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ビューティフル・ワールド 第七話 小波

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一切の光を拒むかのような暗闇の中、一人の男が姿を現す。その男は暗闇に同化する様に黒いスーツで身を包んでおり、表情は伺えない。

すると男の周りに円卓を組むように、5体の彫刻がライトアップされて姿を現した。
精巧に、かつ非常にリアルに作られたそれらの彫刻は、動物達の頭部を模している。左から猿、象、狼、猪、虎の順で並んでおり、異様な威圧感を感じる。
男は彫刻達を一瞥すると、真ん中に鎮座する狼に向かって背筋を伸ばし、深く一礼した。

『報告せよ、ノイル・エスクード』
狼が男――――ノイル・エスクードなる人物に、思慮の深さが伺える渋い声でそう言った。
ノイルは体を起こすと、胸ポケットから携帯電話大の大きさのリモコンを取りだした。リモコンには只一つ、赤いスイッチがあるだけのシンプルな仕様だ。
リモコンを天井に向けてノイルはボタンを押した。すると天井からノイルの背後に巨大なモニターが降りてきた。

モニターが彫刻達に見える様、ノイルはモニター横に移動すると再びスイッチを押した。
するとモニターに白黒で、ある映像が映し出された。音は無く色彩に乏しいが画質は高く、どんな映像なのかははっきりと見て取れる。
その映像は俯瞰視点から、目覚めたレギアスと、レギアスを止めるべく白き部屋に入った機動隊の一触即発である事態を映し出している。
停止させているだろう、静止画の如く中のレギアスと機動隊の動きは止まっている。

「レギアスの発掘は現在順調に進んでおり、あと数日で、全てのカプセルの発掘作業が完了致します。
 そこで先日、グレイ監修の元、実験を行いましたが……」

『聞いている。数多の犠牲者を出したそうだな』
地が震える様な低音でかつ、くぐもった声で象がノイルにそう聞く。ノイルは無言で頷いた。

『……やはり奴にこの計画を一任したのは失敗ではないのか……?』
象が他の4体に問題提起する様に険しい声でそう言った。だが、その象の発言に隣の猿がケラケラと笑い声を上げた。

『今更それは無いんじゃないですかね~? 奴の再利用に賛同したのはあんたもじゃないか。もしかして怖いんですかぁ? 奴が』
『貴様……』

『やめろ。私達が争う理由など無い。益無き行動ほど、馬鹿げたモノは無いぞ』
今にも喧嘩しそうな象と猿を、狼が鋭い一声で制する。象は不満げに歯軋りをして黙り、猿は気味の悪い笑い声を浮かべた。

『報告を続けろ、エスクード』
狼がノイルに報告を続けるよう言う。ノイルはモニターに体を向け、リモコンのスイッチを押した。

「今から皆様にお見せする映像は、レギアスの機体性能と思われる一部です」
モニター内の映像が静止画から動画に切り替わる。
機動隊の所有している銃火器が火を吹きながらレギアスに対して一斉射撃を行っている。しかしレギアスに、何らダメージが受けている様子は無い。
弾切れを起こしたのか、一人、また一人と銃火器から腰元に携帯している拳銃に切り替え攻撃を続けるが、先程と状況は変わらない。

「現在調査中ではありますが、レギアスにはこの様に、従来の銃火器による攻撃は一切通用しません。
 生憎オートマタに対して有効であるかどうかは分かりませんが、再度実験を行う予定です」

続けてレギアスは両腕を刃渡りの異様に長い刃へと変形させると、カメラが捉えきれない程の速さで一人の隊員の頭部を切断し、もう一人の隊員の腹部を完璧に切り裂いた。
それからは目を背けたくなる様な一方的な虐殺である。地獄の様なその光景は、白黒であろうが鮮明な印象を残す。やがて映像が途切れ、砂嵐へと姿を変える。
スイッチを押し、ノイルはモニターを天井へと昇らせると狼、もとい彫刻達に向き直り起伏の無い、しかし芯の通った声で再度報告を続ける。

「見て頂きました通り、レギアスは自らの手足を自在に変形させて戦闘行為を行う事が出来ます。それも非常に俊敏な為、安易に認識する事は出来ない程に。
 それと調査中の段階ではありますが、レギアスは独自のシステムで成形されている為、従来のオートマタの様に神子を介してのマナの供給は不必要である事が判明しています」

