広大な砂場に横たわるガイコツの内側にはぎゅうぎゅうとわけのわからないメカが詰まっていて、
その肋骨の中に空いた正四面体の空間がコクピットらしかった。巨人のガイコツ自体はゆうに14メートルはあったが、
コクピットは非常に狭く、全身をその中に収めた私はほとんど身動きができなくなってしまった。
正四面体の壁面は滑らかな表面の石材で、中には灯りは何も無い。そのせいでコクピットのフタを外部から閉じられた
ときは、真暗闇なのと身動きできないのが相まって軽い恐怖すら感じた。
しかしその中にとじこめられてしばらくすると、どういうわけかいきなり空間がぱっと明るくなり、
身体も一気に自由になる。私はしっかりと足を広げて床面に立ち、前を見据えることができた。
自身の周囲にはもう狭苦しい壁も存在しない。私は宙に浮いていた。
その肋骨の中に空いた正四面体の空間がコクピットらしかった。巨人のガイコツ自体はゆうに14メートルはあったが、
コクピットは非常に狭く、全身をその中に収めた私はほとんど身動きができなくなってしまった。
正四面体の壁面は滑らかな表面の石材で、中には灯りは何も無い。そのせいでコクピットのフタを外部から閉じられた
ときは、真暗闇なのと身動きできないのが相まって軽い恐怖すら感じた。
しかしその中にとじこめられてしばらくすると、どういうわけかいきなり空間がぱっと明るくなり、
身体も一気に自由になる。私はしっかりと足を広げて床面に立ち、前を見据えることができた。
自身の周囲にはもう狭苦しい壁も存在しない。私は宙に浮いていた。
コクピット内のその様子を機器を通して確認した青年はインカムに向かって報告する。
「コクピット部分は正常に起動しました。志野さんとの精神リンク問題なし。セフィロト回路はグリーン。」
「了解。Sジェネレーターの状態はどうですか?」
天照の澄んだ声が返ってくる。
「Sジェネレーターは正常に活性化、起動可能域到達まであと2分かかります。」
「転輪経ドライブとのリンクがネガティブですよ。」
「一神教は多神教とは馴染みませんから。ですが回転数は順調に上がっているのでサブモードとして待機させます。」
「では思想ベースはユダヤ教のデータ09を使用してください。一神教なら扱いは楽ですから確実に起動するでしょう。」
「了解。サバト・エミュレーターとのリンクはポジティブ。D・T信号はネガティブ。
サバト環境はデフォルトを使用……動作確認。陰陽の比率はセーフティ。タオエンジンはグリーン。」
そんな調子で専門用語を多く含んだ会話が為されるたびに他の研究員たちがキーボードを叩き、
真鍮製の器具のレバーを引いて虹色の蒸気を噴き出させる。弓形の銅板を組み合わせた天球儀が回転し、
月や太陽とその他惑星の位置を指し示す。
そしてその動作に伴ってガイコツの胸からケーブルを介して光り輝くエネルギーが手足の先へと伝わり、
腹の底に響く力強い振動がにわかに起こる。
「砂場内にいる所員は退避してください。ドーム開放します。」
白いドームの天井がスライドし、花びらのように折り重なって変形しながら広がり青空を覗かせる。
私はコクピットの中の空間からその様を目にし、美しさに嘆息した。
「では所長、承認をお願いします。」
青年を含む全ての研究員が手を止め、天照恵を見上げた。司令室の一番見晴らしのいい位置に座していた彼女は
静かに立ち上がる。
(志野さん、ごめんなさい……)
彼女は小さくそうつぶやき、そして力強い声で発した。
「……魔学使用承認! サンドゴーレム『シンブレイカー』覚醒せよ!」
「コクピット部分は正常に起動しました。志野さんとの精神リンク問題なし。セフィロト回路はグリーン。」
「了解。Sジェネレーターの状態はどうですか?」
天照の澄んだ声が返ってくる。
「Sジェネレーターは正常に活性化、起動可能域到達まであと2分かかります。」
「転輪経ドライブとのリンクがネガティブですよ。」
「一神教は多神教とは馴染みませんから。ですが回転数は順調に上がっているのでサブモードとして待機させます。」
「では思想ベースはユダヤ教のデータ09を使用してください。一神教なら扱いは楽ですから確実に起動するでしょう。」
「了解。サバト・エミュレーターとのリンクはポジティブ。D・T信号はネガティブ。
サバト環境はデフォルトを使用……動作確認。陰陽の比率はセーフティ。タオエンジンはグリーン。」
そんな調子で専門用語を多く含んだ会話が為されるたびに他の研究員たちがキーボードを叩き、
真鍮製の器具のレバーを引いて虹色の蒸気を噴き出させる。弓形の銅板を組み合わせた天球儀が回転し、
月や太陽とその他惑星の位置を指し示す。
そしてその動作に伴ってガイコツの胸からケーブルを介して光り輝くエネルギーが手足の先へと伝わり、
腹の底に響く力強い振動がにわかに起こる。
「砂場内にいる所員は退避してください。ドーム開放します。」
白いドームの天井がスライドし、花びらのように折り重なって変形しながら広がり青空を覗かせる。
私はコクピットの中の空間からその様を目にし、美しさに嘆息した。
「では所長、承認をお願いします。」
青年を含む全ての研究員が手を止め、天照恵を見上げた。司令室の一番見晴らしのいい位置に座していた彼女は
静かに立ち上がる。
(志野さん、ごめんなさい……)
彼女は小さくそうつぶやき、そして力強い声で発した。
「……魔学使用承認! サンドゴーレム『シンブレイカー』覚醒せよ!」
不思議な光景だった。
巨人のガイコツが横たわる円形の砂場全体がぼぅと柔らかな光を発し、流砂のように動きはじめる。
砂の流れはそのうち大きなうずを巻き、ガイコツの胸を中心に収束し始めた。光り輝く砂は巨人の肉となって骨を包み、
鎧を纏い、四肢に力を与える。
巨人は立ち上がる。その様子を所員たちは息をのんで見守っている。
