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地球防衛戦線ダイガスト 第三話

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第三話 たずさえぬ手と手
 その日のGBCの限定攻勢中継は異様な緊張感の中で行われていた。
 未開惑星である地球で、銀河列強有数の大国である帝政ツルギスタンが敗れた。
 これは由々しき事態であり、この2週間というもの、GBCはダイガストの情報収集に躍起になっていたし、
列強の市民たちも辺境での椿事に興味津々であった。
 しかしダイガストが所属するという『大江戸先進科学研究所』の情報封鎖のヴェールは厚く、
今もってその全貌は掴めない。…その方が視聴率的にも注目を集める、GBCはむしろ、そう開き直っていた。
 例によってレポーターが日本とツルギスタンの参加兵力を読み上げてゆく。
「帝政ツルギスタンは前回と同じくランツェタイプの儀仗兵が5機に、
 アフバルト・シュバウツァー大刃士が搭乗するブレーディアンという変わらぬ布陣です。
 解説のリッケントロップさん、これはどういう事でしょうか?」
「汚名返上の機会では?ツルギスタンでは名誉も重んじられますし」
「なるほど。さて、問題の日本国ですが…やはり今回もダイガストの名前があります。
 それと90式装甲戦闘車両、AH-1Sコブラ対戦車ヘリコプター。
 それにしてもダイガスト、未だ謎のヴェールに包まれております」
「圧倒的な戦闘能力でしたが、未開惑星の科学技術とは思えません。先日の特番でも示唆されておりましたが、
 やはり列強の植民地支配より逃れた亡命者による技術供与があったと考えるのが妥当でしょう。
 GBCでは地球への亡命者が60年ほど前に存在したことを掴んでいます。
 彼らの亡命先はアメリカ合衆国、エリア51という疎開地であり、また彼らの技術供与により、
 アメリカ軍は限定戦争でも善戦をしています。かのダイガストも、同じような経緯ではないでしょうか?」
 90式戦車の砲手席で私物のワンセグ携帯でGBCを見ていた若い二尉は、苦笑いを浮かべて自分の後方ちょっと上にある戦車長席を見上げた。
「聞きましたか戦車長、ロズウェル事件は本当だったそうですよ」
 話を振られた東和樹三佐はどんな顔をしたものか判らず、力無い笑いを浮かべる。
「マスコミの言うことなんて、いちいち真に受けるな。
 この調子じゃツングースカの爆発まで亡命者の仕業と言いかねんぞ」
「そういやロシアも何のかんのと上手いこと凌いでますよね。やっぱりツングースカには…」
「ロシアは国土の縦深が深いだけだ。独ソ戦の時と同じく、下がりながら戦っているだけだよ」
 言いつつ東は部隊内に蔓延している楽観ムードに心の中で舌打ちする。
 ダイガストの参陣が自衛官達から緊張感を奪っていた。2週間前の虚脱状態と比べるのは酷だが、しかし楽観は同じくらいに危険だった。
 東は部隊を率いる隊長なのでまだしも、果たして彼と同じような危惧を抱いている隊員は、青森平野に布陣した陸上自衛隊の中にどれ程いるものか。
「しっかし…」砲手はGBCのテレビ番組に目を落としながら言った。「せっかくスーパーロボットなんてもんと
 共闘するのに、打ち合わせも無くて良いんですかね?」
「ぶっつけ本番で人型兵器との共同作戦なんてとれるか。
 符牒は? 通信帯は? 作戦は?何よりあっちは民間だぞ。アニメじゃないんだ、ホイホイ共闘できるかよ」
「アニメじゃない、ホントの事さー…でも現実は夢も浪漫も無いんですね」
「お前の現実は120㎜滑腔砲のトリガーだってことさ」
 ちょうど話がひと段落つくところで、彼らの上に爆音が響き始めた。
 何事かと東がコマンダーズキューポラから空を覗いてみると、彼の目に飛び込んできたのはスコップの先端のような、マンボウを横に寝かせたような、ともかく奇怪な大型航空機だった。