『最高だ……』

『最高じゃないか、レギアス! こいつさえあれば、世界中のオートマタを凌駕出来る……! パワーバランスが一変するぞ!』
実に野太く、大男らしき声で猪は興奮を押えられないのか震えた声で歓喜した。

『しかしこれほどの強力な兵器だ、グレイが我々に対して反旗を翻す恐れは無いのだろうか?』                       
紅一点、妙齢を感じさせがらも、凛とした女性の声で虎がそう聞いた。

『私も彼女に同意だ。こんな危険な兵器を前にして、奴が自制心を保てるとは思えん』
虎に賛同する様に、象が声を上げる。しかしその二人の発言を、狼は否と一言で遮った。                      

『その点については心配ない。二人とも忘れたのか?』

『奴の肉体は我々が手を施し、レギアスの発掘、及び実戦テストの期間に合わせて延命措置を取っている事を。
 予定日数を過ぎた時点で奴から装置を取り外す。奴に拒む権利は無い』

『そーそ、つ、ま、り、あいつが俺達に復讐心を抱いてマスターになった所で、その時間が来ればジ・エ―ンド。
 マスターを失ったレギアスは俺達の物になるって訳。お分かり? 何の心配もないのよ』
不愉快な程に軽く、馴れ馴れしい口調で、猿がなだめる様に象と虎にそう言い放った。象は押し黙り、虎は露骨に舌を打つがそれ以上喋らない。
一連の会話を冷めた目で見ていたノイルが狼に視線を合わす。狼はノイルに言った。

『報告ご苦労だった、ノイル・エスクード。今後もレファロ・グレイ、並びにレギアスの監視を怠るな。
 何か不具合が生じた場合、すぐさま我々に報告しろ。以上で終了する』

狼の言葉にノイルが最初と同じく深く一礼する。同時にライトが消されて、彫刻達が闇の中へと消えていく。
すると暗闇が突如として明るくなり、ノイルはその眩しさから目を瞑った。少しづつ目を開けると、ノイルという男の姿が姿を現す。

形良く揃えられたオールバックの金髪に、誠実そうではあるが底の知れない鋭い眼、薄い唇。
ノイル・エスクード―――――レファロにリヒトの事を報告し、自らの目でレギアスの虐殺を目撃した、レファロに最も近い黒服の男。
背筋を伸ばし、ノイルは苦々しい表情で何処からか煙草を持ちだして口に咥え火を付けると、嘲笑交じりに呟いた。

「……お前達が制動出来る物では無いぞ、アレは」


                               ビューティフル・ワールド


                           the gun with the knight and the rabbit


……朝か。目の奥がシバシバする。何か夢を見ていた気がするが、良く思い出せないし、思いだす必要がある程の中身も無いだろう。
隆昭は目を擦りながらソファーから立ちあがった。窓から射す朝の日差しが、目の前のベッドを明るく照らしている。

メルフィーとスネイルさんはベッドなのになんで俺だけソファーなのかと、隆昭は思わない事も無い。
しかし意外な事にこのソファー、ぐっすりと体を沈めて安眠出来た。夢を見る程に。
もしやと言うか酷く疲れていただけかもしれないが、それでもしっかりと朝まで眠れたのだから大したものだ。と、何で俺はソファーを褒めているのかと隆昭は惚けた頭で思う。
そう言えば……ベッドは二つとも空になっている。メルフィーもスネイルさんも何処に行ったのだろうか。
それとも俺が起きるのが遅いのか……多分そっちだなと思いながら、隆昭は顔を洗うべく部屋を出て、ぼんやりとしながらも階段を降りて一階へと向かう。

「洗面台洗面台……」
ぶつぶつと呟きながら廊下を歩くと、何処からかとても香ばしく食欲をそそる、実に良い匂いがした。
自然に隆昭の足は洗面台からその匂いがする方向へと歩いていく。数秒後、その匂いの正体へと辿り付いた。

「おはようございます、隆昭さん」
「おはよう、鈴木君」

寝ぼけ顔の隆昭を迎えたのは、可憐なエプロンに身を包んだ素晴らしき筋肉のおじ様と、エプロンに身を包んだ可憐な少女の正反対な二人だ。
おじ様ことルガ―と、少女ことメルフィーはキッチンで共に朝食を作っている。
ルガ―はフライパンで目玉焼きとウインナーを焼き、メルフィーはまな板で食材を切りながらポテトサラダを作る傍ら、食パンが焼けるのを逐一チェックしている。

