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シンブレイカー 第九話

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 雨が降っていた。どしゃぶりだった。
 気づくと私は傘もささずにそこに立っていた。
だが降り続ける雨に体が濡れることを不快だとは感じなかったし、むしろ雨で体が濡れるのがとても不思議に思えて、
もっとこのままでいたいともすら考えた。
 辺りは闇だったが、自分の周囲だけがぼんやりとした光に照らされている。
なんでだろうか、そう思って頭を巡らせると、少し離れた場所に自動販売機が3台並んでいて、
その灯りだということを理解した。
 視線を外して空を見上げると、雨が降っているにも関わらず遠方に小さく満月が見える。
きっとこの雨は通り雨だ。すぐにやむのだろう。
 私の視線は淡い満月に吸い寄せられたまま。ふと、ここはどこだろうという疑問がわいたが、すぐに頭から消えた。
そんなことはどうでもいい。
 それにしても、本当にきれいな月……。
 そう思いながらじっと見ていると、ふしぎなことに気づいた。
 月の輝きが強くなっている。
 最初は気のせいに思えたが、その光が直視に耐えがたいほど強くなると、やはりそうだ、と私は確信を抱いた。
 光はますます強くなり、宵闇を、私を真っ白に照らす。
 ああ、光が迫ってくる。強くなるだけじゃない、すごいスピードで近づいてくる。
このままでは呑み込まれる――誰かが私の名前を呼んだ――誰、私は返事ができない――
光が私を包む、大口を開けて丸呑みにする――計り知れない恐怖に、私は悲鳴をあげた――



 私は悲鳴をあげて覚醒した。同時に下から上へとあがる小さな気泡が目の前をよぎる。
 視界は全体が緑がかっている上にぼやけていて、私は混乱したが、
すぐに自分が内部にエメラルドグリーンの液体が満たされた、
円筒形のガラスの水槽のようなものに入れられているのだということを理解し、
息が苦しいのは喉の奥まで押し込まれた機械のチューブのためだということに気づいた。
 私はチューブを引き抜くために手をかける。すると何かのセンサーが作動したらしく、
ゴボゴボと音を立てて足下から液体が抜け始めた。
 チューブを完全に引き抜いたときには液体も完全に排水口から排出されていた。
すると続いてガラスの壁も下がり、基部の機械の隙間に収まる。 
 私は機械から下りようとしたが、足に力が入らず、無様に崩れた。そのときに自分が裸であることも知り、
何か身を隠せるものはないかと周囲を見渡す。するとどこかから革靴の足音が聞こえてきた。
きっと機械の異常を関知した誰かが様子を見にきたに違いない。来ないで、と声をあげようとしたが、
上手く発声できなかった。
 そうこうしているうちに足音は近づき、すぐそばまでやってくる。私は恐怖と
羞恥心のために胎児のように体を丸め、首をすくめたまま目だけで来訪者を見ようとする。
「まるで焼死体だ」
 来訪者の声は女性の、知らない人物のものだった。おかげでいくぶんか安心しかけたが、
同時にその口調にどこか人をバカにするような雰囲気を感じて、不快に思った私はますます四肢を胴体に引き寄せた。
「立てないの? 筋肉が弱まった? とりあえず体でも拭く?」
 その言葉とともに私の上にバスタオルが放られる。私はそれで体を包んだ。
「なかなかいい眺め。よだれが出そうだよ」
 タオル一枚で這いつくばる私を見下ろして、彼女は楽しげに言った。
 私は彼女の着ている白衣についた名札から、目の前の女性が『因幡命(いなば みこと)』
という名前であることを知った。
「脳みそ正常? O2足りてる? とりあえず、今の君について教えてあげるよ」
 因幡はポケットからウサギのキャラクターのカバーがついた魔学スマートフォンを取り出し、
それを弄りながら、いかにも面倒そうに説明をはじめる。
「君は前回の『×』との戦い――といってもアンタ何もしてなかったよね――で、
全身真っ黒焦げの焼死体一歩手前まで行っちゃってたから、集中治療カプセル内で治療されてました。以上」
 ざっくりとした説明に私は抗議の声をあげようとして咳き込む。
きっとあの水槽の液体がまだ肺などに残っているのだ。私は苦しみに顔を歪める。
「マジでヤバいとこまでイッてたんだよ、君。ここに運び込まれたときの写メ見る?