 大型機は見る間に高度と速度を下げると、失速寸前で機首を上げつつ後部ハッチを開いて、あのダイガストに合体した『形だけは90式戦車』を放り出す。
 ああ、ああやって馬鹿でかい戦車を持ってきていたのか。東は変なところに感心する。
 失速寸前といっても巨人機は110ノット――時速、約200キロ――は出しているだろう、それで大地に放り出されるのだからあの巨大戦車は無事なのかと勘ぐってしまうが、着地の寸前に覆帯にロケットパンチ――ブラストマグナム――の時に発生した力場と同じ発光現象が確認できた。おそらく衝撃は本体とは別の部分が受け取ったのだろう。
「まったく、民間はやる事なす事、豪勢で羨ましいな」
 東は呆けたように呟いた。

「まったく、金があるのならダイガストに飛行能力くらい付けらるもんを」
 大江戸博士は不機嫌そうに呟いた。
 手狭な部屋には壁面と一体化したディスプレイが配置され、その前には女性が席について、画面と繋がっているであろうパソコンのインターフェースをいじっている。艶やかな黒髪を長く伸ばした乙女…笠置透(カサギミナモ)嬢であった。
「『獅子王』、着陸しました。慣性制御フィールドは順調稼動。サスペンションに疲労は有りません」
 透は部屋の中央、手狭な部屋を更に狭くしている台座の前に立つ白衣の怪人物に報告する。
 怪人物などと対象の人格を否定するかのような表現ではあるが、何しろ白黒ストライプの頭髪を、講談の由比正雪みたいに伸ばしたおっさんである。怪人物としか言いようがない。
 自称地球が宇宙に誇る碩学、大江戸多聞博士は、白衣に手を突っ込んだまま台座の上をつまらなそうに眺めては、何やらぶつくさと呟いている。部屋にいるのは、この二人だけだった。
「くだらん。つまらん。どいつもこいつも杓子定規に時間と場所を合わせてヨーイドンで戦争。
 攻撃側が侵攻地域を指定、防御側が攻撃側の戦力発表に応じて防衛戦力を配置、攻撃側の戦力変更は不許可…
 なんだかんだと公平なルールとか言っとるワリに、防御側が守り切っても逆侵攻は禁じられている。
 結局は攻めて来た側、列強諸国に利する不平等なルール。付き合うほうがバカバカしいわ」
 作業台ほどの台座の上面は液晶になっていて、今日の限定攻勢に関する両国の諸元が表示されている。
 その中には日本側の戦力表示である青い三角――古今東西、友軍とは青であり、敵軍とは赤である――の集団から徐々に遠ざかる大きな三角が映っている。
 インフォメーションには大鳳(タイホウ)との表示。
 つまりはこの部屋を含み、獅子王と呼ばれた巨大戦車を空輸してきて、東三佐を呆然とさせた、大型の輸送機のこと。
 東三佐は豪勢と言っていたが、実際のところは米国製C-17輸送機を川崎重工が
        (※この物語はフィクションです。実際の団体とは云々かんぬん)
 研究用として購入したのを、研究終了に伴い大江戸研究所で買受け、いわゆる魔改造を施したものである。
 ちなみに、自衛隊の次期輸送機開発計画を受領したのは川崎重工である。
 生まれ変わったC-17輸送機は大江戸研究所の『研究実証用飛行試験体・大鳳』という、海の物とも山の物とも付かない物体となったが、同研究所の研究員達はその外見から『雷鳥2号』という不可解な愛称で呼んでいた。
 さてその大鳳のメインの通信設備の前で、軍艦のCIC(戦闘指揮中枢)も真っ青の情報処理設備を取り仕切っているのが、大江戸先進科学研究所のアルバイトである透だ。彼女はヘッドセットのマイクのスイッチを入れると、
「鷹くーん、土岐さんは到着したよ」
 と、なんとも気の抜けた報告をいれる。
 彼女の前のモニターに苦虫を噛み潰したような顔の幼馴染が現れたのは、まぁ当然の流れであった。
「俺の機体の通信符丁は『太刀風』だと言ったろうが!」
「えー、鷹くんは鷹くんだよ」
