電球だけの電灯がギーギーと音を鳴らして揺れている。ドアの隙間から差し込む光がうっすら部屋を照らし、妙に静謐な雰囲気を醸し出す。
朝が来ていた。
フランは起き上がり、胸の辺りをさすってみる。折れたはずの肋骨に痛みは無かった。痛み止めが効いたのか、はたまた昨日の事はただの夢だったのか――
青が混じった銀髪の頭をがりがり掻いて、昨日の事を振り返る。
朝が来ていた。
フランは起き上がり、胸の辺りをさすってみる。折れたはずの肋骨に痛みは無かった。痛み止めが効いたのか、はたまた昨日の事はただの夢だったのか――
青が混じった銀髪の頭をがりがり掻いて、昨日の事を振り返る。
「夢じゃなかったか……」
残念ながら、無造作に放り投げられたパイロットスーツが昨日の事が夢では無かった事を教えてくれた。
Diver's shell another 『Primal Diver's 』
第三回:【潜水機】
「ウソでしょ……?」
「残念ながらホントだよ。助かっただけでも奇跡なんだ」
「残念ながらホントだよ。助かっただけでも奇跡なんだ」
フランと世話役のマリオンは仕分け部屋に居た。装備の状態を確認したいとの申し出に応じたマリオンは痩せこけた身体でそこに案内し、フランはそれを確認する。
しかしながら、その状況たるや絶望的と言わざるを得ない。
軍が用意したMHD潜水艇は分断。通信機は沈黙。カプセルは今にも崩れそう。生きている装備は携行武器と食料くらい。その食料もさっさと彼らの食料庫に収まっている。八方塞がりとはこの事だ。
しかしながら、その状況たるや絶望的と言わざるを得ない。
軍が用意したMHD潜水艇は分断。通信機は沈黙。カプセルは今にも崩れそう。生きている装備は携行武器と食料くらい。その食料もさっさと彼らの食料庫に収まっている。八方塞がりとはこの事だ。
マリオンによると、衝突は相当派手だった模様だ。ある程度だけでも形を保っている事事態、信じられない奇跡だと言う。
実際にその中に居たフランもいかに強烈な「着水」だったかはよく知っている。しかし、減速にはある程度成功したのだ。せめて通信機くらい生きているだろうとの思惑があったのだ。
しかし現実は甘くなかった。フランの淡い期待はことごとく、現物もろとも粉々である。
横に居た責任が無いはずのマリオンまでが何故か申し訳なさそうな表情をしていた。
実際にその中に居たフランもいかに強烈な「着水」だったかはよく知っている。しかし、減速にはある程度成功したのだ。せめて通信機くらい生きているだろうとの思惑があったのだ。
しかし現実は甘くなかった。フランの淡い期待はことごとく、現物もろとも粉々である。
横に居た責任が無いはずのマリオンまでが何故か申し訳なさそうな表情をしていた。
今後どうするべきかは考えるまでも無い。陸地に移動し、秘密回線でミヤタに連絡をとる必要がある。定期報告はいらないと言われていたが、逆に言えば報告が無ければ向こうは動かない。そのうち死んだか海賊の仲間にでもなったのか、そう判断されて忘れ去られる。そういう作戦なのだ。
問題は陸地に行こうにもそこは遥か彼方だと言う事。この海域は入植が始まった陸地の丁度反対側なのだ。
ここらで陸地の代わりをしているのは忌むべき海賊船。今まさにそこに居るが、彼等が協力してくれるとも思えない。仮にそうだとしても、船ならばやたらと時間がかかるだろう。それほどに陸地は遥か先。
ここらで陸地の代わりをしているのは忌むべき海賊船。今まさにそこに居るが、彼等が協力してくれるとも思えない。仮にそうだとしても、船ならばやたらと時間がかかるだろう。それほどに陸地は遥か先。
「なんて事なの……」