 むっちゃグロいよ。私見たとき爆笑したもん」
 そんな彼女の言葉を聞きながら、私は大きく口を開け、肺に空気を満たす。声を出すと、少ししわがれていた。
「あー、喉にちょい後遺症あるね。ま、そのうち治るから」
 因幡はケータイをしまって、私の腕をとって引っ張り上げようとする。私は振り払おうとしたが、
力が入らなかった。
「ほら、立てるでしょ……しっかりして」
 無理矢理引き上げられて立ち上がったはいいものの、足はがくがくと震えていて、
私はすぐに近くの機械に手をついた。そんな私をあきれた様子で眺める因幡。
「こりゃリハビリいるかな……何ヶ月も寝てたわけじゃないから、そんな筋肉落ちてるはずないんだけど」
「私は……どれくらい……?」
 やっと意味のある発声ができた。呼吸もだんだん楽になり、足にも力が戻ってくる。
「6日間。よかったね、ギリギリセーフだ」
 因幡の言葉にはしかしどこか無関心な色が現れている。セーフとはどういう意味だろうか。
「なにせ明日は――いや、喋りすぎだね。君の服は燃えちゃったから別なものを用意してある。ついてきて」
 そう言って彼女は踵を返してすたすたと歩き出したので、私も慌てて後を追おうとする。
こっちは足元がおぼつかないほどに消耗しているのに、なんて人だ。こちらを見下すような態度といい、
気に食わない。八意のそれとは違った高慢さだ。
 私は壁に手をつきつつ一生懸命に彼女について部屋を出て廊下を進む。
冷たく硬い床の感触と同様に冷え切った空気が私を内側から震えがらせる。天井の蛍光灯はなぜか点灯しておらず、
壁面の床に近い位置にあるぼんやりとした非常口の表示だけが薄暗い廊下で唯一の灯りだった。
 私の前方を歩く彼女は廊下の途中の部屋の扉を開けて、そのままこちらを振り向いた。
どうやら待っていてくれているらしい。私はなんだか悔しくなって、歩調をさらにはやめた。
「やっとシャンと立てるようになった?」
 彼女は軽く首を傾げてそう訊いた。その言葉で私は自分の足に力が戻って、
しっかりと立てるようになっていることに気づいた。
「この部屋に着替えがあるから、終わったら出てきて、それとバスタオルは置いてきて」
 私は部屋に入る。
 中に用意されていたのは下着まで含めた、私の普段着によく似た服だった。サイズもぴったりだ。
手早く着替えて部屋を出た。
「全く同じやつを見つけるのはめんど……じゃなくて難しかったからさ、それで勘弁して」
 廊下で待っていた因幡は私に向かってそう言った。
 こうして見ると、彼女の身長は本当に小さい。物腰から年齢は私と同じくらいか、
それ以上かと思っていたが、もしかしたらそれよりずっと幼いのかもしれない。
 だが彼女の胸に留められた名札には『天照病院 特殊医療技術開発部 部長』の文字があって、
私はやはり彼女は少なくとも成人しているとの予想のほうが正しそうだと感じた。
「あらためて、自己紹介でもしようか」
 私の視線に気づいたのか、彼女は桜色の口紅がひかれたきれいな唇の端をつり上げた。
「私は因幡命。天照病院と天照研究所の両方で、魔学を使った医療器具・技術の開発してます。
君の命の恩人で、君より年上だから、敬語使ってね。
でないと次大怪我したときに『うっかり』君のことを死なせちゃうかもしれない」
 初対面の相手に対するものとは思えないほどのぶしつけな物言いに私は面食らって絶句したが、
すぐに彼女はにっこりと無邪気そうに笑い、「なーんて、冗談だよ」と付け加えた。
 因幡はまた歩き出す。私はついていく。
廊下をさらにしばらく進んで、上り階段を上がった。とたんに視界が明るくなって私は目を細める。
階段の先の建物内部は見覚えがあった。
(天照病院の地下だったのか……)
 一階の廊下の先はどうやら受付と待合室を兼ねたロビーらしく、
