翌日。
私は自宅のベッドで目覚めると、リビングへと出た。朝の陽光が窓から差し込むリビングには
朝食のみそ汁の匂いが漂っていて、それを嗅ぐと、寝ぼけていた頭がようやくはっきりしだす。
「おはよう、お母さん」
台所に立つ母は焼いた鮭を皿に盛りつけているところだったが、ちゃんとこっちを見て返事をしてくれた。
テレビからは朝のニュースが垂れ流されている。いつもなら父がすでに朝食をとりながらそれを横目で眺めている
はずなのだが、彼は今出張中で、明日まで帰らない。
だからテーブルの上に置かれた朝刊も綺麗に畳まれたままで、しかも手にとるのに父が先に読み終わるのを待つ必要も
なかった。
いつもならまずは軽くざっとテレビ欄を眺めたあと4コマ漫画をチラ見して、あとは芸能とコラムを少し読むだけ
なのだが、今日は一面の記事が目をひいた。
そこにはシンブレイカーの写真があったのだ。
(【巨人、再び女木戸市に現る】……)
見出しはそんなフレーズだった。
詳しく記事に目を通す。
私は自宅のベッドで目覚めると、リビングへと出た。朝の陽光が窓から差し込むリビングには
朝食のみそ汁の匂いが漂っていて、それを嗅ぐと、寝ぼけていた頭がようやくはっきりしだす。
「おはよう、お母さん」
台所に立つ母は焼いた鮭を皿に盛りつけているところだったが、ちゃんとこっちを見て返事をしてくれた。
テレビからは朝のニュースが垂れ流されている。いつもなら父がすでに朝食をとりながらそれを横目で眺めている
はずなのだが、彼は今出張中で、明日まで帰らない。
だからテーブルの上に置かれた朝刊も綺麗に畳まれたままで、しかも手にとるのに父が先に読み終わるのを待つ必要も
なかった。
いつもならまずは軽くざっとテレビ欄を眺めたあと4コマ漫画をチラ見して、あとは芸能とコラムを少し読むだけ
なのだが、今日は一面の記事が目をひいた。
そこにはシンブレイカーの写真があったのだ。
(【巨人、再び女木戸市に現る】……)
見出しはそんなフレーズだった。
詳しく記事に目を通す。
『××日正午、××県女木戸市内に突然現れた巨人は市街中心部から女木戸ヶ丘へ移動、数分後再び市街地へ戻り、
天照研究所の施設内へと消えた。警察は研究所代表へ対して事情聴取をする予定。
この巨人は×○日午後にも女木戸市に出現し、建物や道路等の公共物を損壊した後、研究所内へ消えていったという
ことが確認されている。この被害の復旧作業は未だ完了していない。
また同時刻その場に居合わせた市民の多くが突然昏睡状態に陥る等の事案も発生しており、
警察は医学的見地から原因を探るとともに巨人の出現との因果関係も天照研究所に追及する予定。
同時に近隣住民からは荒唐無稽ともいえるものも含む様々な証言があがっており、警察はデマや欺瞞情報に注意するよう
呼びかけている。(中村了悟記者)(2面に関連記事)』
天照研究所の施設内へと消えた。警察は研究所代表へ対して事情聴取をする予定。
この巨人は×○日午後にも女木戸市に出現し、建物や道路等の公共物を損壊した後、研究所内へ消えていったという
ことが確認されている。この被害の復旧作業は未だ完了していない。
また同時刻その場に居合わせた市民の多くが突然昏睡状態に陥る等の事案も発生しており、
警察は医学的見地から原因を探るとともに巨人の出現との因果関係も天照研究所に追及する予定。
同時に近隣住民からは荒唐無稽ともいえるものも含む様々な証言があがっており、警察はデマや欺瞞情報に注意するよう
呼びかけている。(中村了悟記者)(2面に関連記事)』
ずんと気分が重くなった。やむを得なかったとはいえ、シンブレイカーで街に与えた損害が決して軽いものではない
という事実がやはり胸に突き刺さる。
この記事では『×』に関することは書かれていないが、それは『×』は精神体であり、物理的な身体を持たないために
肉眼では見ることができるが、通常のカメラなどでは捉えることが困難だからだそうだ。頼人の説明によると、
浮遊霊などはそこらへんにいくらでもいるのに、多くの場合写真に映らないということと同じ理屈らしい。
だから何も知らない人が新聞記事やニュースだけを見たなら、ただ巨人がひとりで暴れただけのように見える
のだそうだ。
……くやしいな、それって。
「アンタも気をつけなさいよ」
母親に声をかけられて顔をあげた。
朝食の皿が目の前に置かれる。光を反射して輝く焼き鮭と、茶碗1杯の白いご飯。カブの入った味噌汁に、
ちょっぴりのきゅうりの漬物。オマケの味付け海苔。
「見たことある? その変なの」
『中で操縦してました』とはさすがに言えるはずもない。私は遠目にだけ、と答えた。
「怖いよね、踏み潰されたらどうしよう」
彼女の表情は冗談を言うときのそれではなかった。私はあいまいに笑いかえす。
「でもケガ人は今のところ出てないらしいよ、不思議」
適当に相槌をうちながら朝食に手をつける。焼鮭は少し塩がキツめだが、それがかえってご飯が減るのを早めた。
こりこりした漬物もときどきかじりながら味噌汁をのどに流し込む。
「最近変な人もよく見るしね。防犯ベル持ち歩いてる?」