「まぁ落ち込むのも分かるが……」
「まぁ落ち込むのも分かるが……」
海賊のイメージを覆しかねない程に物腰の柔らかいマリオンに促されて、フランは一旦仕分け部屋を出る。
扉を開けて外に出ると、鼻につく潮の香り、太陽の光を反射して輝く海面、船体を叩く心地よい波の音。それと一緒に聞こえる男共のムサい声。
扉を開けて外に出ると、鼻につく潮の香り、太陽の光を反射して輝く海面、船体を叩く心地よい波の音。それと一緒に聞こえる男共のムサい声。
「おおおお! マーレが言った通りホントに女だ!」
「マジかよ!? しかもカワイイじゃねーか!」
「どけ! 見えねぇだろ!」
「んだとコラ! 順番ってモンがあんだろーが!」
「くたばれカスが! 我先に押しかけといてほざきやがって!」
「ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ! 見ろ! お困りだろうが!」
「……」
「マジかよ!? しかもカワイイじゃねーか!」
「どけ! 見えねぇだろ!」
「んだとコラ! 順番ってモンがあんだろーが!」
「くたばれカスが! 我先に押しかけといてほざきやがって!」
「ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ! 見ろ! お困りだろうが!」
「……」
仕分け部屋の前ではフランを見ようと押しかけた数人の厳つい連中。しかもいきなり喧嘩をおっぱじめた。これにはフランはおろかマリオンも閉口し、ア然と見ているしかなかった。
船にゲスト、それも女性が来るというのはそれほど刺激的だったらしい。乗組員のほとんどは血の気の多い男共。テンションが上がるのも無理は無かった。
中には喧嘩の隙を突き棒立ちのフランにいきなり求婚する者までいるからタチが悪い。
マリオンが小声で「すまないねバカだらけで」と言っている。それとほぼ同時にさらにもう一人現れる。
船にゲスト、それも女性が来るというのはそれほど刺激的だったらしい。乗組員のほとんどは血の気の多い男共。テンションが上がるのも無理は無かった。
中には喧嘩の隙を突き棒立ちのフランにいきなり求婚する者までいるからタチが悪い。
マリオンが小声で「すまないねバカだらけで」と言っている。それとほぼ同時にさらにもう一人現れる。
「お前等散れ! ケガ人に迷惑かけるな役立たず共!」
誰かが言った。と同時に皆冷静になる。鼻血を垂らすほど喧嘩をしておいて手遅れな感はあるが、とにかくその一言でその場は水を打ったように静まり返る。波の音だけが心地良く聞こえて来た。
スキンヘッドの熊みたいな大男が仁王立ちで一喝してくれたおかげか、男共はとぼとぼその場を去って行った。
スキンヘッドの熊みたいな大男が仁王立ちで一喝してくれたおかげか、男共はとぼとぼその場を去って行った。
「すまないねサシャ」
「いいえ。バカの調教も仕事なんでいいっす」
「いいえ。バカの調教も仕事なんでいいっす」
サシャの手には焼いた魚とスープとパンが乗っかったトレーがあった。どうやら食事を持って来てくれたらしい。マリオンと並び数少ない常識人のオーラを纏う大男はそれをフランへ渡し、さっさと持ち場へと戻って行く。
マーレの側近だと聞かされて、気苦労が絶えないであろう彼の心中に少し哀れみすら抱いてしまったフラン。背中の哀愁が何とも言えぬ雰囲気だった。
どうやら朝食の時間のようだった。マリオンに連れられて、フランは甲板の脇で賄われた物を頂く事にした。
マーレの側近だと聞かされて、気苦労が絶えないであろう彼の心中に少し哀れみすら抱いてしまったフラン。背中の哀愁が何とも言えぬ雰囲気だった。
