……イェーガーの一件から、二週間の時が過ぎた。
廃墟区域だったとは言え、あれだけの大爆発を起こしたのだ。揺籃ではちょっとしたニュースになったが、結局廃墟区域に居る浮浪者が起こした事故ということで決着が着いた。
浮浪者がどうやってもあれだけの規模の爆発を起こせないのは誰でもわかったのだが、誰一人深く事件を追う者はいなかった。
"セカイの意志" が情報操作の介入をしたのか、そうでないのかはオレにはわからないが、そういう事で事態が片付くことに不満はなかった。
あれからシュタムファータァはイェーガーの後続を警戒して毎日揺籃島を巡回し、オレは日常へと戻ることになった。
だが、いざ学校に行ったと思えば千尋たちの尋問が待っていた。なんとかやり過ごすことはできたのはまた別の話。
あと1週間で6月になる初夏の日。今現在オレは、そんなかんなで今前と変わらぬ生活を送っている。
「暑すぎるだろ……」
「揺籃だから仕方ない」
「ああ……揺籃なら仕方ないな」
オレと椎名と松尾が、学校の裏庭のベンチで飲み物片手に並んで座っている。
男三人でベンチに並ぶと非常に狭いのだが、日影で自動販売機が近くにあって座れる場所は、残念ながら学校内にはここにしかないのだった。
「こうも暑いとあれだな、海に行きたくなってこねぇか?」
「たしかに。せめて海とまで言わんからプールくらい入りたいものだ」
「プール開き、6月からだもんな。まぁあと少しの辛抱だろ」
「オレらの修学旅行の場所、山だもんな」
「7月の頭だっけか。高校生活の思い出の花形だ。今から結構楽しみだぜ」
「(……そうだ。修学旅行があったんだ)」
すっかり忘れてた。せっかくの行事なんだ。あと1月中になんとか完全にこの一件を片付けて、何も憂いのない状態で修学旅行に行きたい。
「よし、んじゃそろそろ帰ろうぜ。今日はどうすっかー。どっか寄ってくか?」
「適当に繁華街をぶらつくのも悪くはなさそうだがな。安田、お前はどうしたい?」
椎名と松尾が空き缶をゴミ箱に投げ入れ、オレにそう問いかける。
「悪い、オレ用事あるから無理だ」
「えぇー?安田ーっ、お前最近付き合い悪いぜーっ」
「いや、そうでもないから安心しろ。用事があるなら気にするな、安田」
椎名がそう軽い微笑を浮かべながらフォローしてくれる。
「悪いな、松尾。んでサンキュー椎名」
そしてそのまま二人と校門で別れ、オレは一人自転車を走らせる。
十分くらいで目的の場所に着く。……伊崎病院。オレはそのまま自動ドアを潜り、迷うことなく病院の中を進み、ある病室の前で立ち止まった。扉をノックし、返事を待つ。
「はいはーい。どうぞー」
了解をもらったので、オレはそのまま扉をゆっくりと開けた。
「よ、千春」
「わぁ……俊明くんが一人で来るの、久し振りだね」
病院の入院棟の個室のベッドに寝そべる少女……伊崎千春。日本の法律上年齢的に許されてはいないため、書類上は婚約者だが、伊崎の妻だ。
「4、5月は色々とバタバタしてたからな。あんま時間が取れなかったんだ」
「この前はみんなでだったしねぇ。まぁ、たいしたもてなしも出来ないですが、ゆっくりとしていてくださいなー」
千春が上半身を起こし、柔らかな笑みを浮かべる。
「もてなしを期待して病院なんざ来ねぇよ」
部屋の端に立てかけてあるパイプイスを取り、ベッドのすぐ横に座る。窓から見える夕日が少し眩しく感じた。
「こっちこそ悪いな。見舞いの一つもなくてさ」
「えへへ、気にしないで。……それで俊明くん。今日はどんなご用で?」
「いつもと同じ。お前と話しに来ただけだよ」
「うん。じゃあ、お話ししよっかー」
相変わらずの千春らしい喋り方だ。こう、なんというか良く言うと明るい、悪く言うと脳天気なテンションというか。
「伊崎が愚痴ってたぜ。修学旅行が近いから準備委員の仕事でお前に会う時間が取れないってな」
「こーちゃんらしいね。私のこと、そこまで心配する必要ないのに」
「まぁそう言ってやんな。というか、今のお前の状況なら誰だって心配するだろ」
「俊明くんも心配してくれてる?」
千春と視線が交わる。内心を見透かされているような錯覚に捉われてしまう。
「そりゃ当たり前だ。心配するに決まってる」
「……俊明くん、なんかあった?前と少し違う感じ」
「オレがお前の心配するのが、前とは違うってか?」
そんなことはない。前から千春のことが心配なのは事実だし、それを千春も知ってると思ってたが……。
「そうじゃなくて。なんて言えばいいのかな。なんか、違和感がある」
「……ま、実を言うと少しな。色々と自分の考えを確認する機会があったから、そのせいかもな」
「そうなんだ。……うん。前より少し格好良くなってる。それはきっと、俊明くんにとってはマイナスな出来事じゃなくてプラスな出来事だったと思うよ」
マイナスな出来事じゃなかった……か。たしかに、揺籃にとってはマイナスな出来事だったかもしれないが、オレにとっては精神的に少し成長できたのだろう。
そう考えると、オレにとってはプラスだったのかもしれない。
「それでも、こーちゃんの十分の一だけどねっ」
「千春がそう言うならオレもプラスって考えることにするわ。なんてたって、伊崎の十分の一にまで至れたなら大きい成長だからな」
「頑張ってね俊明くん。幼馴染兼親友として応援してるから」
そうして千春と他愛ない世間話をする。学校のことや、千尋や伊崎のこと。もちろんリーゼのことは一切話さなかったが。
