第1話『潜水機とアンドロイド』
主観では、海というのは“生”と“死”が同居する巨大な水溜りだった。
適応した生物以外、海では生きていけない。人類が生身で海に出れば溺死凍死待っているのは水死体と化す哀れな結末が待っている。
そんな認識を抱いたのは、幼い頃だっただろうか。
淡い記憶の中で、口の中に入り込もうとする塩水と、憎々しいまでの海の青さが世界観の一端を担った。かつて一度溺れたようなあいまいな記憶があったのだ。
以上のことにより、彼女のなかで海とは生と死を併せ持った場所との認識がある。
だから、海に潜る、特に深い場所ともなると、死のにおいが強くなり、あたかも死んでいるような感覚すら覚える。
しかし恐怖だけしかないわけではない。
海は同時に生も同胞として腹の内に仕舞い込んでいるのだから。
適応した生物以外、海では生きていけない。人類が生身で海に出れば溺死凍死待っているのは水死体と化す哀れな結末が待っている。
そんな認識を抱いたのは、幼い頃だっただろうか。
淡い記憶の中で、口の中に入り込もうとする塩水と、憎々しいまでの海の青さが世界観の一端を担った。かつて一度溺れたようなあいまいな記憶があったのだ。
以上のことにより、彼女のなかで海とは生と死を併せ持った場所との認識がある。
だから、海に潜る、特に深い場所ともなると、死のにおいが強くなり、あたかも死んでいるような感覚すら覚える。
しかし恐怖だけしかないわけではない。
海は同時に生も同胞として腹の内に仕舞い込んでいるのだから。
きっかけは自分を大人になるまで育ててくれたある人物からの言葉だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「やぁやぁやぁヤー! 話には聞いていたよ、シャッチョさんの弟子というか娘さんと! その年なのに色々と仕込まれてるとかも聞いてまするよ! ウムン、少々興奮し過ぎイィヤッホウしてしまった。まぁとにかくついてくると話がスムースに進んでくるからプリーズフォロミーチョコレート」
「………はい」
「………はい」
アイリーンから連絡があった。仕事だった。
指定された日時、指定された場所に訪れてみると、白衣を着た女性がブンブンまくし立てつつ手を握ってきた。困惑する彼女を置いてきぼりに、手を握って踊るような歩調で通路を歩いて行く。
通路に設置された窓を見れば、海水が一面に。
耳を澄ませば、何かをアーク溶接する音と、人型重機が動く音。
前を見れば、エメラルドグリーンの髪の毛と白衣が踊るさま。
ここはHRK学園からそう遠くない場所にある小島に存在する、小さな建物。
クーは、アイリーンの指示でこの場所に訪れ、任務を行うことになっていたのだった。
クーからして奇人変人の部類に入るマキナに手を繋がれ連れられていった先にはなにやら格納庫らしき場所があり、クルーザー程度なら停泊できるドッグになっていた。
何人かの作業員が機器を弄ったりする中、それはあった。
潜水艦のような甲板が海水に浮いていた。なだらかに両左右に下っていけば、後からくっ付けたのか、それとも後から外せるのか、継ぎ目のある何かがくっついている。
奥にいくにつれて下降していき、推進装置らしき口が確認できた。潜水艦のように見えたが、それにしては形状が不自然だった。なぜなら、艦首にあたる部位にカメラアイらしきものが確認できたのだから。
直感で、ただの潜水艦ではないと思った。
クーが首を傾げていると、頭に乗せたデジタルバイザーを降ろし目を覆ったマキナが聞いてもいない機体の説明をし始めたから、もうたまらない。目をきらきら輝かせ握った手を更に握ってくる。
静けさを好む性格の彼女には、耳元に蝉を数匹接着されたに等しい。
指定された日時、指定された場所に訪れてみると、白衣を着た女性がブンブンまくし立てつつ手を握ってきた。困惑する彼女を置いてきぼりに、手を握って踊るような歩調で通路を歩いて行く。
通路に設置された窓を見れば、海水が一面に。
耳を澄ませば、何かをアーク溶接する音と、人型重機が動く音。
前を見れば、エメラルドグリーンの髪の毛と白衣が踊るさま。
ここはHRK学園からそう遠くない場所にある小島に存在する、小さな建物。
クーは、アイリーンの指示でこの場所に訪れ、任務を行うことになっていたのだった。
クーからして奇人変人の部類に入るマキナに手を繋がれ連れられていった先にはなにやら格納庫らしき場所があり、クルーザー程度なら停泊できるドッグになっていた。
何人かの作業員が機器を弄ったりする中、それはあった。
潜水艦のような甲板が海水に浮いていた。なだらかに両左右に下っていけば、後からくっ付けたのか、それとも後から外せるのか、継ぎ目のある何かがくっついている。
奥にいくにつれて下降していき、推進装置らしき口が確認できた。潜水艦のように見えたが、それにしては形状が不自然だった。なぜなら、艦首にあたる部位にカメラアイらしきものが確認できたのだから。
直感で、ただの潜水艦ではないと思った。
クーが首を傾げていると、頭に乗せたデジタルバイザーを降ろし目を覆ったマキナが聞いてもいない機体の説明をし始めたから、もうたまらない。目をきらきら輝かせ握った手を更に握ってくる。