どうやら朝食の時間のようだった。マリオンに連れられて、フランは甲板の脇で賄われた物を頂く事にした。
映像では見た事があるが、丸のまま焼かれた青魚を見るのは初めてだった。小骨に苦戦しつつも回復の為にタンパク質を求める身体には十分な旨味を感じさせる。
甲板からは先ほどよりずっと海が近くに見える。波飛沫が時々頬にまでやって来る。フランがネオアースに降りるのは今回が初めてでは無い。だが、ここまで間近に海を見たのは初めてだった。訓練で降りた時はとてもそんな余裕などなかったのだ。
小さな波が独特のコントラストをいくつも作り出し、光り輝く海面は遥か地平線まで。眠気を誘うリズムで船ごとフランを揺らし、心地よく船体を叩く音は自然と耳を傾けてしまう。
ただの真っ青な表面だと思っていたネオアースの海は、実は生きていた。その姿はあまりに優しく、あまりに雄大で、そして――
甲板からは先ほどよりずっと海が近くに見える。波飛沫が時々頬にまでやって来る。フランがネオアースに降りるのは今回が初めてでは無い。だが、ここまで間近に海を見たのは初めてだった。訓練で降りた時はとてもそんな余裕などなかったのだ。
小さな波が独特のコントラストをいくつも作り出し、光り輝く海面は遥か地平線まで。眠気を誘うリズムで船ごとフランを揺らし、心地よく船体を叩く音は自然と耳を傾けてしまう。
ただの真っ青な表面だと思っていたネオアースの海は、実は生きていた。その姿はあまりに優しく、あまりに雄大で、そして――
「綺麗――」
フランはしばし見とれてしまっていた。ところが。
「へぇ~。意外と情緒的じゃん」
「!!?」
「!!?」
気分をぶち壊す声。出来れば今後一生聞かなくてもいいと思っていた声。マーレだ。
振り返ると確かにそこにマーレは居たが、その格好はさらに混乱を招く。
振り返ると確かにそこにマーレは居たが、その格好はさらに混乱を招く。
「!!!?」
「どした?」
「どした?」
昨日の明らかにセックスアピール全開の服装では無く、今朝のマーレは赤茶けた髪をポニーテールにまとめ、おまけにエプロンまで装備し、そしてその手には……。
「おたま!?」
「どこに驚いてんの?」
「どこに驚いてんの?」
マーレの姿それは明らかにキッチンに立つ姿である。という事は、今フランが口にした魚やスープはマーレがこしらえた物だという事。実際おたまにはスープと同じ具の切れ端がこびりついている。
フランからすればあまりに予想外な技能だった。
フランからすればあまりに予想外な技能だった。
口を半開きで固まるフランの心は読まれたか、マーレはニヤニヤしながら自慢気に。
「あ~大丈夫大丈夫。毒とか媚薬とか入ってないから安心しろって。そこまで外道じゃないし。
だいたい、他の連中だと魚もうまく焼けないんだもん。そりゃ私がやるしかねーって訳。もっとも腕に覚えはあるけどね。フフフフフ……」
「なん……だと……」
だいたい、他の連中だと魚もうまく焼けないんだもん。そりゃ私がやるしかねーって訳。もっとも腕に覚えはあるけどね。フフフフフ……」
「なん……だと……」
腕に覚えがある。その言葉に嘘は無い。今さっきフランは自らの舌でそれを確認したばかりだったのだ。ここでも何故か妙な敗北感に苛まれる。
良くも悪くも軍人のフランにはそんな技能など欠片も無かったのだ。というより、習得目指してやってはみたが失敗続きで諦めている。
昨日に続き二連敗を喫したフランの哀愁は海より深く……?
良くも悪くも軍人のフランにはそんな技能など欠片も無かったのだ。というより、習得目指してやってはみたが失敗続きで諦めている。
昨日に続き二連敗を喫したフランの哀愁は海より深く……?
