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十一話 「目標地点へ(後)」

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 十一話 「目標地点へ(後)」



 深夜になった。
 オヤジは大きな欠伸を一つ漏らすと、今だに降り続けている雨を見るべく視線を窓に向けた。カーテンの所為で見えないが、音と湿気で感じることは出来る。
 この状況でも人は眠くなるものなんかと呆れるものの、縛られたままですやすや寝息を立てているエリアーヌを見るとどうでもよくなってくる。しかも涙で酷い顔だ。
 二人は大丈夫だろうか。
 オヤジは地面に座ったまま考える。
 今自分を縛っているのは間違いなく、10年前にフローラを殺した連中であろう。電話をかけたとき喋っていた内容や、状況などからそう推測した。
 だが、何故今になってこんなことをするのかは分からない。なんで10年間も影も形も見えなかったのか。ユトとメリッサを殺さずにφ37遺跡に潜らせた理由もさっぱり分からない。
 オヤジを脅してここまで連れて来た女は、疲れた様子を見せるでも無く、椅子に座って銃の調整を行っている。それが終われば人員を周囲の警戒に当たらせ、自分も窓の外を窺う。

 「頼むぜフローラ……」

 オヤジは、今は亡き人物の顔を思い出しつつ呟くと、瞳を閉じて眠りにつこうとする。
 返事は無かった。
 あるとすれば言葉を発した報復として銃で殴られた程度だ。




 深夜にもなれば、体力気力共に減ってきて、疲労が顔や行動の一つ一つに出てくるようになる。
 コーヒー飲料で眠気を誤魔化し、栄養剤などで疲労を誤魔化して遺跡の奥へと進んでいた二人だが、流石に動きは鈍く、切れが無い。
 遺跡のどこかで安全な場所を見つけて休憩すべきかを考えてしまう自分を鞭で打ち、機体を動かし、情報に眼を通し、奥へと進む作業を続行する。
 ガードロボに何度出くわしたかは分からない。先手必勝、サーチアンドデストロイを擬人化したような勢いでブレードで斬りかかって破壊し、魚雷で吹き飛ばす。
 よくぞここまできたものだ。
 大きく口を開けて欠伸をしたユトは、魚雷ランチャーのマガジンから装填し、ブレードの損傷を確認すれば、そろりそろりと回廊を進んでいく。
 右脚スラスターの調子が悪い。バランスを崩さぬように回廊を進んでいけば、前方に見えてきたハッチの前で立ち止まる。
 ノックするように叩いてみると、今までくぐってきたのと比べて格段に軽い音がした。
 メインカメラでハッチを調べていく。ハッチの横にアクセス用の端末らしきものが見えた。だが、規格そのもの、方式そのものが違うのではお話にならない。強制的にこじ開けるしかない。
 ライトの光量を絞って後ろを見て、プラズマカッターを取り出してハッチに当てる。
 家一軒が優に通過できるほどのハッチに小さな穴が空き始めた。
 警告。
 赤い文字列がメリッサとユトに異常を知らせる。メリッサは背後に敵が居ると瞬時に判断した。

 「後ろッ!」
 「ちっ!」

 ブレードを一振り。
 背後から突進してきていた人型の接近戦機の一撃を横に逸らし、ハッチのぎりぎりまで後退する。プラズマカッターは地面に放り投げた。
 またⅢ型だった。知り合いならいいがコイツは知り合いの中でも驚異的な破壊力を持った戦闘マシナリーなのだ。ユトはブレードを構え、警戒すると見せかけて一気に斬り込んだ。
 袈裟懸けの一撃。すかさずⅢ型は防御のために両腕のブレードを交差させて受け止める。
 計算通り。攻撃を仕掛けると回避よりも防御をして、素早い反撃を与えてくるという行動パターンを、ユトはしっかりと記憶に刻んでいた。魚雷ランチャーを、Ⅲ型が動くよりも前に構え、ネットを発射した。
 Ⅲ型はかわさずに見事なまでにネットに絡められる。ユトはブレードでⅢ型の胴体を串刺しにすると、横に引き倒した。
 動きは極めて作業的だ。速度こそ早いが、先手を決められるなら勝機はある。それが狭い空間ならなおさらだ。
 ブレードの損傷は大丈夫だろうか。Ⅲ型の残骸が回廊の地面に沈んでから数秒と立たないうちにユトの思考はそっちの方向へと流れていく。脳内麻薬の分泌なのか、今見ている風景が映画を鑑賞しているように現実味が無い。
 精神的な疲労と、肉体的な疲労が、皮肉なことにも通常時よりも戦闘能力を引き上げてしまっているのだ。
 センサーが微細な反応を検知。ハッチを開ける作業が終わってないというのに、ガードロボが次々に出現してくる。
 数は4。物を運搬するためのドロイドで、球体に二本の腕を無理矢理溶接したような形状のソレが、遺跡の中の異物を排除せんとするために突撃してきた。
 距離、中距離。やや歪曲して続く回廊の向こう、暗闇から一気に来る。
 魚雷ランチャーを構え、一発。
 シュッ、と空気の音を立てて発射された魚雷は、炸薬という毒牙を大きく開けたまま運搬型ドロイドのド真ん中へと飛び込んで爆発した。
 海中に衝撃波が広がってポンピリウスを、操縦席の内部にいる二人を揺らす。爆発の余波が消え去ったとき、運搬型ドロイド4機は推力を維持できずに回廊の地面へと没した。
 すかさず魚雷を装填する。魚雷ランチャー本体の後方のマガジンが稼働して魚雷を装填。8発が直ぐに発射できるようになる。残弾もまだたくさんある。問題は肉体的なことか。
 φ37遺跡に潜り始めてから9時間以上が経過している。時計を確認してみると、日付が変わって3時。どうりで眠いわけである。
 地面に沈んでいるプラズマカッターを拾うべく機体を沈ませ、肩にブレードを装着して、片手で取る。ハッチの表面にカッターを押し付け、こじ開け始める。仄かな気泡が回廊の天井へと伝っていった。
 さっきから極端に口数が少なくなってきたユトの異変に気がついているメリッサだが、彼女も同じように疲れていた。眠気が無いのが救いか。メリッサは眠らんとして頭を振った。

