……目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。
部屋の中は薄暗い。たぶんカーテンが閉まったままなんだろうと満足に働かない頭で私は思う。
耳をすましたが、窓の外は静かで、ときおり聞こえる雀の鳴き声以外に音は無い。枕は柔らかくしかししっかりと
私の頭を支え、ふわふわの羽毛布団は優しく私の体を包んでいた。
とても穏やかな気分でしばらくぼんやりと、ただ呼吸をするだけでいた私は寝返りをうつ。するとベッドのわきに
おかれた目覚まし時計が目に入った。
私ははね起きた。
「やばっ! 2限ギリじゃん!」
思わずそう叫び、急いでパジャマから私服に着替え、顔を洗って髪を整え、軽く化粧をし、
ピアスとネックレスをつけ、家を出たところで教科書を忘れたことに気づき、またとってかえしてから、
ようやく自転車に跨って大学へと向かう――志野真実の1日は、だいたいがこんな風に慌ただしく始まるのだった。
部屋の中は薄暗い。たぶんカーテンが閉まったままなんだろうと満足に働かない頭で私は思う。
耳をすましたが、窓の外は静かで、ときおり聞こえる雀の鳴き声以外に音は無い。枕は柔らかくしかししっかりと
私の頭を支え、ふわふわの羽毛布団は優しく私の体を包んでいた。
とても穏やかな気分でしばらくぼんやりと、ただ呼吸をするだけでいた私は寝返りをうつ。するとベッドのわきに
おかれた目覚まし時計が目に入った。
私ははね起きた。
「やばっ! 2限ギリじゃん!」
思わずそう叫び、急いでパジャマから私服に着替え、顔を洗って髪を整え、軽く化粧をし、
ピアスとネックレスをつけ、家を出たところで教科書を忘れたことに気づき、またとってかえしてから、
ようやく自転車に跨って大学へと向かう――志野真実の1日は、だいたいがこんな風に慌ただしく始まるのだった。
関東地方のとある県にある地方都市、『女木戸市(めぎどし)』は自然豊かな土地にある。
古くは平安の時代にこの街の北にそびえる『織星山(おりほしさん)』から採れる良質のヒノキを使った建築で
名が知られていたが、とくにそのヒノキを使った戸はまるで天女の肌のような美しい光沢を放ったことからとくに
『女木戸』と呼ばれ、それがそのままこの土地の名前となった。
山で採られた材木や、『女木細工』と呼ばれる木の工芸品は、街の南方を流れる二級河川で西から東に流れた
遥か遠方で太平洋へと注ぐ『三州川(みすかわ)』(名前のとおり広い三角州が3つ河口にある)を利用した船で運ばれ、
それから京の都へと送られていたものの、日本が開国して西洋技術が流入してきたために安価な建築資材が入ってくる
ようになってからは、めっきりそういった産業は衰退してしまって、それに伴い人口も減少の一途をたどっていた。
しかし最近、織星山よりも小さな山で街の東にある鉱山『女瑠山(めるやま)』の地下深くから、運良く半導体の
作成に使われるレアメタルの大規模な鉱脈が見つかり、そのために様々な企業が工場をこの街に置きはじめたので
女木戸市はまたかつてのようなにぎわいを取り戻しかけている。
そんな中でもいまだに街の西方にある広い平原『女木戸ヶ丘(めぎどがおか)』はどういうわけかほとんど手つかず
のままで、このあたりの子供たちのいい遊び場になっていたりしている。
私の家は三州川のやや上流、女木戸ヶ丘にやや近い、女木戸市内から少し外れた場所にあって、
私の通う『三州カトリック大学』は三州川に沿った道を自転車で40分ほど下ったところにあった。
『三州カトリック大学』は名前の通り日本カトリック教会が母体となっているミッション系の私立大学で、
外観はまるで中世ヨーロッパ時代の建物のように赤レンガを多用したものになっている。ところどころ外壁にツタが
這って年季の入った風情を演出しているが、それはしかし見せかけだけで、実際は設立されてから半世紀も
経っていない。三州川のほとりに佇むその姿はファンタジー小説に出てくる魔法学校のようで、
実際、黄昏時に構内にある教会の鐘が鳴らされるときなどはなんともいえない神秘的な雰囲気を漂わせるのだった。
私がこの大学を選んだのは単に自宅から近く、偏差値的にも悪くないからというどうしようもない理由からだったが、
今となってはこの独特の雰囲気がけっこう気に入ってもいた。
正門から自転車を乗り入れ、駐輪場に停めて鍵をかけ、それから3つある校舎のうち一番遠くにあるものまで
全力疾走。階段を駆け上がり、記憶にある大講義室の扉を開けると、どうやら間に合わなかったらしい。
すでに講義は始まっていた。
肩で息をしつつ席を探す。学生は、出席をとらない授業にしては多く居て、空いている席を見つけるのには
少しかかった。着席する。
黒板にチョークで書かれた講義内容は「原始から見た罪と罰の概念」についてで、「罪」というものがそもそも
どういったもので、「罰」というものがなぜ必要なのかということについて教授は論じていた。
古くは平安の時代にこの街の北にそびえる『織星山(おりほしさん)』から採れる良質のヒノキを使った建築で
名が知られていたが、とくにそのヒノキを使った戸はまるで天女の肌のような美しい光沢を放ったことからとくに
『女木戸』と呼ばれ、それがそのままこの土地の名前となった。
山で採られた材木や、『女木細工』と呼ばれる木の工芸品は、街の南方を流れる二級河川で西から東に流れた
遥か遠方で太平洋へと注ぐ『三州川(みすかわ)』(名前のとおり広い三角州が3つ河口にある)を利用した船で運ばれ、
それから京の都へと送られていたものの、日本が開国して西洋技術が流入してきたために安価な建築資材が入ってくる
ようになってからは、めっきりそういった産業は衰退してしまって、それに伴い人口も減少の一途をたどっていた。
しかし最近、織星山よりも小さな山で街の東にある鉱山『女瑠山(めるやま)』の地下深くから、運良く半導体の
作成に使われるレアメタルの大規模な鉱脈が見つかり、そのために様々な企業が工場をこの街に置きはじめたので
女木戸市はまたかつてのようなにぎわいを取り戻しかけている。
そんな中でもいまだに街の西方にある広い平原『女木戸ヶ丘(めぎどがおか)』はどういうわけかほとんど手つかず
のままで、このあたりの子供たちのいい遊び場になっていたりしている。
私の家は三州川のやや上流、女木戸ヶ丘にやや近い、女木戸市内から少し外れた場所にあって、
私の通う『三州カトリック大学』は三州川に沿った道を自転車で40分ほど下ったところにあった。
『三州カトリック大学』は名前の通り日本カトリック教会が母体となっているミッション系の私立大学で、
外観はまるで中世ヨーロッパ時代の建物のように赤レンガを多用したものになっている。ところどころ外壁にツタが
這って年季の入った風情を演出しているが、それはしかし見せかけだけで、実際は設立されてから半世紀も
経っていない。三州川のほとりに佇むその姿はファンタジー小説に出てくる魔法学校のようで、
実際、黄昏時に構内にある教会の鐘が鳴らされるときなどはなんともいえない神秘的な雰囲気を漂わせるのだった。
私がこの大学を選んだのは単に自宅から近く、偏差値的にも悪くないからというどうしようもない理由からだったが、
今となってはこの独特の雰囲気がけっこう気に入ってもいた。
正門から自転車を乗り入れ、駐輪場に停めて鍵をかけ、それから3つある校舎のうち一番遠くにあるものまで
