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パラベラム!~開拓者達~ 5Page

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匿名ユーザー

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翌朝、いや、翌昼。
 粗末とも言えないが、決して豪華とは言えないシンプルなベッドの上でユーリは目を覚ます。
 昨晩は結局明け方まで作業が終わらなかったがためのこの時間。
 隣にももう一つ、全く同じ型のベッドが少し離して据えられていた。
「リシュ……ウは起きてるのかな」
 隣を見てもベッドの主はそこにはおらず、恐らくは自分より早く起きて既に下に降りたものと思われる。
 ここは建物の二階、ユーリとリシュウの寝室用の部屋である。隣にも部屋があって、そこはバネッサの寝室であった。
 床はひんやりとしたコンクリートで出来ていて、裸足で歩くのには厳しいものがある。ここが建物の中とは言っても、ベッドの上以外は靴を履いての行動が基本だ。
 壁はかろうじて剥き出しではなく壁紙が張られてはいるが、部屋の角の上の方は剥がれかけていて、テープによる補強が数回に渡って行われた形跡がある。
 枕元の時計を確認すると辛うじて午前だった、ユーリは半身を起こして大きく伸びをすると、ベッドの横に揃えられた靴を履いてその場を後にする。

 手摺りに手を滑らせながらヒビの入った階段を下りる、いつか崩れるんじゃないかと少し不安になりながら下を向くと、階段の終わりに立っていたリシュウがこちらを見上げておや、と手を挙げた。
「ユーリ、今起こしに行こうと思っていた所です」
「ん、おはよう」
 昼食が出来上がっていると告げられたが、その前に顔を洗ってこようと一度リシュウと別れることにする。
 寝起きで渇いた喉も潤しておきたい、ユーリはそのまま何故か建物の外へと向かう。
 外に出た瞬間、コンクリートに反射して四方八方から突き刺さる太陽光の眩しさに顔をしかめる事になった。目頭を押さえつつ、昨晩ガレージに向かったように外周に沿って歩いていく。
 ちなみにこの建物に水道は通っていない(というか圏外は大体がそうである)、どうすれば良いのかというとであるが……
 建物の壁に隣接するようにして見えてきたのは、鉄製の大きな水タンク。錆びない加工が施されている模様で、下部分には単純に位置エネルギーを利用して水を出す仕組みの蛇口が取り付けられていた。
 ユーリはしゃがんでおもむろにその蛇口を捻ると、勢いよく水が流れ出した。
「あ、冷たっ……くぅ!」
 寝ぼけていたのだろうか、流す量を見誤ったらしい、ズボンの裾を濡らしてしまい少し悔しい気持ちになる。
 この水は、街の外れにある共同井戸から汲み上げてきた物だ。
 言うまでもないことだが、この街(だった場所)に住んでいるのは何も自分達だけではない。比較的圏外の中でも条件がいいこの場所は、神子が生活するのに適していた。
 ユーリ達と同じく、ジャンク屋を営むものも少なくない。
 両手に水を溜めては自分の顔に持って行って洗うということを数回繰り返した後、ユーリは立ち上がる――――すると。
「……ユーリ、そこにいるのかい?」
 目の前の外壁を通してバネッサのくぐもった声が聞こえてきた。水音か足音で気付いたのだろう。
 この水タンクは壁を通して建物の内側にも繋がっていて、向こうでも水を得ることが出来る構造になっていた。ユーリが敢えて外側の蛇口を利用したのは、バネッサが今は料理のために使用しているだろうということを見越しての事である。
 料理……料理だよな、うん。そういうことにしておこう。
「ああ、いるけど」
「なら早く来な、せっかく用意した飯が冷めない内にね」
 それを聞いてユーリは少し驚いたような表情になる、なるほど、昼間から火を使うとは珍しい。
 公共ガスというのも圏外には存在しないので、市場で安く買うことの出来る燃料炭や油を利用しての釜戸などでの原始的な料理が主体となる。
 これが意外にも慣れてしまえば不便とは思えない、ユーリに言わせてみればむしろ、ガスが信用できなかった。
 匂いも無ければ目にも見えない、それなのに火花ひとつで爆発する。マナでさえ目に見えるいうのに(神子であるリシュウによれば、匂いらしきものもあるという)。
 自分の故郷ではガス爆発は珍しい出来事ではなかった、そのせいかは知らないが、近頃は事故防止のためガスに意図的に匂いを付けるようになったとか。


徒然なるままに頭を巡らせていると、突然背後の至近距離に人の気配を感じて思わず、
「っ!?」
 弾かれたように距離を取りながら振り向いてしまう。あ、またやってしまった。
「よお、ユーリじゃないか……て、おいおい。そんなビビらんでも」
「な、なんだ……ハデスさんか」
 長年今の暮らしを続けているうちに、結構な警戒心というものが自分の中には育ってしまっているらしい。しかし本来それは、圏内で発揮すべき能力だ。
 圏内では野良のオートマタだけが、自分達を疎んでいるとは限らない。
 目の前の人物はいかにも海の漢やってます的な上腕二等筋の盛り上がりが素晴らしい、筋骨隆々の上半身を持ち合わせていて、角刈りの頭に太い眉、キラリと輝く白い歯が印象的な、ハデス・ベックマンだった。
 ちなみに上半身は裸である、よほど身体に自信が有るのだろう、自分にはちょっと真似出来そうにない。
 そんな彼は、両手に二つの大きなバケツをぶら下げていて、
「あ、今水汲みの帰りですか?」
 その中にはなみなみと綺麗な水が汲まれて水面を揺らしている。うーむ、自分も一度にこれだけ運べたら楽だろうに……
「おお、そうだ。今日は仕事がないんでな、機械人形と一緒に買い出しよ」
 ハデスはこの隣の区画で三人ほどの神子で協力し、なんでも屋を開いている男だ。
 解体、力仕事、用心棒にとなんでもござれ。なんだかんだでオートマタの力は非力な人間にとって頼りになるので、街に住む普通の人間達からも依頼が日々舞い込んでくるのである。
 ユーリ達と違うのは、野良の退治などを請け負っていない所か、ハデス達の契約しているオートマタは作業用に調整されていて、武器は装備していない。
 今ではすっかり顔なじみである、他のジャンク屋達とのように、仕事の内容が似ていると互いの利益を気にして思わず緊張感が漂ってしまうものだが、彼には何故かそれがなかった。
 バネッサに急かされた手前、あまり時間を潰すわけにもいかない、世間話もほどほどにしてユーリは建物の中へと急ぐのだった。


