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第九話 「過去」

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 『Diver's shell


 九話 「過去」



 フローラ=ファルシオン。
 彼女を知っている人間は以外にも多く、凄腕のダイバーとして知られていて、師と仰ぐ人間も居た。
 大きくなければ小さくもなく特徴といった特徴も無い汎用性を追い求めた結果誕生したような潜水機「アクアマリン」を駆って危険な遺跡に潜ったり沈没船の調査をしたり、更にどこぞやの密輸組織と本気でやりっあったとか、振った男は星の数だとか、伝説的な存在だった。
 そんな彼女も結婚して子供が産まれてからは「比較的」大人しくなる。潜る回数も格段に減ったため、周囲からは残念がられた。
 潜るために産まれてきたと称されるほどの天才、それが彼女。
 メリッサが憶えているのはこういった話だけで、実際に過ごした日々に関する記憶は完全に抜け落ちていた。
 ……φ37遺跡に潜るまでは。




 第二地球暦148年 7月2日。
 この日、ユトとメリッサの二人はφ37遺跡に潜った。
 遺跡に接近したとき、メリッサはユトの首を絞めるという暴挙に及んだ。
 理由は一つ。
 恐怖と混乱が呼び覚まされて、目の前に居たユトを本能的に害そうと考えたからだ。
 人は余りに衝撃的で、悲しすぎたりする出来事が起こると、その物事そのものの記憶を抹消して、時には細部を変更して再記憶してしまうという。心を防御する機構は優秀であるのと同時に選択の余地を発生させない融通の無いモノ。
 メリッサの場合も同様である。
 今まで思い出せなかったのは―――……。




 記憶の中のフローラ……メリッサの「お母さん」は、とても美しく、そして強い女性だった。
 遺跡に潜ったときの話を子守唄代わりに育ち、活動的な母親と静かながら理知的な父親の漫才のような掛け合いで毎日のように笑った。
 そんなある日。
 フローラがダイバーを止めるかもと父親と話しているのを聞いた。
 当然、理由を尋ねる。するとフローラは丁寧に説明をして、メリッサの質問に一つ一つ答えてくれた。幼いメリッサには完全に理解することは出来なかったが、「万が一のことがあったら」というのは理解できた。
 そして、事はメリッサが8歳の時に起こった。

 ―――……銃声。
 母親は絶対に触らせてくれなかった銃の音が家で鳴り響く。
 その時メリッサは潜水機の格納庫に居た。メリッサは、音がした方向に走っていく。そろりそろりと顔をリビングに出してみるが誰も居ない。家はそれなりに広いので探す場所はたくさんある。
 フローラの真似をしたポニーテールが揺れる。ただし髪の毛の長さが足りなくてきつそうである。
 更に銃声。
 メリッサの小さな体が飛び上がって、思わず床に尻餅をついてしまう。それを合図にしたのか、ドリルの掘削音と聞き間違うほどの断続的かつ大量の銃声が家の中に轟いた。
 人の呻き声、鳴き声、絶叫―――……女性の、声。
 女性の声? 聞こえた声は明らかに愛する母親のものだった。
 たちまち萎えてしまっていた身体に力が入る。爪で床を傷つけ、バネに弾かれるが如く走り出すと、家の廊下を靴下で滑って玄関へと向かう。誰に教えられたのではない。感覚が教えてきたのだ。
 玄関へと辿りついたメリッサの顔が歪む。

 「おかー……さん?」

 血だ。
 見慣れたドアに血がついている。
 違う。人だ。母親が腹から血を流して玄関のドアの内側に倒れている。
 正確には、ドアを半開きにして外を窺いながら傍らの銃を操作してマガジンを差し込みながら腹を押さえて倒れている。
 顔は疲労一色。片耳からは血が流れて服を赤く染めている。
 ふと、フローラがメリッサを見遣った。
 額から一筋の赤い体液が顔を汚しているのがはっきりと見えた。

 「お、おかーさんっ! 血が!」
 「メリッサ良く聞きなさい。逃げて」

 駆け寄ろうとするメリッサだったが、フローラに突き飛ばされる形で向こう側に押しやられて転んでしまう。フローラは短機関銃を片手で持ち上げ、ドアから顔を覗かせると、牽制のつもりで数発を発射した。
 とたんにドア目掛けて数え切れないほどの弾丸が殺到。間一髪身体を玄関に引っ込めたフローラ。ちっ、と舌打ちが響く。
 濃密な硝煙が玄関の空気を染めて、家の中にまで入り込み始めていた。
 押し寄せてくる恐怖と、母親に突き飛ばされたことで頭が混乱して思考が錯乱しかける。
 ちょん。
 フローラは腹に穴が空く重傷なのに、突き飛ばしたメリッサの鼻先を擽るように撫でる。
 そして長く伸ばされたポニーテールを解き放つと、またドアの影から外を窺った。