 「ユト、大丈夫? どこか安全な場所見つけるか、休むかしないと。私も結構キテたりするから」
 「時間が、無い」
 「……ん。でも休まないと作業効率に響く」
 「そうだねー…………うん。じゃ、メリッサ、見張りをお願い出来る?」
 「勿論」
 「お休み」

 ユトは会話を終わらせ、両腕、両足、頭部、と力を抜いていくと、瞳を閉じた。
 数秒後には意識が消失して睡眠へと落ちる。
 ユトのすやすやと健やかな寝息を聞き、メリッサは今まで以上に神経を尖らせて周辺の反応に気を配る。機体の位置がハッチの真正面では不味かろうと、一時的に権限を受け取り、ぎこちない動きで回廊の端に座り込むようにした。
 今まで得た情報を展開する。空間投影モニターが複数飛び出てきて、φ37遺跡の構造図や、構成物に関するデータが表示された。一つ一つにじっくりと眼を通し、ユトが眼を覚ました時のために頭脳を働かせた。
 それから一時間ほど経過しただろうか。飲み込まれそうな沈黙に包み込まれたメリッサは、いつの間にか夢の中に居るのか現実なのかが不覚になってきたことを自覚した。

 「いけない」

 脳が眠りに入る前準備か何かなのでは? 
 そう思い、コーヒー飲料のパックを一気に吸って胃袋に流し入れた。苦味が眠気を和らげてくれる気がした。
 ―――……こう静かだと危険と言われたφ37遺跡に潜っていることを忘れそうになる。
 図書館でもここまで静かではあるまい。メリッサはユトの姿を後ろから一瞥し、妨害装置の状態を確認してみたところ問題は無かった。
 二時間が経過した。何度も何度も眠りそうになったのを、睡眠を感知したら目覚ましを行うように設定しておいたのが功を奏し、起きていられた。
 しかし、辛い。
 メリッサは手を止めると、つい先ほどから回廊のどこかでうろついている小型のガードロボを視覚化させて解析をかける。遠すぎて分からなかった。
 そろそろいいだろう。メリッサは前の座席で眠っているユトの肩に手をかけて揺すった。

 「起きて、2時間経ったわよ」
 「………もうちょっ……と寝てるわけに行かない」

 ずっと寝ているわけにはいかない。眠っていても起きなくてはと考えていられるのはダイバーの性か、自分の置かれている状況を理解しているからなのか。ユトは照明をつけるようにぱっと眼を覚まし、大きく伸びをした。
 ユトが眼を覚ますと、たちまちの内にメリッサは眠気と疲労を感じて欠伸をしてしまう。女性らしく両手で口を押さえて欠伸をしたため、欠伸の音は小さかった。