 再び薄暗い、建物の中。
 一階の奥の部屋は適度な広さと窓が多さがちょうど、普通の家で言う居間として使うのにピッタリで、三人は普段そこで食事を取ることにしていた。
 テーブルに並べられた昼食の内容を目にして、ユーリは驚きを隠し切れずにいる。
「こ、これは、まさか……」
 茶碗に盛られたホカホカの白米、そしてその横に置かれた小皿の上に乗っているのは、歪んだ白き球体。
 加えての、醤油瓶。
 向かい側の席に座ったリシュウを見ると、彼も険しい顔付きでご飯と小皿の上の物体とで視線を何度も行き来させている。
 これは紛れも無い、巷で大流行しているという、伝説の……!
「TKGじゃないか!」
「TKGのようですね」

 解説しよう、TKGとは卵掛けご飯の略称である!

「ふふふ……あたしだってやる時はやるんだよ」
 上座に座ったバネッサが両手を合わせていただきますをしながら、不適な笑みを浮かべる。
 色々、その台詞に突っ込みたい所はあった。
 ここでカミングアウトしておくと、バネッサは料理が壊滅的に下手なのである。今回彼女がした事いえば恐らく、米を洗って水を加えて火に掛けたくらいだろうし、それだって二回に一回はお粥か煎餅になる始末。今回は運が良かったといえる。
 それならば何故リシュウやユーリが代わって食事を作らないのかという話になるが、それはただ単に二人が面倒臭がりで飯も食えれば良いという考えの持ち主で、バネッサ自身食事作りは楽しい事の部類に入るからというのはこの際置いておいて。
 驚くべきはそこではない。
 この建物には電気が通っていないので、当然の如く冷蔵庫も存在しなかった。なのに、そう……
 保存の利かない卵がある事が驚きなのだ、動物性タンパク質の摂取源といえば、塩で締めた干し肉を水で戻したものや、外気に触れないようにパウチングされたハムを温めたものといったのが大半で、『素』の食材にありつけるのは非常に珍しいこと。
「大丈夫ですか? ユーリ、卵を割るのは滅多にない経験なので慎重にやらないと」
「わ、分かってる」
 ユーリは緊張に震える手で卵を掴むと、茶碗の縁に何度かぶつけて殻にヒビを入れていく、普段は食事をただの栄養摂取の手段としてしか意識しない二人だったが、
TKGの味の良し悪しは作る人の腕に依らない=久し振りに美味しい飯にありつけるということで、気分が高揚するのも無理はなかった。

「……よし、成功だ」
 白米の中心に予め作っておいた窪みに黄身を軟着陸させることに成功する、リシュウも同様成功したようで、二人は顔を見合わせると、思わずニヤけてしまう。
 後は、こう……茶碗から零れないように上手く掻き混ぜて、と。
「~♪」
 ――――圏内に出発するのはこの後すぐ、食事後はリシュウがオルトロスをマナに分解して腕輪に宿している間に、自分は昨晩の内にまとめておいた装備を取りに部屋に戻らねばならない。
 バネッサが緑色の宝玉の嵌まった金色の腕輪をテーブルの上に出してリシュウに手渡している。メンテナンスは終了したという事だろう。
 卵を割ることに成功した今、恐れる事は何もない。ユーリは鼻歌が洩れている事にも気付かず、安心して考え事をしながら醤油の瓶を手にとって、最後の仕上げを行おうとするのだが……
「……!!」
 その、緊張の糸の緩みが運命の分かれ目だった。
 料理として完璧かと思われたTKGにも、落とし穴はあったのである。
「あ、ああ……!」
 慌てて角度を調整したがどうにもならない、醤油瓶の、口から。
 ドバー!と濃口醤油が垂れ流しになってしまったのである。卵の黄身にまみれて黄金色に輝いていたご飯の美しさが瞬時にして失われ、同時に味も損なわれてしまった。
「…………」
 プルプルと小刻みに震えるユーリの身体、俯き気味の表情は長めの前髪に阻まれてうかがえない。
「どうしました、ユーリ。って、うわ、TKGが真っ茶色じゃないですか」
 言うなれば本日二回目の失敗である、先刻のズボン濡らし事件にしろ……
 ユーリは自分で認めようとはしないが、手先はかなり不器用な方なのだった。
「残すんじゃないよ」
 熱いお茶を啜りながらのバネッサが一言、語気が普通でこそあれ、逆らったら何が起こるか分かったものではない。
 ユーリはぐっと感情を堪えると、リシュウに哀れみの視線を向けられながら、黙々と食事を済ませていくのであった――――

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