多くの人々が名前を呼ばれるのを待っているのが見えた。因幡はそちらには行かず、
反対にさらに病院の奥へと進んでいった。
「儲かってそうに見えるでしょ」 
 だしぬけに彼女がそう言った。
「これでも大赤字なんだよ。どっかの誰かのおもちゃのせいで」
 シンブレイカーのことだと理解するまでに少しかかった。
「理事長が代わったから儲かる治療もできなくなったし、ホント、いい迷惑」
「ちょっと待って」
 私は彼女のいやらしい言い回しに内心腹を立てつつもそれをぐっとこらえて、
彼女の言葉の気にかかる箇所を追及する。
「『理事長が代わった』って……天照さんじゃなくなったんですか?」
「そう」
「じゃあ、代わりに誰が?」
「それを教えるために今から理事長室へ行くの」
 理事長室にはそれからすぐに着いた。
 因幡はノックもせずにその立派な扉を押し開ける。私は少し驚いた。
「連れてきたよー、案外元気」
「ご苦労様です」
 中から返ってきた声は記憶にあった。にも関わらず、私は部屋の中を覗き込んで目を丸くする。
 部屋の中心の、マホガニー材の重厚な机に座してパソコンのキーボードを叩いているスーツ姿の男性は
高天原頼人だった。
 彼はこちらが入室すると、机上の書類と印鑑を脇にやって笑顔を浮かべた。
 応接用のソファを勧められたので私と因幡は素直に座る。高天原もデスクを立って私と向いあう位置に
因幡と並んで座った。
「どうも、お久しぶりです、志野さん。体調はどうですか?」
 その挨拶に私は(彼にとっては6日ぶりなのか)と理解して、少しみょうな気分になる。とりあえず頭を下げた。
「大丈夫です。治療のおかげで……あれも魔学ですか?」
「はい。あのカプセルも、中の液体も、こちらの因幡博士が開発したものです。
魔学の成果の中でも最も偉大なもののひとつです」
 その言葉に私は視線を因幡にやった。彼女は退屈そうにまたケータイをいじっている。
なんだかそこまで優秀な研究者にはとても見えない……。私は軽く肩をすぼめた。
 高天原も私が何を言いたいかは察してくれたらしく、それからはあまり因幡のことには触れず、
女木戸市と天照研究所と天照病院の現状について説明してくれた。
「まず、私は肩書が『天照病院理事長代理』になりました。
これからは私がこの病院の業務も監督をすることになります」
 私は黙って聴く。
「研究所の方は、八意博士が『所長代理』として就きました。空いたポジションにはこちらの因幡博士がつきます。
これから魔学のことでわからないことがありましたら、彼女に」
「はい」
「市内の情況ですが……その、一言で申しますと、混乱しております」
「混乱ですか?」
「まずシンブレイカーですが、幸いにもシステムの核の部分は回収できましたが、それ以外の部分……骨とか、
そういう部分は回収できず、街中に放置されたままとなってしまっております。
 加えて『×』の攻撃によって市内も多く被害を被り、病院に怪我人が押し寄せていますし、
中央通りの復旧は数週間はかかるものと思われます」
「そんな……!」
「警察からの追及はうまくかわせましたが、別件での逮捕が検討されているようです。
これから私も警察署へ事情聴取へ赴かなくてはなりません。」
「平気なんですか?」
「霊的な現象は現在の法律では裁けませんから」
 そう言って高天原は微笑む。仕方のないこととはいえ、警察を欺くことには心が傷んだ。
「それより問題はシンブレイカーです」
 高天原は顎に手をやり、背もたれに身を預けた。その様子はまるで政治家か何かのようだ。
「シンブレイカーが使えない今、『×』に来られたらアウトです……何か対策を考えませんと」
「あの」
 私はおずおずと口を挟んだ。緊張でつばを呑み込む。
 さっきから高天原はあからさまにある話題を避けている。私は聞くのが恐ろしい気もしたが、