「大丈夫、私は平気だよ」
「ならいいけど」
そう言い残して母は、洗濯ものでも干しにいくのか、リビングを出ていった。
私は朝食を食べ終えると、化粧や服を整え、リュックを背負い、玄関を出た。
天照たちに会うのは、日中はお互いにいろいろと予定があるので、夜の予定になっている。
そのため今日はまずいつも通りに大学に行くのだが、今日は2時限めからなので余裕があった。
自転車には乗らず、歩いていくことにした。
ポケットから例のスマートフォンを抜き出し、イヤホンを挿す。無限バッテリーのおかげで音楽が
いくらでも聴けるのが嬉しい、ウォークマンを持ち歩く必要がなくなった。
選んだアーティストはスガシカオ。
という事実がやはり胸に突き刺さる。
この記事では『×』に関することは書かれていないが、それは『×』は精神体であり、物理的な身体を持たないために
肉眼では見ることができるが、通常のカメラなどでは捉えることが困難だからだそうだ。頼人の説明によると、
浮遊霊などはそこらへんにいくらでもいるのに、多くの場合写真に映らないということと同じ理屈らしい。
だから何も知らない人が新聞記事やニュースだけを見たなら、ただ巨人がひとりで暴れただけのように見える
のだそうだ。
……くやしいな、それって。
「アンタも気をつけなさいよ」
母親に声をかけられて顔をあげた。
朝食の皿が目の前に置かれる。光を反射して輝く焼き鮭と、茶碗1杯の白いご飯。カブの入った味噌汁に、
ちょっぴりのきゅうりの漬物。オマケの味付け海苔。
「見たことある? その変なの」
『中で操縦してました』とはさすがに言えるはずもない。私は遠目にだけ、と答えた。
「怖いよね、踏み潰されたらどうしよう」
彼女の表情は冗談を言うときのそれではなかった。私はあいまいに笑いかえす。
「でもケガ人は今のところ出てないらしいよ、不思議」
適当に相槌をうちながら朝食に手をつける。焼鮭は少し塩がキツめだが、それがかえってご飯が減るのを早めた。
こりこりした漬物もときどきかじりながら味噌汁をのどに流し込む。
「最近変な人もよく見るしね。防犯ベル持ち歩いてる?」
「大丈夫、私は平気だよ」
「ならいいけど」
そう言い残して母は、洗濯ものでも干しにいくのか、リビングを出ていった。
私は朝食を食べ終えると、化粧や服を整え、リュックを背負い、玄関を出た。
天照たちに会うのは、日中はお互いにいろいろと予定があるので、夜の予定になっている。
そのため今日はまずいつも通りに大学に行くのだが、今日は2時限めからなので余裕があった。
自転車には乗らず、歩いていくことにした。
ポケットから例のスマートフォンを抜き出し、イヤホンを挿す。無限バッテリーのおかげで音楽が
いくらでも聴けるのが嬉しい、ウォークマンを持ち歩く必要がなくなった。
選んだアーティストはスガシカオ。
大学に着いて、いつものメンバーを見つけた私は、彼女らが皆沈んだ表情でいるのと、そのあとに告げられた言葉に
衝撃を受けた。
「昨日、ユイが入院したって、聞いてない?」
彼女らのひとりが意外そうに言った。
「LINEで教えたはずだけど」
急いで確認する。たしかに私宛のメッセージがあった。
「ウソ、でも何で……?」
予想はついていたのに、気づかないフリをした。
一昨日――切腹の『×』と戦ったさらに前日、教室で会ったとき――までは元気だった人が入院するなんて、
ひとつしかないじゃないか。
「あの巨人、知ってるでしょ」
「でも……テレビじゃケガ人はいないって」
「巨人自体じゃなくて、そのときの、なんかバタバタ人が倒れるやつ。それに巻き込まれたって、
ユイのママが言ってた」
(『×』にやられたんだ……!)
彼女たちに見えない影で拳に力をこめる。
いくら天照研究所の人たちでも、完全に被害をゼロにできるわけじゃなかったんだ。
……当然かもしれない。いくら魔学が凄い技術でも、それを扱うのは人間なんだ。不可能なこともあって当たり前だ。
いや、もしかしたら彼らは悪くなくて、直接の原因は私がもたついたせいかもしれない。
もっとはやく『×』を人けの無いところまでおびき寄せていれば……。
「……シノ、大丈夫? すごい顔してるけど」
言われてはっとした。知らないうちにずいぶんと険しい顔をしていたらしい。あわてて「なんでもない」
と笑ってみせる。
「そう? で、それで話してたんだけど、この講義終わったらお見舞い行こ? みんなで」
衝撃を受けた。
「昨日、ユイが入院したって、聞いてない?」
彼女らのひとりが意外そうに言った。
「LINEで教えたはずだけど」
急いで確認する。たしかに私宛のメッセージがあった。
「ウソ、でも何で……?」
予想はついていたのに、気づかないフリをした。
一昨日――切腹の『×』と戦ったさらに前日、教室で会ったとき――までは元気だった人が入院するなんて、
ひとつしかないじゃないか。
「あの巨人、知ってるでしょ」
「でも……テレビじゃケガ人はいないって」
「巨人自体じゃなくて、そのときの、なんかバタバタ人が倒れるやつ。それに巻き込まれたって、
ユイのママが言ってた」
(『×』にやられたんだ……!)
