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創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第三幕 ただの阿呆《人間》共

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第三幕 ただの阿呆《人間》共

夢を見ていた。セピア色の無音の夢を。
映像が始まった瞬間、――ああ、夢を見ているんだな――と分かる程、見慣れた夢。
随分昔の、それも最大級にクソッタレな記憶だ。

最初の光景はそこかしこに瓦礫が転がり、辺り一面にはすえた臭いが充満し、
何処からか男だか、女だか、子供だか、取りあえず人間の悲鳴やら怒号が響き渡る廃都。

月城刹羅――俺の記憶はそこから始まる。

世界でも最悪の治安の悪さを誇る――いや、誇れないか。名高い? いや、名高くもねェな。
ああ、アレだ。アレ。悪名高いって奴。最悪だって悪名高いスラム街。通称、スラッグストリート。

それが俺の故郷だ。名前の通り吐き捨てられたカス共の街で、そこに棄てられた俺みてェなのがカス以下のなめくじ野郎ってこった。
そんな痰壷だか肥溜めだかに根を生やしていた頃の夢だ。
スラッグストリートの住人は全員が犯罪者であり被害者で、強い奴に奪われた弱い奴が更に弱い奴を奪うような連中だ。
食い物だったり、人としての尊厳だったり、それと命。まあ、色々だ。色々、奪ったり奪われたり、そんな感じだ。

それでも、俺はまだなんぼかマシな方で、本来なら奪われる側にいたガキの俺が
マフィアの下部組織――って言ってもストリートギャングなんだが――に拾われたお陰でな。
だから、物心付いたばかりの俺は搾取される側にありながら恵まれている方なんだと子供心ながらに理解していた。

恵まれているって言っても、搾取される側って事には違い無かったから人並み程度には色々奪われたんだけどな。命以外は殆ど一通り。
と言っても、五体満足で臓器も器官も純度百パーセント、完全オリジナル。
こうして振り返ってみると奪われた物なんてのは、そんなにたいしたことのない物ばかりで言うなれば犬に噛まれた程度にしか痛い目に遭っていねェってこった。

まあ、俺自身、生きるのが上手かったのかも知れねェな。ガキなんてのはなんだんだ言っても、したたかな生き物だしな。
物心付いた時から麻薬や銃器、毒物の密売に窃盗、放火、殺人、強盗に明け暮れてりゃそりゃあ、上手くもなるか。

何しろ、住人全員が犯罪者であり被害者だ。それはどちらか片方の側面しか持っていないという意味じゃなくて、どちらでもあるって意味だ。
比率の違いこそあれ被害者の一面しかねェなら、とっくにくたばっているだろうし、犯罪者の一面しか持たず上手くやってけるのなら、
あんな掃き溜めからはとっくに脱出しているに決まっている。

それは兎も角、糞みてェな所で屑みてェな生き方を11歳の時までやっていたんだが、
人間ってのは取りあえず生きてさえいれば転機って奴が必ず訪れるように出来ている。

 俺にとっての転機は、あの日だ。

俺以外の殆どの連中にとっては最悪としか言いようの無い日だったかも知れねがェな。
雨が降るわけでも、晴れているというわけでもねェ。暑くもなけりゃ寒ィってわけでもねェ。何て無ェ日のことだった。
スラッグストリートが目障りになったのか、いや、今まで目障りに思われ無かった事の方が不思議だったんだが――まあ、とにかくだ。
警察では無く軍の武力行使によるスラッグストリートの一斉摘発……つーか、完全抹殺が始まった。

何せ、スラッグストリートってのはマフィアの出資で成り立つ犯罪者の訓練キャンプみてェな街だ。そりゃあ、目障りだったろうよ。
特にスラッグストリートで生まれたガキは一般社会の法や常識なんざ知らず、生きるためだけに悪事を働いているもんだから罪悪感なんて持ち合わせちゃいねぇ。
肉食獣がただ生きるために草食獣を狩るのと同じ感覚だ。

その上、理不尽には慣れているもんだから、ちょっとやそっとぶちのめされても、次の瞬間には金や食い物、体を使って目の前の相手を懐柔しようとする。
だが、軍の連中は小さなガキなら、まだ矯正可能と踏んだみてェでな、懲罰徴兵ってェ形で俺みてェなガキをとッ捕まえちゃ
軍事施設に送り込んで、訓練の傍らで一般常識を叩き込んだのさ。

まあ、連中にとッ捕まったのは俺にとって本当に幸運だった。
何せ、言われた通りにしてりゃ飯が食える。雨風を凌げる場所で枕を高くして眠る事が出来る。その上、手に入った物や金が奪われる事も無い。

他のガキがどう思っていたかは知らねェが、当時の俺は真っ当な生き方ってモンを知らなかっただけで
食ってけりゃ、何だって良いって考えだったからな。あ、今もそうか。

ま、兎に角だ。此処は極楽なんじゃねェかと思ったくらいだ。
しかも、考えって言ったって、日々の糧を得る為に講じる手段のリスクくらいだ。

懲罰兵役って奴は俺にとってメリットしか無く、デメリットも無ければリスクも無い。
まさにパラダイス。漸く、俺様の人生に春が訪れ、華が開いたって奴だ。
確か、月城刹羅って名前をもらったのも……あれ? いつだったけか?

   ※    ※    ※    ※    ※    ※    ※

昔の夢から醒めた時の気分ってのは大体は胸糞悪くて最悪だ。そんで夢って事に気が付いて安堵するってのがお馴染みのパターンだ。
ベッドの脇にある出窓を塞ぐカーテンを引くと月明かりのスポットライトが部屋に差し込み、ベッドの上を幻想的に照らした。
別にキザったらしい野郎を気取るつもりはねェが俺の語彙力じゃ、幻想的とか神秘的って表現するしかねェ状況になってるから仕方がねェ。いや、本当に。単純に。な。

俺の腹の辺りに顔を埋め、生まれたままの姿で寝息を立てるブロンドの髪の美女……セリス嬢は人間では無く、幻想種だ。
幻想って言っても、別に羽が生えているってわけでも無ければ、耳が尖っているわけでも無ェ。皮膚の色が緑とか青とか紫みたいな奇抜な色をしているわけでも無ェ。
普通に感情があって、普通に言葉が通じる。背格好も……まあ、普通と言えば普通だ。
人間との違いが何かと問われたら、そうだな……何つーか、やっぱり人間じゃねェんだなァって一目で分かるくらいの美女って事か?

まあ、何はともあれだ――

(奪われていた頃とは違う)

そうだ。あの頃の俺とは違う。俺好みのとびっきりの良い女を抱いて眠っていると、胸糞の悪くなる昔の夢を見た直後なんかは特にそう思う。
今の俺の生き方には無駄なモンが、生きていく上で必要の無いモンが山程ある。
ただ生きるだけなら別に無くても良いような目的や欲望ってェ、有意義な無駄がある。
それが決別した過去って奴との大きな違いじゃねェのかねェ。

(そろそろ、潮時だったのかねェ……地球での生活って奴は)

俺には――月城刹羅には背負うべきモノってのが一個もねェ。
食うために生きるべからずって言葉が誰の言葉かは知らねェが、俺は生きる為に生きてきただけだ。
だから、あらゆる物事が俺一人で完結する。よって何も背負わねェし、背負えるだけのモノも、
背負わなきゃならねェモノも持ち合わせていない。

(人生で二度目の転機……今度は背負うモンでも探してみても良いも知れねェな)

ヴァルハラで日々の糧を得るためには管理戦争に参加しなきゃならねェ。
悪意も、敵意も、殺意もねェどころか死すらねェ殺し合い。老いも病も無ェ世界。多分変化も無ェ。
今は兎も角、五年十年すりゃ、変化の無さに退屈するかも知れねェって不安もある。メアリー嬢の様にな。

(……って、明日どころか今日をどうやって生きるかなんて考えていた俺が五年十年先のことを考えるなんて随分と傲慢な発想をするじゃねェか)

