なんだかよくわからない間に、英雄だか何だかに祭り上げられてしまったエドです。
本人としては超絶にやる気の出ない問題でしたが、周囲がそれを許さないのが現実。
というわけで、エドには早速出撃の命が下りました。しかしその命を下すのがあのエリーなので、どうにもやる気がわいてこないエドです。
「なんで俺が……」
「やるですか? やらないですか?」
「やらなかったらどうなるんだ?」
「わたしが口にも出せない、おぞましいことになるですか? 二十六歳の熟れたボディは慰みものですか?」
「知らんよそんなこと。二十六歳ってのがまずあり得ないし……」
「エドには信用できないですか? 二十六歳は伊達じゃないのですよ?」
「ああもう、それで何をすればいいって?」
エリーが言うには、ちょっと首都近郊に布陣している敵主力を叩いてほしいとのこと。
そんなの自分たちでやれよ、とか思うエドでしたが、他力本願を地で行く彼らに、それが可能でしょうか?
ということを考えれば、仕方なく出撃するしかないのです。これは理不尽ですが、逆らうには余りにもエドはちっぽけな存在でしたので……。
『だからと言って、そのまんまではなめられてしまいます』
「そりゃ理屈だけど、他にどうしろって?」
『簡単なことです。あのエリーとかなんとか言うのをグレゴリオンで握り潰し……』
簡単だけど簡単じゃない問題でした。とりあえずコックピットの後ろに収まったHAL‐800をぽかぽか叩きながら、どうしたものかと考えるエド。
そんな彼らの行く先に、一本の高い木が生えていました。枝ぶりの良さから察するに、おそらく前世紀からここに生えているもののようです。
命は偉大だ……と思うその時、エドはありえないものを見てしまいました。その木のてっぺんに、一人の男性が立っているのです。
男性というのは、身なりから判断したものですが、恐らく間違ってはいないでしょう。
しかもその男性……いきなりカラカラと笑いだしては、グレゴリオンに向かって『とうっ!』とジャンプしてきたのです。
「うわ、正気かあいつ!?」
慌てて受け止めようとしたエド。しかしそんなエドの考えとはすれ違い、男性はすたっとグレゴリオンの頭の上に立つのです。
「ふはは、未熟未熟ぅ!!」
「だ、誰だあんた!?」
思わず冷や汗をかくエド。そんなエドをあざ笑うかのように、男性はこう叫ぶのです。
「男には、どんな時でも忘れてはいけないものがある! ひとつ、愛! ひとつ、勇気! ひとつ、ドリルだっ!!」
「なんだ変態か」
「酷いっ!?」
『酷いっ!?』
ハモることか、とエドは思いましたが、どうやら何かしら、ハル子とあの男の間には関係がありそうです。そこで素直に『あれ、お前の知り合いか?』と聞いたのですが、ハル子曰く『まったく存じません』とのこと。
「でもなんかドリルがどうのって言うし、お前と思考回路がお仲間なんじゃないか?」
『気のせいです』
「いや、だけどさ……」
『気にしてはいけません』
それでも……と言おうとしたところ、とうっと男性はジャンプし、今度はまた木の上に戻りました。忙しない男だとエドは思いましたが、とりあえずじっくりと話を聞いてみると……。
「少年よ、お前にはまだドリルが足りん! その勢いでは、真に手強い敵に出会ったときに敗北するのは必須!」
「俺が、負ける? なんだよ、それ?」
「ならば聞こう! お前にとってドリルとはなんだ!?」
「いや、ドリルはドリルだろ……」
「その考えが、甘いというのだっ! ドリルの真髄もわからん小僧では、この先に生き延びることはできないと断言しようっ!!」
変態には変態の理屈があるようでしたが、これ以上聞くのは時間の無駄だと、エドは思いました。そこでささっとグレゴリオンを操って、先へ進むことにしました。
「忘れるな! ドリルの意味を! 男の魂、ドリルという存在を!!」
「やかましいなぁ……」
まあ、そんなこともあった。という程度でした。ですが、その程度のことが、後々に大きく響くのですが……エドにはまだわからないことなのでした。
さて、敵主力、いわゆる新統合政府軍の主力とぶち当ったエドです。一気に片付けようと思いましたが、それにしては数がやたらと多いので、どうしたものかと考えました。
『軍師曰く、数が多いなら片っ端からぶち壊せとか言います』
「軍師が誰だか知らないけど、そこら辺からぶっ壊してやる!」
『行け行けゴーゴー、エドさんガンバー!』
「黙ってろ馬鹿!」
とにかく数を減らさなければと、エドは手近な敵をひっ捕まえて、集団の中に放り投げます。
たちまち爆発が広がり、無数が消滅していきます。これには敵も肝を冷やしたのか、或いはむちゃくちゃな戦い方に臆したのか、やや後退をかけました。
それはそれでやりやすくはあったのですが、エドにしてみれば『逃げるな、そこの!』というもので、逃げる戦車を捕まえては、敵の中心にぶん投げます。
『ガソリンエンジンなんて、アナログなものに頼っていると大変ですねぇ』
「燃えて爆発すれば何でも一緒だ! 次! そこのミサイルキャリアー!」
ミサイルを積んだ車両を捕まえて、へし折ったうえでぶん投げます。爆発は予想以上に大きかったので、歩兵はほぼ壊滅してしまった様子です。
通常弾頭だったらそこまでの被害はなかったのでしょうが、対グレゴリオン用に強力なものを積んでいたのが不幸だった様子。
あまりと言えばあまりの戦いに、敵集団は即座に撤退を開始しました。追撃しようとするグレゴリオン。その時です。何か巨大な反応が、レーダーに感知されたのは。
『エドさん、高空より空挺投下されるもの感知。大型ロボットクラスです』
「ロボットだって?」
ずしんと、大地を揺らして、巨大なロボットが大地に降り立ちました。未塗装のまま戦場に出されたのか、銀色の地肌がやけに不気味です。
【グレゴリオンのパイロット、聞こえるか! 今すぐ投降すれば、命だけは助けてやらんでもない!】
「なんだ、馴れ馴れしい!」
【警告に従わなければ、このドーントレスが貴様を撃破する!】