「取り決めなの!通信記録が残ってるの!後で聞く人がいるかも知れないのっ!!」
「ふぅんだ、わたしはただの大学生ですー。鷹くんみたいに自衛隊から出戻りになった訳じゃないもん。
 小難しいことはわかりませーん」
 当事者同士にしか判らない痛いところを突かれ、鷹介は言葉に詰まる。
「お、お前、まだ根に持ってるのか?」
「…太刀風、通信は記録されているのでは?」
「うぐぁ…」
 透は直ぐに事務口調に戻ったもので、鷹介は変な唸り声を上げるしかなかった。
 総じて透は抜けた口調から『頭が残念な子』に思われがちだが、彼女の後ろに陣取る『宇宙に冠たる変人』の愛弟子であるからして、生半な秀才では勤まらない。
 おそらく脳味噌の変わりに高性能な餡子が入っているのだろう。彼女のことを昔から知る鷹介には、そう思えてならない。ただ気掛かりなのは、彼女は国文寄りの歴史を学んでいた筈なのだが、何故に大江戸博士の研究室の扉を叩いたのかだった。
 超考古学。だいたい学会では閉会1時間前にピストン発表されるイカモノの類である。
 どうしてこうなった。
 鷹介は自分の身の上に微かな後悔を感じつつ、F-15もどきである『太刀風』を青森の上空に進出させた。

 アフバルト・シュバウツァーは今回は警告無しに行動していた。
 ダイガストは紛れもなくツルギスタンの覇道に立ち塞がる敵である。過去の武人達の逸話のように、鉾を交えていない時なら友人の様に振舞う、そんな真似は出来そうに無かった。
 ブレーディアンを先頭に立たせ、儀仗兵を二列縦隊にして後に従わせる。
 モニター上のダイガストは既にあの巨砲を腰だめに構え、戦闘準備を整えていた。例によって砲口は真円を描き、水平射で直撃を狙っている。
 モニター上のインフォメーションが、攻勢開始までの時間をカウントダウンしていた。多数の棒線で構成された彼らの数字は、どの文明でも同じなのだろう、時間経過と共にどんどんシンプルに変わってゆく。
 すなわち、1に、0に。

「鷹介、『46センチ ヤマト砲』の照準、完了だ」
 頭上からの虎二郎の報告を聞きつつ、鷹介はそれぞれの手に握ったサイドスティックを柔らかく握り直す。
 本来なら弾道軌道で――飛ばすだけなら――40000メーターを飛翔する筈の砲弾を、精々2000メーターで直射するのだから、照準なんて有って無きが如しだ。
 地球人類史上最大の艦載砲が何ゆえダイガストの携行火器となっているのか、それはいずれ語られる時も来るだろう。それよりも今は1,4トンの金属塊を、何として音速の2倍で異星人の侵略軍にお見舞いするか、これに尽きた。
 何しろ今回は陸自のコブラが周囲を旋回している。
 彼らには彼らの役目が有るのだろうが、しかし砲の発射時に生じる衝撃波に巻き込んでしまったら、回転翼機など一溜まりも無く弾き飛ばしてしまう。
 悪いことに、自衛隊との協調は執られていなかった。
 それは面子とかの生臭い話より、むしろ東三佐が指摘したような、極めて現実的な不具合だった。
 ダイガストの性能諸元は当然不明のままであり、通信帯も判らないので通話手段が無い。
 そもそも陸上自衛隊には異星人との交戦ドクトリンが無い。…ある訳が無いのだが。原則論の無い状態で協力のみを現場に求めるのは酷だ。
 自衛隊側の法整備の不備にも問題があった。
 日本国自衛隊の軍法や交戦規定に値するものは、警察予備隊の時分から曖昧なままである。戦場で彼らを守り、律するのは、あくまで日本国憲法であり、罰するのは警察である。自衛隊法では義務と責任を行使する機会が不明瞭であり、その名誉を保障するには余りに心許無い。極端な話ここで戦死したとて、白木の箱に収めて国旗に包み、その死が無駄でないことを国民に周知してくれるのかも定かでない。
 その上で、誰がこれ以上の面倒と責任を請け負うのか?
 青森平野に集まった自衛隊員達が、ダイガストの巨体をまるで他人事のように見上げていたとて、誰が責める事が出来ようか?
