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「運び屋チェルヴィ姉妹の一日」

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 『Diver's shell



 「運び屋チェルヴィ姉妹の一日」


 ハンナ=チェルヴィとその妹のダニエラ=チェルヴィの一日は非常に早く始まるときもあるが、遅く始まる時もある。今日は、早く始まる方だった。
 一隻のクルーザーが海を行く。
 窓ガラスには粘着テープ、船の各所は装甲化されており、銃座やサーチライトまで付いている。船尾には明らかに怪しい盛り上がりまである。これも二人の所有する船の一隻のうちの一つだ。
 ホバークラフトもあるが、普通はこっちを利用している。
 時刻は早朝四時。海はなりを潜め、真冬の真白い空からは真白い雪がちらついている。
 息を吐けば直ちに白く染色されるほどの気温。
 ハンナは暖房の強さを上げると、海図に眼を通しながら舵を切って目標へと向かっていく。
 重量感のあるクルーザーの艦首が波を突き崩して白波を飛ばした。

 「堪えるッスよ………ぁあ~寒い寒い」

 暖房の効きがどうにも悪い。それなりの年数が経過しているのか、それとも断熱が出来ていないのか、気温が低すぎるのか。というより、ハンナが寒さに弱かったのだった。
 太陽が顔を覗かせていないので、海は黒々とした表情を浮かべている。
 ハンナは舵に手を置きつつ、椅子に座りなおした。

 「お姉ちゃん相変わらず寒いの弱いね」

 操縦席のドアが開けられたかと思えば、コートと帽子を被ったハンナそっくりの女性が姿を見せる。赤毛をウルフカットにしてソバカスのある顔。体格は彼女の方がやや「ふっくら」している。つまり凹凸がある。
 ハンナは椅子の背もたれにもたれるように伸びをして彼女―――……ダニエラを見遣った。
 ダニエラの手にはコーヒーで満たされたマグカップが二個。その内の一つを差し出してきたので素直に受け取る。両手で包み込むようにして熱を手のひらに行き渡らせていき、一口飲むと食道から胃にかけて熱が通る。
 ほっと溜息をつくハンナの隣にダニエラが座った。
 目的地はまだ見えてこない。地平線の向こう側を見ることは出来ないのだ。

 「そんなに細いから寒いんだよ。太れば?」
 「アタシは太ろうとしても太れないの知ってるッスね?」
 「肉食えばいいじゃん」
 「脂肪を一日喰ってても無理ッス」

 どっちが姉なのか妹なのか分からないのは仕方が無いのかもしれない。
 他愛も無い会話をしているうちに時間は経過していって、やがて目的地が近づいてきた。
 ダニエラは操縦席から出て行き、ハンナは島に向けて船を進めていく。暖かみを帯び始めてきた大気は、冬の乾燥した空気をしっかりと持っていた。

 ―――……セントマリア島(221島)。
 島というには余りに歪なその島は、ほんの僅かばかりの陸地を鉄で改造して、掘り出してきた土で運河を造り上げて迷路のように組み合わせた奇妙な場所である。
 クルーザークラスなら楽々と通過出来るほどの運河を、ハンナとダニエラの船が通過していく。
 手漕ぎ式のボートですれ違うのを想像すればよい。ただ大きさが違う。よくもまぁこれほどの広さの運河を造ったものである。
 運河の左右には店や家などが密集して立ち並び、手すりや看板から結び付けられた綱がケーブルのように右から左に、下から上に、時に綱そのものに結ばれていて、絡まっているところもある。綱からは宣伝文句や用途不明の旗や布、洗濯物と思しきものまで垂れ下がっている。
 運河を満たしているのは海水だが、運河そのものが複雑に入り組んでいるために茶色か緑色に近い色合いとなっている。
 ハンナは舵を取って、正面から進んでくるタグボートをすれすれで避け、運河を右折する。船に取り付けられているスラスターを巧みに活用して急角度で曲がっていくと、一際狭くなっている運河へと差し掛かった。
 浮いていたゴミを艦首で跳ね飛ばしつつ、エンジンの出力を徐々に落としていく。
 時間は丁度六時。街はまだ完全に覚醒していない時間帯であるが、運河を進む船の数はそれなりに多い。商いをする人間はもう起きて当然の時間なのだ。
 ハンナは無線を取ると、電源をつけて、ダニエラに話しかける。