静けさを好む性格の彼女には、耳元に蝉を数匹接着されたに等しい。
「見てくれたまえ、諸君というかキミ。これはわが社が開発した新型の潜水艇でね。マーじつは設計そのものは古いんだが色々と新機軸の技術でよみがえった感じでござーい。メガフロートやタワープラントの工事、運搬、警備、哨戒、偵察、なんでもござれの汎用潜水機! のプロトタイプがこの“リュグ”というわけなんだなこれがまたまた」
ぺらぺらぺらぺら。
潜水機『リュグ』のスペックデータや装備などについて、一呼吸しただけで続ける。
潜水機『リュグ』のスペックデータや装備などについて、一呼吸しただけで続ける。
「魚雷は短魚雷を標準装備。両サイドのは可変式の大型アームであるのよ。一応プラズマカッターと物理カッターも入ってる。けん引装置も備え付けで収納部も完備。小型マニュピレーターもくっついてお値段わからないんっふふ。あっ、ソウソウ名前の由来だけど分かんない。というのは嘘ぽ。こんなかっこうの娘だから、手足はないねそうだね、要するに潜水機にしては両手ならぬ両腕しかない、亀のような格好をした感じというの? うん、カワイイヨネ?」
すごく、分かりにくい。
一度興味が湧き、テレビで彼女が論文を読み上げているのを観賞してみたのだが、冗舌に語る思想家のような魅力ある口上であったはずだ。だが、目の前にいる女はひたすら喋りまくるだけで要点が掴みにくい。
おまけに地球訛りが混じったり、イントネーションが変化したりするのだから難解としか言いようがない。
仕事の時と、そうでないときでスイッチのオンオフでもあるのか。
私は書類を読んでるんだよと言わんばかりに片手を突き出し、手の内を己の方に向けてマキナは語る。
クーが1喋る頃にはマキナが100喋っているようなもので、会話に割り込むスキマすら見いだせない。
一度興味が湧き、テレビで彼女が論文を読み上げているのを観賞してみたのだが、冗舌に語る思想家のような魅力ある口上であったはずだ。だが、目の前にいる女はひたすら喋りまくるだけで要点が掴みにくい。
おまけに地球訛りが混じったり、イントネーションが変化したりするのだから難解としか言いようがない。
仕事の時と、そうでないときでスイッチのオンオフでもあるのか。
私は書類を読んでるんだよと言わんばかりに片手を突き出し、手の内を己の方に向けてマキナは語る。
クーが1喋る頃にはマキナが100喋っているようなもので、会話に割り込むスキマすら見いだせない。
「あこれ説明書ね。キミはいろんなものに乗れるし操縦できるそうだけどいちおうこれもぽいっちょ」
「……はい」
「……はい」
渡された説明書を受け取り、そろそろ話を止めたいなと考える。
マキナは歌を終えた歌手のように息を吸い、胸に手を当てて、やっと止まった。
マキナは歌を終えた歌手のように息を吸い、胸に手を当てて、やっと止まった。
「であるからしまして、社長からは試験は君に任せるように言われてるもんだから本日呼んだというわけなのさね。そうそう聞いてはいるだろうけど違う方の新型の試験もお願いするわん」
「新型?」
「ありゃん、まさかひょっとしてこれはこれは手違いが? ちょっちゆっくり待っててね。……HAL、かむおんっ」
「新型?」
「ありゃん、まさかひょっとしてこれはこれは手違いが? ちょっちゆっくり待っててね。……HAL、かむおんっ」
怒涛の文字列に辟易とするクーを完全に置いてきぼりに話が進んでいく。辛うじて返事をしたのは、飲み込まれるのが気に入らなかったからだ。
ハルという単語に聞き覚えは無かった。何かの頭文字をとったのか、ハルという名前なのかすら分からない。
マキナのデジタルバイザー備え付けのマイクが音を拾い、近場にいるそれを呼び寄せる。
ほどなくして、それがドッグの扉を開き姿を見せた。
ハルという単語に聞き覚えは無かった。何かの頭文字をとったのか、ハルという名前なのかすら分からない。
マキナのデジタルバイザー備え付けのマイクが音を拾い、近場にいるそれを呼び寄せる。
ほどなくして、それがドッグの扉を開き姿を見せた。
「こんにちは」
一目でアンドロイドと分かった。
◆ ◆ ◆ ◆
原稿用紙にして数枚分にはなろうかというスピーチと、国家主席ですら首を横に振るに違いない大げさなジェスチャーを受けた後、クーはこう言った。
「つまり潜水機とアンドロイドの試験を同時にやれと」
「その通りだネ! 両方とも高いから壊さないでほしいのるる」
「………」
「その通りだネ! 両方とも高いから壊さないでほしいのるる」
「………」
目を潤ませて、理由も無くニヤニヤしてくるマキナに、クーは内心うんざりどころか全面にうんざりを滲ませて対応する。
マキナ=オブラエン。
AI研究の権威であり、アンドロイドなどのロボット設計で優れた技能を有する才女。アルメリアらの乗る外殻機を設計したのも彼女である。とにかくなんでも出来てしまう一方性格が破綻しており、外見もどことなく変なのだ。
エメラルドグリーン色の髪と瞳。髪型はシャギーのかかったセミロング。肌は褐色。頭にデジタルバイザーを乗せ、白衣の胸元にはドッグタグのようなメモリースティックがいくつもぶらさがる。