ヴァルハラに迷い込んで僅か二週間しか経ってねェってのに我ながら御目出度いオツムをしていやがる。正にケッサクって奴だ。無駄に笑えてきやがる。
ま、死ぬ心配も無く、人間離れした良い女が抱けるんだから、多少の変化の無さと退屈さは我慢してやるさ。当分は退屈するなんて事ァ無ェだろうし、これ以上の生き場所はねェからな。
我ながらとんでもねェ妄言だとは思うが仕方がねェさ。カーテンの隙間からは雲一つ無い夜空に三つの満月が浮かんでいやがるんだからな。

「赤、青、黄……って信号機かよ」

ありえねェ……ありえねェがここが地球じゃなくてヴァルハラってェ異世界なんだから仕方がねェ。
異世界にいるだなんて阿呆な転機が身に降りかかってんだから、適当な妄言の一つや二つ、流石に三つは多いが程々に吐き出したってバチは当たらねェ……
いや、こんな時だからこそ妄言を吐き出して心に折り合いを付ける事こそが正常で真っ当な人間の在り方ってモンさ。

「どうしたの?」

俺の腹に顔を埋めて寝息を立てていたセリス嬢が軽く顎を上げ、上目使いで覗き込んでくる。正直、たまらん。色々と。

「悪ィ。起こしたか?」

「気にしないで。元々、幻想種にとって睡眠は必要なものではないもの」

気だるげに声を漏らしてブロンドの髪をかき上げる様は彼女が幻想種という人ならざる存在のせいか、
それとも三色の月光なんてありえねェ光に照らされているせいか、その姿は頭がどうにかなりそうな程綺麗だった。
勿論、彼女の雪のように白い裸体はエロい。
だが、それ以上に完成された芸術品のようで、俺の手で目茶苦茶に汚してやりたくもあり、ただ遠くから、いつまでも壊さないように眺めていたいという気にもなる。

俺の胸板に白魚の様な指を滑らせるセリス嬢を抱き寄せると乱れた髪から頭がくらくらする程甘い蜜の香が漂う。
彼女の香にまどろんでいるとセリス嬢が俺の顔をじっと覗き込みながら口を開いた。

「貴方は元の世界に戻りたいとは思わないの?」

「地球に未練を持てるだけの愛着もねェしなァ……この世界で面白おかしく生きて、骨を埋めた方がずっと面白そうだ」

計算でも何でもなく、自然と笑みが浮かんだ。強がりでも何でもなく本当にそうした方が面白そうだからな。
寧ろ、眠りに就いて目が醒めた場所が隊の兵舎だったら、その方が死ぬ程凹む。数週間ほど寝込む自信がある。
本当に有り得ねェ出来事に巻き込まれ、本当に有り得ねェ事態に陥って妄言を吐き出す事もあるが実際のところ、何の不満もねェのが現状だったりする。
至って良好。満足。何もかもが良すぎておめでたいオツムが更におめでたくなりそうな程にな。

「そう」

短い呟きの中に入り混じるセリス嬢の安堵の声。心なしか表情も緩んでいる。面倒見の良い彼女の事だ。
突然、こんな訳の分からねェ世界に放り込まれた俺の身を案じてくれたんだろうよ。
こんな美人に案じられちゃあ、余計に惚れ込みもするってもんだ。

「そうだ。セリス嬢もいるしな」

薄紅色の唇を塞いだ――そもそも、何でこんなことになっているのかと言えば、やっぱり、セリス嬢の面倒見の良さが原因だ。
あ、いや――肌を合わせたのは何から何まで一重に俺の努力以外の何物でもねェと言うか、土下座する機会に恵まれたと言うか、まあ、それはどうでも良い。
時はセリス嬢を撃破し、トランシルバニア城へと向かおうとした日没まで遡る。

完全復活したアリアドネに再び行く手を阻まれる格好になったが、どんな役割を持っていようと一度撃破されたプレイヤーは、
次の管理戦争が始まるまで戦争に参加する事が出来ねェってルールになっている。 だから、戦闘にはならなかった。
面倒見の良い彼女が再び、俺の前に姿を現した理由ってのは、やっぱりと言うか、俺の面倒を見るためだった。

「月城刹羅。貴方に二つ、助言しておくべき事がある」

助言はありがてェが、どんなに戦争ってェお題目を掲げようとも管理戦争は遊びだ。ただのゲームでしかねェ。
もう少し、手探りで遊びてェし、丁重にお断りしようかと考えていたわけだが――

「貴方が何を思って管理戦争に参加しているのか知っているつもりだけれど、今のままでは手探りする前に敗北を重ね、管理戦争から除外される事になる」

そりゃあ、穏やかじゃねェ。そうまで言われると大人しく助言を頂くしかねェよな。

「まず一つ。今宵の月齢は満月。幻想種に疎く、ヴァルハラに不慣れな貴方でもそれが何を意味するか分からないわけではない筈」

今回の管理戦争における大本命、メアリー・バイロンは吸血鬼の幻想種だ。
あまりにも多過ぎる弱点を補って有り余る程の能力を持つ、とんでもねェ化物だが、一番恐ろしいのは満月の加護を受けて好き勝手絶頂、絶好調になった吸血鬼だ。

「成る程、手に負えんなァ……」

尚更、挑んでみたいと思わなくも無いが。

「この世界に細かいルールが制定される前、彼女が僅か一日でヴァルハラの西半分を滅ぼし、西側の幻想種と全ての吸血鬼を殲滅したという話は知ってる?
あの日も満月の日だった。その時、私は偶然、東に住んでいたから難を逃れられたけれど」

ああ、うん。そりゃ、勝てんわ。そもそも、一日で滅ぼしたなんて話は初耳だ。満月以前に挑む事自体が無謀を通り越して、ただの自殺行為に思えてならない。
いくらディアボロスがぼくがかんがえたさいきょうのトンデモ兵器だからと言って僅か一日でヴァルハラの半分を滅ぼせるほど、ご大層なモンじゃねェ。

「どちらにせよ。こうなってしまったら今夜は彼女の独壇場ね。血気盛んな初音達でも城内への突入は諦めるでしょうね」

「あの阿呆娘達ですら大人しくするか……だったら、攻撃の再開は明朝だな。んで? もう一つの助言ってのは?」

「その前に、まず質問。何故、人形の修復をしないの?」

セリス嬢の能力――望まれぬ子供たちの軍勢――召喚した超大型人形を弾丸に見立てた猛攻撃を受け、ディアボロスのドテッ腹、
コクピットの真下にはでけェ穴を穿たれ、左足は脛の中ほどから先を食い千切られている。他にも無視して良い損傷から、無視出来ない損傷が少々。

「修復……ってェと?」

「呆れた……来須の説明不足は相変わらずみたいね。それとも、貴方が抜けているだけなのかしら?」

セリス嬢があからさまに落胆したかの様に肩を落とす。いや、美人ってのは何をやっても絵になるから素晴らしいね。素晴らしいが……

「どういう事だ?」

「幻想空繰人形は貴方が外から持ち込んだロボットを幻想種の形の無い幻想力で実体化させた模造品。繰り手の幻想力が尽きない限り、
どんなに致命的な損傷を受けようと即座に修復される。一応、ルールの上では戦闘終了時のみに限られるのだけれど……」

彼女の言いたいことは分かる。ディアボロスの武装が弾数無限なのも全て、俺の幻想力で弾丸を再現しているからな。
理屈の上では損傷箇所の修復も弾丸の生成も大元となる部分が幻想力って事は何も変わらねェ。

「弾丸の無限生成が出来るんだったら機体の再構築くらい簡単に出来て当然ってか……さて、これはどうしたモンかね……」

理屈は分かる。分かるんだが、何をどう意識しても機体の再構築は何故か全く出来ねェわけで……って言っても、
機体の修復が出来ねェ理由も何と無く分からねェでも無ェ。そもそもの元凶は、やっぱりと言うか当然、俺自身にある。
ディアボロスには電子戦装備が無い。オリジナルのディアボロスには電子戦に関する逸話が無く、人形を構築する際にイメージする事が出来なかったからだ。