 そして当事者達に意思の疎通が無かったとて、侵略者達の茶番劇は放送時間通りにやってくる。
 まるでスポーツの試合開始のように、戦闘開始を告げるサイレンが青森の空に響きわったった。
 東三佐は戦闘開始と同時にヘッドセットのマイクにむかって声を張り上げた。
「前進用意、前へ!」
 そして逡巡の後、全車に私用通信である一言を付け加えた。
「プロの仕事を、アマチュアに見せてやれ!」
 十数両――中隊規模――の臨時編成された90式戦車達が一斉に黒煙をあげて前進を開始する。射撃指揮装置はいかなる戦車の機動でも、120mm滑腔砲の筒先を侵略者たちに据え付け、微動だにしない。
 頭上にコブラを伴って進撃する90式戦車の姿は勇壮であり、時と場所が違えば自衛隊の広報映像であると勘違いしそうになる。
 彼らの向かう先に広がる驚天動地の光景が無ければ、だ。
 迫り来る剣を逆さにしたような化け物と、その後ろに連なる、槍を構えた首の無い西洋鎧をディフォルメさせたような巨人たち。そして化物の行進に立ち塞がる、スーパーロボットととしか言い表せない何か。
 ああ、ああいうのに乗ってないと、ここにいてはいけないんじゃあ…
 少なくない何人かが、漠然とそう感じていた。
 と、唐突に彼らを現実に引き戻す、凄まじい号砲が響き渡る。
 ダイガストが抱えた巨砲を発砲したのだ。通常装薬量、実に360kgが瞬時に燃焼し、砲口からこの世に煉獄の光景が生み出されるや、1,4トンの砲弾が音の壁を突き破り吐き出される。発砲の衝撃は大気を揺らし、分厚い空気の波となって90式戦車を叩くや、コブラのパイロット達を慌てさせるほどの気流の乱れを作り出した。
 自衛隊員達が驚愕するのと同じころ、アフバルトもまた46センチの洗礼を受けていた。
 砲弾とは装甲に対し垂直に突き立つ時に最大の効果を発揮する。数千メーターを弧を描いて飛来し、哀れな標的の直上に降り注ぐのが理想的な砲撃である。が、帝政ツルギスタンとの限定戦争に関しては、砲戦距離という言葉が意味を成さない距離で戦闘が開始される。
 結果、砲弾は戦車砲のように水平に飛来し、装甲に対して垂直に食い込んでゆく。弾道軌道を描かないため位置エネルギーによる加速が無く、破壊力は理論値よりも低くなるが、まぁ1,4トンをぶつけられてもビクともしない質量塊というのにブレーディアンは含まれない。
 砲弾は修理とともに増設したはずの複合装甲が、形成炸薬効果を減衰する前に物理的にそれを破壊し、機体表面に存在する限定的な慣性制御の力場を瞬時に飽和させ、ツルギスタンが誇る特殊鋼の装甲を直接食い破り、その内部で弾殻が爆発するや、モンロー/ノイマン効果に従い高温高圧の金属粒子を機体内部へと押し込んでゆく。
瞬時に機体表面は爆発で引き千切られた増加装甲でささくれ立ち、右肩辺りに引き裂いた粘土の様な破孔が開いていた。
機体の損壊にアフバルトはしかし凄絶な笑みを見せ、破孔の向こうに後ろの光景が見える事に虎二郎は舌打ちする。
「破孔が思ったより広がらない…バリアか!?ダメージを局限されてるぞ!」
「第二射、いきます」
 鷹介は効果を気にせずにトリガーボタンを親指で押し込む。
 ツルギスタンの兵器にも人間が搭乗している。その上で砲火に身を晒しての、無策な突撃などする訳がない。彼らは政治将校に見張られた共産国の軍人と言うわけでもあるまい。ならば考える頭を持っている。その突撃には意味がある。
さし当たっては、このままなら済し崩しに六対一の乱戦に巻き込まれてしまうだろう。
 視界を朱に染める発砲炎の中、鷹介はいまだ突撃を続けるツルギスタン軍に、尻の座りが悪くなるような不安を感じていた。
 第二射も過たずブレーディアンを打ち据え、その装甲を食い破った。下半身にあたる剣の刃のような部分が石榴のように裂けて黒煙と破片が噴出する。
 が、行軍速度は衰えない。
 46センチ砲弾という規格外の巨弾の再装填には時間を要する。機動戦には甚だ不向きだ。鷹介は次弾装填の時間は無いと判断し、ダイガストに46センチ砲を投げ捨てさせる。
