十一話 「目標地点へ(前)」
メールと電話でのやり取りの数時間後。
二人はクルーザーで海に漕ぎ出し、全速力でφ37遺跡に向かう……のではなく、脅迫者が用意した船に潜水機を積んで移動していた。
しかも以前二人が助けられた時の船で。
二人はクルーザーで海に漕ぎ出し、全速力でφ37遺跡に向かう……のではなく、脅迫者が用意した船に潜水機を積んで移動していた。
しかも以前二人が助けられた時の船で。
「悪く思わねぇで欲しいッスね。仕事ッス」
「そんなことよりもとっとと行ってくれる? 正直な話もっと早くいけるんでしょ?」
「へいへい分かってますッス」
「そんなことよりもとっとと行ってくれる? 正直な話もっと早くいけるんでしょ?」
「へいへい分かってますッス」
二人の足代わりになったのはハンナのホバークラフトだった。
クルーザーのトイレの天井に貼り付けてあった封筒の中身を読むと、港の一角が指定されていた。その場所へと行くと、ハンナが居たのだ。潜水機を運ぶ手はずも整えられていたのでものの数時間で出航できたのだ。
計画的犯行だというのは分かったが、何故我々なのだろう。ユトとメリッサは頭脳をフル回転させて考えてみたが、結局何も出てこなかった。ただメリッサだけは「あて」があった。
それはフローラを殺害してメリッサの腕を切断した黒服の連中だ。
銃も持っていたし、雰囲気が余りに似すぎていた。ひょっとしてそうなのかもしれない。もしもそうなら今すぐ殺してやりたい気分だったが、人質を取られていてはどうしようもない。
荒れ放題の海をホバークラフトが行く。
後方の大型のファンの他にも小型のジェット推進装置が仕込まれており、船とは思えない速度で進んでいく。雨脚は轟々として変化は無い。潜るには都合のいい天気とはいえない。
ダイブスーツに身を包んだユトは、操縦席の後方に設けられた座席から外を見遣った。
普通の船なら上下左右にがっくんがっくん揺れるところだが、ホバークラフトであれば関係なく上を滑っていける。しかも速い。
あの電話の向こうの女の言葉が正しければユトの家族も危ない。
視線を室内に戻し、続いて自分の手を見る。緊張で震えていた。
ハンナが操縦する隣で険しい顔をして「速く行け」と催促をしているメリッサ。気丈な振る舞いを見せている彼女だが、脚が震えている。船の動揺とは関係あるまい。
苛立ちが取れない。ユトは、いつの間にか貧乏揺すりをしていた脚を撫でると、腿をパンと叩いて立ち上がった。
それを合図にしたかのように船ががたんと大きく揺れ、ユトとメリッサはよろめいてしまう。ハンナがファンの回転を最大に引き上げたのだ。被害者は一人だけではない。操縦席にある無線機から苦情が飛び込んできた。
クルーザーのトイレの天井に貼り付けてあった封筒の中身を読むと、港の一角が指定されていた。その場所へと行くと、ハンナが居たのだ。潜水機を運ぶ手はずも整えられていたのでものの数時間で出航できたのだ。
計画的犯行だというのは分かったが、何故我々なのだろう。ユトとメリッサは頭脳をフル回転させて考えてみたが、結局何も出てこなかった。ただメリッサだけは「あて」があった。
それはフローラを殺害してメリッサの腕を切断した黒服の連中だ。
銃も持っていたし、雰囲気が余りに似すぎていた。ひょっとしてそうなのかもしれない。もしもそうなら今すぐ殺してやりたい気分だったが、人質を取られていてはどうしようもない。
荒れ放題の海をホバークラフトが行く。
後方の大型のファンの他にも小型のジェット推進装置が仕込まれており、船とは思えない速度で進んでいく。雨脚は轟々として変化は無い。潜るには都合のいい天気とはいえない。
ダイブスーツに身を包んだユトは、操縦席の後方に設けられた座席から外を見遣った。
普通の船なら上下左右にがっくんがっくん揺れるところだが、ホバークラフトであれば関係なく上を滑っていける。しかも速い。
あの電話の向こうの女の言葉が正しければユトの家族も危ない。
視線を室内に戻し、続いて自分の手を見る。緊張で震えていた。
ハンナが操縦する隣で険しい顔をして「速く行け」と催促をしているメリッサ。気丈な振る舞いを見せている彼女だが、脚が震えている。船の動揺とは関係あるまい。
苛立ちが取れない。ユトは、いつの間にか貧乏揺すりをしていた脚を撫でると、腿をパンと叩いて立ち上がった。
