創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第7話

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
HARU×haru

                                       パラべラム
                                         ×
                                       廻るセカイ



互いに全速で接近した結果、シュタムファータァとゼノブレイカーの距離が、一気に縮まった。
手を伸ばせば即座に殴り合えるほどに近い距離。しかしどちらが有利かと言えば、間違いなくシュタムファータァだ。
銀凰という得物を持っている分、攻撃できる間合いが一歩抜きん出ている故に。俊明はすぐさま指示を繰り出す。

「胸だ! 胸を狙え、シュタムファータァ!」
『はい!』

俊明の指示に呼応する様に。シュタムファータァは銀凰を動力が蠢いている胸部へと、横一線に素早く斬りつける。
しかしゼノブレイカーは上体を限界まで仰け反らせる事により、攻撃を紙一重でかわす。

『まだ終わってない!』

振り返りつつ、シュタムファータァは大きく踏み込みながら銀凰を上下左右、あらゆる方向から斬りこんでいく。
しかし何れの太刀も先ほどの上体逸らしと同じ様に、寸前まで当たりそうで全てがかわされていく。
まるで舞踊でも踊るかの如く回避行動を行うゼノブレイカーに、俊明は歯軋りする。
人間を彷彿とさせる様な、非常に細身なフォルムであることもゼノブレイカーの運動性の高さに拍車をかけている。

『くっ……素早い!』

放つ太刀がほぼ空振っている事にイラつきを覚えながら、シュタムファータァは一旦滑る様に後ずさり大きく距離を取る。
このままただ闇雲に剣を振るっていても意味が無い。どうにか打開策を切り開かない事には。

それにしても不気味なのは、シュタムファータァ側から積極的に攻撃を仕掛けているのに対し、ゼノブレイカー側からは全く攻撃を仕掛けてこない事だ。
ゼノクレスの時はこれでもかという位、殺意と敵意を向けてきたというのに、ブレイカーになった途端、行動が全て回避へとシフトしている。
これじゃあこっちが疲れるだけじゃねえか……と、俊明は思い、気づく。気づいてシュタムファータァに声を掛ける。

「俺の考えてる事、分かるか?」
『……多分、同じ事を考えてました』

俊明の考えている事と、シュタムファータァの考えは完璧ではないにしろ、ほぼ一致している。

ゼノブレイカーは攻撃ではなく回避に徹する事で、シュタムファータァの疲労が蓄積されて動きが鈍るのを待っている。
こちらからは手を出さずに、降りかかって来る攻撃を全て避ける事で疲弊させ、一気に隙を突き牙城を崩す。そんな戦法なのだろう。
俊明はシュタムファータァの動きが、ゼノブレイカーの思惑通り、若干鈍っている事に気づく。俊明だけなく、シュタムファータァ自身も気づいている。
ゼノクレスと戦っていた時はしっかりと剣を振り切れていた上に高速で切り込めたが、今は幾分切り込むスピードが落ちている上、大振りが多く隙が出来ている。

そろそろ次の行動に……いや、もうケリを付けなきゃいけないと、俊明は考える。
ならばどう行動するべきか……と思い、ある事に気づく。今までの戦いの中で意識していなかった、ある事が。

「シュタムファータァ、奴を動かしている部分はどこだ?」

警戒しつつ、少しずつ距離を狭めていくシュタムファータァに、俊明はそう質問した。俊明の質問にシュタムファータァは疑問符を浮かべながら答える。

『動かしている部分……胸の動力部ですか?』
「違う。もっと根本的な部分だ。動物は何処の部分を使って歩いたり走ったりする? 分かるよな」

俊明の返答から、シュタムファータァは閃く。そうか……その部分を攻めれば実質、敵に戦う手段は無くなる。

「一先ず奴をギリギリまで引きつけてくれ。次で……勝負を決めよう」
『分かりました。必ず……仕留めます』

俊明に応えながら、シュタムファータァは銀凰を逆手に持ち替えて、旋回するとゼノブレイカーへと正面から向き合う。
ゼノブレイカーは攻撃する素振りも、それ以前に防御する素振りすらも見せず、ただ立ち尽くして、シュタムファータァに対峙する。
土砂降りだった雨が、勢いが弱めてきて小雨になる。とても黒々としていた空が若干晴れてきて、淡い太陽の光が差し込む。だがまだ、空は灰色のままだ。
息が詰まりそうな程の、静寂。張り詰めた緊張感。その静寂を切り裂く様に、シュタムファータァが両足を勢い良く蹴り上げて疾走する。

「止まるな! シュタムファータァ!」
『はい!』

ゼノブレイカーの周囲を取り囲む様に、シュタムファータァは最高速で駆ける。右方、左方、と切り替えながら視界に捉えられない様、電光石火の速さでゼノブレイカーを翻弄する。
動きを決して止める事無く、しかし確実に距離を縮めていく。恐らく生まれるであろう隙を突いて一気に勝負を付ける為に。
流石に危険を察知した為か、ゼノブレイカーは初めて動きを見せる。黄金色が眩しい右腕を大きく上げてまっすぐに構える。
だが、もう遅い。構えた瞬間には、既に勝負を付けられる間合いに入られていた。

シュタムファータァは完全に、ゼノブレイカーの背後を取った。
銀凰を両手に持ち替えて、滑走する様に地を走る。腰を屈めながら、ただその一点に気を集中させる。
前までは動力部ばかりを狙っていた。その部分が一番狙いやすく、尚且つ雌雄を決する事が出来る部分だから。だが、それは違った。
今までの戦いで意識していなかった、しかしこれから狙う、非常に重要な箇所。動力部以上に狙いやすく、尚且つ雌雄を一瞬で決する事が出来るその部分を箇所。それは―――――――。

