。ナイト・ジョーカーが振り下ろした拳の傍らに大の字になって倒れている仲間の姿。そして――

「インターフェース再設定完了。システム再起動開始」

観音開きになった胸部装甲から外部に展開されたコクピットルームで、インターフェースの再設定を終えた矢神は
友人に挨拶でもするかの様な軽快さで手を振り、嘲弄染みた笑みを浮かべて、首を掻き切るジェスチャーを送る。

「しゃらくせぇンだよ、シャバ僧! 何やったか知らねぇが、旧式で勝てると思ってンじゃねぇぇぇぇ!!」

アクトメイレーンのライフルから吐き出された火線がナイツ・ジョーカーの装甲に無数の弾痕と火花を散らしていく。
最新型と旧型。両者の性能差は歴然――か如何かを問われると、真っ当なスポーツギア選手ならば首を横に振る。

「新型だから高性能ってのは素人の勘違いだな」

ナイト・ジョーカーのコクピットルームが胸部装甲に収納され、鋭角なデュアルアイからコバルトブルーの閃光を放ち、中腰の姿勢から放物線を描いて宙を舞う。
月光を背に受け、爪先をアクトメイレーンの頭部に刺し入れ、内部機構を破壊しながらコクピットブロックに軽い音を響かせ、軽やかな体捌きで地面に着地する。

「高価な人型二足歩行ロボって言ったってな、所詮はスポーツ用品。長短の特徴や癖。相性ってのがあっても基本的な性能に大差は無いのさ」

軽口を叩きながらステップを踏み、左足を軸に身体を廻し、刃の様に鋭い蹴りを頭部を失ったアクトメイレーンの脚部に叩き込む。
更にライフルを奪い取り、地面に崩れ落ちたアクトメイレーンのコクピットに銃口を押し付ける。

「や、やめ……」

「で無いと金持ちが絶対に勝てる様になっちまう。まあ、金をかけた方が良いと言えば良い。絶対に良いってわけでも無いが……」

説明と共にライフルが反応しなくなるまでトリガーを何度も何度も引き続け、銃口を握り締め銃把を振り落として沈黙させる。

「まあ、新型の方が専用装備や共通装備の幅が広い。パーツも潤沢にあるから取り寄せの時に待たなくて済むとか
整備が割と簡単とか良い所の方が多いんだけどな。普通に動かす分には新旧関係は関係無い……って聞こえてねぇか」

「ク、クソッタレが! 付き合ってられっかよぉ!」

イーゼル・アッシュが背を向け逃亡を企てるも、あっさりと肩を捕まれ、ナイト・ジョーカーの正面に向き直らされる。

「な、何なんだよクソッタレが! ウゼェんだよ!」

「おいおい……仕掛けて来たのはそっちだろ? 男なら潔く散りな」

腰部装甲から二振りのダガーを逆手に引き抜き、イーゼルアッシュの両肩の関節部に叩き落し、小爆発と共に垂れ下がった両腕を引き千切り、両膝に叩き付ける。
自らの両腕に強かに打たれたイーゼルアッシュの両足が歪み内股になって地面に崩れ落ちる。

「全く……反抗期や金稼ぎは結構だけどよ。少しは手段を選びやがれってんだ」

毒吐きながらコクピットハッチを開放し、セシリナ達の様子を見に地下施設へと戻ろうとすると、今度は赤の回転灯が葬儀屋の壁を照らし、辺りがサイレンの喧騒に包まれた。

「……これは穏やかじゃないな」

冷風吹き荒ぶ冬にも関わらず、矢神の頬に冷たい汗の雫が流れ落ちる。
流石の矢神とは言え、何処かで事件でもあったのかな――などと口走る程、愚鈍では無い。
警察達が向かっている事件現場というのは他ならぬ此処で、まさしく自分自身が渦中の人であるという事は考えるまでも無い。

「外はギアで暴れているバカがいたから、奪い取って半殺しにしてやったとでも言っておけば良いとして、問題は中か……」

葬儀屋の中には矢神によってボロ雑巾の様に叩きのめされ気を失った蛇蝎、サーペントのメンバーがいる。
勿論、警察としては中に立ち入り、調査をしないわけにはいかない。彼等が何人捕まろうと知った事では無いが今踏み込まれるのは都合が悪い。
何故なら、彼等は地下施設へ続く道標の様に倒れているからだ。乗り込まれたら地下で何をやっているのかが一発でバレるという絶体絶命の危機。

