創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

ビューティフル・ワールド 第十話 接触

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匿名ユーザー

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―――――――――――――――空が、暗い。目玉の様にぎょろりと、あの「穴」が空から顔を覗かしている。
寒い。私は両腕を押えた。この寒さは気温とかそういう自然現象じゃない。私は怯えている。私自身が犯した罪の―――――――――。

「風邪、引くぞ」

後ろから馴染み深い彼の声が聞こえる。振り向くと、彼が私の愛用しているコートを腕に掛けて差し出して来た。
私はそれを受け取って羽織る。彼は空を見上げて何時もの笑っているのか困っているのか分からない、微妙な表情で言う。

「ヴィルティックの調整が済んだ。後はメルフィーに託すだけだ」

彼の言葉に私は少なからず、いや、大いに不安を抱いている。だってあまりにも、成功する可能性が低すぎる。
しかしもう、私達に残されているのは彼が考案した――――――――計画しか無い。例え成功率が雀の涙よりも小さな確率でも。
私達は成功させなければいけない。それしか世界を、人類を救う手立ては無いのだから。また、後の世代に対する最大の贖罪……罪滅ぼしでもある。
それに私は彼の計画を不安に思っても、無理だと頭ごなしに否定はしない。何故なら彼は今まで何度も不可能と言われた事を可能にして来た――――――そんな男だからだ。

「メルフィーの様子は……どう?」
「大分落ち着いているよ。只」
「只?」
「最後に君からメルフィー……娘を励ましてくれ。あっちに渡ったら、彼女を知っている人は誰も居なくなる。そう考えると怖くてね」

そう言って彼は笑った。止めてよ……そんな笑顔。まるで……。
私の足は自然に歩きだして、彼の胸に体を預けていた。もう一生―――――――――逢えない気がして。
彼は私の顔を指で上げると、私に囁く。

「あっち側で娘を頼む、マチコ。君が娘と――――――――――の保護者になってくれ」
「分かってる。……ねぇ、―――――――――」
「ん?」

「…… 死なないで。絶対」
「俺は死なないよ。いや……俺の魂は死なない。この世界に光を取り戻すまで」
「……辞世の句?」

と皮肉る私は泣いていた。情けないと思っていても、この感情は抑えようがない。彼の顔が段々ぼやけてくる。
彼はぼやけた視界のなかでも分かるくらい、頼りがいのある温かい笑顔を浮かべて、私に伝えた。

「マチコ、君に伝えなきゃいけない事がある。ヴィルティックには ―――――――――――――』


「スネイルさ―ん……起きないなぁ。おーい、スネイルさ―ん」

ハッとして目が覚める。気づけば深い眠りに落ちていた様だ。リタが小動物の様にちょこんと、開放されているコックピット内を覗いている。
今日成すべき修理を終え、スネイルはついでに、ヴィルティックの内部に異常が見られないかを確認していた。
機体の損傷は酷いものの、幸いな事にコックピット周辺に異常は無く、すんなりと開ける事は出来た。

代わりに操縦に必要不可欠なコンソールパネルとモニターは死んでいたが。何にせよ傷ついている各部を直し、最後にコックピット含めた内部に修理を施そう。
そう結論付けつつ、他に異常は無いかを調べている時にうつらうつらしてそのまま眠ってしまった様だ。

暗い所に居ると眠くなるなんて年を取ったなと自嘲しつつ、スネイルは背を伸ばして眠気を覚ますと、颯爽とコックピットから飛び降りた。

「起こしてくれてありがとね、リタちゃん。もうお昼かしら」
「はい! ルガ―さんが呼んでました!」

スネイルにそう言いながら屈託の無い可愛らしい笑顔を見せるリタ。こうしていれば素晴らしい美少女なのだが、悲しい事に言論がそれを清々しく打ち消す。
リタに微笑み返しながらスネイルは空に目を向けた。リタの笑顔には負けるものの、明るく輝く太陽がさんさんと、二人を照らしている。
だが何となく、雨が降りそうな予感がする。実際、太陽の近くでは灰色の雲が少しづつ珈琲に入れたミルクの様に管を巻きはじめている。

それにしても、とスネイルは思う。何故今になって彼の夢を見たのだろうか。
少なくともあっちの、過去の世界に居た時には見なかったのだが。これは何かの暗示なのか? もしくは……。