「起動した……!」
誰かがこぼした。その直後、巨人の銀の装甲表面に幾何学的な赤いラインが煌めき、頭部にふたつと、両肩、両肘、
両脛、両つま先にそれぞれすえられた計10個の魔力の排出口から大小様々な大きさの、実体の無い光の刃が作り出された。
地方都市の北方、ドームが変形した巨大な蓮の華から生まれた巨人のその姿は、
まさしく中国の古典に登場する魂の無い戦士のようだった。
巨人のガイコツが横たわる円形の砂場全体がぼぅと柔らかな光を発し、流砂のように動きはじめる。
砂の流れはそのうち大きなうずを巻き、ガイコツの胸を中心に収束し始めた。光り輝く砂は巨人の肉となって骨を包み、
鎧を纏い、四肢に力を与える。
巨人は立ち上がる。その様子を所員たちは息をのんで見守っている。
「起動した……!」
誰かがこぼした。その直後、巨人の銀の装甲表面に幾何学的な赤いラインが煌めき、頭部にふたつと、両肩、両肘、
両脛、両つま先にそれぞれすえられた計10個の魔力の排出口から大小様々な大きさの、実体の無い光の刃が作り出された。
地方都市の北方、ドームが変形した巨大な蓮の華から生まれた巨人のその姿は、
まさしく中国の古典に登場する魂の無い戦士のようだった。
……その様子をとあるビルの屋上で眺めている人影がある。
彼は奇妙ないでたちで、その服装はまるで何かの仮装のようだ。
不気味な仮面に、風になびく白く長いマフラー、背中に背負った日本刀……まるで特撮番組の主役のようなその人物は
ビルの谷間に現れた光の巨人と、その視線の先に浮かぶ黒い断頭台を見比べてひとり頷くと、
さもなんでもない調子で建物の縁から足を踏み出し、地面に向かって落下していった……
彼は奇妙ないでたちで、その服装はまるで何かの仮装のようだ。
不気味な仮面に、風になびく白く長いマフラー、背中に背負った日本刀……まるで特撮番組の主役のようなその人物は
ビルの谷間に現れた光の巨人と、その視線の先に浮かぶ黒い断頭台を見比べてひとり頷くと、
さもなんでもない調子で建物の縁から足を踏み出し、地面に向かって落下していった……
私はあまりのことに呆然としていた。
目の前ーーというか、身の周りで起こったこととはいえ、やはり実際目にするとあまりにも現実離れしている。
私は今地上数十メートルの空中にある見えない床の上に立っていて、その床の下と横には、
断面が球形に切り取られた巨人の下半身と両腕が見えるのだ。さらに上方には頭部が首の機械的な断面を
こちらに向けて浮いている。
足場の見えない恐怖に足から力が抜け、私は見えない床にへたり込んだ。床はたしかにそこにあるようだったが、
体が言うことをきかない。
「志野さん、聞こえますか」
聞き覚えのある声がして私ははっとした。天照の声だ。
「あ、天照さん!」
私の叫びに彼女はほっとしたようで、声に安堵の色がみえた。
「よかった……どうやら正常に起動したようですね。」
「いったいこれは何なんですか!」
私は枯れそうな声で空中に叫んだ。視線はずっと空に向けていた。とても地面なんか見れやしない。
ひとたび視線を落とそうものならそのまま地面に吸い込まれてしまいそうだし、いつそうなってもおかしくはないのだ。
「落ち着いてください。そこは空中に見えるでしょうが、実際はコクピットの壁面に映像が出ているだけです。」
言われて、私は床についた手の平の感触が、冷たい石のものだということに気づいた。
そのままそろそろと前方に手をのばすと、めいっぱいに伸ばしたよりも少し先に、正四面体の三角形の壁があることを知った。
どうやらこの空間は見た目ほどの広さは無いらしく、腕を伸ばして一、二歩進んだだけでも壁についてしまう程度の広さだ。
いきなり空間が広がったのもあの魔学とやらの作用だろう。私は少しだけ安心して立ち上がったが、
まだ足はわずかに震えていた。
そうしてやっと視線を水平まで落とした私は、ぎくりとして硬直した。
この研究所のドームは街の中心を南北に太く貫く国道が東西に分かれるその分岐点に面してあって、私が今立っている
この巨人の胸元の位置からは街の南端までが一気に見通せる。
そのメインストリートの途中に、例の巨大な断頭台が当たり前のように浮かんでいたのだ。
「断頭台が見えますか?」
私は頷いただけだったが、どうやら研究所のほうでもこの空間の内部は正確にモニターしているらしく、伝わった。
「あれが私たちの倒すべき敵、『×』です。」
「街の人は大丈夫なんですか」
「所員がひとり残らず安全な場所に運びましたが、あの断頭台は移動します。」
「さっさと倒さなきゃいけないってことだね」
「そうです」
天照のその言葉に私は身の引き締まる思いがした。足の震えは消え、代わりに街の人々を守るのだという使命感が
心の底からむくむくと湧き上がり、私に硬い床を強く踏みしめさせた。
「操縦方法は?」
声をはりあげる。断頭台がゆっくりとではあるが、確実にこちらに近づいてきていることに私は気づく。
「簡単です。『こう動け』と念じるだけで動きます。今すぐにでも自分の手足のように扱えるはずです。」
その言葉を聞き、私はとりあえずこの巨人が歩く姿をイメージした。すると驚くほど簡単に、そして軽く、
巨人の足が持ち上がった。
「気をつけて!」
天照の注意がとんだのはあまりにも軽く持ち上がった足にバランスを崩しかけ、
危うく転倒しそうになるのをこらえてからだった。
「転んだら大惨事です!」
「は、はい!」
返事をする。
「いいですか、建物には注意してください、『×』はすりぬけますが、あなたは普通にぶつかります。痛みも感じます」
「それはどうして――」
「『×』に物理的身体は無いから――危ない!」
その叫び声に、私は反射的に腕を上げて頭部を守る姿勢になった。
そうした腕の側面を何かがぶつかったような衝撃と痛みが走る!