「マリオン。後は引き継ぐから。あなたはもう休んでていいよ」
「いやいや、これしき……」
「ダーメ。今朝だって結局食べてないし。ムリすんじゃねー命令よ」
「むぅ……」
「いやいや、これしき……」
「ダーメ。今朝だって結局食べてないし。ムリすんじゃねー命令よ」
「むぅ……」
命令と言われれば逆らえない。マリオンは残念そうに立ち上がり立ち去ろうとするが、一歩歩くと躓いて倒れそうになる。枯れ葉のような身体が甲板にたたき付けられる寸前、何者かがそれを支える。フランだった。
「大丈夫……ですか……?」
「気遣ってくれるのかね? ありがとう。大丈夫だ」
「気遣ってくれるのかね? ありがとう。大丈夫だ」
マリオンは笑顔で言うが、身体を支えるフランには嘘だと解る。
軽いのだ。女一人でも簡単に支えられるほど、マリオンの身体は見た目以上に軽い。大丈夫な訳は無かった。
フランの助力で立ち上がったマリオンはそのまま去って行く。命令通り休むようだ。フランは心配そうにそれを見ている。
軽いのだ。女一人でも簡単に支えられるほど、マリオンの身体は見た目以上に軽い。大丈夫な訳は無かった。
フランの助力で立ち上がったマリオンはそのまま去って行く。命令通り休むようだ。フランは心配そうにそれを見ている。
「ガンなの」
「え?」
「え?」
マリオンが自室の辺りまで行ったのを目で追っていたマーレが突如言い出した。
「あなたも知ってるでしょ? ネオアースの気候は人類に適合していなかった。だから惑星改造船が飛んでたりする。その爪痕はずっと残ってる。
未知のウイルスや宇宙線による影響は大きいの。感染症なんかよりも多いのは遺伝子異常によるガン。マリオンはもう長くは無いわ」
「医者には……診せたの?」
「もちろん。じゃないと解らないわよ。遺伝子の異常は体中にいつガンを生み出すかわからない。へっちゃらな人も居るけど、一度出来たらもう手遅れ」
未知のウイルスや宇宙線による影響は大きいの。感染症なんかよりも多いのは遺伝子異常によるガン。マリオンはもう長くは無いわ」
「医者には……診せたの?」
「もちろん。じゃないと解らないわよ。遺伝子の異常は体中にいつガンを生み出すかわからない。へっちゃらな人も居るけど、一度出来たらもう手遅れ」
「治療はしてないの……?」
「遺伝子改良でも出来ればいいけど。どっちにしろ今からじゃ間に合わないでしょうね。それに海賊にそんな高度な医療を受けるチャンスは無いの」
「そう……」
「遺伝子改良でも出来ればいいけど。どっちにしろ今からじゃ間に合わないでしょうね。それに海賊にそんな高度な医療を受けるチャンスは無いの」
「そう……」
とどのつまり、ネオアースに人が完全に居着くにはまだ少し早いという事だろう。必死の惑星改造と人類の遺伝子改良によってお互いのすり合わせが行われているが、それが実を結ぶのはまだまだ先のようだ。
遺伝子改良によって耐性を高めた人類は確かに存在するが、それが広まるには惑星改造より時間がかかる。
フランにもある青い髪の毛。遺伝子改良された人種の証。
遺伝子改良によって耐性を高めた人類は確かに存在するが、それが広まるには惑星改造より時間がかかる。
フランにもある青い髪の毛。遺伝子改良された人種の証。
「それよりさ、聞かせなさいよ」
「へ?」
「へ?」
唐突に話題を変えるマーレ。考え込むと対応が遅れがちのフランは相変わらず素っ頓狂な返答しか出来なかった。
「すっとぼけるなってば。わざわざうちゅーから兵隊さんが荷物抱えて降ってきた訳だよ? 特別な用事あるんでしょ?