「そういや俊明くーん、千尋とは最近どうなのー?」
千春がオッサンのような真似をしながら問い掛けてくる。どうでもいいが激しく千春には合ってない物真似だ。
「どうもこうも。千春が期待してるような話はねぇよ。仲が悪いってわけじゃねぇけど、そんなお前らみたいな関係になるのはまず無いって」
「むー、俊明くんは千尋のこと好きなんだから、付き合っちゃえばいいのに」
「たしかにアイツのことは好きだが恋愛感情はねぇよ。お前と同じ、友達として好きなだけだ」
千春と伊崎は二人揃って事ある毎にオレと千尋を付き合わせようとする。
幼馴染四人の内二人がくっ付いたのだから、残り二人も……と言いたいのだろうが、生憎オレにその気はない。
「まぁ千尋はどうとしても、俊明くんは好きな女の子とかいないの?」
「いねぇよ。可愛いとかそういう風に思ったりする時はあるが、好きな女ってなるといない」
最近はそれどころじゃなかったし、そんなことを考えてる心の余裕がなかった。どのみち余裕があったとしても変わらなかった気はするが。
「そうなんだ……。たぶん、俊明くんも好きな人ができたらまた考えが変わると思うよ」
「そう思えるような人に出会えたら、だな。 じゃ、オレはそろそろ帰るわ」
パイプ椅子を片付け、肩にバックを背負い直す。これ以上いても千春に負担をかけるだけだろう。
「じゃあ、俊明くん。またねー」
「おう、またな」
千春の笑顔に見送られながら病室を後にする。窓を見るともう夕日は沈みかかっていた。千春の病室に少し長居しすぎたようだ。
心なしか早歩きで駐輪場まで向かい、自転車に乗り病院を後にする。病院から少し離れると街灯の数が減るため自転車のライトをつけた。
そしてそのまま真っ直ぐ家までの帰路を進んでいると、ふと目に入るものがあった。
海沿いの道の街灯の光で見えた、二人分の小さな人影。なによりオレが目を引いたのはその容姿である。
二人共に夜の中目立つ白銀の長い髪。そしてシュタムファータァと同じ真紅の瞳。二人とも外見年齢はシュタムファータァと変わらない、少女だった。
そしてオレはそのまま二人の横を自転車で通り抜ける。二人との距離は段々と開いてゆき、後ろを振り返っても二人の姿は見えないほどになった頃、ふと思った。
「まさか……アイツ等、リーゼンゲシュレヒトじゃないのか!?」
ハーゼやアーシェと出会ってたから感覚が麻痺していた……!常識的に考えて銀髪の髪の毛の人間なんて早々いないし、
ましてやこんな時間に女の子二人だけで歩いているなんてあきらかに不自然だろう……!
「っくそ、まだいてくれよっ……!」
片手で携帯を操作しシュタムファータァに電話をかけながら急いで先ほどの場所に向かって自転車を走らせる。
だが、先ほどの場所に戻っても二人の姿は確認できなかった。一応先を確認してみたものの、見つけることは出来なかった。
『ヤスっちさん!ヤスっちさん!?返事して下さいヤスっちさん!』
「……大丈夫だシュタムファータァ。すまん、掛けといてすぐ返事出来なかった」
アイツ等を追っかけるのに夢中で電話を掛けていたことすら忘れていた。額の汗と携帯のモニターを軽く腕で拭き、再び携帯を耳に当てる。
『いえ……私は、ヤスっちさんが無事なのならそれでいいのですけど……。一体何があったんですか?』
「確証はない。でも……たぶん、リーゼンゲシュレヒトを見つけた。怪しいだけでオレには"セカイ"を感知できなかったし、それだけなんだけどな」
するとシュタムファータァは考え込んだかのように黙り込むと、意を決したかのように口を開いた。
『ヤスっちさん。そのリーゼンゲシュレヒトらしき人たちの外見を教えてください』
「銀髪の女の子で、外見年齢はお前と同じくらいの二人組だ。……なにか、心当たりがあるのか?」
『いえ……。少なくとも私が知る限りでは覚えがありません。だからまだその二人がリーゼンゲシュレヒトであるかは私にもわかりません。
なので、明日から私がその娘たちを探します。ヤスっちさんはその二人を見つけても絶対に一人では接触しないで下さいね?私に必ず連絡を取ってください』
さすがにオレも一人で深追いするようなヘマはしないさ。イェーガーの一件でひどい目にあったし、あのときだってアーシェがいなければ死んでいたし。
「わかった。お前も気をつけろよ。もし"セカイの意志"の連中だったら戦闘になる可能性の方が高いだろ」
『私はヤスっちさんじゃないんですからそんなヘマはしません。心配しないでください』
「ならいいけどよ。……しっかし本当、オレの勘違いであることを祈りたいな」
『……そうです、ね。私もそうであることを願っています』
そうしてシュタムファータァとの通話は切れた。携帯をポケットに仕舞い、ふと空を見上げる。
星が一面に輝く綺麗な夜空。新興都市とはいえ自然が多く残されてもいる揺籃だ。星はとても綺麗に見ることができる。
だが、揺籃が消されたらこんな景色を見ることも二度とできなくなる。何も、感じることができなくなる。
そんなことを考えてしまうと、思わず右手の拳を力一杯握りしめてしまう。
「あのイェーガーだって撃退できたんだ。今度だって……やらせねぇ……!」
今のシュタムファータァになら、きっとそれができる。オレはそれを信じるしかないのだから。
翌日、いつも通りけたたましくなる目覚まし時計のアラームで目が覚める。スイッチをオフにし、ベッドから起き上がる。
「……今日も、平和な日常が続いてくれることを願うんだがな」