「ぐぅっ!?」
何が起こったのか理解する前に天照がまた叫んだ。「とにかく移動して!」
それがどういった趣旨の指示かも判らないまま私はドームのふちを乗り越え、東への道路をがむしゃらに走った。
アスファルトに巨大な足あとが刻まれていく。気づかず踏みつけた自動車が、ひっかけた街灯が、
絡まった電線が火花をあげる。
「立ち止まって周りを見て! あなたは今巨人なんです! 慎重に!」
どことなく悲鳴にも似たその絶叫に足を止めると、断頭台はかなり遠ざかっていた。私は目を疑った。
「あいつ、建物をすりぬけてる……!」
「それだけじゃないですよ」
どこか打ちのめされたような色が天照の声には表れているが、私はそんなことを気にする余裕は無かった。
「形が変わってる!」
天照が頷いたのが感じられた。
断頭台の形をしていた『×』は、その本来ならば罪人の腕をはめる穴から異様に青白く長い腕を生やし、
だらりと垂れ下げていた。その2本の腕の間ある、罪人の首をはめる穴からはいつのまにか同じように青白く
恐ろしげな男性の頭が生えていて、濁った瞳の目玉をぎょろぎょろと動かし、だらしなく開けた口からよだれを
だらだらと垂らしている。
「キモッ!」
声に出た。
『×』は頭をあげてこちらを見た。その顔をまともに見て、私の背中におぞけが走った。
と、次の瞬間、断頭台の上部にあるギロチンの刃が突然落ちて『×』の頭が地面に転がる。
私は様子をうかがったが、『×』がその自分の頭部を拾い上げ、こちらに投げつけてきたのを見て、
さっきの衝撃と痛みの正体をさとった。
「キモいうえにグロい!」
飛んできた頭に狙いを定めて思いきり殴りつけるイメージを浮かべると、巨人はそのとおりに動き、
遥か遠くへと『×』の頭部をぶっ飛ばす。
「ホームラン!」
あの青年の嬉しそうな声がした。私はとっさのこととはいえ、なんとも冗談のような行動をしてしまったことに
しばし固まってしまう。
「よし、これなら……攻めましょう。 さっきの大通りまで戻ってください!」
急いで指示に従う。すると『×』のほうも私を追って大通りに出てきた。
「武器はないんですか?」
私は訊く。
「私たちは軍隊じゃありませんから、銃火器の類は無いですね。」
「じゃあ、やっぱり……」
「殴ってください。」
「えええーっ!?」
このときの私はきっととんでもなく嫌そうな顔をしていたのだろう。天照は諌めるような調子になった。
「実際に殴るのは志野さんじゃないんですから、我慢してください」
「でもあれキモい!」
「その気持ち悪いものの頭部をさっきホームランしましたよね?」
「あれはとっさに……」
私は横目で『×』を見た。『×』の頭部はいつのまにかまた再生していて、よだれを地面に落としている。
「うぁ~、マジぃー……?」
観念して、深いため息とともに『×』に向き直ったときだった。
「目標、さらに形態変化!」
「志野さん、気をつけて!」
はっとして断頭台を見る。
『×』は、今度は大きく形を変えていた。断頭台は全体が逆さまになり、
2本の柱がぐにゃりと曲がってらせん状に絡み合った。ギロチンは右腕によって取り外され、刃の部分だけを
指でつまむように持っている。もはや断頭台としての原型はなく、足の無い幽霊という形容のほうがそれに近い。
「……キモさはマシになったかな」
「きます!」
私は身構えた。
『×』は刃を持った腕をぶんと振り上げ、私に迫ってきた。
さすがにギロチンをガードするのは無理だろうから、なんとか避けようとしてみるが、横っ飛びに飛んだのは
どうやら失敗だったらしく、左肩の表面にするどい痛みが感じられた。
「イタっ!」
「耐えてください、大分緩和されてるんですから!」
肩を押さえながら敵を睨む。そのときふと右肘についている光刃が目に入り、
ついで巨人の全身に生えている同じものを思い出した。
「これは使えないの!?」
「それはエネルギーの排出口です」
「でも刃っぽい!」
「出力を上げればあるいは……」
「所長、しかしそれは!」
青年の声が割り込む。
「解ってます。出力を上げずに右肘以外の排出口を全閉鎖して、Sエネルギーの排出を右肘に集中させてください、
排出口は限界まで外側に向けること。志野さん、右肘をつき出してください。」
深く息を吸って、吐き、私は言うとおりにした。巨人の全身から9つの光の刃が消え、
代わりに右肘にだけ一本の大きな光の剣が生えた。
「自分を斬らないように気をつけて。」
私は頷き、身構える。『×』は再びギロチンをかまえていた。
……数秒の間。
空気が張りつめる。私は雰囲気に呑まれる前に踏み込んだ。彼我の距離をグンと詰め、腕の横から生えている刃が
当たるように、敵のギロチンを持つ腕の横の空間を目がけて殴りつける。
嫌な感触が一瞬あった。ギロチンを握る『×』の腕は空中を舞い、巨人の後方へと落下した。
私は体をひねり、間髪入れずに二撃目を叩き込む。裏拳のように振るわれた右腕は刃を敵の頭部に食い込ませ、
そして引き裂いた。
すると形容しがたいほどに不気味な悲鳴が街に響き渡る!
私は身を強ばらせ、その不快な音に耐えると、その感情を右足に込めて『×』の二重螺旋状の胴体を蹴った。
やはり手応えは不快だった。
「キモすぎる!」
前方の道路上へと吹き飛んだ『×』に私は吐き捨てた。
天照の驚いた声がする。
「志野さん、あなた格闘技の経験が?」
「護身用に昔、ちょっとだけ。」
「ははぁ、それで」
「それよりも、アイツどうやったら死ぬんですか」
視線の先ではすでに『×』が起き上がりかけていた。体幹は見事にへし折れて『く』の字に曲がっているが、
真っ二つに裂けた頭からは血らしきものすら流れていなかった。
「『×』を倒すには強力なエネルギーで一気に滅却する必要があります」
「どうやって?」
「志野さんにはそのための隙を確保してほしかったのですが……もういけそうですね。」
私は頷く。『×』は立ち上がったものの、動きは緩慢で、もはや脅威は感じられない。
巨人は身構える――
「一気に決めてやる。」
「ええ、そうしましょう――!?」
天照の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、私は背後からぞっとするような危険を感じて身を翻した。
間一髪! 巨大な何かが巨人の肩口をえぐり、装甲を吹き飛ばすとともに道路に砂を撒き散らす。
危うく首をはねられるところだった。
しかし痛みは軽いものではなく、私は短い悲鳴をあげて倒れかけた。
「志野さん!」
「大……丈夫っ!」
涙の浮かんだ目でなんとか前を睨むと、背後から飛んできたものが何なのかが分かった。
それはさっき本体から切り落とした『×』の、手にギロチンの刃を握った右腕だった。その切断面には
恐らく最初にホームランしたものであろう頭部が首がいつのまにか合体していて、げらげらと耳障りな笑い声を
あげている。腹がたった。
「この……キモグロお化け!」
そんな罵倒を気にもせずまたギロチンの刃が巨人の首を目指して飛んでくる。痛みのせいで反応が遅れた――!
