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シンブレイカー 第一話

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匿名ユーザー

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「どうかね、何千という善行によって一つのごみみたいな罪が消されると思うかね?」
(ドストエフスキー『罪と罰』)


 最初に感じたのは曖昧模糊とした、世界そのものの存在だった。
 私は世界の全体に満遍なく拡散されていて、特定の姿も意思も持ち合わせていなかった。
 それは眠りに落ちるときのまどろみが永遠に続いているような感覚で、抗いようのない安らぎが私を支配していた。
 ……その無限に広がる『私』の海の凪にひとつ、不意に波紋が発生する。
 その波紋を中心にして私の海は渦を巻きはじめる。渦は緩やかな調子から徐々に勢いを増し、
やがて凄まじい大渦となり、ついには私の海全体をそれと化し、自身すらその中に巻き込みながら、
急速に圧縮されていった。
 やがて、私の海は一滴のしずくとなり、落ちる。落ちたしずくは周囲の虚空に押し固められ、『私』を形作った。
 2本の足、2本の腕、1つの頭、正しく配置された両目、平凡な鼻、健康的な唇、くせ毛気味で外がわにはねた短めの黒髪、
あまり豊かでない胸、スポーツでそこそこ鍛えられた筋肉、そして、鼓動する心臓、目覚める脳髄。
閃光と共に一気に明るくなる世界――私は覚醒した。


 私は覚醒した。
 まず目に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。据えられた蛍光灯の光が瞳を刺し、
私は見開いた目をすぐにまた細めた。
 次に私は強い息苦しさを感じて口を大きく開けて周囲の空気を吸おうとした。
くっついていた喉の壁がはがれるような感触がして、潰れていた肺に一気に空気がなだれ込んだ。
 咳き込みそうになった私が次に感覚したのは全身の猛烈な乾きだった。まぶたとすれて眼球が傷み、
唇の皮が広がって縦に裂けた。のどは砂漠のようで、水が欲しくなって持ち上げた手の指もカサカサに水分が失われていた。
 そうして意識を腕に向けると、私はそこに何かが刺さっていることに気づいた。
頭を少しだけ持ち上げると、自分が真っ白なベッドに寝かされていることと、
腕に刺さっているのが点滴の針であることに気づいた。自分が裸であることにも。
 疑問に思いながら胸に手をやると、ベッドのわきの心電図からのびる電極に触れた。周りを見渡す。個室だった。
 軽い毛布を身体に引き寄せて身体を隠す。点滴に心電図にこの内装……ここは病院なのだろうか。
ふと思いついて枕元を探すと、果たしてナースコールらしいスイッチが見つかった。ボタンを押す。
 少しして、ベッドの目の前の壁にあるドアが開いて、女性の看護士が2人入ってきた。
彼女たちは私の身体から電極をはがしたり、水差しを持ってきてくれたりしたが、私からの質問はほとんどを曖昧に受け流した。
 看護士は最後に私の衣服らしいものを私の膝上に置いて部屋を出ていった。丁寧にたたまれたそれを広げると、
なんだか見覚えがある気がする。
 ベッドから下りてまずは下着を身につける。下にはタイツとショートパンツを履き、ロングブーツに足を突っ込んだ。
飾りのサスペンダーをわきに垂らす。
 上半身は自分のお気に入りの、ゆるめのロングカットソーを袖の無いシャツの上から着た。