だがそんなことを思った日に日常が崩壊するのが常である―――。オレの持論だ。
内心馬鹿らしいと思いつつもオレはそんな思考を振り払い、制服を着て、バックを担いで一階に降りる。
今日も変わらずいつも通り朝飯を食べ、自宅を出て千尋の家に行き、インターホンを押す。
「ヤスっちさん、おはようございます!」
驚いたことに、千尋の家のドアを開けたのはシュタムファータァだった。いつも孝明さんか千尋だったから、少し新鮮な気分だ。
「よう。千尋はまだか?」
「もうすぐ来ますよ。孝明さんが洗い物をしてたので、私が代わりに出たんです」
「なるほど。お前が出たのは初めてだったから、少し驚いたぜ」
「私もこうしたのは初めてでしたから、少し緊張しました」
すると千尋ん家の奥からドタドタと足音が聞こえ、栗色の長い髪を揺らせながら千尋が走ってくる。
「ほいほいほーいっ! 待たせたなヤスっち!ありがとね紫蘇ちゃん!んじゃ、いってきまーす!」
「おいバカ千尋引っ張るな痛い痛いっ!んじゃまたなシュタムファータァっ!」
「はい、お二人とも行ってらっしゃーい」
境内まで来たところでオレの襟を掴む千尋の手を引きはがし、態勢を整える。
「んで、相変わらずのこの暑さなんだが、今日はどうするよ千尋」
「夏場はもう自転車が基本っしょ!バスは限られた勇者にのみ許される乗り物だからな!」
「たしかに、この気温の中あの人口密度によって起こる熱気に耐えられるのは勇者だけだろうよ」
この季節、バスの中の空間歪んでるもんな。
「じゃあ私自転車取ってくるわ。下で合流ね!」
千尋が自転車を取りに行っている間に石段を降り、自分の自転車に跨る。そして間髪入れず千尋が自転車に乗りながら石段のスロープを降りてくる。
「今日も天気が嫌になるほどいいねっ!絶好の自転車日和!」
「少しは曇ってくれてもいい気がするけどな」
千尋の後を追うように自転車を走らせる。いつもよりスピードを出しているため、顔や体に当たる風が心地いい。
「……ヤスっち、なんかあった?」
ふと千尋がオレにそう問い掛ける。……相変わらず、オレの微妙な変化に鋭い。付き合いが長いだけはある。
「どうしたんだ突然? 別に、何もねぇよ」
「なんかこの前も一回似たような顔してたよね、ヤスっち。二週間くらい前かな。学校サボったり早退したり……。
ねぇ、なんか困ったことあるなら言ってよ。私馬鹿だから役に立たないかもだけど、一人より二人じゃない?」
「…………」
オレは千尋の言葉に対して即答することが出来なかった。一瞬シュタムファータァのこととかを忘れて千尋の善意に甘えそうになったからだ。
「大丈夫だっての。ちょっといつもより疲れてるだけだ」
「……馬鹿」
千尋はそう一言言うとそれ以上深く突っ込んでくることはしなかったが、オレが誤魔化したのも看破されているようだった。
「(千尋に話したって千尋が危険になるだけだ。事が事だから仕方ねぇだろうが)」
そりゃあオレだった出来るのならせっかく心配してくれている千尋に対して応えたい。だが、応えるわけにはいかないのだ。
「千尋……悪い。だけど、心配してくれてんのは素直に嬉しい」
だから。せめて千尋に対して、感謝の言葉だけは伝えたかった。
「うん……わかった。私から切り出しておいてなんだけど、この話はここまで。学校までこの感じのまま行きたくないっしょ」
「そうだな」
そうしてこの話を互いに掘り返すこともなく学校に到着し、駐輪場に自転車を停める。すると、見知った人物が前に歩いてるのを見つけた。
オレはそのまま挨拶せず見過ごしたかったのだが、千尋がそれを許すはずもなかった。
「おっはよーハル姉っ!久し振りーっ」
「うわきゃっ!び、びっくりしたぁ……、守屋さん、挨拶するときはもう少し静かに、ね。それとハル姉じゃなくて「神守先輩」、でしょ」
神守遙……先輩。椎名が所属する弓道部の主将にして、一応オレや千尋、伊崎と千春とは幼い頃から知っている仲である……が。
「えええーっ、いいじゃんハル姉でーっ」
「おい止めろ千尋。……神守先輩、おはようございます」
ギャーギャー騒ぎ立てる千尋を神守先輩から引き剥がし解放してやる。朝っぱらから飛ばしすぎだろう。
「ぶー、なんだよヤスっちーっ」
「いいから行くぞ」
そのままオレは千尋を引っ張りながら神守先輩の横を通り過ぎて校舎に入り、ある程度進んだところで千尋が口を開いた。
「なんかさー、気のせいかもしんないけど、椎名さんとヤスっちって何か妙にハル姉に冷たくない?」
「お前の態度が変なだけだ。神守先輩、迷惑そうだったろ。……それに椎名もオレも他人に対してはあんなもんじゃないか?」
「他人……ねぇ」
千尋が溜め息を吐きながらそう言い、オレが言葉を返そうとするも一足先に教室に入ってしまう。
「おっはよーっ」
皆に挨拶する千尋の横を通り過ぎて、オレは静かに自分の席に着きバッグを置く。そして松尾と椎名が話している所に向かう。
「お、うーっす安田」
「おはよう安田」
「おう」
適当に会釈を済ませ、先生が来るまで他愛のない雑談で時間を潰す。先生が来て、授業が始まり、いつもと変わらぬ日々が過ぎていく。
蒸し暑い気温の中つまらない授業が過ぎ、いつもの面子で昼食を終え、気が付けばあっという間に放課後になっていた。
「シュタムファータァから連絡はなし……か」
携帯にはメールも電話も来ていなかった。1日探しても見つけられなかったということは、やはりオレの勘違いだったのだろうか?