「……何かを、忘れている?」

無意識に一人ごとを呟いた。立ち止まったスネイルにリタが疑問符を浮かべて振り返った。

「スネイルさん?」

リタの表情を見、スネイルはその考えを振り払う。例えそれが重要な事柄だと言えど、まだそれを思い出す時期じゃない。
今はヴィルティックを修理する事だけを考えよう。頭を切り替え、スネイルは前を見、リタと共にやおよろずへと戻る為に歩き出す。
と、そう言えばヴィルティックを見に来ると言っていた―――――――リヒトの姿が見えない。スネイルは不思議に思い、リタに聞いた。

「あのさ、リタちゃん。リヒト君がどこにいるか知ってる?」
「リヒトさんなら、へーちゃんと一緒に仕事に出かけましたよ。二日前に入った依頼で」
「依頼って?」
「悪い金貸し屋さんに追われてるって人がいましてねー。その人とちょちょいと。本当は休暇だったんですけど、相談程度なら良いかなって」

「……こんなファンタジーな世界でも現実ってシビアね」




                       ビューティフル・ワールド

                    the gun with the knight and the rabbit


現役だった頃には工場か、はたまた他の用途か一切不明だが人里離れた巨大な廃墟で、その行為は行われている。
内外をうろつく野良オートマタと、野良オートマタに守られながら凄惨な行為を働く、廃墟内の下劣な服装に身を包んだ男達と、その男達の長であるブルドッグ顔のスーツ男。
そして間の鉄柱に太い紐で何重にも縛りつけられている壮年の女性と若い女性と、ブルドッグ顔に何度も殴りつけられている、古ぼけたイスに両手両足を縛られた、気弱そうな男。

壮年の女性と若い女性は男の名前を泣きじゃくりながら必死に叫ぶが、その叫びは虚しく廃墟に吸い込まれては消えていくだけだ。
ブルドッグ顔の裏拳を主に使った殴打の連続で男の頬は紫色に変色するほど、パンパンに腫れあがっている。ブルドッグ顔は部下である男達の一人から大型ナイフを受け取る。
ブルドッグ顔はナイフの刃を犬の様に舌舐めずりし、男の額に付けると少しづつ、横一文字に斬りつけていく。
滲んでいく痛みに男は必死にジタバタするが、男達に強く押さえつけられ身動きを封じられる。額から流れる血が、男の顔を赤く汚していく。

「もう止めてぇ!」

号泣しながら叫ぶ女性の髪の毛を、男達の一人が掴み上げた。弱者を嘲笑う強者その者と言った下衆な笑い顔を浮かべ、その男は女性に言う。

「借りた物はちゃーんと返すってのは世間の常識じゃないのぉ? えぇ、お譲ちゃんよぉ!」

「何が借りたものだ! 二日遅れた程度で利子100倍なんて、暴利なんてもんじゃない!」
「うるせぇ!」

声を荒げた壮年の女性に向かって反対側の一人が平手打ちを浴びせた。女性を女性とは思わない、本気の平手打ちである。
男の平手打ちで壮年の女性の頬が真っ赤に染まる。壮年の女性はその行為に委縮しガタガタと体を震わして俯いた。その目から生気は消えている。

「頼……む……」

イスに縛られた、額から血を流している男がじりじりと顔を上げた。ブルドッグ顔が仏頂面で見下ろす。

「頼む……妻と、お袋にだけは手を……出さないでくれ。私は……どうなっても構わないから」
「それじゃあお前が借りた分の 150倍の利子、払って貰おうか。言っておくが1日遅れたら50倍だからな」

「そ……そんな殺生な!」
と男が叫んだ瞬間、ブルドック顔が正拳で男の右頬を思いっきり殴り抜いた。床にぶちまられた男の唾液と血液が、地面でマーブル状に混じる。

説明するまでも無いが、この集団がリタが言っていた悪い金貸し屋、所謂悪徳金融業者である。金銭に困った人間に巧みに忍び寄り、金を貸す。
そして最初は甘い顔を見せるが1日でも返済が遅れた場合、どんな手段を使ってでもこの様な手段に取り、最悪ここでは記せられない程の行為を行う。
この様な奴らがのさばれるのも、リヒトが潰したフレ―ン兄弟の支配があっての……事であったのだが。