 身支度が済むと、他にあったはずの私物が気になったが、見当たらないので誰かに訊くことにして、
水差しの最後の1杯分をコップで飲み干してから部屋を出た。
 部屋の前の廊下は左右に伸びていて、並んだ扉と案内看板がやはりここが病院であることを示している。
 私はどこへ行けばいいのかわからなかったが、すぐに看護士が声をかけてきて、廊下の先に案内された。
そこは小さな診療室で、私は簡単な検査を受けた。どうやら目立った異常は無いらしい。
どうして私が病院にいるのかを質問すると、医師は記憶障害が出ているようだと言って、精密検査を受けるようすすめてきた。
 医師はまた、私が突然倒れたのでここに運ばれてきたのだということも教えてくれた。
原因はまだよくわからないが、まぁ恐らく貧血だろうとも。
 診察が終わって部屋を出ると、今度は看護士ではなく、見たことのないスーツ姿の男性が私を出迎えた。
彼は同い年くらいに見え、背がすらりと高く、モデルのような体型だった。顔は整っていて、清潔感のある美形だった。
 彼は私の名前を呼んだ。
「志野 真実(しの まなみ)さんですね」
 私は戸惑いつつもうなずく。
「こちらへ」
 歩きだした青年について行くと、彼は私を応接室の表示のある部屋に導いた。
 下座のソファには女性が座っていた。その女性は鏡のような黒の長髪と、長い睫毛、潤んだ黒い大きな瞳に、
柔らかい笑みを常に薄紅色の口紅がひかれた唇に浮かべた、白い肌と優しい雰囲気の女性だった。
彼女は胸元に高級そうなブローチが付いた綺麗なスーツを着ている。
 私はその姿を見て一瞬、息を止めて見とれてしまった。それほど美しい人だった。
 彼女は私にソファを勧める。それで私は我にかえった。
「はじめまして、志野さん。私はこういった者です。」
 席についた私に目の前の女性は名刺を差し出した。慣れない感じに戸惑いつつも、机の上から名刺をつまみ上げる。
「『財団法人 天照研究所 所長 天照 恵(あまてらす めぐみ)』……さん?」
 天照は深くお辞儀をする。その所作は丁寧だった。
「この街でとある研究をしております。本日は志野さんにお話がありましてお呼びいたしました。
突然のことで大変ご迷惑でしょうが、事情があってのことですので、どうかご容赦を。」
「……はぁ。」
「体調は、いかがですか?」
 天照が私を気遣うように見た。
 体調は別に普段通り、悪くない。
「もしかして、私をこの病院に運んできて下さったのは……」
「私どもでございます。」
「それは、どうもありがとうございました。」
 私は頭を下げる。天照さんはどこか憂いをこめた表情のままだった。
「どんなお礼をしたらいいか……」
「いえ、お礼は結構ですよ。」
「でもそれじゃあ」
「代わりにひとつ、質問させていただきたいのですが……」
「質問……ですか?」
「はい」
「なんでしょう」
「……もし、あなたの人生に」
 天照さんの口から発せられたのはまったく予想外の質問だった。
「もし、あなたの人生に、これから無数の、死ぬよりも辛い苦難しか待ち受けていないとして、
それでもあなたは人生を戦いますか?」
「え……?」
 私は言葉を失っていた。てっきりそんなこととは全然別の質問をされると思っていたからだ。
私は思わず視線をそらした。
「どうですか」
 天照は真剣な目でこちらを見つめてくる。ふざけている様子ではないところが、私に軽々しい返答を許さなかった。
私は質問を頭の中で繰り返す。
(もし、この先の人生に苦難しか待っていなかったとして……私は戦えるだろうか?)