ディアボロスに搭載されている火器の弾数は無限だ。見た目はスケイプゴートでも中身は幻想空繰人形ってェ、
生まれも育ちも出鱈目にクソふざけた非常識な物体で、この程度の無茶苦茶くらい幻想力で何とでも出来るからだ。
ディアボロスには再生能力が無い。いや、普通、ロボットが再生するわけねェだろ。

そう。この期に及んでこれまでに培ってきた常識って奴を完全に棄てる事が出来ず、
非常識をありのままに活用する事は愚か、心の奥底で非常識だとせせら笑っていたからだ。
ただでさえ人間のイメージってのは曖昧で不確かだってのに中途半端に常識的な物の考え方をしたせいで、
自覚の無いままディアボロスの能力自体に欠陥を抱えるってェ無様を晒すという結果に陥った。
まあ、俺って人間が意外と常識的な奴だって事を思い知らされた事の方が一番の驚きと言うか笑えると言うか、何とも複雑な気分になるがね。

「ならば、貴方に出来る人形の回復手段は一つ」

「あんのか!?」

「ええ。幻想空繰人形は繰り手の幻想力によって実体化された幻想。だから、どんなに人形が傷を負っても繰り手の幻想力を通す事が出来れば修復は簡単に出来る。だけど……」

其処で一旦、言葉を区切り、セリス嬢は何かに……ディアボロスの歪な中身に気が付いたかの様に言葉を再開した。

「貴方とディアボロスの間には傷を癒すための幻想力を通す道筋が閉ざされている。だから、ディアボロスを貴方の幻想力を生み出す源泉に浸からせる以外の手段が無い」

「幻想力の源泉……それは何処にあるんだ?」

コクピット内のスピーカーからセリス嬢の「そうではない」と言いたげな鼻で笑ったような溜息が毀れる。
それは小馬鹿にしたような笑いじゃなく、出来の悪いガキを諭すような親しみのある美人にのみ許された鼻笑いだった。そそる。そそれば。そそります。

「幻想力というのは人間を含む幻想種の妄想や空想といった思考能力の延長上にある力」

「思考能力によって生み出される力、その発生源は頭ン中ってわけか」

「ご名答。人形の実体化を解除して貴方の思考の海で傷が癒えるのを待ってば良い」

「人形の修復には、どの程度の時間がかかるんだ?」

「それは貴方の幻想力次第。今から人里に戻るのも面倒でしょう? 今日は私の住処で体を休めなさい。
人間にとっての一番の回復手段は食事と睡眠。自覚は無いかも知れないけど貴方自身の幻想力もかなり消耗している」

正に渡りに船って奴だ。楽しい楽しい愉快で素敵な美人のお宅へお泊り会。
このチャンスを逃す奴ァ、ただの馬鹿だ。今すぐ生まれ直した方がマシなくらい、男として欠陥を抱えていると断言してやっても良い。
夕暮れ時。男と女の二人っきり。中に入り込んじまえばこっちのモンだ。(勿論、語るも涙聞くも涙な努力が必須だが)

そして、誘われるがままにセリス嬢の住家へとホイホイ付いて行き、アレしたり、コレしたり、土下座したりして現在に……至って健全な男女の営みって奴だ。
さて、セリス嬢のお陰で幻想空繰人形と管理戦争ルールについて新たに分かった事がある。

「幻想空繰人形は自己再生能力を有しているのだけど、ルールとして戦闘中の再生能力は無効。だけど、再生や不死を象徴する幻想種に限れば再生し放題」

「セリス嬢、君ならそういう幻想種をどうやって倒す?」

「手の内を晒す様な真似はしない。いずれ、貴方と不死の幻想種が手を組み、私に牙を剥く事もあるだろうし」

心と身体は許しても、手持ちのカードの覗き見は許してくれない。種族が違う以上、またいつ敵味方に別れるか分かんねェし、仕方がねェか。

「ただ助言を貰おうかと思っただけなんだがなァ?」

「貴方なら相手の再生能力を超える攻撃を撃ち続けるか、相手の幻想力が尽きるまで戦い続ければ良い」

「それが出来れば爽快なんだがなァ……生憎と俺のディアボロスは作り直しを要求したくなる程の欠陥品だ」

「一見すれば。だけど、欠陥故の長点もある」

どうでも良いがセリス嬢に眼鏡をかけて、指揮棒を持たせて教壇の上に立たせりゃ途轍もなく良い絵になりそうだ。うん。どうでも良くねェな。
なんて阿呆な事を俺が考えているとは露知らずのセリス嬢が言葉を続ける。

「幻想種の幻想力の総量を百とすると人形の召喚に五十。ゲストクラス以上の幻想種と戦闘で五、更に再生で五、消費する。
だけど、貴方の人形には再生に必要な幻想力の道筋が通っていない分、再生に使われる筈の幻想力までが戦闘に使用されている。だから、単純な攻撃力や防御力だけなら……」

「それって俺が最強って事じゃねェか?」

「自惚れない。単純な能力が秀でているのは事実だけど、今日の私との戦いは圧倒的な戦果だったと言える?」

「いいや……大辛勝。それにセリス嬢の手札を全て暴いたわけでもねェ」

俺の手札の全てを晒したわけでもねェが。

「優れていると言っても、大技を出されてしまえば覆されてしまう程度。それにあの状況から立て続けに私と同程度の能力を持った幻想種と戦って勝てる自信は?」

「欠片もねェな」

「貴方が取るべき選択は二つ。一つは管理戦争で生き残り、勝者権限としてディアボロスを作り直す。
そして、もう一つは……一度の戦闘に使える幻想力を増やす。十から二十の間を任意にコントロール出来るようになれば完璧ね」

「何故、二十なんだ?」

「人の四倍の幻想力を使ったからと言って人形の能力が四倍になるというわけでも無い。
損傷の修復が出来ない以上、貴方が一日に相手出来るゲスト以上の幻想種なんて精々、二人が限界だからよ」

「召喚に五十、戦闘に四十。残りの十は?」

「逃亡用。どんなに優れた能力があっても長期戦には向かない。それが貴方の性質。人形を作り直して長期戦に耐えられるようにするのも一つの選択だけれど」

「ま、追々考えるさ。それに今回の勝者特権の報酬は俺の屋敷って決めているんでね」

とまあ、そんな感じの経緯があったのだよ。 セリス嬢に言った通り、今回の報酬は俺の屋敷。これに変更はねェ。
ディアボロスの仕様変更はまた次の機会にな。だってよ、欠陥品だからこそ本来の人形には無い筈の機能が付いているんだぜ?
折角だ。活用した方が良いに決まっている。これで本来の機能も備わっていれば完璧なんだが……

どうするよ、ディアボロス? お前、こっちの世界でも結構、残念な子だぞ。

「こりゃあ、またすっげェ大惨事だねェ」

空が白み出し、セリス嬢と少し早めの朝餉を楽しんでいる最中の事だった。
セリス嬢の住処の出窓から覗く純白の古城が、気の抜けた様な軽い爆音と色鮮やかな……ナイトパレードの空の様に煌く爆炎に晒された。
襲撃なのか祭なのか、昇ったばかりのお天道さんもまだ寝ぼけているんじゃねェかと不安になって、地平線の彼方に沈んでしまいそうな光景に
自分で口にした「大惨事」という感想が正しいのか、それとも間違えているのか何とも言えない気分になる。

「威力や効率よりも見た目の派手さを重視した攻撃……芹菜に先を越されたようね」

そう無表情に呟くセリス嬢の方へと振り向くと、その態度は決して無関心と言うわけでは無く、芹菜の身を案じる心細さが、ほんの僅かに滲み出ていた。

(当然と言や、当然だよなァ)

態度や表情に出ていなくても、セリス嬢の本質は面倒見が良い上に心配性だ。
黙っていても、人の本質が雰囲気に表われるってェのは人間も幻想種も同じだ。
そして、それが良い女だったら俺が察知出来ねェ道理は何処にもねェ。
何にせよ、芹菜がトランシルバニアに攻撃をブチかましてるってんなら、さっさと俺も加勢してやらねェとだな。