最近、そのグスタフ/バラモス・フレ―ンが何者かに潰されたとの噂が業界で実しやかに囁かれている。
その事でフレ―ン兄弟の直系に居た組織は慌てているとか。今まで好き勝手出来たのも、フレ―ン兄弟の権力があってこそだからだ。
この悪徳金融業者、ナイスマイルカンパニーの社長、カミュラはその事で夜も眠れず、毎日不安に怯えている。何時、他の組織から潰されるんじゃないかと。

「カミュラさん! どうしますか!」

ブルドッグ顔の言葉に激しく貧乏ゆすりしながら爪を噛んでいたカミュラはへっ? と顔を上げた。

「え、な、何?」
「こいつ、また言い訳して返済から逃げようとしてるんですよ。どうしますか?」
「どう……どうでもいいよ! さっさとバラして女は売っちゃえ! 若い奴だけな!」

男の言葉に男達が歓喜の声を上げ、ブルドッグ顔が顔を綻ばせる。一方男と鉄柱の女性二人の目は深海以上に暗く沈んでおり、もう、光は無い。
するとカミュラのズボンに入っている携帯端末が音を鳴らした。部下達を背をカミュラは携帯端末を取り出して外に出ていく。
通話ボタンを押すと、携帯端末から電話を掛けてきた男の声が、カミュラの耳に響いた。

「よう、カミュラ。久しぶりだな」

その声を聞いた途端、焦りを浮かべていたカミュラの顔が一気に強張った。頭から滝のような汗がダラダラと流れ落ちる。
ある意味、一番声を聞きたくなかった相手だ。カミュラは落としそうになった携帯端末を握りしめて震える手を押えると、声を潜めて携帯端末の向こう側に居る人物へと返答する。

「ラ……ライオネルさん……お久しぶりです」
「やけに余所余所しいじゃねえか、お前。あぁそうか、あの兄弟の事か」

カミュラの喉が自然に唾を飲む。男の声は喜々としており、どこか楽しそうに感じる。

「良く知らねえがあいつらそれなりに有名だったらしいじゃねえか。まぁ、実際クソ以下の弱さだったけどな」

「まずいですよ、ライオネルさん。フレ―ン兄弟は業界でも大手の組織だったんですよ!」
「で?」
「あの二人が居ないと自分達その……他の組に潰されちゃいます!」

「なら強くなれば良いじゃねえか。馬鹿かお前は。それよりお前に聞きたい事があるんだ。聞き逃すなよ」

カミュラが緊張のあまりにカチコチになった面持ちで耳を澄ます。電話の向こう―――――――ライオネル・オルバ―はゆったりとした口調で、カミュラに話し始めた。

「お前の知ってる中で一番殺し合いに適してそうな場所ってどこだ?」
「…… え?」

カミュラはライオネルの言葉が一寸理解できず思わず聞き返した。ライオネルが露骨に大きな舌打ちをする音が聞こえる。
慌ててカミュラは謝罪した。ライオネルの機嫌を損ねればどうなるか、昔これでもかというほど思い知らされているが故。

「す、すすすみませぇん! 殺し合い、ですか?」
「そうだ。なるべく工場だとか障害物が多そうな場所が良いな。おい、早くしろよ」
「はいぃ!」

カミュラは無い頭を必死に回転させて考える。工場というか障害物……という事は……。
数分程考え、カミュラは苦心の末、ライオネルにその場所を伝えた。

「お教えします! 地区は―――――――」

カミュラの言葉にライオネルは何度か相槌を打つと、満足げに頷いた。その反応にカミュラは内心ほっとする。
しかしどういう事だろうか。援軍要請でも護衛要請でも無く、闘う場所を聞きたいだなんて。疑問には思うがそれを口に出す度胸など無い。
と、カミュラの疑問に答える訳でもないが、ライオネルが言った。

「ちょっとばかし用があってな。あぁそうだ、その時にお前が集められるだけのオートマタと神子を連れて来い。兵隊にする」
「あ、はい……」

やはり何かが気になる。援軍要請なら幾度もあったが、戦う場所を聞かれた事は初めてだからだ。
可笑しい。何かが可笑しい。カミュラはどうしても、ライオネルに質問したかった。
ライオネルがどれだけ恐ろしいかの噂は嫌って程身に染みてるし、実際兄弟の事を考えると藪の中の蛇と云うより、アナコンダを突く様なものだとは思う。