あんな凄い潜水艇初めて見たもん。あれなら海中でも飛ぶ様に進むわよね。そんな物抱えて何するつもりだったの?」
あんな凄い潜水艇初めて見たもん。あれなら海中でも飛ぶ様に進むわよね。そんな物抱えて何するつもりだったの?」
「聞いてどうするの? そもそも言うと思う?」
「全然全く思ってないけど。まぁ昨日の続きで聞き出してもいいんだけどねぇ……?」
「……。外道が!」
「あらごめんなさい。で、昨日どうだった。感想は? どうなんだ?」
「こっち来るな!」
「全然全く思ってないけど。まぁ昨日の続きで聞き出してもいいんだけどねぇ……?」
「……。外道が!」
「あらごめんなさい。で、昨日どうだった。感想は? どうなんだ?」
「こっち来るな!」
マーレはおたまをマイクに見立ててふざけている様に聞いてくる。
マーレがバイセクシャルだとは昨日イヤというほど理解した。フランはそれが嫌いだった。性別関係無しにというのは、フランには考えられないのだ。
当然、声は自然と大きくなっていた。
マーレがバイセクシャルだとは昨日イヤというほど理解した。フランはそれが嫌いだった。性別関係無しにというのは、フランには考えられないのだ。
当然、声は自然と大きくなっていた。
「ま、別にタダで聞き出そうとも思ってないわ。代わりにあなたに見せたい物があるの」
フランが今度は何だと思っていたら、突然マーレはフランの手を持ってどこかへ連れていこうとする。
肋骨をつい庇ってしまうが故に、抵抗虚しくフランはただ引きずられるまま。唯一動く口を武器に反撃するが、それすらマーレの耳にはどこ吹く風といった様相。
肋骨をつい庇ってしまうが故に、抵抗虚しくフランはただ引きずられるまま。唯一動く口を武器に反撃するが、それすらマーレの耳にはどこ吹く風といった様相。
「引っ張るな! どこ行くつもりよ!?」
「船の上なんだから目と鼻の先よ。ほら、そこのハッチの中」
「船の上なんだから目と鼻の先よ。ほら、そこのハッチの中」
たどり着いた場所は船の格納庫へと続くハッチ。重厚な扉に閉ざされたそこは、他とは少し雰囲気が違って見える。
マーレがハッチを何回か叩くと、中からそれが開いて二人を出迎えた。朝食を済ませた乗組員は既に作業をしていたのだ。
そしてそこにあったのは、驚くべき物だった。
マーレがハッチを何回か叩くと、中からそれが開いて二人を出迎えた。朝食を済ませた乗組員は既に作業をしていたのだ。
そしてそこにあったのは、驚くべき物だった。
「ほら、あなたはコレが必要なんでしょ?」
マーレはそれを見ながらフランに言う。そこにあったのは、人型に造られた何か。至る所にスラスターが設置された見たことも無いロボット。
立ち上がれば十メートルにはなろうかというそれは、メカニックにより整備されている。鎖に繋がれ宙に浮いているが、それも無理はないとフランは思う。
立ち上がれる訳が無いのだ。二足歩行技術はあっても、重力がそれを許してはくれないはずだ。少なくともこの地上では。
ところが、マーレによるとそれで全く問題が無いらしい。
立ち上がれば十メートルにはなろうかというそれは、メカニックにより整備されている。鎖に繋がれ宙に浮いているが、それも無理はないとフランは思う。
立ち上がれる訳が無いのだ。二足歩行技術はあっても、重力がそれを許してはくれないはずだ。少なくともこの地上では。
ところが、マーレによるとそれで全く問題が無いらしい。
「これが私達の潜水機『オステウス』よ」
「潜水……機? 潜水艇じゃなくて?」
「そ。潜水機。これなら海に潜れる」
「海に……。これで!?」
「そうよ。そりゃあなたが持ってきた潜水艇なんかよりは遅いわよ。性能が高速一本槍だもん。そんな技術も無いし。