 「今度は俺が」
 「お願い。お休みなさい」

 メリッサもストンと眠りの海へと落ちる。
 キーボードに頭を置いて眠るわけには行かないので座席で身体を丸めるようにして寝息を立て始める。俯いた顔に前髪がふわりとかかっている。呼吸する度に胸が上下して柔らかな体が動く。
 警戒を怠ってはならない。
 メリッサが担当しているセンサー類の制御を一時的に得たユトは、睡魔を吹き飛ばした頭で周辺の状況を確認していく。深度5000m。水は沈黙を守っている。
 これから先のことを考えて栄養ゼリーを食し、コーヒー飲料を飲む。
 いつ何があるか分からないので機体の各部の状態を確かめて、おかしいところがあれば直ちに戻す。その作業で一時間を費やしてしまった。
 今は六時。あと一時間はメリッサを寝かしておきたい。ユトは、後部座席へと眼をやってメリッサを見た。子供のような無邪気な寝顔。身体を丸めて寝ているところを見ると自然と笑みが浮かんでしまう。

 「いかんいかん!」

 ニヤニヤしてどうするというのだろう。
 もしも目的を果たせなかったら知り合いや家族が殺されるのだ。自分の顔を一発殴り、更にデコピンを決める。パチンと大きな音が響いた。眼鏡がずれるが気にしない。
 痛みをかみ締めつつ、メインカメラをハッチに向けて観察をする。切りかけている最中のところを見、続いて流れで今来た回廊の方向を見る。何も居ないようだった。
 コーヒー飲料を啜って、成すべきことをしている内にまた一時間が経過した。
 七時。
 外は朝なのだろうが、遺跡の中は暗闇だ。
 ユトは、寝言を呟いているメリッサの身体を叩いて起こそうとする。ぱちりと開いた大きな瞳と、ユトの瞳が合った。

 「………ふぁ……。おはよー。何も無かった?」
 「何にも。あ、機体のチェックは済んでるから」
 「上出来上出来」

 眠り足りないといえば嘘になる。人間が必要とする睡眠時間は通常9時間前後と言われているのだ。2時間では足りていない。
 だが、ダイバーの二人には十分な時間となる。ダイブ中に贅沢は言ってられない。
 地面を蹴り浮かび上がり、脚部スラスターでハッチへと取りつき、プラズマカッターで穴を空けていく。
 程なくして、ポンピリウスが潜り抜けられるだけの穴が完成した。頭部を突っ込んで向こう側の様子を窺って安全を確かめ、するりと滑り込む。
 プラズマカッターを収納してブレードを右手に持ち、魚雷ランチャーを前に突き出すように回廊を進んでいく。
 完全なる暗闇なので音波や光を利用して映像を得て、自機が壁面などに衝突しないようにする。
 数百mほど全身していくと、目の前に巨大な空間が見えてきた。円形の空間の中央に独楽のような円周状の何かを備えた塔が上から下へと貫通している。
 よく見ると、何かの文字が円形の空間に刻まれている。解析を試みるも不明と出てくるばかり。
 他の回廊からも来れるのか、ユトとメリッサが入ってきたのと大差ない「穴」があり、全体像を見てみると、円形の空間に複数の穴が空いていて中心に軸のような塔が鎮座しているということになる。
 ユトは両腕の武器を構えながら、壁伝いに進み始めた。脚部スラスターが水を押しのけて推進力を作り出す。メリッサは機体のライトを薄っすら灯した。
 円形空間の内部は、錆びた青銅で造られているかのように緑に近い色をしていた。
 ここに限らず遺跡は緑に近い色をしていることが多い。人の目が行き届いて「安全」とされる場所もそうだ。なんらかの合金を使用している、錆び付いている、塗装だ、など様々な説があるが詳細は不明。

 「敵襲!」
 「了解!」

 センサーに反応アリ。
 円形空間に、ドロイドがぞろぞろと出現してきた。
 数、15以上。




 朝。
 ユトとメリッサがφ37遺跡に潜ってから、大体12時間ほどの時間が経過した。
 全身を縛られてテープを巻かれているのに眠れるエリアーヌとは違ってオヤジはうつらうつらしか出来なかった。
 水や食事は与えられているが、トイレに行っていない。いい歳した大人が漏らすのは恥の極み。オヤジは、隣に座っていた男に喋りかけた。

 「便所行かしてくれねェか?」
 「我慢しろ」
 「あぁそうかい。じゃあここでするしかないな!」
 「分かったから黙れ。立て。一言も喋らないで歩けよ」

 オヤジに声をかけられた黒服の男は、リーダー格の女に目で許可を取って、立ち上がる。オヤジは銃を突きつけられたままトイレに向かって歩き始めた。居間に居座った男達がじろじろと視線を送ってくる。
 トイレはさほど遠い場所にあるわけではなく、一階の倉庫近くにある。
 オヤジと男はトイレにたどり着く。黒服の男はトイレの窓が外に通じていることを確認したが、余りに小さくてオヤジが出ることが出来ないのを眼で測り、中に入るように銃で促す。
 ただしドアは開けっ放しだ。