 考えるまでも無い。
「人生なんだから……生きますよ、当然。」
 まだ出会って数分も経っていない相手に言うセリフじゃない。それがなんだかとてもおかしかったのと、
気まずい雰囲気ををごまかすために私は無理やり笑顔を作った。
 天照はそんな私を見て、なぜかとても悲しそうに目を伏せる。よく見ると、その目の端が潤んでいた。
彼女は泣いているのだ。
 そのことに私は気づいたが、どうすればいいのか判らず、扉のそばに立ったままの案内役の青年に目で助けを求めたり
した。しかしちょうどその時に彼には電話がかかってきたようで、携帯電話をポケットから取り出して部屋を出ていってしまった。
「あの……えと……」
 顔を伏せる天照にどう声をかけたものかわからずいると、突然部屋のドアが勢いよく開かれ、
さっきの青年が血相を変えて入ってくる。
 驚く私を尻目に彼は天照に近づいて耳打ちをする。すると彼女もハッとした様子で顔を上げて、私を向いた。
「志野さん」
「は、はい?」
「戦いの時です。」
「え?」
「時間がありません、急いで!」
 すると彼女は勢いよく立ち上がり、自分についてくるよう指示した。
 私は理解が追いつかないまま青年に促されて部屋を出る。早足で廊下を歩く天照について行くのは大変だった。
 彼女は職員用のエレベーターを使い、地下一階の駐車場まで一気に降りる。私は手続きやら入院費用の支払いが
気にかかったので、それだけ片付けたいと言ったが、青年は答えた。
「心配ありません」
「どうしてですか」
「天照さまはここの理事長です」
 私が驚いて目を丸くしていると、前を往く彼女は自嘲気味に「名前だけですよ」と言った。
 いったいこの女性はどういった人なのだろう、湧き上がる疑問を口にしようとしたとき、彼女が立ち止まった。 
「さぁ、これに乗ってください」
 彼女が示したのは駐車場に停められた、1台の大型バイクだった。
「え、これって……」
 私はそのバイクを眺める。昔のアメリカ映画でマッチョな男がルート66を全速でとばすときに乗るような車種だ。
ゴツゴツしたフォルムに太い排気パイプ、大型エンジン、黒い外装……機械にうとい私でも名前は知っているほど有名な車種。
「『ハーレーダビッドソン』……ですよね?」
「はい、ちなみに大排気量型です。」
 さらりと受け流そうとする天照を私は振り向く。
「私、免許持って無いんですけど。」
「大丈夫ですよ」
「バイクなんて触ったこともないんですけど」
「大丈夫ですよ」
「そもそもなんで私をこれに乗せようとしてるんですか」
「大丈夫じゃないからです。」
 最後の言葉だけ声の真剣さがまるで違っていた。天照の大きな瞳は形容しがたいプレッシャーを放っていて、
その圧力に負けた私は、納得できないままバイクのシートに跨った。
「これでいいですか」
「ハンドルを握ってください」
 従う。
「いいですか、これから何があっても、絶対に驚いてハンドルを手放したりしないように」
 そう言うと天照はキーを取り出してバイクに挿した。そしてそれを捻った直後――不思議なことが起こった。
 まずエンジンが唸りを上げ、ヘッドライトがいきなり点いた。体を強く揺さぶるエンジンの拍動に震える間もなく、
今度は『車体』が大きく沈む――え?
 すると次の瞬間、ハーレーが吠えた。
《ガオオオオオオオッ!》
「きゃああああ!」
 思わず体を縮めようとするが、手は恐怖のあまりハンドルから離れない。ふわりと身体が浮いた。
 前輪が持ち上がり、車体が生き物のように身震いし、一気に最高回転数までぶち上げられた後輪が
アスファルトとの摩擦で白煙を上げた。
 そして数秒後、そのハーレーは凄まじい勢いで地下駐車場から道路へと飛び出していったのだった。


 焦げ臭さと排気ガスの臭いを残してハーレーが駐車場から飛び出していったのを見届けて、
天照と青年はお互いに顔を見合わせ、頷いた。
「私たちも急ぎましょう」
 天照が言うと青年はスーツの袖をまくって腕全体を包む奇妙な機械を露出させた。その機械は真鍮のような鈍い輝きを
持つ素材で作られていて、色とりどりのツマミやメモリ、そして小さなディスクドライブが備わっていた。
「今回の『ばつ』は?」