「うるさい、やってみろよ!」
ずしんとドーントレスというロボットが動きます。グレゴリオンよりも一回り大きいその巨体は、さすがに動くと脅威に感じます。
それでもエドは、なんとかぶっ壊そうと思いました。そうでなければ、敵の掃除をしたことにならないからです。
一気に距離を詰めて、必殺のパンチ炸裂。しかしその一撃は、鈍い音と共に弾き返されてしまったのです。
「パンチが効かない? 装甲が並みじゃないのか?」
『打ち込み時の衝撃から計算中……パンチでは装甲は抜けないと判断。エドさん、ドリルの使用を提案します』
「くそっ、何かというとドリルだなんだって……もうどうにでもなれ! 行くぞ、ドリルモード!」
『イエス、エド。輝く切っ先、回る鉄塊、その名も高き、破壊の象徴……』
「うおぉっ! ドリルゥゥゥッ!!」
そして必殺のドリルが、ドーントレスというロボットに叩きこまれ……エドは驚愕するのです。なぜならば、なんでもぶっ壊してしまうはずのドリルが、まったく通用しないから。
【ドーントレスには、新型の超弾性金属が使用されている! 故に、ドリルなどまったくの無意味だ!】
『男性金属だなんて、まあいやらしい』
「いやらしいのはどっちだ! それよりもどうするんだよ、ドリルが通用しないぞ!」
『えー、古来より関節部や末端部など、弱点は多様にあるものと申しまして……』
【ちなみに全身が超弾性金属性だ!】
『……ファイト!』
「お前実に役に立たないなぁ!」
ともあれ、このままでは負けることはなくても、勝つことはできないでしょう。
確実に勝つことが、今のグレゴリオンには求められているのですから、それでは作戦の意味もへったくれもありません。
この状況をどう乗り切るべきか、エドは大いに悩みました。ドーントレスはじわじわと迫ってきますし、あの巨体で殴られれば、さすがに無傷ではいかないだろう……と、その時。
「ふははっ! 未熟未熟ぅ! だからお前はアホなのだぁ!!」
「俺をアホ呼ばわりするのは誰だ!?」
振り仰げば、上空から落下してくる……男が一人。なんでそういうことに? というエドの疑問も虚しく、落下してきた男がすたっとドーントレスの上に仁王立ち。
【なんだ、この男は!?】
「黙っていろ! 少年よ、理解したか? お前には心底、ドリルというものがわかっていない!」
「知るかよドリルなんて! 回って壊すだけの道具だろ!」
「それでは足りん! 足りんのだ! グレゴリオンの真なる目的を達成するためには、その程度の覚悟では生ぬるいのだあぁっ!!」
【この男、人の頭の上で……】
「黙っていろと言っている!」
ゴンッと男が頭を蹴れば、ドーントレスというロボットは大きく揺らぎました。生身であれは凄いなぁ……とかそういう問題ではなく、エドはさらに言葉をぶつけられるのです。
「少年! ドリルの真髄、知る気はあるか!」
「そ、そんなの……ない!」
「では、ここで死ね! しかし、もしもお前にも守りたいと思うものがあるのならば……」
守りたいもの。エドの、守りたいもの。そんなものは、ありはしないはずでした。
だって、エドには家族もいなければ、友人も……いや、だけれども友人かどうかは知れませんが、知り合いはいるのです。
エリーという、頭がかわいそうな女の子(?)。HAL‐800という、頭がかわいそうな人工知能。その他にも、ここに至るまでに知り合った人間は、少ない数ではありません。
「守れるものなら、守りたいよ。でも、だけど! 僕は……ただの一人の少年だろ! 僕にこれ以上、何を望むっていうんだ!」
『エドさん……?』
「僕は……嫌だっ!! 死ぬとか生きるとか、そういう問題は! 僕に考えさせないでくれよ! 大事なものなんか、僕には守ることなんてできないんだから!」
その時のエドの脳裏によぎったのは、死に行く両親の姿でした。なすすべもなく戦争に巻き込まれて死ぬ、両親の姿でした。
そして、エドは思ったのです。自分には何もできない。無力な少年でしかない。だからこそ、自分には守るものなんてない。
でも、実際には少し違ったのです。望もうと、望まないでいようと、関わってしまった以上は……もう、無関心ではいられない。だから、エドは……。
「守れるものなら、守りたいよ! でも、僕に何を望むっていうんだよ!」
「……それが、ドリルだっ!」
エドが顔をあげれば、男はまっすぐにグレゴリオンを……いいえ、その中のエドを見つめていました。その視線には、有無を言わせぬ力がありました。
「いつも心にドリルを持て! 無情な世界は破壊しろ! 思い通りにならないものは貫き壊せ! ドリルは……お前の運命をも変えるだろう! さあ、ドリルを手にする覚悟はあるか!」
「それは……」
エドは、迷いました。その言葉に従っていいのかどうか、悩みました。でも、今は、他に方法がないから……だからこそ。
「……ドリルで、いいんだよな?」
「その言葉、忘れるなよ! では授けよう、本当のドリルを!!」
その時でした。轟音とともに、何かが飛んできたのは。エドがレーダーを見れば、巨大な物体が二つ、こちらに向かってくるところ。
「これは……ハル子! 何が来た?」
『確認中……これは、トップ・バスターにボトム・バスター?』
「なんだよそれ?」
『システム切り替え。各部ジョイント解放。フットパーツ、およびアームパーツの強制排除用意。エド、合体の許可を』
エドには何が何だかわかりませんでした。でも、それが状況を改善するものであると信じて。
「合体だか何だか、勝手にしろ!」
『イエス、エド。各パーツの強制排除を確認。ガイドビーコンは正常。ドッキング誘導、問題なし。合体まで、あと三秒』
何が、と思ったその時、がんっと衝撃が伝わり、何かが機体に接続されました。そしてモニターに表示される様々な数値。読み取ることはできませんでしたが、エドにもなんとなくわかりました。
「何が……合体した?」
『真なるドリルです、エド。バスタードリル、使用可能。回しますか?』
エドは、深く息を吸いました。そして思いっきり吐き出して……!