美人の部類に入るのだろうが、白衣のあちこちに謎のメモがなされていたり、髪の毛が見方を変えればボーボーだったり、口を開けば津波と、台無しだった。
クーは蒼き眼で、マキナの隣で直立しているそれを眺めた。
作り物染みた顔の整い方、原色の髪、耳の非生物的造形、頬や首筋に見られる独特な線条、なにより、目の奥に人造の円形があった。
髪の毛はなんとも表現しにくく、後ろの一部分ともみあげの部分のみをロングヘア並みに伸ばす奇想天外な髪型で、服装は大昔地球で使われていた海兵服だった。
マキナ曰くオトコノコとのことだが、顔立ちや体つきがオンナノコっぽく見える。
まとめると、この最新式のAIを積んだ『HAL』と共に、試験型潜水機『リュグ』の運用試験を行えと言うことらしい。
リスクは高い。
だが、クーは躊躇することなく首を縦に振っていた。
こうしてクーは、アルメリアらのところで整備の仕事をするかたわら、時間を縫い試験運用を行うことになったのである。
マキナがリュグの調整に移った。本人曰くこれだけは私がやらねば気が済まないとの事なので、暇を持て余しうろうろしていると、HALが近寄ってきたので、ドッグにある小さな階段でHALと二人きりで座っていた。
マキナ=オブラエン。
AI研究の権威であり、アンドロイドなどのロボット設計で優れた技能を有する才女。アルメリアらの乗る外殻機を設計したのも彼女である。とにかくなんでも出来てしまう一方性格が破綻しており、外見もどことなく変なのだ。
エメラルドグリーン色の髪と瞳。髪型はシャギーのかかったセミロング。肌は褐色。頭にデジタルバイザーを乗せ、白衣の胸元にはドッグタグのようなメモリースティックがいくつもぶらさがる。
美人の部類に入るのだろうが、白衣のあちこちに謎のメモがなされていたり、髪の毛が見方を変えればボーボーだったり、口を開けば津波と、台無しだった。
クーは蒼き眼で、マキナの隣で直立しているそれを眺めた。
作り物染みた顔の整い方、原色の髪、耳の非生物的造形、頬や首筋に見られる独特な線条、なにより、目の奥に人造の円形があった。
髪の毛はなんとも表現しにくく、後ろの一部分ともみあげの部分のみをロングヘア並みに伸ばす奇想天外な髪型で、服装は大昔地球で使われていた海兵服だった。
マキナ曰くオトコノコとのことだが、顔立ちや体つきがオンナノコっぽく見える。
まとめると、この最新式のAIを積んだ『HAL』と共に、試験型潜水機『リュグ』の運用試験を行えと言うことらしい。
リスクは高い。
だが、クーは躊躇することなく首を縦に振っていた。
こうしてクーは、アルメリアらのところで整備の仕事をするかたわら、時間を縫い試験運用を行うことになったのである。
マキナがリュグの調整に移った。本人曰くこれだけは私がやらねば気が済まないとの事なので、暇を持て余しうろうろしていると、HALが近寄ってきたので、ドッグにある小さな階段でHALと二人きりで座っていた。
「…………名前の由来は?」
クーは顔をHALのほうに傾け口を開くと、新型の性能を確かめるつもりで曖昧な表現を選びどんな答えが返ってくるのかをたしかめてみた。
HALは瞳孔を拡大縮小させ、クーのほうに顔を向けた。
元々表情に乏しいクーと、初めから表情を浮かべようともしないHALが対面する。
HALは瞳孔を拡大縮小させ、クーのほうに顔を向けた。
元々表情に乏しいクーと、初めから表情を浮かべようともしないHALが対面する。
「マキナ博士からは地球で制作された映画の中に登場するコンピューターの名前からだと聞いています」
「……!」
「……!」
驚いた。
普通この質問をすると『名前とはなんの物体もしくは現象の名前のことか』に近いことを返してくるのだ。AIはパーソナルネームを答えよときっちり言わないと答えられないのである。
ところがHALはごく当たり前のように答えた。クーの言う名前とは何かを予想し、補足文までつけたした。
クーの表情がデータベース上の『恐怖』に分類できるとしたHALは、声を優しくし庇護欲をかきたてられるような可愛げのある表情をした。
普通この質問をすると『名前とはなんの物体もしくは現象の名前のことか』に近いことを返してくるのだ。AIはパーソナルネームを答えよときっちり言わないと答えられないのである。
ところがHALはごく当たり前のように答えた。クーの言う名前とは何かを予想し、補足文までつけたした。
クーの表情がデータベース上の『恐怖』に分類できるとしたHALは、声を優しくし庇護欲をかきたてられるような可愛げのある表情をした。
「なにか、恐怖を与えるようなことをいいましたか?」
「これは驚いただけ」
「驚き、驚愕、ですか。認識しました。申し訳ありません、私の柔軟性は人間に及ばないものですから」
「いつごろ起動したの?」
「約31日前にHALの電子頭脳は本始動されました。電子頭脳が搭載されたのが一週間前になります」
「普通に喋ってると人間みたい」
「いいえ人間ではありません」
「ところでダイブスーツの用意はない?」
「業者に発注したと博士が言ってました。現在、HALのデータベース上、ここにダイブスーツに分類できる衣服は存在しません」
「わかった」
「これは驚いただけ」