それを合図にしたかのように船ががたんと大きく揺れ、ユトとメリッサはよろめいてしまう。ハンナがファンの回転を最大に引き上げたのだ。被害者は一人だけではない。操縦席にある無線機から苦情が飛び込んできた。
「お姉ちゃん加速酷いじゃん! 敵居ないし急ぐ必要ないのに何やってんの!?」
「依頼者にこのお二人さんの言うことは聞けと言われてるんだから仕方無いッスよ、黙ってなさい」
「………ドンパチやんないだけマシかぁ」
「依頼者にこのお二人さんの言うことは聞けと言われてるんだから仕方無いッスよ、黙ってなさい」
「………ドンパチやんないだけマシかぁ」
ハンナは無線の向こうに居る兄妹に返答をすると、船の進行方向を調整した。
落ち着かないどころか明らかにイライラして前を見つめているメリッサ。ユトも同じように前を向くと、眼鏡の位置を直した。
海は荒れ狂って船を沈めんとしている。それはまるで二人の心情を具現化しているようでもあった。
時間の流れが遅く感じてしまう。
二人は、椅子に座ったり、準備運動をしてみたり、天気の様子を確認するべく携帯電話でテレビ放送を見たりする。
対するハンナはリラックス状態で運転を続けている。
φ37遺跡までは、もう少し。
落ち着かないどころか明らかにイライラして前を見つめているメリッサ。ユトも同じように前を向くと、眼鏡の位置を直した。
海は荒れ狂って船を沈めんとしている。それはまるで二人の心情を具現化しているようでもあった。
時間の流れが遅く感じてしまう。
二人は、椅子に座ったり、準備運動をしてみたり、天気の様子を確認するべく携帯電話でテレビ放送を見たりする。
対するハンナはリラックス状態で運転を続けている。
φ37遺跡までは、もう少し。
「……WよりT。10人前後と推定。連中の配置が不明につき警戒して」
「T了解。潜入を開始する。制圧隊の到着は?」
「もうじきよ。でも、作戦開始は夜……もしくは早朝以降になりそう」
「了解」
「T了解。潜入を開始する。制圧隊の到着は?」
「もうじきよ。でも、作戦開始は夜……もしくは早朝以降になりそう」
「了解」
雨が降っている。
レンガ造りからコンクリートに木造。地震どころか壁の一蹴りで倒壊してしまいそうな建物から、爆弾が投下されるのを想定されているが如く補強された建物までずらりと建て並ぶ旧都市部の端っこ。
夏特有の湿った大気が風に運ばれて流れていく。夜と夕方の中間の時間帯。電灯が道路を照らし始める。
オヤジの家から数km地点の雑居ビルの屋上にある看板の下からゴーグルが覗いている。暗闇でも見えるゴーグルの下には月の光を思わせる銀髪が押さえつけられており、端整かつ鋭利な顔を隠している。
ゴーグルの向こうにはオヤジの木造の家がある。煌々と灯る照明のお陰で赤外線モードなどは必要ない。が、窓を覆うカーテンの所為で内部の様子を直接には窺えない。
ウィスティリアは、カーテンに映っている人影の数をもう一度数えなおす。電気が消えては怪しまれるからとカーテンを閉めているのだろうが、影で丸分かりだ。問題は正確に数えられないということだが。
さて、拘束されている二人を助けるにはどうすればいいか。
それには二人が拘束されている場所及び犯人達の場所を絞り込む必要がある。狙撃をするにしても居場所が分からなくては意味が無いのだ。
あの家の構造を大雑把に言うと「木造二階建て」。一階は作業スペースと居間。二階は寝室等。一階は広く、二階は狭い。
周辺の家との距離は極端に狭く、家の玄関側が比較的大きな道路に接している。車両を用意するには難しいであろう。もしも逃走するとすれば空だ。上空ならどうにでもなる。
居場所。拘束されて動けない状況の2人がロッカーかなにかに押し込められているとは考えにくい。少なくとも2人以上の見張りに銃を向けられていると考えるのが妥当である。そうすることで抑止力となる。
「組織」の連中は手馴れのものを送り込んできているに違いない。諜報部隊の報告によると、マフィアとつながりのある人物が雇われているという。そう簡単に解決は出来ない。
ウィスティリアはゴーグルの映像を拡大する。
窓際に見張りが居る可能性が高い。タナカを潜入させるに当たっては経路を慎重に考えなければならない。下水道などからの侵入も検討してある。あとは現場の本人の判断だ。
隊の人間はまだ到着していない。行動に移すのはもう暫く時間がかかる。
ウィスティリアはゴーグルを外すと、短機関銃を背中に回し、ビルの屋上から飛び降りた。同時に衝撃を和らげるための体勢を取り、隣のビルの屋上にあったコンテナの着地する。密着するように建てられているので距離は余り無い。