「ま、名残惜しいがちょいと行って片付けてくる。そう心配そうな顔するんじゃねェよ」

彼女の幻想種としての原典が何なのかは分からねェが、クールな表面上からは隠し切れない程の全力で
心配してますオーラが出ているので、安心させる様に爽やかスマイルでセリス嬢と別れる事にした。別に死んでも死なねェってのにな。

さてさて、そんなわけでやってきましたトランシルバニア城。

エロメイドの幻想種から素晴らしい出迎えという期待も虚しく、純白の輝きを放つトランシルバニア城は大砲でもブチ込まれたかの様に
城壁の至る所に大きな穴を穿たれ、あちら、こちら、そちらから火の手が立ち昇り、煙が燻っていた。
本来ならば厳かな雰囲気を漂わせていたであろう庭園も瓦礫に押し潰されている。
この大惨事の下手人が爆撃と共にカチコミをかけた芹菜である事は言うまでも無ェし、態々、確認するまでも無ェだろう。

「それに大したはしゃぎっぷりときたもんだ。また腹いせに殺されても知らねェぞ」

ここに居ない芹菜を嗜める様に呟いてみるが、此処に居ない人間を嗜めても仕方がねェし、第一に柄じゃねェ。
それに怪我や病気をしても治るし、死因が寿命で無ければ甦るってのは人間や幻想種に限った話じゃ無ェ。
争いによる物質や大地の破壊さえも、ただの演出に過ぎず、管理戦争が終われば何もかもが元通り。

一時期、どんなに激しい争いに巻き込まれても物質や大地が傷付くという事さえも無かったらしいが、
力自慢の幻想種達から「自信と存在意義が無くなるから勘弁してくれ」と何とも可愛げのある懇願が殺到したので今の仕様になったらしい。

極端な話、ヴァルハラ中に途轍もなくヤバイ猛毒を撒き散らしても管理戦争が終われば浄化されるし、
何か超凄ェ魔法的な物を使って大地震を起こして陸地を海底に沈めても同じく、管理戦争が終われば元通り、再浮上。
破壊の原因が物質としての寿命を越えたので無ければ、すぐに元通りだ。
何も壊せず、奪えず、殺せず、ただあるのはルール上の生死と勝敗だけ。いよいよ、スクールの運動会染みてきたってなもんだ。

「ま、何でも良いか……」

エロメイド達のお迎えは無ェのは減点だがな。

「じゃあ、無断で美しい姫君の住む城へ夜這いといくか」

先行した芹菜の手によるものなのか、トランシルバニア城の敷地内に入っても雑兵の襲撃すらない。

「数しか取り得が無ェんだから、芹菜一人に全滅させられたって事ァ無ェだろうに」

既に芹菜は場内に侵入したらしく、トランシルバニア城の敷地内に踏み込んだ時には花火の様な爆撃は止んでいた。
まあ、大体、この辺で戦ってんぜーと言わんばかりに城内からは特大クラッカーの喧しいような気の抜けたような銃声が断続的に鳴り響いていた。

「普通なら、その辺の壁をぶっ壊して中に突入する所なんだが……」

ヴァルハラには見た目通りの面積を有する建造物は、ただの一軒すらない。

犬小屋みたいなボロ屋ですら中に入れば視界に収めきれない程の広大な水上喫茶店が入っているくらいだ。
セリス嬢の住処もそうだ。見た目は水上喫茶店より少々でけェくらいだったが、中に入ってしまえば城その物と言って良い程の大豪邸。.
さて、トランシルバニア城の名が示す通り、メアリー嬢の住処は城だ。中に入れば城並に広大な空間が広がっているのでは無く、外観の時点で巨大な城なわけだ。
きっと中に入れば全長20メートル程の幻想空繰人形ですら楽勝で大暴れ出来るだけの空間が広がっているのは想像に易い。つまりだ。

「迂闊に突入したら、人形使っても迷子になりそうだな」

ほら、俺とか仕事中に異世界なんかに迷子になったってェ前科があるわけだしな。
適当に壁をぶち抜いて突き進んだ所で芹菜と合流出来る気がしねェし、
偶然、お着替え中のメアリー嬢と出くわすなんてラッキーエロと遭遇出来る気もしねェ。

まずは芹菜が侵入した入り口を探す所から始めようと、辺りを見回しながら破壊痕が派手な所を辿っていくと、
雑兵が組んだ円陣の中で初音の正宗が紺色の幻想空繰人形と剣戟を結び合っている所に出くわした。
正宗の長刀が触れる物全てを切断するかの様に力強く、雷鳴の如く振り落とされる。

力任せに振るわれたかと思えば銀の剣閃が長く、変則的な軌跡を描いて紺色の幻想空繰人形を取り囲んでいく。
紺色の幻想空繰人形は臆した風でも無く、正宗の雷光染みた斬撃を紙一重で避け、手にした紅の双剣を翻し、
五つの剣閃を走らせ、初音の糞出鱈目な斬撃を削ぎ落とし、間合いを詰める。

だが、初音も辻斬りなんて残念な趣味をしているだけの事はある。
猛追する人形に負けじと逆手で引き抜いた脇差で双剣と紺色の人形の前進を阻み、
身を翻して回し蹴りを繰り出し、詰められた間合いを僅かながらに引き離す。
20m程の長刀に日光を映し、正宗はたたらを踏む紺色の人形へと踏み込む。

長刀の間合い。正宗が独楽の様に旋回し、返す身体で落雷の様な長刀の刺突が紺色の人形を捉えた……
いや、体勢を崩したままにも関わらず、紺色の人形が握る双剣から、正宗にも負けず劣らずの必殺の威力を持つ剣閃が走り抜ける。
しかも、一呼吸の内に放たれた紅の剣閃は……多分、十くらい。あんまり自信は無ェ。

前後上下左右、切っ先が剣舞の如く、縦横無尽に踊り狂い正宗の一撃を食い止める。
互いに戦い慣れているらしく、必殺の一撃を食い止められた事に対する初音に動揺の気配は全く無ェ。
寧ろ、見ているだけの俺の方が動揺していると言って良い。

襲いくる蛇を彷彿とさせる執拗さを持つ初音の剣戟を前にして尚、紺色の人形は構えようとも体勢を整えようともしない。
だと言うのに紺色の人形が持つ紅の双剣からは幾重の剣閃が交差し、正宗を巻き込んでいく。

(構えを必要としない殺戮に特化した剣術……いや、違うな。ありゃあ、俺の弾数無限の飛び道具と同じだ)

両者の間合いが大きく開いた。仕切り直し――と思いきや、正宗の長刀から深緑の光が宿り、刀身から閃光が放たれる。
セリス嬢ってェ幻想種と戦った今なら分かる。あの光はハッタリの類では無く、初音の幻想力によって構築された刃だ。
その刃渡りは両者の間合いを仕切り直しでは無く、一方的に初音の最適距離にしてしまう程のもので、その威力も先程の一瞬の攻防を児戯にしてしまう。

「物干し竿ッ!!」

そう直感した瞬間、初音の幻想力によって構築された長々刀が空間を歪めながら振り落とされたのに対して、
体勢が崩れたままの紺色の空繰幻想人形の双剣から数えるのも阿呆らしくなる程の無数の、眩い閃光の域に達した剣閃が走る。
剣閃と分かっただけ奇跡的……寧ろ、分かった自分を褒めてやりたい。

それは兎も角、あの紺色が防火壁程の密度を持つ斬撃を放ったとしても、そもそも込められた幻想力が違い過ぎる。
あの物干し竿ってェ能力を受け止める事は勿論、その勢いを殺す事すら不可能だ。
案の定、紺色の人形は物干し竿に押し潰され、不発弾か地雷を駄目な感じに暴発させたような爆発に呑み込まれた。
それでも、あの空繰幻想人形を仕留めるには至っていない。正宗の横に並び立つには丁度良いタイミングだな。