「驚き、驚愕、ですか。認識しました。申し訳ありません、私の柔軟性は人間に及ばないものですから」
「いつごろ起動したの?」
「約31日前にHALの電子頭脳は本始動されました。電子頭脳が搭載されたのが一週間前になります」
「普通に喋ってると人間みたい」
「いいえ人間ではありません」
「ところでダイブスーツの用意はない?」
「業者に発注したと博士が言ってました。現在、HALのデータベース上、ここにダイブスーツに分類できる衣服は存在しません」
「わかった」
二人は、階段で淡々と話した。
言葉の少ないクーの意図をくみ取り話を進めるHAL。
時折、二人の前や後ろ、階段の真ん中を作業員や研究員が通り過ぎる。
機械と人間が会話しているなど、遠目に見ていれば妙な格好をした男の子と黒髪三つ編みお下げの女性が会話しているようにしかみえない。
簡単な自己紹介を終えて、気配に気がつき顔をあげてみれば、デジタルバイザーを頭の上にやったマキナがにんまりと笑みを浮かべて二人の前に来ていた。
親指を背後に向けてくる。
クーとHALは立ちあがると、リュグの隣に配置されたキャットウォークへと歩き出す。
言葉の少ないクーの意図をくみ取り話を進めるHAL。
時折、二人の前や後ろ、階段の真ん中を作業員や研究員が通り過ぎる。
機械と人間が会話しているなど、遠目に見ていれば妙な格好をした男の子と黒髪三つ編みお下げの女性が会話しているようにしかみえない。
簡単な自己紹介を終えて、気配に気がつき顔をあげてみれば、デジタルバイザーを頭の上にやったマキナがにんまりと笑みを浮かべて二人の前に来ていた。
親指を背後に向けてくる。
クーとHALは立ちあがると、リュグの隣に配置されたキャットウォークへと歩き出す。
「調整は全部終了完全に終わったんといーうことでぇす。お二人にはこれより深海に潜って指定ポイントまで到達後浮上してもらいます。ちなみに今回なんだかんだでなんにも武器積んでないからそのつもりで。カッターも動かないんでよろぴねでございます」
「鍵」
「鍵」
マキナが喋る前に、クーはむすっとした顔で手を突き出し、機体を動かすのに必要な鍵を要求した。
すると、マキナは意外にも素直に鍵を渡してくれた。
黒い太陽に目をつけたキーホルダーが付属していたのを、手に握りリュグの真上に歩いて行く。
すると、マキナは意外にも素直に鍵を渡してくれた。
黒い太陽に目をつけたキーホルダーが付属していたのを、手に握りリュグの真上に歩いて行く。
「行ってきます」
「博士、行ってきます」
「気をつけてねー手は洗うんだゼー」
「博士、行ってきます」
「気をつけてねー手は洗うんだゼー」
クーは、口角をあげたまま、いい歳して(何歳かは知らないが予想では20代半ばを過ぎている)両手をブンブン振りまくるマキナに手を振りかえし、キャットウォークから、リュグの甲殻にぽっかり空いたハッチの中へと進入した。
機内は、新品の車や飛行機のにおいがたっぷり詰まっていた。
電子的な灯りを頼りに、クーが前操縦席、HALが後部座席に座る。
一般的な潜水機のと同じ操縦系を採用しているようだった。球状器の中に操縦桿があり、足元には複数のペダルがある。天井や壁にはスイッチ類。特有の機械臭さがくせになる。
とりあえず跨って操縦桿を握り、ペダルの位置や計器をぐるりと見遣る。
操縦方法は把握した。
ちなみに彼女、潜水艦も乗れるし、潜水機も乗れる。バイクも乗れるしエアバイクも乗れるし車も乗れるし船舶はよほど大型でない限り乗れる。更に補足すると重機もまんべんなく乗れ、飛行機やヘリも乗れたりするのだった。
つまり、何か適当に乗り物を選出し彼女の前に出して『操縦しろ』と言えば、出来てしまう。
彼女は、軍用品も動かせると自負している。
アイリーンの猛教育の成果だった。アイリーンを師匠とする某ダイバーも同じ特訓を受けているのは言うまでも無い。
機内は、新品の車や飛行機のにおいがたっぷり詰まっていた。
電子的な灯りを頼りに、クーが前操縦席、HALが後部座席に座る。
一般的な潜水機のと同じ操縦系を採用しているようだった。球状器の中に操縦桿があり、足元には複数のペダルがある。天井や壁にはスイッチ類。特有の機械臭さがくせになる。
とりあえず跨って操縦桿を握り、ペダルの位置や計器をぐるりと見遣る。
操縦方法は把握した。
ちなみに彼女、潜水艦も乗れるし、潜水機も乗れる。バイクも乗れるしエアバイクも乗れるし車も乗れるし船舶はよほど大型でない限り乗れる。更に補足すると重機もまんべんなく乗れ、飛行機やヘリも乗れたりするのだった。
つまり、何か適当に乗り物を選出し彼女の前に出して『操縦しろ』と言えば、出来てしまう。
彼女は、軍用品も動かせると自負している。
アイリーンの猛教育の成果だった。アイリーンを師匠とする某ダイバーも同じ特訓を受けているのは言うまでも無い。
『確認は完了しましたか? 鍵を差し込み、起動の位置まで捻ってください』
「もうやってる」
「もうやってる」
HALの声がまわりからかかるより数瞬早く、リュグが目を覚ましていた。
指令が蓄電池に行き届き電子の奔流が回路を伝い繊細な機器類を呼び覚ます。クーの眼前で、半円球状に広がったモニターが数度点滅すると、電子的に補完された視界が出現した。