全力疾走。階段を駆け上がり、記憶にある大講義室の扉を開けると、どうやら間に合わなかったらしい。
すでに講義は始まっていた。
肩で息をしつつ席を探す。学生は、出席をとらない授業にしては多く居て、空いている席を見つけるのには
少しかかった。着席する。
黒板にチョークで書かれた講義内容は「原始から見た罪と罰の概念」についてで、「罪」というものがそもそも
どういったもので、「罰」というものがなぜ必要なのかということについて教授は論じていた。
「……皆さまもよくよくご存知の通り、我々人間は社会を構成する生物でありますので、
お互いに助け合わなければ生きていけないということは本能のレベルで、脳味噌の奥深くに刻み込まれているわけで
あります。そしてその共同体秩序を維持し、自らの、群体としての生存率を高めるために、
その集まりの中でルールを設定するわけなのであります。
例えば人を殺してはいけないだとか、人のものを盗んではいけないだとか、そういったものですが、
なぜこのようなルールを設定せざるをえないかと言いますと、そういう風にしたほうが、
結局は自らの生存に役立つからなのであります。
お互いに助け合わなければ生きていけないということは本能のレベルで、脳味噌の奥深くに刻み込まれているわけで
あります。そしてその共同体秩序を維持し、自らの、群体としての生存率を高めるために、
その集まりの中でルールを設定するわけなのであります。
例えば人を殺してはいけないだとか、人のものを盗んではいけないだとか、そういったものですが、
なぜこのようなルールを設定せざるをえないかと言いますと、そういう風にしたほうが、
結局は自らの生存に役立つからなのであります。
自らの生存率が高まれば、群体、遺伝子の運び手としての人間の生存率も当然に高まるわけなのですから。
つまりルールを設定することと、それに伴って『罪』という概念が生まれることは、至極当然、生物学的にも
遺伝子の作用としてごく自然ともいえるようなことなのであります……
……しかし人間というのはとかく悪心というものを備えているものですから、ときにおれはこのルールを無視しても
かまわないだとか考えるものが出てきます。これを放置しておくと、自分たち、ひいては遺伝子全体が危ない。
これは生物の本能として対応を迫られる事情でありまして、私たちの脳は速やかに対応し、ルールを破った者を
群体の中から弾き出そうといたします。これが『罪』に対する『罰』としてもっとも原始的なかたちでございます。
つまりルールを設定することと、それに伴って『罪』という概念が生まれることは、至極当然、生物学的にも
遺伝子の作用としてごく自然ともいえるようなことなのであります……
……しかし人間というのはとかく悪心というものを備えているものですから、ときにおれはこのルールを無視しても
かまわないだとか考えるものが出てきます。これを放置しておくと、自分たち、ひいては遺伝子全体が危ない。
これは生物の本能として対応を迫られる事情でありまして、私たちの脳は速やかに対応し、ルールを破った者を
群体の中から弾き出そうといたします。これが『罪』に対する『罰』としてもっとも原始的なかたちでございます。
ルールがうまれたことも必然ならば『罪』がうまれたことも必然で、『罰』の発生も自然の摂理であるということ
なのであります……
なのであります……
……ところがここに宗教とかの文化的なもの、生存に直接関係のない価値観とルールがうまれて、
絡んできますとまた話が違ってきてしまいます。ルール自体が権力者の有利になるように定められ、
もはや生存のための用に適さなくなってしまうこともあります。これらの要因は『罪』の対象に変化をもたらします。
すなわち、文化が未成熟の時代には平気に行われていた近親相姦だとか、キリスト教から見た邪教だとか、
被害者の無い『罪』が新たに発生するのです。そういった『罪』には従来からの『罰』ではなじまない。
べつに自分の身が脅かされたわけではないが、なにやら文化的な価値観に基づいた道徳的に見て、
ルール的に見て気持ちが悪い、危険だ。だから『罰』を与えようとなるわけです。
ルールが道徳だとかいったものに名前を変えるわけです。この変化は原始的な『罰』である、
共同体から弾き出すということのほかに、新たに道を開きます。それが『償い』であります……
絡んできますとまた話が違ってきてしまいます。ルール自体が権力者の有利になるように定められ、
もはや生存のための用に適さなくなってしまうこともあります。これらの要因は『罪』の対象に変化をもたらします。
すなわち、文化が未成熟の時代には平気に行われていた近親相姦だとか、キリスト教から見た邪教だとか、
被害者の無い『罪』が新たに発生するのです。そういった『罪』には従来からの『罰』ではなじまない。
べつに自分の身が脅かされたわけではないが、なにやら文化的な価値観に基づいた道徳的に見て、
ルール的に見て気持ちが悪い、危険だ。だから『罰』を与えようとなるわけです。
ルールが道徳だとかいったものに名前を変えるわけです。この変化は原始的な『罰』である、
共同体から弾き出すということのほかに、新たに道を開きます。それが『償い』であります……
……人を殺してしまったらもうどうやっても元には戻せませんし、傷を負わせた場合も完全には治りません。
しかし邪教の信者はキリスト教に改宗することで道徳的な存在になれますし、近親相姦でも本人たち深く反省すれば、
別に誰も回復不可能な損害はうけていないのですから、道徳的な存在としての再出発ができる。
これが物質的な『罪』だけでなく精神的な『罪』がうまれたことで発生した新たな『罰』であり、
『償い』なのであります……
……『償い』というものが現代では重視されておりますが、これは現代が文化的、精神的に本能に逆らうことで
成り立っている時代であるということの証拠であるとも言えましょう。本能のままに従ったら、殺人者は速やかに
死刑にしてしかるべきなのですから。私はどちらかといえば死刑廃止派ですが、べつに死刑肯定派が本能に従って
いるだけだとは言っておりません。
余談ですが、私は、現代の価値観でいえば、その人が一生をかけても償えない罪なんてものは無いと思っております……」
しかし邪教の信者はキリスト教に改宗することで道徳的な存在になれますし、近親相姦でも本人たち深く反省すれば、
別に誰も回復不可能な損害はうけていないのですから、道徳的な存在としての再出発ができる。
これが物質的な『罪』だけでなく精神的な『罪』がうまれたことで発生した新たな『罰』であり、
『償い』なのであります……
……『償い』というものが現代では重視されておりますが、これは現代が文化的、精神的に本能に逆らうことで
成り立っている時代であるということの証拠であるとも言えましょう。本能のままに従ったら、殺人者は速やかに
死刑にしてしかるべきなのですから。私はどちらかといえば死刑廃止派ですが、べつに死刑肯定派が本能に従って
いるだけだとは言っておりません。
余談ですが、私は、現代の価値観でいえば、その人が一生をかけても償えない罪なんてものは無いと思っております……」
だいたいこんなことを教授は言っていた。
私はノートに要点だけを書き写しながら部屋内を見渡し、知っている顔は無いかと探す。
いつものグループは講義室の後ろのほうに固まっていて、目が合うと軽く手を振ってきた。
