そこから2キロほど離れた場所――――同じく圏外の、荒野。
一台のバギーが止まっている。
それに背中を預けるようにして立っているのは、リシュウだ。
右手には、無線機。オルトロスの機体内部に組み込まれたものと通信が出来るように調整されているものである。
ただ、今は電源は切っていた。
ユーリとオルトロスの会話から、もはや心配は無用だと判断したからだ。
圏外であるこの地域において、電気は貴重な資源の一つである。出来る限り節約しておきたい所。
「ふう……後は待つだけですか」
足元にはランプが火を燈して置いてあり、リシュウの周辺だけをオレンジ色に照らし出していた。
まず、彼は背が高い。185cmはあるだろう。灰色の長い髪の毛を大して手入れもせずに生やしている。
また、極端に細目なので、笑っていないのに微笑んでいるかのような印象を受けてしまう。
変わっているのはそれだけではなく、彼の服装もだ。
少なくとも、この国で作られた衣装ではない事が分かる。
布を何枚も織って組み合わせて出来たような、袖の広い……ゆったりした、それでいて動きにくそうな、暗い緑と橙色を基調とした服だった。
リシュウはふと、車の後部座席に目をやる、とそこには……
「寝顔は普通に少年なんですけどねぇ……」
すやすやと眠り込んでいるように見える、19歳の青年の姿――――そう、ユーリ・フレデリックの姿がそこにはあった。
正確にはユーリの、『身体』があった。
今、彼の『精神』はここから2キロほど離れた所で戦っている、オルトロスの中に在る。
最初こそ信じられなかったが、ユーリは自分の精神を自分と心を通わす機械人形の中に飛ばすことができる、特異体質らしいのだ。
当たり前といえば当たり前なのだが、いくら機械人形が総じて3メートルを越えるような大きさを有していると言えど、中に人間が入って操縦するスペースなど存在しない。機械人形が機械でありながら人格を有するのが、操縦者を必要としない、何よりの証拠である。
精神を飛ばした相手と感覚を共有し、あたかも常に機械人形の隣に寄り添って行動しているような……そんな状況が作り出せる。俄かには信じ難いことだった。
無線が電波を受信し、自動で電源が入る。リシュウはそれを耳に宛てた。
「――――リシュウ、リシュウ!聞こえるか!?」
だが、現実にこうしてユーリは、無線の向こう側からオルトロスに自分の声を合成してもらい、リシュウに話し掛けている。
今はもう、信じて疑ってなどいない。何度も経験したことだから。
「どうしました? ユーリ、そんなに慌てて」
「マウルヴルフが一匹そっちに向かった! 悪い! 今、ダイブを……」
そこで通信が途切れる、リシュウは軽く首を傾げた。
……マウルヴルフがこっちに向かった? それはつまり、
そこまで考えて、
「ふはっ!」
ガバッ!という効果音を付けたらピッタリだろうという動きで、さっきまでバギーの後部座席で眠っていた(ように見える)ユーリの上体が起き上がる。
「おや、お帰りなさい」
今しがた彼の身体に精神が戻ってきたらしい。リシュウは大して驚きもせず、呑気にそんな言葉を掛けている。
ユーリは頭をぶんぶんと振って、自分の身体に戻って来ることが出来たかを確認すると、直ぐさま焦ったように、
「り、リシュウ! 今言った通り、こっちに一体機械人形が向かってるんだ!」
「そうですか、ところで今オルトロスはどうしています?」
「どうって、全速力でこっちに向かわせてる、だが相手の方が早い!」
「ふむふむ」
焦る自分に対し、言葉を理解しているかも怪しい実にのほほんとした様子のリシュウが、更に自分の焦りを煽る気がした。
何が危険かこの男は理解していないのではなかろうか?
