暗く、冷たく、ひたすら長く伸びる一本道。
左右には得体の知れない卵形のカプセルが無数に並び、異様な雰囲気を醸し出している。
左右には得体の知れない卵形のカプセルが無数に並び、異様な雰囲気を醸し出している。
「――――」
そんな中、ただ淡々と乾いた靴音が響く。
闇に溶け込むような黒の軍服を纏う人影は、その一本道のとある箇所にて立ち止まった。
闇に溶け込むような黒の軍服を纏う人影は、その一本道のとある箇所にて立ち止まった。
「………………」
人影の目の前にあるのは表面に紅い字で「27」と大きく描かれた銀色のカプセル。
艶やかな表面に反して、背面には虫の臓物を思わせる無数の配管が繋がり、注意しないと聞き取れないほど微かに駆動音が響く。
艶やかな表面に反して、背面には虫の臓物を思わせる無数の配管が繋がり、注意しないと聞き取れないほど微かに駆動音が響く。
「………………」
影はカプセルに右手を軽く置く。優しく、愛する者を愛でるように。
ただの一言も口に出す事は無いが、その姿には情愛が満ちていた。
ただの一言も口に出す事は無いが、その姿には情愛が満ちていた。
「――!」
静寂の内、彼の懐より響く電子音。
携帯端末の着信音。彼はそれを手に取り、軽くスイッチを押す。
携帯端末の着信音。彼はそれを手に取り、軽くスイッチを押す。
「私だ。……ああ、問題無い…………………………………了解した。」
もう1度スイッチを押し、通信を切る。
懐へとまた携帯端末を仕舞うと影は
懐へとまた携帯端末を仕舞うと影は
「じゃあ、行ってくるよ――――ミレイ。」
言い慣れず、不器用ながらも優しい声。だがそれも機械的で冷淡な軍靴の音に掻き消され、また彼は「ネモ」となった。
――何故私はここにいる?
もうここに用は無いはず。身から出た錆である「歪み」は祓い、これ以上いた所で更なる「歪み」の発生源にしかならないはずなのに
――何故私はここにいる?
(………………)
帰り道、「穴」の淵より街を見下ろした光景を思い返す。
励起獣やビルドグランデとの戦闘で決して少なくは無い損害を負ったというのに、もう既に街の所々で復旧が始まっていた。数時間も経っていないのに、だ。
この街の人々のバイタリティにはほとほと驚かされるが、こんな事がこう何度もあれば時期にその補修も間に合わなくなる……いや、そもそも補修を行うような状況に陥らせる事自体が論外だ。
その為には私がここを去るのが最善の選択である。
励起獣や「彼ら」は私を追う。故に私がいなければこの街が巻き込まれる事もない。
励起獣やビルドグランデとの戦闘で決して少なくは無い損害を負ったというのに、もう既に街の所々で復旧が始まっていた。数時間も経っていないのに、だ。
この街の人々のバイタリティにはほとほと驚かされるが、こんな事がこう何度もあれば時期にその補修も間に合わなくなる……いや、そもそも補修を行うような状況に陥らせる事自体が論外だ。
その為には私がここを去るのが最善の選択である。
励起獣や「彼ら」は私を追う。故に私がいなければこの街が巻き込まれる事もない。
――なら、そこまで分かっていて何故私はここにいる?
思考する。脳裏に浮かぶ唯1つの可能性。
「御する者」
一種の制御装置である私を介し、イグザゼンの力を最大限に引き出す事のできる存在。
ロストフェノメオンにアクセスする事自体が常人には不可能な上、例えそれが出来たとしても「御する者」となりえる可能性は極めて低い。
何故かというと超越的存在であるイグザゼンの擁する出鱈目な情報量は私というフィルターを介しても、人の脳の許容量を遥かに越える凄まじいモノだからだ。
まともに受け取っていれば脳を焼かれ、廃人へとまっしぐらなのは言うまでもない。
ロストフェノメオンにアクセスする事自体が常人には不可能な上、例えそれが出来たとしても「御する者」となりえる可能性は極めて低い。
何故かというと超越的存在であるイグザゼンの擁する出鱈目な情報量は私というフィルターを介しても、人の脳の許容量を遥かに越える凄まじいモノだからだ。
まともに受け取っていれば脳を焼かれ、廃人へとまっしぐらなのは言うまでもない。
そして、その遥けき壁を越えたところに「御する者」はいる。
半ば無意識に脳内に流れ込むロストフェノメオンの莫大な情報に順応し、その力を振るう事が出来ている彼は、私からしてみればイグザゼンを操る為に生まれてきたようにすら思えてくる。
半ば無意識に脳内に流れ込むロストフェノメオンの莫大な情報に順応し、その力を振るう事が出来ている彼は、私からしてみればイグザゼンを操る為に生まれてきたようにすら思えてくる。
――だが
彼は、私からあまりにも遠かった。
人らしい営みをし、人の道を歩み、正しき世界で、光差す世界で、生きる彼。
彼が持つのは励起獣や「彼ら」に対抗する上で喉から手が出るほど欲しい力だが、それを得る為に他者の人生を狂わせていいものか?私と同じ道を歩ませていいものか?