 「ダニエラー。雪かきはもういいッスよ」
 「あいー」

 気の抜けた返事が返ってきた。
 船の上に積もった雪をデッキブラシでそぎ落としては海に放り投げていたダニエラは額の汗を拭って船の中に戻る。ハンナは、体温が上がらないことに不満を持ちつつも、傍らにある端末から地図を呼び出し、それに従って舵を切る。
 今回は買い物に来たのでも、遊びに来たのでも、休暇を取りにきたのでもない。仕事だ。運び屋の仕事をするべくここに来たのである。
 ハンナはパソコンを操作して、顧客に指定された場所を見る。島の血管というべき運河の一角にあるドックだ。ここからそう遠くは無い。
 運ぶ品物は書いてあることが正しければ大量の現金である。マフィアが絡んでいるのか、単純に運びたいのかは不明。それなりの前金は貰っているのでそれ以上詮索はしない。
 防寒着をしっかりと着込んだダニエラが、帽子を脱ぎながら操縦席に入ってきた。雪かきをしていたために両手が赤くなっている。

 「ねぇ、お姉ちゃん。現金運ぶとか臭すぎる気がする」
 「何を今更。もっとヤバいのなら運んできたでしょうに。それとも投げ出して逃げるッス?」

 ダニエラは両手を擦り合わせて体温を取り戻そうとしつつ、ハンナの隣に腰掛け、今しがた横を通過したボートを眼で追う。これでもかと積荷を積んでいるのでぶつかったら横転しそうだった。
 もちろん接触を起こすことは無い。ハンナは慣れた様子で船の位置を微調整し、横を通過していく。ふと空を見上げてみれば、雪は止んでいた。
 ドックに到着した。
 錆びかけている上に強度が足り無そうなドックに船を進ませていき、停止させる。エンジンを切って周囲を見てみると、人っ子一人として姿が見えない。
 姉妹二人して時計を確認。時間通りのはずなのだが。

 「こりゃドックどころか倉庫ッスね。船の修理一つ出来そうに無いッスし」
 「むしろ廃墟に近いね。まぁ、ほら、別にここに住む訳じゃあるまいし」

 ドック。というのも外見だけで、エアバイクを分解して放置したままだったり、煙草の吸殻が小山を作ってたり、成人以上しか読めない雑誌があったり、窓ガラスが破壊されていたり、不良のたまり場としか思えない。
 痺れを切らしたダニエラが船の外に出る。突然襲撃を喰らう可能性も否定できないため、腰に皮製のホルスターを提げ、拳銃を携行している。
 すると、ドックの奥から数人の男達が現れた。一人の手にはジェラルミンケースがある。どうやら顧客らしい。ハンナは船のエンジンをかけ、ダニエラが男達の前に歩み出る。
 男たちとダニエラの吐く息が白くなってドックの埃臭い大気に交じって消えていく。
 ハンナは操舵輪に両手を重ねて置き、その上に顎を触れさせるようにしながら外の様子を窺う。万が一のことに備えて煙幕弾装置などを起動しておいた。ハンナは銃で撃ち合うのが苦手なのだ。
 ダニエラは依頼の書類を相手に見せる。男の一人がそれと似たような書類を懐から出して手渡してきた。内容を確認する。どうやら依頼者らしい。
 ジェラルミンケースがダニエラに渡された。
 男たちは一言も言葉を発さずにドックの奥へと消えていった。
 ジェラルミンケースの中身を開ける事は出来ない。振ってみると紙のような音がした。恐らくは紙幣であろう。
 ダニエラが船に乗り込んだのを確認したハンナは、ドックから出るべく船を後進させはじめた。

 目的のモノを受け取った二人は、改造されたクルーザーで大雪になってきた海を航行していた。
 そろりそろりと暖かさが出てきたといっても真冬は真冬。冷え性なハンナにとっては生き地獄。暖房をがんがんにつけても脚が寒い。ズボンを穿いていても寒いものは寒い。
 一方のダニエラは涼しい顔ならぬ温かい顔だ。全身が温まっているのか、顔色はいい。ハンナの隣に座って前を見ている。
 ダニエラは、椅子の前の簡易型の机に顔をべったりとくっつけるようにしてもたれかかった。赤い髪の毛がばさりと広がり、防寒着の襟から首筋が覗く。
 船は大きく動揺しているが二人は酔っている様子は無い。運び屋が車酔いや船酔いでは意味が無い。
 ハンナはレーダーへと眼を注ぐ。運んでいるモノが現金なので襲撃される可能性もあるからだ。今のところ不審な船影は映っていないが、いつ何があるか分からない。戦闘員でもあるダニエラの防寒着の下には防弾チョッキが着込まれている。