 「とっととしろ」
 「そう急かされちゃあ出るもんもでねェーだろ」
 「早くしろ!」
 「へいへい」

 オヤジは、………用を足すべく便器の前に立つ。
 大体数十秒後に用事が終わって、備え付けの洗面所で手を洗っている最中に「それ」に気が付いた。天井から一枚の紙が紐で吊るされて降りてきたのだ。
 紙には、次のようなことが書いてあった。
 『喋らずに動揺せず読んでください。貴方達二人を助ける準備があります。貴方達二人が拘束されている場所は一階の居間ですね? そうでしたら咳払いをお願いします』。
 オヤジは手を洗いながら咳払いをして、その紙がスルスルと天井へと吸い込まれていくのを見る。もう一枚降りてこないかと眼だけを上に。するともう一枚の紙が糸に吊るされて降りてきた。手を洗いつつ読む。
 『救出の際に当たっては近くにある教会の鐘を鳴らします。直ぐに伏せてください』
 紙は、ものの数秒で上に上がっていって、糸を垂らす為に開けられていた穴も塞がる。

 「早くしろと言ってるんだ!」
 「手ェくらいしっかり洗わせてくれや」

 トイレの外から黒服の男の声がした。いい加減に返事をし、手から水分を取ると、居間へと戻るべく身体を黒服の方に向けた。


 ―――……爆発。
 衝撃で機体各部に装着されているセンサーがいくつか御陀仏になり、搭乗者である二人の頭ががっくんがっくん揺さぶられてしまう。

 「7と8センサー破損! ……右スラスター出力低下、しかも右脚の回路断線!」
 「クソっ、次から次へと!」

 円形空間で遭遇したガードロボは、今正に大量生産してるんですとでも言うかのように次から次へと波状攻撃を仕掛けてきて、結果二人は中心にあった塔の中に入って、下へと逃げ続けていた。
 もしも入れる場所が無かったら海の藻屑の仲間入りだったのは確かである。
 この塔のようなものがなんなのかは定かではない。一つ分かっているのは、逃げなくては破壊されるということだ。
 探査など、やっている場合ではない。今まで見たことが無いほどの数のガードロボが真上から攻撃を仕掛けてきているのだから。
 魚雷ランチャーを真上に向けたまま引き金を引き絞る。連続して発射された短魚雷が、運搬用のガードロボの数機の突撃を阻止し、木っ端微塵にして散華させた。
 爆発で発生した気泡と靄が海水を埋め尽くすが、そんなことお構いなしにガードロボの群れが下へと逃げるポンピリウスを追跡してくる。
 塔の内部はかなり広く、果てしないと思ってしまうほど、下へと下へと続いていた。頭部を下にして、スラスターを使って落下かくやという速度で潜っていくポンピリウス。逃げることを優先するため、ブレードで斬りかかることは出来ない。
 破壊したガードロボの破片より速く。もっと速く。考えは逃走と反撃。
 接近戦型ガードロボが斬りかかってくる。脚部を切り落とされるものかと身を捩り、ブレードの一撃を回避すれば、魚雷ランチャーからネットを発射して動きを封じ込めてやる。接近戦型の一機は水中でもがくしかなくなった。
 右脚の先端のスラスターは、さっきから動きを止めたり、突如動き始めたりと、不安定になっている。攻撃を喰らってしまったのだ。
 ユトは全身に立つ鳥肌に気が付かず、大声を張り上げて塔の内部のパイプ状の空間の壁面を蹴っ飛ばし、下へ下へと落ちていく。
 魚雷を乱射。至近距離で発射すれば自分にも被害が出ることは必至。けれども、撃たなければ接近戦型に膾切りにされるか、上から降ってくる魚雷に粉々にされるか、そんなところの結果しかないのだ。
 機体のどこかが痛々しい金属の悲鳴を上げる。オイルが漏れたか。
 メリッサは、必死な形相で出力を無理矢理上げ、機体の損傷箇所の対処を行う。汗で前髪がべっとりとして顔に張り付いている。
 深度計が物凄い勢いで数値を増やしていく。現在の深度、一万千m。限界潜航深度には達していないのだが、一気に潜り過ぎて機体の各部が悲鳴を上げ始めていた。
 圧死、爆死、その他。駆け巡る映像が脳裏を揺らがす。
 自爆型ガードロボ5機を魚雷で吹き飛ばすと、装填が始まる。完全に装填が終わるまで耐えなければならない。流石に弾数も少なくなってきた。ドルフィンキックで体勢を整え、メインカメラで前を見遣る。
 明かりだ。トンネルを抜ける時の様に、パイプの出口に光が満ち溢れている。
 メリッサの声が操縦席に響いた。

