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第七話 「胎動(前)」

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 『Diver's shell



 七話 「胎動(前)」



 「―――……外科医から患者へ。………はい。はい。そうです。……ダイヤのエース、赤。……はい、お久しぶりです」

 電話の呼び出し音がきっかり三回鳴った後、向こう側で誰かが通話に応える。

 「10・10・17絡みの治療箇所に関してですが、つい先ほど病巣の特定及び理由検索が完全に出来ました。はい。点滴よりも、切除のほうでないと対処出来ないかと………はい、では、赤を72本使用しての切除と?」

 とある一室で、知的そうでありながら甘い音を含んだ声の女性が喋っている。
 携帯電話を持ちつつ、ブラインドの方に歩いていって、外の様子を観察する。腰に手を当てると長い髪の毛が微かに触れ、シャンプーの柑橘系の匂いを振り撒く。
 外が明るいというのに、部屋の中の照明には光が点っていない。ブラインド、そしてカーテンを突き抜けてくる光が女性の目元に大きな影を作って表情を隠している。女性的な身体の膨らみが光影で強調されているよう。
 赤の携帯電話と同じ色のルージュを引かれた唇が動いた。
 言葉を発する度に絹のように白い喉が動きをみせる。

 「え? あぁ、上と下ですか………下の方です。下の作業用装置のうちにπの最終数字があるようですね………えぇ、その可能性も否定できませんが、カルテによると病巣には必要なようです」

 紡がれるのは、台本を読んでいるかのように滞りの無い言葉の羅列。普通に聞いている分には、違和感を覚える程度で、なんの話をしているかは分からない。
 女性はブラインドに指をかけて埃の具合を調べる。
 その時、ドアが開かれたかと思えば、一人の男性が入ってくる。猫も気がつかぬほどの静けさを孕んだ歩調で女性の後ろに立つ。動き全てに無駄が無い。
 女性は片手を上げることで男性を制する。男性は顎を引くように頷いた。
 透明な窓の外で鳥の影が通過してブラインドに一瞬の陰りを映す。

 「では我々は―――……はい。メスの使用は……はい。わかりました。お大事に」

 女性は通話を終了して携帯電話をポケットにねじ込み、腰掛けるように窓際に体重を預けて男性のほうに身体の向きを変える。
 男性はリラックスしているのかそうではないのか、直立のまま動いていない。

 「……どう思う?
 「……どうとは?」
 「質問を質問で返さないほうがいいわよ」
 「特にこれといった感想はありませんが」

 簡潔さを極めた返答に、女性は微かに苦笑を浮かべると、机の上においてあったボールペンを取って指の間で弄ぶ。独楽のようにくるくると回転するそれを見つめつつ、机に腰掛ける。
 男性は女性のほうに身体を向ける。端整かつ鋭く強い力を持った瞳が女性を見ている。

 「まっ、いいけど。それにしても連中、今回が最後のチャンスとばかりに大盛り上がりみたいねぇ。例の事件で求心力と資金力が大幅に低下してるから必死っていうことみたい」
 「貴方の嫌いな荒事が起きそうですね。まず避けられないでしょう」
 「貴方の好きな荒事が起きそうね。避けられないことは確実みたい」

 具体的な単語を使わずに会話をしているが、当の本人達は理解しているようである。
 女性はシャツの袖を指で包むように持って目元まで上げる。
 ボールペンを回す手は止まらない。

 「ところで10年前からずーっと探し続けてるクセに見つからないなんて間抜けだと思わない? まぁ、探し物がπの最終数字じゃ仕方ないのかもしれないけど」
 「それを言ったら特定に数年をかけた我々も……いえ。………彼らは何故新たに潜って取ってくるということを考えないのでしょうか?」

 珍しく疑問をぶつけてきた男性に、女性はシャツの裾を下げつつ机の表面を撫ぜる。
 金属的な冷たさが指先の熱を奪う。
 つい、と視線を上げて男性を見遣る。


 「37は要塞。数打てば当たるほど甘い場所なんかじゃない。そこに潜って生還できるほどの腕の人物と言ったら彼女しか居なかったのに、やってしまった。
  もっと賢い方法はいくらでもあったでしょうにね。拷問するなりなんなり」

 女性は言葉を切ると、今まで弄び続けていたボールペンをペン入れに投げ入れた。かちゃんと涼しい音を立てて中に納まる。

 「もしも彼女が並みの潜り屋だったらどうにでもなった。けど、彼女は並なんかじゃない、鬼才と言えるほどの腕前だった。それが彼らの誤算であり、潜り屋を派遣できない理由」