彼女たちに見えない影で拳に力をこめる。
いくら天照研究所の人たちでも、完全に被害をゼロにできるわけじゃなかったんだ。
……当然かもしれない。いくら魔学が凄い技術でも、それを扱うのは人間なんだ。不可能なこともあって当たり前だ。
いや、もしかしたら彼らは悪くなくて、直接の原因は私がもたついたせいかもしれない。
もっとはやく『×』を人けの無いところまでおびき寄せていれば……。
「……シノ、大丈夫? すごい顔してるけど」
言われてはっとした。知らないうちにずいぶんと険しい顔をしていたらしい。あわてて「なんでもない」
と笑ってみせる。
「そう? で、それで話してたんだけど、この講義終わったらお見舞い行こ? みんなで」
ユイが入院しているのは、やはりと言うべきか、天照病院だった。
思えば、この一連の摩訶不思議な出来事のそもそもの始まりはこの場所で目覚めたことからだったなぁ、
とみょうな実感が湧いてくる。
シンブレイカー、『×』、魔学、天照研究所……体感していなければとても信じられない事件ばかりだ。
ふと、気にかかる。
そういえば、そもそも自分は貧血で倒れて、ここに運び込まれたんだったよな……?
(でもそれにしては……なんだか……)
「シノ、行くよー」
友達のひとりに呼ばれ、私は思考を切り上げた。ユイの病室は2階の大病室らしい。案内を聞いた友人について行く。
見覚えのある廊下の途中の扉で、私と友人たちは足を止めた。
表札を確認する。
「ここだよ、『岡本結衣』ってある」
静かにノックをして扉を開けた。
病室には6つのベッドが半分ずつ左右に配置されていて、そのどれもが埋まっているようだった。
皆カーテンが閉められている。静かな部屋だ。
ユイのベッドは一番手前、右側のものらしい。ひとりがカーテンを少しだけまくった。
「ユイ、大丈夫?」
小声で彼女が呼びかけたが返事は無い。しかし彼女は頷いてカーテンを大きく開いた。
私は小さく息をのむ。
ベッドに横たわっているのは間違いなく私の友達……岡本結衣だ。ショートボブのよく似合う、綺麗で白い肌の、
おとなしめで、頭の良い子だ。少なくともおととい見かけたときはそうだった子だ。
だが今の彼女は――
(人形かと思った……)
半分だけ持ち上げられた目蓋の下の瞳は
ぼんやりと虚空を見つめていて、どこか別の世界を見ているようだ。血色は悪く、もともと白い肌だったのが今や蒼白。
襟元から覗く肩と首、そして頬の肉もごっそりと減っているように見えた。かすかに聞こえる呼吸の音と、
唇の端がほんの少しだけ釣り上がって笑顔になるのが見えなければ、死体かと思われても仕方ないだろう。
……これが頼人の言っていた、『心が壊された人』なのだろうか。
周りの彼女たちにとってもユイの容態がここまでとは予想外だったようで、皆かける言葉に困っているようだ。
まず私が意を決し、声をかけた。
「安心して、私たちがついてる」
すると彼女は驚いたように少しだけ目を丸くし、それから何もかもをさとったように、明るく、力無く、
笑ってみせた。
思えば、この一連の摩訶不思議な出来事のそもそもの始まりはこの場所で目覚めたことからだったなぁ、
とみょうな実感が湧いてくる。
シンブレイカー、『×』、魔学、天照研究所……体感していなければとても信じられない事件ばかりだ。
ふと、気にかかる。
そういえば、そもそも自分は貧血で倒れて、ここに運び込まれたんだったよな……?