私はノートに要点だけを書き写しながら部屋内を見渡し、知っている顔は無いかと探す。
いつものグループは講義室の後ろのほうに固まっていて、目が合うと軽く手を振ってきた。
昼休みになった。
私は友人達との馬鹿らしい話に時々げらげらと笑い、昼食について相談しながら校舎を出る。
春から夏のものに変わりつつある陽射しが目を刺した。クリームを塗っていないことを思い出す。
中央に噴水のあるこの中庭は赤レンガが敷かれた円形をしていて、昼休みのこの時間帯が一番人が多い。
この分だと学生食堂も混み合っているだろうね、とかいうことを友人に話すと、じゃあ街へ出て食べようということに
なって足を正門に向けたとき、ひとりの人間が目についた。
その人物は正門前に大型バイク(『あの』ハーレーだ!)を停めて、それに寄りかかって誰かを待っているようだった
が、私と目が合うとにっこり笑って、手を振った。
私はそれがあの青年だということに気づくと、一緒の友達にちょっと待ってもらうようお願いをして
彼のもとにかけよる。青年はお辞儀をした。
「よかった、お会いできました。」
「ということは見つかったんですね、頼人さん。」
私はそう彼に呼びかけた。青年は『高天原 頼人(たかまがはら よりと)』という名前で、
天照研究所の幹部のひとりであるらしかった。
今日の彼は革製のがっしりしたライダースーツを着ている。彼自身がどちらかといえば細身なのであまり似合って
いないように見えたが、それでもやはりびしりと決まっているのは、彼のセンスのよさによるものだろう。
何着ても似合うなんてうらやましいなぁ。
「いえ、残念ですが……」
彼は私をバイクのそばによらせると、座席シートの下から引っ張り出したカバンの中からスマートフォンを
取り出して手渡してきた。困惑する私に彼は説明する。
「志野さんの携帯電話ですが、私どもも総力をあげて探しましたが、どうしても見つかりませんでしたので、
代わりといってはなんですが、こちらを差し上げます。」
「え……困りますよ、そんなこと」
「お詫びに、利用にかかる一切の料金は私どもが負担いたしますよ」
「えっ悪いです!」
「どうかご遠慮なさらず、私どもの気持ちです……」
なんだかこれ以上ムリに断るのも悪い気がして、私はおずおずとそれを受け取った。
するとすぐに私はそのスマートフォンが見たことのない型であることに気づく。鈍い銀色の表面に、
細かい彫刻で幾何学的な模様や、サンスクリット、ラテン語、漢字、ヒンドゥー語などがデザイン化されて刻まれているのだ。
「これ、どこのモデルですか?」私はそれを眺めながら訊いた。
「私どものオリジナルモデルですが、大丈夫、一般のものにできるようなことは全てこれにもできますよ。」
「へぇ……」
「圏外無し、電池切れ無し、複数処理にも余裕で対応、自己修復機能に、物理キーボードがお好みなら設定で
画面が盛り上がるようにもできますし、話題のSiriも勝手に組み込みました。」
「え、すご!?」
「最初から入っているアプリも、お守りアプリに、除霊アプリに、擬似月光アプリに、付喪神(本物)育成アプリに、
業チェッカーに……」
「そのへんはいいです。」
「えっ?」
「えっ」
一瞬みょうな間があった。
「……まぁいいです。では、後ほどまたお会いしましょう。」
「はい、忘れずに行きます。」
「お待ちしております。」
「ええ。『君』も、またね。」
言いながら私はバイクに向けて軽く手を振る。するとハーレーはどこか嬉しそうにライトを一瞬だけ点灯させた。
そして頼人はまた丁寧にお辞儀をすると、バイクに跨って(また暴れだすんじゃないかと私はひやひやした)街の方へと
去っていった。
友人達は彼についてきゃあきゃあと私に質問してきたが、私は説明に困り、曖昧な笑顔で返すことしかできなかった。
私は友人達との馬鹿らしい話に時々げらげらと笑い、昼食について相談しながら校舎を出る。
春から夏のものに変わりつつある陽射しが目を刺した。クリームを塗っていないことを思い出す。
中央に噴水のあるこの中庭は赤レンガが敷かれた円形をしていて、昼休みのこの時間帯が一番人が多い。
この分だと学生食堂も混み合っているだろうね、とかいうことを友人に話すと、じゃあ街へ出て食べようということに
なって足を正門に向けたとき、ひとりの人間が目についた。
その人物は正門前に大型バイク(『あの』ハーレーだ!)を停めて、それに寄りかかって誰かを待っているようだった
が、私と目が合うとにっこり笑って、手を振った。
私はそれがあの青年だということに気づくと、一緒の友達にちょっと待ってもらうようお願いをして
彼のもとにかけよる。青年はお辞儀をした。
「よかった、お会いできました。」
「ということは見つかったんですね、頼人さん。」
私はそう彼に呼びかけた。青年は『高天原 頼人(たかまがはら よりと)』という名前で、
天照研究所の幹部のひとりであるらしかった。
今日の彼は革製のがっしりしたライダースーツを着ている。彼自身がどちらかといえば細身なのであまり似合って
いないように見えたが、それでもやはりびしりと決まっているのは、彼のセンスのよさによるものだろう。
何着ても似合うなんてうらやましいなぁ。
「いえ、残念ですが……」
彼は私をバイクのそばによらせると、座席シートの下から引っ張り出したカバンの中からスマートフォンを
取り出して手渡してきた。困惑する私に彼は説明する。
「志野さんの携帯電話ですが、私どもも総力をあげて探しましたが、どうしても見つかりませんでしたので、
代わりといってはなんですが、こちらを差し上げます。」
「え……困りますよ、そんなこと」
「お詫びに、利用にかかる一切の料金は私どもが負担いたしますよ」
「えっ悪いです!」
「どうかご遠慮なさらず、私どもの気持ちです……」
なんだかこれ以上ムリに断るのも悪い気がして、私はおずおずとそれを受け取った。
するとすぐに私はそのスマートフォンが見たことのない型であることに気づく。鈍い銀色の表面に、
細かい彫刻で幾何学的な模様や、サンスクリット、ラテン語、漢字、ヒンドゥー語などがデザイン化されて刻まれているのだ。
「これ、どこのモデルですか?」私はそれを眺めながら訊いた。
「私どものオリジナルモデルですが、大丈夫、一般のものにできるようなことは全てこれにもできますよ。」
「へぇ……」
「圏外無し、電池切れ無し、複数処理にも余裕で対応、自己修復機能に、物理キーボードがお好みなら設定で
画面が盛り上がるようにもできますし、話題のSiriも勝手に組み込みました。」
「え、すご!?」
「最初から入っているアプリも、お守りアプリに、除霊アプリに、擬似月光アプリに、付喪神(本物)育成アプリに、
業チェッカーに……」
「そのへんはいいです。」
「えっ?」
「えっ」
一瞬みょうな間があった。
「……まぁいいです。では、後ほどまたお会いしましょう。」
「はい、忘れずに行きます。」
「お待ちしております。」
「ええ。『君』も、またね。」
言いながら私はバイクに向けて軽く手を振る。するとハーレーはどこか嬉しそうにライトを一瞬だけ点灯させた。
そして頼人はまた丁寧にお辞儀をすると、バイクに跨って(また暴れだすんじゃないかと私はひやひやした)街の方へと
去っていった。
友人達は彼についてきゃあきゃあと私に質問してきたが、私は説明に困り、曖昧な笑顔で返すことしかできなかった。
その日最後の講義が終わると、私は大学を自転車で出て、街へと向かった。