しかし……カミュラが疑問を呈そうした瞬間、ライオネルは言った。

「それとな」

「お前は用済みだ。二度と会わねえから安心しろ。じゃあな」

ブツリと一方的に通信を叩き切られる。まさか逆鱗に触れる様な事でも言ったのだろうか。
カミュラの中で恐怖が凄まじく湧きあがる。まさか……いや、まさか……。しかしライオネルには怒りを現す様子は無かった。
だが分からない。むしろそっちの方が怖い。感情が何一つ読み切れない程、表情が変わらない男だ。兄弟に続いて自分まで殺されるのか……。

恐怖に打ちひしがれている時、突然肩を叩かれた。ビクッとし、カミュラは恐る恐る、歯を震わせながら振り向く。

そこにはライオネルではなく、全く知らない鮮烈な赤い髪の毛の男が、にっこりと笑っていた。ポカンとしてカミュラは口を開けた。

「お前……誰だ?」
「通りすがりのイケメンだ。覚えなくてもいい」

瞬間、カミュラの額をリヒトのデコピンが直撃する。リヒトに取って赤子の手を捻るくらいの力だったが、カミュラの脳は激しく揺さぶられる。
そのままカミュラはその場に仰向けになってぶっ倒れた。目が白目になっているのを見るに、一発で昇天した様だ。
背後ではヘ―シェンがバッタバッタと野良オートマタを締め上げており、既に男達は皆リヒトに倒され、ブルドック顔は鼻血を噴出させて気絶している。

リヒトは廃墟へと戻りながら、スープレックスを決めて野良オートマタを粉砕したヘ―シェンへと声を上げた。

「ヘ―シェン! クライアントは?」

リヒトの質問に、ヘ―シェンはサムズアップしつつ野良オートマタを放り投げて返答する。

<一先ず全員無事です。とはいえ一人危険な状態でしたが、すぐさま治療を受ければ恐らく助かるでしょう>
「手配は?」
<既に。三人を所定の場所へと運んで置きました>

「そうか……」

ヘ―シェンの流石プロと言うべき素早い対処に、リヒトは安堵した表情を浮かべる。しかし。
しかしリヒトは何処か腑に落ちないといった感じで首を捻っている。仕事は無事に遂行したのに、どうにもすっきりしない。
そんなリヒトの様子を読み取ったヘ―シェンが、極めて明るい声で言った。

<マスター、如何なされました? 腹痛でも?>
「そうじゃない」

リヒト自身もその何かが上手く言えず、複雑な面持ちのまま言葉を続ける。

「なんつーか、妙に引っ掛かるんだよな。上手く言えないんだが……」

今回の依頼はスネイル達がこの世界にやって来る前、およそ二日前に手紙としてやってきた。

手紙にはナイスマイルカンパニー……つまり悪徳金融業者から追われており身の危険を感じる為、今後について相談したいという内容が書いてあった。
相談する場所としてここの地区と建物の名前、それに時間までもが明確と書かれており、それと依頼主の名前が書かれていた。
グスタフ・フレ―ンの件が大仕事である為、前後は休日にしたいとあまり乗り気ではなかったが、仕事は仕事として取りあえず引き受けようとリヒトは考えた。
そしていざ、指定の時間にやってきたらそこには。

まるで自分達の助けを待っているかの様に、ナイスマイルカンパニーが依頼主に暴力を振るっていた。
当然、リヒト達は依頼主達を助ける為にものの数分で悪漢達を締め上げる。
依頼主と話そうと思ったが、手紙に書いてあった依頼主であろう人物が酷い怪我を覆っていた為、すぐさまヘ―シェンに救出させたのだ。
のでまともに依頼主とその依頼主の家族らしき女性達とは何も話していないが、これは後々でもいいだろう。

リヒトが釈然としないのは、異常なまでのタイミングの良さだ。自分達が来た時には今正に、依頼主が殺されそうになっていた。
助けたは良いが、どうにもこう…… というかそれ以前に内容自体は護衛して欲しいか、あるいは救出して欲しいのかという依頼内容の打ち合わせだった筈だ。
それが何故……。そもそも、あの手紙は依頼主が本当に書いたものなのか……?