「安田ー、帰ろうぜーっ」
松尾が後ろから背中を軽く叩いてくる。椎名の姿はない。……今日は部活か。
「おう」
軽く返事をしてバッグを肩に担ぎ、松尾と並んで教室を出る。時刻は午後四時。窓から見える夕日が綺麗だった。
そのまま階段を降り、校門を出て駐輪場へ向かう。すると、オレの自転車のところに人影があった。
その人影はこちらへ携帯のディスプレイを向ける。そして、ディスプレイに表示されていた文章が目に入った。
『私の名前は、リーゼンゲシュレヒト・シュヴァルツ。騒いだら、この男を殺す』
携帯を掲げ、オレの自転車に優雅に座る―――銀髪の少女が、ニヤリと口を歪めた。
「ふーむ、やっぱりヤスっちさんの勘違いだったんでしょうか」
一日中揺籃を回ってみたが、私以外のリーゼンゲシュレヒトのセカイの残滓すら見つけることが出来なかった。
「(私が"感知"に優れたリーゼンゲシュレヒトだったら別だったのかもしれないですけど、私自身人並みかそれ以下ですしね……)」
まぁ今日のところはここまでにしておこう。仮にリーゼンゲシュレヒトが襲来してきたとしてもまだ戦いを仕掛けては来てないし。
私とヤスっちさんはこの揺籃を守ろうとしてるだけだ。不必要にこっちから仕掛ける必要もない。
今日の連絡をしようと思って、ポケットから携帯を取り出すと、"突然携帯が爆発したように粉々になった"。
「っ!? 敵、どこから!?」
即座に私は走り出し、近くにあった森林の中に逃げ込む。
今、私の携帯を破壊したのはリーゼンゲシュレヒトによる"セカイ"の弾丸。
実弾に"セカイ"を付加して撃つより威力は劣るが、痕跡を残さないという点で暗殺者や狙撃手のリーゼンゲシュレヒトが好んで使う技だ。
「そして弾には"セカイ"を感じたけど射手の"セカイ"は感じることが出来なかった。つまり……!」
私の感知外の距離から攻撃してきたということは十中八九相手はスナイパーだ。尚且つ相手の感知距離と能力は私より遥かに優れている、ということ。
私が認識すら出来ない距離から私を見つけ出し、あまつさえ私の携帯だけを狙い撃つという技が出来るリーゼンゲシュレヒトは、感知タイプしかいない。
「おそらく相手は"ラングオーア"タイプ。しかも狙撃で戦うほどに距離が離れてる相手に対して私が持ってるのは刀のみ。……マズいですね……」
"ラングオーア"とは固有名詞を指す言葉ではなく、リーゼンゲシュレヒトの"種族"の一種を表す言葉だ。
"ラングオーア"はドイツ語で"長い耳"を意味する。その名の通り、リーゼンゲシュレヒト状態になると頭部に長い耳のような物があることからその名が付けられた。
そして、"ラングオーア"に共通するのは"長い耳"、そして―――
「普通のリーゼンゲシュレヒトを遙かに凌ぐ、感知能力……!」
『よく知っていますね、さすがです』
頭の中に直接声が響いてきた瞬間、私の隣りにあった木に弾丸が撃ち込まれ、メキメキと音を立てながら倒れていく。
「くっ……!貴方は一体何者ですか!?"セカイの意志"ですよね!?」
森林の中をどうにか住宅街の方向へと走っていく。方向があってるかどうか自信はないが、止まったら殺される……!
『何者と聞かれて答える敵は物語の中だけですよ、罪深き始祖。あ、私"純白の雪華"リーゼンゲシュレヒト・ヴァイスと言います。よろしくお願いします』
答えてんじゃん!とツッコミを入れようとした瞬間に再び着弾する弾丸。私の目の前の地面に小さなクレーターが完成した。
『貴女と一緒にいたあの男も、私の仲間が丁重に迎えに行ってます。貴女も大人しく投降すれば命の保証はしますが』
「これはどうも丁重にありがとうございます。ですが、まだ王手はかけられてないので足掻いてみようと思いますっ!」
咄嗟に横に飛び出し、森林から一般道へと出る。目の前には、駅の建物……!