機械人形同士の戦闘ならいざ知らず、生身の人間で力になれることなどほとんどない。強いて言えばここが圏外ではなくリシュウのように神子の場合、オートマタにマナを供給してやることくらいだ。
何より、人間の身体はあまりにも脆くできている。機械人形に襲われたら一巻の終わりだということくらい、分かりそうなものではないか。
そんな自分の言葉を、リシュウはしきりに頷きながら聞いた後に、
「機体回収の方を優先させなさい」
「え?」
「いえ、ですから機体回収の方を……そういえば無線が有りましたね」
リシュウは無線の電源を入れると、口を近付けて話し掛ける。
「もしもし、オルトロス?」
<――――リシュウか? 今、そっちに向かってる!>
オルトロスの声と一緒に、金属が一定の周期で地面を蹴る音が無線から流れてくる。荒野をこっちに向かって駆けているのだろう。
「こちらのことはいいのでさっきの場所に戻ってください、オルトロス。機体の回収は任せます」
<な、い……いいのか?>
リシュウの意外な台詞に少し困惑した様子、走るスピードが緩んだらしく、雑音が小さくなった。
「予定外ですが、こちらは自分とアーベルで何とかします、ほら、早く戻って」
<……分かった! 武運を祈るぜ!>
次の瞬間、無線からガリガリガリッという音が流れ、通信が途切れる。方向転換した音だろう。
リシュウは何食わぬ顔で無線の電源をオフにする。
一瞬呆気に取られた自分だったが、それでもちょっと納得がいかずに、
「ってリシュウ……アーベルは呼び出すなってバネッサさんに釘を刺されてたはずじゃ」
「ああ、私の事は気にしなくても大丈夫ですよ。アーベルを呼び出さざるを得ない状況を作った貴方が悪い。――――そうあの方には言い訳しておきますので」
「ちょっと待っ……っく!」
リシュウの聞き流すにはあんまりな今の言葉に抗議しようとしたら、地面が揺れた。思わず座席にしがみつく。
「……どうやら来たようですね」
リシュウはバギーから少し離れて、片膝をつくと、両の手を地面についた。
――――彼の両手首には、華美とも言えるかなり大きめな金色の腕輪がはめられている。
そして、それらには一つずつの『宝玉』が嵌まっていた。
片方は、オレンジ色。オルトロスとの契約の証である。
そして、もう片方が――――
「さあ、出て来なさい、アーベル・シルトクローテ」
滅多に開かないはずの、リシュウのその目がその瞬間だけは、
一台のバギーが止まっている。
それに背中を預けるようにして立っているのは、リシュウだ。
右手には、無線機。オルトロスの機体内部に組み込まれたものと通信が出来るように調整されているものである。
ただ、今は電源は切っていた。
ユーリとオルトロスの会話から、もはや心配は無用だと判断したからだ。
圏外であるこの地域において、電気は貴重な資源の一つである。出来る限り節約しておきたい所。
「ふう……後は待つだけですか」
足元にはランプが火を燈して置いてあり、リシュウの周辺だけをオレンジ色に照らし出していた。
まず、彼は背が高い。185cmはあるだろう。灰色の長い髪の毛を大して手入れもせずに生やしている。
また、極端に細目なので、笑っていないのに微笑んでいるかのような印象を受けてしまう。
変わっているのはそれだけではなく、彼の服装もだ。
少なくとも、この国で作られた衣装ではない事が分かる。
布を何枚も織って組み合わせて出来たような、袖の広い……ゆったりした、それでいて動きにくそうな、暗い緑と橙色を基調とした服だった。
リシュウはふと、車の後部座席に目をやる、とそこには……
「寝顔は普通に少年なんですけどねぇ……」
すやすやと眠り込んでいるように見える、19歳の青年の姿――――そう、ユーリ・フレデリックの姿がそこにはあった。
正確にはユーリの、『身体』があった。
今、彼の『精神』はここから2キロほど離れた所で戦っている、オルトロスの中に在る。
最初こそ信じられなかったが、ユーリは自分の精神を自分と心を通わす機械人形の中に飛ばすことができる、特異体質らしいのだ。
当たり前といえば当たり前なのだが、いくら機械人形が総じて3メートルを越えるような大きさを有していると言えど、中に人間が入って操縦するスペースなど存在しない。機械人形が機械でありながら人格を有するのが、操縦者を必要としない、何よりの証拠である。
精神を飛ばした相手と感覚を共有し、あたかも常に機械人形の隣に寄り添って行動しているような……そんな状況が作り出せる。俄かには信じ難いことだった。
無線が電波を受信し、自動で電源が入る。リシュウはそれを耳に宛てた。
「――――リシュウ、リシュウ!聞こえるか!?」
だが、現実にこうしてユーリは、無線の向こう側からオルトロスに自分の声を合成してもらい、リシュウに話し掛けている。
今はもう、信じて疑ってなどいない。何度も経験したことだから。
「どうしました? ユーリ、そんなに慌てて」
「マウルヴルフが一匹そっちに向かった! 悪い! 今、ダイブを……」
そこで通信が途切れる、リシュウは軽く首を傾げた。
……マウルヴルフがこっちに向かった? それはつまり、
そこまで考えて、
「ふはっ!」
ガバッ!という効果音を付けたらピッタリだろうという動きで、さっきまでバギーの後部座席で眠っていた(ように見える)ユーリの上体が起き上がる。
「おや、お帰りなさい」
今しがた彼の身体に精神が戻ってきたらしい。リシュウは大して驚きもせず、呑気にそんな言葉を掛けている。
ユーリは頭をぶんぶんと振って、自分の身体に戻って来ることが出来たかを確認すると、直ぐさま焦ったように、
「り、リシュウ! 今言った通り、こっちに一体機械人形が向かってるんだ!」
「そうですか、ところで今オルトロスはどうしています?」
「どうって、全速力でこっちに向かわせてる、だが相手の方が早い!」
「ふむふむ」
焦る自分に対し、言葉を理解しているかも怪しい実にのほほんとした様子のリシュウが、更に自分の焦りを煽る気がした。
何が危険かこの男は理解していないのではなかろうか?