 既に敵は指呼の距離に接近していた。
「鷹介!ミサイルならまだ間に合う!」
 虎二郎が悲鳴じみた声をあげる。
 鷹介としては取り合っている暇がない。とっさに昔の癖が出た。
「ユーハブ!(この場合の意訳:任せた)」
「あ、アイハブ!?」
 よくもまぁ母国語でないのに土壇場で出てくるもんだと、虎二郎は妙なことに関心しながらコンソールパネルから火器管制に直接指示を送る。その間にもダイガストは拳を固めて踏み出していた。
 僅かな助走距離からGを感じるほどの加速に移ると同時に、ダイガストの後方の空間に波紋のような揺らぎが現れ、そこから4発のミサイルが飛び出した。
「次元背嚢(はいのう)転張終了、99式誘導弾/改を4発発射、目標は先頭のブレーディアン、残弾ナシ」
「了解、格闘戦に入ります」
 二人は淡々と受け答えを続けながら、増大した相対速度の中を一気にツルギスタンの軍勢へと突っ込んでゆく。
 突進の力をそのままに、繰り出した右の拳ごと、矢のようになって突き込む。同時に99式誘導弾/改――空自の標準装備のバンカーバスター仕様――がブレーディアンに殺到した。
 連続して黒煙を伴う爆発が起こり、止めにダイガストの拳が唸りを上げて飛んでくる。
『わざわざ突撃を受け止める必要なんて無い。こっちから鼻っ面に一撃くれて衝力を砕いてやる』
 鷹介の思惑を知ってか、ここで初めてアフバルトが動いた。こちらも突撃の速力そのままに、剣となった腕を袈裟懸けに振りおろす。
 ぶつかり合った両者の得物が金属の火花を上げて弾き飛ばされた。互いの上体が反発力で仰け反り、その動きが瞬時、止まる。
 直後、アフバルトの宣言が外部スピーカーからほとばしった。
「勝ったぞ!」
 その言葉を待っていたように、儀仗兵が全速力でダイガストの両脇を素通りする。
「し、しまったぁぁああぁあぁぁああぁあぁああぁぁああああぁあぁあぁ!!」
 大江戸博士の絶叫がコンソールのモニターから轟く。その余りの驚きように虎二郎が目を白黒させるほどだった。
「は、博士?」
「奴等の狙いはダイガストの撃破じゃない!戦線の突破だ!!
 ツルギスタンとの戦時協定では敵戦線を2キロ越えれば、攻撃側の勝利とある!!」
 聞いてないよ、とか使い古しのギャグを言いたくなるのをグッと堪え、鷹介は直ぐに左手の操縦桿のトリガーボタンを押し込む。
 左腕がブラストマグナムとして発射され、遠ざかりつつあった儀仗兵の最後尾の一機の背をまともにブチ抜いた。
 右腕のみと思っていた射出拳が左腕にも装備されていたことにアフバルトは少なからぬ驚きを覚えたが、その拳が左肘に帰還する前にブレーディアンの腕の刃で叩き落す。
「再装填なぞさせん!」
 重々しい音をさせてダイガストの左腕が土にめり込む。不首尾に大江戸博士のヤジが飛んだ。
「早く拾わんか!!ヤマト砲を構えろ!雑魚を撃ち漏らすな!!何のために飛び道具を用意したと思っとる!!」
 しかし鷹介は対峙したブレーディアンとの決闘にまんじりとも動けず、虎二郎も大立ち回りを控えたダイガストの出力調整に神経を尖らせている。
 地球人類が手にした暴力の中で間違いなく過去最高であるダイガストを操るには、大人二人でも手一杯であった。…それでも大鳳からの通信のボリュームを下げたのは二人同時であったが。
 張り詰める緊張の中、ダイガストの右足が土に深く沈みこむ。
 出る、そう思わせた瞬間に鷹介はバーニアのスロットルをメカニカルロックまで押し込み、ダイガストの巨体を全速で飛び退らせた。
 フェイントに、しかしアフバルトは引っかからない。すぐさま突っ込んで、ダイガストに追いすがる。いや、フェイントで有ろうと無かろうと関係ないのだ。
 今日の彼の役目は、ダイガストの足止めに他ならなかった。
 復仇と、任務のために、ただ雄々しく戦い続ければよい。これほど楽なことは無い。何しろ彼は勇猛果敢であれと薫陶行き届いた、ツルギスタンの模範的貴族仕官であるのだから。