私は全速力で駅の中へと駆け込み、"認識疎外"を掛けて改札を飛び越える。金を払えないのは悪いとは思うが、今はそれどころではないので勘弁して欲しい。
「ヤスっちさん……、どうか、私が迎えに行くまでどうか無事でいて下さい……!」
ホームの壁際に立ちながら、彼の無事を祈る。先ほどのリーゼンゲシュレヒトの言葉を思い返すあたり、私みたいに会ってすぐ殺すことはないと思っても大丈夫だろう。
相手は『丁重に迎えに行っている』、『投降すれば、貴女"も"命は保証する』と言った。つまり、今のところヤスっちさんの命はすぐ奪われることはないだろう。
故に私は『王手はまだ掛かっていない』と言ったのだ。私にとっての王手は、彼を失うことでもあるのだから。
『ホームに入ったからって、油断しましたね』
その言葉が頭に響いた瞬間、私は咄嗟に顔を上に上げた。
向かいのホームの屋根の上で、純白の長い耳のリーゼンゲシュレヒトがこちらに銃を構えていた。
『チェックメイトです。私はあまり無意味な殺生はしたくないんで、投降してくれませんかね』
万事休すだ……!何故ここまで接近されたことに気付かなかったんだ。自分の馬鹿さ加減に苛立つが、後悔しても、もう遅い。
「私は投降しません。最後まで、貴女たちに抗います!」
『そうですか。では、少し眠っていて下さい』
そして、相手の拳銃の銃口が一周が光り輝いたかと思うと同時に、私の意識は深い闇に落とされた。
廃墟区域だったとは言え、あれだけの大爆発を起こしたのだ。揺籃ではちょっとしたニュースになったが、結局廃墟区域に居る浮浪者が起こした事故ということで決着が着いた。
浮浪者がどうやってもあれだけの規模の爆発を起こせないのは誰でもわかったのだが、誰一人深く事件を追う者はいなかった。
"セカイの意志" が情報操作の介入をしたのか、そうでないのかはオレにはわからないが、そういう事で事態が片付くことに不満はなかった。
あれからシュタムファータァはイェーガーの後続を警戒して毎日揺籃島を巡回し、オレは日常へと戻ることになった。
だが、いざ学校に行ったと思えば千尋たちの尋問が待っていた。なんとかやり過ごすことはできたのはまた別の話。
あと1週間で6月になる初夏の日。今現在オレは、そんなかんなで今前と変わらぬ生活を送っている。
「暑すぎるだろ……」
「揺籃だから仕方ない」
「ああ……揺籃なら仕方ないな」
オレと椎名と松尾が、学校の裏庭のベンチで飲み物片手に並んで座っている。
男三人でベンチに並ぶと非常に狭いのだが、日影で自動販売機が近くにあって座れる場所は、残念ながら学校内にはここにしかないのだった。
「こうも暑いとあれだな、海に行きたくなってこねぇか?」
「たしかに。せめて海とまで言わんからプールくらい入りたいものだ」
「プール開き、6月からだもんな。まぁあと少しの辛抱だろ」
「オレらの修学旅行の場所、山だもんな」
「7月の頭だっけか。高校生活の思い出の花形だ。今から結構楽しみだぜ」
「(……そうだ。修学旅行があったんだ)」
すっかり忘れてた。せっかくの行事なんだ。あと1月中になんとか完全にこの一件を片付けて、何も憂いのない状態で修学旅行に行きたい。
「よし、んじゃそろそろ帰ろうぜ。今日はどうすっかー。どっか寄ってくか?」
「適当に繁華街をぶらつくのも悪くはなさそうだがな。安田、お前はどうしたい?」
椎名と松尾が空き缶をゴミ箱に投げ入れ、オレにそう問いかける。
「悪い、オレ用事あるから無理だ」
「えぇー?安田ーっ、お前最近付き合い悪いぜーっ」
「いや、そうでもないから安心しろ。用事があるなら気にするな、安田」
椎名がそう軽い微笑を浮かべながらフォローしてくれる。
「悪いな、松尾。んでサンキュー椎名」
そしてそのまま二人と校門で別れ、オレは一人自転車を走らせる。
十分くらいで目的の場所に着く。……伊崎病院。オレはそのまま自動ドアを潜り、迷うことなく病院の中を進み、ある病室の前で立ち止まった。扉をノックし、返事を待つ。
「はいはーい。どうぞー」
了解をもらったので、オレはそのまま扉をゆっくりと開けた。
「よ、千春」
「わぁ……俊明くんが一人で来るの、久し振りだね」
病院の入院棟の個室のベッドに寝そべる少女……伊崎千春。日本の法律上年齢的に許されてはいないため、書類上は婚約者だが、伊崎の妻だ。
「4、5月は色々とバタバタしてたからな。あんま時間が取れなかったんだ」
「この前はみんなでだったしねぇ。まぁ、たいしたもてなしも出来ないですが、ゆっくりとしていてくださいなー」
千春が上半身を起こし、柔らかな笑みを浮かべる。
「もてなしを期待して病院なんざ来ねぇよ」
部屋の端に立てかけてあるパイプイスを取り、ベッドのすぐ横に座る。窓から見える夕日が少し眩しく感じた。
「こっちこそ悪いな。見舞いの一つもなくてさ」
「えへへ、気にしないで。……それで俊明くん。今日はどんなご用で?」
「いつもと同じ。お前と話しに来ただけだよ」
「うん。じゃあ、お話ししよっかー」
相変わらずの千春らしい喋り方だ。こう、なんというか良く言うと明るい、悪く言うと脳天気なテンションというか。
「伊崎が愚痴ってたぜ。修学旅行が近いから準備委員の仕事でお前に会う時間が取れないってな」
「こーちゃんらしいね。私のこと、そこまで心配する必要ないのに」
「まぁそう言ってやんな。というか、今のお前の状況なら誰だって心配するだろ」
「俊明くんも心配してくれてる?」
千春と視線が交わる。内心を見透かされているような錯覚に捉われてしまう。
「そりゃ当たり前だ。心配するに決まってる」
「……俊明くん、なんかあった?前と少し違う感じ」
「オレがお前の心配するのが、前とは違うってか?」
そんなことはない。前から千春のことが心配なのは事実だし、それを千春も知ってると思ってたが……。
「そうじゃなくて。なんて言えばいいのかな。なんか、違和感がある」