機械人形同士の戦闘ならいざ知らず、生身の人間で力になれることなどほとんどない。強いて言えばここが圏外ではなくリシュウのように神子の場合、オートマタにマナを供給してやることくらいだ。
何より、人間の身体はあまりにも脆くできている。機械人形に襲われたら一巻の終わりだということくらい、分かりそうなものではないか。
そんな自分の言葉を、リシュウはしきりに頷きながら聞いた後に、
「機体回収の方を優先させなさい」
「え?」
「いえ、ですから機体回収の方を……そういえば無線が有りましたね」
リシュウは無線の電源を入れると、口を近付けて話し掛ける。
「もしもし、オルトロス?」
<――――リシュウか? 今、そっちに向かってる!>
オルトロスの声と一緒に、金属が一定の周期で地面を蹴る音が無線から流れてくる。荒野をこっちに向かって駆けているのだろう。
「こちらのことはいいのでさっきの場所に戻ってください、オルトロス。機体の回収は任せます」
<な、い……いいのか?>
リシュウの意外な台詞に少し困惑した様子、走るスピードが緩んだらしく、雑音が小さくなった。
「予定外ですが、こちらは自分とアーベルで何とかします、ほら、早く戻って」
<……分かった! 武運を祈るぜ!>
次の瞬間、無線からガリガリガリッという音が流れ、通信が途切れる。方向転換した音だろう。
リシュウは何食わぬ顔で無線の電源をオフにする。
一瞬呆気に取られた自分だったが、それでもちょっと納得がいかずに、
「ってリシュウ……アーベルは呼び出すなってバネッサさんに釘を刺されてたはずじゃ」
「ああ、私の事は気にしなくても大丈夫ですよ。アーベルを呼び出さざるを得ない状況を作った貴方が悪い。――――そうあの方には言い訳しておきますので」
「ちょっと待っ……っく!」
リシュウの聞き流すにはあんまりな今の言葉に抗議しようとしたら、地面が揺れた。思わず座席にしがみつく。
「……どうやら来たようですね」
リシュウはバギーから少し離れて、片膝をつくと、両の手を地面についた。
――――彼の両手首には、華美とも言えるかなり大きめな金色の腕輪がはめられている。
そして、それらには一つずつの『宝玉』が嵌まっていた。
片方は、オレンジ色。オルトロスとの契約の証である。
そして、もう片方が――――
「さあ、出て来なさい、アーベル・シルトクローテ」
滅多に開かないはずの、リシュウのその目がその瞬間だけは、
僅かに開く、のである。
「パラベラム」
リシュウがその単語を口にした直後、彼の前方に巨大な光の球体が出現した。
直径5メートル程もあるその光の塊は、緑色の粒子を放ちながら徐々に小さくなっていく。
やがて――――ズシン、と。
光がおさまった時、そこには一体の機械人形が立っていた。
いや、立っていたでは少々表現力に乏しいかもしれない。
まさに、そびえ立っていた。
オルトロスとは真逆のコンセプトを行くような、曲面ばかりで構成されたその機体は、比喩ではなく『球状』であった。
高さ、横幅ともに4メートル以上の、機械人形の中では最大級。
その『球体』に、突如として短い足――――足首から下だけ――――が生える。どうやら内部に格納されていたようだ。
更には球体のやや上方の左右が丸くパカッと開いたかと思うと、今度は腕が飛び出す。驚くほど細い腕が、その先端には三本の巨大な爪がまるでクレーンキャッチャーのアームのように搭載されている。
最後に、申し訳程度に小さなキューブ状の頭が生える。これにて変形は終了、赤色のモノアイが暗闇の中で不気味に光を点した。
<――――主様よ、なんなりと御命令を>
直径5メートル程もあるその光の塊は、緑色の粒子を放ちながら徐々に小さくなっていく。
やがて――――ズシン、と。
光がおさまった時、そこには一体の機械人形が立っていた。
いや、立っていたでは少々表現力に乏しいかもしれない。
まさに、そびえ立っていた。
オルトロスとは真逆のコンセプトを行くような、曲面ばかりで構成されたその機体は、比喩ではなく『球状』であった。
高さ、横幅ともに4メートル以上の、機械人形の中では最大級。
その『球体』に、突如として短い足――――足首から下だけ――――が生える。どうやら内部に格納されていたようだ。
更には球体のやや上方の左右が丸くパカッと開いたかと思うと、今度は腕が飛び出す。驚くほど細い腕が、その先端には三本の巨大な爪がまるでクレーンキャッチャーのアームのように搭載されている。
最後に、申し訳程度に小さなキューブ状の頭が生える。これにて変形は終了、赤色のモノアイが暗闇の中で不気味に光を点した。
<――――主様よ、なんなりと御命令を>
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