知らないで済まされる領域の話でないことはよく分かっていたので、ついに意を決して質問を発した。
「天照さんは……どうなったんですか」
「死んだよ」
 即座に答えたのは因幡。
 私は頬に平手を喰らったような気持ちになって絶句したが、向いのソファに腰掛ける彼女はこちらの顔を見て、
どういうわけか吹きだした。
「冗談だよ! ジョークジョーク、こんな明るく楽しい世界でそんなの起こるわけないじゃん!」
「因幡さん、言っていい冗談と悪い冗談がありますよ」
 笑い転げる因幡を咎める高天原の言葉は静かだが怒気をはらんでいた。
私はドキドキする胸を押さえて深呼吸をする。
「じゃあ……天照さんは無事なんですね」
「無事ではないよ」
 また因幡が答えた。またタチの悪い冗談かと思って視線を高天原にやったが、
今度の彼は静かに目を閉じたまま無言だった。
 私は今度こそ強烈な平手をもらったような気がした。
「そんな、どれくらい」
「キミが焼死体一歩手前だったら、所長は焼死体半歩手前くらい。生きてるのが不思議なくらいだったよ」
「……本当に?」
「医療の神様の名前を戴く私のことが信用できない?」
「残念ながら本当です」
 横から肯う高天原。
「天照様はいまだ意識不明です……だから私どもが代理として就任したのです」
 それ以上何も言えなかった。



 高天原との話を終えて部屋を出た私は、ショックで頭がぼんやりとしていた。
最初は漠然と天照さんの怪我の具合についてあれこれ予想を立て、
そのうちに「天照がそうなったのは私のせいだ」という自責の念が湧いてきて、
私は胸が押しつぶされるような気がした。
 大学に研究所の人が迎えに来たときに私が素直に彼らに従っていれば……
いやそもそもシンブレイカーに乗らないとか言い出さなければ、天照さんはきっと大怪我しなかっただろうし、
病院のロビーの人たちも無事だったんだ。
「私のせい……」
 部屋の前で私はぽつりとつぶやいた。
 私の横で、一緒に部屋を出た因幡命が耳ざとくそれを聞きつけ、嘲笑する。
「よくわかってるじゃん」
 その言葉に私はギッと彼女を睨みたくなったが、彼女は何も間違ってはいないのだ、
とギリギリのところで思いなおし、私はただ目を背けるだけだった。
 私は彼女に背を向け歩き出そうとする。
「どこ行くの?」
 因幡が背後から声をかけてきた。私は足を止め、振り向いて答える。
「家に帰ります」
「なんで?」
 彼女は腕を組んでいた。その様子にはどこか問いつめるような印象がある。
「なんでって……家族も心配してるでしょうし」
「なるほど、君は家族が一番大事なんだ」
 因幡の語調は強い。私は挑発されているように感じて眉根を寄せた。
「君の代わりになった天照恵よりも……『×』との戦いの巻き添えをくった罪の無い街の人たちよりも……
自分の家族が大事か」
 そこまで言って、因幡は肩をすくめる。
「いやいいよ? 当たり前だもん、当然だよ。誰だって自分と家族が一番大事だよね。
名前も顔も知らない他人より、やっぱジブンガイチバンだよねー うんうん」
「言いたいことがあるなら言ってよ」
 私はすっかり頭に血が上っているのを自覚した。
「キミさ、知ってるんでしょ」
「何を」
「『×』の目的」
 私は頷いた。
 『×』の目的は私自身だ。しかし私には思い当たる理由はない。
「もし、私がキミの立場だったら」
 因幡は私の目を真っ直ぐに見据えてくる。
「もう二度と『×』がやってこないように、原因の究明に動くけどね」
 はっとした。
「気づいていないようだから代わりに言ってあげるよ」
 彼女の視線は威圧的で、怒っているようにも見えた。私はその迫力にたじろぎかける。
「この『×』とシンブレイカーをめぐる一連の騒動は、はじめから、全てがキミを中心に回っているんだよ。