「……ま、実を言うと少しな。色々と自分の考えを確認する機会があったから、そのせいかもな」
「そうなんだ。……うん。前より少し格好良くなってる。それはきっと、俊明くんにとってはマイナスな出来事じゃなくてプラスな出来事だったと思うよ」
マイナスな出来事じゃなかった……か。たしかに、揺籃にとってはマイナスな出来事だったかもしれないが、オレにとっては精神的に少し成長できたのだろう。
そう考えると、オレにとってはプラスだったのかもしれない。
「それでも、こーちゃんの十分の一だけどねっ」
「千春がそう言うならオレもプラスって考えることにするわ。なんてたって、伊崎の十分の一にまで至れたなら大きい成長だからな」
「頑張ってね俊明くん。幼馴染兼親友として応援してるから」
そうして千春と他愛ない世間話をする。学校のことや、千尋や伊崎のこと。もちろんリーゼのことは一切話さなかったが。
「そういや俊明くーん、千尋とは最近どうなのー?」
千春がオッサンのような真似をしながら問い掛けてくる。どうでもいいが激しく千春には合ってない物真似だ。
「どうもこうも。千春が期待してるような話はねぇよ。仲が悪いってわけじゃねぇけど、そんなお前らみたいな関係になるのはまず無いって」
「むー、俊明くんは千尋のこと好きなんだから、付き合っちゃえばいいのに」
「たしかにアイツのことは好きだが恋愛感情はねぇよ。お前と同じ、友達として好きなだけだ」
千春と伊崎は二人揃って事ある毎にオレと千尋を付き合わせようとする。
幼馴染四人の内二人がくっ付いたのだから、残り二人も……と言いたいのだろうが、生憎オレにその気はない。
「まぁ千尋はどうとしても、俊明くんは好きな女の子とかいないの?」
「いねぇよ。可愛いとかそういう風に思ったりする時はあるが、好きな女ってなるといない」
最近はそれどころじゃなかったし、そんなことを考えてる心の余裕がなかった。どのみち余裕があったとしても変わらなかった気はするが。
「そうなんだ……。たぶん、俊明くんも好きな人ができたらまた考えが変わると思うよ」
「そう思えるような人に出会えたら、だな。 じゃ、オレはそろそろ帰るわ」
パイプ椅子を片付け、肩にバックを背負い直す。これ以上いても千春に負担をかけるだけだろう。
「じゃあ、俊明くん。またねー」
「おう、またな」
千春の笑顔に見送られながら病室を後にする。窓を見るともう夕日は沈みかかっていた。千春の病室に少し長居しすぎたようだ。
心なしか早歩きで駐輪場まで向かい、自転車に乗り病院を後にする。病院から少し離れると街灯の数が減るため自転車のライトをつけた。
そしてそのまま真っ直ぐ家までの帰路を進んでいると、ふと目に入るものがあった。
海沿いの道の街灯の光で見えた、二人分の小さな人影。なによりオレが目を引いたのはその容姿である。
二人共に夜の中目立つ白銀の長い髪。そしてシュタムファータァと同じ真紅の瞳。二人とも外見年齢はシュタムファータァと変わらない、少女だった。
そしてオレはそのまま二人の横を自転車で通り抜ける。二人との距離は段々と開いてゆき、後ろを振り返っても二人の姿は見えないほどになった頃、ふと思った。
「まさか……アイツ等、リーゼンゲシュレヒトじゃないのか!?」
ハーゼやアーシェと出会ってたから感覚が麻痺していた……!常識的に考えて銀髪の髪の毛の人間なんて早々いないし、
ましてやこんな時間に女の子二人だけで歩いているなんてあきらかに不自然だろう……!
「っくそ、まだいてくれよっ……!」
片手で携帯を操作しシュタムファータァに電話をかけながら急いで先ほどの場所に向かって自転車を走らせる。
だが、先ほどの場所に戻っても二人の姿は確認できなかった。一応先を確認してみたものの、見つけることは出来なかった。
『ヤスっちさん!ヤスっちさん!?返事して下さいヤスっちさん!』
「……大丈夫だシュタムファータァ。すまん、掛けといてすぐ返事出来なかった」
アイツ等を追っかけるのに夢中で電話を掛けていたことすら忘れていた。額の汗と携帯のモニターを軽く腕で拭き、再び携帯を耳に当てる。
『いえ……私は、ヤスっちさんが無事なのならそれでいいのですけど……。一体何があったんですか?』
「確証はない。でも……たぶん、リーゼンゲシュレヒトを見つけた。怪しいだけでオレには"セカイ"を感知できなかったし、それだけなんだけどな」
するとシュタムファータァは考え込んだかのように黙り込むと、意を決したかのように口を開いた。
『ヤスっちさん。そのリーゼンゲシュレヒトらしき人たちの外見を教えてください』
「銀髪の女の子で、外見年齢はお前と同じくらいの二人組だ。……なにか、心当たりがあるのか?」
『いえ……。少なくとも私が知る限りでは覚えがありません。だからまだその二人がリーゼンゲシュレヒトであるかは私にもわかりません。
なので、明日から私がその娘たちを探します。ヤスっちさんはその二人を見つけても絶対に一人では接触しないで下さいね?私に必ず連絡を取ってください』
さすがにオレも一人で深追いするようなヘマはしないさ。イェーガーの一件でひどい目にあったし、あのときだってアーシェがいなければ死んでいたし。
「わかった。お前も気をつけろよ。もし"セカイの意志"の連中だったら戦闘になる可能性の方が高いだろ」
『私はヤスっちさんじゃないんですからそんなヘマはしません。心配しないでください』
「ならいいけどよ。……しっかし本当、オレの勘違いであることを祈りたいな」
『……そうです、ね。私もそうであることを願っています』
そうしてシュタムファータァとの通話は切れた。携帯をポケットに仕舞い、ふと空を見上げる。
星が一面に輝く綺麗な夜空。新興都市とはいえ自然が多く残されてもいる揺籃だ。星はとても綺麗に見ることができる。
だが、揺籃が消されたらこんな景色を見ることも二度とできなくなる。何も、感じることができなくなる。