(でもそれにしては……なんだか……)
「シノ、行くよー」
友達のひとりに呼ばれ、私は思考を切り上げた。ユイの病室は2階の大病室らしい。案内を聞いた友人について行く。
見覚えのある廊下の途中の扉で、私と友人たちは足を止めた。
表札を確認する。
「ここだよ、『岡本結衣』ってある」
静かにノックをして扉を開けた。
病室には6つのベッドが半分ずつ左右に配置されていて、そのどれもが埋まっているようだった。
皆カーテンが閉められている。静かな部屋だ。
ユイのベッドは一番手前、右側のものらしい。ひとりがカーテンを少しだけまくった。
「ユイ、大丈夫?」
小声で彼女が呼びかけたが返事は無い。しかし彼女は頷いてカーテンを大きく開いた。
私は小さく息をのむ。
ベッドに横たわっているのは間違いなく私の友達……岡本結衣だ。ショートボブのよく似合う、綺麗で白い肌の、
おとなしめで、頭の良い子だ。少なくともおととい見かけたときはそうだった子だ。
だが今の彼女は――
(人形かと思った……)
半分だけ持ち上げられた目蓋の下の瞳は
ぼんやりと虚空を見つめていて、どこか別の世界を見ているようだ。血色は悪く、もともと白い肌だったのが今や蒼白。
襟元から覗く肩と首、そして頬の肉もごっそりと減っているように見えた。かすかに聞こえる呼吸の音と、
唇の端がほんの少しだけ釣り上がって笑顔になるのが見えなければ、死体かと思われても仕方ないだろう。
……これが頼人の言っていた、『心が壊された人』なのだろうか。
周りの彼女たちにとってもユイの容態がここまでとは予想外だったようで、皆かける言葉に困っているようだ。
まず私が意を決し、声をかけた。
「安心して、私たちがついてる」
すると彼女は驚いたように少しだけ目を丸くし、それから何もかもをさとったように、明るく、力無く、
笑ってみせた。
陽も傾き、女木戸市がオレンジ色に染まったころ、私たちは解散した。
看護師の説明によると、意外にもユイはあと2日ほど安静にすれば退院できるらしい。それを聞いて安心した仲間たち
の会話は至極楽観的なものだった。
しかし、私だけは違った。
ユイのあの状態は『×』によるものだ。『×』さえ来なければユイがああなることもなかったんだ。
いや、ユイだけじゃなく、私の出会っていない多くの人も、ああなってしまっているんだ。
これはいよいよ本当に『×』の原因を教えてもらわなくてはならないだろう。
私は使命感に口元を引き締め、時計を確認する。まだ約束の時間には早いが、かまうものか。
研究所に乗り込んでやる。
看護師の説明によると、意外にもユイはあと2日ほど安静にすれば退院できるらしい。それを聞いて安心した仲間たち
の会話は至極楽観的なものだった。
しかし、私だけは違った。
ユイのあの状態は『×』によるものだ。『×』さえ来なければユイがああなることもなかったんだ。
いや、ユイだけじゃなく、私の出会っていない多くの人も、ああなってしまっているんだ。
これはいよいよ本当に『×』の原因を教えてもらわなくてはならないだろう。
私は使命感に口元を引き締め、時計を確認する。まだ約束の時間には早いが、かまうものか。
研究所に乗り込んでやる。
歩いて研究所の前にたどり着いたとき、その敷地内がぞろぞろとカメラや大きなカバンを抱えた人々が出てきて、
私は少し驚いた。よく見ると彼らの腕には『女木戸日報』やら『週間Monday』やらの、
新聞や雑誌の名前が書かれた腕章がついている。研究所で記者会見でも開いていたのだろうか。
ぼんやりと彼らが車で去っていくのを眺めたあと、私は研究所の正門をくぐった。
玄関までやって来ると、職員のひとりが私を呼び止めた。約束の話をしにきたという旨を伝えると、
彼は通信機で頼人に連絡をとってくれた。
「申し訳ないですが、ただいまちょっと立て込んでおりまして、準備ができたらお呼びします。
それまでラウンジでお願いします」彼はそう言った。
やはりはやく来たのは迷惑だっただろうか、そんなことを考えつつラウンジで時間を潰す。
しばらくはLINEやネットサーフィンをしていたが、どうにもそわそわして落ち着かないので、
退屈しのぎになりそうなことを考える。
思いついた。それにもしかしたら、そっちの方がはやくカタがつくかもしれない。
私は少し驚いた。よく見ると彼らの腕には『女木戸日報』やら『週間Monday』やらの、
新聞や雑誌の名前が書かれた腕章がついている。研究所で記者会見でも開いていたのだろうか。
ぼんやりと彼らが車で去っていくのを眺めたあと、私は研究所の正門をくぐった。
玄関までやって来ると、職員のひとりが私を呼び止めた。約束の話をしにきたという旨を伝えると、
彼は通信機で頼人に連絡をとってくれた。
「申し訳ないですが、ただいまちょっと立て込んでおりまして、準備ができたらお呼びします。
それまでラウンジでお願いします」彼はそう言った。
やはりはやく来たのは迷惑だっただろうか、そんなことを考えつつラウンジで時間を潰す。
しばらくはLINEやネットサーフィンをしていたが、どうにもそわそわして落ち着かないので、
退屈しのぎになりそうなことを考える。
思いついた。それにもしかしたら、そっちの方がはやくカタがつくかもしれない。
離れの研究棟は相変わらず廃墟のようで、足を踏み入れるのがためらわれる雰囲気だったが、