大学から街へと向かう道路は住宅街の中にある。空はまだ明るく、途中通り過ぎた小さな公園では小学生くらいの
子供たちが携帯ゲーム機を持ち寄って遊んでいた。鬼ごっこでもすればいいのに、とかいうことを私は思う。
少しずつ街並みから住宅が減っていき、代わりに小さな個人商店が増えてきて、自動車の盛んに行き交う広めの
道路に出ると、ついにそういった商店も姿を消して、背の高い建物ばかりがこちらを見下ろすようになった。
そしてその道路を天照研究所に向かって進んでいくと、通行止めにぶつかった――私は思い出した。
……あれから4日が経っていた。
砂の巨人が暴れたせいでめちゃくちゃに破壊された道路はいまだ復旧していない。体に引っ掛けた電線は
昨日やっと全てが張り直されたばかりだ。巨人の溶けた右腕が飛び散り火事になったビルは建て直しが必要らしい。
目には見えないが地下の水道もかなりのダメージを受けたようで、今も一部地域では断水が続いている。
これらを全て自分がやってしまったのだと思うと、胸が抉られるような思いがした。
(……あのとき、天照さんたちの指示に従っていれば、ここまでひどくなかったのかな……)
そんな考えが頭をよぎる。少なくとも、最後の攻撃で出た分の被害は避けられたはずなんだ……。
私はいやな考えに脳が支配される予感がして、頭を振り、研究所へと急いだ。
どこかから救急車のサイレンが聞こえる……
大学から街へと向かう道路は住宅街の中にある。空はまだ明るく、途中通り過ぎた小さな公園では小学生くらいの
子供たちが携帯ゲーム機を持ち寄って遊んでいた。鬼ごっこでもすればいいのに、とかいうことを私は思う。
少しずつ街並みから住宅が減っていき、代わりに小さな個人商店が増えてきて、自動車の盛んに行き交う広めの
道路に出ると、ついにそういった商店も姿を消して、背の高い建物ばかりがこちらを見下ろすようになった。
そしてその道路を天照研究所に向かって進んでいくと、通行止めにぶつかった――私は思い出した。
……あれから4日が経っていた。
砂の巨人が暴れたせいでめちゃくちゃに破壊された道路はいまだ復旧していない。体に引っ掛けた電線は
昨日やっと全てが張り直されたばかりだ。巨人の溶けた右腕が飛び散り火事になったビルは建て直しが必要らしい。
目には見えないが地下の水道もかなりのダメージを受けたようで、今も一部地域では断水が続いている。
これらを全て自分がやってしまったのだと思うと、胸が抉られるような思いがした。
(……あのとき、天照さんたちの指示に従っていれば、ここまでひどくなかったのかな……)
そんな考えが頭をよぎる。少なくとも、最後の攻撃で出た分の被害は避けられたはずなんだ……。
私はいやな考えに脳が支配される予感がして、頭を振り、研究所へと急いだ。
どこかから救急車のサイレンが聞こえる……
「ずいぶんお待たせしてしまいましたね。」
4日ぶりに会った天照はかなり疲れているように見えた。微笑みには輝きが欠けていて、
目の下にはファンデーションでもごまかしきれない隈が浮き出ている。その原因が自分にもあることをさとって、
私は申し訳なさで胸がいっぱいになった。
彼女は私を施設内のラウンジのようなところへ案内して適当な席に座らせると、
飲み物をふたつ――「紅茶でよろしいでしょうか?」――自動販売機で買ってきてくれた。
それを受け取った私がお礼を言う間に彼女も私の向かい側に座る。天照はやっと一息つけたようだった。
「……お疲れみたいですね」
気遣って私が言うと、申し訳なさが口調に出たのか、
天照は軽く頭を振って「志野さんのせいではありませんよ」と言った。
「あんまり寝ていないんですか?」
「そんなに疲れた顔してますか?」
私は返答に困り、曖昧に笑った。そんな様子が可笑しかったのか、彼女も小首をかしげて小鳥のように笑う。
「警察の事情聴取に時間をとられているのと、それと後始末が大変でして。」
「警察は、大丈夫なんですか?」
「たとえいくらこの施設から巨人が出て帰っていくのを見たり、砂場に横たわるあの骸骨を見た人がいても、
『科学的に見て』絶対に動くはずのないものを証拠にはできませんから。」
「……なんだか、いいんですか? それって……」
「良心が痛みます?」
私は答えない。
「街への被害も、被害を受けた人のところへ今ごろ匿名で多額の寄付がされているころですから、
志野さんが気にすることはありませんよ。」
天照はそう言うと紅茶を少し口にした。
彼女は私の意見を聞きたいようだったが、私の想いは上手く言葉にならず、グルグルと頭の中で渦巻くだけだった。
そんな私を見て、天照は椅子に座りなおして私にまた微笑みかけてくる。
「それでは、約束通り、なんでもお答えしますよ。」
私は彼女の目を見た。天照の黒曜石のような瞳は深い優しさをたたえていて、覗き込む者に安心感を感じさせる。
私はどうしようもない考えを切り捨てて彼女に訊く。
「……どうして私だったんですか?」
「そのことですが……」
彼女は困ったような顔をした。何かいけないことでも訊いてしまったかと私は不安になるが、
すぐにそんなことはないはずだ、と考えなおした。
「どうにも、納得していただけるかわからないのですが……」
天照は目を落としていた。よほど言いにくいことなのだろうか。
「……志野さんは『予知夢』を信じますか?」
「よちむ、ですか?」
「はい」天照は真剣に頷いた。
「まさか……」少しだけ嫌な予感がする。
「それで見たんです」
「誰が?」
「私が」
「本当ですか?」
「本当です」
「真剣に?」
「真剣に。」
「それを信じろって?」
「お願いします。」
軽く目眩がした。
「まぁとにかく聞いてください。」天照が言った。
「なにをですか」
「私の家系――天照家についてです。」
「はぁ……」
あまりにもバカバカしすぎて怒る気も失せた私はそう気のない返事をかえしたが、彼女はそれでも恭しく頭を下げて
姿勢を正した。
「では、お話しいたします――『天照』は、その起源を日本神話の時期にまで遡ります……まぁ聞いてください……
ざっくばらんに言ってしまえば、天皇家と大元を同じくする、兄弟のような家系とでも申しましょうか……
信じられないみたいですね……まぁお聞きください……
……天皇家の歴史については日本史の教科書でもめくってもらうことにいたしまして、
天照の血は天皇家の血とは異なり、天照大御神から直接に受け継がれたものであります――そう伝えられています――ので、
普通の人間には無い不思議な力(このことがのちに魔学研究の発展に深くかかわるのですが、今はおいておきましょう)を
備えておりました。
初代天照様はその力の恐ろしさを心得ておりましたので、力の存在を隠し、政治の舞台には上がらずに、
その子孫は平安の世には陰陽師として暮らし(あの安倍晴明も実は天照の血筋でございます)そのまま明治の頃まで
この国を魔術的な方面から守護してきたのです……」
「へぇ……」
いつのまにか私は彼女の話にすっかり聴き入ってしまっていた。
「その、『不思議な力』が、予知夢ってことですか?」
「――のひとつですね。実際には他にもありますが……」
「が?」
「……長い年月を経て大分血が薄れてしまいまして、自由に扱えるわけではないんですよ。」
天照は自嘲気味に笑った。
「そうなんですか?」
「ええ……残念ですが。」
彼女はまた視線を落とし、紅茶を飲んだ。