走る。
ビルの屋上のアンテナを蹴るように跳躍、隣のビルの壁面へと飛びついてくるりと反転、壁に配置されているクーラーの室外機を足場に地上へと飛びおりた。
何もそんなことをしなくてもいいが、体が鈍っているような気がして実行した。危険にも程がある。
レンガ造りからコンクリートに木造。地震どころか壁の一蹴りで倒壊してしまいそうな建物から、爆弾が投下されるのを想定されているが如く補強された建物までずらりと建て並ぶ旧都市部の端っこ。
夏特有の湿った大気が風に運ばれて流れていく。夜と夕方の中間の時間帯。電灯が道路を照らし始める。
オヤジの家から数km地点の雑居ビルの屋上にある看板の下からゴーグルが覗いている。暗闇でも見えるゴーグルの下には月の光を思わせる銀髪が押さえつけられており、端整かつ鋭利な顔を隠している。
ゴーグルの向こうにはオヤジの木造の家がある。煌々と灯る照明のお陰で赤外線モードなどは必要ない。が、窓を覆うカーテンの所為で内部の様子を直接には窺えない。
ウィスティリアは、カーテンに映っている人影の数をもう一度数えなおす。電気が消えては怪しまれるからとカーテンを閉めているのだろうが、影で丸分かりだ。問題は正確に数えられないということだが。
さて、拘束されている二人を助けるにはどうすればいいか。
それには二人が拘束されている場所及び犯人達の場所を絞り込む必要がある。狙撃をするにしても居場所が分からなくては意味が無いのだ。
あの家の構造を大雑把に言うと「木造二階建て」。一階は作業スペースと居間。二階は寝室等。一階は広く、二階は狭い。
周辺の家との距離は極端に狭く、家の玄関側が比較的大きな道路に接している。車両を用意するには難しいであろう。もしも逃走するとすれば空だ。上空ならどうにでもなる。
居場所。拘束されて動けない状況の2人がロッカーかなにかに押し込められているとは考えにくい。少なくとも2人以上の見張りに銃を向けられていると考えるのが妥当である。そうすることで抑止力となる。
「組織」の連中は手馴れのものを送り込んできているに違いない。諜報部隊の報告によると、マフィアとつながりのある人物が雇われているという。そう簡単に解決は出来ない。
ウィスティリアはゴーグルの映像を拡大する。
窓際に見張りが居る可能性が高い。タナカを潜入させるに当たっては経路を慎重に考えなければならない。下水道などからの侵入も検討してある。あとは現場の本人の判断だ。
隊の人間はまだ到着していない。行動に移すのはもう暫く時間がかかる。
ウィスティリアはゴーグルを外すと、短機関銃を背中に回し、ビルの屋上から飛び降りた。同時に衝撃を和らげるための体勢を取り、隣のビルの屋上にあったコンテナの着地する。密着するように建てられているので距離は余り無い。
走る。
ビルの屋上のアンテナを蹴るように跳躍、隣のビルの壁面へと飛びついてくるりと反転、壁に配置されているクーラーの室外機を足場に地上へと飛びおりた。
何もそんなことをしなくてもいいが、体が鈍っているような気がして実行した。危険にも程がある。
「WからTへ。私は目標の家からちょっと離れた場所から偵察を続けるから」
「了解」
「了解」
タナカは涼しい声で答えると、ゴーグルについている無線機を切って、小さな鏡を取り出す。目標の家から少し離れた地点。比較的新しい建物の影から鏡を出して人が居ないかを確認した。
タナカが走り出す。足音すらさせず、漆黒の髪を揺らしながら走る。家一つ分走ったタナカはゴミ箱の陰に身を潜めて周囲の様子を感じ取ろうとする。
ここらへんは買い物が出来る場所や、人が来る要因が少ない地域だ。夕方ということもあって通行人もほぼ居ない。異変にすら気がついていないであろう。
目標の家に小さな通りを挟んだ向こう側の家に肉薄する。真正面から様子を窺ってみるが、玄関は閉じられて窓も閉じられている。
相手は事を起こしたことを察知されたとは思っていないはずであるが、警戒をしていることは人数から容易に想像がつく。
タナカが走り出す。足音すらさせず、漆黒の髪を揺らしながら走る。家一つ分走ったタナカはゴミ箱の陰に身を潜めて周囲の様子を感じ取ろうとする。
ここらへんは買い物が出来る場所や、人が来る要因が少ない地域だ。夕方ということもあって通行人もほぼ居ない。異変にすら気がついていないであろう。
