物心ついた時自分は、それなりに普通の家庭で、普通に平和に暮らしていたように思う。
人間と親人間派オートマタが共存し、野良の話を聞くこと自体が稀な、ごく普通の町で自分は暮らしていた。
ただ一つ、父親がいなかったことを除いては。
ああ、でも別に事故に巻き込まれたとか、神子だからとオートマタに襲われて殺されてしまったわけではない、離婚である。母は幼い自分にそう語った。
そんなわけで自分も学校に通う年頃になったのだが、いざ通ってみると通学条件の悪さが露呈、片親の家庭にとって子供を学校に通い続けさせるのは至難の世の中だった。
ある日、自分は母に問うたことがある。
何故、自分には神子の素質がないのかと。
神子とはこの世を構成する物質、『マナ』を管理者の許可の元に地脈を通して操ることが出来る人間の事を言う。
マナを操ることが出来れば、大概の物体をマナに分解して離れた位置に転位させるような事が出来るし、一番の利点はやはり、オートマタにマナを供給できる事だろう。
神子の社会における重要度はかなり高く、彼らのお陰で社会はここまで発展してきたと言ってもいい。
それらは一重に、才能。生まれたその瞬間に定められる、管理者にアクセスする為の能力の有無。
この世に、神子の能力を活かした就職先は多い。
自分に神子の素質があれば、母の負担を少しでも和らげることが出来るのではないか――――自分はそう考えたのだ。
母はその自分の質問に、少し困ったように笑って、
『何を言っているの、私はあなたが神子じゃなくて本当に良かったと思ってる』
そのように答えた。
その理由は一重に、野良の存在。
マナを地脈から取り出し操ること、それは同時に野良のオートマタにマナの存在を感知させて呼び寄せかねない危険を孕んでいることも確かだったからだ。
町で時々耳に入ってくる野良出没の情報には、必ずと言ってよいほど神子の存在が絡んでいた。
野良が神子に近づく理由は大きく分けて二つある。
一つは契約を結んでもらうため。
もう一つは、排除するためだ。
神子と野良が契約を結ぶ=野良ではなくなるという事は、万年マナ不足の地獄からの解放を意味する。神子に一生仕える代わりに知能は飛躍的に向上し、死の恐怖から免れて、より活発に動き回れるようになる、言わば『肉体的』自由を獲得することである。
反対に野良の中には、『機械人形』という自分の種族に誇りを持ち、人間に仕えることを是としないものも存在する。機械人形が人間に降ってしまう原因である神子の存在を抹消して、自分達だけで生きていけることを証明せんとする、言わば『精神的』自由の獲得を目指す者達もいる。
前者の場合はまだいい、交渉の余地がある。神子がまだ一体とも契約を結んでいなければそこで契約を結ぶまでだ。
だが、実際の所神子はそこまで多くない。少なくともこの世に存在するオートマタの数には到底及ばない。神子がどんなに高いマナ操作技術を有していたとしても、一人につき二体が限界だ。
一応、伝説上では一人で八体のオートマタと契約した神子の記録が残されているとはいえ、理論上はそうである。
更に油断の出来ないことに、前者が神子と(例えば契約済みなどの理由で)契約出来ないことが分かると、途端に後者に転身するオートマタがいるのも問題だ。
と、いうより契約してくれる神子がいなくて泣く泣く後者の道を突き進むオートマタが後者の中では圧倒的多数を占めるのである。
そこに在るのは嫉妬。……なのかもしれない。
野良からすれば、神子と契約しているオートマタは人生における勝利者を見ている気分なのだろう。
――――話を戻そう。所謂普通の人間である自分は、そういった機械人形うんぬんかんぬんとは無縁でいられるわけで、母はそういった事を見越して『ユーリが普通の人間で良かった』と言ってくれたのである。
しかし現実は厳しかった、母は懸命に働いて、自分はそんな母親に負担を掛けまいと幼いながらに努力を重ねたつもりなのだが、家計の必死のやり繰り空しく、帳簿が底をついてしまう。
人間と親人間派オートマタが共存し、野良の話を聞くこと自体が稀な、ごく普通の町で自分は暮らしていた。
ただ一つ、父親がいなかったことを除いては。
ああ、でも別に事故に巻き込まれたとか、神子だからとオートマタに襲われて殺されてしまったわけではない、離婚である。母は幼い自分にそう語った。
そんなわけで自分も学校に通う年頃になったのだが、いざ通ってみると通学条件の悪さが露呈、片親の家庭にとって子供を学校に通い続けさせるのは至難の世の中だった。
ある日、自分は母に問うたことがある。
何故、自分には神子の素質がないのかと。
神子とはこの世を構成する物質、『マナ』を管理者の許可の元に地脈を通して操ることが出来る人間の事を言う。
マナを操ることが出来れば、大概の物体をマナに分解して離れた位置に転位させるような事が出来るし、一番の利点はやはり、オートマタにマナを供給できる事だろう。
神子の社会における重要度はかなり高く、彼らのお陰で社会はここまで発展してきたと言ってもいい。
それらは一重に、才能。生まれたその瞬間に定められる、管理者にアクセスする為の能力の有無。
この世に、神子の能力を活かした就職先は多い。
自分に神子の素質があれば、母の負担を少しでも和らげることが出来るのではないか――――自分はそう考えたのだ。
母はその自分の質問に、少し困ったように笑って、