「行け! シュタムファータァ!」

銀凰をゼノブレイカーの脚部に向かって構えながら、シュタムファータァは駆ける。俊明は考えた。両足を奪えば絶対的に優位になると。
例えどれだけ身のこなしが素早く、動きを捉える事が難しい相手でも、両足を失えばどうする事も出来なくなる。走る事も飛ぶ事も、ましてや動く事さえも。
何故こんな単純な事に気付かなかったのかと、俊明は省みる。最初から足を重点的に狙っていれば、最初の状態、ゼノクレスの時に苦労する事は無かった。
これでこの勝負にようやくケリが付く。これで全てが終わる。きっと。

『これで……終わり!』

銀凰の研ぎ澄まされた刃が、ゼノブレイカーの脚部に迫る。後はこのまま斬りつけつつ通過すれば、ゼノブレイカーの脚部は綺麗に切断される筈だ。
残酷というかえげつないとは思うが、脚部を切断した後は動力部を突き刺してトドメを刺す。それが、俊明が練った戦闘プランだ。
今正に、そのプランは成功しようとしている。何故なら銀凰は既に、ゼノブレイカーの脚部を差しかかろうとしている。
これで終わる。もう誰も傷つく事無く、一条もリヒターも無事……に。




「……え?」





俊明は、状況が理解できず、ふぬけた声を出した。確実に勝利を掴んだ、と思い込んでいた頭に極寒の冷や水が被せられる。

シュタムファータァが宙を飛んでいた。いや、飛ばされていた。目の前が逆さまになり、空と地が逆転する。夢の様な、悪夢的光景。
次の瞬間、シュタムファータァは派手に地面へと落下する。虐待された小動物の如く、シュタムファータァは力無くぐったりと倒れており、起き上がれない。
銀凰、銀凰はどこに行ったと、混乱した頭で俊明は探し……見つける。

銀凰は、こちらに向かって右腕の掌を向けている、ゼノブレイカーの傍らに突き刺さっている。
どうやらシュタムファータァが吹っ飛ばされたと同時に手から離れた様だ。今、シュタムファータァの両手には何も無い。
冷静に我に帰っていくと、俊明は失敗した事に気づく。自らが立てたあのプランが、叩き潰されたという事に。

落下時の衝撃が遅れて、俊明を激しく襲った。背中を大きく強打した為息が出来なくなり、吐瀉物を少量、吐き出す。
尋常じゃなく咳込みながら、俊明は状況を理解しようとする。だが、困惑と混乱と恐怖と嗚咽と、様々な感情がごちゃごちゃに混ざり合っていて何が起きているのかがさっぱり理解できない。
一先ずシュタムファータァがどうなっているかを確認する為声を掛ける。それしか出来ない。

「シュタムファータァ……大丈……夫か?」

『ヤスッち……さん』

俊明の声に、シュタムファータァがどうにか応じる。だが様子がおかしい。声が怯えており、覇気が無い。

「良かった、無事か……おい、大丈夫か?」

俊明の言葉に、シュタムファータァは独り言の様にボソボソとした声で返す。
完全に何か大事な物がが失われている。今のシュタムファータァの口調には、そんな思いを感じる。

『分からない……分からないんです……』
「どうしたんだよ、お前……」
『斬ろうと……斬ろうとはしたんです。けど突然視界が眩しくなって……』
「眩しくって……」

その時、俊明の脳裏に数秒前の出来事が蘇ってくる。全てが上手くいってたときの事が。
だがシュタムファータァが言う通り一瞬、目の前が真っ白くなったのだ。白くなったというより、とても強く目も開けられない光を直で見たような……。
ゼノブレイカーは先ほどから変わらず、左腕の掌を向け続けている。俊明はじっと、その掌を観察する。

……大きな穴が空いている。いや、穴というよりも砲口、それも指以外の掌のスペースを全て覆う様な、砲口。
その砲口から白色の光が見える。光は次第に大きく輝きを増していく。――――――――俊明はその光がビームないし、弾丸らしき物だと気づく。
俊明は腹の底からシュタムファータァに叫ぶ。大きく口を開けて必死に、叫ぶ。

「避けろぉぉぉぉぉぉ!」

シュタムファータァはよれよれになりながら立ち上がり、右方へと避ける。が、躓いて無様に転倒する。
ゼノブレイカーの掌の光がゆっくりと収束していくと、シュタムファータァがさっきまでいた場所がまるで姿を変えていた。
マグマでも浴びた様に、コンクリートの地面はドロドロに溶解しており、底まで抜けた巨大な穴を作っている。噎せ返る熱気がゆらりと立ち込める。
ゼノブレイカーの右腕の掌――――――――小型ソーラーキャノンが、その威力を露わにする。もし直撃してたら、シュタムファータァは唯では済まなかったであろう。

俊明はソーラーキャノンの威力に戦きながらも、臆する暇なく次にどう行動するべきかを停止していた頭をフル回転させて考える。
今のままでは丸腰でどうにもならない。早く銀凰を取り返さないと、これじゃこのまま……!

「走れ……」

茫然自失しているのか、俊明の声はシュタムファータァに聞こえていない。シュタムファータァは呆然と、地面を見つめている。
俊明は歯軋りすると、突き刺す様な厳しい声で叫ぶ。形振り構って入られない。状況が、悪すぎる。

「走れってんだシュタムファータァ! 銀凰を取り返せ!」

俊明の叱咤にシュタムファータァはハッとすると慌てて返事する。

『は、はい!』

無我夢中でシュタムファータァは銀凰を取り返す為に慌しく走り出す。今にも転びそうなほどに、その走り方は落ち着きが無い。
中にいる俊明は尋常じゃなく汗を掻いている。手の甲にも額にも、全身冷や汗という冷や汗が止め処なく流れてくる。
早く、早くこの状況をどうにかしないと……! 早くしないと皆……死んじまう!