 天照が訊く。青年は機械をいじりながら答えた。
「断頭台型です。予想通りとても巨大で、彼だけでは対応しきれません。」
「断頭台……『最も人道的な処刑用具』。」
「人道的でもそうでなくとも、人を殺す道具なのには変わりません……調整完了です。」
 彼は言いながら機械のスイッチを押す。すると真鍮製の機械の中でディスクが回転しはじめ、
凄まじい静電気を発生させて周囲の空気をスパークさせる。
「魔法の儀式をコンピュータ上でエミュレート……再現率99.9%。座標設定は既定値を使用。
生贄はダミーデータで代用。環境は満月の夜を再現。予想成功率82.6%……微妙なラインですね。
あとは所長の承認をお願いします。」
「失敗しませんように。承認します。」
「魔法の使用が承認されました。では所長、失礼します。」
 青年は天照を空いているほうの腕でぎゅっと体に引き寄せる。天照の方も青年を強く抱きしめた。
「発動まで3……2……1……ワープ!」
 その合図と同時に空気が焼ける連続した音と恐ろしいほどの静電気の嵐が巻き起こり、その中で2人の人間の体が光と化すと、
収縮して、消えた。



 私が掴まるバイクは地下駐車場から飛び出した後、目の前の道路の車線のど真ん中を爆走し始めた。
そのあまりの出来事にまるでついていけていない私は他の自動車にぶつかるかもしれない恐怖と、
振り落とされそうな危険に体を強ばらせるしかできなかった。
 だからこの街が今、異常な状況にあることにもすぐには気づけなかった。
 道行く自動車や通行人は皆足を止めて私の後方の空を見上げている。建物の中にいる人々も全員が窓から頭だけを
つき出して、あんぐりと口を開けている。
 バイクの強烈な振動とスピードに徐々に慣れてきた私は、誰も私を咎めないことと、
周囲が異様に静かであることにやっと気がつき、道路脇の人々のその姿を見て、
彼らが目を奪われているものが果たして何なのか確かめようと、タイミングを見てふり返った。
 そこにあったのは――(なんじゃありゃ)
 理解できないものがそこにあった。
 バイクの後方の空、ビルの谷間に平然と浮かんでいたのはギロチン……断頭台だった。
歴史の教科書の挿絵で見たことのある、中世ヨーロッパで盛んに使われたあの処刑用具がぽっかりと空中に浮いている。
しかしそれは私の知っているそれよりずっと巨大で、まるで巨人のためのものとしか思えないようなサイズだった。
 全高は数十メートルもあろうかという巨大な黒い断頭台が街のど真ん中に音も無く浮いている……街の人々が
固まったまま動けなくなるのは当然だった。意味不明すぎる。
 バイクは信号も無視し、街のメインストリートを北に向かって走っていた。時々対向車などの障害物が行く手を塞ぐが、
そんなときはバイクは肉食獣のように勝手に空高く跳躍して飛び越える。私は最初はそれにも驚いたが、
2回3回と繰り返すうちにだんだんとジェットコースターのように思えてきて、すこし楽しくなってきていた。 
 そしてそのうちに疑問を抱いた。
(このバイク、どこへ向かっているんだろう?)
 答えはすぐに与えられた。
 バイクはひときわ大きく跳躍し、目の前に迫った白く大きいドーム状の建物がある土地の中に飛び込んだ。
どうやらここが目的地らしい。バイクは少し速度をゆるめ、玄関らしい場所の前まで進んだところでついに止まった。
 恐る恐るハンドルから手を放す。どうやら完全に停止したらしいことを知ると、全身から力が抜けて、私はシートの上でうなだれた。
 だが休憩する間もなく、玄関から出てきた男が私に近づき、建物に入るよう促してくる。
私はその男の顔を見てぎょっとした。さっきの青年だった。
「え? え?」
「時間がありません。歩けますか?」
「は、はいなんとか」
「では急いで。」
 急かされて、私は少しムッとした。
「さっきから何なんですか、いきなりこんないろいろと……」
「あとでご説明いたします。今は私どもの指示に従ってください。」
「このバイク、勝手に動いたんですよ!」
「躾けられていますから変なことはしなかったはずですが」
「バカにしてるんですか」
「そんなことは」
「このバイクも、あの空に浮くギロチンも、意味がわからない!