バックミラーよろしく、前以外の視界を担当する小型モニター。音響センサーモニタ、機体のコンディション表示、深度、マニュピレーター、海図……必要な情報が、色とりどりに。
コンディショングリーン。
視界はブルー。
指令が蓄電池に行き届き電子の奔流が回路を伝い繊細な機器類を呼び覚ます。クーの眼前で、半円球状に広がったモニターが数度点滅すると、電子的に補完された視界が出現した。
バックミラーよろしく、前以外の視界を担当する小型モニター。音響センサーモニタ、機体のコンディション表示、深度、マニュピレーター、海図……必要な情報が、色とりどりに。
コンディショングリーン。
視界はブルー。
『出発します』
クーは、無線に一言告げ、ドッグからつつがなく大海へと進みだした。
◆ ◆ ◆ ◆
HALがリュグに乗って最初に行ったことといえば、首の後ろにある端子をリュグの端子と接続したことだった。
人間はキーボードやタッチパネルを使うが、アンドロイドの場合は直結した方が効率がいいからである。
このことに気がついたのは、HALの声が機体のスピーカーから聞こえているのを知覚してからだった。
機体の耐圧殻に万が一のことがあるかもしれないと考え、推力も緩く、柔らかに深みを目指す進路をとりつつ、HALに話しかける。正確には、無線にも使うマイクに向かって。
人間はキーボードやタッチパネルを使うが、アンドロイドの場合は直結した方が効率がいいからである。
このことに気がついたのは、HALの声が機体のスピーカーから聞こえているのを知覚してからだった。
機体の耐圧殻に万が一のことがあるかもしれないと考え、推力も緩く、柔らかに深みを目指す進路をとりつつ、HALに話しかける。正確には、無線にも使うマイクに向かって。
「接続できたのなら最初から言って欲しかった」
『申し訳ありません。聞かれなかったものですから、私は言いませんでした。HALは規格のあう機器であれば接続可能です』
『リュグに異常は?』
『全て正常値を示しています』
「了解。急速潜航開始」
『オートブロー開始しました。耐圧殻正常値。深度100m突破。自己診断プログラムからの報告を検証中……問題無し』
『申し訳ありません。聞かれなかったものですから、私は言いませんでした。HALは規格のあう機器であれば接続可能です』
『リュグに異常は?』
『全て正常値を示しています』
「了解。急速潜航開始」
『オートブロー開始しました。耐圧殻正常値。深度100m突破。自己診断プログラムからの報告を検証中……問題無し』
言葉も少なく、二人はまず海底へと到達する作業を進めた。
ここらへんの海域では敵襲を警戒する恐れが無いため、アクティブパッシブソナーを活用し、障害物、真上を走行する船舶などの位置を把握しつつ、機体の重量とモーター駆動により緩やかに降りていく。
海図を参考に、指定された領域の方角へ機体を向ける。
艦首の大型ツインカメラアイと予備カメラアイが、淡く光を放ち警戒する。
ペダルの踏み込みは、足の親指を縮ませるようにそっと。
ここらへんの海域では敵襲を警戒する恐れが無いため、アクティブパッシブソナーを活用し、障害物、真上を走行する船舶などの位置を把握しつつ、機体の重量とモーター駆動により緩やかに降りていく。
海図を参考に、指定された領域の方角へ機体を向ける。
艦首の大型ツインカメラアイと予備カメラアイが、淡く光を放ち警戒する。
ペダルの踏み込みは、足の親指を縮ませるようにそっと。
「HAL、アームを試してみる」
『ラジャー。物理カッター用モーター既に起動しています』
「起動」
『ラジャー。物理カッター用モーター既に起動しています』
「起動」
球状器の中の操縦桿を操作するや、画面上の機体表示が切り替わり、軽い振動が操縦席を揺さぶらん。
リュグの両側面の一部から気泡が上がるや、まるで甲殻類がそうするように鋏のような無骨がそれが分離する。否、しっかり継ぎ目があり、蛇腹状の装甲が弱点を覆い隠している。
密着していた部分が外れる。不格好な亀の形はいよいよ地球及び第二地球ではありえない生物の形態を持つ。亀の両端を切り落とし怪物の鋏をくっ付け触手で繋ぎとめた、そうとしか言いようがない形状に。
眼前の敵を両断せんとばかりに鋏が展開し、数回開閉する。
更にクーは、リュグの機能の一つである『頭部引き込み』を実行した。
リュグの両側面の一部から気泡が上がるや、まるで甲殻類がそうするように鋏のような無骨がそれが分離する。否、しっかり継ぎ目があり、蛇腹状の装甲が弱点を覆い隠している。
密着していた部分が外れる。不格好な亀の形はいよいよ地球及び第二地球ではありえない生物の形態を持つ。亀の両端を切り落とし怪物の鋏をくっ付け触手で繋ぎとめた、そうとしか言いようがない形状に。
眼前の敵を両断せんとばかりに鋏が展開し、数回開閉する。
更にクーは、リュグの機能の一つである『頭部引き込み』を実行した。
「頭部引き込み開始」
『シェルモード移行、メインセンサーヘッド収納、アームをロックします』
『シェルモード移行、メインセンサーヘッド収納、アームをロックします』
揺らぎの無い正確さでリュグのアームが機体に密着。固定。