『真なる牙は、遅れて来るもの。正義はいつも、遅いくらいにやって来る。しかし、正義はいつも、必ず間に合う……だからこそ』
「うおおおおっ! バスタードリルゥゥゥッ!!」
さらに巨大となったドリルが、一気にドーントレスを貫きます。その破壊力は、今までの何倍も、何十倍も高まっている様子です。
【ば、馬鹿なあぁぁぁっ!?】
ドーントレスは大爆発。脱出カプセルがポーンと飛んで行くのが見えます。エドはそれを確認しながらも、なんだか脱力してぐったりとなってしまいました。
「……見事。少年、覚悟は見せてもらったぞ……!」
そう言い残すと、謎の男はどこかへ去って行きました。とりあえずエドは、帰り道はハル子の自動操縦に任せて、今は少し休もうと思ったのです……。
……首都に帰り着くと、民衆が大歓声でグレゴリオンを出迎えました。自分たちは何もしていないのに、勝利はみんなのもの。
でも、それが健全なのかもしれません。少なくとも自分の手を汚さずに平和が勝ち取れるのであれば、人間はそれでいいのでしょうから。
「でも、本気で疲れた……」
エドはハル子を抱えて、グレゴリオンから降ります。そこを出迎えるエリーは、本当に嬉しそうでした。
だからエドも、それ以上は何も言わないでおこうと思いました。問題は何もない。強いて言うならあの男の正体とか、ハル子は知っている様子でしたが……今は、それも。
『エリーさん、聞いてください。エドさんの一人称は実は僕だったんですよ?』
「……興味深いお話……?」
「聞くなよエリー、耳が腐れて落ちるぞ」
『だって僕ですよ? かわいいところもあるんですねぇ。いつもは俺とか強がってるくせに、土壇場瀬戸際で僕とかもう保護欲が……』
「死ね、この腐れ人工無能!」
『だ、大地に叩きつけるのは……いたぁい!』
「……耳寄りなお話は……?」
なにはともあれ、彼らはまだ、平和でした。新たにパワーアップしたグレゴリオン。
その力の意味は、まだ誰も知らないはずでした。そう、彼女自身以外は……。
『計画は着実に進行中……おおむねスケジュール通りに、ですね』
「なーにがスケジュールだこのタコすけ! お前なんかこの俺が輝く指で粉砕してやる!」
『あ、ちょ、引っ掴んで振りかぶって何をするつもりで……投げないでえぇぇ!!』
「……お話?」
今はこれでいい。みんな、そう思っていました。でも、変わらなければいけない時というのは、確かにやってくるのです。
エリーの国、ノースラントは、こうして解放されました。人々は誰もが喜んでいましたが、これがすべての始まりでもあったのです。
確かにノースラントは解放されたのですが、現状では、という但し書きがつきます。
国からすべての新統合政府軍が撤退したのは確認したものの、それがいつ戻ってくるかは知れません。
もっとも、グレゴリオンがそこにいる限り、そう簡単には戻ることはないとは思うのですが……不安というものは残ります。
エドにしてもそれは同じで、グレゴリオンと共に去ることをしばし諦めるほどでした。
「これって、いつまでこの国に居残らなけりゃいけないんだ?」
文句を言いつつ窓の外を見れば、グレゴリオンにブラシがけをしている人々の姿。
それ自体は悪いことではないと思うのですが、あまり頼りきられてもどうかと思うのです。
そもそも、自立とは自分の力で勝ち取るからこそ。それはエドだけの考えでしょうか?