目標の家に小さな通りを挟んだ向こう側の家に肉薄する。真正面から様子を窺ってみるが、玄関は閉じられて窓も閉じられている。
相手は事を起こしたことを察知されたとは思っていないはずであるが、警戒をしていることは人数から容易に想像がつく。
「さて」
一言呟いたタナカは、家の裏へと周ると、目標の家の裏から近づくべく走り出す。
レールに乗せられたが如くのしなやかな動きに無駄は一つも無い。
時間をかけずに目標の家の裏へと周ったタナカは、置いてあったコンテナの裏に座って、滑り止め付きの黒い手袋をしっかりとはめなおす。
と、そこで家の裏の扉から男が一人出てきて、口笛を吹きながらうろうろし始めた。
コンテナの端から男の様子を観察してみる。ハゲ頭に黒い帽子を被っていて、自動小銃を肩から下げて、さほど広くない家の裏のもの置き場を歩き回っている。無線機らしきものは確認できない。
視線を家の窓へとやって、見張りが居ないかを確認する。
感づかれてはならない。
息も漏らさぬように気配を殺し、機会を伺う。沈黙の音ですら銃声に聞こえてくるようだ。
黒服の男は仕事熱心とは言えないようで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返しては、時々地面を脚で穿ったり、肩にかけた自動小銃を空に構えたりしている。
男がドアから離れて家の裏にあったゴミ箱へと近寄っていく。タナカは、一気にドアに向かって走り出し、音も無く内部に侵入した。
背中の散弾銃を使うことは避けたい。威力は高いが銃声も大きいのだから。
埃臭い空気に満ちた家の中へと入れば、今しがた入ったドアの簡易型の鍵をかけてしまう。腰を落としたまま進んでいき、潜水機の大型の電池が無造作に置かれている場所の影へと身を隠す。丁度電池がそのまま置かれていたので裏に身体を入れてしまう。
家の奥からは話し声などが聞こえてきている。いつまでも電池の影に隠れてはいれまい。
タナカは周囲を見て、工具入れを見つけた。丁度人一人入るのにいい大きさだ。しかし中の工具が邪魔で入れない。
裏口のドアノブが捻られて、何度も何度も開けようと試みているのが音で分かった。数回繰り返して音は止まった。仲間に閉められたと思ったのだろう。
この家は非常にモノが多く、隠れる場所も豊富にあるが、見張りがうろついているために身動きが出来ない。ユトとメリッサの二人は「誰にも知らせない」ことを条件に動いているのだから、もし見つかったらタナカは兎に角としても人質は死ぬであろう。
タナカは電池の影で思考の枝を張り巡らしていく。
何せ作戦はまだ始まったばかりなのだから。
レールに乗せられたが如くのしなやかな動きに無駄は一つも無い。
時間をかけずに目標の家の裏へと周ったタナカは、置いてあったコンテナの裏に座って、滑り止め付きの黒い手袋をしっかりとはめなおす。
と、そこで家の裏の扉から男が一人出てきて、口笛を吹きながらうろうろし始めた。
コンテナの端から男の様子を観察してみる。ハゲ頭に黒い帽子を被っていて、自動小銃を肩から下げて、さほど広くない家の裏のもの置き場を歩き回っている。無線機らしきものは確認できない。
視線を家の窓へとやって、見張りが居ないかを確認する。
感づかれてはならない。
息も漏らさぬように気配を殺し、機会を伺う。沈黙の音ですら銃声に聞こえてくるようだ。
黒服の男は仕事熱心とは言えないようで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返しては、時々地面を脚で穿ったり、肩にかけた自動小銃を空に構えたりしている。
男がドアから離れて家の裏にあったゴミ箱へと近寄っていく。タナカは、一気にドアに向かって走り出し、音も無く内部に侵入した。
背中の散弾銃を使うことは避けたい。威力は高いが銃声も大きいのだから。
埃臭い空気に満ちた家の中へと入れば、今しがた入ったドアの簡易型の鍵をかけてしまう。腰を落としたまま進んでいき、潜水機の大型の電池が無造作に置かれている場所の影へと身を隠す。丁度電池がそのまま置かれていたので裏に身体を入れてしまう。
家の奥からは話し声などが聞こえてきている。いつまでも電池の影に隠れてはいれまい。
タナカは周囲を見て、工具入れを見つけた。丁度人一人入るのにいい大きさだ。しかし中の工具が邪魔で入れない。
裏口のドアノブが捻られて、何度も何度も開けようと試みているのが音で分かった。数回繰り返して音は止まった。仲間に閉められたと思ったのだろう。