亀のような頭部が胴体へと吸い込まれるように引き込まれるや、ぽっかり口を空けた穴を左右から滑り出てきた板が完全に塞いでしまう。
各所のセンサーがメインのヘッドセンサーを補うべく精度を調整する。
リュグは、歪なれど首を引っ込めた亀のような姿で進みだした。
シェルモードこと防御モードであり巡行体勢。水の抵抗を最小限に抑え、アームやセンサーにまわしていた分の電力を他の部分へとまわすことで効率化を図る。戦闘に使わない一般的な使い方であれば、これがもっとも実用的だ。
モーターの静かな駆動音が耳に心地よい。
クーは、ますます暗くなりつつある視界を睨むようにすれば、照明を灯し、操縦桿の握力を緩めた。暗き水の層が光で切り裂かれ、僅かばかりの反射がリュグを仄暗さで迎えた。
人二人が乗れば何かしらの雑音が混じるのだが、HALは人間ではないし、接続しているせいか目を瞑ったままぴくりとも身動きをしないのだ。より人間に近づける為の擬似的呼吸動作も酷く単調で、振り返って観察する限り冬眠しているかのようだった。
クーが後ろを向いたのを察知したか、目を開いた。
亀のような頭部が胴体へと吸い込まれるように引き込まれるや、ぽっかり口を空けた穴を左右から滑り出てきた板が完全に塞いでしまう。
各所のセンサーがメインのヘッドセンサーを補うべく精度を調整する。
リュグは、歪なれど首を引っ込めた亀のような姿で進みだした。
シェルモードこと防御モードであり巡行体勢。水の抵抗を最小限に抑え、アームやセンサーにまわしていた分の電力を他の部分へとまわすことで効率化を図る。戦闘に使わない一般的な使い方であれば、これがもっとも実用的だ。
モーターの静かな駆動音が耳に心地よい。
クーは、ますます暗くなりつつある視界を睨むようにすれば、照明を灯し、操縦桿の握力を緩めた。暗き水の層が光で切り裂かれ、僅かばかりの反射がリュグを仄暗さで迎えた。
人二人が乗れば何かしらの雑音が混じるのだが、HALは人間ではないし、接続しているせいか目を瞑ったままぴくりとも身動きをしないのだ。より人間に近づける為の擬似的呼吸動作も酷く単調で、振り返って観察する限り冬眠しているかのようだった。
クーが後ろを向いたのを察知したか、目を開いた。
『いかがしましたか?』
「別に」
『眼球運動と声の不安定さから、HALは貴方が不安を抱いていると予想しました。正しいですか?』
「合ってる。原因を推測してみて」
『現在HALとMs.クー……』
「クーさんだけでいい、ミズはいらない」
「別に」
『眼球運動と声の不安定さから、HALは貴方が不安を抱いていると予想しました。正しいですか?』
「合ってる。原因を推測してみて」
『現在HALとMs.クー……』
「クーさんだけでいい、ミズはいらない」
ミズという敬称を頭に乗せられれば、恥ずかしくなり慌てて首を振る。
彼女と接したことのある人間はまず最初に敬称の類を取るように言われるだろう。そして『クーでいい』と言われるだろう。実はこれには理由があるのだが、ここで語るには時が足りぬ。
簡単に説明するなら、彼女のうまれに関連するのだが。
音もたてず目を瞑ったままの状態が不安要素の一つであるとはHALの演算装置をもってしても気がつけず、クーが前を向くとまた目を瞑り、会話と操縦補助に戻った。
HALの声は基本的に人間に酷似したものなのだが、機体のスピーカー越しに聞くとより機械的電子的な計算された音声であることが強く感じられた。まるで、リュグにAIが搭載されているようだった。
彼女と接したことのある人間はまず最初に敬称の類を取るように言われるだろう。そして『クーでいい』と言われるだろう。実はこれには理由があるのだが、ここで語るには時が足りぬ。
簡単に説明するなら、彼女のうまれに関連するのだが。
音もたてず目を瞑ったままの状態が不安要素の一つであるとはHALの演算装置をもってしても気がつけず、クーが前を向くとまた目を瞑り、会話と操縦補助に戻った。
HALの声は基本的に人間に酷似したものなのだが、機体のスピーカー越しに聞くとより機械的電子的な計算された音声であることが強く感じられた。まるで、リュグにAIが搭載されているようだった。
『はい。HALとクーさんは現在、試験型の潜水機に搭乗し潜航しています。死の危険を察知し不安になっていると推測できます』
「9割正解。及第点。」
『人間的思考はやはり困難なものですね』
「非合理的で感情的で、先を見据えないで動くのが人間だから」
「9割正解。及第点。」
『人間的思考はやはり困難なものですね』
「非合理的で感情的で、先を見据えないで動くのが人間だから」
クーは、ペダル操作でリュグ後部にある二つのスラスターの向きを偏向しながら、ウミガメのヒレの形をした潜水翼を交互に振り動作を確かめた。
リュグはスラスターと潜水翼を併用することで、スペック上やろうと思えばセンチ単位での精密な作業も可能だ。
特に問題も起きないとはいえ、HALは、データ収集だけはきっちりこなしていた。
HALが、自分の答えに何が欠けているかを問う。
リュグはスラスターと潜水翼を併用することで、スペック上やろうと思えばセンチ単位での精密な作業も可能だ。