完璧な専業主夫っぷりが眩しいルガ―はともかく、メルフィーは非常に手際良くサラダを作る間際、程良く焼けたトーストを真っ白な皿へと移す。
時折ルガ―に笑い掛けながら料理をするメルフィーの姿はエプロン姿と相まってとても可憐だ。
隆昭はメルフィーのそんな姿にしばらく惚けていたが、思い出したように慌てて二人に挨拶した。

「お、おはようございます、ルガ―さん。それとメルフィー」
挨拶しつつ、意識を覚まそうとテーブルの方に目を向ける。が、テーブルには誰も居ない。
皆まだ寝ているのだろうか……と隆昭が疑問に思っていると、フライパンから器用に皿へと目玉焼きを移しながらルガ―が説明した。

「まどかちゃんとたまちゃんならまだ寝ているよ。遥ちゃんとリヒト、それとリヒタ―とヘ―シェンは外で特訓中。
 スネイルとリタちゃん、ライディースも、君と自分のロボットの修理の為に外に居るよ」

ルガ―の説明に隆昭はあぁ……そうですか……とどうも分かっているのか分かっていないのかあいまいな返事をする。
それにしても美味しそうな匂い。ちょうど良い具合に焦げ目が付いている目玉焼きとウインナー、それにトーストが彩る、鮮やかな朝食は、見ているだけで食欲が増進しそうだ。

しかしそれ以上に隆昭が目を奪われるのは、メルフィーが料理をしているという姿だった。
出会ってから一か月も経っていないながらも、異常なほど濃密な時間を共に過ごしてきたが、こんな穏やかな姿を見るのは学校以来である。

「……隆昭さんどうしました? 私の顔に何かついてますか?」
無意識だろうが、上目遣いでメルフィーが隆昭にそう聞いて来た。
ふと豊満な胸が目に映り、隆昭は慌ててな、何でも無いよ! とメルフィーに答える。首を傾げるメルフィー。
そんな二人のやり取りをルガ―は微笑ましく思いながらも、隆昭に何をすべきかを伝える。

「それじゃあ鈴木君、君は朝食が出来たら外に居る皆を呼びに行ってくれ。今はテーブルで待ってて良いから」
「分かりました。……ってルガ―さん、俺、皆が外の何処にいるかが分からないんですが……」

「ふわぁ……」
甘ったるく、それでいて柔らかく可愛らしい声で誰かがキッチンに入って来た。隆昭と同じく、朝食の匂いに誘われたのだろう。
やおろよずのオーナーであるまどかだ。美麗な黒髪は寝起きの為だろう、所々クルクルと巻いている。近くにはふわふわと飛んでいる玉藻。
まだ眠いのか、まどかは寝ぼけ眼のままキッチンに居る三人に挨拶した。

「おはおーございます……皆さん早いですね」
<昨日無駄に騒がしかったせいで中々眠れなかったぞ……全く>

「おはよう、まどかちゃん、たまちゃん」
「おはようございます、まどかさん、玉藻さん」
「あ、あぁ……おはよう、まどかちゃん」
<ヴ ァ ル パ イ ンさんだ。それと私に対する挨拶はどうした、新人>
軽くまどかに挨拶した隆昭の前にずいっと、玉藻が前に出る。すさまじい殺気を感じる。

「す、すんません! おはようございます、ヴァルパインさん! 玉藻さん!」
「まどかで良いですよ……というかたまちゃん、そんな名前とか気にしなくていいから、ね?」
<……お前がそう言うなら>
玉藻の言葉に反射的にビクっとなる隆昭。昨日からすっかり玉藻に仕込まれてしまった様だ。
一通り食材を焼き終わったルガ―が、洗った手を吹きながらまどかに頼む。

「っと丁度良かった。まどかちゃん、起きてそうそう悪いんだけど、朝食が出来たら鈴木君と一緒に皆を呼びに行ってくれるかな。彼、場所がまだ分からないから」

ルガ―の言葉にまどかが答えるが早く、玉藻がルガ―の提案に苦言を呈す。
<それぐらいの事一人出来るだろうに……だいたいそれほど離れていないだろうが>
「良いですよ~。外の空気を吸いたかったところですし」
<お前は優しいな、まどか>

