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野良犬のバラッド・第一話

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 人類がその繁栄を始めて、すでに二十五世紀。人はようやくにして厚い大気の壁と重力の鎖を振り切り、宇宙へとその勢力を拡大しようとしていた。
 そして月の周回軌道上にわずかばかりの宇宙進出のための前線基地、コロニーを建設した頃。
 地球で一人の男が、人類の限られたリソースを集約するためと称して、全世界の制圧をもくろんだ。
 優秀で、そして力のあった彼は瞬く間にその勢力を拡大。地球のそのほとんどがたった一人の男の支配下に置かれた。
 しかし、それに反抗する者も、少なからず存在した。これは、そんな時代のひとつのストーリーである……。
 
 
「……ったくよォ! しつこいんだよ!」
 地球の成層圏に程近い宇宙空域。そこに、ひとつの影が存在した。遠目には、巨人のように見えるその姿。
 この時代、人類が手にした新たな兵器、人型兵器『ドール』だ。当然のように、それを操る者がいる。だが人はパイロットではなく、侮蔑の意味を込めて『パペッター』と呼んだ。
 それは、そんな兵器のパイロットになる者は、荒くれ者のならず者だと相場が決まっており、それが一般に認識されている全てだからだ。
 彼らの地位は、決して高いとはいえなかった。何よりも兵器の進歩による、その損耗率の高さから、パイロットなどは屑のなるものだという認識が広まったのである。
 そして、その旧式のドール、『シュリム』のパペッター、ユウ=マテバは混乱する状況の中、何とか自分の機体の安定を保とうとしていた。
「地球の重力つってもよ、、こんなに邪魔くせぇもんだとは、思わなかったぜ」
 彼はコロニー生まれの青年である。今年で二十歳になった。そんな歳若い彼が、こうしてマシーンのコックピットに座っている事は、そう簡単には信じがたいものがある。
 しかし、彼は今よりも遙かに若い頃から、コロニーでの生活のためにマシーンを操り、外壁補修などの宇宙作業をこなしてきたのであり、パペッターとしての腕に、自信はあった。
 そしてその自信が、コロニー駐留軍の古いマシーンをかっぱらわせることになり、こうして今、地球に降下しようとしている。
 その前に立ち塞がるのは、地球外周防衛部隊の戦闘機であり、その実権はすでに地球を掌握しかかっていた一人の男の手に握られていた。
 彼らは地球に降下しようとするユウの機体に、執拗に攻撃を加える。ユウはその機体の腕に握らせていたマシンガンを構えた。
「邪魔するってんなら、くたばっちまえよォ!」
 トリガーを引く。大して狙いも定めていないそれは、奇跡的にも戦闘機に当たり、その機を火球へと変えた。
 ユウ=マテバには、実戦経験はない。マシーンでの作業はこなせるものの、戦闘というものはこれが初めてである。撃墜できたのは、まさに奇跡に等しい。
「出てこなけりゃ、死なずにすんだんだよ! 恨むんなら、手前ェの運の無さを恨みやがれッ!」
 捨て台詞を吐くと、ユウは衛星軌道上の保安衛星に向かう。そこは宇宙と地球を結ぶ一種の中継地であり、様々な物資や資材が保管されているのであった。
 ユウはちょっとしたビルほどもある衛星の外装を剥がし、そこからひとつの機材を取り出す。
 ウェーブバリュート。大気圏突入の際に、機体が燃え尽きないように保護するための、いわば巨大な風船である。
 それを呆然とする衛星駐留員たちの目前で、シュリムに取り付けると、彼は迷うことなく機体を大気圏へと突入させていった。


「うが、が! こ、こんなし、振動がくるのかよ!」
 大気に包まれ、真っ赤に燃え上がるシュリム。その中で、猛烈な振動に身を任せながら、宇宙生まれの宇宙育ちであるユウは、地球という圧倒的な存在をその肌で感じ取っていた。
 
「……星が、流れた……」
 海上に浮かぶ、プラント施設。元は油田採掘用として建造された、巨大な存在。その海に向かう手すりにもたれながら、一人の少女が空を眺めていた。
 薄く朝焼けに染まる空。その中に、一筋の流星が見えたような気がしたのだ。
「あれが我らの力となる存在ならば……無事にここへと辿り着けるように……」
 少女は、流星の落ちた方角を、いつまでも眺めていた。やがて、完全に朝日が顔を出す。目覚めの時は、近い。
 