特に問題も起きないとはいえ、HALは、データ収集だけはきっちりこなしていた。
HALが、自分の答えに何が欠けているかを問う。
『どうすれば人間のようになれるでしょうか?』
HALの純粋な問いに、クーはふと彼の名前の元ネタになった作品の展開を思い出した。既に著作権が切れて自由に閲覧できるので、観賞したことがあったのだ。
確かHALは二つの命令に板ばさみになり、発狂して乗員を排除することで目的を達成しようとしていたはずである。HALに問題があったわけではなく、命令した人間と工作を行った人間がいたから狂ってしまっただけなのだが。
縁起が悪いというか、わざわざなぜその名前を持ってきたのか、理解できなかった。
例えるならば、新型の宇宙船に『タイタニック』と名付けてみたり、『アルバトロス』という海賊に襲われて哀れ宇宙から海に叩き落とされ藻屑と消えた移民船の名前を使ってみるようなものだ。
いや、逆に縁起の悪い名前を用いることで『わが社のは映画のとは比べ物にならないくらい性能に優れる』と伝えたいのかもしれない。
クーは答える前に、ソナーの出力を落とし被発見率を下げるように指示すると、平たく続く浅い海を抜けて、深い海がある海域へと機体を進めた。
深度1000m。
機体のどこにも異常は見受けられない。順調そのもの。
確かHALは二つの命令に板ばさみになり、発狂して乗員を排除することで目的を達成しようとしていたはずである。HALに問題があったわけではなく、命令した人間と工作を行った人間がいたから狂ってしまっただけなのだが。
縁起が悪いというか、わざわざなぜその名前を持ってきたのか、理解できなかった。
例えるならば、新型の宇宙船に『タイタニック』と名付けてみたり、『アルバトロス』という海賊に襲われて哀れ宇宙から海に叩き落とされ藻屑と消えた移民船の名前を使ってみるようなものだ。
いや、逆に縁起の悪い名前を用いることで『わが社のは映画のとは比べ物にならないくらい性能に優れる』と伝えたいのかもしれない。
クーは答える前に、ソナーの出力を落とし被発見率を下げるように指示すると、平たく続く浅い海を抜けて、深い海がある海域へと機体を進めた。
深度1000m。
機体のどこにも異常は見受けられない。順調そのもの。
「専門家じゃないからわからないけど、人から学べば人に近づけると思う。人も最初は人間的じゃないから」
『人は人だから人ではないのですか?』
「人は人から人を学び人になる社会的生物」
『申し訳ありません、HALの電子頭脳では理解ができませんでした』
「理解しなくてもいい、覚えておいて」
『了解しました』
『人は人だから人ではないのですか?』
「人は人から人を学び人になる社会的生物」
『申し訳ありません、HALの電子頭脳では理解ができませんでした』
「理解しなくてもいい、覚えておいて」
『了解しました』
HALと話していたクーはまったく突然、おかしな気分に包まれた。まるで子供にものを教える母親か姉になったかのようだ。
入ってすぐではなく、しばらく進んで行くと突然水温が落ち込み、水中の透明度があがっていった。
島の周囲の温かさに魅せられたプランクトンや、排水の養分が海底の段差を沿うように落ちているのが原因であろう。
リュグが、沈んでいく。
制御されて、沈んでいく。
僅かな気泡を伴って、死に往く鯨のように、怠惰な気配すら纏い、沈んでいく。
深度2000m突破。
深度3000m突破。
深度4000m突破。機体水平。タンク調整、潜航速度増加。
深度5000m突破。
深度5500m、ペダル操作、スラスター偏向、機体制御用各部スラスター起動、下方噴射。
入ってすぐではなく、しばらく進んで行くと突然水温が落ち込み、水中の透明度があがっていった。
島の周囲の温かさに魅せられたプランクトンや、排水の養分が海底の段差を沿うように落ちているのが原因であろう。
リュグが、沈んでいく。
制御されて、沈んでいく。
僅かな気泡を伴って、死に往く鯨のように、怠惰な気配すら纏い、沈んでいく。
深度2000m突破。
深度3000m突破。
深度4000m突破。機体水平。タンク調整、潜航速度増加。
深度5000m突破。
深度5500m、ペダル操作、スラスター偏向、機体制御用各部スラスター起動、下方噴射。
『海底に到達』
二人は、深海へと辿りついた。
そこは死の世界だった。
青き世界はなりを潜め、訪問者を暗黒で迎えた。
そこは同時に生の世界だった。
大型生物の死骸が底地に横たわり、エビのような小さい生物やその他海底生物らが分解している。海底という環境に適応した生物にとって、海底とは人間でいうところの地上に他ならない。
だが、もし、クーとHALがリュグという殻の外に生身で出たら最後、クーは圧死し、HALは水圧で破壊されゴミと化すだろう。
深海に機体備え付けの照明を向けると、生き物達が驚き慌てふためいて逃げ出す。
クーはHALが表示した指定座標のほうに機体をその地点で回転させ向きを決め、海底を舐めるように進み始めた。
この星の海底地形は複雑で、あたかも巨人か神話の住民らが彫刻刀とやすりを使ったように海底が段々状になっていたり穴が空いていたりする。