 ブレーディアンの両腕が竜巻のように絶え間なく襲い来る。
 ダイガストは右腕一本で刃を打ち払い、いなし、徐々に後退してゆく。それは落着した左腕との距離が開いてゆくことも意味する。拳に展開したフィールドが斬撃の負荷に光の飛沫となって飛び散り、右腕の装甲が火花をあげた。
「土岐さん、30mmレールガン、預けた!」
「諒解!」
 寸刻みに戦力を削がれてゆくなか、虎二郎の照準でダイガストの胸部から電磁パルスを伴う弾丸が射出される。しかし46センチ砲弾ですら止まらないブレーディアンの巨体には足止めにもならなかった。
 手数が足りない。鷹介はこの闘いに没入せざるを得ない状況に陥っていた。
 それは同時に彼らの後方で行われる戦いが、過酷なものになることを物語っていた。

 一機減って四機となった儀仗兵ランツェは、それでも見事な動きで横隊に移行し、陸上自衛隊へと突進を開始した。
 土煙を上げて迫りくる巨人の集団。殆どの隊員達が頼りにしていたであろうダイガストは、敵の主力に吸引されていた。東三佐の脳裏に過去二度の戦いの悪夢が蘇る。
 彼らの頭上で風を巻いてAH-1コブラが進出した。
「目標、前方の『槍持ち』…発射よーい…発射」
 相対距離の関係で直ぐに射点に達したコブラ達は、機体の左右に吊り下げたTOW(対戦車ミサイル)を次々と発射した。
 多数の白煙を引いて有線式のミサイルが飛翔する。前回のダイガストのミサイルによる儀仗兵各坐の戦訓から、目標は脚部と定まっていた。
 低空でホバリングしながらミサイルの照準を続けるコブラに、儀仗兵の胴体から赤色の可視光線が延びたのはこの時だった。横薙ぎに振るわれたのはレーザーであり、まるで据え物斬りの様にコブラが溶断されていった。
 TOWは着弾まで照準を続けねばならない、誘導兵器としては些か旧式の部類だ。当てようとするなら、大きな回避行動はとれない。
 誰もがその危険性を理解していた筈である。しかし、結局、義務は履行され、コブラの搭乗員達は次々に『英雄』に散華してゆく。
 ほんの何発かが儀仗兵の膝頭に突入したが、黒煙の後に現れたのは先んじて砕けた増加装甲だった。
「『槍持ち』は足に装甲を付けている!装甲の破壊を確認したのは、1番と4番!繰り返す!!1番と4ば…」
 通信がノイズに変わる。
 最後のコブラが火達磨になると、力を失ったローターの回転に引きずられ、くるくる回りながら大地に還っていった。
 くそっ!
 東は心中で舌打ちすると、彼らが命に変えて伝えてきた事をヘッドセットのマイクへと叫んだ。
「一小隊は『槍持ち』1番に、二小隊は4番、三小隊は2番、ついで3番の装甲を狙え!!」
 東が直接率いる4台の90式戦車は儀仗兵の進路に直角に侵入し、
「小隊、『槍持ち』1番、徹甲、班集中、撃(て)ッ!!」
 俗に殺人ブレーキと呼ばれる90式戦車自慢の急停車を見せるや、直後に4台が殆ど同時に44口径120mm滑腔砲を発射する。体感的には音も振動もただの一度きり。そして発砲炎を引き裂いてAPFSDS(Armor Piercing Fin Stabilized Discarding Sabot)が飛び出した。
 タングステン製の矢のようなこの徹甲弾は、儀仗兵の膝頭に触れるや、速度でもって自身の形状を変形させながら、装甲の奥深くへと穿孔してゆく。異星の科学技術で作られた脚部は地球人の第4世代戦車の正面装甲より厚く、タングステンの浸透体は次々に装甲の半ばで質量の全てを変形し尽くし、運動エネルギー弾としての役目を終えてゆく。
 しかし、誰の放った弾か、その一発だけはTOWが作り出した装甲の歪みの、ほんの僅かな凹みに浸透し、最後の数ミリを残った運動エネルギーとともに間接部の機械部品へと解き放った。
 突如として儀仗兵の一体が片膝を着き、大地の上に身を投げ出すように転がった。
 各車から歓声があがる。
 が、それも直ぐに爆発音に掻き消された。