「相手には悪いが勝ちに行かせてもらうか。初音、加勢してやんぜ」

一段落した内に言っておかねェと纏めてぶった斬られそうだ。余裕無さそうだしな。

「月城……いや、この場は私が預かる。貴様は先行した芹菜と合流しろ」

初音はそう言うと正宗の脇差をトランシルバニ城の正門より上の方を指し示した。

大口径の大砲か何かをぶち込んだ様な大穴。やったのは芹菜で、あの穴から侵入したってわけか……さて、どうしたものやら。
戦況は初音にやや傾いているみてェだが、爆炎の向こう側で幻想力の膨張を感じ取れる辺り、初音の優勢は誤差のレベルみてェなもんだ。

「幻想空繰人形というルールになった今、彼女とは一対一で決着を付けたいのだ。頼む」

「決着……ねェ。因縁があるってわけか」

どうしたものやら。確実性を取るなら初音の言う事を無視して加勢するべきなんだが……まあ、アレだ。運動会みたいなもんだしな。
此処は華を持たせてやるとするか……初音がしおらしく俺に頼み事をするのはこれが最初で最後かも知れねェし。

「OKだ。野暮はしねェ。一足先にメアリー嬢の首を獲りに行くからよ、さっさと片付けて合流しな」

(けど、彼女とは…って事は女か。美人なんだろうか、それとも、可愛いんだろうか。その辺、かなり気になるところなんだが……うーむ)

「心得た。必ずや」

初音は言い終わるか終わらないかの内に正宗は黒の閃光を放つ長刀を構え、爆炎の中へと飛び込んだ。

(ま、折角のやる気を削ぐ事も無ェか。俺好みの女とは限らんのだし)

女なら何でも良いってわけじゃねェ。現に来須、芹菜、初音には全く興味が無ェしな。
心の中で一応の折り合いを付けて、彼女たちの決闘場から背を向け、
芹菜がブチ抜いた大穴へと跳躍すると、背後で刃が走り抜ける擦過音と爆音が断続的に鳴り響いた。

あの紺色の空繰幻想人形の繰り手と初音の間にどんな因縁があるのか知らねェが、
管理戦争なんてのは身も蓋も無い言い方をしてしまえば大運動会。要はスポーツだ。
まあ、健全なスポーツじゃねェが、何度も管理戦争に参加してりゃライバルみてェなのが出来るのは無理もねェ。

(精々、その大口が口だけじゃねェって事を証明してみせな)

心の中で初音の武運を祈りながら、大穴へと身を躍らせようとした瞬間、
〝ナニカ〟がディアボロスの傍らを翔け抜け、轟音と共に城壁を打ち込まれた。

「流れ弾………ァ?」

トランシルバニア城の真っ白な城壁を穿った〝ナニカ〟の正体。
それは流れ弾では無く、全身をなます斬りにされ、四肢を切断された挙句、八つ裂きにされた正宗の無残な姿だった。
そして、初音の敗退を示すかのように正宗から黒い粒子が立ち昇り、その姿が朧げに霞んでいく。

「む、無念……!」

ああ。全く以って無念だ。勝って当然くらいのノリだったにも関わらず、其処から転じて一瞬の敗北。
コントでもやってんのか、この辻斬りバカは。いや、柄にも無く華を持たせてやろうと思った俺がバカかも知れん。

「まだご挨拶も出来ておりませんのに行かれてしまっては困りますわ」

凄惨な攻撃を繰り出した張本人とは信じがたい程に上品な声が背中に投げかけられた。この声……美人の類か。

「失礼。確かに名も名乗らずに侵入するのはレディに接する態度では無かったな」

「貴方様が管理世界にロボットを持ち込んだ阿呆とご高名な月城刹羅様ですね?」

この女。今、阿呆っつったか?

「トランシルバニア城城主、メアリー・バイロン付き親衛隊隊長、立花路桜。幻想空繰人形、村正が阻ませて頂きます」

聞き覚えのある名前だ。立花路桜。トランシルバニア城の戦力で、メアリー・バイロンに次ぐ実力者だ。
そして、芹菜の思惑では彼女を一人の欠員も出す事無く撃破する事……残念だが、お前の目論見は断たれてしまったわけだ。
まあ、彼女が実力者だと分かっていながら初音を一人にしてしまった芹菜が何もかも悪いわけだがな。


俺? 俺は一ッつも悪くねェよ。全部、負けた初音と、初音をボッチにした芹菜が悪い。
まあ、敵討ちってわけじゃねェが挑まれた勝負には応えるのがルールだ。
芹菜がぶち抜いた大穴の淵を蹴り飛ばして、更に跳躍。桜嬢の村正と向き合う様に庭園に降り立つ。

「阿呆の月城刹羅。幻想空繰人形、ディアボロス。その挑戦、確かに受け取った」

名乗りを上げたは良いが、どっちかっつーと挑戦者は俺なんだがね。
それにしても、ああも美人に畏まられると、俺までシャンとしなきゃいけねェ気分になって、やりづれェ。
だからって口汚く罵倒されても心が折れそうになるんだけどな。既に阿呆とか言われているが。

桜嬢の村正はマッシブな体型をしているが、刀の名前を冠する割に両手の双剣は短刀の域を越えておらず、
正宗みたく長刀の様な得物は持ち合わせている様には見えない。まあ、見た目通りって事ァ無いんだろうがな。

それに村正の手の内が全く分からねェってわけじゃねェ。
体勢と距離に関係無く、糞ふざけた数の斬撃を瞬時に繰り出す能力。その威力は瞬殺された初音が証明してくれた。
そして、手数を利用した業師の類かと思えば、正宗を城壁まで吹き飛ばすという荒業もござれときている。

彼女の斬撃ならバリア・ヴェールで阻む事が出来るが、こちらが攻撃に転じる場合は防護膜を部分解除する必要がある。
正宗を吹き飛ばした一撃の事を考えるとバリア・ヴェールを過信出来ねェ。そして、近接戦を挑むにはアームズドレスは重過ぎる。

(彼女の間合いで戦うとろくな事になりゃしねェな)

「悠長ですわね。私は貴方に戦いを挑み、貴方は私の挑戦を受けた。その時点で私の斬撃はセット済みですわ」

その瞬間、視界が赤に染まったが、直感的に殺意染みた雰囲気が漂ったのを知覚出来たのは幸運だったとしか言いようが無ェ。
真紅の閃光が弧を描いて煌き、ディアボロスを包み込もうとした瞬間、反射的に展開したバリア・ヴェールに弾かれ塵へと消える。

「気配察知能力はまずまずといったところでしょうか」

「一度死ねば何もかもが終わる世界にいたのでね。何かと臆病モンなのさ。
特に死に対しては頭よりも身体が先に動くよう出来ているんでね」

と、余裕こいてみたは良いが桜嬢の能力もまた面倒臭いことこの上無い。
近接戦闘一辺倒と思いきや何の予備動作の無く放たれる範囲攻撃。
だが、見切る術が無いとは言え、想定通りに無力化出来るなら、過度に恐れる事も無ェ。
大技を使われない限りは、セリス嬢と同じやり方で桜嬢も攻略可能な筈だ。

(出来るだけ、こちらの手口は隠しておきたいしな)

バリア・ヴェールの出力を上げ、村正の懐に肉迫する。
まともにやり合えば初音の二の舞だが、元々の防御力はディアボロスの方が上だ。
吹っ飛ばされるより早く、何よりも彼女が別のカードを切る前に、一撃で叩き落とす。

「セットした斬撃は一箇所だけではありませんわ」

再び、空間が揺らめく。紅の軌跡が降り注ぎ、アームズドレスが装甲が擦過音を立てながら火花を噴き出した。
だってのにバリア・ヴェールが切裂かれた様子も無ければ、防護膜に隙間があったわけでも無い。
今、こうして装甲を削り取られている今もバリア・ヴェールは正常に作動し、防護膜を展開している。