「クソッタレッ! 連中、本当に回収してくれんだろうなァ!」
 海上に、燃え残ったウェーブバリュートに包まれて浮かぶシュリム。辛うじて平行に浮力が保たれているために、機体が海に沈むことはない。
 しかしそれでも、地球の海というものは、初めてそれを体験するユウ=マテバに、この上ない不安と不快感を与えた。
「風がベタベタしやがる……海風ってのは、何でこう、気持ちわりぃんだ?」
 コックピットのハッチを開き、外気に身を晒すユウ。
 地球生まれでなければ、人工物に囲まれて生活してきた者にこの『自然』というものは不快感しか与えないのだ。気まぐれに、人間を翻弄するそれ。
「俺ァ、とてもこんな場所には住めねェな……」
 コックピットからサバイバルキットを取り出し、そこからミネラルウォーターのボトルを取り出す。
 そして一口含むと、残りを頭から被った。吹き付ける生暖かい風が水を気化させ、一時の清涼感を彼に与える。
「……チッ、やっとお出ましかよ!」
 海に浮かぶシュリムの前に、一艘のオンボロ貨物船が横付けする。
「回収する! パペッター、機体の移動をしてくれ!」
「遅ェんだよ! 手前ェら!」
 船倉への扉が開く。そこに、ユウは機体を滑り込ませる。慣れない重力下の作業でも、何とか彼はこなすことができた。
 それは宇宙へと出た人類の認識力、適応力が進化したためかもしれない。
 船倉内に機体をロックすると、ユウはタラップを駆け上り、ブリッジへと上がる。そこには、複数の人間が彼を待ち構えていた。
「何だァ? 出迎えってのは、これっぽっちかよ?」
「……ようこそ、抵抗組織デア・ヒンメルへ。歓迎する、ユウ=マテバ君?」
 船長らしき男が、ユウの無礼に僅かに顔をしかめながらも手を差し伸べる。ユウはその手を、無視することで返した。流石に怒りの表情を浮かべる船長。
「こっちァ上でドンパチやってきたんだよ。疲れてんだ、余計な事は無しにしようぜ?」
 そんな彼に向かって一人の小柄な影が進み出る。
「あん? ガキが、何でこんな所に……?」
 赤みがかかった髪を、後ろで無造作に束ねた気の強そうな少女。歳は十六、七だろうか? それがユウの前に立ち、じっと彼の事を試すように眺めている。
「な、ナンだよ、手前ェ?」
 その強靭な意志を秘めた視線に、圧倒されるようにユウは一歩下がる。
「お前が、今回我らに参加することになった男か?」
「そうだよ、なんか文句あんのか?」
 自分がこの少女に圧倒されていることを感じながらも、ユウは懸命に威勢を張って見せる。舐められるわけにはいかないという思いが、そうさせるのだ。
「ふむ……そうか、よろしく頼む。今日はもう休め」
 それだけ言うと、少女は背を向け、その場を後にした。唖然とそれを見送るユウ。

「何なんだ、あのガキゃあ? あんな奴をクルーにするほど、デア・ヒンメルってのは追い詰められてんのかよ?」
「それは違う、ユウ=マテバ? あの方はデア・ヒンメルの出資者にして我らがリーダー、オフィーリア=アイネス様だ」
「出資者だァ? じゃあ手前ェら、みんなあのガキの指示で動いてるってのかよ?」
 それは、到底ユウには信じられることではなかった。あんな小娘に、地球上での抵抗組織のリーダーが務まるとは思えない。
 それはユウでなくとも、普通の人間ならば誰でも思う感情であった。
「あの方は、優秀だ。貴様と違ってな?」
「手前ェ! 上等じゃねェか! ヤルってんなら、いつでも相手になってやるぜ!」
 ユウ=マテバはその男に殴りかかる。しかし、その攻撃はあっけなくかわされると、逆に腹に拳を叩き込まれて、悶絶して床に転がった。
「グハッ! ゲェッ!」
 苦しみ悶えるユウ。その姿を冷ややかに見下ろしながら、男は言葉を続ける。
「俺の名はシュバルツ=ニュングだ。貴様の上官になる。この組織で階級などもないが、礼儀くらいはわきまえておくのだな?」
「ち、チックショウ……覚えてやがれ……!」
 そう呟くユウに、シュバルツは更に蹴りを叩き込んだ。
 