「……明治から先はどうなったんです?」
私は訊いた。天照家の歴史はそのままこの研究所のルーツとなっているらしいことがすでに私には予想できていた。
天照は続きを語り始めた。
「……明治初頭に行われた、近代化学導入に伴う、陰陽道などのオカルト排斥の運動をうけ、
天照家も国家から弾き出されました。しかしその後、天照は英国に本部を置くとある組織に拾われることになります。」
「それは?」
「……『フリーメイソン』です。」
私はびっくりして聞き返した。
「それって……『あの』フリーメイソンですか?」
「はい。」
「FBIと並んでよく陰謀の黒幕にさせられる?」
「映画の中ではそうですね。」
「……本当ですか?」
「この研究所のマークをご覧になりませんでしたか?」
「え?」
私は意味がわからずにまた聞き返した。天照は名刺を取りだして、その右上に印刷されている
天照研究所のシンボルマークを指す。
「これです。」
「あ、これ見たことある!」
思わず興奮した声をあげてしまった。彼女が示したマークには、映画で見たことがあるのとそっくりな、
三角形と目を組合せた絵が描かれていたのだ。
「これは『プロビデンスの目』と言って、フリーメイソンのシンボルです。」
「じゃあ、本当の、本当に?」
「ええ……我々天照研究所は、フリーメイソンの下部組織です。」
天照は名刺をしまった。
なんだか話の壮大さに頭がくらくらしてきた。
「……そしてそのフリーメイソンが19世紀末にはすでに始めていた研究が『科学と魔術の融合』、つまり『魔学』です。」
「な、なるほど……」
「……少し一度に話し過ぎたようですね。」
私の圧倒された様子をどうやら疲れてきたものととらえたらしく、天照は申し訳なさそうにこちらを見た。
慌てて私は手を振り否定する。
「無理はなさらないでください、志野さんは病み上がりなのですから。」
「そ、そういえば! 魔学はすごいですね!」
なぜか焦った私は素っ頓狂な声をあげてしまい、さらにそれをごまかすためにやたら声をはりあげて天照を驚かせてしまった。
「あんなに火傷だらけだった右腕もすぐに治っちゃって!」
私は腕を掲げて見せた。4日前の戦いでウリエルの炎に焼かれた右腕にはもう火傷の痕跡すらない。
これも魔学を用いた治療の成果だった。
「それは……ありがとうございます」
彼女は少し照れくさそうにはにかみ、頭を下げた。そのことだけでも魔学が天照にとって単なる
研究対象ではないことがうかがいしれた。
「でも、どうしてこんなすごい技術を秘密にしているんです?」
何気なく私は訊いた。すると天照はまた目を伏せる。
「……魔学はたしかに素晴らしい技術ですが、諸刃の剣なのですよ……使い方次第で神にも悪魔にもなります。
だから、限られた人々のみが扱うべきなのです。」
天照はそう断言した。私にはそれが正しいのかそうでないのか、それすらも判らないままだった。
4日ぶりに会った天照はかなり疲れているように見えた。微笑みには輝きが欠けていて、
目の下にはファンデーションでもごまかしきれない隈が浮き出ている。その原因が自分にもあることをさとって、
私は申し訳なさで胸がいっぱいになった。
彼女は私を施設内のラウンジのようなところへ案内して適当な席に座らせると、
飲み物をふたつ――「紅茶でよろしいでしょうか?」――自動販売機で買ってきてくれた。
それを受け取った私がお礼を言う間に彼女も私の向かい側に座る。天照はやっと一息つけたようだった。
「……お疲れみたいですね」
気遣って私が言うと、申し訳なさが口調に出たのか、
天照は軽く頭を振って「志野さんのせいではありませんよ」と言った。
「あんまり寝ていないんですか?」
「そんなに疲れた顔してますか?」
私は返答に困り、曖昧に笑った。そんな様子が可笑しかったのか、彼女も小首をかしげて小鳥のように笑う。
「警察の事情聴取に時間をとられているのと、それと後始末が大変でして。」
「警察は、大丈夫なんですか?」
「たとえいくらこの施設から巨人が出て帰っていくのを見たり、砂場に横たわるあの骸骨を見た人がいても、
『科学的に見て』絶対に動くはずのないものを証拠にはできませんから。」
「……なんだか、いいんですか? それって……」
「良心が痛みます?」
私は答えない。
「街への被害も、被害を受けた人のところへ今ごろ匿名で多額の寄付がされているころですから、
志野さんが気にすることはありませんよ。」
天照はそう言うと紅茶を少し口にした。
彼女は私の意見を聞きたいようだったが、私の想いは上手く言葉にならず、グルグルと頭の中で渦巻くだけだった。
そんな私を見て、天照は椅子に座りなおして私にまた微笑みかけてくる。
「それでは、約束通り、なんでもお答えしますよ。」
私は彼女の目を見た。天照の黒曜石のような瞳は深い優しさをたたえていて、覗き込む者に安心感を感じさせる。
私はどうしようもない考えを切り捨てて彼女に訊く。
「……どうして私だったんですか?」
「そのことですが……」
彼女は困ったような顔をした。何かいけないことでも訊いてしまったかと私は不安になるが、
すぐにそんなことはないはずだ、と考えなおした。
「どうにも、納得していただけるかわからないのですが……」
天照は目を落としていた。よほど言いにくいことなのだろうか。
「……志野さんは『予知夢』を信じますか?」
「よちむ、ですか?」
「はい」天照は真剣に頷いた。
「まさか……」少しだけ嫌な予感がする。
「それで見たんです」
「誰が?」
「私が」
「本当ですか?」
「本当です」
「真剣に?」
「真剣に。」
「それを信じろって?」
「お願いします。」
軽く目眩がした。
「まぁとにかく聞いてください。」天照が言った。
「なにをですか」
「私の家系――天照家についてです。」
「はぁ……」
あまりにもバカバカしすぎて怒る気も失せた私はそう気のない返事をかえしたが、彼女はそれでも恭しく頭を下げて
姿勢を正した。
「では、お話しいたします――『天照』は、その起源を日本神話の時期にまで遡ります……まぁ聞いてください……
ざっくばらんに言ってしまえば、天皇家と大元を同じくする、兄弟のような家系とでも申しましょうか……
信じられないみたいですね……まぁお聞きください……
……天皇家の歴史については日本史の教科書でもめくってもらうことにいたしまして、
天照の血は天皇家の血とは異なり、天照大御神から直接に受け継がれたものであります――そう伝えられています――ので、
普通の人間には無い不思議な力(このことがのちに魔学研究の発展に深くかかわるのですが、今はおいておきましょう)を
備えておりました。
初代天照様はその力の恐ろしさを心得ておりましたので、力の存在を隠し、政治の舞台には上がらずに、
その子孫は平安の世には陰陽師として暮らし(あの安倍晴明も実は天照の血筋でございます)そのまま明治の頃まで
この国を魔術的な方面から守護してきたのです……」
「へぇ……」
いつのまにか私は彼女の話にすっかり聴き入ってしまっていた。
「その、『不思議な力』が、予知夢ってことですか?」
「――のひとつですね。実際には他にもありますが……」
「が?」
「……長い年月を経て大分血が薄れてしまいまして、自由に扱えるわけではないんですよ。」
天照は自嘲気味に笑った。
「そうなんですか?」
「ええ……残念ですが。」
彼女はまた視線を落とし、紅茶を飲んだ。
「……明治から先はどうなったんです?」