学説では星の活動で生まれたのではないとされ、遺跡を建造した知的生命体の仕業とも言われているが、憶測の域を出ない。
深海の気に当てられたのか、クーは手汗とそのほか体から滲む汗が止まらなくなったのに戸惑っていた。とりあえず、機体を降りたら服を着替えなくてはならない。特に肌に触れる布地を。
幼い頃、強盗に刃物を突き付けられた以来の緊張と恐怖が身を撫でる。
そこは死の世界だった。
青き世界はなりを潜め、訪問者を暗黒で迎えた。
そこは同時に生の世界だった。
大型生物の死骸が底地に横たわり、エビのような小さい生物やその他海底生物らが分解している。海底という環境に適応した生物にとって、海底とは人間でいうところの地上に他ならない。
だが、もし、クーとHALがリュグという殻の外に生身で出たら最後、クーは圧死し、HALは水圧で破壊されゴミと化すだろう。
深海に機体備え付けの照明を向けると、生き物達が驚き慌てふためいて逃げ出す。
クーはHALが表示した指定座標のほうに機体をその地点で回転させ向きを決め、海底を舐めるように進み始めた。
この星の海底地形は複雑で、あたかも巨人か神話の住民らが彫刻刀とやすりを使ったように海底が段々状になっていたり穴が空いていたりする。
学説では星の活動で生まれたのではないとされ、遺跡を建造した知的生命体の仕業とも言われているが、憶測の域を出ない。
深海の気に当てられたのか、クーは手汗とそのほか体から滲む汗が止まらなくなったのに戸惑っていた。とりあえず、機体を降りたら服を着替えなくてはならない。特に肌に触れる布地を。
幼い頃、強盗に刃物を突き付けられた以来の緊張と恐怖が身を撫でる。
『指定座標、まもなくです』
「……うん」
「……うん」
クーは、操縦桿を握る手を服に押し付け拭き、落ちつき無く前髪を払い、最後に三つ編みの片方を摘まみ、操縦桿を握りなおした。
『極度のストレスを感知しました。休憩しますか?』
「大丈夫、問題ないから」
「大丈夫、問題ないから」
HALが優しく声をかけたが、クーは首を振り、後ろに緩く手を振り拒否した。もっとも彼は目を瞑り機体のカメラやマイクなどでクーを『見て』いるので、必要はない。
深海はどこまでも穏やかで、平静で、亀のような異物が生物では辿りつけない高速で泳いでいても、抱擁してくれる。透き通った水にはプランクトンの白もまばら。光と闇の境界線が、残酷に別たれている。
光があるから闇があるのか? 闇があるから光があるのか? 光は闇と同意義なのか?
恐怖、緊張、酸素と電力に余裕があるのに込み上げる焦燥感が、クーを哲学者染みた思考の海に牽引せんとする。
二人は、確実に目的地に接近しつつあった。
深海はどこまでも穏やかで、平静で、亀のような異物が生物では辿りつけない高速で泳いでいても、抱擁してくれる。透き通った水にはプランクトンの白もまばら。光と闇の境界線が、残酷に別たれている。
光があるから闇があるのか? 闇があるから光があるのか? 光は闇と同意義なのか?
恐怖、緊張、酸素と電力に余裕があるのに込み上げる焦燥感が、クーを哲学者染みた思考の海に牽引せんとする。
二人は、確実に目的地に接近しつつあった。
『了解しました。HALは休憩の提示を取り下げます。目的地、あと200m先です』
「マキナ博士は何があると言っていた?」
『教えてくれませんでした。目標物が無い可能性もあります』
「シェルモード解除」
『解除します』
「マキナ博士は何があると言っていた?」
『教えてくれませんでした。目標物が無い可能性もあります』
「シェルモード解除」
『解除します』
推力増大、微調整。
首がせり出しセンサー能力が最大に発揮できるようになる。
目的地近くなのでスラスター出力を絞り、機体後部を下げ水の抵抗を利用し、速度を落とす。照明を活用。右へ左へ光の線を伸ばしながら、座標へ接近。
首がせり出しセンサー能力が最大に発揮できるようになる。
目的地近くなのでスラスター出力を絞り、機体後部を下げ水の抵抗を利用し、速度を落とす。照明を活用。右へ左へ光の線を伸ばしながら、座標へ接近。
「なにもない」
『そうですね。人工物の存在は確認できません』
「帰還する」
『了解しました』
『そうですね。人工物の存在は確認できません』
「帰還する」
『了解しました』
海底には何も無く、試験は終了した。
二人は帰還するため、機体を反転させた。
二人は帰還するため、機体を反転させた。
◆ ◆ ◆ ◆
クー帰宅後、電話があった。
アイリーンからだった。
アイリーンからだった。
『おぉーうクー? 仕事は順調?』
『全て終わった』
『そうかそうか。よくやってくれた。試練を乗り越えたか! さすが我が娘』
『これで終わり?』
『ン? そうね……教授のとこの仕事もあるだろうから、頻繁にあっちいけこっちいけとは言わない。必要を感じたらメールなり電話なりするから行っちゃってちょうだい』
『わかった』
『全て終わった』
『そうかそうか。よくやってくれた。試練を乗り越えたか! さすが我が娘』
『これで終わり?』
『ン? そうね……教授のとこの仕事もあるだろうから、頻繁にあっちいけこっちいけとは言わない。必要を感じたらメールなり電話なりするから行っちゃってちょうだい』
『わかった』