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第八話 「思い出した記憶」

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 『Diver's shell


 第八話 「思い出した記憶」



 ユトとメリッサの二人が救助されてから数日。
 両腕を喪失し、スラスターや耐圧殻などに損傷を負って、通常の潜水すら耐えられなくなったポンピリウスはオヤジさんの家に運ばれた。
 気絶したメリッサは医者に。怪我は無いユトは付き添って医者へ。検査の結果、病気でも怪我でもなんでもないとの結果がでたので二人は自宅に戻っていた。

 「………はぁ」

 時間は既に夜。
 数日という時間は、細くも無ければ太くも無い肉体から疲労を消し去っていた。
 でも精神の疲労は取れたわけではない。相棒に背後から強襲され、その後たった一人で死の恐怖と格闘する羽目に遭えば当然なことである。
 夏に近づいた空。
 窓の外に眼をやってみれば、コウモリ数匹が目にも留まらぬ速さで飛び去っていくのが見えた。亡霊の如く立ち並ぶビル群から伸びるアンテナなどが枯れ木にも見える。枯れ木に立つのはカラスだろうか。
 ユトは今さっきまで続けていた仕事をやめてパソコンの電源を落とし、メガネを取って片手で目頭を揉み解すと、その手で肩を揉む。φ37遺跡に関するデータが空間投影モニターから消え失せた。
 メリッサは病院というか診療所で検査を受けた後、ユトの手によって家に運ばれてベットにいる。
 つまり寝っぱなし。気絶したまま眼を覚ましていない。理由は分からない。
 水の入ったコップからストローを口に突っ込むと水を飲んだりするので脳に損傷を負ったというわけでもないのだが、起きない。
 今日も一日メリッサの看病をしたユトであったが、とうとう眼を覚ますところを見ることは叶わなかった。
 溜息をつくと眼鏡を机の上に置いてベットに飛び込む。
 布団をかけるかかけないか微妙な気温と湿度。
 ユトは布団を横にどけると、足をその上に乗せて寝転んだ。見知った天井の照明を睨みつけて両腕を枕とする。

 「………」

 眠気が襲ってきた。
 メリッサの周辺のこととか、機体とか、オヤジさんとか、様々な処理に手一杯だったので、疲れはある。
 メリッサは眼を覚ますだろうか。
 きっと大丈夫だろう。
 そんなことを考えつつも、ユトの思考はよどみ始めて眠りへと誘われていった。
 時間と空間の感覚が消失していく。
 眠りと覚醒の中間に落ち込んだ辺りで―――……部屋のドアがノックされた……気がした。
 薄っすらと目を開けるも、眠気がそれを許してくれない。
 ふんわりとした甘い匂いが鼻腔を擽った。
 なんだろう?
 閉じたまま開いてくれない瞼を全身の力を総動員するかのようにこじ開けていく。

 「起きてる?」

 洞窟の奥に閉じ込められた姫君のような朧な囁きが耳に入ってくる。
 ユトは瞳を開けた。
 時間は深夜か、それとも明け方か? 時計を見ない限りは分からないのだが、眠りに入ってからそう時間が経過していないということだけは分かった。
 ドアが開いて、霞のように薄い光を暗い部屋に差し入れている。自分がどこに居るのかが一瞬分からなかった。寝起きの前後は考えるという行為そのものを脳が拒絶するのだ。
 と、ユトの寝ているベットに誰かが体重をかける。スプリングがぎしぎしと音を立てた。

 「メリッサ、……なのか?」
 「……うん」

 ユトの意識が外界を正常に認識できる程度まで回転し始めた。
 身体を僅かに持ち上げて、メガネが無い所為でぼやける視界で部屋を見渡してみると、ベットの上にメリッサらしき姿を捉えた。
 心の中に動揺が生まれるよりも先にメリッサがユトの隣に滑り込むように寝転んだ。
 湿り気を帯びた髪の毛がユトの身体に触れた。
 ユトは見た。メリッサの格好を。
 いつもなら高い位置で纏めている髪の毛は垂れ下がっていて、腰辺りでばさりと広がっている。シャワーでも浴びたのか水分を帯びていて花のような匂いが全身を包み込んでいるよう。
 着ている衣服といえば、白いTシャツに、下は……見えない。男物のシャツを着ているので見ることが出来ない。つまり下着ということなのか。
 熱を帯びて朱を帯びた身体は、普段見る姿よりも格段に女性を感じさせる。
 無意識に唾を飲む込んだことをユト本人は気がつかずにいる。
 メリッサは、足の指だけで布団を掴んで二人を覆うようにかける。発生した微風が二人の間に駆け抜けて、布団本体の重みで空気が抜けていく。メリッサの髪の毛がひらひらと舞った。

 「め、メリッサ?」
 「寝て」
 「…………なにを、いや寝てって……、それはいろいろとな!」

 論理的にというか理性的な意味で不味いんだよとは口にだそうに出せず。
 夜なのか朝なのか。ひょっとして天国か地獄か? 意味不明な文章を脳内で組み立てては並べるユトを尻目に、メリッサは身体を寄せてくる。ベットにしがみ付くように肢体を緊張させているユトの身体に柔らかな身体が押し当てられた。
 心臓にニトログリセニンが注入された。
 ばっくばっくと高鳴り、顔が高潮する。
 なんてことはないと理性が本能を制御してかかる。

 「眠れなくって、……寂しくて。……だめ?」

 ずきゅーん。
 顔を赤くして、甘えるような目つき、更には掠れを含んだそよ風に近い声。
 ユトは震えそうになる頭を制御しつつ頷いて、起こしかけた身体をベットに寝かしつけた。
 男と女がベットに。
 これが分からぬほど二人は子供ではない。
 奇妙な沈黙で作られた時間が経過していく。