でも、オステウスなら海中でどんな作業でも出来る。何処までだって潜れる……」
「潜水……機? 潜水艇じゃなくて?」
「そ。潜水機。これなら海に潜れる」
「海に……。これで!?」
「そうよ。そりゃあなたが持ってきた潜水艇なんかよりは遅いわよ。性能が高速一本槍だもん。そんな技術も無いし。
でも、オステウスなら海中でどんな作業でも出来る。何処までだって潜れる……」
自信満々に語る姿からは、よほどこのオステウスの性能に自身があるらしい。
続く言葉もまた、自身満々に言ってのける。
続く言葉もまた、自身満々に言ってのける。
「これ貸してあげる」
「はぇ?」
「相変わらず抜けた返事ね。だからさ、海に潜りたいんでしょ? わざわざうちゅーから潜水艇まで持ってきてさ。困ってそうだから貸てあげるって言ってんの。
ただし、ちゃんと目的を説明してくれたらね。訳解らない事には貸せないし」
「はぇ?」
「相変わらず抜けた返事ね。だからさ、海に潜りたいんでしょ? わざわざうちゅーから潜水艇まで持ってきてさ。困ってそうだから貸てあげるって言ってんの。
ただし、ちゃんと目的を説明してくれたらね。訳解らない事には貸せないし」
非常にありがたい申し出……と、言いたいが、フランは考え込む。相手は海賊。この時代では第一に信用してはならない相手なのだ。
なにより、極秘に進めるべき事をおいそれと教えていいのかどうか。しかし、もし本当に貸してくれるのなら調査を続行出来るかもしれない。
立ったまま悩むフランの姿に、マーレは言葉を続ける。
なにより、極秘に進めるべき事をおいそれと教えていいのかどうか。しかし、もし本当に貸してくれるのなら調査を続行出来るかもしれない。
立ったまま悩むフランの姿に、マーレは言葉を続ける。
「ま、今すぐ決めなくていいよ。じっくり考えなさいな」
※ ※ ※
日は落ちかける。青い海は真っ赤に染まり、日中とはまた違う姿をフランに見せていた。これも宇宙では見れない物だ。
フランは船首でそれをぼーっと見ていた。考えがまとまらず、悩み果てて考える事を放棄したい程になっていたのだ。
日はさらに落ちる。視線の先の太陽が沈んで行くのと同調して、背後からは夜の闇がやって来る。その中間は見事な藍色のグラデーションが出来ていた。
フランは船首でそれをぼーっと見ていた。考えがまとまらず、悩み果てて考える事を放棄したい程になっていたのだ。
日はさらに落ちる。視線の先の太陽が沈んで行くのと同調して、背後からは夜の闇がやって来る。その中間は見事な藍色のグラデーションが出来ていた。
潜水機という物の性能は解らなかった。
あの形状からして、恐らくは潜水艇と作業ロボットとの中間。汎用的な運用を目的に造られている物だとは解る。しかし、どれほどの事が出来るかは想像もつかないのだ。それもフランを悩ませていた原因だった。
どれだけ考えてたか。太陽の頭が消えそうな時、悩むフランを見かねたのか、ただ単に暇だったのか。マーレがまたやって来る。
あの形状からして、恐らくは潜水艇と作業ロボットとの中間。汎用的な運用を目的に造られている物だとは解る。しかし、どれほどの事が出来るかは想像もつかないのだ。それもフランを悩ませていた原因だった。
どれだけ考えてたか。太陽の頭が消えそうな時、悩むフランを見かねたのか、ただ単に暇だったのか。マーレがまたやって来る。
「まだ考えてんの?」
「……」
「無視ですかー」
「……」
「無視ですかー」
実際は無視した訳ではなく返答する余裕が無いだけだった。
マーレは船首に座っているフランの横に立ち、飲み物が入ったカップを差し出す。どこからか手に入れたコーヒーだ。地上ではまだ栽培されていないはずなので、おそらくは横流し品。