わからないまま、なんとなく時間を費やすエド。そばで転がっているハル子は、先ほどから黙りっぱなし。喋れば喋ったでうるさいのに、こういうときには無口なもの。
「どうするかな、ほんとに……」
そんな時でした。そばでつけっぱなしだったラジオから、こんな放送が流れてきたのは。
【……ノースラント全国民に告げる! 新統合政府として、グレゴリオンの引き渡しを要求する! この要求に応じない場合には、ノースラントへの核攻撃を断行するものである! 繰り返す! ノースラント全国民に……】
「……核攻撃、か」
やり方が汚いなぁと、エドは心底嫌になりました。そんな要求を出せば、グレゴリオンを引き渡す以外に道はないでしょう。
国民がいくらヒーローを望んでも、それに応えるもの自体が攻撃を誘発するのであれば、そこには存在しない方がよほどマシなのです。
エドはため息をつきつつ立ちあがると、そばに転がるハル子を拾い上げました。『何するんですかー?』と文句を言うハル子でしたが、エドは静かに部屋を出ます。
そして人気がないのを確認すると、そのままグレゴリオンのコックピットへ……と。
「……へ?」
思わず落っこちそうになるエド。なぜならば、コックピットにはあのエリーが、ちょこんと座っていたからです。
「どこかへ行くですか?」
「あ、うん。ちょっと用事を思い出して……」
「エドは、この国を捨てるのですか?」
「捨てるとかそういうものじゃ……」
「わたしが望んでも、そばには居てくれないのですか?」
「それは……」
どう見てもローティーンの二十六歳皇女は、エドの胸に飛び込みました。そして小声でこう呟くのです。
「皇女は大変なのです。支えが……いるのです」
「それは、俺の仕事じゃないだろ」
「でも、それがエドであったらいいなって、そう思うのです」
「思うのは勝手だけど、俺はそこまでの器じゃないよ」
「だったら、わたしも国を捨てるのです。だって、エドはわたしの、大切な男の子なのですから」
『ショタコンにもほどがありますが、そもそもロリババアにエドさんは渡しませんよ?』
「……頂きます」
『一昨日来やがれババア! ババアは用済みの用無しなのですよ!』
「まだ、出番は終わってないはずなのです」
よくわからない会話になりつつありますが、エドはなんとなく、どうでもいいかと思いました。国を捨てる覚悟とか、それがどの程度のものなのか、エドにはわからないことです。
でも、ほんの少しだけ、寂しさが消えていくような気がして、エドはコックピットの中に飛び込みました。
「……きゃっ」
「狭いんだからどっちか寄れよ。それか膝の上とかさ?」
「……膝の上が、いいのです」
ハル子はぶーぶーと文句を言いましたが、エドは笑顔でグレゴリオンを起動させます。
何事も、やってみなければわからないこともあります。自分自身が確かに間違っていないと思えるのならば、それを行うべきなのでしょう。
もしもやってみて、間違っていて、どうしても駄目なら……その時は、誰かに道を指し示してもらえばいい。
それが、膝の上の彼女なのか、それとも背中の方で文句を言う彼女なのか、まだエドにはわかりません。
でも、まだ自分は間違っていない。そう思うから、自信を持って……!
「国境まで一気に抜けて、そのあとは風任せだ。行くぜ、相棒!」
『はい、エドさん』
「……はい、エド」
『相棒はどう考えても私のはずですが、そこなロリババアは何を勘違いしているのでしょう?』
「勘違いはどちらですか? 愛情は移ろいますか? ところであなたは誰ですか?」
『ぶっ殺すぞババア!!』
「お前ら少しは黙れ! こっちは国境付近の敵を潰していかなきゃいけないんだぞ!」
騒々しくも、少しは楽しい道中になるかな。なんて、エドは思うのです。たぶん、それは間違いじゃない。
でも、少しだけ不安に思うこともある。例えば、この先、どこへ向かえばいいのか……とか、補給のあてとか、生きるために必要なアレやコレとか……。
だけども、そういうことは、後になって考えてもいいのかもしれない。
だって、今はそんなことを考える余裕もないし、ましてや未来があるのかどうか、それも不安だから……。
『国境付近に大型の機影を確認。迎撃戦用意』
「ぶっ壊す必要はない! 押し通ればいい!」
『了解です、エドさん。邪魔な奴だけ壊していきましょう』
「揺れると怖いですが、掴まっていてもいいですか?」
「好きにしろ! この、邪魔をするなぁ!」
「……そこはかとなく、幸せ……」
『エドさん、機動力を上げるために、重量物の投棄を提案します。まずはそこのロリババアから』
「……丸っこいのが、一番邪魔だと思うのです」
『ムキーッたらムキーーーッ!! このアマ、腐れ○○○ガーーー!!』
「お前ら仲良くケンカしろ! そもそもこっちは必死なんだぞ黙ってろよ!」
こうしてエドたち一行は、ノースラントからの脱出に成功しました。ノースラントでは皇女が出奔したということで、一時混乱が広がりましたが、それもすぐに収まりました。
幸いと言えるのか、核攻撃も無かったですし、新統合政府軍の再進駐もありませんでした。
すべては、新統合政府が、グレゴリオンの行方のみに戦力を絞っていたからです。
そこまでの価値が、なぜグレゴリオンにあるのか。ただの乱暴狼藉を働くロボットに対しては、あまりにも大きすぎるその反応。
その答えは、新統合政府でも、上層部にしかありませんでした。でもその上層部が、何よりもグレゴリオンのことを警戒していたのです。
「やはり、あの男が動いていたのか?」
「そうであろう。でなければ、グレゴリオンなどというカウンターマシンは動かんよ」
「どうする? 計画を早めるか?」
「馬鹿を言え。スケジュールが狂うと、いくら資金がかかるのだ?」
「この際資金はどうでもいいだろう。いくらつぎ込んででも、総統閣下を……」
「そうだな。新統合政府総統閣下を至高の高みへと……そのためにも」
「うむ、グレゴリオンは潰さなければならん」
そんな会話がされたことは、当然エドたちは知りません。でも、その日からエドたちは、最優先で追われる身の上となりました。
とりあえずは北から南へ、まっすぐに逃げていく彼らでしたが、追撃の手は意外と近くまで迫っていました。
その先鋒をとるのが、かつて彼らが出会ったことのある彼女だとは、さすがに思わないでしょうが……。
【わたくしを辱めたあのロボット……この手で復讐を果たすまでは、わたくしは……!】
まあ、その辺は次回にでも語られるでしょう。問題は他にあったりなかったり、で……。
「……くぅ……すぅ……」
『何をエドさんの胸で寝こけやがりますか、このロリババアは?』
「他に寝る場所ないんだから、仕方がないだろ。というかコックピット生活はきついよなぁ……」
『でーすーかーら、そこなアマは放り出して、私と二人で愛の逃避行を……』
「うるさいなぁ、お前を放り出してもいいんだぞ?」
『エドさんは私に冷たすぎます。クールガイと呼びたいところですが、どう考えてもシャレになっていないのでムカつきます』
「本気でうるさいなぁ……」
ともあれ、今はまだ平和。でも、運命なんてすぐにコロッと変わるもの。そういうわけで……。
・第六話へ続く……
本人としては超絶にやる気の出ない問題でしたが、周囲がそれを許さないのが現実。
というわけで、エドには早速出撃の命が下りました。しかしその命を下すのがあのエリーなので、どうにもやる気がわいてこないエドです。
「なんで俺が……」
「やるですか? やらないですか?」
「やらなかったらどうなるんだ?」
「わたしが口にも出せない、おぞましいことになるですか? 二十六歳の熟れたボディは慰みものですか?」
「知らんよそんなこと。二十六歳ってのがまずあり得ないし……」
「エドには信用できないですか? 二十六歳は伊達じゃないのですよ?」
「ああもう、それで何をすればいいって?」
エリーが言うには、ちょっと首都近郊に布陣している敵主力を叩いてほしいとのこと。
そんなの自分たちでやれよ、とか思うエドでしたが、他力本願を地で行く彼らに、それが可能でしょうか?