「どうなっていやがる!?」

「防御結界を抜けても堅固な装甲。貴方様の柔肌に牙を突き立てるのは中々に難しそうですね……それでこそ遣り甲斐があると言うものです」

「ハッ……桜嬢の白い柔肌に突き立てたいのは俺だって同じさ」

敢えて主語を抜いたのはそういう事だ。そういう事だが……こちらもお嬢さんの能力が何なのか分からなければ防ぎようが無いわけで。
ミノタウロスの攻撃すら受け止めたアームズドレスが易々と刻まれているのは中々に恐怖なわけですよ。口には出せんがねェ。

「まあ、俺が刻まれるのが先か、桜嬢が消し飛ぶのが先かの根競べだな」

防ぐ手立てが無いなら無理に防ぐ事ァねェよな。最悪、アームズドレスがオシャカになっても構わねェ。
トランシルバニア城の主力は桜嬢と、メアリー嬢の二人。多少の消耗は許容範囲だ。
何より、メアリー嬢への切り札はディアボロスの本体にある。
此処でアームズドレスを使い潰しても何の問題も無いって事で真紅の閃光を掻い潜り、一気に切り込む。

「臆病者を自称しておきながら勇敢ですこと」

「命を賭けるべき時は賭けるさ。賭け時に命を張って死んだ事が無いからな」

三度、空間が揺らめく。真紅の閃光の軌道が直線に切り替わり、アームズドレスの胸部装甲を貫かれる。
本体に損傷は無いが、リヴォルヴァービームカノン二基と、バリア・ヴェール発生装置一基が沈黙。バリア・ヴェールの出力が下がり防護膜が薄れる。
前進した分だけ後方に弾き飛ばされ、駄目押しとばかりに空間が揺らめく。見得を切った手前、無様を晒してばかりでもいられねェ。

ブースターを操り体勢を整えながら、攻撃に備える。直線の軌跡を描く真紅が放たれる。
だが、俺の予想に反して幸運にも真紅の衝撃はバリア・ヴェールの防御膜に阻まれた。

「外しましたか……矢張り、難しいですね」

いや、悔しげに言われても、どうして外れたのかが分からんわけで。
分からんが桜嬢の口振りからすると、あの真紅は彼女の能力によって狙われていたもので、狙いを付けるのが難しいと。
他に何かヒントは? 彼女の攻撃はバリア・ヴェールで防げる時と、防げない時があるのは何故だ? その違いは?
ディアボロスのサブモニタにはバリア・ヴェールのステータスが更新され続けている。

『バリア・ヴェールにより攻撃を無効化。防護膜発生装置一基沈黙。出力15%低下。バリア・ヴェールにより攻撃を無効化』

モニターにはバリア・ヴェールが突破されたとは表示されていない。
防護対象に攻撃が届いていることに全く気が付いていねェようだった。このガラクタが……って話じゃねェな。

「まさか……いや、この世界にまさかなんて発想は通用しねェ。試してみるか」

宙を旋回し、バリア・ヴェールを解除。側面装甲を展開し、クレイモアミサイルを円状に全弾発射。
同時に真紅の軌跡に包囲され、破損していた正面装甲と展開した側面装甲が半ば程から引き千切られる。
多少、機体本体にも損傷を受けたが、まだ許容範囲だ。クレイモアミサイルを起爆し、ベアリング弾を炸裂させる。

「目眩まし……!?」

原理や細かい話はさて置き、彼女の真紅による攻撃は村正の両腕に握られた双剣によるものってのは間違いない。
そして、恐らくだが突如として放たれる剣閃は斬撃と言うよりは狙撃に近ェ。

だが、狙撃って言ってもスナイパーライフルの様に緻密且つ、精密かと言われればそんな事は無ェ。彼女は言った。「難しい」と。
そんなに難しく、持て余す程のものか? いや、幻想種にとって特異な能力を使うのは人間が使い慣れた道具を手足の様に動かすのと同じだ。
難しい筈が無い。第一、彼女の斬撃は数に際限が無いんじゃないのか? ただ単純に当てるだけなら簡単な筈なんだ。

だから、恐らく難しいのはディアボロスに当てる事じゃ無ェ。正確な狙いを付ける事だ。
そして、相手が幻想種ってェ人智を越えた化物って事ァ、機械的な物による狙撃手段では無く、視覚情報または第六感的な
トンデモパワーなわけだが、完全無欠って可能性は切り捨てて良い。完全無欠だってんなら、俺はとっくにやられている。

何よりも弾幕を張って視界を遮ったくらいで、虚を突けたのが証明している。
ミサイルとベアリング弾で地面を穿ち、派手に上がった爆炎の中に飛び込み、身を隠す。何はともあれ、勝たなきゃ話が進まねェ。
桜嬢の目晦ましついでに背面の中央装甲を展開、内蔵された二基のコンテナを爆炎の外へと射出する。

(アサルト・エクステンション。コイツで流れを変えてやる)

「爆炎で私の狙いから逃れ、奇襲を仕掛けるつもりでしょうが……その認識は甘いと言わざるを得ませんわね」

それまで柔らかい喋り口調だった桜嬢の声色に冷たいものが混じり、辺り一面に
真紅の軌跡が縦横無尽に駆け抜け、目眩ましの爆炎が一瞬にして弾き飛ばされる。

「一歩も動いていないなんてどういうつもり? 爆炎に紛れて私の攻撃から逃れ、
奇襲を企んでいたのでは無くて? まだ動けなくなる程の手傷は負っていないはずよ?」

まるで俺が動いていないのが不都合だと言わんばかりに桜嬢がまくし立てる。

「動いていないと言えば動いていないが、動いていると言えば動いている……と言ったところかねぇ」

「ふざけているの?」

「いいや? 遊びには真剣に向き合うのが俺の良い所でね。桜嬢風の言い方をするとだ」

刹那、村正の背中と頭部に爆炎が広がった。

「俺の攻撃はセット済みって奴だ」

「私の攻撃を模倣した!? あの条件下で、それも一瞬で私の立ち位置に爆炎を配置したとでも言うの!? そんな事、私にだって出来るわけが……」

「成る程。ネタばらしご苦労。これで証明完了だな」

「……ッ!?」

桜嬢の息を呑む声がディアボロスのコクピットに響いた。あの赤い刀身を持つ双剣による斬撃の遠隔投射。
チャクラムやクナイといった飛刃剣の類と勘繰りもしたんだが、村正は双剣を握っているだけで振るう様子は全く無い。
恐らくだが、あの双剣によって放たれた斬撃は俺の世界でいう所の地雷みたいな物だ。

バリア・ヴェールで防げる攻撃と防げない攻撃があったのは斬撃の発動位置が防護膜の外側だったか、内側だったかの違いだ。
流石のバリア・ヴェールも防護膜の内側から攻撃されたのではどうしようも無ェ。
本当にどうしようも無いのは、とんでもねェ速力で飛翔するディアボロスを相手に、しっかりとバリア・ヴェールの内側で斬撃を起爆させていた桜嬢だが。

「この城が西方の支配者、メアリー・バイロンの居城なら幾度と無く管理戦争の舞台になった筈だ。
だったら、その双剣で斬撃を配置する機会は存分に……この辺一体を斬撃の地雷で埋め尽くす程にあっただろうからな。
大方、初音も斬撃が濃い箇所に誘い込んで瞬殺したってところか。
ついでにもう一つ、これだけ喋っても斬撃が一発も飛んで来ないってことは、配置された斬撃は一撃限りの使い捨てだな?」

この完璧な証明に我ながら惚れ惚れする。爆炎を弾き飛ばすために放たれた斬撃もマーキング済みだ。
安全地帯は完全に把握した。そして、一歩も動かねェ村正。つまり、あの周辺にはディアボロスを斬殺可能な斬撃が配置された
スーパーデンジャラスゾーンって事なんだろうが、近付いたり、発動させたりしなければ大した事はねェ。