 「ユト、前!」
 「ああ!」

 沈んでいく力に脚部スラスターの推進力を上乗せしているのだ。もし、その速度で突っ込めば手足が折れるか、耐水殻が歪むか、どっちにしろ死に直結することは必至。光が強すぎて先がどうなっているのか分からない。
 ひょっとすると壁かもしれない。ユトは、急旋回できるよう身構え、機体を突っ込ませた。
 パイプを抜けた―――……機体を一回転、急停止。身体にGがかかり、機体の各部が軋みを上げる。
 光が強すぎて操縦席からは何も見えない。咄嗟の判断でブレードを突き出し、近場に寄って来ていたガードロボ一機を叩き潰す。
 機体が停止した。ブレードで破壊したガードロボの破片がどこかへ消えていく。自動で調整が入って、追跡してきていたガードロボの姿が消えていることに気が付く。センサーにも反応が無い。
 何故追跡を諦めたのか。二人は周囲を見渡してみた。また、パイプのようだ。この遺跡には巨大なパイプが張り巡らされている。その中の一つだろうか。
 ユトとメリッサは、周囲の状況よりも自分達の状況を優先させることにした。現在時刻9時だ。
 ブレード……皹が入っている。魚雷……弾数少なし。センサーはいくつか落としてきてしまった。妨害装置は大丈夫。スラスターは背面のは大丈夫だが、右脚の動きが悪い。
 二人は、主観で久しぶりに訪れた静寂にホッと胸をなでおろしながら、パイプの左右を見遣った。
 センサーとライトを利用してこのパイプがなんなのかを探って、自分達が通ってきた道を視覚情報として空間投影モニターに表示させる。
 くねくねを入り組んで、絡まって、それでいて下へと続いている。何故か蟻地獄を思わせた。
 メリッサは手を止めず、前の席のユトに声をかけた。これも数年ぶりに発した声のように感じられた。

 「はぁ……もう九時かぁ……。酸素と電力は十分だけど時間が無い」
 「弱気になるなよ。やらないとダメなんだから。じゃないと……な」
 「うん、行こ………待って。何か変じゃない?」
 「ん?」

 メリッサの言葉に、ユトは頭を後ろに向けるようにして聞き返す。メリッサはキーを数回叩いて、パイプの中の海水の流れが徐々に速くなっていっていることを示した。
 ガコン。
 音がした。ふと眼を、さっき潜ってきたパイプへと向けてみると、「閉じていく」ところが目に入った。ハッチが完全に閉鎖され、固定専用の器具がせり出して止まる。破壊するには時間がかかりそうだ。

 「閉じたわね」
 「閉じたな」

 ―――……嫌な予感しかしない。
 逃げる場所と言ったら、パイプの向こう側とこっち側、即ち、普通であれば「流れてくる側」と「流れていく側」。
 施設全体が爆撃を受けたように揺れ、二人して背もたれに身体をぶつけてしまう。

 「揺れたわね」
 「あぁ揺れた揺れた」

 水流が急激に増してきた。冷や汗が垂れるのが分かった。
 冷静に解説出来るのは不安がにじみ出てきた証拠。
 次の瞬間、ポンピリウスは巨人に殴られたような勢いで海水に押し流され始めた。

 「なんとかしなさいよぉーッ!」
 「もうやってる!!」

 脚部スラスターを全開にして水流に逆らおうとするが、右脚スラスターが不調では、台風の時に飛ぶ蝶のような機動しか描くことが出来ない。
 ブレードと魚雷ランチャーを収納。両腕を伸ばし、今居るパイプの出っ張りに向けてワイヤーを発射。ワイヤーは、水流に揺られながらも引っかかって、巨体を繋ぎとめた。
 だが、いつまでも持つ訳が無い。津波のように押し寄せてくる海水にワイヤーが伸び始めて、ワイヤーシューターのモーターが悲鳴を上げる。
 いつか見た光景だ。
 ユトは、水流を受け流すように機体の体勢を変えて、背面スラスターまで使用して水流に逆らおうとするが、いつまでも流れ続けてくる奔流に勝てるほど凄い機体ではないため、抜け出せない。
 ワイヤーは更に伸びていく。過負荷でワイヤーシューターが漏電し始めた。

 「出力全開…………ダメか」

 ユトの呟きを最後にワイヤーが弾け飛び、自然の摂理に従って機体はパイプの奥へと哀れな格好で流されてしまう。
 ユトは操縦席に顔面を強く打ちつけ、メリッサはキーボードに顔面を叩きつけられ、意識を消失した。
 水の音が悲鳴にも聞こえた。