この家は非常にモノが多く、隠れる場所も豊富にあるが、見張りがうろついているために身動きが出来ない。ユトとメリッサの二人は「誰にも知らせない」ことを条件に動いているのだから、もし見つかったらタナカは兎に角としても人質は死ぬであろう。
タナカは電池の影で思考の枝を張り巡らしていく。
何せ作戦はまだ始まったばかりなのだから。
―――……深度4000m。
各部のセンサー、そして腕部を高性能なものに換装したポンペリウスは、いきなり4000mを緩やかに下降するようにしてφ37遺跡に接近していた。
暗い。
地上から降り注ぐ光は、曇りで豪雨という影響もあってか、増幅しても殆ど画面に光をもたらしてくれない。かといって人間が見えない赤外線を利用しての映像もうかつには使えない。ガードロボには丸見えな可能性もあるからだ。
時折機体が水圧で軋みを上げるのが聞こえてくる。その度に二人は進むのを止めて点検を行っていたが、徐々に回数が減っていった。
時間は有限なのだ。自分たちの命ではなく、知り合いや家族の命の。
猶予時間はポンペリウスの活動限界時間に幾分上乗せした数字。活動限界時間に5時間を足した数が、大切な人たちの命が奪われるまでの時間となっている。寿命でも、事故でも、なんでもない。「殺される」。
ユトとメリッサの口数はいつもの半分以下。否、もっと少ないかもしれない。
冗談を言ったら脚から順番に崩れてしまいそうだったからだ。
各部のセンサー、そして腕部を高性能なものに換装したポンペリウスは、いきなり4000mを緩やかに下降するようにしてφ37遺跡に接近していた。
暗い。
地上から降り注ぐ光は、曇りで豪雨という影響もあってか、増幅しても殆ど画面に光をもたらしてくれない。かといって人間が見えない赤外線を利用しての映像もうかつには使えない。ガードロボには丸見えな可能性もあるからだ。
時折機体が水圧で軋みを上げるのが聞こえてくる。その度に二人は進むのを止めて点検を行っていたが、徐々に回数が減っていった。
時間は有限なのだ。自分たちの命ではなく、知り合いや家族の命の。
猶予時間はポンペリウスの活動限界時間に幾分上乗せした数字。活動限界時間に5時間を足した数が、大切な人たちの命が奪われるまでの時間となっている。寿命でも、事故でも、なんでもない。「殺される」。
ユトとメリッサの口数はいつもの半分以下。否、もっと少ないかもしれない。
冗談を言ったら脚から順番に崩れてしまいそうだったからだ。
「ユト……電話の女が言ってた紙なんだけど、分からないところがあるんだけど……」
「うん」
「私の―――……義腕が鍵となるとか書いてあるんだけど、どういうこと?」
「うん」
「私の―――……義腕が鍵となるとか書いてあるんだけど、どういうこと?」
以前よりモニター数の増えた後部座席に座って白い紙を読んでいたメリッサは、一番初めの疑問点を(たくさんあるのだが)ユトに問いかける。ユトは暗闇を睨みつけたまま返事をした。
機体の潜航速度は変わらない。
機体の潜航速度は変わらない。
「こんなこと聞くのはアレなのかもしれないけど、実はその義手は特製だとか……その、……殺されたお母さんの遺品だったりはしない?」
「……それは無いわ。お金あんまりなかったから怪しい商人から安値で買ったのを弄ったのだから。人工皮膚だけはいいの使ってるけどね。……というか義腕は成長しないから何回か変えてるんだけど」
「問題は出なかった?」
「なんにも。これは左右同じフレームなのに重量に違いがあった程度かな」
「……それは無いわ。お金あんまりなかったから怪しい商人から安値で買ったのを弄ったのだから。人工皮膚だけはいいの使ってるけどね。……というか義腕は成長しないから何回か変えてるんだけど」
「問題は出なかった?」
「なんにも。これは左右同じフレームなのに重量に違いがあった程度かな」
会話から分かると思うが、二人はオヤジさんやエリアーヌを監禁しているのが10年前の事件の連中ではないかと思っている。ユトは事件の詳細を聞いていたから、そしてメリッサは当事者だったから、なんとなくそう思っている。
例えそうでないにしても黒服に銃の組み合わせは余りに怪しい。
ユトは、魚雷ランチャーを構えたまま深海を進んでいく。鮫のようにしなやかに。蟻のように慎重に。蝶のように軽やかに。梟のように隠密に。
ソナー音を捉えれば直ぐに対処し、見つからぬようにφ37遺跡を目指す。
運が味方してくれたのか今日はガードロボの数が少なかった。
