『Diver's shell』
短編「時の経過」
機密レベル■
閲覧には委員会の承認必須
SITE〝■37〟
分類:■■
状態:隠蔽済 包囲監視
接触不可
N.E.G.■■■による監視継続
政府公開情報改竄済み
政府電子文章改竄済み
政府測定地図改竄済み
一般隠蔽工作実行済み αβ■■により工作継続
■■■■の認証まで機密レベルを維持するものとす
◆ ◆ ◆
天地を別つ境界線。
海に飛び込み沈んでいった先。
生物の侵入を阻む、絶対的な水圧を越えた先。
先史文明の造りし超科学に守られた、分厚い回廊の奥の奥。
地上と海と歴史、全てから切り離された静かで幻想的な空虚。
それは十数年もの時の経過の中に取り残された機械だった。
埃一つ無い清浄な空気の下、右足に相当する部位が折れた鉄の巨人が地面に突っ伏していた。
股間の部分にある乗り込みハッチは開け放たれたままで、主が不在であることを示していた。
その他、全身至るところにひっかき傷のように傷つき、水を吸引し高圧で排出するスラスター部はひん曲がっており、背面部のスラスターも傷が見られた。
頭部に当たる部位には巨大な一つ目、モノアイ。今は何も映さない瞳は永遠に地面を見つめ続ける。横に生えるアンテナパーツは半ばからへし折れ、地面に転がっているだけ。
かつて一度だけ人類が訪れたその空間の中で、巨人だけが異物として存在していた。
天井から地面までが灰色一色で統一された無機質な場所。巨人が積み木をしたかのように灰色の塔が立ち並び、その表面には青紫色の血管のようなモノが走行し、血液を送るかのように波打ち発光している。
片や先史文明の巨大建築物。
片や人類のロボット。
使用されている技術も、目的も、何もかもが違っている。
だが、主人の気配がまるで見えないことは共通していた。
ここに訪れるのは、否、訪れることができるのはごくごく限られた存在のみ。
そして、訪れることができる可能性の片方は、自らの手で刈り取られてしまっている。
一機の機械が、カタカタと脚を踏みならして――否、僅かばかりに宙に浮かんで、鉄の巨人『ポンピリウス』のもとへと近づいてきた。
人類の目からして一番の近似形はクラゲだろうか。丸い上半分と、触手のような物体が複数ぶらさがった下はスカートのように広がっている。ただし半透明ではなく白亜であり、上半分に空けられた小さい穴からは青とも紫ともつかない光が漏れている。
大きさは精々サッカーボール大であるが、音もさせず空気をまったく揺らめかせず空中に静寂とともに浮かんでいるのだから、途方もない技術が使われていることが分かる。
音といえば、天井に穿たれた穴の向こう側にある海水が波打つ意外にない。何か透明な物体が覆っているわけではないのである。もし手を突っ込めば、容易く水に浸れる。
自然法則に従うなら、水の入った容器の下に穴を穿つと漏れるはずだが、海水は、表面を穏やかに保ったまま落ちてこない。
これも、なんらかの力場が作用していると考えるのが妥当である。
天井から差し込む光はあたかも太陽の恵みの気配すら孕み、照明器具から生じる光を見えざる手でくしゃくしゃにしてしまったような淡き柱を地面に注ぐ。
そのクラゲもどきは、灰色の塔の影から現れると、ポンピリウスが伏せる場所へと辿りついた。
クラゲもどきは、触手のようなマニュピレーターに相当する部位をうねらせながら、まるで観察するかのようにポンピリウスの周囲をぐるぐる旋回する。
もしもポンピリウスにAIがあったとしたら不気味で仕方が無かっただろう。
そのクラゲもどきは、一定の速度で旋回を続け、飽きたかのように動きを止めた。
まるで動物がするように触手を擦り合わせ、ポンピリウスの折れた足の傍まで浮いて行く。
触手が伸びていき、壊れた足の断面を撫でる。
クラゲもどきは次々と、ポンピリウスの傷ついた個所を撫でてまわる。
やがて同型のクラゲもどきがやってくると、同じようにポンピリウスの周囲を旋回して、最初姿を見せたクラゲもどきとともに奥へと消えていった。
――また、何かがやってきた。
二本の脚をもった、奇妙奇天烈な機械がポンピリウスの横をかしゃかしゃ音を立てて歩き去る。
不思議なことに、彼ら遺跡の機械群達は潜水機という異物を排除しようともしなかった。
ポンピリウスが起き上がることを期待しているのか、持ち主が戻ってくるのを期待しているのか、定かではない。
少なくとも彼らは異物を害そうという気は無いらしく、遺跡のあっちこっちを移動するいずれの瞬間においても武器を向けるようなまねはしない。ポンピリウスが放置されてから十数年以上の年月、彼らは動かすことすらしていない。
青紫色の鼓動が優しく見守る。
そこは全てを忘却の彼方に追いやってしまったように、平和だった。