私は恐怖した。それは『×』の醜い姿に対する嫌悪とはまるっきり別のもので、
心臓を流れる熱い血が一気に冷やされたような感覚だった。
ギロチンの刃が、防御のために持ち上げた巨人の腕をすり抜けて、首元に迫る。
首をはねられる痛みというのはどんなものだろう、きっと死ぬほど痛いんだろうな――冷え切った頭の奥でそんな考えが
浮かんだ。覚悟もできないまま刃が肉薄。
だがギロチンは巨人に触れることなく弾き飛ばされた。びっくりして見ると、ひとりの人間が空中に飛び上がっていて、
ギロチンと巨人の頭の間を遮っている。こちらに背を向けたその人物は長い刃物をふるい、マフラーを風になびかせていた。
(忍……者?)
そんな馬鹿げた考えが浮かんだが、しかしその人物はやはりその形容にふさわしい姿だった。
忍者は一度巨人の額を蹴ってひらりと空中に、さらに高く躍り出ると、手にした日本刀(私にはそう見えた)を
ギロチンを握る腕に投げつけた。突き刺さる日本刀。忍者はその柄の尻から伸びるワイヤーのようなものをぐいと
引っ張って空中を移動し、『×』の腕に迫る。
忍者の接近に対して、右腕から生える男性の頭部が大きく口を開けて気持ち悪い色の舌をのばして攻撃してくる。
忍者はワイヤーを素早く空中でしならせてムチのように用い、その舌をはじいた。
とうとう右腕の上にたどりついた忍者は着地と同時に足の指で日本刀の柄を挟んで抜き、後ろ手にキャッチして、
大きく足を開いて身構えながら刀を握る腕につけた何かの機械をいじる。次の瞬間突然日本刀が真っ赤な光を放っ
たと思うと、またたく間に忍者は右腕とギロチンと頭部をいくつかの破片に分割した。そのときにはもう赤い光は
消えていた。
『×』の破片はそれぞれが逃げるように本体のもとへと飛んでいく。空中に放り出された忍者はまた刀を投げて
近くの背の高い建物の外壁に突き刺し、右腕に上ったのと同じ要領で安全な場所に着地した。
その鮮やかで凄まじい手際と、存在の異様さに私はしばし目を奪われていたが、天照の一喝を受けて、
あわててまた『×』を見やった。
『×』は忍者にばらばらにされた部分と合体し、再び完全な姿となったが、まだ頭の再生が追い付いていないらしく、
動けないままで、チャンスであることは変わらないままだった。
「滅却します!」
天照が叫ぶ。
目の前ーーというか、身の周りで起こったこととはいえ、やはり実際目にするとあまりにも現実離れしている。
私は今地上数十メートルの空中にある見えない床の上に立っていて、その床の下と横には、
断面が球形に切り取られた巨人の下半身と両腕が見えるのだ。さらに上方には頭部が首の機械的な断面を
こちらに向けて浮いている。
足場の見えない恐怖に足から力が抜け、私は見えない床にへたり込んだ。床はたしかにそこにあるようだったが、
体が言うことをきかない。
「志野さん、聞こえますか」
聞き覚えのある声がして私ははっとした。天照の声だ。
「あ、天照さん!」
私の叫びに彼女はほっとしたようで、声に安堵の色がみえた。
「よかった……どうやら正常に起動したようですね。」
「いったいこれは何なんですか!」
私は枯れそうな声で空中に叫んだ。視線はずっと空に向けていた。とても地面なんか見れやしない。
ひとたび視線を落とそうものならそのまま地面に吸い込まれてしまいそうだし、いつそうなってもおかしくはないのだ。
「落ち着いてください。そこは空中に見えるでしょうが、実際はコクピットの壁面に映像が出ているだけです。」
言われて、私は床についた手の平の感触が、冷たい石のものだということに気づいた。
そのままそろそろと前方に手をのばすと、めいっぱいに伸ばしたよりも少し先に、正四面体の三角形の壁があることを知った。
どうやらこの空間は見た目ほどの広さは無いらしく、腕を伸ばして一、二歩進んだだけでも壁についてしまう程度の広さだ。
いきなり空間が広がったのもあの魔学とやらの作用だろう。私は少しだけ安心して立ち上がったが、
まだ足はわずかに震えていた。
そうしてやっと視線を水平まで落とした私は、ぎくりとして硬直した。
この研究所のドームは街の中心を南北に太く貫く国道が東西に分かれるその分岐点に面してあって、私が今立っている
この巨人の胸元の位置からは街の南端までが一気に見通せる。
そのメインストリートの途中に、例の巨大な断頭台が当たり前のように浮かんでいたのだ。
「断頭台が見えますか?」
私は頷いただけだったが、どうやら研究所のほうでもこの空間の内部は正確にモニターしているらしく、伝わった。
「あれが私たちの倒すべき敵、『×』です。」
「街の人は大丈夫なんですか」
「所員がひとり残らず安全な場所に運びましたが、あの断頭台は移動します。」
「さっさと倒さなきゃいけないってことだね」
「そうです」
天照のその言葉に私は身の引き締まる思いがした。足の震えは消え、代わりに街の人々を守るのだという使命感が
心の底からむくむくと湧き上がり、私に硬い床を強く踏みしめさせた。
「操縦方法は?」
声をはりあげる。断頭台がゆっくりとではあるが、確実にこちらに近づいてきていることに私は気づく。
「簡単です。『こう動け』と念じるだけで動きます。今すぐにでも自分の手足のように扱えるはずです。」
その言葉を聞き、私はとりあえずこの巨人が歩く姿をイメージした。すると驚くほど簡単に、そして軽く、
巨人の足が持ち上がった。
「気をつけて!」
天照の注意がとんだのはあまりにも軽く持ち上がった足にバランスを崩しかけ、
危うく転倒しそうになるのをこらえてからだった。
「転んだら大惨事です!」
「は、はい!」
返事をする。
「いいですか、建物には注意してください、『×』はすりぬけますが、あなたは普通にぶつかります。痛みも感じます」
「それはどうして――」
「『×』に物理的身体は無いから――危ない!」
その叫び声に、私は反射的に腕を上げて頭部を守る姿勢になった。
そうした腕の側面を何かがぶつかったような衝撃と痛みが走る!