聴覚視覚が針のように研ぎ澄まされているよう。水に押しつぶされる映像や、ガードロボの魚雷を喰らって粉みじんになる映像、そして、大切な人が頭を撃ち抜かれて死ぬ映像が思考の端っこに流れてくる。
ユトはまだいい。問題はメリッサだ。
母親が殺される記憶の影響で時折視点を彷徨わせてぼーっとしている時がある。思い出したときと比べて慣れてきたといっても、涙を滲ませるときがある。忘れように忘れられないのだ。
危険領域でぼっーとしていれば命に、大切な人の命にも関わってくる。メリッサは自分の頬をぱんと叩くと、センサーから送られてくる情報から周囲の状況を探っていく。
光無き深海を進む恐怖。目隠し運転と言ってもおかしくない暗闇の中を巨人が行く。
荒れる海の影響も深海までは届かない。星の体内に侵入している感覚に、二人の体が微かに震える。
時間は刻一刻と減っていく。
残り時間を示す数字がまた一つ減った。
例えそうでないにしても黒服に銃の組み合わせは余りに怪しい。
ユトは、魚雷ランチャーを構えたまま深海を進んでいく。鮫のようにしなやかに。蟻のように慎重に。蝶のように軽やかに。梟のように隠密に。
ソナー音を捉えれば直ぐに対処し、見つからぬようにφ37遺跡を目指す。
運が味方してくれたのか今日はガードロボの数が少なかった。
聴覚視覚が針のように研ぎ澄まされているよう。水に押しつぶされる映像や、ガードロボの魚雷を喰らって粉みじんになる映像、そして、大切な人が頭を撃ち抜かれて死ぬ映像が思考の端っこに流れてくる。
ユトはまだいい。問題はメリッサだ。
母親が殺される記憶の影響で時折視点を彷徨わせてぼーっとしている時がある。思い出したときと比べて慣れてきたといっても、涙を滲ませるときがある。忘れように忘れられないのだ。
危険領域でぼっーとしていれば命に、大切な人の命にも関わってくる。メリッサは自分の頬をぱんと叩くと、センサーから送られてくる情報から周囲の状況を探っていく。
光無き深海を進む恐怖。目隠し運転と言ってもおかしくない暗闇の中を巨人が行く。
荒れる海の影響も深海までは届かない。星の体内に侵入している感覚に、二人の体が微かに震える。
時間は刻一刻と減っていく。
残り時間を示す数字がまた一つ減った。
―――……海底。
海の神様が味方したのか、ガードロボに一回も見つかることなくφ37遺跡に接近することが出来た二人は、前と同じような大きさと形状の岩の後ろに張り付いていた。
ポンペリウスは訓練された兵士のように匍匐体勢で岩の上に居る。
ぴったりと張り付いていれば目視以外の方法ではまず見つからない。
前方へとカメラを向ける。朧ながら遺跡の姿が見えてきた。ピラミット型の要塞。多くの物資を宿したまま海に眠り続けている超科学の遺産。
ユトは手に汗が滲んできたことを実感すると同時に、時間の経過の早さに驚く。時計が故障しているのかと思ったくらいだ。
海の神様が味方したのか、ガードロボに一回も見つかることなくφ37遺跡に接近することが出来た二人は、前と同じような大きさと形状の岩の後ろに張り付いていた。
ポンペリウスは訓練された兵士のように匍匐体勢で岩の上に居る。
ぴったりと張り付いていれば目視以外の方法ではまず見つからない。
前方へとカメラを向ける。朧ながら遺跡の姿が見えてきた。ピラミット型の要塞。多くの物資を宿したまま海に眠り続けている超科学の遺産。
ユトは手に汗が滲んできたことを実感すると同時に、時間の経過の早さに驚く。時計が故障しているのかと思ったくらいだ。
「メリッサ、大丈夫?」
「………っ……、……うん、……大丈夫。早くしないと、……連中が……何をするか分からないから、急ぎましょう……」
「………っ……、……うん、……大丈夫。早くしないと、……連中が……何をするか分からないから、急ぎましょう……」
メリッサは、遺跡を映した映像を見るなり口を押さえて涙を滲ませ始めていた。やや呼吸も早く、何かの衝動を必死に堪えているようにも見える。
首を絞められるのではないか、とユトは一瞬考えてしまう。嫌な記憶は中々消えてくれないものなのだ。万が一首を絞められて意識を喪失すれば二人の命、そして大切な人の命は無い。
だが、すぐに考えるのを止める。メリッサを信じようと思ったのだ。毅然とした面持ちで遺跡を睨みつければ、そろりそろりと機体を動かしていく。