マーレは船首に座っているフランの横に立ち、飲み物が入ったカップを差し出す。どこからか手に入れたコーヒーだ。地上ではまだ栽培されていないはずなので、おそらくは横流し品。
「さっさとやるって言っちゃいなよー。踏ん切りつかないだけでしょ?」
「……」
「何か言いなさいよ」
「……」
「何か言いなさいよ」
言葉通りだった。出来るならば潜水機を借りたい。問題はその相手。
だから踏ん切りがつかず悩んでいる。なによりマーレの意図が読めなかった。話し掛けたくもなかったので聞かなかったが、ここは聞かねばならなかった。
だから踏ん切りがつかず悩んでいる。なによりマーレの意図が読めなかった。話し掛けたくもなかったので聞かなかったが、ここは聞かねばならなかった。
「何で……」
「ん?」
「なんで私にあれを貸そうと?」
「んー? そりゃ困ってそうだから」
「それ答えになってないわね」
「うーん。まぁそうか。助ける道理が無いもんね」
「ん?」
「なんで私にあれを貸そうと?」
「んー? そりゃ困ってそうだから」
「それ答えになってないわね」
「うーん。まぁそうか。助ける道理が無いもんね」
マーレは腰を床に下ろして、フェンスに身体を預けて船首から両足を外に出す。コーヒーを一口啜って、小さくため息をついた。フランもコーヒーを一口飲む。砂糖など一切入っていなかった。苦かった。
「海を見てどう思った?」
「ふぇ?」
「まーた間抜けな顔して。あんた海見て綺麗とか言ってたじゃん」
「言ったっけ……?」
「まぁいいや。実際その通りだもん。これ見て心が動かない奴なんてまず居ないって」
「ふぇ?」
「まーた間抜けな顔して。あんた海見て綺麗とか言ってたじゃん」
「言ったっけ……?」
「まぁいいや。実際その通りだもん。これ見て心が動かない奴なんてまず居ないって」
いきなり何を言い出すかと思えば。フランが海に見とれたのは事実だ。だがそれが一体どうしたというのか。フランが間抜け面を維持したまま考えていると、マーレはまた言う。
「昼の海ってのは確かに綺麗なんだけどさー。夜の海は真っ暗。何処までもずっとね。青い海は私達を包んでくれる。でも、夜の海は隙あらば私達を飲み込もうと狙ってる。
正直おっかないよ私は。でもさ、だからこそなんだよね」
正直おっかないよ私は。でもさ、だからこそなんだよね」
太陽は完全に沈んでいた。夜は完全に天を覆い、星が輝いて見える。宇宙が見える。フランは宇宙を、マーレは海を見ていた。
「私達が何でわざわざ地表に居ると思う?」
「え?」
「え?」
空を見上げていたフランはその一言でまた視線を地表に戻し、横のマーレにそれを向けた。
「何でって言われても……」
「自由だからよ。死のリスクを犯してまで、犯罪者の烙印を押されてまで地表に居るのはそれが理由。そりゃ宇宙でもそれなりの自由はあるかもしれないけど」
「それだけ?」
「それで十分なの。それくらい魅力的なのよ。あとは、この海もね」
「私に潜水機を貸す理由は結局なんなの?」
「そりゃ面白そうだから」
「面白そうだから?」
「そうだよ。自由だろ」
「馬鹿でしょ……」
「そうかもね。でもいいじゃん。わくわくしない? 海に挑んで行くのはさ。この真っ暗な闇の中にさ。怖いけど、それでも見てみたい」
「自由だからよ。死のリスクを犯してまで、犯罪者の烙印を押されてまで地表に居るのはそれが理由。そりゃ宇宙でもそれなりの自由はあるかもしれないけど」
「それだけ?」
「それで十分なの。それくらい魅力的なのよ。あとは、この海もね」
「私に潜水機を貸す理由は結局なんなの?」
「そりゃ面白そうだから」
「面白そうだから?」
「そうだよ。自由だろ」
「馬鹿でしょ……」
「そうかもね。でもいいじゃん。わくわくしない? 海に挑んで行くのはさ。この真っ暗な闇の中にさ。怖いけど、それでも見てみたい」