私は訊いた。天照家の歴史はそのままこの研究所のルーツとなっているらしいことがすでに私には予想できていた。
天照は続きを語り始めた。
「……明治初頭に行われた、近代化学導入に伴う、陰陽道などのオカルト排斥の運動をうけ、
天照家も国家から弾き出されました。しかしその後、天照は英国に本部を置くとある組織に拾われることになります。」
「それは?」
「……『フリーメイソン』です。」
私はびっくりして聞き返した。
「それって……『あの』フリーメイソンですか?」
「はい。」
「FBIと並んでよく陰謀の黒幕にさせられる?」
「映画の中ではそうですね。」
「……本当ですか?」
「この研究所のマークをご覧になりませんでしたか?」
「え?」
私は意味がわからずにまた聞き返した。天照は名刺を取りだして、その右上に印刷されている
天照研究所のシンボルマークを指す。
「これです。」
「あ、これ見たことある!」
思わず興奮した声をあげてしまった。彼女が示したマークには、映画で見たことがあるのとそっくりな、
三角形と目を組合せた絵が描かれていたのだ。
「これは『プロビデンスの目』と言って、フリーメイソンのシンボルです。」
「じゃあ、本当の、本当に?」
「ええ……我々天照研究所は、フリーメイソンの下部組織です。」
天照は名刺をしまった。
なんだか話の壮大さに頭がくらくらしてきた。
「……そしてそのフリーメイソンが19世紀末にはすでに始めていた研究が『科学と魔術の融合』、つまり『魔学』です。」
「な、なるほど……」
「……少し一度に話し過ぎたようですね。」
私の圧倒された様子をどうやら疲れてきたものととらえたらしく、天照は申し訳なさそうにこちらを見た。
慌てて私は手を振り否定する。
「無理はなさらないでください、志野さんは病み上がりなのですから。」
「そ、そういえば! 魔学はすごいですね!」
なぜか焦った私は素っ頓狂な声をあげてしまい、さらにそれをごまかすためにやたら声をはりあげて天照を驚かせてしまった。
「あんなに火傷だらけだった右腕もすぐに治っちゃって!」
私は腕を掲げて見せた。4日前の戦いでウリエルの炎に焼かれた右腕にはもう火傷の痕跡すらない。
これも魔学を用いた治療の成果だった。
「それは……ありがとうございます」
彼女は少し照れくさそうにはにかみ、頭を下げた。そのことだけでも魔学が天照にとって単なる
研究対象ではないことがうかがいしれた。
「でも、どうしてこんなすごい技術を秘密にしているんです?」
何気なく私は訊いた。すると天照はまた目を伏せる。
「……魔学はたしかに素晴らしい技術ですが、諸刃の剣なのですよ……使い方次第で神にも悪魔にもなります。
だから、限られた人々のみが扱うべきなのです。」
天照はそう断言した。私にはそれが正しいのかそうでないのか、それすらも判らないままだった。
その後も私と天照は少し話したが、話が『×』や、あの巨人『シンブレイカー』のことに及ぶ前に天照の予定の時間が
来てしまったために、また続きは後日ということにして別れることになった。
その分かれ際に天照は私に言った。
「志野さん、あなたの戦いはまだ終わっていません。」
その言葉に私は施設の玄関口で振り向いて、頷いた。
「……また『×』が来るんですね。」
「驚きませんか」
「なんとなく、そんな気がしてました。」
私は笑ってみせる。これは本当のことで、きっと『×』とはこの先も戦い続けることになるだろうと、
また『シンブレイカー』に乗ることになるだろうということは、最初の断頭台を倒したときから感じていた。
それがどうしてかは分からないが、考えていても仕方がないと割り切って、もうすっかり忘れてさえいた。
「戦いますよ、私は。」
天照の不安げな表情を打ち消すために私はそう言ったが、ふ、といつもの微笑の前に一瞬見せた彼女の顔は
とても悲しげで、そのことが私には意外だった。
「……では、気をつけてお帰りください。」
天照は私から顔を背けるように立ち去った。私はしばらく動けなかった。
来てしまったために、また続きは後日ということにして別れることになった。
その分かれ際に天照は私に言った。
「志野さん、あなたの戦いはまだ終わっていません。」
その言葉に私は施設の玄関口で振り向いて、頷いた。
「……また『×』が来るんですね。」
「驚きませんか」
「なんとなく、そんな気がしてました。」
私は笑ってみせる。これは本当のことで、きっと『×』とはこの先も戦い続けることになるだろうと、
また『シンブレイカー』に乗ることになるだろうということは、最初の断頭台を倒したときから感じていた。
それがどうしてかは分からないが、考えていても仕方がないと割り切って、もうすっかり忘れてさえいた。
「戦いますよ、私は。」
天照の不安げな表情を打ち消すために私はそう言ったが、ふ、といつもの微笑の前に一瞬見せた彼女の顔は
とても悲しげで、そのことが私には意外だった。
「……では、気をつけてお帰りください。」
天照は私から顔を背けるように立ち去った。私はしばらく動けなかった。
太陽も女木戸ヶ丘の果てに落ち、宵闇がすっかり女木戸市をのみ込んだころ、市内のファーストフード店で食事と
大学の課題を済ませた私は、町外れの自宅へと向かう道を自転車で走っていた。
女木戸市の西の辺りは農家が多く、空から見ると四方に広がる畑の中を一本のアスファルトの線が引かれているような
感じになっている。このあたり、最近賑わっているとはいえ女木戸市もまだまだ田舎くさい。
道路にも街灯はまばらで、路面に落ちるひとつの灯りと灯りの間には数メートルもの暗闇が横たわっている。
さらに人けも無くよく不審者が出るので、それがますます夜間にこの道を利用する人を少なくした。おそらく
こんな時間にここを通る女子大生なんて私くらいのものだろう――だって、こっちを通ったほうが近いんだもん。
その半ば、視界の邪魔になるほど大きな貸し看板の影に、これまた寂しげな雰囲気を漂わせた自販機コーナーが
唐突に現れる。私はここで自転車を停めた。
砂利の上に3台並んだ自動販売機からペプシネックスの缶を一本買い、飲みながら停めた自転車に跨って、
少しぼんやりとした。
自販機コーナーは道路を挟んで小さな、砂利の敷かれた駐車場まであって、よくそこにはホテル代をケチった
頭の悪いカップルの車が停まっていたりするが、今日は1台もそういった姿は見えない。おかげで見晴らしがよかった。
私は自販機コーナーから道路を挟んで、駐車場の向こうに広がる夜景を眺める。
この畑の真ん中であるこの場所から見る女木戸市の夜景が私は好きだった。この場所からは遠くにある女木戸市の
中心部がまるでパノラマ写真のように見えるのだ。私は小学生のころにこの場所を見つけてからはよく
夜中に家をこっそり抜け出してここに来て、女木戸市がまだなんの変哲もない田舎街だったころから、
そこからタケノコのようににょきにょきと背の高いビルが生えてきて今のようなちょっとした都市になるまでを
ずっと見てきたのだった。
(あとはこれさえ無ければなぁ……)
私は恨めしげに貸し看板の裏側を見上げた。自販機コーナーを道路から隠すように立てられたこれのおかげで
パノラマは狭まってしまっていたのだった。おまけにその裏側にはこのあたりの不良たちがスプレーで描いた
下品な落書きもある。
……ふと、何かその看板がみょうなことに気づいた。いや看板自体には何も無いのだが、
看板の上に誰かが立っている――!?