私はそんなことは気にしなかった。
地下への階段を下り、記憶を頼りにあの部屋へと向かう。
目的のドアに手をかけると鍵はかかっていなかった。少しだけ開き、中を覗き込んでみる。
「失礼します……八意さん、いますか?」
八意博士の研究室は明るかったが、人影は見えなかった。返事が無いのでとりあえず中に入る。
ドアは静かに閉まった。
ぐるりと辺りを見渡した。研究室にはごちゃごちゃと、一見何に使うのか見当もつかないような真鍮製の実験器具が
ずらりと並んでいる。いくつかは今現在も何かの実験中のようで、小気味よい音をたてながらぐるぐるとあめ色の円盤を
回していたり、2つのフラスコの中で黒い煙を虹色の気体に精製したりしていた。
その横をふと見ると、細いロボットアームがボールペンを持ってレポート用紙にひっきりなしに何かを書きつけている。
実験の様子を記録しているのだろうか。
こうして改めて見てみると、本当にファンタジーそのものだ。こんな夢のような技術が存在するなんて誰も思いも
しないだろう。それだけに、この技術を独占している天照研究所への不信感もいまだに完全には拭い去れないでいる。
いくら危険な技術であっても知識ある人が適切に運用すれば、社会に馴染むこともできるだろうに。
なぜ彼らは魔学をひた隠しにするのだろうか。
……本当にひた隠しにしているのだろうか。
いままでのことをふりかえってみる。
『×』の到来。街中での堂々としたシンブレイカーの運用。身分を隠さない救助活動……
……おかしくないだろうか。
もし本当に魔学を秘密にしていたいのなら、行動に矛盾がある。
しかし天照さんや高天原さんが嘘を言っているようにも思えないし……
……私は騙されているのだろうか。
そこまで考えが及んだとき、背後に人の気配を感じて私は顔を上げた。
八意博士だろうか。とにかくまずは勝手に部屋に入ったことを謝らないと。そう思いながらふりむく。
そこにいたのは八意司ではなかった。さらにいえば人ですらなかった。
そこにいたのは怪物だった。
黒いプラスチックのような表面をした体。目にするだけで頭が痛くなるような不快感をもよおす怪物だった。
その全体の大きさは、不定形ではあったが、だいたい1.5メートル程度で、不気味に蠢いていた。
連想したのは、小学校のころ理科の実験で作ったスライム――そう、スライムだ――いやスライムよりもこれはむしろ、
アレに似ている。『×』に似ている!
いったいどこから湧いてきたのだろうか、私は驚きと恐怖で身を強ばらせ、悲鳴をあげることもできなかった。
足がもつれて、硬いリノリウムの床に尻もちをつく。
(ウソ……なんで? なんで『×』が研究所に…… ってか、コレ小さい。もしかしたら『×』とは別?
わけわかんない!)
様々な思考が頭を駆けめぐるが答えは出ない。
スライムはゆっくりと私の方へと這いよってきた。おぞましい感覚が全身を痺れさせる。
「なに……こっち来んな……!」
搾り出した声は小さく、震えていた。結局シンブレイカーが無ければこんなものかと、冷静に自嘲する自分がいた。
スライムは一部を触手のように伸ばし、私の投げ出した足に触れようとしてくる――!
直後、その引き伸ばされた部分が千切れ飛んだ。否、鋭い刃によって切り飛ばされたのだ。
刃は赤い光を発しながらスライムの本体をも空中に浮かせ、一瞬で無数の破片に分割する。
さらにその直後、上方から振りまかれた何かの液体がスライムを炎に包み、滅却した。
いったい何が起こったのかわからずにポカンと口を開けていると、私の目の前に何者かが着地する。
目線を上げた私はさっきまでの何倍もぞっとした。
着地したのは仮面をつけた忍者だった。
(――カオスマン!)
忍者はこちらを見下ろすと、刀を突きつけてきた。その刃は不吉に発光していて、私をその場に縫いつけるには充分な
脅力を持っていた。
私は彼を静かに睨み返す。
「やめたまえ、カオスマン!」
聞き覚えのある声が響いた。
「まったく、ちゃんと設定してやったはずなのだが! やはり『カオス』の名は失敗だっただろうか」
革靴の音を響かせつつ物陰から登場したのはこの部屋の主、八意司だった。カオスマンは彼の命令に従い、
刀を納める。
「怪我は無いかね志野真実。カオスマンの刃は君のような人には危険だ」
私じゃなくても危険だろ、と心の中でツッコミを入れつつ、そばの機械に手をついて立ち上がる。
八意はその間にカオスマンに指示して、前にこの部屋を訪れたときと同じ革張りの椅子を用意させていた。
てっきり自分が座るのかと思ったが、彼は私の手をとり、椅子に促す。私は素直に従った。
八意はカオスマンに今度はポットに入った紅茶とカップを2つ用意させた。彼が紅茶をカップに注いでくれる。
「まずはそれでも飲みたまえ。我が魔学の粋を結集したティーだ」
手渡されたそれを受け取る。とりあえずひとくちすすると、その優しい温かさと濃い味と香りに驚いた。
「カオスマン、もういいぞ」
八意はカオスマンに言う。するとカオスマンは煙のように姿を消した。
「……カオスマンは、あなたの召使いなんですか?」
湧いた疑問を口にする。八意は自慢げに腕を大きく広げた。
「私が作ったものだぞ、私が自由自在に操れなくてどうする?」
尤もだ。
「しかし貴様も間が悪いな、なぜよりにもよってこのタイミングで来るのか?