「……何がと言わないけど酷いですよ。玉藻さん」
キッと玉藻に睨まれた気がして、隆昭は口を紡いで目を合わさない様に俯いた。

「これから用意するんで、二人ともそれまで待っていて下さい。玉藻さんも」

メルフィーの言葉に、隆昭とまどかは返事をしてテーブルへと向かう。その後ろに続く玉藻。
各々の席に着いてもまどかはまだ寝ぼけているのだろうか、こっくりこっくりとしている。

そんなまどかに隆昭は話しかけようとするが、まどかの後ろに居る玉藻がギラリと光っており気軽に話しかけれない。
……とそう言えば自分は顔を洗いたかったのだ。思いだして席を立ち、隆昭は洗面台へと足を速めた。
しばらく歩くと当り前ながら誰も使っていない洗面台へと着く。鏡の前に立つとイケていない、冴えない風貌の青年がこちらを眺めている。

蛇口を捻って冷水でジャバジャバと顔を洗い、まだ眠っている意識と脳みそを起こす。次第に頭の中がクリアになっていく。
そして顔を上げて、隆昭は自分の顔をもう一度見た。そこには紛れもなく、鈴木隆昭と言う一人の青年が映っている。
と、何故か隆昭は自らの頬を強くつねった。痛みは感じないが、その実、妙な感覚を感じる。夢ではない、という感覚を。

しばらくつねり続け、ぱっと手を離すと隆昭はボソッと、呟いた。

「……夢、じゃないんだな。ここまで全部」


やおよろずから幾分離れた、物語の最初にリヒタ―と遥が和んでいた、心地よい風が吹く草原。
ここで朝早くから、二人のマスターと、二機のオートマタが互いを高めるべく、拳を交わし合う。あくまで稽古の範疇ではあるが。

<それそれそれー! そんな攻撃じゃガンガン読まれちゃいますよー!>
ヘ―シェンが元気良く声を上げて、リヒタ―を叱責する。リヒタ―は黙々と、ヘ―シェンへと拳を奮う。

リヒトからの提案で今、リヒタ―は得意とする中~近距離に対する敵機への連続攻撃練習という名目の元、ヘ―シェンと手合わせしている。
しかしリヒタ―が巧みに両腕を伸ばし左右から攻撃しようと、ヘ―シェンにはかすりもしない。

<動きが大きすぎますよ―。もっと素早く、腕を軽く伸ばす感覚で!>
ヘ―シェンがそう叱咤するものの、リヒタ―の攻撃は十分に早い。左右より来るリヒタ―の拳はストレート、アッパー、フックとその都度手法を変えている。
しかしヘ―シェンはそれらの拳を上下左右に上半身を動かしながら楽々と回避する。リヒタ―が切れるのはその場を漂う風、だけだ。

<このままじゃつまんないんで……そりゃ!>
咄嗟にヘ―シェンはその場にしゃがむと、リヒタ―の脚部に向かって右足を凄ましい早さで振り回した。
瞬時にバックステップする事で回避するリヒタ―。削れていく草原が、リヒタ―の周りで風に吹かれて高く舞い上がる。
鍛え抜かれたヘ―シェンの攻撃は伊達では無く、一寸で避けたとはいえ、リヒタ―の装甲に浅く、一文字の切傷が刻まれている。

頭部を空中に向けると、高く飛び上がったヘ―シェンが、リヒタ―に向けて飛び蹴りの体勢を取っている。
反射的にリヒタ―は掌をヘ―シェンに向けて伸ばす。リヒタ―の前面に半透明のバリアが、マナによって成形されていく。

<覚悟は、良いですか?>
瞬間、勢い良く飛び降りたヘ―シェンのハイキックが、リヒタ―を直撃する。
激しく火花散る程のその威力に、リヒタ―の張っているバリアが激しく震え、今にも割れそうだ。互いに睨みあう、ヘ―シェンとリヒタ―。

「リヒタ―!」
「ほれ、気ぃ取られんな」
パートナーが苦戦しているのを気に掛けた遥に、リヒトが軽くロッドを振り上げた。

オートマタに欠かす事の出来ないマスターも、闘いに置いては重要なファクターとなる。
野良オートマタが存在する現状、何時マスターに対しても危害が加わるか分からない。自分の身は自分で守るのが、マスターとしての務めだ。
リヒトの攻撃はあくまで寸止めを目的にしているがその実、一切の遠慮はしない。遥に対して鋭く素早く、ロッドを振り回す。
足元や頭部等を的確に狙ってくるリヒトの攻撃をどうにか避けながらも、遥は反撃の兆しを狙う。