ということを考えれば、仕方なく出撃するしかないのです。これは理不尽ですが、逆らうには余りにもエドはちっぽけな存在でしたので……。
『だからと言って、そのまんまではなめられてしまいます』
「そりゃ理屈だけど、他にどうしろって?」
『簡単なことです。あのエリーとかなんとか言うのをグレゴリオンで握り潰し……』
簡単だけど簡単じゃない問題でした。とりあえずコックピットの後ろに収まったHAL‐800をぽかぽか叩きながら、どうしたものかと考えるエド。
そんな彼らの行く先に、一本の高い木が生えていました。枝ぶりの良さから察するに、おそらく前世紀からここに生えているもののようです。
命は偉大だ……と思うその時、エドはありえないものを見てしまいました。その木のてっぺんに、一人の男性が立っているのです。
男性というのは、身なりから判断したものですが、恐らく間違ってはいないでしょう。
しかもその男性……いきなりカラカラと笑いだしては、グレゴリオンに向かって『とうっ!』とジャンプしてきたのです。
「うわ、正気かあいつ!?」
慌てて受け止めようとしたエド。しかしそんなエドの考えとはすれ違い、男性はすたっとグレゴリオンの頭の上に立つのです。
「ふはは、未熟未熟ぅ!!」
「だ、誰だあんた!?」
思わず冷や汗をかくエド。そんなエドをあざ笑うかのように、男性はこう叫ぶのです。
「男には、どんな時でも忘れてはいけないものがある! ひとつ、愛! ひとつ、勇気! ひとつ、ドリルだっ!!」
「なんだ変態か」
「酷いっ!?」
『酷いっ!?』
ハモることか、とエドは思いましたが、どうやら何かしら、ハル子とあの男の間には関係がありそうです。そこで素直に『あれ、お前の知り合いか?』と聞いたのですが、ハル子曰く『まったく存じません』とのこと。
「でもなんかドリルがどうのって言うし、お前と思考回路がお仲間なんじゃないか?」
『気のせいです』
「いや、だけどさ……」
『気にしてはいけません』
それでも……と言おうとしたところ、とうっと男性はジャンプし、今度はまた木の上に戻りました。忙しない男だとエドは思いましたが、とりあえずじっくりと話を聞いてみると……。
「少年よ、お前にはまだドリルが足りん! その勢いでは、真に手強い敵に出会ったときに敗北するのは必須!」
「俺が、負ける? なんだよ、それ?」
「ならば聞こう! お前にとってドリルとはなんだ!?」
「いや、ドリルはドリルだろ……」
「その考えが、甘いというのだっ! ドリルの真髄もわからん小僧では、この先に生き延びることはできないと断言しようっ!!」
変態には変態の理屈があるようでしたが、これ以上聞くのは時間の無駄だと、エドは思いました。そこでささっとグレゴリオンを操って、先へ進むことにしました。
「忘れるな! ドリルの意味を! 男の魂、ドリルという存在を!!」
「やかましいなぁ……」
まあ、そんなこともあった。という程度でした。ですが、その程度のことが、後々に大きく響くのですが……エドにはまだわからないことなのでした。
さて、敵主力、いわゆる新統合政府軍の主力とぶち当ったエドです。一気に片付けようと思いましたが、それにしては数がやたらと多いので、どうしたものかと考えました。
『軍師曰く、数が多いなら片っ端からぶち壊せとか言います』
「軍師が誰だか知らないけど、そこら辺からぶっ壊してやる!」
『行け行けゴーゴー、エドさんガンバー!』
「黙ってろ馬鹿!」
とにかく数を減らさなければと、エドは手近な敵をひっ捕まえて、集団の中に放り投げます。
たちまち爆発が広がり、無数が消滅していきます。これには敵も肝を冷やしたのか、或いはむちゃくちゃな戦い方に臆したのか、やや後退をかけました。
それはそれでやりやすくはあったのですが、エドにしてみれば『逃げるな、そこの!』というもので、逃げる戦車を捕まえては、敵の中心にぶん投げます。
『ガソリンエンジンなんて、アナログなものに頼っていると大変ですねぇ』
「燃えて爆発すれば何でも一緒だ! 次! そこのミサイルキャリアー!」
ミサイルを積んだ車両を捕まえて、へし折ったうえでぶん投げます。爆発は予想以上に大きかったので、歩兵はほぼ壊滅してしまった様子です。
通常弾頭だったらそこまでの被害はなかったのでしょうが、対グレゴリオン用に強力なものを積んでいたのが不幸だった様子。
あまりと言えばあまりの戦いに、敵集団は即座に撤退を開始しました。追撃しようとするグレゴリオン。その時です。何か巨大な反応が、レーダーに感知されたのは。
『エドさん、高空より空挺投下されるもの感知。大型ロボットクラスです』
「ロボットだって?」
ずしんと、大地を揺らして、巨大なロボットが大地に降り立ちました。未塗装のまま戦場に出されたのか、銀色の地肌がやけに不気味です。
【グレゴリオンのパイロット、聞こえるか! 今すぐ投降すれば、命だけは助けてやらんでもない!】
「なんだ、馴れ馴れしい!」
【警告に従わなければ、このドーントレスが貴様を撃破する!】
「うるさい、やってみろよ!」
ずしんとドーントレスというロボットが動きます。グレゴリオンよりも一回り大きいその巨体は、さすがに動くと脅威に感じます。
それでもエドは、なんとかぶっ壊そうと思いました。そうでなければ、敵の掃除をしたことにならないからです。
一気に距離を詰めて、必殺のパンチ炸裂。しかしその一撃は、鈍い音と共に弾き返されてしまったのです。
「パンチが効かない? 装甲が並みじゃないのか?」