そんなことを考えてしまうと、思わず右手の拳を力一杯握りしめてしまう。
「あのイェーガーだって撃退できたんだ。今度だって……やらせねぇ……!」
今のシュタムファータァになら、きっとそれができる。オレはそれを信じるしかないのだから。
翌日、いつも通りけたたましくなる目覚まし時計のアラームで目が覚める。スイッチをオフにし、ベッドから起き上がる。
「……今日も、平和な日常が続いてくれることを願うんだがな」
だがそんなことを思った日に日常が崩壊するのが常である―――。オレの持論だ。
内心馬鹿らしいと思いつつもオレはそんな思考を振り払い、制服を着て、バックを担いで一階に降りる。
今日も変わらずいつも通り朝飯を食べ、自宅を出て千尋の家に行き、インターホンを押す。
「ヤスっちさん、おはようございます!」
驚いたことに、千尋の家のドアを開けたのはシュタムファータァだった。いつも孝明さんか千尋だったから、少し新鮮な気分だ。
「よう。千尋はまだか?」
「もうすぐ来ますよ。孝明さんが洗い物をしてたので、私が代わりに出たんです」
「なるほど。お前が出たのは初めてだったから、少し驚いたぜ」
「私もこうしたのは初めてでしたから、少し緊張しました」
すると千尋ん家の奥からドタドタと足音が聞こえ、栗色の長い髪を揺らせながら千尋が走ってくる。
「ほいほいほーいっ! 待たせたなヤスっち!ありがとね紫蘇ちゃん!んじゃ、いってきまーす!」
「おいバカ千尋引っ張るな痛い痛いっ!んじゃまたなシュタムファータァっ!」
「はい、お二人とも行ってらっしゃーい」
境内まで来たところでオレの襟を掴む千尋の手を引きはがし、態勢を整える。
「んで、相変わらずのこの暑さなんだが、今日はどうするよ千尋」
「夏場はもう自転車が基本っしょ!バスは限られた勇者にのみ許される乗り物だからな!」
「たしかに、この気温の中あの人口密度によって起こる熱気に耐えられるのは勇者だけだろうよ」
この季節、バスの中の空間歪んでるもんな。
「じゃあ私自転車取ってくるわ。下で合流ね!」
千尋が自転車を取りに行っている間に石段を降り、自分の自転車に跨る。そして間髪入れず千尋が自転車に乗りながら石段のスロープを降りてくる。
「今日も天気が嫌になるほどいいねっ!絶好の自転車日和!」
「少しは曇ってくれてもいい気がするけどな」
千尋の後を追うように自転車を走らせる。いつもよりスピードを出しているため、顔や体に当たる風が心地いい。
「……ヤスっち、なんかあった?」
ふと千尋がオレにそう問い掛ける。……相変わらず、オレの微妙な変化に鋭い。付き合いが長いだけはある。
「どうしたんだ突然? 別に、何もねぇよ」
「なんかこの前も一回似たような顔してたよね、ヤスっち。二週間くらい前かな。学校サボったり早退したり……。
ねぇ、なんか困ったことあるなら言ってよ。私馬鹿だから役に立たないかもだけど、一人より二人じゃない?」
「…………」
オレは千尋の言葉に対して即答することが出来なかった。一瞬シュタムファータァのこととかを忘れて千尋の善意に甘えそうになったからだ。
「大丈夫だっての。ちょっといつもより疲れてるだけだ」
「……馬鹿」
千尋はそう一言言うとそれ以上深く突っ込んでくることはしなかったが、オレが誤魔化したのも看破されているようだった。
「(千尋に話したって千尋が危険になるだけだ。事が事だから仕方ねぇだろうが)」
そりゃあオレだった出来るのならせっかく心配してくれている千尋に対して応えたい。だが、応えるわけにはいかないのだ。
「千尋……悪い。だけど、心配してくれてんのは素直に嬉しい」
だから。せめて千尋に対して、感謝の言葉だけは伝えたかった。
「うん……わかった。私から切り出しておいてなんだけど、この話はここまで。学校までこの感じのまま行きたくないっしょ」
「そうだな」
そうしてこの話を互いに掘り返すこともなく学校に到着し、駐輪場に自転車を停める。すると、見知った人物が前に歩いてるのを見つけた。
オレはそのまま挨拶せず見過ごしたかったのだが、千尋がそれを許すはずもなかった。
「おっはよーハル姉っ!久し振りーっ」
「うわきゃっ!び、びっくりしたぁ……、守屋さん、挨拶するときはもう少し静かに、ね。それとハル姉じゃなくて「神守先輩」、でしょ」
神守遙……先輩。椎名が所属する弓道部の主将にして、一応オレや千尋、伊崎と千春とは幼い頃から知っている仲である……が。
「えええーっ、いいじゃんハル姉でーっ」
「おい止めろ千尋。……神守先輩、おはようございます」
ギャーギャー騒ぎ立てる千尋を神守先輩から引き剥がし解放してやる。朝っぱらから飛ばしすぎだろう。
「ぶー、なんだよヤスっちーっ」
「いいから行くぞ」
そのままオレは千尋を引っ張りながら神守先輩の横を通り過ぎて校舎に入り、ある程度進んだところで千尋が口を開いた。
「なんかさー、気のせいかもしんないけど、椎名さんとヤスっちって何か妙にハル姉に冷たくない?」
「お前の態度が変なだけだ。神守先輩、迷惑そうだったろ。……それに椎名もオレも他人に対してはあんなもんじゃないか?」
「他人……ねぇ」
千尋が溜め息を吐きながらそう言い、オレが言葉を返そうとするも一足先に教室に入ってしまう。
「おっはよーっ」
皆に挨拶する千尋の横を通り過ぎて、オレは静かに自分の席に着きバッグを置く。そして松尾と椎名が話している所に向かう。
「お、うーっす安田」
「おはよう安田」
「おう」
適当に会釈を済ませ、先生が来るまで他愛のない雑談で時間を潰す。先生が来て、授業が始まり、いつもと変わらぬ日々が過ぎていく。
蒸し暑い気温の中つまらない授業が過ぎ、いつもの面子で昼食を終え、気が付けばあっという間に放課後になっていた。
「シュタムファータァから連絡はなし……か」
携帯にはメールも電話も来ていなかった。1日探しても見つけられなかったということは、やはりオレの勘違いだったのだろうか?