「あの子は私の能力を知った上で敗退した。勝ち誇るのはまだ早いわね」

「時に桜嬢。君はまだ俺の世界から逃れられてはいない」

「何ですって……!?」

良いリアクションを頂けて何よりだ。正解者へのご褒美に村正の頭部にグレネードを振り落とし、背中にロケット弾を叩き込んでやる。
アームズドレスの中央背面装甲に内蔵された、アサルトエクステンション。コイツは神経接続による脳波コントロールで操作する二基の無線攻撃端末だ。
個々の端末自体に推進システムを搭載し、高速で敵の懐に飛び込みロケットやグレネードといった誘導システムを持たないが、
安価で火力の高い火器を確実に直撃させる奇襲兵器だ。つまり、爆撃の配置なんてのはただの嘘っぱち。ミスリードって奴だ。

「使用回数に制限が無いとでも言うの!?」

「さて、どうだろうなァ?」

「ふざけた事をッ!」

アサルトエクステンション自体が二基しか無い以上、最大攻撃箇所は二つに限られるが弾数自体は無限だしな。
何はともあれ桜嬢がアサルトエクステンションの存在に気付かず、変な誤解をしている内に終わらせよう。
彼女はセリス嬢と違って手心を加えてくれるような娘では無ェし、下手に冷静さを取り戻させた挙句、新しい手札を引かせて振り出しに戻っても困る。

「いたぶる趣味は無ェ。このまま撃ち落とさせてもらうぜ!!」

背面装甲を肩の上に展開し、転倒した村正にマスドライブバズーカを撃ち込む。
桜嬢自身に動揺を誘えているとは言え、村正自体の損傷は大したことは無い。砲身を展開した瞬間、村正が空高く跳躍し、爆風を背に攻撃を避けられる。

「よし、動いた!」

死角からアサルトエクステンションを叩き込み、彼女が斬撃を使い切ったポイントに誘導。バリア・ヴェールを機体正面に五層の角錐状に展開し、一気に距離を詰める。

「貫けェッ!!」

体勢を崩した村正にフルブーストで真正面から突撃するが、村正は体勢を崩したまま双剣の切っ先をディアボロスに向けた。

「あの子と同じ発想ね。最も斬撃が集中配置されているポイント。それは斬撃を斬り結んで来た私自身の腕よ」

真紅に真紅が重なり漆黒の斬撃で埋め尽くされる。お互いに死なねェからって滅茶苦茶な戦いに何度も投じて来てンだろうからな。相当な年季が入っているんだろうよ。

「そんな事ァ、割と読めてんだよッ!!」

俺が桜嬢を配置式斬撃の無いポイントに動かしたかったのは多方向からの攻撃を防ぐためだ。
彼女の腕に密集して配置された斬撃の数はそれこそ無尽蔵だが、斬撃が放たれる軸は彼女の両腕のみ。
インチキみたいなモンだが、来須が村正のことを近接型と評していたにも関わらず、村正は中距離での戦いを仕掛けてきた。
だから、絶対にド突き合い用に大技や、切り札を持っているってのはハナッから頭ン中に置いていたことだ。

出鱈目な密度の斬撃の嵐の前に防護膜が次から次へと砕かれていく――残る防護膜は一層。

「鎌倉一文字、黒平ァッ!!」

最後の防護膜が砕け散ると共に新たなカードを引く。
鎌倉一文字、黒平。元々、ディアボロスの装備でも無ければ、俺の所有物でも無い。
ついでに純粋な剣戟戦闘能力で言えば、俺の実力じゃ桜嬢や初音に遠く及ばねェ。
俺が桜嬢の間合いで刀を振るう事は無謀の極み以外の何物でも無い。

まあ、振るう気なんぞ更々無いが、この刀はちょっとした曰くって奴がある。
原典は俺の上官の愛刀でどんな激戦を潜り抜けても、決して折れず、曲がることの無かったトンデモ刀だ。
村正の両腕から降り注がれる真紅の剣閃。豪雨は鉄槌となってディアボロスを叩き付けるが、
数少ない信頼していた上官の得物を原典にしただけのことはある。
桜嬢のドス黒い斬撃のことごとくを弾き返していく。
俺に剣術は使えねェが、黒平の決して、折れず、曲がらずという性質を利用すれば対剣戟戦闘用において最強の盾になる。

「貴方自身はどうかしらね、月城刹羅!!」

村正の姿が掻き消え、ディアボロスの懐に潜り込まれる。このまま抱き締めたいなァなどと口に出す暇も無く村正の掌底がディアボロスの腹部を打ち込まれる。

「 成る程、こうやって初音もやられたってわけかい」

だが、俺は初音と同じ結果にはならんぜ。ディアボロスは頑丈な機体な上に、俺も諦めが悪いと来ている。
我ながら遊びの戦いに熱くなり過ぎだと思わなくも無いが、これだけ熱くなっても死ぬ心配が無い遊びなんて
早々、お目にかかれねェ。賭け金の命の数は無限。ならば、湯水のように命を棄ててもバチは当たりゃしない。
それに何よりも……

「不用意に近寄り過ぎたなァ!!」

村正が放った掌低の勢いに逆らわず、ブースターで勢いを受け流す。
そして、村正に背を向け、僅かに残ったアームズドレスから閃光を放つ。
七基一組の追加装甲も桜嬢との戦闘で四基が破壊されたが、防護幕の発生装置も未だ健在だ。

出力こそ元の50%以下だが、粒子を圧縮し爆発的に広域放出する広域殲滅攻撃ヴァーミリオンサンズの展開は可能だ。
確かに桜嬢の斬撃は常識を遥かに越えた圧倒的な手数を持つだけで無く、自らの斬撃を配置するという出鱈目を極める驚異的なものだが、
一発一発の純粋な攻撃力は極めて低い。阻むことが出来ればバリア・ヴェールで容易く一掃出来てしまう。

出力不足とは言え、ゼロ距離からのヴァーミリオンサンズならその斬撃ごと村正本体を焼き払える。
払えなかったら背中から貫かれて仕舞いなので保険に逆手に握った黒平を脇口から背後へと一閃させ、村正を貫く。

「阿呆と聞いていたけど……吃驚する程、大きな背中ね……」

「今度はナマの背中をこれでもかってくらい引っかかせてやんよ」

幾ら待てども俺の軽口に対する返事は無い。そりゃそうだ。これで確実に殺れると踏んだから背中を向けたんだ。
だってのに殺れて無かったら俺が背中からばっさりといかれる事になる。そんな結末は残念過ぎるにも程があンだろうが。

「これで倒した幻想種はやっと二人目か……しっかし、メアリー嬢に勝てんのかね」

「十中八九、ああなるでしょうね」

俺の背後で心臓をぶち抜かれ、消炭になっている筈の桜嬢の声が真正面から聞こえたと思った瞬間、上から――
トランシルバニア城の最上階から真紅と漆黒の光柱が凄まじい轟音と共に屹立し、大空を覆う灰色の雲を貫いた。

「なんぞッ!?」

雲が掻き消えたヴァルハラの大空は血の様な紅に染まる。

「メアリーお嬢様の能力の一つ、プロミネンス・ローラ。あの様子じゃ芹菜の灰すら残ってないわね」

「帰りてェ……つーか、復活早いな」

扉に寄りかかって腕組みしている桜嬢が得意気な笑みを浮かべて手を振った。
激戦に次ぐ激戦の果てに漸く拝めた桜嬢の素顔は思った通りの良い女だった。

「来須から聞いていない? この城はメアリーお嬢様の居城であると共に私の寝所でもある。やり直し地点自体がここなのよ」

成る程な。もう満足したし帰って良いか? つーか、プロミネンス・ローラって何なのよ?
バリア・ヴェールが万全でも無力化出来る気が全くしねェわけで。

「つーか、いきなりフランクになったな?」

「知らない相手には他人行儀になるけど、勝負の後はお友達でしょう? 私だって堅苦しい喋り方ばっかりしてたら疲れてしまうわよ」

まあ、その堅苦しい上品な物言いも最初だけで最後の方はかなりヒートアップしていたわけだが……変に突付いて嫌われるのも癪なのでお互いの為に黙っておく。
それにしても、彼女の感覚では殺し合いと挨拶や握手は同義らしい。今回の件で目の仇にされても困るが、殺し合いが切欠で仲良くなるのもどうかという気もする。
別に良いか、美人だし。そういう世界みてェだし、順応しねェとな。