『打ち込み時の衝撃から計算中……パンチでは装甲は抜けないと判断。エドさん、ドリルの使用を提案します』
「くそっ、何かというとドリルだなんだって……もうどうにでもなれ! 行くぞ、ドリルモード!」
『イエス、エド。輝く切っ先、回る鉄塊、その名も高き、破壊の象徴……』
「うおぉっ! ドリルゥゥゥッ!!」
そして必殺のドリルが、ドーントレスというロボットに叩きこまれ……エドは驚愕するのです。なぜならば、なんでもぶっ壊してしまうはずのドリルが、まったく通用しないから。
【ドーントレスには、新型の超弾性金属が使用されている! 故に、ドリルなどまったくの無意味だ!】
『男性金属だなんて、まあいやらしい』
「いやらしいのはどっちだ! それよりもどうするんだよ、ドリルが通用しないぞ!」
『えー、古来より関節部や末端部など、弱点は多様にあるものと申しまして……』
【ちなみに全身が超弾性金属性だ!】
『……ファイト!』
「お前実に役に立たないなぁ!」
ともあれ、このままでは負けることはなくても、勝つことはできないでしょう。
確実に勝つことが、今のグレゴリオンには求められているのですから、それでは作戦の意味もへったくれもありません。
この状況をどう乗り切るべきか、エドは大いに悩みました。ドーントレスはじわじわと迫ってきますし、あの巨体で殴られれば、さすがに無傷ではいかないだろう……と、その時。
「ふははっ! 未熟未熟ぅ! だからお前はアホなのだぁ!!」
「俺をアホ呼ばわりするのは誰だ!?」
振り仰げば、上空から落下してくる……男が一人。なんでそういうことに? というエドの疑問も虚しく、落下してきた男がすたっとドーントレスの上に仁王立ち。
【なんだ、この男は!?】
「黙っていろ! 少年よ、理解したか? お前には心底、ドリルというものがわかっていない!」
「知るかよドリルなんて! 回って壊すだけの道具だろ!」
「それでは足りん! 足りんのだ! グレゴリオンの真なる目的を達成するためには、その程度の覚悟では生ぬるいのだあぁっ!!」
【この男、人の頭の上で……】
「黙っていろと言っている!」
ゴンッと男が頭を蹴れば、ドーントレスというロボットは大きく揺らぎました。生身であれは凄いなぁ……とかそういう問題ではなく、エドはさらに言葉をぶつけられるのです。
「少年! ドリルの真髄、知る気はあるか!」
「そ、そんなの……ない!」
「では、ここで死ね! しかし、もしもお前にも守りたいと思うものがあるのならば……」
守りたいもの。エドの、守りたいもの。そんなものは、ありはしないはずでした。
だって、エドには家族もいなければ、友人も……いや、だけれども友人かどうかは知れませんが、知り合いはいるのです。
エリーという、頭がかわいそうな女の子(?)。HAL‐800という、頭がかわいそうな人工知能。その他にも、ここに至るまでに知り合った人間は、少ない数ではありません。
「守れるものなら、守りたいよ。でも、だけど! 僕は……ただの一人の少年だろ! 僕にこれ以上、何を望むっていうんだ!」
『エドさん……?』
「僕は……嫌だっ!! 死ぬとか生きるとか、そういう問題は! 僕に考えさせないでくれよ! 大事なものなんか、僕には守ることなんてできないんだから!」
その時のエドの脳裏によぎったのは、死に行く両親の姿でした。なすすべもなく戦争に巻き込まれて死ぬ、両親の姿でした。
そして、エドは思ったのです。自分には何もできない。無力な少年でしかない。だからこそ、自分には守るものなんてない。
でも、実際には少し違ったのです。望もうと、望まないでいようと、関わってしまった以上は……もう、無関心ではいられない。だから、エドは……。
「守れるものなら、守りたいよ! でも、僕に何を望むっていうんだよ!」
「……それが、ドリルだっ!」
エドが顔をあげれば、男はまっすぐにグレゴリオンを……いいえ、その中のエドを見つめていました。その視線には、有無を言わせぬ力がありました。
「いつも心にドリルを持て! 無情な世界は破壊しろ! 思い通りにならないものは貫き壊せ! ドリルは……お前の運命をも変えるだろう! さあ、ドリルを手にする覚悟はあるか!」
「それは……」
エドは、迷いました。その言葉に従っていいのかどうか、悩みました。でも、今は、他に方法がないから……だからこそ。
「……ドリルで、いいんだよな?」
「その言葉、忘れるなよ! では授けよう、本当のドリルを!!」
その時でした。轟音とともに、何かが飛んできたのは。エドがレーダーを見れば、巨大な物体が二つ、こちらに向かってくるところ。
「これは……ハル子! 何が来た?」
『確認中……これは、トップ・バスターにボトム・バスター?』
「なんだよそれ?」
『システム切り替え。各部ジョイント解放。フットパーツ、およびアームパーツの強制排除用意。エド、合体の許可を』
エドには何が何だかわかりませんでした。でも、それが状況を改善するものであると信じて。
「合体だか何だか、勝手にしろ!」
『イエス、エド。各パーツの強制排除を確認。ガイドビーコンは正常。ドッキング誘導、問題なし。合体まで、あと三秒』
何が、と思ったその時、がんっと衝撃が伝わり、何かが機体に接続されました。そしてモニターに表示される様々な数値。読み取ることはできませんでしたが、エドにもなんとなくわかりました。
「何が……合体した?」
『真なるドリルです、エド。バスタードリル、使用可能。回しますか?』
エドは、深く息を吸いました。そして思いっきり吐き出して……!