「ぐぅっ!?」
何が起こったのか理解する前に天照がまた叫んだ。「とにかく移動して!」
それがどういった趣旨の指示かも判らないまま私はドームのふちを乗り越え、東への道路をがむしゃらに走った。
アスファルトに巨大な足あとが刻まれていく。気づかず踏みつけた自動車が、ひっかけた街灯が、
絡まった電線が火花をあげる。
「立ち止まって周りを見て! あなたは今巨人なんです! 慎重に!」
どことなく悲鳴にも似たその絶叫に足を止めると、断頭台はかなり遠ざかっていた。私は目を疑った。
「あいつ、建物をすりぬけてる……!」
「それだけじゃないですよ」
どこか打ちのめされたような色が天照の声には表れているが、私はそんなことを気にする余裕は無かった。
「形が変わってる!」
天照が頷いたのが感じられた。
断頭台の形をしていた『×』は、その本来ならば罪人の腕をはめる穴から異様に青白く長い腕を生やし、
だらりと垂れ下げていた。その2本の腕の間ある、罪人の首をはめる穴からはいつのまにか同じように青白く
恐ろしげな男性の頭が生えていて、濁った瞳の目玉をぎょろぎょろと動かし、だらしなく開けた口からよだれを
だらだらと垂らしている。
「キモッ!」
声に出た。
『×』は頭をあげてこちらを見た。その顔をまともに見て、私の背中におぞけが走った。
と、次の瞬間、断頭台の上部にあるギロチンの刃が突然落ちて『×』の頭が地面に転がる。
私は様子をうかがったが、『×』がその自分の頭部を拾い上げ、こちらに投げつけてきたのを見て、
さっきの衝撃と痛みの正体をさとった。
「キモいうえにグロい!」
飛んできた頭に狙いを定めて思いきり殴りつけるイメージを浮かべると、巨人はそのとおりに動き、
遥か遠くへと『×』の頭部をぶっ飛ばす。
「ホームラン!」
あの青年の嬉しそうな声がした。私はとっさのこととはいえ、なんとも冗談のような行動をしてしまったことに
しばし固まってしまう。
「よし、これなら……攻めましょう。 さっきの大通りまで戻ってください!」
急いで指示に従う。すると『×』のほうも私を追って大通りに出てきた。
「武器はないんですか?」
私は訊く。
「私たちは軍隊じゃありませんから、銃火器の類は無いですね。」
「じゃあ、やっぱり……」
「殴ってください。」
「えええーっ!?」
このときの私はきっととんでもなく嫌そうな顔をしていたのだろう。天照は諌めるような調子になった。
「実際に殴るのは志野さんじゃないんですから、我慢してください」
「でもあれキモい!」
「その気持ち悪いものの頭部をさっきホームランしましたよね?」
「あれはとっさに……」
私は横目で『×』を見た。『×』の頭部はいつのまにかまた再生していて、よだれを地面に落としている。
「うぁ~、マジぃー……?」
観念して、深いため息とともに『×』に向き直ったときだった。
「目標、さらに形態変化!」
「志野さん、気をつけて!」
はっとして断頭台を見る。
『×』は、今度は大きく形を変えていた。断頭台は全体が逆さまになり、
2本の柱がぐにゃりと曲がってらせん状に絡み合った。ギロチンは右腕によって取り外され、刃の部分だけを
指でつまむように持っている。もはや断頭台としての原型はなく、足の無い幽霊という形容のほうがそれに近い。
「……キモさはマシになったかな」
「きます!」
私は身構えた。
『×』は刃を持った腕をぶんと振り上げ、私に迫ってきた。
さすがにギロチンをガードするのは無理だろうから、なんとか避けようとしてみるが、横っ飛びに飛んだのは
どうやら失敗だったらしく、左肩の表面にするどい痛みが感じられた。
「イタっ!」
「耐えてください、大分緩和されてるんですから!」
肩を押さえながら敵を睨む。そのときふと右肘についている光刃が目に入り、
ついで巨人の全身に生えている同じものを思い出した。
「これは使えないの!?」
「それはエネルギーの排出口です」
「でも刃っぽい!」
「出力を上げればあるいは……」
「所長、しかしそれは!」
青年の声が割り込む。
「解ってます。出力を上げずに右肘以外の排出口を全閉鎖して、Sエネルギーの排出を右肘に集中させてください、
排出口は限界まで外側に向けること。志野さん、右肘をつき出してください。」
深く息を吸って、吐き、私は言うとおりにした。巨人の全身から9つの光の刃が消え、
代わりに右肘にだけ一本の大きな光の剣が生えた。
「自分を斬らないように気をつけて。」
私は頷き、身構える。『×』は再びギロチンをかまえていた。
……数秒の間。
空気が張りつめる。私は雰囲気に呑まれる前に踏み込んだ。彼我の距離をグンと詰め、腕の横から生えている刃が
当たるように、敵のギロチンを持つ腕の横の空間を目がけて殴りつける。
嫌な感触が一瞬あった。ギロチンを握る『×』の腕は空中を舞い、巨人の後方へと落下した。
私は体をひねり、間髪入れずに二撃目を叩き込む。裏拳のように振るわれた右腕は刃を敵の頭部に食い込ませ、
そして引き裂いた。
すると形容しがたいほどに不気味な悲鳴が街に響き渡る!