考えれば考えるほどリヒトの頭の中で釈然としない疑問は膨らんでくる。その膨らみを割る様に、ヘ―シェンが陽気な声で話しかける。

<まぁまぁ、良いじゃないですか、マスター。現に依頼主は救えたんですから。結果オーライです>
「まぁ……まぁな。それじゃあ、帰っか……」

そう言って家路へと歩き出そうした途端、リヒトの目に上から落ちてくる、何かが見えた。
その何かははっきりとした殺意――――――――赤い粒子を放出しながら、ヘ―シェンへと―――――――――、

「ヘ―シェン!」


廃墟の天井で入り組んでいる鉄筋の上、男は退屈そうに真下で行われている暴力行為を何をするでも無く眺めている。

男の横では静かに佇んでおり同じく真下を眺め、否、両腕を組んで見下ろしている、一機の赤い機体。
と、男はどこからか携帯端末を取り出すと、何かの番号を入力する。横に居るオートマタが、男に声を掛けた。

<まだか?>
「まだだ」

赤い機体の声は空気がヒリヒリするほどに殺気立っているが、男はどこ吹く風で言葉を続ける。


「まだリヒト・エンフィールドさえ来てねえじゃねえか。お前が殺りたいのは白ウサギだろ? 待ってろ」

男の言葉に不服そうに鼻を鳴らし、赤い機体は背を向けた。すると一人の男が、廃墟から出ていく。
通話ボタンを押し、男は携帯機器で何者かと話し始めた。男と入れ替わる様に、赤い髪の毛の男が廃墟内へと侵入してきた。
赤毛は見る見る内に襲いくる者たちを薙ぎ倒していき、赤毛によって召喚された白い機体は防衛していた野良オートマタを瞬く間に潰していく。

男の口元の端々が吊りあがる。男は携帯端末の向こう側の相手に最後。

「それとな」

「お前は用済みだ。二度と会わねえから安心しろ。じゃあな」

と伝え、携帯端末を一方的に切った。向こうの相手が戸惑った声を上げたが、男には何一つ聞こえていない。
外に出ていた赤毛が廃墟内に戻って来る。男は赤い機体に顔を向けると、言った。

「良いぞ。暴れて来い。お前の相手に価するかを試してみろ」

男の言葉に赤い機体は無言のまま、掌に粒子を集め、その粒子を日本刀へと還る。振り下ろすと風が切れる音がした。

「ただし」

赤い機体が飛び降りようとした瞬間、男が止めた。睨みつける様に赤い機体が頭部を男に向ける。

「全力は出すな。軽く手合わせする程度にしろ。お前の本気はリシェルが居る時にだけだ」

<……御意>

鬱陶しそうに短くそう答え、赤い機体は鉄筋から日本刀を両手持ちしながら飛び降りた。
男は工場の外へと目を向ける。空が晴天から灰色に変わっておりポツポツと、水滴が落ちてきては廃墟に当たって、不規則なリズムを歌う。
雨だ。今はまだ小雨ではあるが、時間が経つにつれて強くなっていくだろう。

髪の毛を掻き分け、男はどこからか煙草を取り出して火を点けると、呟いた。

「愉しませろよ……」


「雨降ってきそうですね……」

窓の外で空を覆い尽くす灰色の雲に、メルフィーが誰ともなしにそう呟いた。
窓ガラスには雨が落ちてきては外装を濡らす。まだ本振りではないものの、時間の問題だろう。

書店での出会いから遥とリシェル、そして隆昭とメルフィーは折角なので共に昼食を近くのレストランで取る事にした。
選んだレストランはレストランと言うよりカフェと言った方が近く、小洒落た色使いの壁面やインテリアは何とも心wp落ち着かせてくれる。
四人は一つのテーブルに座り、昼食がてら、会話を……あまり交わせていない。といっても険悪だとか気まずいといった訳でも無い。
話が弾まないというより、どうも互いに何を話そうかが上手く浮かんでこないのだ。一言二言話しては昼食を食べ、または話しては昼食を食べる。そんな感じだ。

「にしてもこれだけの本を読むなんて凄い読書家なんですね、リシェルさん」

隆昭がリシェルの傍らに置かれている、中身が本でギッシリと詰まっているバッグを見てそう言った。
リシェルは隆昭の言葉に軽く首を振って、謙遜する。

「読書家なんて言われるほど本読んでないよ。ただ、本が好きなだけ」

「けど凄いと思いますよ。これだけ読むって」
「そう……かなぁ」

メルフィーの言葉にリシェルは気恥ずかしいのか小さく俯いた。照れのせいかうっすら頬が染まっている。
そんなリシェルに向かい側に座る遥は思う。これほど外見と内面にギャップがある人もいないんじゃないかと。
顔というか全体の雰囲気を見ると、リシェルは浮世離れしていて正直に言えば近寄りがたい感じがあった。だが実際話してみるとなんて事は無い。