 「―――……、…………ンっ……く ぅ……」

 呻き声が肺の奥底から漏れた。
 頭が鈍痛で埋め尽くされている。
 丁度、二日酔いのときに滑って転んだ時に体験したのにも似ているような気がした。
 視界に光が戻っていく。最初に映ってきたのは見慣れたキーボードの羅列だった。顔を押し付けていたので跡になっているだろうと思うと多少憂鬱さが染み出る。
 メリッサは、首筋を撫でつつ顔を上げると、時間を見た。
 11時ちょっと過ぎ。2時間近く気を失っていたということになる。

 「最悪……」

 口を動かすよりも手を動かしたほうが建設だろう。
 メリッサはモニターを表示させると、機体各部の状況を読み込ませていく。その時間で、前の席に座っているユトを起こそうとして脚で席の後ろを蹴っ飛ばした。
 あ、とも、え、とも取れるくぐもった声が聞こえた。
 席の横から、よだれやら鼻水やら涙でぐしゃぐしゃなユトの顔がメリッサのほうに向けられる。

 「天国?」
 「少なくとも死んでないと思うケド」

 ユトは自分の顔が自然災害に見舞われたことに気が付いていない。それよりも、機体の損傷や、今どこなのかを確認するほうが先だと、席に座りなおしてモニターを見る。
 酷いものだった。
 右脚は折れ、左足は不調。両腕こそ無事だが、ブレードを乗せてあった右の担架システムが丸ごと無い。背面部スラスターや胴体部にも多少の損傷が認められる。帰還は出来ても作業を続行するのは難しいであろう。
 そこで一箇所致命的な損傷を発見した。電池が破損して背面部スラスター以外をまともに動かせそうに無いのだ。
 二人は暫し沈黙した。

 「ユト。今気が付いたんだけど、ここ空気があるみたい」
 「何? 空気?」

 海に没している海中で空気があるわけは無い。
 そう思ったユトは、情報を読んでみた。なんと空気があった。ただ、気圧は地上とほぼ同じなのだが酸素量が致命的に少なく、短時間しか生存出来ないであろう。
 操縦席に投影されるべき周辺の様子は未だに復帰していない。航空機のようにガラス越しに見れるようには造られていないので、これが映らないと真っ暗だ。
 数分後、操縦席に映像が戻ってきた。二人は驚愕した。
 一見すると本棚かと勘違いするような形状でありながら、小さいビル程の大きさの「それら」が、巨大な空間ににょきにょきと生えている。無機質ながら生体部品のように滑らかで、コンクリートのように灰色一色で統一されている。
 よくよく見てみれば、表面を青と紫色の中間の色の血管のようなものが走っており、人間の心臓が鼓動を刻むのと大差ない速度で発光しては消失してを繰り返している。
 二人は小さく口を開けたまま視線を上に上げていく。
 自分達はどこから落ちてきたのだろう。そう思ってのことだったのだが、また驚かざるを得なかった。天井には幾つも無造作に巨大な穴が空けられ、水が蠢いている。
 コップの淵ギリギリまで水を注いでも表面張力で零れない、というのに似ているのだが、天井にそれがあっては原理がさっぱり分からない。
 ついでに、高い。30mはある天井から地面に落ちて良くぞ死ななかったものだ。機体も砕けてもおかしくなかった。
 音が皆無な巨大構造物の中。幻聴のように水の音が囁いてくる。水の一滴を落としては静けさが間を埋めて、また忘れた頃に水の音。機体の中に乗っているのに聞こえるのは実に面妖なことだ。
 やっと正気を取り戻した二人は、自分の成すべきことを思い出した。

 「最深部に到達して……って、ここ最深部?」
 「…………今までこんな場所来た事無いから分からない。けど、そんな感じするよね。勘だけど」

 例の脅迫者は「最深部に到達し、鍵を使って宝石を持ち帰れ」と紙に記していたのだが、ここが最深部という確証が得られない。ひょっとすると意味の無い場所かもしれない。それに、宝石と言われても意味が分からない。
 二人は議論の結果外に出てみることにした。
 食料や作業用工具に銃などが入れられたバックパックを背負って機体から出てみる。酸素が薄いので簡易マスクを口に当ててである。
 銃はユトのほうが得意なので、メリッサが工具を持つことになった。
 巨大構造の内部は湿度が高く、気温も高かった。二人は固い地面を歩いていく。
 用途不明のビルに近い構造物から誰かが見下ろしてくるかのような錯覚を受けてしまう。
 一歩一歩歩くごとに灰色の地面の表面の血管状の部分が光を発する。足音が増幅されているかのように空間に広がっていき、思わず慎重になる。

 「―――……ユト……私たち帰れるのかな」
 「帰れる帰れないんじゃない、帰るんだよ。こんな広い遺跡なんだから、修理に使えそうなモノの一つや二つあるに決まってるじゃないか」