私は身を強ばらせ、その不快な音に耐えると、その感情を右足に込めて『×』の二重螺旋状の胴体を蹴った。
やはり手応えは不快だった。
「キモすぎる!」
前方の道路上へと吹き飛んだ『×』に私は吐き捨てた。
天照の驚いた声がする。
「志野さん、あなた格闘技の経験が?」
「護身用に昔、ちょっとだけ。」
「ははぁ、それで」
「それよりも、アイツどうやったら死ぬんですか」
視線の先ではすでに『×』が起き上がりかけていた。体幹は見事にへし折れて『く』の字に曲がっているが、
真っ二つに裂けた頭からは血らしきものすら流れていなかった。
「『×』を倒すには強力なエネルギーで一気に滅却する必要があります」
「どうやって?」
「志野さんにはそのための隙を確保してほしかったのですが……もういけそうですね。」
私は頷く。『×』は立ち上がったものの、動きは緩慢で、もはや脅威は感じられない。
巨人は身構える――
「一気に決めてやる。」
「ええ、そうしましょう――!?」
天照の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、私は背後からぞっとするような危険を感じて身を翻した。
間一髪! 巨大な何かが巨人の肩口をえぐり、装甲を吹き飛ばすとともに道路に砂を撒き散らす。
危うく首をはねられるところだった。
しかし痛みは軽いものではなく、私は短い悲鳴をあげて倒れかけた。
「志野さん!」
「大……丈夫っ!」
涙の浮かんだ目でなんとか前を睨むと、背後から飛んできたものが何なのかが分かった。
それはさっき本体から切り落とした『×』の、手にギロチンの刃を握った右腕だった。その切断面には
恐らく最初にホームランしたものであろう頭部が首がいつのまにか合体していて、げらげらと耳障りな笑い声を
あげている。腹がたった。
「この……キモグロお化け!」
そんな罵倒を気にもせずまたギロチンの刃が巨人の首を目指して飛んでくる。痛みのせいで反応が遅れた――!
私は恐怖した。それは『×』の醜い姿に対する嫌悪とはまるっきり別のもので、
心臓を流れる熱い血が一気に冷やされたような感覚だった。
ギロチンの刃が、防御のために持ち上げた巨人の腕をすり抜けて、首元に迫る。
首をはねられる痛みというのはどんなものだろう、きっと死ぬほど痛いんだろうな――冷え切った頭の奥でそんな考えが
浮かんだ。覚悟もできないまま刃が肉薄。
だがギロチンは巨人に触れることなく弾き飛ばされた。びっくりして見ると、ひとりの人間が空中に飛び上がっていて、
ギロチンと巨人の頭の間を遮っている。こちらに背を向けたその人物は長い刃物をふるい、マフラーを風になびかせていた。
(忍……者?)
そんな馬鹿げた考えが浮かんだが、しかしその人物はやはりその形容にふさわしい姿だった。
忍者は一度巨人の額を蹴ってひらりと空中に、さらに高く躍り出ると、手にした日本刀(私にはそう見えた)を
ギロチンを握る腕に投げつけた。突き刺さる日本刀。忍者はその柄の尻から伸びるワイヤーのようなものをぐいと
引っ張って空中を移動し、『×』の腕に迫る。
忍者の接近に対して、右腕から生える男性の頭部が大きく口を開けて気持ち悪い色の舌をのばして攻撃してくる。
忍者はワイヤーを素早く空中でしならせてムチのように用い、その舌をはじいた。
とうとう右腕の上にたどりついた忍者は着地と同時に足の指で日本刀の柄を挟んで抜き、後ろ手にキャッチして、
大きく足を開いて身構えながら刀を握る腕につけた何かの機械をいじる。次の瞬間突然日本刀が真っ赤な光を放っ
たと思うと、またたく間に忍者は右腕とギロチンと頭部をいくつかの破片に分割した。そのときにはもう赤い光は
消えていた。
『×』の破片はそれぞれが逃げるように本体のもとへと飛んでいく。空中に放り出された忍者はまた刀を投げて
近くの背の高い建物の外壁に突き刺し、右腕に上ったのと同じ要領で安全な場所に着地した。
その鮮やかで凄まじい手際と、存在の異様さに私はしばし目を奪われていたが、天照の一喝を受けて、
あわててまた『×』を見やった。
『×』は忍者にばらばらにされた部分と合体し、再び完全な姿となったが、まだ頭の再生が追い付いていないらしく、
動けないままで、チャンスであることは変わらないままだった。
「滅却します!」
天照が叫ぶ。
天照の宣言を受けて、研究室の人々は一斉に作業にとりかかった。その中で青年は次々と報告される現在の巨人の
状態から、この『×』を滅却するに相応しいプランを素早く組み立て、指示をかえす。
「滅却プランは『一神教用プランU ウリエル・ファイア』を提案します。」
「成功率は?」
「シミュレーションでは35.5%、ですが全てのプランで最も高い数値です。」
「承認します。併せて使用に必要なあらゆる魔法の使用も承認します。……志野さん」
天照は志野に呼びかける。
私はコクピットの中で応えた。
「熱いのは平気ですか?」
「え、はぁ、人並みには」
「なら大丈夫ですね」
一方的に会話を切り上げ、天照は再び声をはりあげた。
「シンブレイカー、ブレイクモード!」
状態から、この『×』を滅却するに相応しいプランを素早く組み立て、指示をかえす。
「滅却プランは『一神教用プランU ウリエル・ファイア』を提案します。」
「成功率は?」
「シミュレーションでは35.5%、ですが全てのプランで最も高い数値です。」
「承認します。併せて使用に必要なあらゆる魔法の使用も承認します。……志野さん」
天照は志野に呼びかける。
私はコクピットの中で応えた。
「熱いのは平気ですか?」
「え、はぁ、人並みには」
「なら大丈夫ですね」
一方的に会話を切り上げ、天照は再び声をはりあげた。
「シンブレイカー、ブレイクモード!」
天照の声と同時に、この巨人の体に今までにない変化が起こっているのを私は感覚した。
巨人の内臓が――シリンダーやコンピュータ回路、光学ディスク、ジェネレーター――が激しい熱を放ち、回転し、
スパークした。巨人の装甲表面に引かれた赤いエネルギーのラインは強く発光する。その光はさっきみた忍者の刀と
同じものだった。
私は全身が熱っぽくなるのを感じる。
「天照さん、これは!?」
訊くと天照は素早く応える。
「安心してください、今のところあなたに危険はちょっとしかありません。」
「『ちょっと』あるんじゃん!」
「これから『かなり』になりますよ!」
突然、巨人の頭上の空から何かが落下し、背後の地面に突き刺さった!