 奇跡はそこまでだった。彼ら以外の小隊は儀仗兵の脚部装甲を貫徹できず、あるいは命中弾を得られずに、反撃…いや、駆逐の憂き目にあっていた。
 破壊する筈だったロボットの足でもって蹴たぐられれば、質量差から簡単に複合装甲はひしゃげ、あるいは裂ける。そこに偏光器から照射される赤色破壊光線がものの数秒降り注いだら、あとは弾薬庫の砲弾が自分達ごと車体を誘爆させる。爆発音の正体はそれだ。
 東はもはやどれだけ残っているかも判らない戦車中隊に指示を飛ばす。
「全車、『槍持ち』4番に集中…」
 彼は最後まで命令を口にする事が出来なかった。
 凄まじい衝撃に車体が浮くような奇妙な感覚を味わい、彼の意識は途切れていた。
 各坐したはずの儀仗兵が寝転びながらに振り回した槍が、車体を吹き飛ばしていたのだ。

 ハンス・グラーフ・ルドガーハウゼン大剣卿は執務室の豪奢なデスクでGBCの戦闘中継を視聴していた。
 殖民惑星から取り寄せた巨木――原住民が信仰の対称にしていたらしい――から切り出した一枚物のデスクの上では、中空へと実体のないモニターが映像を投影している。
 リポーターはツルギスタンの日本の防衛陣地突破による勝利を伝えていた。また、火中のダイガストとブレーディアンの『引き分け』を名勝負と褒めちぎり、しきりにゲストの巨乳タレントが黄色い声をあげている。
 アフバルト・シュバウツァー発案による戦線突破案。消極的に過ぎると一部の幕僚から非難があがったものだが、最終的に妥当としたのはルドガーハウゼンだった。
 GBCも盛り上げるのに必死であり、作戦は概ね『速攻』として報じられている。
 まずは汚名返上。
 ルドガーハウゼンは椅子に深く背をもたれると、安堵に小さな溜息をついた。
 いずれはダイガストを撃破せねばならない。が、勝ってなんぼの銀河列強。今回の件もツルギスタンやその他の銀河帝国文明圏の臣民・市民達は、演出された苦戦と捉えているに違いない。
 対策はその間に立てねばならない。誰しもに、本当の苦戦と気付かれるまでに。
 と、鬱々として愉しまないルドガーハウゼンの元を、緊張した面持ちの幕僚が訪ねてきた。彼は北海道支配に関する進捗データを入力した端末――まさに色付きの半透明下敷き――を手渡すと、落ち着かない様子で上官の閲覧する様子を見守っている。
「ん?」
 はたしてルドガーハウゼンは膨大な数値が入力された表の中に、気になるものを発見する。
「通貨の交換率が芳しくないな。情報の周知は徹底したのかね?」
「はっ。ホッカイドウ住民にはツルギスタンへの編入と、それに伴う『エン』の価値の消失を説明しております。 放送は一日に朝、昼、晩と三度。既に一週間に渡って告知を続けています」
「…ふむ、ではそれ以外に不備があった?」
「各市役所に充分なスタッフを派遣し『エン』と『ツルギスマルク』の交換を行っています。
 交換レートは未開惑星格付けに照らし合わせ、10:1で」
「交換比率が彼らに受け入れなかったのか?」
「いえ…無いのです」
 幕僚は実に控えめに答えた。
「何が、かね?」
 ルドガーハウゼンは悪い予感を覚えていた。
「『エン』が、です。我々の『ツルギスマルク』と交換するための種銭が。
 銀行や証券会社にも調べに入りましたが…日本国総理大臣の命令により、取引が凍結、
 あるいはニホン本土に引き上げられた後でした」
 音高く席を立ち、ルドガーハウゼンは驚きに戦慄いた。幕僚は続けた。彼自身、その事を信じられないのだが、言うだけだから苦労は要らない。
「大手金融機関ほど徹底して通貨と証券が引き上げられています。ご報告した通貨交換の数値は、
 つまりは民衆のポケットマネーです。
 麻痺した市場にはなけなしの『ツルギスマルク』を握った民衆が溢れていますが、
 通貨量が圧倒的に足らず市場経済が成り立ちません。
 現地通貨との交換を基本とした植民地市場計画は…破綻します」
「すぐに経済スタッフに市場復興に必要な金額を試算させろ!