『真なる牙は、遅れて来るもの。正義はいつも、遅いくらいにやって来る。しかし、正義はいつも、必ず間に合う……だからこそ』
「うおおおおっ! バスタードリルゥゥゥッ!!」
さらに巨大となったドリルが、一気にドーントレスを貫きます。その破壊力は、今までの何倍も、何十倍も高まっている様子です。
【ば、馬鹿なあぁぁぁっ!?】
ドーントレスは大爆発。脱出カプセルがポーンと飛んで行くのが見えます。エドはそれを確認しながらも、なんだか脱力してぐったりとなってしまいました。
「……見事。少年、覚悟は見せてもらったぞ……!」
そう言い残すと、謎の男はどこかへ去って行きました。とりあえずエドは、帰り道はハル子の自動操縦に任せて、今は少し休もうと思ったのです……。
……首都に帰り着くと、民衆が大歓声でグレゴリオンを出迎えました。自分たちは何もしていないのに、勝利はみんなのもの。
でも、それが健全なのかもしれません。少なくとも自分の手を汚さずに平和が勝ち取れるのであれば、人間はそれでいいのでしょうから。
「でも、本気で疲れた……」
エドはハル子を抱えて、グレゴリオンから降ります。そこを出迎えるエリーは、本当に嬉しそうでした。
だからエドも、それ以上は何も言わないでおこうと思いました。問題は何もない。強いて言うならあの男の正体とか、ハル子は知っている様子でしたが……今は、それも。
『エリーさん、聞いてください。エドさんの一人称は実は僕だったんですよ?』
「……興味深いお話……?」
「聞くなよエリー、耳が腐れて落ちるぞ」
『だって僕ですよ? かわいいところもあるんですねぇ。いつもは俺とか強がってるくせに、土壇場瀬戸際で僕とかもう保護欲が……』
「死ね、この腐れ人工無能!」
『だ、大地に叩きつけるのは……いたぁい!』
「……耳寄りなお話は……?」
なにはともあれ、彼らはまだ、平和でした。新たにパワーアップしたグレゴリオン。
その力の意味は、まだ誰も知らないはずでした。そう、彼女自身以外は……。
『計画は着実に進行中……おおむねスケジュール通りに、ですね』
「なーにがスケジュールだこのタコすけ! お前なんかこの俺が輝く指で粉砕してやる!」
『あ、ちょ、引っ掴んで振りかぶって何をするつもりで……投げないでえぇぇ!!』
「……お話?」
今はこれでいい。みんな、そう思っていました。でも、変わらなければいけない時というのは、確かにやってくるのです。
エリーの国、ノースラントは、こうして解放されました。人々は誰もが喜んでいましたが、これがすべての始まりでもあったのです。
確かにノースラントは解放されたのですが、現状では、という但し書きがつきます。
国からすべての新統合政府軍が撤退したのは確認したものの、それがいつ戻ってくるかは知れません。
もっとも、グレゴリオンがそこにいる限り、そう簡単には戻ることはないとは思うのですが……不安というものは残ります。
エドにしてもそれは同じで、グレゴリオンと共に去ることをしばし諦めるほどでした。
「これって、いつまでこの国に居残らなけりゃいけないんだ?」
文句を言いつつ窓の外を見れば、グレゴリオンにブラシがけをしている人々の姿。
それ自体は悪いことではないと思うのですが、あまり頼りきられてもどうかと思うのです。
そもそも、自立とは自分の力で勝ち取るからこそ。それはエドだけの考えでしょうか?