 キミは魔学と天照研究所のゴタゴタに巻き込まれただけかのように思っているかもしれないけれど、
実際は何もかもがキミのためにあり、キミのために動いているんだ。
『×』の狙いが自分だって、もう知ってるんでしょ?」
「でも、私には何も狙われるような理由は無い」
「本当にそう思うのならばそれを証明すべきでしょ、火のないところに煙は立たないんだ」
「そんなの……」
「もっとわかりやすいかたちで言ってあげようか?」
 そう言いながら彼女は懐から何か照明を反射して鈍く光る板状のものを取り出す。
それが小振りのナイフであることを私が理解したときには彼女はすっかり私の目の前まで接近していて、
私が悲鳴をあげたときにはそのナイフの切っ先は私の大きく開けた口の中に突っ込まれていた。
私の悲鳴はそのために中断された。
 私の前歯とナイフの歯がぶつかってカチカチと音を立てる。舌は金属の冷たくおぞましい味を感じ、
切っ先のさらに尖端が当たった歯肉からは血が流れているのが分かった。
身長差のせいで下から突き上げられるように挿し込まれたそれによって私は身じろぎひとつできずに拘束される。
 私のことを見上げる因幡の目はすわっていて、
まるで奈落に通じる穴を覗きこんだときのようなそら恐ろしさを感じた。
それから私はなぜかふと、死神の目はこんな印象に違いない、と感じた。
「テメーこの展開何回目だよ?
 『×』が来て、暴れて、予想外の被害に自分を責めて――アホくさい。
マンネリループ展開に飽き飽きしてるんだよコッチは」
 因幡はナイフを持つ手を軽くひねる。刃が斜めになって、私の顎を押し広げた。
「いい加減にしないとこのままナイフ押し込むよ?
 餌を与えられるのを待ってないでさ、動けよ。テメーの人生だろ」
 私は声が出せないまま、因幡の闇を煮詰めたような色の瞳を見つめた。それで判った。
 彼女は本気だ。
 因幡命は、その気になればためらいなくこのナイフを押しこめる人間だ。
 この世にこんなに平然と他人に暴力をふるえる人間がいるなんて思いもしなかった。
 私の足は恐怖に震え始めていた。顎関節は小刻みに震え、ナイフに当たって小さく硬質な音を立てる。
 そんな私の様子を認めた彼女はいかにも不愉快そうに眉をひそめる。
直後、ナイフにかすかに力がこもるのを感じた――
(――ふざけるな)
 私の脳の凶暴な部分が牙をむいた。
 心の奥底から突き上げてくる衝動に従った。
 私はアゴに力をこめた。
「なっ」
 因幡が驚き、その目を見開く。
 私はナイフの刃を噛み締めていた。刃の端が舌や口まわりに触れて出血させた。
 因幡が手を離した。私はナイフの柄に触れ、口から引き抜く。
 ナイフは血が付着していて不気味だった。私は唇の端から血を垂らしたまま、
それを因幡に突きつけかえした。
 彼女はにやりとなぜか嬉しそうに笑って、私を見つめる。
「……そう、それだよ。それが必要なんだ」
 因幡は諸手を広げる。
「自ら戦おうとする意思、『計画』の完遂にはそれが不可欠……」
「なんの話」
「これからの話さ」
 因幡は手を下ろし、今度は先ほどまでの恐ろしい雰囲気が嘘のような、
温かみに満ちた優しい微笑みを浮かべた。
「ごめんね、君を試したんだ。君の意思が本物かどうか」
「痛かったんですけど」
「だからごめんって。ジュースでも奢ろうか?」
 因幡はころころと明るく笑う。その様子に私はさらに彼女を責め立てようとは思えず、ナイフを彼女に返した。
「……でもありがとうございます。おかげで目が覚めました」
 私は彼女にそう言った。
「じゃあ、君が何をすべきか、わかる? 」
「はい」
 私は頷き、そして声に静かな力強さを持たせて、言った。

「全ての謎を、明らかにしなければ」

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