驚いて振り向くと、それは巨人の身長をゆうに超える大きさの十字架だった。全体はこの巨人と同じような素材で
できていて、中央には巨大なディスクが目玉のようなデザインの中に組み込まれていた。見ていると、
それは高速で回転しはじめる。
「Sジェネレーター、シンブレイカーとのリンク正常、召喚の儀式をロード開始! 憑依媒介は十字架を使用します!」
青年の声が少し遠くからきこえた。
「……対象の高度精神体とコンタクト成功! セフィロト回路とリンク! 憑依部位は右腕部に設定!
ユダヤ教思考ルーチンを使って神様讃えさせといて! 異教のシステムは遮断!」
続いて青年は指示する。
「十字架、変型!」
同時に十字架のディスクが危険なほどに強く輝き、十字架の両腕と頭の部分の外装が上部へとスライドする。
その内部に収納されていた機械が勢いよく広がって展開すると、それで巨人を抱きすくめられるほどに巨大な
――そろそろスケール感が麻痺してきた――1対の翼となった。
十字架の頭から露出した金属パイプから蒸気のような煙が噴出する。巨人は十字架に背を向けて、
全身に力をこめた。
「……よくわからないけど、これを使えばいいんだね!」
「はい、そうです――ウリエル憑依成功!」
答えたのは青年だった。
そろそろ『×』の再生も完了してしまいそうだ。私は呼吸を鎮め、これからおこるであろう予想もつかない出来事に
備えた。
「ウリエル・ファイア、顕現します!」
すると十字架の両翼の先から、ほぼ閃光に近いほどの強烈な炎があがり、あっという間に十字架全体を包む。
その炎はあたかも意思を持っているかのようにうねり、十字架の翼を一回、大きく羽ばたかせた。
『×』がまるで恐怖したかのようにビクリと身を震わせるのが見えた。
十字架からあがる炎はますます輝く。その中央から光の腕のようなものがすぅと伸びて、巨人の右腕に触れた。
私は思わず悲鳴をあげる。
「あっづぅ!?」
「ちょっとの辛抱です!」
天照はそう言ったが、そのちょっとの辛抱も厳しいほどの熱だ。私は右腕を押さえ、その痛みを無理やり闘争心に
置きかえる。力を込めて右腕を突き出し、拳の先に『×』を見据えた。
「ねぇ、まだ!?」
「オーケーです、行って――いや、待ってください!」
「なに!?」
青年の声が割り込んでくる。
「エラー発生! 炎が許容値以上の熱になって、十字架が融解を始めてます! このままでは巨人の右腕も融解して無くなります!」
「なんですって! 志野さん、ここは一旦仕切り直して――」
「いやイケる!」
叫んだときには走り出していた。右腕に乗り移った炎はいよいよ直視できないほどに白く輝き、
その熱は巨人の装甲をすでに変形させ、私の皮膚を焼きはじめていた。
「志野さん!」
天照が止めるが、耳に入らない。
道路のアスファルトを撒き散らし、振動で周囲のビルのガラスを割り、電線をスパークさせた。
目の前に迫る『×』。私はその醜い頭部に狙いを定め、体躯を捻る――
「おりゃあああああっ!」
雄叫びをあげながら、全力の拳で『×』の頭を殴り抜ける。炎の拳は敵の頭を原型が判らないほどに
ぐしゃぐしゃに破壊し、さらに燃え移った炎が傷口を焼く。
巨人は足を踏ん張り、アスファルトをはがしながらブレーキをかけ、振り向く。そして『×』がもがき苦しむのを見た。
「よしっ!」
「失敗です!」
予想外の言葉が耳に飛び込んできた。私は苦痛に気が立って、つい乱暴に訊き返す。
「右腕の融解により、パンチの威力が半減しています! やはり仕切り直すべきでした!」
言われて右腕の、肘から先の感覚が消えていることに気づいた。見ると、巨人の腕も肘から先がどろどろに溶けて
無くなってしまっている。溶けた腕の雫は街中に散らばっていた。
「『×』は? やったんでしょ!?」
少しだけ恐ろしくなり、訊く。
「いえ、残念ながら……あれじゃ火力が足りません。」
「そんな!」
前方に目をやると、たしかに敵は苦しんでいたが、その炎は首以下に広がる様子は見えず、
むしろ少しずつ弱まっていくようにすら感じられる。
私は歯噛みしたが、すぐにあることに気づいて、やめた。
「とにかく、憑依部位を左腕に変更して再ロードを――志野さん!?」
天照が止める間もなく私は再び『×』に向かって走り出していた。両太ももに力をこめて、全力で地面を蹴る。
私は気づいたのだ。私たちはこの街を北から南へ突き抜けるこの道路の上――一直線上で戦っていたのだ。
つまり今『×』は、炎の十字架と、この巨人に、一直線に並んで挟まれた位置関係にある。
だったら!
「これでも、くらえぇええええッ!!」
私は勢いに乗せて巨人の右脚を振り上げ、『×』の二重螺旋型の腹の中心に、突き刺すような蹴りを放った!
『×』は体を折れそうなほどに大きくしならせ、巨人の前方に吹き飛んでいく。その先にあるのは――
「おおっ!」
青年の驚く声がする。
吹き飛んだ『×』は、いまだ燃え盛っている十字架の中心に見事激突し、その全身を炎に巻かれたのだった。
『×』は絶叫をあげ、炎から逃れようと身体をよじらせる。私は身構えたが、必要なかった。
『×』が身悶えした瞬間、十字架の、融解しかけているがぎりぎり形を保っている両翼が『×』を
優しく抱きすくめるように折れ曲がった。『×』はもう身動きすらとれず、断末魔をあげたが、
すぐにそれも聞こえなくなった。
十字架は完全に融解し、中ほどからへし折れ、翼が落ちる。すると炎がいきなり、巨人の腕を包んでいるものと同時に消えた。
……街に静寂が訪れる。
私は胸いっぱいに空気を吸い込み、そして汗にまみれた右腕を突き出し、親指を立てた。
「……『断頭台』、滅却おわりぃ!」
巨人の内臓が――シリンダーやコンピュータ回路、光学ディスク、ジェネレーター――が激しい熱を放ち、回転し、
スパークした。巨人の装甲表面に引かれた赤いエネルギーのラインは強く発光する。その光はさっきみた忍者の刀と
同じものだった。
私は全身が熱っぽくなるのを感じる。
「天照さん、これは!?」
訊くと天照は素早く応える。
「安心してください、今のところあなたに危険はちょっとしかありません。」
「『ちょっと』あるんじゃん!」
「これから『かなり』になりますよ!」
突然、巨人の頭上の空から何かが落下し、背後の地面に突き刺さった!