人らしい営みをし、人の道を歩み、正しき世界で、光差す世界で、生きる彼。
彼が持つのは励起獣や「彼ら」に対抗する上で喉から手が出るほど欲しい力だが、それを得る為に他者の人生を狂わせていいものか?私と同じ道を歩ませていいものか?
せめてここの歪みを払う時だけ……そんな事を考えた事もあった。
だが敵は既に私一人ではどうしようもないほど強大になっていた。
だが敵は既に私一人ではどうしようもないほど強大になっていた。
紅い怪異、そしてシュバイゼン以外のオーバードフェノメオン。
私1人では万に1つ勝ち目は無いこれらの脅威。「彼ら」がこういった力を持っていると分かった以上、戦力の増強はもはや必須事項とも言える。
しかしここにいる「御する者」に決して私の手は届かない。届いてはいけない。ならば可能性は極めて低いが、他の「御する者」を探した方がまだ有意義なのではないか?――と、頭の中では分かっているのだが――
私1人では万に1つ勝ち目は無いこれらの脅威。「彼ら」がこういった力を持っていると分かった以上、戦力の増強はもはや必須事項とも言える。
しかしここにいる「御する者」に決して私の手は届かない。届いてはいけない。ならば可能性は極めて低いが、他の「御する者」を探した方がまだ有意義なのではないか?――と、頭の中では分かっているのだが――
(私は……)
――――何を、迷っている?
まだ諦めきれないのか?それとも強引に引き込もうとでも思っているのか?
そうじゃない?ならどうしてだ?分かっているのだろう?彼に……ディーに、絶対に手が届く事は無いと。なら何故ここでのうのうとしている?何故他のを探そうとはしない?
そうじゃない?ならどうしてだ?分かっているのだろう?彼に……ディーに、絶対に手が届く事は無いと。なら何故ここでのうのうとしている?何故他のを探そうとはしない?
(私は…………)
何故?
自分の性格は分かっているのだろう?
自身の使命も分かっているのだろう?
なら何故両者の折り合いの付くところを通らない?
何故少し考えれば分かる事を実行しない?
自分の性格は分かっているのだろう?
自身の使命も分かっているのだろう?
なら何故両者の折り合いの付くところを通らない?
何故少し考えれば分かる事を実行しない?
(私は………………)
何故?何故?何故?
(私は………………………!)
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
(私は!)
――――何故?
――アリ……ス……
(――――ッ!?)
聞こえたものはそれへの解ではなく、誰かの声だった。
遠く、遠く、私の名を呼ぶ声。
今にも消え入りそうで、微かな、だが確かに聞こえた声。
紅い闇の向こうから、狂えた炎の向こうから、過去を、未来を塗り潰され死に瀕したセカイの向こうから、イグザゼンの炉の向こうから、聞こえた声。
遠く、遠く、私の名を呼ぶ声。
今にも消え入りそうで、微かな、だが確かに聞こえた声。
紅い闇の向こうから、狂えた炎の向こうから、過去を、未来を塗り潰され死に瀕したセカイの向こうから、イグザゼンの炉の向こうから、聞こえた声。
その声に聞き覚えはない。だが酷く懐かしい声。誰の声かも分からないのに、何故かそう思えてしまう――その思考に、理不尽ながらも納得せざるを得ない。
(………………)
そもそもあの声は何故私を呼ぶ?
助けを求めて?……違う。
だが何かを求めているのには違いない。……なら、彼は何を求めている?私に何を求めている?
助けを求めて?……違う。
だが何かを求めているのには違いない。……なら、彼は何を求めている?私に何を求めている?
分からない。分からない。
私に何を求めるというのだ?私から何が得られるというのだ?
こんなちっぽけな、空っぽの私より、何を得ようというのだ?
私に何を求めるというのだ?私から何が得られるというのだ?
こんなちっぽけな、空っぽの私より、何を得ようというのだ?