『何を言っているの、私はあなたが神子じゃなくて本当に良かったと思ってる』
そのように答えた。
その理由は一重に、野良の存在。
マナを地脈から取り出し操ること、それは同時に野良のオートマタにマナの存在を感知させて呼び寄せかねない危険を孕んでいることも確かだったからだ。
町で時々耳に入ってくる野良出没の情報には、必ずと言ってよいほど神子の存在が絡んでいた。
野良が神子に近づく理由は大きく分けて二つある。
一つは契約を結んでもらうため。
もう一つは、排除するためだ。
神子と野良が契約を結ぶ=野良ではなくなるという事は、万年マナ不足の地獄からの解放を意味する。神子に一生仕える代わりに知能は飛躍的に向上し、死の恐怖から免れて、より活発に動き回れるようになる、言わば『肉体的』自由を獲得することである。
反対に野良の中には、『機械人形』という自分の種族に誇りを持ち、人間に仕えることを是としないものも存在する。機械人形が人間に降ってしまう原因である神子の存在を抹消して、自分達だけで生きていけることを証明せんとする、言わば『精神的』自由の獲得を目指す者達もいる。
前者の場合はまだいい、交渉の余地がある。神子がまだ一体とも契約を結んでいなければそこで契約を結ぶまでだ。
だが、実際の所神子はそこまで多くない。少なくともこの世に存在するオートマタの数には到底及ばない。神子がどんなに高いマナ操作技術を有していたとしても、一人につき二体が限界だ。
一応、伝説上では一人で八体のオートマタと契約した神子の記録が残されているとはいえ、理論上はそうである。
更に油断の出来ないことに、前者が神子と(例えば契約済みなどの理由で)契約出来ないことが分かると、途端に後者に転身するオートマタがいるのも問題だ。
と、いうより契約してくれる神子がいなくて泣く泣く後者の道を突き進むオートマタが後者の中では圧倒的多数を占めるのである。
そこに在るのは嫉妬。……なのかもしれない。
野良からすれば、神子と契約しているオートマタは人生における勝利者を見ている気分なのだろう。
――――話を戻そう。所謂普通の人間である自分は、そういった機械人形うんぬんかんぬんとは無縁でいられるわけで、母はそういった事を見越して『ユーリが普通の人間で良かった』と言ってくれたのである。
しかし現実は厳しかった、母は懸命に働いて、自分はそんな母親に負担を掛けまいと幼いながらに努力を重ねたつもりなのだが、家計の必死のやり繰り空しく、帳簿が底をついてしまう。
学校通い、断念。
自分としては文句など無かった、これで少しでも母に楽をさせてあげられるのならと。そして、学校に通わなくなってから暫く経って気付くのである。
家に断続的に、柄の悪い男が訪ねてくるようになった。
柄の悪いとは外見だけでなく、態度もである。母はその度に自分に家の奥へ行っているよう指示しては、その男達をなるべく穏便な形で追い返しているようだった。
ある時は泣き落として。
またある時は近所に助けを求めて。
家の中を乱暴に散らかされた。
夜寝ていると窓に小石が投げ込まれて、ガラスを割られることもあった。
母は日に日に痩せ衰えていった、机に肘枕をして溜め息をつくことが多くなった。そしてその目線の先にはいつも家計簿が開かれたままで置かれている。
そこまで来てようやく、幼い自分にも事態が呑み込めてくるのである。
借金を背負っている――――それも少なくはない額のようだった。
本当はもっと早くに学校を辞めておくべきだったのかもしれない。――――否、それとも……学校なんて最初から行っている余裕はなかった?
再婚しようにも借金のある家の嫁+子供一人を欲しがる人間が居るはずはないし、そもそもの当人である母親が、かつての夫に思い入れでもあるのか借金を抱えるようになる以前から再婚は考えていなかった。
それももう、限界に来ている。
近所での評判も落ちるところまで落ちてしまった。
やおら母親は立ち上がる、その手に握られていたのは一枚の求人用紙。
その職業名がなんであれ関係ない、ただ、それが柄の悪い男達が訪ねてきた時に置いていった物とだけ言えば大体予想もつくだろう。
何か嫌な予感がして、自分は母を呼び止める。
そんな大変な時でさえ、母は自分に心配を掛けまいと微笑んでこう言った。
『大丈夫』と――――いくらなんでも、信じろという方が無理である。
目の下の大きなくまが印象的だった。
「……それでも」
それでも、何も出来ない自分は見送るしかないのか――――心が折れかけた、その時だった。
家に断続的に、柄の悪い男が訪ねてくるようになった。
柄の悪いとは外見だけでなく、態度もである。母はその度に自分に家の奥へ行っているよう指示しては、その男達をなるべく穏便な形で追い返しているようだった。
ある時は泣き落として。
またある時は近所に助けを求めて。
家の中を乱暴に散らかされた。
夜寝ていると窓に小石が投げ込まれて、ガラスを割られることもあった。
母は日に日に痩せ衰えていった、机に肘枕をして溜め息をつくことが多くなった。そしてその目線の先にはいつも家計簿が開かれたままで置かれている。
そこまで来てようやく、幼い自分にも事態が呑み込めてくるのである。
借金を背負っている――――それも少なくはない額のようだった。
本当はもっと早くに学校を辞めておくべきだったのかもしれない。――――否、それとも……学校なんて最初から行っている余裕はなかった?