 「もう一度言うから良く聞いて。私が時間を稼ぐから、格納庫の裏口から逃げなさい―――……ッ!」

 玄関の外。庭に陣取った黒服の連中が、腰から下げたベルトから手榴弾を抜くと、一斉に安全ピンを抜くと、玄関目掛けて放り投げた。
 数秒が永く感じられる。
 メリッサは、血まみれなフローラに抱きかかえられて床に伏せていた。
 爆発。衝撃。視覚と聴覚、五感を手榴弾の爆発で産み落とされた衝撃波が埋め尽くす。
 炸薬の作用で四方八方に撒き散らされた破片が、玄関のいたるところに突き刺さって、見る影も無いほどボロボロにしてしまっている。

 「―――……無事……みたいね…………。手榴弾を街中で使う……本気かな。……あはは、触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものね……。メリッサ、行って。場所は知ってるでしょう?」
 「で……でも」

 メリッサを庇った所為で破片を背中に受けてしまった。それだけではなく、単純な爆発の威力を至近距離で喰らってしまった。意識朦朧のフローラ。メリッサは耳が痛い程度で済んだ。
 外で男達が会話している。突入の機会を伺っているのだろうか。無論たった一人で防げるような人数ではない。
 足音が迫る。
 フローラは、動かない右腕と、奇跡的に無事だった左腕でメリッサを立たせ、破壊の痕跡生々しい玄関を見渡す。短機関銃はどこかに消えてしまっていた。反撃することすら不可能だ。
 逃げようにも逃げられない。当然だ。フローラの片足のアキレス腱に弾丸が食い込んでいるのだ。立っていることが不思議なくらいだ。
 フローラの凜とした声がメリッサを諭す。

 「メリッサ、あなたはこんな場所で死んじゃ駄目。だから、……いきなさい」
 「………うん」

 次の瞬間、板切れ同然のドアが開かれる。
 時間を取りすぎた所為で接近を許してしまった。
 咄嗟にフローラが両手を大きく広げて肉体による障壁を作る。
 黒服の男たちは無常にも手持ちの武器を乱射してフローラに弾丸を叩き込む。憎しみと愉しみが含まれた笑みを浮かべ、フローラが床に倒れるまで引き金を引き続けた。

 「お母さんッ!!」

 傷の無い場所を探すことのほうが難しいほど身体に銃弾を撃ち込まれたフローラは、口から血を噴きつつ、車に轢かれたように床に倒れこんだ。じわりじわりと赤が広がって水溜りを造っていく。致命傷というのは子供にも分かった。
 ひゅーひゅー、と虫よりも静かで、どうしようもなく悲しい呼吸が聞こえる。
 フローラだ。
 口から血を流しつつも、必死に呼吸して、男たちから自分の娘を遠ざけんとして上体を起こそうとした。が、直ぐに崩れ落ちてしまう。銃弾に穴を開けられた手が持ち上がって、気がつかないうちに泣いていたメリッサに向けられる。

 「―――……、…リッサ、……に……げて……」

 メリッサは走り始めた。
 いやらしい笑みを浮かべた男たちが癪に触った。
 が、直ぐに追いつかれてしまう。8歳そこそこの子供が出せる身体能力などたかが知れている。成人、しかも男性の腕力に捕まえられて、両腕をねじり上げるようにして持ち上げられてしまった。
 腕に噛み付いてやろうとするが、腹に拳が叩き込まれて動きを止めてしまう。
 叫ぼうにも叫べない。痛みの所為で胃液が逆流しかける。
 メリッサは身体をばたばた暴れさせた。涙で自分がどこにいるのかも分からない。ただ赤い何かが目に入ったことだけは分かった。
 黒服の侵略者達は、メリッサの首に手刀を叩き込んで意識を落とさせる。
 家に沈黙が宿った。

 「…………お母さんの最期は……大体そんな感じで……」
 「……話したく無いなら話さなくても良かったんだぞ、嬢ちゃん」
 「そんなことが―――……あったなんて」

 旧都市区にあるオヤジの家のリビング。
 メリッサは、ちゃぶ台の上にある湯飲みの中のお茶を凝視しつつ一気に話をした。
 φ37遺跡に潜ったときの話について、思い出したことを全て。思ったこと。感じたこと。自分がどこに連れて行かれて何をされたのか。それを全て。
 衝撃を受けた顔を隠せないオヤジ。メリッサの隣に座ったユトは、余りに生々しく、そして悲しく苛立ちを覚える話に、呆然と口を開いている。