本が大好きな、至って普通の女の子だ。まどかちゃんやメルフィーちゃん、リタちゃんとさして変わらない。
だけど奇妙。私はこの子に何かを感じている。言い知れない……奇妙な何かを。
シンパシーというかというと違う。かと言って共感でも無きゃ、勿論嫌悪感ではもちろん無い。何だろう……この、もやっとした感情は。

「所で、私の方も貴方達の事も聞きたいんだけど」

と、リシェルが遥に目を合わせた。遥は一度、その考えを隅に置いておく。

「三人って普段学校に通ってるの? 何かそんな感じがするけど」

「うーんとね……私達はやおよろずって所で見習いとして働いてて、お使いとしてこの町に」

「働いてるって……社会人なの? どうりでしっかりしてるんだ」

とリシェルは尊敬の眼差し的な感じで三人に目を向ける。遥、心の中で鼻高々。

「まぁ、働いてると言ってもまだまだ見習いだからそんな大きな仕事は任されてないんだけど……」
「けど三人ならきっと大成すると思う。そんな感じがするもん」
「えぇ、頑張ります」

デレっと隆昭が頭を下げる。素で引く隣のメルフィー。
だが遥だけはどこか、リシェルの表情に陰りを感じている。しかしその陰りに裏にある真意はまだ分からない。
気を取り直して、遥はリシェルに質問した。

「そう言えばリシェルさんって御幾つなんですか? 私達と同じくらいに見えますけど」
「年? うーんとね……」

リシェルは少し考える様にすると、ちょっぴり首を傾げて、微笑みながら言った。

「秘密。って言ったら怒る?」
「怒りませんよ! むしろミステリアスで、あると思います!」

その仕草に時めいた隆昭が元気に返す。が、その横で冷たく突き刺さる、小類を憐れむメルフィーの視線にしゅんとなった。
隆昭の塩を掛けたナメクジみたいな反応に笑いを堪えながら、遥がリシェルに言う。

「やっぱ17か18……位ですかね?」

「18……あぁ、もう4年も経ったんだ」
「リシェルさん?」
「あ、ううん何でもない」

遥が心配そうに聞くと、リシェルは軽くいなした。遥はかなり気になったが言及はしない。

「じゃあさ、もう一個質問良いかな?」

「ストレインさんと鈴木君って、恋人同士なの?」

リシェルの質問に隆昭が飲んでいた飲み物を吹いた。と言っても逆噴射なので自分が濡れただけで済んでいるが。
隆昭はどう答えればと言っても友達(便宜上)以外の何でも無いんだが、そう言うとなんか味気ない気がして

「友達です。只の」

キッパリと、メルフィーはリシェルにそう言い放った。隆昭の方を見向きもしない。

「……はい、友達です」
「へー……そうなんだ。さっきから妙に距離が近いから、もしかしたらと思ったけど……外れちゃったな」

そう言ってリシェルは悪戯っ気を込めた笑いを浮かべる。意外とやるな、この子……と遥はごくりと唾を飲んだ。
にしてもメルフィーと隆昭に見えない距離みたいなのが何時の間にか出来ている気がしてならない。後で何とかした方がいいかもしれない。
そんな事を思いながら、遥はそんな二人を見、フォローというかあくまで友達である事を強調した。

「その……私達は同じ所で働いてる事もあってね。けど仲が良い以上の事にはなんないかな、多分」

と言って遥は隆昭とメルフィーに目配りする。云々と何度も頷く二人。

「友達かぁ……良いなぁ」

そう言ってリシェルは視線を落とした。そしてゆっくりと顔を上げて、切なげな笑みで遥達に目を向け。

「大事にしてね。そういう関係。お金とかじゃ、手に入らないから」

そう言って笑う、リシェル。遥も、メルフィーも、隆昭も気づく。リシェルという少女が抱える、違和感に。
しかし具体的に説明できるほど、三人は違和感の正体を言えない。だが一つだけ分かる事がある。
このリシェルという少女は何かを抱えている。それは過去かもしれないし、もっと違う秘密かもしれない。

言葉を選んだ挙句、遥は頷いて、リシェルに返答する。

「……はい。これからも大事にします」

「うん。そうしてね」

そう言ってリシェルは微笑んだ。三人にはリシェルのその笑みが――――――――――――託す?
託すというか、自分の代わりにそうして欲しいと言っている様に見えた。何か言おうと二人も言葉を探すが、上手く見つからない。
メルフィーの言う通り外は小雨が最初に振り始め、やがて小雨は地面を打ち付ける大振りな雨になった。