黒い人影が跳躍し、何か長い刃物を月光に煌めかせて襲いかかってきた。私はとっさに自転車から離れ、
頭を低くして前方に跳んだ。地面の砂利が転がる私の身体を痛めつけて、小さく悲鳴をあげる。
涙が浮かんだ目でその突然の襲撃者を見ると滲んだ視界の向こうに、真っ二つにされた自転車の前に佇む、
自動販売機からの明かりで照らされたその人物が見えた。
奇妙で、異様な人物だった。
白くて長いマフラーを首元に巻き、日本刀のような長い刃物を携え、ニッカボッカにも似たゆったりとした
ズボンを履いている。刀の鞘を背負った上半身は何か機械のような生き物のような外観のピッチリとしたスーツを
着ていて、まるで人体模型のようだ。右腕には何か独特な形状の機械(それは研究所にあった魔学の機械にそっくり
だった!)をつけている。
こちらを振り向いた顔は無機質なデザインのマスクにで隠されていたが、その中心に刻まれているのが、
あの目と三角形の、研究所のマークであることに私はなによりも驚いた。
「誰!?」
言ってから、私はその人物を見たのが初めてではないことを思い出した。そうだ、あのとき私を『×』の攻撃から
庇ってくれた……
「忍者……?」
呆然とする私に忍者は刀を突きつけ、近づいてくる。私は立ち上がろうとしたが全身の痛みに崩れ落ちた。
忍者は無感情に私のそばに立つ。刀を振り上げた――!
死を直感するのとほぼ同時に私のポケットの中で小さな電子音がする。私がその音に気づいたときには、
どういうわけか忍者は勢いよく吹き飛ばされて、自販機に叩きつけられていた。
自販機のガラスにヒビが入り、正面の外装がヘコむ。忍者は足をふんばり、なんとか地面に倒れこむのだけは
避けたようだった。
目の前に次々と展開していく光景に私は頭が追いつかず、痺れたままの脳でポケットのスマートフォンを取り出して
画面を見た。そこには『お守りアプリ【バリア】起動中』とあった。それで私はこのバリアのおかげで
助かったのだと知った。
私はそのスマートフォンを忍者のほうに突きだしながら叫ぶ。
「なに!?」
忍者は立ち上がっていた。彼は仮面をつけたままこちらを見すえ、刀をかまえる。
逃げようと思ったが、腰が抜けたらしい。立てない。
またバリアが守ってくれるくれるだろうか? そう自問する前に忍者はすでに私の目の前に迫って
――また吹き飛ばされた。
しかし今度はバリアじゃない。大きな機械が忍者の横っ腹に突進してきたのだ。
私はそれがあげる唸り声を知っている。
《ガオオオオオッ!!》
「頼人さん!」
忍者を再び自販機に直撃させたのは、高天原頼人が駆るあのハーレーだった。頼人はハーレーを忍者に
ぶつけると同時に空中に跳び、私の前に着地する。ハーレーは忍者を牽制するようにさらに頼人の前に立ちはだかり、
威嚇するようにライトをチカチカとさせていた。
「『カオスマン』ッ!!」
頼人は私の言葉が耳に入らない様子で忍者を怒鳴った。カオスマンは再び立ち上がったが、
刀をかまえはしていなかった。
「あなたの刃はこんなことのために振るわれるものじゃないはずだっ!」
頼人はまた怒鳴る。
カオスマンはまた戦闘態勢になった。頼人は袖をまくって腕を覆う機械をむき出しにし、
手のひらをカオスマンに向ける。
「使わせないで……!」
懇願するような響きだった。
カオスマンはしばし考えた様子を見せた後、刀を納める――と同時に、不意をついて何かを放った。
それは紙片のようで、バイクと頼人の横をすり抜け、私の目の前の地面に突き刺さる。
それだけするとカオスマンはこちらに背を向け、夜空にジャンプして姿を消した。
「御怪我はありませんか?」
頼人も機械を袖の中に納め、こちらを向いた。その額には汗が浮いていて、先ほどまでの緊張感がどれほど
だったのかを物語っている。
「あれは……いったい?」
「あれは『カオスマン』……秩序から外れた者です。」
頼人はそう言って手を差し伸べてきた。私は受取り、立ち上がる。
「前にも見ました……あれも、あなた達の仲間なんですか」
そう問うと、頼人は言いづらそうに「……はい。」
「説明してください! 私、殺され――」
口に出してはっとした。
そうだ、私は殺されかけたのだ。頼人とバイクが駆けつけてくれなかったら、今ごろ……
私は真っ二つにされ、地面に転がされたままの自転車を見た。ぞっとした。
「彼に関しては説得します。安心してください。」
「そんなことっ! せめて、なぜかを教えて!」
「……彼は、あなたがシンブレイカーに乗るのに反対しているんです。」
かっと頭の奥が熱くなった。
「そんな理由で!? ふざけっ!」
怒りに任せて足元の小石を蹴る。それは転がって、さっきカオスマンが投げた紙片にぶつかった。
頼人がその存在に気づき、近づいて拾い上げる。顔色が変わった。
私はそれに気づいて、頼人に飛びつく。彼は一瞬抵抗したが、すぐにそれを見せてくれた。
それは写真だった。私は頭をガンと殴られたような感じがした。
「この写真……!」
それは記念写真のようだった。山の上だろうか、どこかの街を一望できるほどに高く見晴らしのいい場所で、
ひとりの女性がバイクに寄りかかって笑顔でピースサインをキメている。
バイクには見覚えがあった。それは大型のハーレーで、今も私たちを守るために周囲を警戒してくれている、
このバイクに間違いない。
女性の方にも見覚えがある。しかし、これは――
大学の課題を済ませた私は、町外れの自宅へと向かう道を自転車で走っていた。
女木戸市の西の辺りは農家が多く、空から見ると四方に広がる畑の中を一本のアスファルトの線が引かれているような
感じになっている。このあたり、最近賑わっているとはいえ女木戸市もまだまだ田舎くさい。
道路にも街灯はまばらで、路面に落ちるひとつの灯りと灯りの間には数メートルもの暗闇が横たわっている。
さらに人けも無くよく不審者が出るので、それがますます夜間にこの道を利用する人を少なくした。おそらく
こんな時間にここを通る女子大生なんて私くらいのものだろう――だって、こっちを通ったほうが近いんだもん。
その半ば、視界の邪魔になるほど大きな貸し看板の影に、これまた寂しげな雰囲気を漂わせた自販機コーナーが
唐突に現れる。私はここで自転車を停めた。
砂利の上に3台並んだ自動販売機からペプシネックスの缶を一本買い、飲みながら停めた自転車に跨って、
少しぼんやりとした。
自販機コーナーは道路を挟んで小さな、砂利の敷かれた駐車場まであって、よくそこにはホテル代をケチった
頭の悪いカップルの車が停まっていたりするが、今日は1台もそういった姿は見えない。おかげで見晴らしがよかった。
私は自販機コーナーから道路を挟んで、駐車場の向こうに広がる夜景を眺める。
この畑の真ん中であるこの場所から見る女木戸市の夜景が私は好きだった。この場所からは遠くにある女木戸市の
中心部がまるでパノラマ写真のように見えるのだ。私は小学生のころにこの場所を見つけてからはよく
夜中に家をこっそり抜け出してここに来て、女木戸市がまだなんの変哲もない田舎街だったころから、
そこからタケノコのようににょきにょきと背の高いビルが生えてきて今のようなちょっとした都市になるまでを
ずっと見てきたのだった。
(あとはこれさえ無ければなぁ……)
私は恨めしげに貸し看板の裏側を見上げた。自販機コーナーを道路から隠すように立てられたこれのおかげで
パノラマは狭まってしまっていたのだった。おまけにその裏側にはこのあたりの不良たちがスプレーで描いた
下品な落書きもある。
……ふと、何かその看板がみょうなことに気づいた。いや看板自体には何も無いのだが、
看板の上に誰かが立っている――!?