「守ってるだけじゃ駄目だぞ、遥。攻撃は?」
「最大の……防御!」
リヒトに返答しながら、遥は攻撃を避け、ロッドの先を掴むと、リヒトの胸元の高さまで飛び跳ねた。小柄な体が軽々と宙を舞う。
続けて遥は手を離し、体をぐるりと回転させながら、リヒトの頭部へと後ろ回し蹴りを見舞う。が。

「良い攻撃だ。悪くないな。だがまだまだだ」

余裕綽々と言った面持で体をのけ反らせて回避するリヒト。だが、何故か遥は回避されたにも拘らず、にやりっと笑いを浮かべていた。

「ここからですよ、師匠!」


同時に、バリアの限界地を突破したのか、リヒターは掌を閉じると、ヘ―シェンの攻撃から自らを庇うため腕を交差させた。
思いっきりヘ―シェンがリヒタ―の両腕目掛けて蹴りを放つ。その衝撃に、リヒタ―はその姿勢のまま後方へと2メートル程後ずさった。
リヒタ―が後ずさった為、深く削れる大地。静かに着地し、リヒタ―を見据えるヘ―シェンと、腕の間からヘ―シェンを見据えるリヒタ―。

遥は新体操の選手が如く、体を捻って体勢を整えると、くるくると体を丸めながら、リヒトの前に綺麗に両足を揃えて地面へと着地した。
そしてリヒトに向き直ると、体勢を低くする。リヒトは静かに、遥の行動を見据えているだけだ。

遥の行動とほぼ同時に、リヒタ―が両腕を解くと右手にマナを収束させた。恐らくマナを一点集中させ、一気に敵機へと叩きこむ必殺技――――とっつきを行うつもりだろう。
遥とリヒタ―が自然に顔を見合わせる。そして何かを確認した様に頷き合うと、互いの倒すべき目標に向かって走り出した。

「ただ突っ込んでくるだけじゃ……な」
<芸が……無いですよ!>

そう言って止めようとするリヒトとヘ―シェン。だが、遥とリヒタ―の狙いは別にあった。
その寸前、リヒタ―はヘ―シェンの目の前でとっつきする為の右手を地面に向けるとマナを放出した。同時に遥はリヒトの横を受け身を通り過ぎると、背後へと回った。
攻撃してくると思っていたリヒタ―とヘ―シェンの動きが一瞬止まる。その隙を――――見逃さない。

「今日は私の勝ちです! 師匠!」
<悪いが一本、取らしてもらうぞ……!>

遥はリヒトに向かって飛び蹴りを、リヒタ―は左手でヘ―シェンの頭部に向かって拳を伸ばす。
だがリヒトは軽くため息をつくと後ろも振り向かず、ロッドを逆手持ちして、遥の足に向けた。
同じく、ヘ―シェンは緩慢な動作でリヒタ―の攻撃をしゃがんで避けると……。

<誠に残念ですが……お足元が>
「ガラガラだぞ、遥」

リヒトは軽くこつんと、遥の足元にロッドを当て、ヘ―シェンはちょんっとリヒタ―の足元をつま先で弾いた。

「あ、あれ!?」
遥とリヒタ―はほぼ同時に、派手にひっくり返った。
流石心が通じ合っているパートナーだけあり、ひっくり返るタイミングも同じである。

「いてて……」
「大丈夫か? 遥」
「な、何とか……」

呆れ気味な口調でリヒトが遥に手を差し伸ばす。遥はその手を取って立ち上がった。

<ま、騙し討ちって発想は悪くなかったです。けど動作がばればれすぎです。アホかってくらい>
<……すまない>
<ま、次頑張りましょう>

どうしても一言多いのが、ヘ―シェンらしい。二人と二機は特訓後、その場に座って休憩する。
遥の三つ編みを軽く揺らす、爽やかに吹く風の音色が心地いい。と、草原に仰向けに寝っ転がったリヒトが、遥を褒めた。