 ここはどこなんですか? あの女の人――天照さんはいったい何者なんですか?」
 私の質問攻めにも青年は少しも動じる様子を見せない。彼は微笑して、なおも言った。
「それらのご説明は、落ちついたらいたします。」
「今、してください!」
「いいですか、志野さん。」
 青年は私の目を覗き込んでくる。
「あの断頭台は、人に害を与えます。」
「え……?」
 いきなり何の話かわからない。
「あれを放置していたら、多くの人が苦しみます。そして、それを救えるのは貴女だけなのです。」
「何を言って……?」
「私たちには貴女が必要なのです。貴女の当然の疑問も、必ず後ほど説明いたします。
ですから、どうか、どうか今は私たちの指示に従ってください。」
 彼の言葉は熱っぽく、嘘や欺瞞の色は少しも見えない。私はその真摯な眼差しに貫かれ、思わず頷いた。
 すると彼はニコリと笑って、私を施設内へと促した。



 少し足を踏み入れただけで、この施設がどうやらとんでもない広さを持っているらしいことが直感的に理解できた。
 玄関から左右に伸びる真っ白な廊下の先は遥か遠くにあって、しかも途中でいくつも枝分かれしている。
もし青年から離れてしまったらすぐに迷ってしまうだろう。
 青年は迷いのない歩調で廊下を進み、階段を上って、また長い廊下へ出た。
その弓なりに椀曲した廊下は片方の壁の全面がガラス張りになっていて、中庭のように施設の中心にある広い空間を
見下ろせるようになっていた。
 私は歩きながらそのガラスに近づき、下方を見下ろすと、思わず声が出た。
「何あれ?」
 巨大なドーム型の施設は中が広大な円形の砂場になっていて、私たちはその円周に沿った廊下を歩いていた。
砂場は白い綺麗な砂が丁寧にならされていて、表面に足あとがいくつかある以外は完全に平らで、美しく思えた。
 しかし私が目を奪われ、疑問を抱かせたのはその中心に寝そべっているものだった。
 それは巨人の骸骨だった。
 砂場の真ん中に大の字になっているのは巨大な金属製の人体模型に見えた。
頑丈そうな金属フレームに動脈のような色とりどりのケーブルが巻き付き、
内臓のように各部に収められた太いシリンダーやこれまた巨大なディスクドライブや、
円筒形をしたなんだかわからない装置に繋がっている。
 そしてそれら全てを包むように、直線的なデザインの鎧のようなものが一番外がわにある。
全体としての印象は『ガイコツ騎士』のような感じだ。
「あれは『サンドゴーレム』です。」
 いつの間にかそばに立っていた青年がそう示す。
「サンドゴーレム?」
「貴女がこれから操る身体です。」
「え?」
 青年は私から顔を背け、今度はセキュリティのかかったドアを開けた。
「こちらです。」
 ドアの先へ入るとそこはまた雰囲気が違った広い部屋だった。
大学の講義室のように階段状に並んだ机の上には用途がまったく予想がつかない真鍮製の器具がずらりと並んでいて、
時々そこにゴムホースでつながれたフラスコがあやしい色に発光し、虹色の煙を噴出させている。
月や太陽の彫刻がされた円形の装置が細かい歯車でぐるぐると回り、
昔科学博物館で見たことがあるようなガラス球の装置の中で電流が蛇のようにうねっていた。
と思うと一転、ひどく現実味のあるどっしりとしたパソコンとディスプレイがそこに繋がっていたりして、
それがこの装置をいっそう冗談めかしていた。
 そしてところ狭しと並べられたそれら装置の合間を、アオザイにも似た構造の白装束を着た人々がせわしなく
行き来している。彼らはどうやらこの装置を使った作業の真っ最中のようで、ときどきリーダーらしい人物が
大声で指示を飛ばしているのが見えた。
 ふと、私は天井を見上げる――そこには直径10メートルはゆうにあるであろう水晶玉がどういうわけか支えもなく