 「ねぇ………」
 「ん?」

 恐る恐る。言葉を辞書の中から選んで、更に選りすぐってピンセットで摘みあげるような。耳元でメリッサのささやき声が発せられて、ユトの全身の毛が逆立つ。メリッサの指がユトの服の端っこを摘んだ。
 服がきゅっと引かれて力が伝わった。

 「…………首絞めてごめんね?」
 「いや、気にしてないよ。うん。無事でなにより」

 二人して声が震えてしまっている。
 身を動かすと布団や服の衣擦れの音が聞こえてくる。合間を埋めるのは酸素を肺に取り入れる音か。
 何も話していないと静寂の音が聞こえてくる。
 メリッサは、ユトの腕に顔を寄せた。乾いた唇が皮膚に触れる。幸いにも鳥肌と高めの体温には気がつかなかった。

 「あの時、思い出しちゃって」
 「……うん」
 「お母さんが殺されたところを」
 「…………ぇ?」

 紡がれた言葉に耳を疑う。思わず聞き返す。
 同時に聞き返したことを後悔した。
 数秒の逡巡があった。
 メリッサがユトの腕に額を当てる。体温が伝播する。
 体の上に乗っている布団が重く感じる。

 「聞きたくないなら聞き流して。嫌なら私を追い出して。独り言だから」
 「あぁ」
 「ううん……ゴメン…………………泣きそう」

 言うなり、ユトの腕にメリッサの白く細い二の腕が巻きつく。
 ユトは身体を横に向けてメリッサの身体を抱きしめた。
 羞恥よりも行動の方が勝った。
 鼻を鳴らして、涙をこぼしながら大声で泣き始めるメリッサ。普段の彼女からは想像することも出来ない豹変っぷりであった。顔をぎゅっと押し付けることで表情を見られまいとしている彼女の頭を撫でる。
 話の続きを聞き返すことはしない。心の傷を抉るような真似はしたくないからだ。

 「泣きたいときは泣いたほうがいい。じゃないと潰れちゃうから」
 「……ひっ………、ひっ……しょうせつから、……とった、……の?」
 「バレバレかぁ……。うん。昨日読んだ本にそんなのが」
 「バカぁ ッ」

 ユトの肩を緩く握った拳が叩く。
 しゃっくりを上げていたメリッサだったが、ようやく普通の呼吸をし始めた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を手の甲で拭って、直ぐ側にあるユトの顔に向ける。
 思わず噴きだしそうな笑みを一瞬だけ見せたユト。メリッサはとりあえず頭突きをした。鈍い音がした。余り強い力ではないのだが、彼は顎を押さえる。

 「眠くなっちゃった」
 「今何時だろう。俺も眠くなってきた」

 時計を見ることは出来たが、あえて見ない。
 彼女の体の感触を感じて本能的な行動に出てしまいそうなのを彼の理性が押し止める。
 それを知ってか知らずか、メリッサはユトの身体に抱きついて脚と脚を絡ませるようにしていく。
 ごごごごごご。
 効果音がつきそうなほどにユトの手が開いたり閉じたり。
 ――触りたい。こんな時でも男としての本能が疼く。悲しいかな男の性よ。
 眠いというのも実は嘘に近かったりする。興奮のほうがずっと強い。
 もう限界かもしれない――……。
 ユトが手をゆっくりとメリッサの肩に触れさせようとしたその時、心地よさそうな寝息が聞こえてきた。我に返って手を引っ込める。その手で自分の額をデコピンのフルバーストをかまして自分を自制させる。
 額に赤い跡が残ったのは言うまでも無い。しかも痛かった。
 身体を動かそうとしたユトだったが、メリッサがしがみ付くような格好で寝始めてしまったので、動こうに動けず、諦めて寝ることにした。
 メリッサの乱れた前髪を指で直す。髪の下には満足げで美しい柔和な寝顔があった。彼女が口を開いて一言を紡いだが、何を言ったのかは分からなかった。
 朝になりかけてきたのを感じ取った鳥の声が外から聞こえてくる。

 「…………うぅ」

 動けば起こしてしまうが、動きたい。
 ユトは悶々しながらも、驚くべきことに眠りについた。



 「―――……外科医より患者へ。ダイヤのエース、赤。……はい」

 どこかの暗い格納庫で一人の女性が話している。
 傍らにあるのは潜水機。二本足では起立できないので、上から鎖で吊り下げられている。鎖のほかにもいくつかの固定装置が伸びていて、あたかも拘束されているようで。
 女性は機体から伸びるスタビライザーに手をかける。
 手に持っているのは赤い携帯電話。口にも赤い口紅が引かれている。

 「下が思い出したようです。はい。はい。一気に切除するためにカルテの一部を漏洩させる? ………安全策はどうなっているんですか? ………はい。はい。分かりました……が、我々がメスを使用して上下のをということを許可していただければ」

 女性は格納庫から出て行くと、出入り口のドアの指紋認証のパネルに指を押し付けて出て行く。携帯電話を持っていないほうの手で髪の毛を整え、かつかつと通路を歩いていくと、自分の部屋を目指す。
 目つきは鋭く、耳から入ってくる情報の一欠けらを逃すまいとしている。

 「分かりました。………はい。分かっています。箱に手を入れるのは………えぇ、そうなることは間違いないかと。はい。では、お大事に」

 電話が切れる。
 女性は携帯電話をポケットに入れると、ドアノブを捻って消えた。


                【終】

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