                                  ××××××


「……いけない」

リヒターにマナを供給し続けながら、一条はシュタムファータァとゼノブレイカーの戦闘を険しい表情で見守っている。
目に見えてシュタムファータァの動きは悪くなっている。銀凰が無くなっている事に本気で動揺しているようだ。しかし、無理もない。

さっきまで、両足を狙う事で形勢逆転を考えたシュタムファータァ、並びに俊明の戦法は良かった。実際、一条もそれでゼノブレイカーに勝てると思っていた。
だが、ゼノブレイカーは腰を捻りながら掌をシュタムファータァに向けて、どんな原理かは知らないが、光弾……球形状の眩きビームを放った。
それも、シュタムファータァには認識出来ない速さで。一条でさえ、見切れるかどうかも分からない、それほどの速度だった。

直撃ではなく掠っただけだが、それでもシュタムファータァは空中へと吹き飛ばされ、そのまま落下した。
得物である銀凰は持ち主の手から離れると、回転しながらゼノブレイカーの傍らに突き刺さった。
この事で形成を逆転するはずが、さらに悪くなった。むしろ、最悪かもしれない。

落下後のシュタムファータァは異様に混乱しており、機体の疲労も合わせてこれ以上戦える様には見えない。中の俊明も同じく、酷く混乱している状態だろう。
パートナーの一人か一機がダウンするならまだしも、どちらも同時にそうなってしまっては元も子もない。
どちらかが冷静にならなければこのままじゃ……。だが、こちらからはどうすることも出来ない。
リヒターにマナを送る事しか。しかし十分に戦える様になるまではとても時間が掛かる。どうする事も……!

<……マスター>

ふと、リヒターが話しかけて来た。一条の方に頭部を少しだけ向けて。

「何? リヒター」
<マスター……私を、私を戦わせて下さい。このままでは、シュタムファータァも安田俊明も……>

リヒターの進言に、一条は……首を横に振る。首を横に振り、言う。

「……無理だよ。まだ動く事さえもままならないのに、戦うなんて。それじゃあ……」

一条は言いたくない。次の言葉を言うと、俊明とシュタムファータァを見捨てる、その事と同義の様に感じるから。
しかし、現実は酷だ。どうしようもなく酷で、悔しい。悔しいが、どうしようもない。

「それじゃあ……死ににいく様なモノだよ。私は……これ以上、リヒターが傷つくのを、私は見たくない」

一条の言葉に、リヒターはしばし、黙する。心苦しいが、これ以上の台詞を、一条は言えない。
……が、リヒターは再び口を開く。一条を説得、する様に。

<マスターは……マスターは、私に教えてくれました。もし目の前で困っている人や、助けを求めている人がいたらどうするべきかと。
 マスターは私に、自分の身を呈してでも、その人たちを助けろと、教えてくれました。正義の味方はそのまま、弱者の味方であると>
「リヒター……」
<私は、マスターの教えに感銘を受けました。私は、正義の味方になりたいんです。弱者……いえ、助けを求める者の味方に。
 この力という手を、助けを求める全てに差し伸べたい。お願いです、マスター。私を……正義の味方に、してください> 

一条は苦悩しているのか、目を閉じて俯く。数秒すると、一条はリヒターに笑みを浮かべながら、頷く。
その笑みはどこか、大きくなった子供の成長を微笑ましく思う、親の様な思いが伺える。

「……ほんの一瞬。今の状態だと三十秒程度しか動けないわ。出来ても、一分間が限界」
<一分間あれば充分です。今動けなければ、どっちにしろ……終わりです。何もかも>

「……分かったわ。けど絶対、無理も無茶もしないで」
<イエス……いえ、有難うございます、マスター>

一条は早急にリヒターにマナを送る。早く俊明と、シュタムファータァを助ける為に。
リヒターを、正義の味方にするために。
 


                                 ××××××



銀凰を取り返さんと、シュタムファータァは両足を上下させて、不恰好なほど必死に走る、走る、走る。
しかし戦闘の過程で蓄積されてきた疲労がはここにきて噴出してきた。シュタムファータァの動きは鈍く、一々間抜けにこける。
シュタムファータァの視界には、目下の敵であるゼノブレイカ―の姿は全く入っていない。見えているのは主人を待っているかの様に、突き刺さっている銀凰。

が、突如として目の前に、ゼノブレイカーが現れる。音はおろか気配すら消して、ゼノブレイカーは急接近してきた。

シュタムファータァは両腕を合わせる事で防御しようするが、そんな暇をゼノブレイカ―は全く与えない。
長く端正な右足を鞭の様に鋭く振り払い、胴体に重い蹴りをぶつける。細い外見とは裏腹に、その攻撃は重く強く、響いてくる。
続けて左足を伸ばしながら回転蹴りを見舞う。空中を飛び跳ね、ゼノブレイカーは目にも留まらぬ速さでシュタムファータァに連続蹴りを叩き込む。
殆ど全ての攻撃を食らい、シュタムファータァはグロッキーとなる。突き飛ばされ、ガリガリと地面を擦りながら突っ伏す。

「……駄目、か」
『ごめん……なさい』

俊明の声も、シュタムファータァの声も覇気も生気も消えている。頭ではなく、本能で感じてしまっている。勝てない、と。
俊明は正直思う。銀凰を取り返した所で、何も変わりはしないと。あのビームを防ぐ手立ては、何一つ無い。
それ以前に、運動性に差がありすぎる。どう足掻いても、あのスピードに追いつく事は、出来ない。
……そういえば、さっきからゼノブレイカーに動きが無い。もしや、何かトラブルでも起きたのだろうか。そんな小さな安堵を浮かべながら、俊明は前を見る。

「は?」

ゼノブレイカーは銀凰を、槍の様に持つと力強くこちらに向かって投げ飛ばしてきた。早い。避けられない。
防ごうにも、もう銀凰はすぐそこに来ている。銀凰の刃が、シュタムファータァの左手に突き刺さり、貫通した。刃は深々と、掌に突き刺さり続ける。
何が何だか訳が分からず、俊明も、シュタムファータァも時間が停止したかの様に呆然と、眺めている。