「確かにあの戦法はちょいアレだったが、前よりずっと強くなったよ、君は」

リヒトの言葉に、遥は素直に顔を綻ばせる。だけど、とリヒトは言葉を付けたす。

「だけどまだまだ甘いな、遥。もしさっき、俺がわざと油断せずに戦闘に集中していたら、君は受け身を取った瞬間倒されていたよ。
 リヒタ―もそうだ。相手の虚を付くには、それ相応のタイミングを見極める必要がある。ちゃんとそういう事を考えないと、実戦で泣くのは自分だぞ」
「……すみません、師匠」

心当たりがあるからこそ、遥は落ち込む。手を合わせて分かっていたが、リヒトは全く自分に対して本気など出してしなかった。
にも関わらず、自分は今日こそ、リヒトに勝てると思っていたのだ。これを満身と言わず何と言おう。

「けどさ、遥。次からはそういう所を考えて特訓すれば良いんだ。落ち込むこたねえ。
 今よりもっともっと強くなるんだ。俺を追い越すくらいにな」

そう言いながら、リヒトは体を起こして遥の頭をくしゃくしゃと撫でた。遥はそんなリヒトの行動に照れ臭そうにしていながらも、嬉しそうだ。
……そんな遥を見ているリヒトの心の中はあまりにもあんまりなのと本人の名誉のため、ここには記さない。

「お二人とも、朝ごはんが出来ましたよー」
遠くから隆昭の声が聞こえる。朝食が出来たのだろう、自分達を呼びに来たようだ。
リヒトは立ち上がって汚れをはたくと爽やかな声で言った。

「うしっ、丁度飯が出来た頃だし、帰っぞ」

「にしてもどうするんすか、これ……」
「どうしようかしらね、これ」
目の前に横たわる、巨大な二体のロボットを見、ライディースが苦笑交じりにそう呟いた。他人事のように笑うスネイル。

「取りあえずバラしてみますか!」
と、リュック一杯の工具をガチャガチャと取り出しながらやる気満々なリタ。
ライディースが無言でリュックを没収する突っ込みをしなければ、マジでやりかねないのが恐ろしい。

「ごめんね、リタちゃん。悪いけどまずこれをここから持ち出さないと弄れないのよ。今の状態じゃ修理どころか調べる事すら……ね。ちょっと待ってて」

ライディースとリタにそう言って、スネイルは前に倒れている愛機のルヴァイアルへとよじ登った。そしてキョロキョロと、何かを探している。
と、見つけたのか装甲の上に掌を置いた。するとスネイルの目の前で騒がしい音を立てながら装甲が展開していき、四角くまっ平らの穴が出来た。
どうやらコックピットに入る為のハッチの様だ。スネイルは飛び乗る様に、その穴の中へと入った。

コックピットの中は真っ暗で何も見えない。スネイルは周辺のリニアシート等に触れながら、コックピットの形状を頭の中で思い浮かべる。
そしてモニターであろう部分に対して、呼びかけてみた。
「スチュアート、私よ。……返事をして」

返事は無い。スネイルの声だけが空しく響くだけだ。

「駄目……か」
今まで気丈に振る舞っていたスネイルであるが、今の彼女の目は哀しんでいるのだろうかか潤んでいる、様に見えた。
スネイルは軽く頭を振ると、その場にしゃがんでリニアシートの近くを探る。と、スネイルの掌に、何かが当たった。

「……あった」


「スネイルさ―ん?」
リタが何時までも出てこないスネイルを心配して声を掛けた。コックピットから大丈夫だと言った感じで、スネイルが手を振って出てくる。

「ごめんごめん、ちょっと時間が掛かっちゃって」
ルヴァイアルから降りて二人の前へと歩いて来たスネイル。ふと、リタがスネイルが持っている物に気付いた。

「それ、何ですか?」
スネイルの手には昨日、リタ達に手品と言って見せてくれた、花束召喚カードと同じ大きさのカードが八枚、握られている。
しかし絵柄は花束ではない。両面白地に、黒い文字でMachettoと書かれているだけだ。

「現代科学の落とし子……かしらね。まぁちょっと見てて」
そう言いながらスネイルはカードを扇形に広げると、口元に寄せてトランスインポートと囁き、放り投げた。
ひらひらと舞った8枚のカードがもうすぐ地面に落ちてくる。地面にポトッと落ちた瞬間、カードからポップコーンが弾けた様な音がした。
辺り一面を白くもくもくと、やけにファンシーな形の雲が覆う。次第に雲が晴れてくると、その物体が姿を現した。