【終】
短編「時の経過」
機密レベル■
閲覧には委員会の承認必須
SITE〝■37〟
分類:■■
状態:隠蔽済 包囲監視
接触不可
N.E.G.■■■による監視継続
政府公開情報改竄済み
政府電子文章改竄済み
政府測定地図改竄済み
一般隠蔽工作実行済み αβ■■により工作継続
■■■■の認証まで機密レベルを維持するものとす
◆ ◆ ◆
天地を別つ境界線。
海に飛び込み沈んでいった先。
生物の侵入を阻む、絶対的な水圧を越えた先。
先史文明の造りし超科学に守られた、分厚い回廊の奥の奥。
地上と海と歴史、全てから切り離された静かで幻想的な空虚。
それは十数年もの時の経過の中に取り残された機械だった。
埃一つ無い清浄な空気の下、右足に相当する部位が折れた鉄の巨人が地面に突っ伏していた。
股間の部分にある乗り込みハッチは開け放たれたままで、主が不在であることを示していた。
その他、全身至るところにひっかき傷のように傷つき、水を吸引し高圧で排出するスラスター部はひん曲がっており、背面部のスラスターも傷が見られた。
頭部に当たる部位には巨大な一つ目、モノアイ。今は何も映さない瞳は永遠に地面を見つめ続ける。横に生えるアンテナパーツは半ばからへし折れ、地面に転がっているだけ。
かつて一度だけ人類が訪れたその空間の中で、巨人だけが異物として存在していた。
天井から地面までが灰色一色で統一された無機質な場所。巨人が積み木をしたかのように灰色の塔が立ち並び、その表面には青紫色の血管のようなモノが走行し、血液を送るかのように波打ち発光している。
片や先史文明の巨大建築物。
片や人類のロボット。
使用されている技術も、目的も、何もかもが違っている。
だが、主人の気配がまるで見えないことは共通していた。
ここに訪れるのは、否、訪れることができるのはごくごく限られた存在のみ。
そして、訪れることができる可能性の片方は、自らの手で刈り取られてしまっている。
一機の機械が、カタカタと脚を踏みならして――否、僅かばかりに宙に浮かんで、鉄の巨人『ポンピリウス』のもとへと近づいてきた。
人類の目からして一番の近似形はクラゲだろうか。丸い上半分と、触手のような物体が複数ぶらさがった下はスカートのように広がっている。ただし半透明ではなく白亜であり、上半分に空けられた小さい穴からは青とも紫ともつかない光が漏れている。
大きさは精々サッカーボール大であるが、音もさせず空気をまったく揺らめかせず空中に静寂とともに浮かんでいるのだから、途方もない技術が使われていることが分かる。
音といえば、天井に穿たれた穴の向こう側にある海水が波打つ意外にない。何か透明な物体が覆っているわけではないのである。もし手を突っ込めば、容易く水に浸れる。
自然法則に従うなら、水の入った容器の下に穴を穿つと漏れるはずだが、海水は、表面を穏やかに保ったまま落ちてこない。
これも、なんらかの力場が作用していると考えるのが妥当である。
天井から差し込む光はあたかも太陽の恵みの気配すら孕み、照明器具から生じる光を見えざる手でくしゃくしゃにしてしまったような淡き柱を地面に注ぐ。
そのクラゲもどきは、灰色の塔の影から現れると、ポンピリウスが伏せる場所へと辿りついた。
クラゲもどきは、触手のようなマニュピレーターに相当する部位をうねらせながら、まるで観察するかのようにポンピリウスの周囲をぐるぐる旋回する。
もしもポンピリウスにAIがあったとしたら不気味で仕方が無かっただろう。
そのクラゲもどきは、一定の速度で旋回を続け、飽きたかのように動きを止めた。
まるで動物がするように触手を擦り合わせ、ポンピリウスの折れた足の傍まで浮いて行く。
触手が伸びていき、壊れた足の断面を撫でる。
クラゲもどきは次々と、ポンピリウスの傷ついた個所を撫でてまわる。
やがて同型のクラゲもどきがやってくると、同じようにポンピリウスの周囲を旋回して、最初姿を見せたクラゲもどきとともに奥へと消えていった。
――また、何かがやってきた。
二本の脚をもった、奇妙奇天烈な機械がポンピリウスの横をかしゃかしゃ音を立てて歩き去る。
不思議なことに、彼ら遺跡の機械群達は潜水機という異物を排除しようともしなかった。
ポンピリウスが起き上がることを期待しているのか、持ち主が戻ってくるのを期待しているのか、定かではない。
少なくとも彼らは異物を害そうという気は無いらしく、遺跡のあっちこっちを移動するいずれの瞬間においても武器を向けるようなまねはしない。ポンピリウスが放置されてから十数年以上の年月、彼らは動かすことすらしていない。
青紫色の鼓動が優しく見守る。
そこは全てを忘却の彼方に追いやってしまったように、平和だった。
【終】