再び時が動き出す。シュタムファータァは銀凰に引っ張られるように後方へと吹っ飛ばされると屋上の端、手摺の先の、自殺防止用に備われた金網に叩き付けられた。
俊明はゆっくりと、シュタムファータァの左手へと目を向ける。柄の部分まで銀凰が、金網と共に左手に刺さっている。
あまりにも痛々しい光景に、俊明が言葉を発しようとした、瞬間。

『う、うぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!』

シュタムファータァが凄まじい激痛に耐えかね、絶叫する。喉の奥から搾り出す様な、切迫した叫び声。
その絶叫に、俊明は耳を塞ぎたくなる衝動に駈られる。シュタムファータァの感じている激痛が、こっちまで伝わってくる様だ。
必死に右腕を伸ばし、全身を身悶えさせながらも、銀凰を抜こうとする。だが、柄の部分まで貫通している銀凰は、身動きすら奪う。
自分の愛用している武器に傷つけられるとは思いもしなかった。しかし、それが現実である。回避しようの無い、現実である。

『痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃ!』

シュタムファータァは悲痛な声で喚きながら、とにかく自由の利かない体を動かして銀凰を抜こうと奮闘する。
しかし、まるで十字架に楔で打ち付けられたキリストの如く、銀凰はシュタムファータァの動きを封じ続ける。
そんなシュタムファータァに、俊明は耐え切れずに両手で口元を覆う。嗚咽と共に、目の前が暗くなりそうになる。
激しく嗚咽し、吐血しそうな位に咳き込みながらも、俊明は声を掛ける。しかし、頭の中では絶望という二文字が何度も過ぎっている。

「落ち付け……落ち付け! シュタムファータァ!」

とにかくシュタムファータァを落ち着かせようとするが、シュタムファータァは異常に錯乱しており、俊明の声など聞こえていない。全く、聞こえていない。

『抜けろ……抜けろぉ!』

無駄だ。銀凰は左手から抜ける様子も無ければ、シュタムファータァの体に自由が戻る気配も無い。つまり、何も変わらない。
このままではゼノブレイカーに殺されるのを待つだけである。俊明はどう、シュタムファータァに声を掛けるべきか悩む。
いや、悩んでいる時間は無い。それよりも解決策を見出せなければ終わりだ。いや、まずシュタムファータァを安心させるのが先だ。いや、それよりも……
俊明の思考はその二択でスパイラルに陥る。どちらを選んでもどうにもならない、どうにもならないものは、どうにもならない。

ゼノブレイカーがあの右腕、ソーラーキャノンを向けてきた。狙うは言うまでも無く、だろう。
もしもあの攻撃を受けたら一巻の終わり、即死と言っても良いかもしれない。
簡単にコンクリートを溶かしてしまうのだから、実際に当たったら痛いなんてレベルじゃないんだろうなと、俊明は馬鹿に冷静になって、思う。
俊明は、諦めた。明らかに見極める。死を。選択肢はもう、無い。

『ヤスっち……さん』

その時、シュタムファータァの方から俊明に声を掛けてきた。
相変わらずその声には力は無く、諦めている事が手に取るように分かる。しかし不思議な事に、シュタムファータァの口調は落ち着いていた。
もう悟ったのかもしれない。自らの死期を。

「シュタムファータァ……」
『動けないんです。私の体……おかしく、なっちゃったみたいで』

か細く、弱弱しく震える声で、シュタムファータァは俊明にそう言う。
怖いと、死にたくないとはっきり言いたそうな、しかしあくまで冷静を装っている声に、俊明は胸が痛くなる。
最後の最後は強いようとしているのを、感じて。

「お前……」
『リーゼ化を……リーゼ化を解除します。すぐにここから逃げて下さい、ヤスっちさん』
「何……何言ってんだよ、お前……」
『もう……私は……駄目です。だから……ヤスっちさんだけでも生きてください。生き延びて、ください』

シュタムファータァはそう、話を切り出した。今、紫蘇の状態に戻れば、自分は死んでも俊明だけは逃げられるかもしれない。
例え自分が消えてしまったとしても、自分を救ってくれ、守ってくれた人の命だけは守りたい。
そう考え、シュタムファータァは言った。生き延びてください、と。

だが、俊明はシュタムファータァの提案を突っ撥ねる。

「馬鹿野郎! 諦めるな! 待ってろ、今……今作戦を練る! だから……だから諦めるな! シュタムファータァ!」

俊明は必死に考える。考えて、考えて、答えを絞り出そうと頭をこれ以上無いほど、今まで生きてきた中でも一番早く回転させる。
しかし銀凰を抜く方法は無い。これから放たれるゼノブレイカ―の攻撃を防御する事も、回避する事も出来ない。
ありとあらゆる逆転への糸口は全て閉ざされている。一切の抵抗も、ゼノブレイカーは許さない。

こんなにもあっけなく、このセカイから消されてしまうか。俺と、シュタムファータァは。
一回も奴に一矢報いることも出来ず、一条とリヒターを守る事も出来ず、何も、出来ず。

ソーラーキャノンの光がさっきよりもずっと大きくなる。威力を高めているのか、それともわざと甚振っているのか。
どちらにせよ、最後の時なのかもしれない。すべて終わり、無に還る。セカイの中に消える。
俊明の頬に、一筋の涙が垂れる。何をやっても無駄か……何をどう頑張っても、全部無駄なのか。もうセカイを、守る事は出来ないのか。

俊明はポツリと、呟く。シュタムファータァへの、謝罪を。

「すまん、シュタムファータァ。すまん……俺が、弱いせいで」
『ヤスっちさんのせいじゃ……無いです。私が、弱いから……』
「いや、俺がもう少し……頼りがいがあったら、お前を……」

俊明は目を瞑る。無常なる覚悟を決める。

セカイが白く――――――――消えて―――――――ー。

 



……数秒、経った。数秒、経った?