……だが、私の「何故?」の答えはそこにあるような気がする。
どうしても届かないその答えの向こう側。私がここに未だにいる理由もそこにあるのだろう。所詮は根拠の無い戯言だが、そう考えるしかなかった。
どうしても届かないその答えの向こう側。私がここに未だにいる理由もそこにあるのだろう。所詮は根拠の無い戯言だが、そう考えるしかなかった。
(………………)
届きそうで決して届かない光。
手を伸ばした所で天に張り付いた星を掴む事は出来ず、それと同じく私の答えも出る事は無い。
ただ不思議と安堵した。答えはそこにあるのだ。何処にあるのか分からないわけではない。確かにそこにあるのだ。場所が分かるのならいずれそこに辿り着けばいい。そう私は自身を納得させ――――
手を伸ばした所で天に張り付いた星を掴む事は出来ず、それと同じく私の答えも出る事は無い。
ただ不思議と安堵した。答えはそこにあるのだ。何処にあるのか分からないわけではない。確かにそこにあるのだ。場所が分かるのならいずれそこに辿り着けばいい。そう私は自身を納得させ――――
「……………」
窓より差し込む微かな光。耳に入るのは静寂の内に規則正しく時を刻む秒針の音のみ。
ここは何処かと少し考え、すぐにディーの部屋だと答えを出した。
ここは何処かと少し考え、すぐにディーの部屋だと答えを出した。
(そうだ、ベルやウェルと共に彼の看病をしていて――)
私としたことが、眠っていたのか?
立ち上がり、周囲を見渡す。
ベッドの上ですうすうと寝息を立てるディー。すっかり落ち着いたようで、後遺症の心配も無い。
ソートギガンティックを何の準備も無く行使した割にこの程度で済んだとは、「御する者」としての力は本物らしい。
立ち上がり、周囲を見渡す。
ベッドの上ですうすうと寝息を立てるディー。すっかり落ち着いたようで、後遺症の心配も無い。
ソートギガンティックを何の準備も無く行使した割にこの程度で済んだとは、「御する者」としての力は本物らしい。
そしてベッドの脇で2人仲良く並んで眠るベルとウェルの姉弟。
毛布でも掛けようかと周囲を見渡すものの、生憎余り物は無い。
毛布でも掛けようかと周囲を見渡すものの、生憎余り物は無い。
(……他の部屋から持ってくるか。)
3人を起こさぬよう忍び足で部屋を出る。
そこに広がるは長い廊下。目の前にはベル、その奥にはウェルの部屋が並んでいる。
私の今いる所から距離的に近いのはベルの部屋。無許可で入るのは少々気が引くが、毛布を拝借するぐらいなら別にいいだろうと戸に手をかけた時だった。
そこに広がるは長い廊下。目の前にはベル、その奥にはウェルの部屋が並んでいる。
私の今いる所から距離的に近いのはベルの部屋。無許可で入るのは少々気が引くが、毛布を拝借するぐらいなら別にいいだろうと戸に手をかけた時だった。
「よいしょ、どっこいしょ……」
階段の方から聞こえてくるバールの声。
階上まで歩み、覗いて見ると少々危なげに毛布を抱えて階段を上がってきている彼の姿があった。
階上まで歩み、覗いて見ると少々危なげに毛布を抱えて階段を上がってきている彼の姿があった。
「手伝おう。」
「?……おお、起こしてしまったのかの?」
「いや、丁度目が覚めただけだ。それは私が持とう。」
「おー、すまんのぅ……」
「?……おお、起こしてしまったのかの?」
「いや、丁度目が覚めただけだ。それは私が持とう。」
「おー、すまんのぅ……」
彼から毛布を受け取り、ディーの部屋の前まで運び、そのまま戸を開けかけた時。
「……アリスや。」
「……?」
「……?」
背後より彼の声。呼ばれて振り向く。
何やら考え込んでいる彼の険しい表情……そうなる理由も分からなくはない。
何やら考え込んでいる彼の険しい表情……そうなる理由も分からなくはない。
「私は……」
「いや、何も言わんでいい。いずれこうなる事は分かってたのじゃよ……あの子を彼から受け取ったその日から、ね……」
(――――彼?)
「いや、何も言わんでいい。いずれこうなる事は分かってたのじゃよ……あの子を彼から受け取ったその日から、ね……」
(――――彼?)
寂しげにそう言うバール。私は黙ってその瞳を覗く。
しばしの静寂。そして
しばしの静寂。そして
「……この続きはディーや皆を交えて明日にでも話そう。今晩はお前さんもゆっくりと休んでくれ。」
「……分かった。」
「……分かった。」
それ以上の追求はしなかった。
私だけが聞いても仕方ない事ならそれが正しい判断だろう。
その時はそう考え、そう判断し、私は2人に毛布をそっとかけた後、その隣で静かに瞳を閉じた。
私だけが聞いても仕方ない事ならそれが正しい判断だろう。
その時はそう考え、そう判断し、私は2人に毛布をそっとかけた後、その隣で静かに瞳を閉じた。
――――彼の伝えようとした事。それを私達が知る事になるのは、それから大分経ってからの事だった。