 「ねぇオヤジさん。お母さんってどんな人だった? お父さん、写真見せてくれないから」
 「ちょっと待ってろ」

 昼下がりの時間帯。
 やや生ぬるく、下手すれば暑く感じる気温だというのに、鳥肌が立つ。ユトは冷めかかったお茶を一口飲む。
 席を立って部屋の奥に消えたオヤジ。その方向に眼をやって、しきりに両手を揉み解すように擦り合わせているメリッサ。落ち着きが無く、眼は遥か彼方を見つめている。
 先ほどまで話していたのにはまだ続きがある。彼女が両腕を失うことになった、猟奇的なショーのことだ。メリッサは言おうと思えば言えた。けど、言いたくなかった。精神が拒絶を始めていたからだ。吐き気もしていた。
 ユトとメリッサの距離は極めて近い。触ることも十分可能な距離。けれどユトには、千里先に霞んでいるようにも感じられた。

 「これだこれだ。ほら」

 オヤジが大きくて古いアルバム片手に部屋に戻ってくる。
 重厚な感じのアルバム机の上に置くと、ページを捲っていって、とあるページで止める。ユトとメリッサ、そしてオヤジの顔が一冊の本の上に集合した。

 「これが俺、そんでこれがアレックス、で、……フローラだ」

 ごつごつとした指が、一枚の写真の中の人物を指し示しては次に移っていく。場所はどこかで見たことがある酒場だ。レンズに曇りがついている。撮影するときに指か何かが映り込んでしまっているのだろう。
 最初に今よりもずっと若いオヤジの顔で指が止まる。白髪が少なく、筋肉質。手に持ったグラスの中の酒を掲げてウィンクを決めている。
 続いて男性だ。鋭い目つきながら柔和な印象を受ける中々のいい男。細身で長めの髪の毛で、顔色一つ変えずにビールのジョッキを3杯ほど飲んで、4杯目に突入しているところでカメラのほうを見ている。メリッサの父親の若き日の姿だ。
 そして最後。メリッサに似た顔つきの、ポニーテールの女性。限界突破に近い真っ赤な顔つきで、ベロンベロンに酔ってますと言わんばかりに緩んだ顔を机の上に乗せてカメラを見ている。
 父親であるアレックスが一切の記録を見せてくれず、断片的にしか知ることが出来なかった母親の姿。記憶を思い出した今では見る意味も余り無いが、こうやって写真で見るのは事実上初めてなのかもしれない。
 メリッサは写真をじっくりと見つめた。
 オヤジは湯のみからお茶を飲んで口を開く。

 「アイツ――……フローラはいいダイブ仲間で親友だった。知ってるとは思うがアレックスが補助をやってたんじゃないぞ。んで………あの日に連中がやってきてアイツを殺した」
 「連中?」

 途中でユトが口を挟む。理由も無く小声になってしまっているのには気がつかない。
 オヤジ、そしてメリッサの顔が曇ったのを見て、あっと声を上げてしまいそうになりながら萎縮する。
 メリッサは気にしてないと言う様に手を挙げて続きを促した。

 「連中っても手がかりはゼロだ。警察の捜査も意味は無かった。俺だって裏に手を回して追尾を試みたが………金ばっかり流れるだけだ。………それで10年。今となっちゃあ殆どのダイバーが憶えてねェ」
 「………」

 聞けば聞くほど辛くなってくる。
 犯人がある程度特定出来ているなら、目の前にいるなら、恨むことも復讐を果たすことも出来るだろう。だが、居ない上に10年が経過してしまっていてはどうしようもない。
 思考の泥沼にはまり込んで考え込むオヤジ。アルバムを捲っては何かを思い出すように固まるメリッサ。ユトは、お茶を飲みながらアルバムを覗き込む。
 アルバムが捲られていく。と、メリッサの手が止まった。
 眠くてうつらうつらとする幼いメリッサの頭を、フローラが指一本で支えて悪戯っぽい顔を浮かべている写真だ。
 部屋に沈黙が満ちる。メリッサはアルバムを閉じてオヤジのほうに押しやった。目元が濡れているのに気がつかれまいと、前髪を直す動きに合わせて涙を拭う。
 場の空気に耐えられなくなったユトは、オヤジさんの方に頭を向けた。

 「あのーオヤジさん。機体の方はどうなってます?」
 「安心しろ、3日で直す。そうだな、あれだ。お二人さんにはちょっと休憩が必要なんじゃないか? というかマッタリが必要なんじゃないか?」

 いきなり話が変わった。ユトとメリッサはオヤジを見る。
 オヤジはニヤりと口元を引き上げた。

 「どうだ、お二人さんで一緒にお風呂に入って楽しく洗いごっこをだな……」
 「ユトー。オヤジさんに熱湯をコップ一杯」
 「エリアーヌに頼んでくるよ」
 「冗談だぞ、いいか、今のは冗談だ」

 早速立ち上がったユトにオヤジの顔が引きつった。
 その後、オヤジの冗談で場の空気が緩んだお陰で世間話に盛り上がった。



                【終】


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