俊明は覚悟を決め、深く閉じていた目を徐々に、ゆっくりと開けていく。
目下に自分の両手が見える。両手を開いたり閉じたりする。消えていない。いや、死んでいない。まだ俺は……死んでいない。
何故だ。あの時確実に、俊明は自分が死んだと思っていた。間に合わず、今頃天国ないしは地獄にいると思い込んでいた。
だが、今しっかりと生きている。馬鹿馬鹿しいとは思うが頬を引っ張ってみる。小さな痛みが今は途方も無く嬉しい。

だがどうして……? 狙いを外したのだろうかと、俊明は正面へと目を向ける。ゼノブレイカーは何を……。

そこには、僅かでも回復したのだろうか、ゼノブレイカーの背後に接近したリヒターが正拳を放っている。
だが、その拳は宙を殴っており、肝心の標的に届く事は無い。その標的といえば、その場にしゃがんでいた。
しゃがんだまま素早く振り返り、ゼノブレイカーはソーラーキャノンを、リヒターの脚部へと向け――――――――。

俊明は、叫ぶ。叫ぶ事しか出来ないが、叫ぶ。

「避けろ、リヒター!」

俊明の絶叫も虚しく、ゼノブレイカーはソーラーキャノンをリヒターの右脚部へと撃ち放った。
右脚部の装甲から駆動系、内部の複雑に組合わさった機械部分ごと一瞬で溶かされ、超高温の泥細工と化す。
支えを失い、リヒターは左脚部の膝を地に突いた。流れるような動作で、ゼノブレイカーは左腕のイレイザーポイズンで頭部を掴む。

イレイザーポイズンから、大量のナノマシンが蠢めきながら、リヒターの頭部を侵食していく。

<ぐ……がぁ……!>

抵抗しようにも、腕が上がらずリヒターは侵食を受け入れるしかない。
獲物を咀嚼する様に、ナノマシンはリヒターの頭部を覆い尽くしていく。装甲が赤黒く変色していくと共に剥がれてゆく。
と、次第に、決して触れられてはいけない。リヒターの頭部。頭部内に内蔵されている機械部分が露わになりつつある。
片足が実質無くなった為に、立ち上がる事も出来ない。今のリヒターは、ゼノブレイカーに嬲り殺されるのを待つしかない。

「リヒ……ター……」

リヒターが嬲られていく様に、俊明は開いていた両手を無意識に握る。握った拳に強く力が入る。震えるほどの、力が。
俊明とシュタムファータァを助ける為に、リヒターは身を呈し、ゼノブレイカーに攻撃を仕掛けた。
自分が一番の標的な筈なのに、一人と一機を救う為に。その事に、俊明は両手が、震える。震えが止まらなくなる。
俊明は懸命に、リヒターの名を叫ぶ。

「リヒター! しっかりしろ、リヒター!」

だが、リヒターは俊明の叫びに応える事は出来ない。ゼノブレイカーの姿に隠されていて、一体何をされているのかさえ分からなくなる。
ふと、自然に出入り口に目が移る。……俊明と同じく、両手を握ってリヒターを見守る、いや、見守る事しか出来ない一条が立っている。
目の前で大切なパートナーが命の危機に瀕しているのに、黙って見る事しか出来ない。そんな現実に、苦悶の表情を浮かべている一条と、目が合う。

俊明の中で、寝惚けていた眼が覚ざめる。俊明は、シュタムファータァに呼び掛ける。

「……まだ」

俊明はシュタムファータァへに呼び掛ける。だが、返事は無い。

「まだ俺達には……やるべきことがあるだろ、シュタムファータァ」

俊明の声に何も答えず、シュタムファータァは深く俯いている。返事は、無い。

「起きろよ、シュタムファータァ。起きろって」

シュタムファータァは答えない。何も言わない。
「正義の味方なんだろ? セカイを救うんだろ? 起きろよ……おい」

未だに、シュタムファータァは何も言わない。俊明の声は聞こえていないのだろうか。
いや、違う。俯いてた頭部を、わずかに上げる。その両目に映っているのは、紛れの無くゼノブレイカーだ。

「目を覚ませシュタムファータァ! 正義の味方は、死なねえだろうが!」

気迫に満ちドスの利いた俊明の叫びが、空に響いた。

瞬間、暗き闇に落ちていたシュタムファータァのツインアイに、再び光が宿り始める。静謐だが熱き魂を秘めた、蒼い光が。
右肩を限界まで回して、シュタムファータァは右手で銀凰の柄を鷲掴んだ。そして、少しづつ、銀凰を抜いていく。
否、一度動きを止めると、シュタムファータァは間髪入れず、込められるだけの力を全力で込めて、銀凰を左手から一気に引き抜いた。
凄惨な傷跡を気にする事無く、銀凰を両手に持ち替え――――――――走り出す。

『うおおぉぉぉぉぉぉぉ!』

戦闘中でさえ聞いた事の無い、とても勇ましく果敢な雄叫びを上げながら、シュタムファータァはゼノブレイカーへと疾走する。
何も怖くない。何も恐れる物は無い。今のシュタムファータァに、気を紛らわす存在は何も無い。今、シュタムファータァは疾風と化して地を駆ける。
ただ、純白。リヒター・ペネトレイタ―を救いだす。ただ、頭に浮かんでいるのは、その事だけ。邪念など、無い。

疾風の如きスピードで、シュタムファータァはゼノブレイカーに一瞬で距離を詰める。
存在に気づき、ゼノブレイカーはリヒターからイレイザ―ポイズンを手放して、ソーラーキャノンを向けようとした。