「それに次回は私もプレイヤーとして貴方と肩を並べて戦うことになるでしょうしね」

「プレイヤー……? 肩を並べてって……まさか人間か!?」

「ほほう。私が人間には見えないと?」

見えてたまるか。

「あれだけ出鱈目な能力を持った奴が人間だなんて思わんだろ……それに吸血鬼の城を寝所に選ぶなんて神経が図太いにも程がある」

「本当に素人なのね。別に珍しく無いわよ? 初音だって支配者と同居しているのだし」

だから、辻斬りなんて残念な趣味を持ち合わせてンのか……って事は桜嬢の趣味も残念なんだろうか?
いや、アレだけの事をやっておきながら人間と言い張る神経からして、確認するまでも無く、大分、アレな人だ。

「って、あんまり引き止めていてもお嬢様に悪いわね。さっさと行って灰にされてきなさいな」

「イヤ過ぎるにも程がある」

このまま、親睦を深めていたいが、桜嬢はとびっきりの良い笑顔で首を横に振った。

「良いじゃない。ちょっと灰にされるくらい。どうせすぐに復活出来るんだし」

そして、良い笑顔の死刑宣告だ。言葉責めを受けて喜ぶ趣味なんざ一ッつも持ち合わせていねェ。

クセになったらどうしてくれやがる。美人だからって何やっても許されると思ってンじゃねェぞ。許すけど。

「他人事だと思って好き勝手言ってんなよ!?」

「あら。たった今、私を消炭にした挙句、お腹まで刺しておいて、よくそんな口が叩けるわね?」

「いや、それを言われると反論出来んわけだが……」

しっかし、人間側がボロ負けする筈だぜ。ありゃあ、勝てんわ。と言うか芹菜も単身で挑む気になったもんだ。
初音にしてもあれだけの力を持った化物を相手に首を獲るとか息巻いてたしよ。
お互いに知らん仲でも無いだろうに、殺されすぎて感覚が麻痺ったか?

「メアリーお嬢様も新しい玩具が手に入って、ちょっとハイになっているだけよ。基本的に人間好きだし優しく殺してくれるわよ」

何と無く、俺の雰囲気を察してくれたのか桜嬢がフォローを入れてくれるが、残念な事に全然、フォローになっていない。

「俺が殺される前提かよ」

そして、殺すのに優しいも優しくないもねェだろうが。

「まあ当の本人が及び腰じゃ勝てないでしょ」

「全身全霊で応援してくれ。そしたら頑張るからよ」

「何で主を襲おうとしている悪漢を応援しなきゃいけないのよ? たった今、殺されたばかりだし」

清々しい程の正論である。

「まあ骨くらいは拾ってあげるわよ。残ってたらだけど」

その上、容赦が無い。

「ハァ……メアリー嬢がいるのは最上階か……」

このまま此処にいたら新境地を開きかねないので、観念してディアボロスをゆっくりと上昇させ、
芹菜を灰にしたプロミネンス・ローラでぶち抜かれたドーム状の最上階フロアの中へと侵入する。
何と言うか内部構造は予想通り。高さは目算で凡そ二千。広さは……まあ、幻想空繰人形で高速空間戦闘をやるには充分過ぎる程度。

真っ白のゴシック調の大広間が暗闇に閉ざされ、壁面を覆い隠す様にステンドグラスが浮かび上がり、
外から見たときとは明らかに性質の異なる広大な空間が広がっていた。
今更、驚くまでもない。ヴァルハラの法理によって構築された空間だ。

「上から91・57・89で色は黒」

うん。お前等の戦力情報なんか糞程の価値もねェからスリーサイズとパンツの色言えや、グヘヘなんて下ネタをかましてやった。ノリと勢いとかそんな感じで。
ぶっちゃけ、本当に答えてくれるなんて思っていなかった。挑発になれば良いなーとかあわよくば本当に……なんて思いもしたさ。
そんで、そのあわよくばが運良く叶う形になったわけだが、芹菜のデュランダルを塵一つ残さず消し飛ばしたプロミネンス・ローラを見た後で、
そんな事を言われても、生涯最後の晩餐以外の何物にも感じないわけで。 脂汗がハンパねェくら溢れてんですけど。つーか、脂汗で前見えねェんですけど。

つーか、ルール上の死とか言ってるけどよ、アレを喰らってマジで生き返れんのかよ? 
そこんとこどうなのよ? 責任者、今すぐ出て来て説明しろ。つか死ぬ。マジで殺される。

「乙女を辱めておきながら下卑た風でも無し、ヴァルハラに新たな風を持ち込んだ人間と聞いて無聊を慰めくれると期待して
不遜を許したのだけれど……脅えるだけのただの詰まらない下らない生き物だったみたいね……血を吸う価値も無い」

完全に俺を見下した物言いと共にステンドグラスから光が伸び、スポットライトのように一点を、真っ白なドレスを身に纏った
プラチナの美女の姿を、俺好みの良い女の姿を照らし出した。
ヴァルハラの西半分を統べる、管理世界で唯一の吸血鬼、メアリー・バイロン嬢。あの胸元と背中が大きく開いた純白のドレスの下は黒らしい。

「………………………………」

いや、我ながら現金な性格だ。良い女を前に尻込みしていては男が廃る。要はダセェ所を見せるのがイヤになるくらい良い女って事だ。
一見すると硝子細工の様な儚さを湛え、護ってやりたくなるのにも関わらず、身体のラインがはっきりと分かる露出の多い真っ白のドレスを纏う
その姿は妖艶さに満ち溢れ、牡の部分をこれでもかって程に刺激する。

だが、彼女の全身から惜しみなく放たれる絶対者だけが持つ圧倒的な存在感の前では彼女を守護する騎士たれと思う心も、
彼女を蹂躙する獣たれと思う心も等しく不遜であると錯覚を起こしてしまいそうになる程のモンだった。
いや、だからこそ、こうして顔を見ると俄然、やる気が出てくるってもんだ。
だって、アレですよ? お姫様ですよ。マジモンの。まあ、人間じゃねェけど。

だが、そんな事ァ些細なこった。

(ま……ウダウダ言っても仕方がねェか。どうせ、ゼロ距離に持ち込んで切り札を使えば俺の勝ちだ)

「今、思考を切り替えたわね?」

読心のスキルか? それとも、単純に闘気を読まれたか……まあ、何でも良いさ。

「お嬢さんが吃驚する程良い女だったものでね。やる気が出て来ただけさ」

「変な人間ね……」

「そう不審人物を見るような目で見てくれるな。違う意味で挫けそうだ」

後、癖になりそうだ……ってのは言わない方が良いな。

「何処から何処までが本心なのやら。精々、楽しませてみなさい」

「断言しておくが、何処から何処までも本心だ」

メアリー嬢が「フ……」と微笑み、彼女の両腕から漆黒と真紅の奔流が放たれ、螺旋を描きながら硝子細工のようなメアリー嬢の肢体を包み込んだ。
二色の閃光の奔流が膨張し、中から四枚の巨大な翼が広がり、返り血を浴びた様な真っ赤な斑点模様の翼膜が翻ったマントの様に波打ち、二色の閃光を弾き飛ばした。
メアリー嬢が構築した幻想空繰人形の頭部と胸部には装甲らしき物が無く、胸部はむき出しになった漆黒の胸骨が一定のテンポで脈動している。
同じく頭部にも装甲が無く、二本の角を生やした山羊頭の髑髏を模している。

しかし、此処は流石は幻想空繰人形と言うべきか……頭部の山羊頭はまだ生きているんじゃねェのかと思う程、動きが生々しい。
つーか、口元から紫色の湯気が漏れてるし……人形とかロボットじゃなくて生きてねェか、コレ?

(ここまで来たら四の五の言っても仕方がねェし……)

「月城刹羅。幻想空繰人形ディアボロス」

「メアリー・バイロン。幻想空繰人形ヴァンヘルシング」

――その首貰い受ける


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