 遺跡にあるものが修理に使えるとは限らないのだが、そう言っておかないと心が折れそうになってしまう。機体が壊れたことは帰還出来ないことと同意義なのは二人して口には出さない。機体を修理出来たとしても時間に間に合わない。
 短機関銃をしっかりと握ったユトは、メリッサを連れて遺跡の奥へと歩いていく。巨大すぎる空間を歩いているために距離感が狂いそうだが、正確に配置されているビル状の構造物がそれを防いでくれた。
 ユトが口を閉ざして歩き、メリッサが寡黙に後に続く。近いとも遠いとも言えない微妙な距離は埋まらない。
 どれだけ歩いたのだろうか。12時を過ぎた辺りで疲労を感じ始め、1時になる頃には脚が痛くなっていた。座りっぱなしで作業していたから筋肉が落ちていたのか、疲労の所為か。
 巨大構造物の中心らしき場所にやっとたどり着いたユトとメリッサは、天を貫くように長く、背骨の標本のようにごつごつとしていて頑丈そうな塔を見上げていた。
 なんでたどり着けたのかはさっぱり分からない。あえて言うなら水の囁きに従ったと言うべきか。
 塔の根元に当たる部分には、人間が通れそうな「ドア」があった。

 「…………罠っぽいわね」
 「罠だと思うけど行かないと」
 「なら私が先に行く」

 メリッサは強い口調で言葉を発すると、乱れた髪の毛を直そうともせず、ドアを蹴り開けた。
 ドアを開けると爆発。銃撃。電流。
 だが、ドアを蹴り開けたメリッサに襲いかかってきたのは何も無かった。当たり前だと示すようにドアは開いて二人を招き入れて、内部の光景を見せ付けてくる。一瞬暗かったが数秒後には内部は柔らかな光で満たされる。
 メリッサは、操り人形のように中へと歩いていく。銃を構えたユトは、慌てて後を追った。

 「凄い………」
 「……なんだこれ……」

 全ては光で満たされていた。
 海というフィルターにかけられた光のカーテンをそのまま内部へと詰め込んだように全てが揺らめくように光っている。人工的なようで、そうではない。幻覚を見せられているのかと考えてしまうほどに美しい。
 φ37にこんな場所があるとは、つい数日前には考えもしなかった。
 部屋の広さは大したものではなかった。潜水機の格納庫四部屋分かその程度だ。
 光の中に部屋の輪郭。輪郭の中に光。光と輪郭の中央に、それがあった。
 潜水機が丸ごと入れられるほどに大きな「試験管」状のポッドの中にそれが眠っている。
 鋭利な直線で構成された下半身部。人間の脚に該当する二本の部分は、先端に行くほど細くなっており、最後は折れてしまいそうなほど華奢に出来ている。
 対する上半身部は曲線が多い。刃物かと勘違いするほど頭部パーツは滑らかかつ鋭利。両腕は人の形をしておらず、武器のランスを思わせる。
 その人型は巨大構造の色と同じく灰色一色で、表面を青と紫の中間の血管のようなものが走っている。
 兵器にしては美しく、乗り物にしては凶暴な外見。
 ユトとメリッサは、警戒することも忘れてふらふらと試験管へと歩み寄っていく。すると、二人が近寄ったことを感知したのか、試験管が音も無く上に持ち上げられていき、機体に触れられるようになった。
 機体に命が吹き込まれる。表面の青紫の血管が発光しては消失しを繰り返し始めた。
 二人は顔を見合わせ、また機体を見遣った。

 「使えると思う?」
 「見ず知らずとかそんなレベルじゃないよね、コレは。もう言葉に出来ないほど感動してたりするんだけど、正直動かせるとは思えない。ところでアレはなんだろう」

 そう言うとユトは部屋の隅を指差す。そこには、哀れにも分解されて背面部から部品を地面に垂れたままの同型の機体があった。二人は近寄って、機体の内部を覗き込んでみた。複雑な外見と違って、機械というより器械といえるほどに内部は単純であった。
 ポッカリと空いた球状の場所がある。何かを嵌めろと言わんばかりに矢印まである。しかし、肝心の「入れるモノ」が見当たらない。二人は無事な方の機体の側へと戻った。

 「調べましょ。なんにせよ情報が欲しいから」
 「調べて大丈夫なのかな。触れたらどっかーんってのはない?」
 「私ならドアの段階で死ねる罠仕掛けるわね」
 「あぁ、じゃあきっと大丈夫だ」