 配給計画の終了は当分先送りに。それと、GBCには絶対にスッパ抜かれるな!!全宇宙の笑いものになるぞ!」
 幕僚は復唱の後、敬礼をすると、慌ただしく司令官の執務室から出て行った。
 残されたルドガーハウゼンは喉の奥から搾り出すような怨嗟の声をあげるのだった。
「おのれクニバミチアキィィィッ!!」
 敵はダイガストだけでは無かった。
 まさに、ルドガーハウゼンにとって、最強の敵とは。

 頭の中で割れ鐘が響いているようだった。
 不快な鈍痛に耐えながら東三佐は、ようやっとガンナーシートから引きずり出した砲手を地面に寝かせた。
 操縦手席には何かがブチ当たり、血の泥濘と化していた。そこにいた操縦手の痕跡は、たった一つの色のみ。
「…東三佐」
 血の気の失せた顔で砲手は口を開いた。顔にあるべき色は、こちらは腹部に大量に移っていた。
「負けっちまいましたねぇ…」
「喋るな。すぐに回収班が来る」
 東は自分がどんな顔をしているか判らなかった。ただ、無性に目頭が熱かった。たぶん、しこたまヘルメット越しに頭をぶつけたからだ、そうに違いない。
 砲手はチラリと頭上を見上げる。
 地響きをさせてダイガストが歩いていた。時折しゃがみ込んで、ひっくり返った90式戦車を起こし、ひしゃげた車体を指で器用に戻して回っている。
「あ~あ、不甲斐無いとか思われてるかなぁ…」
「そんな事は無い!誰にも言わせない!!」
 東は砲手の手を握り、焦点を失いつつある部下の瞳に語りかける。
「俺たちは『槍持ち』を1機各坐させたろ。戦えるんだ、まだ、俺たちは!」
 それは自分に言い聞かせているようなものだった。
「敵1両撃破だぞっ!俺が考課表に書いておいてやるからな!昇進も早まるぞ!!だから寝るなっ!まだ寝るな!!」
 砲手は何時の間にか事切れていた。その顔に浮かんだ力ない笑みは、成し遂げた事への満足だったのか、東への同情だったのか。
 東は慟哭した。

 暗い表情で絶望的な救出活動を続ける鷹介は、ふと、誰かの泣き声を聞いたような気がした。
 蹂躙された戦車とヘリを見るに、肉体を失った誰かの声が聞こえてもおかしくない状況だった。
 ダイガストの損害は軽微だ。研究所に戻り、大江戸博士に嫌味を言われて、腕の装甲板を取り替えれば、戦力を取り戻すだろう。
 しかし限定攻勢の結果は日本の敗北。ことに、ここまで生き残ってきた将兵の損失が痛い。
 装備はまた作れば良い。しかし経験は直ぐには準備できない。ミッドウェーの大敗で、独ソ戦の泥沼で、枢軸軍が数値化できない貴重な戦力を失っていったように。
 もっと上手く立ち回れなかったのか。
 それは鷹介と虎二郎の心の奥に凝る、遣り切れない何かだった。
 同じ頃、回収艇で帰還するツルギスタン将兵の中、アフバルトも煮え切らない感情を抱いていた。
 決定的な破局はないが、決定的な勝利もない。僅かな時間斬り結び、ルールに則って勝利を得る。
 おかしな事は何も無い。これが銀河帝国に属した人々が、長年にわたる不毛な小競り合いの後に見出した、文明人に相応しい闘争の形なのだ。
 それでは自分の中に渦巻くわだかまりは何なのか。
 アフバルト・シュバウツァーは、その理由を追求するのを無理に止めた。
 青森平野を夕日が照らす。
 大地が吸った幾多の血潮を映したようなその色は、やがて来るであろう北海道と同じ混乱を予感させた。
 兵の血の色か、民を焼く火の色か。
 しかし、安易に流血を否定するのなら、より過酷な現実が突きつけられる事となる。
 ただ家畜であるべし、と。


次回予告
ツルギスタンの進駐に混乱を極める青森で、
広域指定銀河暴力団『モンタルチーノ商会』が跳梁跋扈を始めた。
水に落ちた犬を棒で突くような下種に、鷹介とアフバルトは図らずも怒りを共有する。

次回、地球防衛戦線ダイガスト 第4話
『誰がために『金』は成る』
この国を好きではいけないのですか?

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