 「お姉ちゃん~……コーヒー持ってこようか~? 脚超震えてるじゃん」

 ダニエラの指摘は正しい。冷え性のハンナの両足は貧乏ゆすりのように震えている。
 だがハンナは操舵輪に片手を置いたまま首を振った。
 なお、オートパイロットでもいいのだが、距離が近いということもあって手動にしている。今のところは、であるが。

 「コーヒーコーヒーって、中毒症状? カフェインは肝臓に良くないって聞いてるッス」
 「バケツ数杯一気に飲まないと死なないんだから大丈夫」
 「一気に飲めばの話と毎日飲み続ける話はまた別ッスよね……って飲んでるし」

 亜空間辺りから引き出してきたような自然な動きでダニエラの手にブラックコーヒーが並々と注がれたマグカップがある。芳醇な香りが操縦席に広がっていく。
 いつ出したのかは全く持って不明である。
 本当に美味しそうにコーヒーを飲む傍ら操縦を続ける。
 ハンナは、暇が出てきたのか小さく欠伸をすると、レーダーを一瞥して、パソコンから海図を呼び出して目標地点までの距離を算出させる。船備え付けのを使わないのは性能が低いからである。
 結果は数時間といったところ。オートパイロットにしてしまったほうが楽そうである。ハンナは少し迷い、オートに切り替えた。
 オートにすると襲撃への対応が遅れたりするが、今回は別にいいかと判断した。
 船は巡航速度で冬の海を行く。
 目標はまた別の島にある港の一角。
 マグカップの中のコーヒーを半分近く飲んでしまっているダニエラに、ハンナは尋ねる。

 「眠気覚ましとか体を温める時……ってか、一年中飲んでて飽きないッス?」
 「安物は酸っぱいけど高いのは美味しい。とろけそう」

 コーヒーを一気飲みして手の甲で口元を拭いつつ「かー!」とか言葉を上げるダニエラ。ハンナは首を振りつつ、自分の腿辺りを軽く撫ぜた。手のひらの温かさが服越しに温度を伝える。

 「酸っぱい?」
 「うん。飲んでる人には分かるんだけど。お姉ちゃんはあんまり飲まないから分からないかな」
 「苦い印象しかねーッス」
 「あ。レーダーレーダー!」
 「おっと」

 寒気を抑えていたハンナの顔が変わる。レーダーに船影が映ったのである。詳細は分からないが、二人を追いかけてきている。敵かもしれないとオートパイロットを解除して操舵輪を握る。
 マグカップを握ったままでダニエラが操縦席から飛び出していく。目視による確認が必要なのだ。
 ダニエラは銃座兼監視台へと到着すると、遠距離用のスコープを覗き込んで、レーダーに映り込んだ船影を確認しようとする。船が大きく揺れているのでそれに合わせてスコープの位置を変える。
 見えたのは、ごくごく普通の船……ではなく、武装を施された船だった。
 狙いは恐らくジェラルミンケースの中の巨額の現金であろう。ダニエラは無線に向かって叫ぶと、重機関銃の銃口を追尾してくる船へと向けて銃座に腰を降ろして視線を遠くに向けた。まだ射程距離ではない。
 ちらつく雪が目に入りそうになる。船が進むことで発生する風と、海風が融合して造られる暴風がダニエラの髪の毛を大きくはためかせた。
 獣が唸るような音を上げてエンジン出力が上昇、船は一気に速度を上げ始めた。
 轟々と吹き付けて身体を持っていこうとする風の音に交じって無線からハンナの声が銃座に届いてきた。緊迫している声色だ。
 船の煙幕弾発射装置や装甲板が稼働し、かすかな機械音をさせた。

 「振り切るッスから反撃は頼むッス!」
 「了解、頼まれた!」

 これがハンナとダニエラの日常なのだ。
 二人は、追跡者から逃れるために行動をし始めた。
 雪を被った船はまるで化粧をしているようだった。


           【終】
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