浮いていて、その内側に見覚えのあるものが見えていた――あの断頭台だ。
水晶玉は町中に浮かぶ断頭台を映し出している。
 そのファンタジー映画の中でしか見たことがないような光景に私は言葉を失っていたが、やがて声をかけられた。
「『天照研究所』へようこそ。」
 はっとして見ると、そこにはやはり天照恵が立っていた。彼女は病院で出会ったときのスーツ姿ではなく、
他の人たちと同じような白いアオザイにさらに上から白衣を羽織っている奇妙な格好をしていた。
「理由も言わずにお連れして本当に申しわけありません。ですが事態は急を要するのです――」
「――ここが、天照研究所、なんですか?」
 天照は微笑み「はい。」
「当研究所ではオカルトと科学の融合である、『魔学』を研究しております。」
「……はい?」
「いわゆる『魔法』と呼ばれる古代の技術を科学的に理解し、従来の心理学的医学的民俗学的な理解ではなく、
現実の物理現象を伴う『技術』として――」
「――ちょ、ちょっと待って」
「理解が追いつきませんか?」
「全然。」
「当然でしょうね、魔学は秘密の技術ですから。」
 天照は落ちついたら様子でそういってのける。私は混乱していた。
「いやいや、いくらなんでもあり得ないでしょう? この21世紀に魔法って……特撮番組じゃあるまいし。」
「信じませんか?」
「当たり前です!」
「でも、志野さんはもうその一片を体感しましたよね?」
 またハッとした。そうだ、つい数分前まで、私は魔法としか思えないような体験をしたじゃないか――獣のように
唸り声をあげ、自ら走る大型バイクの背に乗って私はここまで来ていたのだ。
(そんな、まさか……いや、でも……)
 無言になった私の様子を察して、天照は両手を広げ、また優しく微笑む。
「にわかには信じられなくて当然です。魔学は教科書にも載っていないし、
あなたの生活に関わることもないのですから。」
「……なんで、秘密なんですか。」
 すると天照は残念そうに視線を落とす。
「この技術が世に出てしまったら困る人たちがこの世にはたくさんいるんですよ。」
 そう言った。
 私は彼女がまた視線を上げるのを待つ。
 待って、訊いた。
「どうして、私をここに?」
 それこそが一番訊きたいことだった。病院のベッドで目覚めた直後の人間をこんな目に合わせるなんて、
正気の沙汰じゃない。
 すると天照はまた深々と頭を下げる。
「やむを得ない事情があるのです。……志野さん、お願いします。」
 ――直後に発せられた言葉は、この常識外れの1日の中でも、一番常識から外れていた――


「巨大ロボットのパイロットになって、街の人々を守ってください。」


「すいません、意味が不明なんですけど」
 私の返答に天照は首をかしげる。
「どのあたりがですか?」
「全部です。」
「全部……ですか?」
 ……どうやらとぼけているわけではないらしい。私は少し声を大きくした。
「『巨大ロボットのパイロットになって街の人々を守ってほしい』だなんて、さすがに信じられませんよ」
 繰り返した天照の言葉は、自ら口にするとますますバカらしく思えた。
さすがに巨大ロボットは現実離れしすぎている……たとえ魔学とやらが本物だったとしても、
そんなものの存在は簡単には信じられなかった。
 おまけに『パイロットになれ』とも彼女は言った。なんだその展開は。
まさかこのあと白い包帯似合う女の子が担架で運ばれてくるわけでもあるまいし。
 冷静になった頭にだんだんと怒りが湧いてきた。こっちはさっき病院のベッドで目覚めたばかりなんだ。
それを理事長だかなんだかしらないがいきなりこんなところまで引っ張ってきて……
おまけにバイクで死ぬほど怖い思いもした。いったい何のつもりなんだ!