統計をとったところで母数が無限だから意味はないが――体感的にはこのタイミングで来るほうが多いぞ」
話をしている最中に一度死に(私は少し驚いた)、物陰から新たに現れた八意が話を続ける。
「少し、訊きたいことがありまして」
「当ててみせよう。『今あなたの一番ほしい物は何?』」
「全然違います」
「ジョークは魔学よりも難しいな、ちなみに正解は『マイフォーク』だ」
……この人と話をすると疲れる。
「そういえば、さっきのアレ、何なんですか」
私は話を切り替える。
「あの不定形な精神体――貴様の語彙に合わせるとすれば、『黒いスライム』だな」
私は八意の物言いに少しだけカチンときつつも、頷く。
「あれはそうだな、『呪術失敗の反動によって生まれるもの』……例えるなら、
作用反作用で言う『反作用』といえるか。正式な名は逆凪というのだが、そんなことは覚えなくともよい」
「反作用?」
「ふむ、もう少し分かりやすく解説してやろうか。
例えば君がお店で買い物をしようとする。この買い物は魔法の儀式のたとえだ。
君は1000円分のものが欲しいときは、当然、1000円を支払わなくてはならない」
私は頷く。
「ところがだ、1000円の物を買おうとしたらサイフに500円しか無かった。
または値段がわからないものをレジに持って行ったら予想外に高く、手持ちのお金では足りない。
さて、貴様はどうする?」
「謝って、返しにいきます」
「それができないと、どうなると思うね?」
「え? えと……」
言葉に詰まる私を見て八意はにやりとした。
「答えは『強制徴収』だ。強面の店員がぬっと裏から顔を出し、貴様を絞り上げる」
「もしかして、それがさっきのスライム?」
「ああその通りだ」
……ということは、もしかして……
私はカップをそばの機械の上に置き、八意をまっすぐに見据える。
「じゃあ、もしかして『×』が来る原因も同じですか」
「同じ、というのはどのレベルで?」
「『×』の原因は、『魔学』なんですか」
「ああ、その通りだ」
八意は紅茶を飲みほして、こともなげにそう言ってのけたが、それは私には大きなショックだった。
(それじゃあ……)
頭に、ほんの数十分前に別れたばかりの、彼女の姿が浮かぶ――続いて、破壊された女木戸の街の姿が。
(ユイをあんなになったのも、街がめちゃくちゃになったのも魔学のせい……天照研究所のせいってこと……?)
「――ふざけんな!」
気がつくと私は椅子から立ち上がり、八意を怒鳴りつけていた。彼は涼しい顔でこちらを見ている。
「じゃあアンタたちは、私に自分たちの尻拭いをさせていたってことだよね!?
魔学のせいで生まれた『×』の! そのせいで、どれだけ傷ついた人がいると思ってんの!」
これだけ声を荒げても八意は何の答えも返さない。ただ憐れむような目でこちらを見ている。
その態度がますます私の神経を逆なでする。
「……もういいです!」
勝手に話を切り上げて部屋の出口へと早足で近づく。すると、ドアの前に人影が立ちふさがった。
「よしたまえ、カオスマン」
八意が目もくれずに私の前のその怪人に指示する。カオスマンは道を開けた。私は乱暴に部屋を出る……。
私はそんなことは気にしなかった。
地下への階段を下り、記憶を頼りにあの部屋へと向かう。
目的のドアに手をかけると鍵はかかっていなかった。少しだけ開き、中を覗き込んでみる。
「失礼します……八意さん、いますか?」
八意博士の研究室は明るかったが、人影は見えなかった。返事が無いのでとりあえず中に入る。
ドアは静かに閉まった。
ぐるりと辺りを見渡した。研究室にはごちゃごちゃと、一見何に使うのか見当もつかないような真鍮製の実験器具が
ずらりと並んでいる。いくつかは今現在も何かの実験中のようで、小気味よい音をたてながらぐるぐるとあめ色の円盤を
回していたり、2つのフラスコの中で黒い煙を虹色の気体に精製したりしていた。
その横をふと見ると、細いロボットアームがボールペンを持ってレポート用紙にひっきりなしに何かを書きつけている。
実験の様子を記録しているのだろうか。
こうして改めて見てみると、本当にファンタジーそのものだ。こんな夢のような技術が存在するなんて誰も思いも
しないだろう。それだけに、この技術を独占している天照研究所への不信感もいまだに完全には拭い去れないでいる。
いくら危険な技術であっても知識ある人が適切に運用すれば、社会に馴染むこともできるだろうに。
なぜ彼らは魔学をひた隠しにするのだろうか。
……本当にひた隠しにしているのだろうか。
いままでのことをふりかえってみる。
『×』の到来。街中での堂々としたシンブレイカーの運用。身分を隠さない救助活動……
……おかしくないだろうか。
もし本当に魔学を秘密にしていたいのなら、行動に矛盾がある。
しかし天照さんや高天原さんが嘘を言っているようにも思えないし……
……私は騙されているのだろうか。
そこまで考えが及んだとき、背後に人の気配を感じて私は顔を上げた。
八意博士だろうか。とにかくまずは勝手に部屋に入ったことを謝らないと。そう思いながらふりむく。
そこにいたのは八意司ではなかった。さらにいえば人ですらなかった。
そこにいたのは怪物だった。
黒いプラスチックのような表面をした体。目にするだけで頭が痛くなるような不快感をもよおす怪物だった。
その全体の大きさは、不定形ではあったが、だいたい1.5メートル程度で、不気味に蠢いていた。
連想したのは、小学校のころ理科の実験で作ったスライム――そう、スライムだ――いやスライムよりもこれはむしろ、
アレに似ている。『×』に似ている!