「わっ、かわいい!」
「……これは、一体」
その物体を見、リタが開口一番そう言い、ライディースが物珍しげに呟いた。

どら焼きを連想させるふっくらとした形状。その横にくっ付いている、左右4本の丸くコロコロっとした積み木細工の様な脚部。
そしてその上のバケツ状の部分で、顔の様に点滅する二つの丸。不思議な電子音を出しながら意思疎通しているのか、丸は交互に点滅している。
まるで蜘蛛の様な1メートルのその物体は、可愛らしく、機械というよりマスコットの様だ。

「この子達はマチェットと言って、私達の居た世界じゃ簡易的な整備兵として役に立ってくれてるの。
 ただ、あくまで簡易的だからロボット自体を直すのは人間の手だけどね」

スネイルの周りを脚部の下から車輪を出したマチェットが、支持を求めているのかぞろぞろと集まってくる。
リタはマチェットが気に入ったらしく、逃げているマチェットを楽しそうに追いかけている。ライディースは何故か、距離を取っている。

「この子達には今から、この二機の各パーツ取り外して貰うの。2時間程度あれば、二機とも綺麗に分解されてると思う」

「それでライディース君、リタちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかな?」


「それでは今日も良い一日が迎えられる様、お百姓さんに感謝して……

 いただきまーす」

「いただきまーす」

そんなこんなで、スネイル達を交えたやおよろずの朝食が始まった。ちなみにいただきますの音頭を取るのはオーナーであるまどかだ。
今日の献立はメルフィーによるポテトサラダとトースト、ルガ―による目玉焼きとウインナーだ。もちろん、ルガ―手製の珈琲もセットで。

「今日も元気だ飯が美味い! って訳でウインナー下さいライディースさん!」
「ちょっまっ、全然脈拍ないよその発言!?」

「そうよリタちゃん。まず自分のウインナーを食べてから、ライディース君のを食べなさい」
「どっちにしろライディースさん食わ……って、何で俺の目玉焼き食べてるんですか、スネイルさん!」

「何よ二人とも朝から騒々しい……ねーリタちゃん」
「そうですよ二人とも! だから私達は静かにご飯を食べます。そして静かに二人のウインナーと目玉焼きを頂きます」
「いやだからやらせねーし食わせねーよ!?」
隆昭とライディースが同時にリタに突っ込んだ。最高に息が合っており、尚且つタイミングもばっちりだ。
すっかりスネイルも隆昭も、やおよろずの面々に、というかボケツッコミに溶け込んでいる。元から居る様に。

「このポテトサラダ、美味しいね、メルフィーちゃん」
「野菜が良い感じに切られてて、食べやすいですよ。それにトーストも上手く焼かれてるし……」
「……良かった。私不器用だから、大丈夫かなって心配だったんです」

「ううん、そんな事無いよ。今度一緒に料理しようよ。お菓子とか」
「その時は私も入れて下さいね、遥さん、メルフィーさん」
「あ……はい。楽しみにしています」
遥とまどかの上々の反応に、メルフィーは嬉しそうに微笑んだ。初めて会った頃の固さはもう無い様だ。

仁義なきボケツッコミの隣で、何時までも聞いていたくなるような、女子達の心地の良い会話。
このカオスな体裁を、温かな目で見つめているルガ―。予期せぬ訪問者、もとい新人達が来たとはいえ、やおよろずは今日も平和である。

「そういや、俺はまだあんた達が乗って来たロボットやらを見てないんだが」
朝食を食べ終え、珈琲を半分ほど飲んでリヒトはスネイルに声を掛けた。

「どんだけの物なのか、楽しみにしてるぜ。Ms.スネイル」
「貴方の期待に添えるか分からないけど、少なくともガッカリはさせないわよ、伊達男さん」

そう言ってスネイルはリヒトにウインクした。

「ほぉ、そいつは楽しみだ」
スネイルの返事にニヤリとするリヒト。何故だか、この二人の会話はなんて事無い会話でも妙に怪しく感じる。

「あ、そうだそうだ、ルガ―さん、ルガ―さん」
遥が何か思い出したのか、ルガ―に声をかける。ルガ―はん?と遥に顔を向ける。

「今日は鈴木君とメルフィーちゃんとレイチェルに出ようと思います。三人分の日用品を揃えたいと思うので」

レイチェルとはやおよろずから最も近い町の事だ。大きな町では無いが、意外と範囲は広く大体の物は揃う事で評判である
遥の言葉にルガ―があぁ、それならとメモ帳を取り出し何か書きはじめた。