「私は帰ります。お母さんも心配していますし……」
「ま、待って」
 踵を返して部屋の出口に向かおうとした私を青年が慌てた様子で引き止める。彼は私の進路を塞ぐように立った。
「どいてください。」
「志野さん、あなたは『戦う』と病院で言ってくださったじゃないですか!」
「こんな冗談につき合うとは言ってません」
「冗談だなんて!」
 青年は悲痛な声をあげ、そこに立ちすくんだ。私はそのわきをすり抜けようとする――
「お待ちください」
 今度は天照の声が背後から私を引き止めた。私は振り返らずに言う。
「病院まで運んでくださってありがとうございました。」
 それを別れの言葉にするつもりだったが天照はなおも「どうか、どうか」と私の背中に言葉を投げかける。
「突然ここにお連れした非礼は心からお詫び申し上げます。ですがやむを得ない事情があったのです。
どうか、どうかご理解を。」
「やむを得ない事情?」
 私はまだ振り向かない。
「はい。」
「どんな事情?」
「本当は志野さんがすっかり回復されてから、また改めてお伺いするつもりでした。
ですが『ばつ』の出現が予想以上に早かったのです。」
「『ばつ』?」
「あの断頭台です。」
 私はここに運ばれる途中バイクの背から見上げた、あの巨大な黒い断頭台を思い出した。
あの、静かで、不気味な影……。
 私は振り返って訊いた。
「あれはいったい?」
「正式には『超高密度精神体タイプX』通称『×(ばつ)』。」
「『×』? なんで『ばつ』?」
「『タイプX』だからです。」
「『タイプX』って?」
「分類上の区分です、それ自体に大した意味はありません。」
「……生き物なんですか?」
「幽霊みたいなものです。」
「幽霊……」
「幽霊の中でも最悪の、大悪霊です。」
 それを聞いて私は玄関での青年の言葉を思い出した。
「『人に害を与える』?」
「これをご覧ください。」
 頷いて彼女が示したのは上の水晶玉ではなく、すぐそばにある小さな薄型ディスプレイだった。
 私はそれを覗く。そこに映る映像を目にすると同時に身体に悪寒が走った。
 画面は町中のどこかの道路脇から空中の断頭台を見上げていた。
どうやら人がリアルタイムで撮影しているものようで、その画像にはブレがある。
 断頭台はさっき見たように音も無く宙に浮いていた。それはやはり巨大で、
断頭台横にある6階建てのデパートの建物とほぼ同じ全高だ。
 ふと、私はその断頭台の下に散らばるあるものに気づく――
 最初は小さな虫のように見えた。が、すぐに断頭台との比較からそう錯覚しただけだということに気づいた。
 それは人間だった。多くの人間が体を丸め、頭を抱え、芋虫のように断頭台の真下に散らかっているのだ。
彼らはうめき声ひとつ上げず、死んでいるように見えたが、ときどき痙攣のように身体を弓なりに引きつらせてのばし、
そしてまた頭を抱えて丸まった。
(いったいあの人たちは何を?)
 その疑問の答えはすぐに与えられた。
「『×』の生物の精神への干渉作用により、心に想像を絶するほどのストレスを受けているのです。
このままでは心が壊れて廃人になってしまいます。」
「そんな……はやく助けないと!」
「私たちの仲間が救出にあたっていますが、焼け石に水です」
「警察は!?」
「魔学によって防御しなければ警察も太刀打ちできません。それに、被害を無くすには大元を絶たないと」
 そこまで言われて、私はやっと理解した。
「そうか……だから私に……」
「ご理解いただけましたか。」
 天照は神妙な顔つきだ。私には彼女たちを批判していたのがとんでもない過ちのように感じられ、
少し恥ずかしさを覚えた。
 だがしかし、最後にこれだけはどうしても訊いておきたかった。
「……なんで、私なんですか」
 天照は静かに答える。
「『戦い』を選択したからです。」
「納得できません。」
 ぴしゃりと私は言った。
 天照はそれを聞いて、まさに望み絶たれたという思いを表情に滲ませた。
「――だから終わったあとでまた、ちゃんと説明をお願いします。」
 私がそう言葉を続けると、天照はびっくりしたように顔を上げた。
「引き受けていただけるのですか?」
「ピンチの人を助けるなんて、当たり前のジョーシキでしょ!」
 天照と青年の憂鬱を吹き飛ばしてやるつもりで、私は笑顔で明るくそう言ってやったのだった。

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