 女性はそう言うと携帯電話を取り出して空間にモニターを投影させる。
 調査書と思われる文書と、潜水機、そしてその乗組員が合わせて表示された。
 男性は顔を移動させるようにモニターを見て。
 女性は指に細く美しい髪の毛を優雅に絡ませる。

 「派遣出来ないって言っても、実のところ何度も派遣しているのよねぇ。でも潜るたびに失敗で何の成果も得られない。結果資金は食いつぶされて、どんどんと人が離れていった。
  軍隊のような数を投入すれば話は変わったかも知れないけど……お粗末ね。品が無い。それで、これに全体に関してどう思う、と」
 「外道だとは思います」
 「冷血なのねぇ……いいけど」

 空間投影モニターが一瞬で消え、後には何も残らない。携帯電話を閉じる音が妙に大きく響いて消える。
 女性は再度携帯電話をポケットにねじ込み、男性を連れて部屋から出て行った。
 無機質な部屋で時計が秒針を進める音だけが残された。


 人が寄り付かない海域というのはいつの時代も存在する。
 侵入した船を十九八九迷わせ、航空機を次々に落として行方不明にしていく。
 実は海草が大量に生い茂っていてスクリューに絡まって行動不能にしてしまうだとか、海流の関係で巨大な渦巻きが発生して行く船来る船引きずりこむだとか、海中のメタンハイドレードが気化して気泡を発生させて船の浮力を奪って沈ませるだとか。
 兎にも角にもそう言う「魔の海域」はこの星にもある。
 ある場所では定期的に遺跡が稼働して船を襲い撃沈させる。侵入すれば片っ端から殺してかかる。
 そんな場所。そんな遺跡が存在する海域。そこに潜れば有名になり、富を得ることが出来る。同時に死ぬ可能性もある。
 メリッサは、「危ない海域」リストを手に取ると、ふむふむと頷きながら読んでいく。
 第二地球に存在する、現在見つかっている中でも危険と言われる遺跡の分布図と、海図を比較。知り合いのダイバーなどから集めた情報にも目を通す。
 赤いペンを取って文章を書き込んだり、判明している遺跡の場所から線を引いてみたりする。
 ふぅ。
 溜息をつくと、赤いペンの先端を宙に彷徨わせて、φ(ファイ)37遺跡で止める。
 自分が居る島よりも遥かに大きく、行方不明者もとても多い場所。危険度で言ったら第二地球でもトップクラスと言えよう。だが、危険と言われれば言われるほど行きたくなってくるというものである。
 何、別に潜らなくてもいい。身を潜めて上から構造を撮影するだけでも十分。
 侵入していないのにガードロボに襲撃されたという例は数多いとデータが示しているが、自分達ならなんとかなるという自信があった。
 それは兎に角。
 メリッサは首を傾げる。何故、他の場所を選ばずにここを選んだのだろうかと。遺跡ならいくらでもあるではないか。

 「……………?」


 思考にノイズが走る。それは丁度、寝起きのときにスロットマシーンの出る目のように賑やかに映像が切り替わったり、妙な音楽が聞こえたりするときの感覚にも似ている。
 人は毎日夢を見ているという。そして、目を覚ます頃には忘れてしまっている。たまたま憶えている場合、人は「夢を見た」と言うとか。
 そう、夢だ。夢。思い出せない夢を曇りガラス越しに見せられているかのようなノイズ。
 頭痛がするわけでも、不快感に襲われるわけでもない。湧き上がってくるのは好奇心と一抹の不安。
 何かが囁いているような気がしてならない。ならばそれに従ってみるのもいいかもしれない。メリッサは、自分の部屋にて大きく伸びをすると、パソコンの電源をつけるべく指先を指紋認証パネルに押し付けた。
 軽い調子の電子音が響いた。

 「メリッサー、青いテープ貼ってある工具箱お願い」
 「これ?」
 「ありがとう」

 ユトの手が、潜水機の大きな腕部の下から伸びている。下から覗き込めるような型の台座の上に腕部。下にツナギ姿のユト。
 特に重要な間接部分に直結している擬似神経回路への蓋を見つめている。伸ばされた手に工具箱が渡されれば、その中から取り出した工具で手際良く蓋を開けていき、何重にも保護された膜を開けていく。
 単純でありながら、頭が痛くなるような、人工の回路。人の神経と比較すれば複雑ではないのだが、一般人が見たら目を回すような感じである。
 ユトは暫くの沈黙の後、整備作業を始めるべくゴム手袋を装着した。
 メリッサは、その様子を腰に手を当てて見ている。デジタル的な整備は出来ても、こういった複雑なことに関しては疎いのだ。
 ユトは、滲んできた汗を手首で拭って、人差し指を立ててメリッサのほうに向ける。