再婚しようにも借金のある家の嫁+子供一人を欲しがる人間が居るはずはないし、そもそもの当人である母親が、かつての夫に思い入れでもあるのか借金を抱えるようになる以前から再婚は考えていなかった。
それももう、限界に来ている。
近所での評判も落ちるところまで落ちてしまった。
やおら母親は立ち上がる、その手に握られていたのは一枚の求人用紙。
その職業名がなんであれ関係ない、ただ、それが柄の悪い男達が訪ねてきた時に置いていった物とだけ言えば大体予想もつくだろう。
何か嫌な予感がして、自分は母を呼び止める。
そんな大変な時でさえ、母は自分に心配を掛けまいと微笑んでこう言った。
『大丈夫』と――――いくらなんでも、信じろという方が無理である。
目の下の大きなくまが印象的だった。
「……それでも」
それでも、何も出来ない自分は見送るしかないのか――――心が折れかけた、その時だった。
「何か、お困りのようですね」
扉を開けて現れたのは、一組の男女。両方とも背が高かった。
「……あなた達は?」
母親が訝しげに二人を見遣る、男の方がちょっと慌てたように、
「あ、いや、怪しい者ではないんですよ。ただ、人を探してまして」
自分で自分を怪しい者と言う人間はいないと思う。
女の方が男に向かって呆れたようにこう言った。
「やっぱり一件一件回ってってのが無理があるよ、リシュウ。条件が厳し過ぎる、大体こんな額で人を買おうだなんてさ」
「そうは言ってもバネッサさん、公に人身売買なんて出来るはずがありませんよ、この国の法では捕まってしまいます」
「そんくらい分かってるさ! だけど、あたしゃ買った人を奴隷みたく扱う気なんかないよ、人聞きの悪い」
「あはは、若くして前途多難ですねぇ、私達」
「くっ、さっきの家でも怒鳴られたし……早く事を済ませないと噂が広がってこの街に居られなくなっちまう」
……よく分からない会話だった、少なくとも自分には理解できない単語が多くて。何?『チンチンバイバイ』とか、ちょっと怖い。
男はハッとして、自分の母親に顔を向ける、このままでは不信感が募るばかりだ。
男は20歳前半だろうか、それにしては大人びていて、恐らくは十歳以上年上である自分の母親が少し童顔入っていることもあり、外観上は同じくらいに見える。
「……コホン、実は、この家はお金に困っていらっしゃるとか。そのようにお話を聞いたもので……そこで、どうでしょう、提案が有るのですが」
そこでちょっと男は躊躇う、なんと説明したものか、それを悩んでいる様子だった。
やがては女の方に横っ腹を肘で小突かれて、仕方ないといった感じに佇まいを直すと、
「ええと、率直に申し上げます」
お宅の息子さんを、私達に預けていただけませんでしょうか。
「……あなた達は?」
母親が訝しげに二人を見遣る、男の方がちょっと慌てたように、
「あ、いや、怪しい者ではないんですよ。ただ、人を探してまして」
自分で自分を怪しい者と言う人間はいないと思う。
女の方が男に向かって呆れたようにこう言った。
「やっぱり一件一件回ってってのが無理があるよ、リシュウ。条件が厳し過ぎる、大体こんな額で人を買おうだなんてさ」
「そうは言ってもバネッサさん、公に人身売買なんて出来るはずがありませんよ、この国の法では捕まってしまいます」
「そんくらい分かってるさ! だけど、あたしゃ買った人を奴隷みたく扱う気なんかないよ、人聞きの悪い」
「あはは、若くして前途多難ですねぇ、私達」
「くっ、さっきの家でも怒鳴られたし……早く事を済ませないと噂が広がってこの街に居られなくなっちまう」
……よく分からない会話だった、少なくとも自分には理解できない単語が多くて。何?『チンチンバイバイ』とか、ちょっと怖い。
男はハッとして、自分の母親に顔を向ける、このままでは不信感が募るばかりだ。
男は20歳前半だろうか、それにしては大人びていて、恐らくは十歳以上年上である自分の母親が少し童顔入っていることもあり、外観上は同じくらいに見える。
「……コホン、実は、この家はお金に困っていらっしゃるとか。そのようにお話を聞いたもので……そこで、どうでしょう、提案が有るのですが」
そこでちょっと男は躊躇う、なんと説明したものか、それを悩んでいる様子だった。
やがては女の方に横っ腹を肘で小突かれて、仕方ないといった感じに佇まいを直すと、
「ええと、率直に申し上げます」
お宅の息子さんを、私達に預けていただけませんでしょうか。
――――それが自分の、彼らとの初めての出会いだった。
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