「レイチェルに行くなら、ついでに食材も買ってきてくれるかな。もうすぐ冷蔵庫の中身が切れそうなんだ」

「あ、それならついでにネジのスペアもお願いします! 切らしてるんで!」
リタ。

「レイチェルに行くならなら悪いけど、メカニックジャーナルの最新号も買ってきてくれるかな。切らしてるからさ」
ライディース。

「おっと、俺も禁煙パイポ買ってきてくれ。切らしてるから」
リヒト。

まどかは特に注文は無いが、ニコニコとしている。

まさかの追加注文殺到に、隆昭とメルフィーは戸惑いを隠せない。遥は何時もの事ですねと言いたげな表情で深いため息をついた。
と、ルガ―が思いだしたように付け加える。

「そうそう、昼間だし大丈夫だとは思うが、一応気を付けてくれ」

「最近危ない奴が出没してるからね。オートマタを狙った」

<カルマス・ダインか……この男、決して弱くは無い筈だがな>
新聞の上で浮かびながら、玉藻が渋い声でそう言った。件の連続オートマタ強奪事件についてである。
新聞にはアリーナ上位成績者であり、格闘家のカルマス・ダイン氏が今朝未明、何者かによって自機オートマタ、ガルム・レガシ―を強奪された事が記述されている。
カルマスは呆然自失とした状態で発見され、まともに言葉を話せないらしい。よほど恐ろしい目に会わされたのか……。

<間違いなくオートマタが絡んでますね。それも相当強い奴が>
ヘ―シェンの言葉に、玉藻が続く。

<そいつについて分かっている事は一つ、我々オートマタに対して動きを止める事が出来るって事だ。それはマナを停止させる事が出来るか、あるいは……>

<マナを吸収する事が出来る……ですか?>

<そうだ、リヒタ―。何にせよ、安易に近づきたくは無い敵ってこった>

<大丈夫ですよ! それなら近づかないで倒せば良いんです! 足場を崩すとか>
ヘ―シェンの至極明るい言葉に、玉藻はワザとらしいくらい、阿呆とため息交じりの声で言うととヘ―シェンを杖の先でこつんと叩いた。

<あいてっ>
<そんな簡単な事で倒せてたら既に捕まってるだろうが。全く……>

そして玉藻はリヒタ―に振り返ると、言った。

<遥達がレイチェルに行くらしい。ついていってやれ、リヒタ―。お前が守ってやれ。何が起こっても>

<了解しました>

<それとヘ―シェン、恐らくないとは思うが、もしも奴に対峙しても無理に戦おうとするなよ。危険を感じたらすぐに逃げろ>

<悪いけど玉藻さん、それはマスターが許さない、というかマスターは絶対に逃げろって言わないと思います。あの人、馬鹿だから。それに>


<マスターを守れないオートマタなんて、情けないですからね>

「それじゃあライオネル、行ってくるね」

リシェルの声に、何か作業を行っているのか、つなぎを着て溶接用のヘルメットをしたライオネルが、振り返ってヘルメットを上げた。
そこには純白のワンピースを着て、茶色いショルダーバックを肩に担ぎ蒼いリボンで長い髪を結んだリシェルが、ライオネルに儚げな笑みを浮かべていた。
今のリシェルは不思議な雰囲気を漂わせており、幼い少女にも、大人びた女性にも見える。

ライオネルはリシェルの姿をしばらく見ていたが、背を向けるとぶっきらぼうな声で言った。

「夕飯までには帰ってこいよ。せいぜい楽しんで来い」
ライオネルの言葉に、リシェルは元気良くうんと答え、その場を後にする。

レイチェルへと向かうリシェルの足は軽い。
「面白い本……あれば良いな」


<主には甘いのだな、貴様は>
壁際に寄り掛かり、腕組みをして神威がライオネルに言った

「俺が生易しく接すんのはリシェルだけだ。勘違いするなよ」
そう言いながら、ライオネルは持っている半透明の緑色のチップを天井の蛍光灯に透かした。何のチップかは、分からない。


「さて……」


「せいぜい役に立てよ、レガシ―」




                                  第七話


                                   小波



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