 「メリッサ。オヤジさんのところに行って妨害装置一式を受け取ってきて」
 「………運ばせればいいんじゃないの?」
 「いやあ、なんというか、失礼っぽいじゃん。……嫌ならいいんだけど」
 「いいわよ。どーせ暇だったし」

 メリッサは、手一杯のユトの脚を叩くと、颯爽とした足取りで部屋から出て行った。
 それからどれだけの時間が経過しただろうか。
 整備確認作業が終了し、保護膜を閉じ、蓋の封印をし直したユトは、背中を擦るようにして台座から抜け出てくる。
 手術をする前のようにゴム手袋を装着した両手を掲げたまま、もう片方の腕へと歩いていく。台座の下に潜りこみ、また蓋を開けて保護膜を開けて、整備確認の作業に取り掛かる。
 ライトを口に咥えて内部を照らしつつの作業。顎の疲労もなんのその、着々と手を進めていく。
 しくじったら片腕の回路を総入れ替えしないといけない為、手つきは乙女の柔肌に触れるが如く。

 「ふぅ~………ふはれるはぁ」

 口のライトの所為で上手く喋れないらしい。翻訳すると「疲れるなぁ」である。
 疲労していても整備の手は止まらない。最後の確認を終えると、蓋を閉めて、整備工具を箱の中に収め、ずりずりと台座の下から出てくる。
 時計を見つつ、ついでに格納庫の中を見遣った。相変わらずの散らかり具合だった。
 ユトは腰を捻りながら歩いていくと、リビングに向かっていった。

 リビングにたどり着いたユトは、ツナギから普段着に着替え、洗面台に向かう。両手に水を出して顔を洗い、犬のように頭をぶるぶると振って水分を落とす。タオルで顔を拭い、鏡に映った顔を眺める。
 酷い顔をしている。
 冷たい水に当てられた所為で赤くなっている。
 ユトは髪の毛の水を指先で摘みながら取り、リビングに戻る。その時、玄関のドアが開かれた。彼女が帰ってきたのだ。

 「ただいまー。装置一式は裏に運んでおいたわ」
 「おかえり。コーヒーでも淹れようか?」

 どこか浮かない顔をしているメリッサ。今日は風が強めだった所為なのか、ポニーテールが跳ねている。
 メリッサはドアを閉めると、靴を玄関の縁に引っ掛けるようにして脱ぎつつ、ユトの後に続いてリビングに入る。
 開け放たれた窓から入ってくる風がカーテンを波状に揺らしている。
 ユトは台所に足を向け、メリッサはソファーに腰掛けてテレビをつける。ニュース番組で専門家が討論している真っ最中だった。煩さを感じてテレビを切ってしまう。
 メリッサは膝に両腕を置く体勢になると、難しい顔を作る。

 「………………ん゛ん……ぅ」

 腹痛を我慢しているような声に、お湯を沸かし始めたユトが声をかけるべく頭を覗かせた。

 「どうかした?」
 「オヤジさんがね……φ37を撮影したいって言ったら機嫌悪くしちゃって。どうしたんだろ。良くわかんないけど」
 「……うーん。φ37は危険だから……いや、そうなると今まで潜った危険な遺跡に関して何も言ってこなかったのが……。なんだろ?」

 二人して沈黙して理由を考えるも、結局出てこない。
 ピーピー音を立て始めたヤカンからお湯をカップに注いで、コーヒーを作りはじめる。
 ユトはコーヒーに砂糖を入れただけでミルクを入れないのをメリッサの前に置くと、自分はミルクと砂糖をたっぷりと入れた自分の分を啜り始める。

 「ユト、いつにしよっか」
 「ん?」

 メリッサが座っているソファーとは別の場所にある椅子に腰掛けているユトは、小首を傾げるようにメリッサのほうに目を向ける。
 メリッサは半分近く減ってしまったコーヒーの入ったカップを置く。かたんと音がした。
 コーヒーの芳醇な香りが、昼に近い時間のリビングに広がっていく。

 「一週間後―――……天気予報によると晴れで波の高さも低い。どうだろう?」
 「うん、その日にしましょ」

 ごくんごくんと水でも飲む勢いでコーヒーを飲んだメリッサは、カップを置きながら頷く。
 飲む早さはいつものこと。苦いモノだろうがなんだろうが問題なく飲める女性なのである。
 ただし酒だけは例外だ。

 「メリッサ……喉、大丈夫?」
 「大丈夫じゃないかも」

 さっきまで熱湯だったのを一気飲み。メリッサは、ユトが準備した冷水で喉を休めることになった。
 顔を赤くしたり青くしたりして悶えている。
 人は身体は鍛えられても喉の粘膜までは鍛えられないのだ。


        【終】

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