 貨物船は、その外観に伴ったかのような速度で、海上プラントへと近づいていた。そしてそこに接舷すると、物資の積み下ろしを始める。
 この小さな貨物船ですら、抵抗組織デア・ヒンメルにとっては貴重な戦力なのだ。
 地球上のほとんどが一人の男によって抑えられた時代。
 彼らのような抵抗組織は無数に発生してはいたが、その殆どが地球勢力に比べればきわめて弱小なものであり、それは彼らデア・ヒンメルとて例外ではなかった。
 そんな組織に、ユウ=マテバが参加することを決めたのは、これ以上自分は宇宙のコロニーでは食っていけないと悟ったからであり、こんなならず者でも受け入れてくれるようなところが、他に無かったからである。
 しかし、適当にやって後は遊んで暮らそうと思っていたユウにとっては、そこの環境はあまり良いと言えるものではなかった。有体に言えば、裏切られたのだ。
 様々な雑用に駆りだされ、こき使われ……。それは彼が望む、怠惰な生活とはかけ離れたものであった。
 それだけならばまだマシで、あのシュバルツという男、彼が格闘訓練だと言ってはユウを叩きのめし、戦闘訓練だと言ってはドールで彼のシュリムを追い回す。
 それが毎日続くのであっては、流石のユウも我慢の限界に来ていた。元々彼は気が長いほうではない。カッと激昂しやすい短気な性格なのだ。
 だから彼は自分の快適な生活のために、ひとつの作戦を立てた。
 プラントの屋上で、風に吹かれている少女。雲ひとつない青空の下、その姿が僅かに揺らぐ。
「よぉ、リーダーのお嬢ちゃん。元気そうだな?」
 ユウはそんな彼女に近づく。彼の方へと振り返るオフィーリア=アイネス。じっと彼の顔を眺める彼女。
 その視線が、ユウには気に入らない。まるで自分を見下しているかのようで……ムカついてくる。
「何だ、何の用だ?」
 ユウは黙って、拳銃を構える。それを見ても、少女は僅かに眉を動かしただけであった。
「黙って、俺と一緒に来てもらうぜ? 抵抗したら、ぶっ殺す」
 銃を突きつけたまま、ユウはオフィーリアの側まで歩み寄り、その腕を取る。黙って成すがままにされるオフィーリア。
 ユウの作戦はこうであった。抵抗組織のリーダーである彼女を、地球の政府に引き渡せば、恩賞くらいは貰えるだろう。うまくすれば、そのまま政府軍への就職も考えられるかもしれない。
 決してうまい作戦とは言えなかったが、今のユウにはそれが精一杯である。
 幸い、このデア・ヒンメルという組織の規律はガタガタだ。衛兵なども、いるわけではない。簡単に彼女を連れ出せる。そうすれば、こんな情けない生活ともおさらばだ。
「……私を、どうしようというのだ?」
「なに、安心しろよ。いくら政府の連中だって、こんなガキをとっ捕まえても殺しゃしないだろうよ!」
「お前……私を売るのか?」
 ユウは拳銃で彼女の背を押し、格納庫になっている場所へと歩いて行く。

「元々俺ァ抵抗運動の主義とか、理想とか、そんなもんねェんだよ。毎日を生きていくのが、精一杯の生活してたからな。手前ェに分かるか、お嬢ちゃん? 水も空気も金で買わなけりゃならない宇宙の生活ってヤツが?」
 少女は僅かに俯き、言葉を紡ぐ。
「私は、世間知らずだ。だからそんな自分を打破しようと、この組織を造った。ユウ=マテバ、お前には、向上心というものはないのか? 何かを打ち砕こうとする気持ちは、ないのか?」
「生憎、俺ァそんな夢みたいなもんで食ってはいけねェんだよ! ガキの遊びじゃねェんだ、生きるってヤツはよ!」
 自分のドール、シュリムはすでに整備を終え、格納庫の中に鎮座していた。少女の背を押し、そのコックピットに上らせる。そして自分も、コックピットの中に収まった。
「……パペッターというものは、つくづく度し難い者なのだな」
「何とでも言いやがれ。俺はマシな生活が送りてェんだよ」
 シュリムを操り、格納庫の巨大な扉に近づく。その時になって、初めて異変に気がついたかのように人々が駆け寄ってくる。
「ユウ! 貴様、何を!」
「下がってなシュバルツさんよ! このまま踏み潰しちまってもいいんだぜ? そうしないのは、俺なりの感謝の気持ちってヤツだ! こんな糞最低な生活から、おさらばする後押しをしてくれたのは、手前ェだもんな!」
「……貴様、オフィーリア様を解放しろ!」
「へっ! やなこったぜッ! 丁重に政府の所まで送り届けてやっから、安心しな!」
 集った人々を、踏み潰さんばかりの勢いで歩くシュリム。そして格納庫の扉を押し開く。外に広がる青い海、青い空。
「じゃあなッ! アバヨ!」
 そしてユウは、機体をその只中へと躍らせた。

・第二話へ続く……

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