「俺等も色々穏やかじゃねぇからなぁ……」

鬼塚小春は不法に生み出されたクローン人間。その扱いがどうなるかなど矢神の知識の範疇に無い。
だが、彼の言葉で言うならば「穏やかじゃない」展開が待ち構えているのは火を見るよりも明らかである。
セシリナは違法クローンの臓器を更に違法クローニングし、医師免許が剥奪されているにも関わらず臓器移植手術の真っ最中。
ついでにデルモン氏も知らなかったとは言え、この状況は宜しく無い。知らなかったで済ませてもらえる程、法は生易しく無い。
何とかして誤魔化す術は無いものやらと思案するが、この手の機転が利く程、頭の回りは良くない。

「俺一人でトンズラぶっこくのはカッコワリィしなぁ……」

矢神は嘆く様に頭を掻きながら気を失ったサーペントメンバーの顔を爪先で突付く。ろくなアイディアが出て来ない。
葬儀屋の扉を背にして寄りかかり煙草に火を付けて考えるが、良い案が思い浮かび上がらない。ただ徒に紫煙が頭上へと立ち昇り、消えていく。
そうこうしている内に武装した警官が十数人、地面を鳴らしながら五機のパトロールギアが現れた。

「何か良い案は思いついたか?」

「!?」

突如として、男の声が矢神の耳朶を叩く。泡食った様に振り返ると其処にはサングラスをかけた銀髪の男がいた。
百八十センチ以上ある矢神の身長よりも更に高く、分厚い上着の上からでもハッキリと分かる程、鍛え抜かれた体躯。
その男は矢神に気付かれる事無く、初めから其処にいたとでも言わんばかりの様子で煙草を吸っていた。

「アンタは……サツか?」

「俺か? 只者では無い野次馬。そう、剣おじさんとでも呼んでもらおうか」

「意味分かんねーよ。つーか、警察じゃねぇなら厄介ごとに巻き込まれる前にトンズラした方が良いと思うぜ?」

剣おじさんと名乗った男は名乗りと同様ふざけた態度で飄々と肩を竦めて紫煙を吐き出した。

「ハイウェイで単車をぶっ飛んだ転がし方してたろう? 其処から先は何から何まで見物させてもらった。
まさか、俺の息子と同じくらいの歳の坊主が蛇蝎やサーペントを相手にスーパーヒーローごっことはな」

「なーにがスーパーヒーローごっこだ。このままじゃ、犯罪者だ」

「まあ、地下に戻って事が済んだら仲間を連れて家に帰れ。この剣おじさんが如何にかしてやるからよ」

「どういう事だ……つーか、何をするつもりだ?」

「警察相手にデカイ口を叩ける公務員なんでな。この場は丸く治めてやるってだけさ」

そう言って男が懐からレトロな手帳を取り出す。其処には男の名前と顔写真が貼っているが
矢神はそれよりも、その手帳に刻まれた刻印――地球統合軍、それも中央議会の刻印に目を奪われた。

「まあ、アイツ等には俺から話を付けておいてやる。但し、クローンの娘は置いていってもらうがな」

「んだと……」

目の前の男が公務員――軍人であるのならばマフィアよりは信用の出来る相手だと矢神は考えるが
鬼塚の身柄を要求され、すぐ様に牙を剥く。素性がバレている以上、マフィアよりも軍人や警察の方が余程、性質が悪い。

「いきり立つな小僧。完全に一致するDNAデータを持った人間が近場にいたら困るだろうが色々と。
あの娘にはDNAを操作して全くの別人。ちょいワケアリの娘として普通の子供になってもらうってだけだ」

「そんな事が出来るのかよ?」

「中央議会所属の高級官僚を舐めんなよって事だ。それに蛇蝎を泳がせている間に護れ無い人間を出したのは俺の責任だからな。
せめてもの罪滅ぼしってわけでも無いが……善意の民間人協力者達への報酬として、それくらいはしてやらんと俺としても心苦しい」

そう言い残して、自称高級官僚の剣おじさんは煙草を銜えたまま武装警官の下へと歩み寄り、矢神に見せた手帳を見せ説明を始めた。
矢神からの位置ではよく聞こえなかったが「あの坊主はウチのエージェント」という不穏当な剣おじさんの声がする辺り
場を丸く治めるために口から出任せを適当に並べ立てているのだろうと矢神は考えた。
これで剣おじさんが武装警官に殴り倒されでもしたら結局、絶体絶命じゃねぇか!! と騒ぎ立てた所かも知れないが
剣おじさんの説明が一通り終わった所で、武装警官たちは戸惑った様子で通信を始め、五分ほど手持ち無沙汰にして結局、解散していった。
それから、鬼塚の臓器のクローニング、フォートインへの移植手術を無事に終えたセシリナに矢神は鬼塚を剣おじさんに引き渡す旨の説明をすると
案の定、不満を漏らしたが剣おじさんの「ちょいワケアリの普通の子供になってもらう」という言葉と、違法医療を目に瞑るという条件に応じる事になった。

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