いったいどこから湧いてきたのだろうか、私は驚きと恐怖で身を強ばらせ、悲鳴をあげることもできなかった。
足がもつれて、硬いリノリウムの床に尻もちをつく。
(ウソ……なんで? なんで『×』が研究所に…… ってか、コレ小さい。もしかしたら『×』とは別?
わけわかんない!)
様々な思考が頭を駆けめぐるが答えは出ない。
スライムはゆっくりと私の方へと這いよってきた。おぞましい感覚が全身を痺れさせる。
「なに……こっち来んな……!」
搾り出した声は小さく、震えていた。結局シンブレイカーが無ければこんなものかと、冷静に自嘲する自分がいた。
スライムは一部を触手のように伸ばし、私の投げ出した足に触れようとしてくる――!
直後、その引き伸ばされた部分が千切れ飛んだ。否、鋭い刃によって切り飛ばされたのだ。
刃は赤い光を発しながらスライムの本体をも空中に浮かせ、一瞬で無数の破片に分割する。
さらにその直後、上方から振りまかれた何かの液体がスライムを炎に包み、滅却した。
いったい何が起こったのかわからずにポカンと口を開けていると、私の目の前に何者かが着地する。
目線を上げた私はさっきまでの何倍もぞっとした。
着地したのは仮面をつけた忍者だった。
(――カオスマン!)
忍者はこちらを見下ろすと、刀を突きつけてきた。その刃は不吉に発光していて、私をその場に縫いつけるには充分な
脅力を持っていた。
私は彼を静かに睨み返す。
「やめたまえ、カオスマン!」
聞き覚えのある声が響いた。
「まったく、ちゃんと設定してやったはずなのだが! やはり『カオス』の名は失敗だっただろうか」
革靴の音を響かせつつ物陰から登場したのはこの部屋の主、八意司だった。カオスマンは彼の命令に従い、
刀を納める。
「怪我は無いかね志野真実。カオスマンの刃は君のような人には危険だ」
私じゃなくても危険だろ、と心の中でツッコミを入れつつ、そばの機械に手をついて立ち上がる。
八意はその間にカオスマンに指示して、前にこの部屋を訪れたときと同じ革張りの椅子を用意させていた。
てっきり自分が座るのかと思ったが、彼は私の手をとり、椅子に促す。私は素直に従った。
八意はカオスマンに今度はポットに入った紅茶とカップを2つ用意させた。彼が紅茶をカップに注いでくれる。
「まずはそれでも飲みたまえ。我が魔学の粋を結集したティーだ」
手渡されたそれを受け取る。とりあえずひとくちすすると、その優しい温かさと濃い味と香りに驚いた。
「カオスマン、もういいぞ」
八意はカオスマンに言う。するとカオスマンは煙のように姿を消した。
「……カオスマンは、あなたの召使いなんですか?」
湧いた疑問を口にする。八意は自慢げに腕を大きく広げた。
「私が作ったものだぞ、私が自由自在に操れなくてどうする?」
尤もだ。
「しかし貴様も間が悪いな、なぜよりにもよってこのタイミングで来るのか?
統計をとったところで母数が無限だから意味はないが――体感的にはこのタイミングで来るほうが多いぞ」
話をしている最中に一度死に(私は少し驚いた)、物陰から新たに現れた八意が話を続ける。
「少し、訊きたいことがありまして」
「当ててみせよう。『今あなたの一番ほしい物は何?』」
「全然違います」
「ジョークは魔学よりも難しいな、ちなみに正解は『マイフォーク』だ」
……この人と話をすると疲れる。
「そういえば、さっきのアレ、何なんですか」
私は話を切り替える。
「あの不定形な精神体――貴様の語彙に合わせるとすれば、『黒いスライム』だな」
私は八意の物言いに少しだけカチンときつつも、頷く。
「あれはそうだな、『呪術失敗の反動によって生まれるもの』……例えるなら、
作用反作用で言う『反作用』といえるか。正式な名は逆凪というのだが、そんなことは覚えなくともよい」
「反作用?」
「ふむ、もう少し分かりやすく解説してやろうか。
例えば君がお店で買い物をしようとする。この買い物は魔法の儀式のたとえだ。
君は1000円分のものが欲しいときは、当然、1000円を支払わなくてはならない」
私は頷く。
「ところがだ、1000円の物を買おうとしたらサイフに500円しか無かった。
または値段がわからないものをレジに持って行ったら予想外に高く、手持ちのお金では足りない。
さて、貴様はどうする?」
「謝って、返しにいきます」
「それができないと、どうなると思うね?」
「え? えと……」
言葉に詰まる私を見て八意はにやりとした。
「答えは『強制徴収』だ。強面の店員がぬっと裏から顔を出し、貴様を絞り上げる」
「もしかして、それがさっきのスライム?」
「ああその通りだ」
……ということは、もしかして……
私はカップをそばの機械の上に置き、八意をまっすぐに見据える。
「じゃあ、もしかして『×』が来る原因も同じですか」
「同じ、というのはどのレベルで?」
「『×』の原因は、『魔学』なんですか」
「ああ、その通りだ」
八意は紅茶を飲みほして、こともなげにそう言ってのけたが、それは私には大きなショックだった。
(それじゃあ……)
頭に、ほんの数十分前に別れたばかりの、彼女の姿が浮かぶ――続いて、破壊された女木戸の街の姿が。
(ユイをあんなになったのも、街がめちゃくちゃになったのも魔学のせい……天照研究所のせいってこと……?)