 ぐだぐだと時間を消費している暇は無い。
 ユトは機体の背面を調べることにして、メリッサは前を調べることにした。


 その機体の完成度は眼を見張るものがあった。
 遺跡を造った連中の科学力も去ることながら、長い年月が経過しても劣化せずに立ち続けていられる素材から、何からなにまで素晴らしい。
 普段ならこれはいくらで売れる――とか、バラしてしまいたい――などと考えるのだが、今は「これを使って帰れるか」ということしか考えない。脅迫者の言う「宝石」とやらは後回しだ。
 工具で分解するどころか傷一つ付けられないので、機器でスキャンをかけるほか無い。機体の出っ張りに脚をかけてよじ登ったメリッサは、酸素マスクの位置を直すと、ダイブスーツの上から肩を回した。

 「これは光―――……?」

 そこでメリッサはありえない光景を眼にした。部屋を満たす青い光の波間に、右の義腕の上腕部が光っているのが見えたのだ。
 作業を中断して機体から降りると、ダイブスーツの袖を上腕部まで捲り上げる。義腕越しから、しかもダイブスーツまで透過して白い光が輝いている。今まで気が付かなかったことだ。
 魅せられたように義腕の上から撫ぜる。温度は体温しか感じない。青い光で満ちた部屋では決して目立たない純白の光が腕にある。
 『鍵』とはこれのことなのかもしれない。
 メリッサは暫く悩んだ後、地面に座ると、腕を挙げた。

 「ユトー。ナイフ持ってない?」
 「ナイフ?」

 酸素マスク越しなのでくぐもった会話になる。メリッサの声を聞いたユトは、肩にかけたままの銃を背中に回すと、機体から飛び降りてメリッサのほうに歩み寄る。
 右腕が光っていた。
 右腕が、光っていた。
 普段整備している本人でも良く分からない光景。ユトは胡坐をかいて座って腕を突き出しているメリッサの側に座ると、腕を持って表面から見ていく。表面ではなく奥から光が出ているようだった。
 メリッサは腕を揺らし、口を開く。

 「腕取ってナイフで切り開いてみましょ」
 「そんなことしたら………分かった」

 ナイフで切り開くというのは、義腕が使えなくなることに等しい。片腕ではどうしようもなくなる可能性がある。日常生活でも同じことが言える。
 だが、今躊躇っていては、家族や知り合いの命に関わる。
 ユトは工具入れからナイフを取り出して床に置くと、メリッサの鎖骨へと手を伸ばした。
 ボタンが中々見つからない。ユトは、鎖骨をまさぐる。手つきがいやらしいのはご愛嬌。

 「……んっ……。もう、ここ!」
 「ご、ごめん。焦っちゃって」

 くすぐったさから我慢出来なくなったメリッサがユトの手を握って、鎖骨にあるボタンへと指を誘導して押させる。電子音の後、右上腕部の皮が捲りあがった。ユトは、今度はしくじらまいと右腕を取り外した。
 分解用の器具があればいいのだが、潜水機にも、工具入れにも、入っていない。
 作り物と分かっていてもナイフで傷つけるのは躊躇われる。体温や手触りなどは完全に人間そのものなのだ。
 メリッサの視線がそそがられるなか、ナイフが義腕の外装を剥がし、フレームを露出させる。絡み付いている回路を脇にどけて、電池を引き抜く。光っている箇所はフレームのようだ。ユトはナイフでフレームを引き出した。
 人の骨そっくりな形状の茶色のフレームの端っこが発光している。切断するしかあるまい。ナイフをズドンと突き立ててフレームを傷つけ、鋸のように前後に動かして、慎重かつ大胆に光っている箇所だけを斬り落とした。
 光っている箇所はほんの数cm程度。ユトは、ナイフで『鍵』を取り出そうと、慎重に削っていく。万が一破壊してしまったら取り返しが付かない。


 「ちっちゃい」

 どっちが言ったかは定かではないが、感想は一言で全てを表現していた。
 フレームを削っていくと、ストロー大の純白の物体が姿を見せる。ユトは指二本でつまみあげると、自分とメリッサの目の高さまで上げた。眩い程に光り輝いていた。

 「……え? これが鍵?」
 「連中の言ってることが正しければ鍵なんだろうけど………。俺にはそう見えない」

 意味が分からない。操縦席に差し込めというのだろうか。二人して沈黙してしまう。
 鍵というくらいなのだから差し込めということなんだろう。
 ユトは機体へと鍵を近寄せてみた。
 すると、その『鍵』の光が機体へと向きを変え始めた。二人は唖然として光を目で追いかける。白い光が機体の頭部へと注がれるや、表面の青紫色の血管状の部分が白く光を帯び、灰色だった機体が青に染まった。
 何も起こらない。
 ユトとメリッサは警戒して立ち上がり、じりじりと後退していくが、機体の大きさから比べたらヒヨコのヨチヨチ歩き程度だ。
 次の瞬間、機体頭部の三眼式のモノアイに光が宿った。


             【終】


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