「安田ー、帰ろうぜーっ」
松尾が後ろから背中を軽く叩いてくる。椎名の姿はない。……今日は部活か。
「おう」
軽く返事をしてバッグを肩に担ぎ、松尾と並んで教室を出る。時刻は午後四時。窓から見える夕日が綺麗だった。
そのまま階段を降り、校門を出て駐輪場へ向かう。すると、オレの自転車のところに人影があった。
その人影はこちらへ携帯のディスプレイを向ける。そして、ディスプレイに表示されていた文章が目に入った。
『私の名前は、リーゼンゲシュレヒト・シュヴァルツ。騒いだら、この男を殺す』
携帯を掲げ、オレの自転車に優雅に座る―――銀髪の少女が、ニヤリと口を歪めた。
「ふーむ、やっぱりヤスっちさんの勘違いだったんでしょうか」
一日中揺籃を回ってみたが、私以外のリーゼンゲシュレヒトのセカイの残滓すら見つけることが出来なかった。
「(私が"感知"に優れたリーゼンゲシュレヒトだったら別だったのかもしれないですけど、私自身人並みかそれ以下ですしね……)」
まぁ今日のところはここまでにしておこう。仮にリーゼンゲシュレヒトが襲来してきたとしてもまだ戦いを仕掛けては来てないし。
私とヤスっちさんはこの揺籃を守ろうとしてるだけだ。不必要にこっちから仕掛ける必要もない。
今日の連絡をしようと思って、ポケットから携帯を取り出すと、"突然携帯が爆発したように粉々になった"。
「っ!? 敵、どこから!?」
即座に私は走り出し、近くにあった森林の中に逃げ込む。
今、私の携帯を破壊したのはリーゼンゲシュレヒトによる"セカイ"の弾丸。
実弾に"セカイ"を付加して撃つより威力は劣るが、痕跡を残さないという点で暗殺者や狙撃手のリーゼンゲシュレヒトが好んで使う技だ。
「そして弾には"セカイ"を感じたけど射手の"セカイ"は感じることが出来なかった。つまり……!」
私の感知外の距離から攻撃してきたということは十中八九相手はスナイパーだ。尚且つ相手の感知距離と能力は私より遥かに優れている、ということ。
私が認識すら出来ない距離から私を見つけ出し、あまつさえ私の携帯だけを狙い撃つという技が出来るリーゼンゲシュレヒトは、感知タイプしかいない。
「おそらく相手は"ラングオーア"タイプ。しかも狙撃で戦うほどに距離が離れてる相手に対して私が持ってるのは刀のみ。……マズいですね……」
"ラングオーア"とは固有名詞を指す言葉ではなく、リーゼンゲシュレヒトの"種族"の一種を表す言葉だ。
"ラングオーア"はドイツ語で"長い耳"を意味する。その名の通り、リーゼンゲシュレヒト状態になると頭部に長い耳のような物があることからその名が付けられた。
そして、"ラングオーア"に共通するのは"長い耳"、そして―――
「普通のリーゼンゲシュレヒトを遙かに凌ぐ、感知能力……!」
『よく知っていますね、さすがです』
頭の中に直接声が響いてきた瞬間、私の隣りにあった木に弾丸が撃ち込まれ、メキメキと音を立てながら倒れていく。
「くっ……!貴方は一体何者ですか!?"セカイの意志"ですよね!?」
森林の中をどうにか住宅街の方向へと走っていく。方向があってるかどうか自信はないが、止まったら殺される……!
『何者と聞かれて答える敵は物語の中だけですよ、罪深き始祖。あ、私"純白の雪華"リーゼンゲシュレヒト・ヴァイスと言います。よろしくお願いします』
答えてんじゃん!とツッコミを入れようとした瞬間に再び着弾する弾丸。私の目の前の地面に小さなクレーターが完成した。
『貴女と一緒にいたあの男も、私の仲間が丁重に迎えに行ってます。貴女も大人しく投降すれば命の保証はしますが』
「これはどうも丁重にありがとうございます。ですが、まだ王手はかけられてないので足掻いてみようと思いますっ!」
咄嗟に横に飛び出し、森林から一般道へと出る。目の前には、駅の建物……!
私は全速力で駅の中へと駆け込み、"認識疎外"を掛けて改札を飛び越える。金を払えないのは悪いとは思うが、今はそれどころではないので勘弁して欲しい。
「ヤスっちさん……、どうか、私が迎えに行くまでどうか無事でいて下さい……!」
ホームの壁際に立ちながら、彼の無事を祈る。先ほどのリーゼンゲシュレヒトの言葉を思い返すあたり、私みたいに会ってすぐ殺すことはないと思っても大丈夫だろう。
相手は『丁重に迎えに行っている』、『投降すれば、貴女"も"命は保証する』と言った。つまり、今のところヤスっちさんの命はすぐ奪われることはないだろう。
故に私は『王手はまだ掛かっていない』と言ったのだ。私にとっての王手は、彼を失うことでもあるのだから。
『ホームに入ったからって、油断しましたね』
その言葉が頭に響いた瞬間、私は咄嗟に顔を上に上げた。
向かいのホームの屋根の上で、純白の長い耳のリーゼンゲシュレヒトがこちらに銃を構えていた。
『チェックメイトです。私はあまり無意味な殺生はしたくないんで、投降してくれませんかね』
万事休すだ……!何故ここまで接近されたことに気付かなかったんだ。自分の馬鹿さ加減に苛立つが、後悔しても、もう遅い。
「私は投降しません。最後まで、貴女たちに抗います!」
『そうですか。では、少し眠っていて下さい』
そして、相手の拳銃の銃口が一周が光り輝いたかと思うと同時に、私の意識は深い闇に落とされた。