「――ふざけんな!」
気がつくと私は椅子から立ち上がり、八意を怒鳴りつけていた。彼は涼しい顔でこちらを見ている。
「じゃあアンタたちは、私に自分たちの尻拭いをさせていたってことだよね!?
魔学のせいで生まれた『×』の! そのせいで、どれだけ傷ついた人がいると思ってんの!」
これだけ声を荒げても八意は何の答えも返さない。ただ憐れむような目でこちらを見ている。
その態度がますます私の神経を逆なでする。
「……もういいです!」
勝手に話を切り上げて部屋の出口へと早足で近づく。すると、ドアの前に人影が立ちふさがった。
「よしたまえ、カオスマン」
八意が目もくれずに私の前のその怪人に指示する。カオスマンは道を開けた。私は乱暴に部屋を出る……。
私は研究棟を出て本館へと向かった。歩みを進めるその間にも裏切られたことに対する怒りがめらめら燃え上がり、
そこに魔学への怒りへと転化した自責の念も合わさって、本館にたどり着いたときにはもうすっかり頭に血が
上りきってしまっていた。
ずかずかと本館に踏み入り、廊下の先を睨んで探す――彼らは指令室に居た。
「天照さん!」
私の部屋に入るやいなやの怒声に、その中にいた天照と高天原をはじめとする何人かの研究員たちはひどく驚いた顔をした。
私は乱暴な足どりで天照と頼人たちの間に割って入り、言い放つ。
「天照さん、私もうシンブレイカーには乗りません、『×』とも戦いませんから!」
いきなりの宣言に彼女は面食らったらしく、言葉を失った様子だった。代わりに頼人がいちはやく反応する。
「志野さん、いきなりどうしたんですか!」
私は後方の彼を肩越しに睨みつける。彼は少したじろいだ。
「八意さんから聞きました、『×』が来るのは魔学のせいだそうですね!」
「それは……!」
彼はギクリとした表情で絶句する。その反応を見て私は八意の言ったことは正しかったのだと確信する。
天照に向きなおった。
「ケータイは返します、もう二度と私に関わらないでください。できれば魔学研究もやめてください」
天照は私の瞳を見つめ返してくる。そこにはなぜかひどく悲しげな光が宿っていて、私は八意と同じだ、と感じた。
「……わかりました。いいでしょう」
静かに天照が言った。
「天照様、しかし――」
頼人が何か言いかけるのを彼女は手を上げて制する。
「もうシンブレイカーには乗らなくて結構です。
いままで、こんな大変なことにお付き合いくださってありがとうございました。
また貴女の気持ちを裏切ったことを深く陳謝いたします。」
そう言って彼女は頭を下げた。私はポケットからあの魔学スマートフォンを抜き出し、
そばの研究員に押し付けて踵を返す。
そして私は研究所を去った。
そこに魔学への怒りへと転化した自責の念も合わさって、本館にたどり着いたときにはもうすっかり頭に血が
上りきってしまっていた。
ずかずかと本館に踏み入り、廊下の先を睨んで探す――彼らは指令室に居た。
「天照さん!」
私の部屋に入るやいなやの怒声に、その中にいた天照と高天原をはじめとする何人かの研究員たちはひどく驚いた顔をした。
私は乱暴な足どりで天照と頼人たちの間に割って入り、言い放つ。
「天照さん、私もうシンブレイカーには乗りません、『×』とも戦いませんから!」
いきなりの宣言に彼女は面食らったらしく、言葉を失った様子だった。代わりに頼人がいちはやく反応する。
「志野さん、いきなりどうしたんですか!」
私は後方の彼を肩越しに睨みつける。彼は少したじろいだ。
「八意さんから聞きました、『×』が来るのは魔学のせいだそうですね!」
「それは……!」
彼はギクリとした表情で絶句する。その反応を見て私は八意の言ったことは正しかったのだと確信する。
天照に向きなおった。
「ケータイは返します、もう二度と私に関わらないでください。できれば魔学研究もやめてください」
天照は私の瞳を見つめ返してくる。そこにはなぜかひどく悲しげな光が宿っていて、私は八意と同じだ、と感じた。
「……わかりました。いいでしょう」
静かに天照が言った。
「天照様、しかし――」
頼人が何か言いかけるのを彼女は手を上げて制する。
「もうシンブレイカーには乗らなくて結構です。
いままで、こんな大変なことにお付き合いくださってありがとうございました。
また貴女の気持ちを裏切ったことを深く陳謝いたします。」
そう言って彼女は頭を下げた。私はポケットからあの魔学スマートフォンを抜き出し、
そばの研究員に押し付けて踵を返す。
そして私は研究所を去った。