その時、窓の外を見ていたリシェルが何か鼻歌を唄い始めた。お店の中には遥達四人以外の客はいない。
遥はリシェルの鼻歌に同調し、自らも唄いだす。隆昭とメルフィーは視線を合わせると、小さく頷いて歌に乗った。
降りしきる雨の中、四人は鼻歌で歌を奏でる。昔聞いた様な、とても懐かしい、そんな歌を。

唄い終わり、不思議な満足感を感じながら遥はリシェルに聞いた。

「この歌、なんて歌なんですか?」

「大昔の曲でね。私の……大事な人から教わったの」


「虹の彼方にって曲なんだけど」



日本刀を振り下ろしながら最高速で、神威がヘ―シェンへと斬りかかる。神威のツインアイに映るは、ヘ―シェンの純白の機体色。
ヘ―シェンは神威の存在に気付いていない訳ではもちろん無い。この廃墟に入った時から感じていたのだ。神威が発する、獣の如き滾る殺気を。
だから敢えて気づいていない振りをしていた。否、気付かないふりをする事で、標的である神威をおびき寄せる為だ。
10……後ろ脚を引きつつ、体を捻り……5……ギリギリまで寄せつけながら前足を円弧上に擦りながら……1……。

「ヘ―シェン!」

リヒトの叫びと同時にヘ―シェンは背後から襲いかかった神威に向かって回転しながら後足を引きつつ全力で、前足をぶつける。
神威の日本刀とヘ―シェンの前足が衝突し一瞬、地面が衝撃故に歪む。重量がプラスされた日本刀の威力は、次第にヘ―シェンの装甲に罅を入らせる程。
空気全体で押しつぶさんとする神威の攻撃に、ヘ―シェンは神威を捉えたまま、下げている後ろ足で宙返りしながら神威の胴体へと攻撃を与えようと体を更に捻った。

が、神威は後方へと大きく跳ね、寸ででその攻撃を回避する。両手を地面について、ヘ―シェンは体勢を立て直した。
神威は日本刀をヘ―シェンに向けて突きつけると、ゆらりと愉しそうな口調で、ヘ―シェンに言い放った。

<手合わせ―――――――――願おうか>

神威の台詞にヘ―シェンは戦闘態勢を取りつつも冷静に、返答する。

<断る。と言ったら?>

ヘ―シェンの返答に神威が頭部のダクトから赤い粒子を激しく放出させながら日本刀を構え――――――言った。

<ならば――――――――――――戦うのみ>

「待て!」

今正に斬りかかろうとした瞬間、リヒトが神威へと声を荒げた。日本刀を構えたまま、神威が動きを止める。

「そう止まる所を見ると話自体は通じるみたいだな」

<早くしろ。興が覚める>

神威の言葉にリヒトはそうだなと笑うと一転、シリアスな表情で神威に聞いた。

「お前のマスターはどこだ? 闘うのならフェアな条件じゃないとな」


「マスターならいねえぞ」

――――――――――――― 声?

リヒトが上を見上げると、ロングコートを翻させながら、何者かが落ちて―――――――――否、降りてきた。
その何者かはリヒトの数メートル前に佇むと、肉食獣を彷彿とさせる笑いを浮かべながら歩いてくる。


「そいつのマスターは生憎外出中でな。ま、今回はただ単に、お前と顔を合わせてみたかっただけだからあいつはいなくて良いんだ」


あくまで悟られぬ様に、しかし常に攻撃できるように構えを取りつつ、リヒトはその何者かへと聞く。

「……お前、何者だ?」



「ライオネル・オルバ―」

そう言ってライオネルは何故かロングコートを投げ捨てると、上半身の服を乱暴に脱ぎ始めた。
ライオネルの行動にリヒトが警戒していると、ライオネルはリヒトに背中を見せた。
一体何の真似だと言いかけ――――――――――――リヒトは軽く驚く。ライオネルの背中には

七色の虹を象った、大きなタトゥ―が描かれていた。相当の月日が立っているのか、少しばかり緩んでいるが。
リヒトに背中を向けたまま、ライオネルはリヒトに、聞いた。


「思い出せ。お前が現役だった頃に関わりあった」


「レインボウズって名の傭兵団をな」





                              第 10 話


                                接 触


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