黒い人影が跳躍し、何か長い刃物を月光に煌めかせて襲いかかってきた。私はとっさに自転車から離れ、
頭を低くして前方に跳んだ。地面の砂利が転がる私の身体を痛めつけて、小さく悲鳴をあげる。
涙が浮かんだ目でその突然の襲撃者を見ると滲んだ視界の向こうに、真っ二つにされた自転車の前に佇む、
自動販売機からの明かりで照らされたその人物が見えた。
奇妙で、異様な人物だった。
白くて長いマフラーを首元に巻き、日本刀のような長い刃物を携え、ニッカボッカにも似たゆったりとした
ズボンを履いている。刀の鞘を背負った上半身は何か機械のような生き物のような外観のピッチリとしたスーツを
着ていて、まるで人体模型のようだ。右腕には何か独特な形状の機械(それは研究所にあった魔学の機械にそっくり
だった!)をつけている。
こちらを振り向いた顔は無機質なデザインのマスクにで隠されていたが、その中心に刻まれているのが、
あの目と三角形の、研究所のマークであることに私はなによりも驚いた。
「誰!?」
言ってから、私はその人物を見たのが初めてではないことを思い出した。そうだ、あのとき私を『×』の攻撃から
庇ってくれた……
「忍者……?」
呆然とする私に忍者は刀を突きつけ、近づいてくる。私は立ち上がろうとしたが全身の痛みに崩れ落ちた。
忍者は無感情に私のそばに立つ。刀を振り上げた――!
死を直感するのとほぼ同時に私のポケットの中で小さな電子音がする。私がその音に気づいたときには、
どういうわけか忍者は勢いよく吹き飛ばされて、自販機に叩きつけられていた。
自販機のガラスにヒビが入り、正面の外装がヘコむ。忍者は足をふんばり、なんとか地面に倒れこむのだけは
避けたようだった。
目の前に次々と展開していく光景に私は頭が追いつかず、痺れたままの脳でポケットのスマートフォンを取り出して
画面を見た。そこには『お守りアプリ【バリア】起動中』とあった。それで私はこのバリアのおかげで
助かったのだと知った。
私はそのスマートフォンを忍者のほうに突きだしながら叫ぶ。
「なに!?」
忍者は立ち上がっていた。彼は仮面をつけたままこちらを見すえ、刀をかまえる。
逃げようと思ったが、腰が抜けたらしい。立てない。
またバリアが守ってくれるくれるだろうか? そう自問する前に忍者はすでに私の目の前に迫って
――また吹き飛ばされた。
しかし今度はバリアじゃない。大きな機械が忍者の横っ腹に突進してきたのだ。
私はそれがあげる唸り声を知っている。
《ガオオオオオッ!!》
「頼人さん!」
忍者を再び自販機に直撃させたのは、高天原頼人が駆るあのハーレーだった。頼人はハーレーを忍者に
ぶつけると同時に空中に跳び、私の前に着地する。ハーレーは忍者を牽制するようにさらに頼人の前に立ちはだかり、
威嚇するようにライトをチカチカとさせていた。
「『カオスマン』ッ!!」
頼人は私の言葉が耳に入らない様子で忍者を怒鳴った。カオスマンは再び立ち上がったが、
刀をかまえはしていなかった。
「あなたの刃はこんなことのために振るわれるものじゃないはずだっ!」
頼人はまた怒鳴る。
カオスマンはまた戦闘態勢になった。頼人は袖をまくって腕を覆う機械をむき出しにし、
手のひらをカオスマンに向ける。
「使わせないで……!」
懇願するような響きだった。
カオスマンはしばし考えた様子を見せた後、刀を納める――と同時に、不意をついて何かを放った。
それは紙片のようで、バイクと頼人の横をすり抜け、私の目の前の地面に突き刺さる。
それだけするとカオスマンはこちらに背を向け、夜空にジャンプして姿を消した。
「御怪我はありませんか?」
頼人も機械を袖の中に納め、こちらを向いた。その額には汗が浮いていて、先ほどまでの緊張感がどれほど
だったのかを物語っている。
「あれは……いったい?」
「あれは『カオスマン』……秩序から外れた者です。」
頼人はそう言って手を差し伸べてきた。私は受取り、立ち上がる。
「前にも見ました……あれも、あなた達の仲間なんですか」
そう問うと、頼人は言いづらそうに「……はい。」
「説明してください! 私、殺され――」
口に出してはっとした。
そうだ、私は殺されかけたのだ。頼人とバイクが駆けつけてくれなかったら、今ごろ……
私は真っ二つにされ、地面に転がされたままの自転車を見た。ぞっとした。
「彼に関しては説得します。安心してください。」
「そんなことっ! せめて、なぜかを教えて!」
「……彼は、あなたがシンブレイカーに乗るのに反対しているんです。」
かっと頭の奥が熱くなった。
「そんな理由で!? ふざけっ!」
怒りに任せて足元の小石を蹴る。それは転がって、さっきカオスマンが投げた紙片にぶつかった。
頼人がその存在に気づき、近づいて拾い上げる。顔色が変わった。
私はそれに気づいて、頼人に飛びつく。彼は一瞬抵抗したが、すぐにそれを見せてくれた。
それは写真だった。私は頭をガンと殴られたような感じがした。
「この写真……!」
それは記念写真のようだった。山の上だろうか、どこかの街を一望できるほどに高く見晴らしのいい場所で、
ひとりの女性がバイクに寄りかかって笑顔でピースサインをキメている。
バイクには見覚えがあった。それは大型のハーレーで、今も私たちを守るために周囲を警戒してくれている、
このバイクに間違いない。
女性の方にも見覚えがある。しかし、これは――
「――私……!?」
それは志野真実がバイクに寄りかかって笑っている写真だった。