が、その時には既に。

銀凰の刃は、非常に美しい流線を描きながら、ゼノブレイカーの頭部を斬り払う。
振り落ちる雨ごと、シュタムファータァは銀凰で倒すべき悪を叩き斬る。切断時の音すら聞こえてこないほど、速く美しい、太刀だった。
小雨が晴れてきて、灰色の割れた雲の中から、少しだけ、太陽の陽がシュタムファータァを照らした。

限界が訪れたのか、シュタムファータァの手から銀凰から零れ落ちる。倒れる間際、シュタムファータァはリヒターに、言い残す。

『後は……お願い、します』

頭部が切り離されたものの、機能自体は沈んでいなかったゼノブレイカーが、シュタムファータァにソーラーキャノンを向ける。
大分威力は落ちているものの、砲口より発射された光弾が直撃して、シュタムファータァは背後の金網まで吹っ飛ばされる。
金網の一部と共に、シュタムファータァは屋上から投げ出された。ダメージが限界値を超え、強制的にシュタムファータァは、人間の―――――――ー紫蘇の姿へと戻る。

中の俊明は力尽きた紫蘇を抱きしめながら、落下し、姿を消した。
ショッピングモールの高さと、下が道路であることを考えると命が助かる可能性は、紫蘇ともども、殆ど無いだろう。

【視界不良、視界不良。予備カメラへの移行を開始する】

【障害排除。任務の切り替えを移行。リヒタ―・ペネトレイタ―の破壊、並びに一条遥の消去、消去】

ゼノブレイカーはふらつきながらも、そう無機質な声を発しながら、肩部等から予備カメラを伸縮させる。
頭部を斬られた正で、以前の様な動きも戦い方も出来なくなるだろうが、特に支障は無いだろう。残る任務は実に容易である故。
再び標的、リヒターを破壊するため、ゼノブレイカーは振り向いた。

<この……>

ゼノブレイカーは振り向く。

銀凰をナイフの様に持ったリヒターが、跳びあがりゼノブレイカーの動力部、胸元に向かって銀凰を力一杯に貫いた。
右足を消失しており、頭部の損傷が非常に激しいにも関わらず、リヒターは立ち上がった。
絶対に殴らねば、いや、絶対に倒さねばならない相手がいる。その根性だけで、リヒターは動いた。理屈も何も無く、唯、それだけだ。

<ド外道が!>

貯蓄されているマナを拳に溜めて、銀凰が突き刺さっているゼノブレイカーの動力部を全力でぶん殴った。
強固に動力部を守っている、胸部のガラス部分に放たれたリヒターのその攻撃は、ガラス部分に大きく深いヒビを入れる。だがしかし。
動力であるブラックキューブ自体には、ダメージが及ばなかった様だ。想像だにしない攻撃に不意を突かれた為か、ゼノブレイカーはよろめきながら、地に片膝を突いた。
シュタムファータァとリヒターの攻撃が熾烈だったためか、片膝を突いたままゼノブレイカーは動かなくなる。だが倒れたわけではなく、ブラックキューブが幾度か点滅しているだけだ。

そのまま、リヒターも同じく完全に力尽き、地面に倒れる。
右足を失い、正真正銘マナを使いきったリヒターは、ただの鉄となっている。
だがどうにか、球体へと戻る余力はあり、リヒターは吸い込まれるように一条の掌で球体へと戻った。

だが、あまりにも戦闘で受けたダメージが大き過ぎたのだろう、球体は大きく欠けている。
一条は壁に背を隠すと、物言わず沈んでいるリヒターを両手で包み込み、抱き締める。

「ごめんね、リヒター……私……」

一条はリヒターに呟く。

「私……貴方に無理させすぎたみたい。ホントに……ごめんね」


俊明とシュタムファータァは屋上から投げ出され、リヒターは正真正銘、力尽きた。
もう、屋上にいるのは一条遥、だけだ。ゼノブレイカーは恐らく、数分位たら回復して動き出すだろう。
最早状況は詰み、と言える。逃げた所で、ゼノブレイカーは必ず追ってきて、一条を殺すであろう。
まだ最初の時の方が状況がマシだった。今は本当の意味で、絶望と終焉しかない。

パートナーがいなくなった。俊明も、シュタムファータァもいなくなった。誰も、居なくなった。

雨の音だけが、耳に響く。これほどまで、雨の音がハッキリと、そして寂しく聞こえるのは初めてだ。

バシャリ、バシャリと、水溜りを跳ねる音が雨音に混じって聞こえてくる。
どうやら、ゼノブレイカーが再び起動し始めたようだ。だが、一条にはどうする事も出来ない。
立ち向かう事も、逃げる事も出来ない。いや、立ち向かえば殴る事自体は出来るかもしれない。

だけど、それも無理。太陽が出てきてはいるが、寒さから体温が大分下がってきており、一条の体力は底を付き掛けている。
憔悴した精神と肉体。絶望的な状況。頭を過ぎる、死という文字。あれほど、どんな状況になっても諦めないと意地を張っていたのに。
今では一番考えたくなかった、諦めるという文字が何度も何度も過ぎる。絶対に、諦めるなんて言葉、浮かべないようにしていたのに。

自然に、一条の目から涙が溢れだす。拭っても、拭っても、涙がとめどなく流れてくる。
自分自身への情けなさ? リヒターをボロボロにしてしまった事への申し訳無さ? それとも……師匠と再会出来ずに死ぬ、悔しさ?
どれか一つか、いや、それとも全部か。分からない。分からないけど、涙は止まる事無く、流れ続ける。

「師匠……皆……」

自然に、そう言う言葉が口から出てくる。どんな状況になっても絶対に負けない、と、誓ってたのに。

「神守さん……」

過ぎる、思いで。過ぎる、人々。過ぎ行く幸福な日々。
もう一度会いたい人達がいる。もう一度、戻りたい場所がある。もう一度……。

まだやらなきゃいけない事も、やるべき事も沢山ある。私は……死にたく、ない。


「ごめん……」


一瞬、背後が明るくなると出入り口の上部が崩落してきた。一条の真上に、巨大なコンクリートの塊が落ちてくる。
一条は動けない。足が動かず、心も動かない。終わり、か。全部。