わからないまま、なんとなく時間を費やすエド。そばで転がっているハル子は、先ほどから黙りっぱなし。喋れば喋ったでうるさいのに、こういうときには無口なもの。
「どうするかな、ほんとに……」
そんな時でした。そばでつけっぱなしだったラジオから、こんな放送が流れてきたのは。
【……ノースラント全国民に告げる! 新統合政府として、グレゴリオンの引き渡しを要求する! この要求に応じない場合には、ノースラントへの核攻撃を断行するものである! 繰り返す! ノースラント全国民に……】
「……核攻撃、か」
やり方が汚いなぁと、エドは心底嫌になりました。そんな要求を出せば、グレゴリオンを引き渡す以外に道はないでしょう。
国民がいくらヒーローを望んでも、それに応えるもの自体が攻撃を誘発するのであれば、そこには存在しない方がよほどマシなのです。
エドはため息をつきつつ立ちあがると、そばに転がるハル子を拾い上げました。『何するんですかー?』と文句を言うハル子でしたが、エドは静かに部屋を出ます。
そして人気がないのを確認すると、そのままグレゴリオンのコックピットへ……と。
「……へ?」
思わず落っこちそうになるエド。なぜならば、コックピットにはあのエリーが、ちょこんと座っていたからです。
「どこかへ行くですか?」
「あ、うん。ちょっと用事を思い出して……」
「エドは、この国を捨てるのですか?」
「捨てるとかそういうものじゃ……」
「わたしが望んでも、そばには居てくれないのですか?」
「それは……」
どう見てもローティーンの二十六歳皇女は、エドの胸に飛び込みました。そして小声でこう呟くのです。
「皇女は大変なのです。支えが……いるのです」
「それは、俺の仕事じゃないだろ」
「でも、それがエドであったらいいなって、そう思うのです」
「思うのは勝手だけど、俺はそこまでの器じゃないよ」
「だったら、わたしも国を捨てるのです。だって、エドはわたしの、大切な男の子なのですから」
『ショタコンにもほどがありますが、そもそもロリババアにエドさんは渡しませんよ?』
「……頂きます」
『一昨日来やがれババア! ババアは用済みの用無しなのですよ!』
「まだ、出番は終わってないはずなのです」
よくわからない会話になりつつありますが、エドはなんとなく、どうでもいいかと思いました。国を捨てる覚悟とか、それがどの程度のものなのか、エドにはわからないことです。
でも、ほんの少しだけ、寂しさが消えていくような気がして、エドはコックピットの中に飛び込みました。
「……きゃっ」
「狭いんだからどっちか寄れよ。それか膝の上とかさ?」
「……膝の上が、いいのです」
ハル子はぶーぶーと文句を言いましたが、エドは笑顔でグレゴリオンを起動させます。
何事も、やってみなければわからないこともあります。自分自身が確かに間違っていないと思えるのならば、それを行うべきなのでしょう。
もしもやってみて、間違っていて、どうしても駄目なら……その時は、誰かに道を指し示してもらえばいい。
それが、膝の上の彼女なのか、それとも背中の方で文句を言う彼女なのか、まだエドにはわかりません。
でも、まだ自分は間違っていない。そう思うから、自信を持って……!
「国境まで一気に抜けて、そのあとは風任せだ。行くぜ、相棒!」
『はい、エドさん』
「……はい、エド」
『相棒はどう考えても私のはずですが、そこなロリババアは何を勘違いしているのでしょう?』
「勘違いはどちらですか? 愛情は移ろいますか? ところであなたは誰ですか?」
『ぶっ殺すぞババア!!』
「お前ら少しは黙れ! こっちは国境付近の敵を潰していかなきゃいけないんだぞ!」
騒々しくも、少しは楽しい道中になるかな。なんて、エドは思うのです。たぶん、それは間違いじゃない。
でも、少しだけ不安に思うこともある。例えば、この先、どこへ向かえばいいのか……とか、補給のあてとか、生きるために必要なアレやコレとか……。
だけども、そういうことは、後になって考えてもいいのかもしれない。
だって、今はそんなことを考える余裕もないし、ましてや未来があるのかどうか、それも不安だから……。
『国境付近に大型の機影を確認。迎撃戦用意』
「ぶっ壊す必要はない! 押し通ればいい!」
『了解です、エドさん。邪魔な奴だけ壊していきましょう』
「揺れると怖いですが、掴まっていてもいいですか?」
「好きにしろ! この、邪魔をするなぁ!」
「……そこはかとなく、幸せ……」
『エドさん、機動力を上げるために、重量物の投棄を提案します。まずはそこのロリババアから』
「……丸っこいのが、一番邪魔だと思うのです」
『ムキーッたらムキーーーッ!! このアマ、腐れ○○○ガーーー!!』
「お前ら仲良くケンカしろ! そもそもこっちは必死なんだぞ黙ってろよ!」
こうしてエドたち一行は、ノースラントからの脱出に成功しました。ノースラントでは皇女が出奔したということで、一時混乱が広がりましたが、それもすぐに収まりました。
幸いと言えるのか、核攻撃も無かったですし、新統合政府軍の再進駐もありませんでした。
すべては、新統合政府が、グレゴリオンの行方のみに戦力を絞っていたからです。
そこまでの価値が、なぜグレゴリオンにあるのか。ただの乱暴狼藉を働くロボットに対しては、あまりにも大きすぎるその反応。
その答えは、新統合政府でも、上層部にしかありませんでした。でもその上層部が、何よりもグレゴリオンのことを警戒していたのです。
「やはり、あの男が動いていたのか?」
「そうであろう。でなければ、グレゴリオンなどというカウンターマシンは動かんよ」
「どうする? 計画を早めるか?」
「馬鹿を言え。スケジュールが狂うと、いくら資金がかかるのだ?」
「この際資金はどうでもいいだろう。いくらつぎ込んででも、総統閣下を……」
「そうだな。新統合政府総統閣下を至高の高みへと……そのためにも」
「うむ、グレゴリオンは潰さなければならん」
そんな会話がされたことは、当然エドたちは知りません。でも、その日からエドたちは、最優先で追われる身の上となりました。
とりあえずは北から南へ、まっすぐに逃げていく彼らでしたが、追撃の手は意外と近くまで迫っていました。
その先鋒をとるのが、かつて彼らが出会ったことのある彼女だとは、さすがに思わないでしょうが……。
【わたくしを辱めたあのロボット……この手で復讐を果たすまでは、わたくしは……!】
まあ、その辺は次回にでも語られるでしょう。問題は他にあったりなかったり、で……。
「……くぅ……すぅ……」
『何をエドさんの胸で寝こけやがりますか、このロリババアは?』
「他に寝る場所ないんだから、仕方がないだろ。というかコックピット生活はきついよなぁ……」
『でーすーかーら、そこなアマは放り出して、私と二人で愛の逃避行を……』
「うるさいなぁ、お前を放り出してもいいんだぞ?」
『エドさんは私に冷たすぎます。クールガイと呼びたいところですが、どう考えてもシャレになっていないのでムカつきます』
「本気でうるさいなぁ……」
ともあれ、今はまだ平和。でも、運命なんてすぐにコロッと変わるもの。そういうわけで……。
・第六話へ続く……