遺跡のどこから侵入するかは重要なことだ。一回のダイブしか許されていない以上、今までの知識を搾り出し、しかも時間をかけずに考えなければならない。二人の心臓が極度の緊張で壊れそうなほど脈を打つ。
首を絞められるのではないか、とユトは一瞬考えてしまう。嫌な記憶は中々消えてくれないものなのだ。万が一首を絞められて意識を喪失すれば二人の命、そして大切な人の命は無い。
だが、すぐに考えるのを止める。メリッサを信じようと思ったのだ。毅然とした面持ちで遺跡を睨みつければ、そろりそろりと機体を動かしていく。
遺跡のどこから侵入するかは重要なことだ。一回のダイブしか許されていない以上、今までの知識を搾り出し、しかも時間をかけずに考えなければならない。二人の心臓が極度の緊張で壊れそうなほど脈を打つ。
「メリッサ、ソナーを一回弱めで」
「了解」
「了解」
ポンピリウスからソナーが発せられ、遺跡や地形が視覚情報として表示される。微弱故に遠くに響くことは無いが、入り口を探すには十分だ。
すると、ソナーに反応してソナーが返ってきた。幸い地面に張り付くように移動していたので見つからなかったようだが、ライトの光が地面を移動している。探しているらしい。
ガードロボは、正々堂々ライトを照らしているため、位置がはっきりと確認できた。
見つからぬよう、近くの岩の裏に逃げ込むと、遺跡の方とガードロボを交互に観察する。
比較的見張りが少ないといっても完全に居ないわけではない。何とか隙を見つけて押し入らなければなるまい。
ガードロボの隙を見つけるというのと、遺跡の内部に入れる場所を見つける必要がある。遺跡は看板を立てて「ここが入り口」と示してはくれないのだから。
ピラミッド状の遺跡のどこが入り口なのか。
ユトはメインカメラを岩の隙間から覗かせ、光学増幅をかける。駄目だ。あまりの暗さに薄っすら見える程度で詳細が見えてこない。
すると、ソナーに反応してソナーが返ってきた。幸い地面に張り付くように移動していたので見つからなかったようだが、ライトの光が地面を移動している。探しているらしい。
ガードロボは、正々堂々ライトを照らしているため、位置がはっきりと確認できた。
見つからぬよう、近くの岩の裏に逃げ込むと、遺跡の方とガードロボを交互に観察する。
比較的見張りが少ないといっても完全に居ないわけではない。何とか隙を見つけて押し入らなければなるまい。
ガードロボの隙を見つけるというのと、遺跡の内部に入れる場所を見つける必要がある。遺跡は看板を立てて「ここが入り口」と示してはくれないのだから。
ピラミッド状の遺跡のどこが入り口なのか。
ユトはメインカメラを岩の隙間から覗かせ、光学増幅をかける。駄目だ。あまりの暗さに薄っすら見える程度で詳細が見えてこない。
「近づいて調べよう。気が付かれたくないからね」
「時間かけないで。今までの最短を狙って。じゃないと……」
「分かってる、大丈夫」
「時間かけないで。今までの最短を狙って。じゃないと……」
「分かってる、大丈夫」
自分の心音すら大きく聞こえてくる。
機体を、匍匐前進かと見間違うほどの低い姿勢で遺跡に近づいていく。遺跡の周辺を取り囲んでいる「塔」の一つに近づくと、胸部から取り出した探査機器を押し当てて内部構造を探ろうとする。両腕を武装解除するわけに行かないのでブレードを肩に戻した。
結果は芳しくない。
塔そのものはがっちりと中まで詰まっていて、どう考えても中に入れる感じではない。表示された数値にメリッサが舌打ちをした。強度も高かったのだ。
塔が遺跡を取り囲んでいる。一つ一つの塔が違う用途・構造とは思えない。ということは、塔から入るのではなく、外見どおりにピラミッド状の遺跡本体のどこかに入れる場所があるということだ。
二人の動きを察知してわけではないだろうが、塔の天辺が光り輝いたかと思うと、四方八方へとサーチライトらしき灯りをつけた。サーチライトは何かを探すように海中を動いている。強烈な光の所為で白い刃が海中を混ぜているようにも見えた。
ユトは、機器を胸に仕舞って、改めてブレードと魚雷ランチャーを握りなおすと、塔の影から遺跡へと忍び寄っていく。
用途不明の表面構造物を眼にしつつ、遺跡へとたどり着くことに成功した。上を見上げてみる。サーチライトや、ゴマ粒ほどの大きさにしか見えないガードロボ、海の不純物などがあいまって、自分たちが地上にいるように錯覚させる。
実際には数千mの水が積み重なった下にいるのだ。そう考えるとのん気には居られない。