やおよろずの皆、師匠、それに……神守さん、ごめんなさい。


私、ここまで、みたい。

                                  ××××××


ただひたすら、息が上がる。呼吸が荒く、両足は笑っており、歩く事すらおぼつかなくなっている。疲労がピークに達している。
出来る限り、精一杯、力の限り、そういう言葉が頭の中に浮かぶ。遥は足を止めてしゃがむ。下着が物凄い汗でべとべとになっていて、不快指数が振り切れている。
どれだけの段差を昇ったのかが思い出せない。思い出せないというか、なんかもう分かんない。何時頃から昇り始めたのかも思い出せない。

というか非常用階段がこれほど長い物だとは思わなかった。
これじゃあもし建物内に何かあったら、屋上にいたら逃げられないんじゃとは思うが、そもそも屋上は閉まっていた。
一条さんがどうやって屋上に行ったかが今更ながら不思議だ。まさか飛んで……ありえないか。

何度か、建物が揺れるほどではない。揺れるほどではないが屋上に近くなる度に、耳をつんざくような衝撃音が聞こえてきて、遥はその度しゃがむ。
何が起きたのかは見当もつかない。もう、事態は私が介入してどうこうなるレベルじゃないのかもしれない。衝撃音を聞く度、遥はそう思う。
疲れているのだろう。視界も何だかぼんやりとしていて、ゆらゆらとしている。猛烈に眠気がして、ふらふらと倒れそうになる。
しかしどうにか歯を食いしばる事で、眠気にも疲れにも負けない様に気張る。持てる根性を、絞り出す。

精根と根性と体力を総動員して、段差を昇っていく。一歩ずつ、のろくても良い。
足の感覚が鈍くなったって良い。まともに歩けなくなっても良い。ひたすらに、階段を昇り続ける。その理由は至極明快。
一条遥を、助けに行く為。その為ならば、どれだけ疲れても……構わない。しかし、こんな状態で一条を手助けできるのだろうか。
そんな一抹の不安が過ぎるが、今は考えない事にする。と、遥は前を見上げて気付く。

「……あぁ」

気付けば、屋上に入る事が出来る、避難誘導の記号が記された蛍光灯が、チカチカと点滅してる非常ドアまで、残り十段となっていた。
こうなると後は、これから昇る右五段左五段の段差を昇り切れば、昇り切る事が出来れば、ドアの前まで行ける。
そのドアを開ければ、一条が居るであろう屋上に行ける。そう思うと、異常な重量の重石を嵌められていた様な両足が、不思議な事に軽くなっている。
後もう少しだけ……後もう少し歩けば……一条さんの所まで辿りつける……! 遥は両手を自分の両頬に近づけた。

「まだまだ……」

力強く、その両手で自分の頬を叩いて気合いを注入し、遥は段差を睨み上げる。
踏み出す右足に力を込め、踏み付ける様に段差に足を落とす。続いて左足を上げて、一段づつ、着実に昇っていく。

「行ける!」

今の遥には、ドアの前に行く事、以外何も考えてない。考えていない。
とにかくドアを開ける。開けて一条さんを助ける。ただ、それだけ。それ以外、何も考えない。
今の遥を突き動かす原動力はその目的、その信念。その為だけに、遥は自分を投げ捨てて、動く事が出来る。

八段、七段、六段、五段、四段、三、ニ、……一! 一段!

最後の段差を昇ると、屋上へと続くドアの前へと立つ。頼りなさげな蛍光灯が、薄暗いここをほんのりと照らしてくれる。
ドアへと歩んでいき、遥はドアノブに触れる。このドアノブを回せば、やっと一条に会える。一条の助けになる事が出来る。
奴に……あの平穏を、人々を、日常をぶち壊したあいつから、一条は自分を助けてくれた。ボロボロになりながらも。
だから遥は思う。次は、私の番だ。私が一条さんを、救う番だと。

遥はいざ、一条を救出せんとドアノブを回し……回らない。何度も回そうとしても、全く回らない。


これが示すのは、ドアが開かないという事。目の前の出来事が信じられず、遥は唖然とした表情を浮かべた。


必死に遥はドアノブを回す以外の行動で、ドアを開けようと躍起になる。しかしドアノブを押しても、引っ張ろうとしてもその他ありとあらゆる事をしても開く様子は無い。
冷静になった頭で、至極当たり前な事に気づく。当り前だ。屋上に行けたとしても、屋上に向かうドアは閉じられていれば何の意味もない。
正面からいけるドアが閉まっているけど、もしかしたら、もしかしたら非常用のドアは開いているかもしれない。
そんな不明瞭な希望を握って頑張ってはみた。みたが、開く事の無いドアという現実が、遥を打ちのめす。

遥の両足はドアから数歩後ずさると、雪崩れる様に座り込んだ。もう、力が出てこない。何も出てこない。
遥はボソッと声を発する。普段は絶対に発しない、乱暴な言葉が。

「……畜生」

両手を握り、冷たい床を何度も殴打する。だがその行為には何の意味もない。ただ痛く、辛く、苦しいだけだ。

「畜生……畜生!」

言い知れない悔しさに、遥の瞳から涙が零れてくる。駄々をこねる子供の様に、遥は床を殴り付ける。
言葉すら出てこなくなり、遥は嗚咽する。たったドア一枚超えられないのか。これほどまでに、私は無力なのかという思いが遥の頭の中で渦巻く。
無意味だとは薄々気づいていたのかもしれない。只の、それも非力な女子でしかない自分に、出来る事など何も無いと。
それでも、救いたかった。もう一人の自分を。元気な笑顔を浮かべて、気丈に振る舞う、別の世界の自分を。