驚いて振り向くと、それは巨人の身長をゆうに超える大きさの十字架だった。全体はこの巨人と同じような素材で
できていて、中央には巨大なディスクが目玉のようなデザインの中に組み込まれていた。見ていると、
それは高速で回転しはじめる。
「Sジェネレーター、シンブレイカーとのリンク正常、召喚の儀式をロード開始! 憑依媒介は十字架を使用します!」
青年の声が少し遠くからきこえた。
「……対象の高度精神体とコンタクト成功! セフィロト回路とリンク! 憑依部位は右腕部に設定!
ユダヤ教思考ルーチンを使って神様讃えさせといて! 異教のシステムは遮断!」
続いて青年は指示する。
「十字架、変型!」
同時に十字架のディスクが危険なほどに強く輝き、十字架の両腕と頭の部分の外装が上部へとスライドする。
その内部に収納されていた機械が勢いよく広がって展開すると、それで巨人を抱きすくめられるほどに巨大な
――そろそろスケール感が麻痺してきた――1対の翼となった。
十字架の頭から露出した金属パイプから蒸気のような煙が噴出する。巨人は十字架に背を向けて、
全身に力をこめた。
「……よくわからないけど、これを使えばいいんだね!」
「はい、そうです――ウリエル憑依成功!」
答えたのは青年だった。
そろそろ『×』の再生も完了してしまいそうだ。私は呼吸を鎮め、これからおこるであろう予想もつかない出来事に
備えた。
「ウリエル・ファイア、顕現します!」
すると十字架の両翼の先から、ほぼ閃光に近いほどの強烈な炎があがり、あっという間に十字架全体を包む。
その炎はあたかも意思を持っているかのようにうねり、十字架の翼を一回、大きく羽ばたかせた。
『×』がまるで恐怖したかのようにビクリと身を震わせるのが見えた。
十字架からあがる炎はますます輝く。その中央から光の腕のようなものがすぅと伸びて、巨人の右腕に触れた。
私は思わず悲鳴をあげる。
「あっづぅ!?」
「ちょっとの辛抱です!」
天照はそう言ったが、そのちょっとの辛抱も厳しいほどの熱だ。私は右腕を押さえ、その痛みを無理やり闘争心に
置きかえる。力を込めて右腕を突き出し、拳の先に『×』を見据えた。
「ねぇ、まだ!?」
「オーケーです、行って――いや、待ってください!」
「なに!?」
青年の声が割り込んでくる。
「エラー発生! 炎が許容値以上の熱になって、十字架が融解を始めてます! このままでは巨人の右腕も融解して無くなります!」
「なんですって! 志野さん、ここは一旦仕切り直して――」
「いやイケる!」
叫んだときには走り出していた。右腕に乗り移った炎はいよいよ直視できないほどに白く輝き、
その熱は巨人の装甲をすでに変形させ、私の皮膚を焼きはじめていた。
「志野さん!」
天照が止めるが、耳に入らない。
道路のアスファルトを撒き散らし、振動で周囲のビルのガラスを割り、電線をスパークさせた。
目の前に迫る『×』。私はその醜い頭部に狙いを定め、体躯を捻る――
「おりゃあああああっ!」
雄叫びをあげながら、全力の拳で『×』の頭を殴り抜ける。炎の拳は敵の頭を原型が判らないほどに
ぐしゃぐしゃに破壊し、さらに燃え移った炎が傷口を焼く。
巨人は足を踏ん張り、アスファルトをはがしながらブレーキをかけ、振り向く。そして『×』がもがき苦しむのを見た。
「よしっ!」
「失敗です!」
予想外の言葉が耳に飛び込んできた。私は苦痛に気が立って、つい乱暴に訊き返す。
「右腕の融解により、パンチの威力が半減しています! やはり仕切り直すべきでした!」
言われて右腕の、肘から先の感覚が消えていることに気づいた。見ると、巨人の腕も肘から先がどろどろに溶けて
無くなってしまっている。溶けた腕の雫は街中に散らばっていた。
「『×』は? やったんでしょ!?」
少しだけ恐ろしくなり、訊く。
「いえ、残念ながら……あれじゃ火力が足りません。」
「そんな!」
前方に目をやると、たしかに敵は苦しんでいたが、その炎は首以下に広がる様子は見えず、
むしろ少しずつ弱まっていくようにすら感じられる。
私は歯噛みしたが、すぐにあることに気づいて、やめた。
「とにかく、憑依部位を左腕に変更して再ロードを――志野さん!?」
天照が止める間もなく私は再び『×』に向かって走り出していた。両太ももに力をこめて、全力で地面を蹴る。
私は気づいたのだ。私たちはこの街を北から南へ突き抜けるこの道路の上――一直線上で戦っていたのだ。
つまり今『×』は、炎の十字架と、この巨人に、一直線に並んで挟まれた位置関係にある。
だったら!
「これでも、くらえぇええええッ!!」
私は勢いに乗せて巨人の右脚を振り上げ、『×』の二重螺旋型の腹の中心に、突き刺すような蹴りを放った!
『×』は体を折れそうなほどに大きくしならせ、巨人の前方に吹き飛んでいく。その先にあるのは――
「おおっ!」
青年の驚く声がする。
吹き飛んだ『×』は、いまだ燃え盛っている十字架の中心に見事激突し、その全身を炎に巻かれたのだった。
『×』は絶叫をあげ、炎から逃れようと身体をよじらせる。私は身構えたが、必要なかった。
『×』が身悶えした瞬間、十字架の、融解しかけているがぎりぎり形を保っている両翼が『×』を
優しく抱きすくめるように折れ曲がった。『×』はもう身動きすらとれず、断末魔をあげたが、
すぐにそれも聞こえなくなった。
十字架は完全に融解し、中ほどからへし折れ、翼が落ちる。すると炎がいきなり、巨人の腕を包んでいるものと同時に消えた。
……街に静寂が訪れる。
私は胸いっぱいに空気を吸い込み、そして汗にまみれた右腕を突き出し、親指を立てた。
「……『断頭台』、滅却おわりぃ!」