ユトは、遺跡の上を脚部スラスターを微弱に吹かしながら進み始めた。
長い年月が経過しているとは思えぬほど遺跡の表面は艶やかで、逆につい最近建造されたかと思うほどだ。ただ緻密な電子部品を彷彿とさせる表面の細かな溝は白いマリンスノーで埋められていた。
遺跡は途方も無い大きさを持っている。一つの島と認識されても不思議ではないほどの大きさ故、どこから入ればいいのかが分からない。
時間は容赦なく流れていく。
機体の駆動音とスラスターが静かに深海に消えていった。
ユトは機体を止めると、眼鏡の位置を直して栄養ゼリーの入ったパックの中身を全て吸い出し、ポンピリウスの手に持たれている機器を遺跡のハッチらしき部位に押し当てた。反応を見ると、内部に空間がある。
メリッサは今までのデータと比較検証。内部の空間が罠ではないか、などを調べて、考えて、ユトに口を開いた。
機体を、匍匐前進かと見間違うほどの低い姿勢で遺跡に近づいていく。遺跡の周辺を取り囲んでいる「塔」の一つに近づくと、胸部から取り出した探査機器を押し当てて内部構造を探ろうとする。両腕を武装解除するわけに行かないのでブレードを肩に戻した。
結果は芳しくない。
塔そのものはがっちりと中まで詰まっていて、どう考えても中に入れる感じではない。表示された数値にメリッサが舌打ちをした。強度も高かったのだ。
塔が遺跡を取り囲んでいる。一つ一つの塔が違う用途・構造とは思えない。ということは、塔から入るのではなく、外見どおりにピラミッド状の遺跡本体のどこかに入れる場所があるということだ。
二人の動きを察知してわけではないだろうが、塔の天辺が光り輝いたかと思うと、四方八方へとサーチライトらしき灯りをつけた。サーチライトは何かを探すように海中を動いている。強烈な光の所為で白い刃が海中を混ぜているようにも見えた。
ユトは、機器を胸に仕舞って、改めてブレードと魚雷ランチャーを握りなおすと、塔の影から遺跡へと忍び寄っていく。
用途不明の表面構造物を眼にしつつ、遺跡へとたどり着くことに成功した。上を見上げてみる。サーチライトや、ゴマ粒ほどの大きさにしか見えないガードロボ、海の不純物などがあいまって、自分たちが地上にいるように錯覚させる。
実際には数千mの水が積み重なった下にいるのだ。そう考えるとのん気には居られない。
ユトは、遺跡の上を脚部スラスターを微弱に吹かしながら進み始めた。
長い年月が経過しているとは思えぬほど遺跡の表面は艶やかで、逆につい最近建造されたかと思うほどだ。ただ緻密な電子部品を彷彿とさせる表面の細かな溝は白いマリンスノーで埋められていた。
遺跡は途方も無い大きさを持っている。一つの島と認識されても不思議ではないほどの大きさ故、どこから入ればいいのかが分からない。
時間は容赦なく流れていく。
機体の駆動音とスラスターが静かに深海に消えていった。
ユトは機体を止めると、眼鏡の位置を直して栄養ゼリーの入ったパックの中身を全て吸い出し、ポンピリウスの手に持たれている機器を遺跡のハッチらしき部位に押し当てた。反応を見ると、内部に空間がある。
メリッサは今までのデータと比較検証。内部の空間が罠ではないか、などを調べて、考えて、ユトに口を開いた。
「入りましょう。開かないならとっととこじ開けて」
「言われなくてももうやってる」
「言われなくてももうやってる」
腕に握られたプラズマカッターが遺跡のハッチを溶かし始めていた。時折気泡が発生して上に上がっていってしまっている。ユトは時間をかけぬよう、出力を最大に上げていく。
程なくして、ハッチは穴となった。ハッチの残骸をなんとなく収納し、内部を覗き込む。
何も無い。各種センサー類で構造を確かめて見たところ、果てしなく奥まで続いている通路か何かということが判明した。躊躇っている時間は無い。
程なくして、ハッチは穴となった。ハッチの残骸をなんとなく収納し、内部を覗き込む。
何も無い。各種センサー類で構造を確かめて見たところ、果てしなく奥まで続いている通路か何かということが判明した。躊躇っている時間は無い。
「鬼が出るか、蛇が出るか―――……」
そう呟くユトに、メリッサはキーボードを叩きながら言う。
強い目つきが黒い空間を睨んだ。
強い目つきが黒い空間を睨んだ。
「出たとしても行かなくちゃならないの。行って」
二人は魔の暗闇へと侵入していった。
【終】
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