ここまで、なのだろうか。大切な人も、救えないまま、私は……。


                                 師匠……皆……。

誰かの声が、耳元で遠く小さく、響く。

                                 神守さん……。


その声は、誰かに助けを求めている。その声の主は、遥にとって今一番、聞きたかった人の声だ。
遥は起き上がる。助けを求めている。その人が泣き出しそうな声で、助けを求めている、様に聞こえる。

急に、揺らいでいた視界が戻る。揺らぎ、ふらつき、砂上の様に消えかかっていた魂が、再び燃え始める。
遥は立ち上がる。両足は震える事無く、しっかりと立っている。不思議だ。力が、みなぎってくる。
さっきまでのドアという現実の前に沈んでいた遥の姿は無い。全身に力を込め、両手を強く握りしめる。


                                  ごめん……。

その声がはっきりと、耳に響いた。
遥は目の前に立ちふさがるドアを睨み付ける。これさえ超えることが出来れば、いや、出来ればじゃない。
出来る。今の遙には、それが出来る。滅茶苦茶に波打っていた精神を、目を閉じ、呼吸を整える事でフラットな状態に戻す。
静かに滴った水面のごとく精神を統一し――――――――遙は、声を発した。

「感覚共有!」

五感が共有できるならきっと……力も、共有出来る筈……いや、出来る。必ず、出来る。

遥の右手に、オーブの様に発光する、奇妙な光が宿り始める。しかしとうの遙は、その事態にはまるで気づいていない様だ。
ぶち破る。目の前の障害を、越える。遙は己の力を右手へと一点集中させる。遥のその行為に合わせる様に、光がより強く、鮮明になっていく。

「どけぇ!」

遥は全力で、拳をドア目掛けて殴りつけた。グローブの如く集まっていた光が叩きつけられると共にうっすらと消えていく。
いとも簡単にドアは吹き飛び、念願であった屋上、へと入る出入り口が見えた。遥は走る。走りながら、叫ぶ。声の主であり――――――――救いにきた、その人の名を。


「一条さん!」


                                   ××××××


「一条さん!」



誰かが自分を呼ぶ声がして、一条は急に我に帰る。と、同時に一条の体は出入り口の隅へと強く押し飛ばされた。
数メートル先で、落下してきた塊が、さっき一条のいた場所を押し潰した。もしも一瞬でも遅れていたら……と思うと背筋が寒くなる。
一条は間一髪、その声の主が押してくれたお陰で助かった様だ。ついでに、沈下していた意識も元に戻る。

……一条は見上げる。その命を救ってくれ、名前を呼んでくれた人の顔が、そこにあった。
塊が掠ったのか、頭から血を流しているにも拘らず、その人は笑顔で一条に話しかけて来た。

「……良かった。一条さん」


「どうして……」


一条は驚嘆した表情を浮かべながら、言った。


「どうして……どうして戻ってきたの……神守さん!」


神守遥は、一条が助かった事に嬉しそうに笑いながら、明るい音色で答える。



「どうしてって……決まってるじゃない」



                               
                                    THE


                                   STRANGE


                                    DREAM


                                    最終話(3)
                                   




「一条さんを、助けに来たんだよ」

(4)に続く




                                  ××××××



屋上から落下していく中、俊明はその両腕で、紫蘇を抱き締める。
実際は物凄い速さで落ちているのだろうが、何故だか不思議に、周囲の動きが鈍く見える。
恐らく、死の淵、いや、死の間際には、一切合財がこういう風に見えるのだろうと、俊明は納得する。

これから死ぬってのに、不思議なくらい、俊明の心は清清しく何の悔いも残らない。
……いや、悔いなら数え切れないほどあるけど、そういうのを超えて、清清しさが勝っている。
それはゼノブレイカーに痛烈な一撃をようやく与えられたからか。それともシュタムファータァの強さ、成長がが垣間見れたからか。
どっちもかもしれないし、どっちでもいい。ただ今は……。

俊明は抱き締めている紫蘇に目を向ける。
紫蘇は目を瞑っていて、気を失っているのだろうか、眠っているようだ。
その寝顔は穏やかで、優しく、色んな物から解き放たれている様に、俊明は感じる。
もうそろそろ、地上が見えてきた。俊明も目を閉じ、終わりを迎え入れようとした――――――――その時。

<トランスインポート エレクトラサーフ>
<重力制御起動>

窓ガラス一面を粉々に粉砕しながら、奇妙な板に乗った奇妙な姿の人物がショッピングモールから飛び出してきた。
男はサーフィンするかの如く風に乗り、落ちてゆく俊明達の元へと急降下していく。

「な……何だ、あんた!?」

俊明はその人物の姿を見、驚嘆から素直にそんな台詞が出てくる。しかし俊明が驚くのも無理は無い。
唯でさえ、特撮のヒーローを彷彿とさせる様なコスプレをした何者かが、妙な板に乗って飛んでくるのだから。
その何者かは俊明の真下で大きく一回転して空中で停止すると、両腕を広げて紫蘇を抱えた俊明をそのままキャッチした。

『掴まっていろ。騒ぐと落ちるぞ』

何者――――――――声からしてどうやら男のようだ。が、俊明を抱かかえたまま、板を使って飛んでゆく。
どんな原理でと俊明は思うが、どうやら板の後部に推進力らしき物が見える。だが原理自体は良く分からない。
男はサーファンで人々から見られぬ様にしているのか、とにかく高い高度を保ったまま何処かへと飛んでいく。

俊明は男に顔を向けて、恐る恐る、話しかけてみる。

「その……ありがとよ。助けてくれて。けど、何者なんだ、あんた」
『俺の名は無い。過去も、そして未来も無い』

男の方も、俊明に顔を向ける。男は俊明に、言った。


『俺は全てを捨てた。得たくもなかった、大きな力の元にな』


『安田俊明。君は君の日常を護れ。俺の様になるな。力はあくまで力だ。それ以上でも、それ以下でもない』



「あんた……あんたは……一体」

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