マーレの顔は船の明かりでぼんやりとしか見えない。エンジンを切っている為か、相変わらず波の音だけは聞こえてくる。しばしの沈黙の間に、それだけが聞こえてくる。
「……どこまで感づいてるの?」
「んー……。ちょっとだけ。大爆発を起こした船の墜落。その後現れたおかしな装備の兵士。ってなれば何かしら秘密作戦しかないしね。
きっとうちゅーからじゃ解らない何かがあった。わざわざ潜水艇持ってきた理由はたぶんそれ。これはわくわくしちゃうって訳」
「んー……。ちょっとだけ。大爆発を起こした船の墜落。その後現れたおかしな装備の兵士。ってなれば何かしら秘密作戦しかないしね。
きっとうちゅーからじゃ解らない何かがあった。わざわざ潜水艇持ってきた理由はたぶんそれ。これはわくわくしちゃうって訳」
「それは……」
「別に可哀相だからって助けるわけじゃないのよ。私達だって最初はスクラップ回収目的だし、それは今も変わらない。
あくまで私が知りたいから助けるの。さ、言っちゃえ言っちゃえ」
「別に可哀相だからって助けるわけじゃないのよ。私達だって最初はスクラップ回収目的だし、それは今も変わらない。
あくまで私が知りたいから助けるの。さ、言っちゃえ言っちゃえ」
口ごもるフラン。両手に包まれたコーヒーカップは潮風にさらされたのか温くなっている。ぱしゃっと音を立てて、また飛沫がフランまで飛んでくる。
風に吹かれた短い銀髪がバサバサとたなびいている。
風に吹かれた短い銀髪がバサバサとたなびいている。
「口閉じちゃったぁ? 仕方ない。こじ開けてやるか……」
ニヤリと笑うマーレ。
「あんたレズビアンだろ?」
「ブッ!?」
「ブッ!?」
フランは思い切りコーヒーを噴く。海にコーヒーと唾液という不純物の飛沫が飛び散って行く。
「それも結構巡り巡ってそうなっちゃった感じ? 大変ねぇ」
「!!?」
「うんうん。今は彼女は居ないのか。寂しかろう」
「ななな……!」
「野郎共には黙っとけよ。希望を奪うのはよくないぜ? いや、一部喜ぶか……?」
「なぜそれを……! ていうか何でそこまで!?」
「昨日いろいろと『調べた』からねぇ……。フフ」
「!!?」
「うんうん。今は彼女は居ないのか。寂しかろう」
「ななな……!」
「野郎共には黙っとけよ。希望を奪うのはよくないぜ? いや、一部喜ぶか……?」
「なぜそれを……! ていうか何でそこまで!?」
「昨日いろいろと『調べた』からねぇ……。フフ」
フラン顔炎上。何故か知らないがいろいろと見透かされている気分になった。恥ずかしさと一緒に恐ろしさすら感じていた。
「だ……だだだだからって昨日のアレを許したワケじゃないからな!」
「解ってるって。お堅い感じするもん」
「この節操ナシが!」
「自覚してますぅ~」
「解ってるって。お堅い感じするもん」
「この節操ナシが!」
「自覚してますぅ~」
マーレは喚くフランをニヤニヤしながら見ていた。すっと立ち上がって大きく伸びをして、コーヒーを一気飲み。ニヤけたままでフランを見て、さらに言葉を続ける。
「ま、それはさておきさ。さっさと踏ん切りつけなよ。明日までは待ってやるから」
「黙れ変態!」
「随分短気ねー。ま、いいや。じゃあねフラン」
「黙れ変態!」
「随分短気ねー。ま、いいや。じゃあねフラン」
マーレは去って行く。一人船首に残されたフランは温くなったコーヒーを一口。苦い。そしてちょっとした事に気付く。
「……初めて名前で呼びやがった」
覚悟はまだ出来ていない。それしか方法は無いのとは知っているのだが。
マーレが与えた一晩の余裕は自分を納得させろという時間だろうか。
また一口啜る。やっぱり苦かった。
マーレが与えた一晩の余裕は自分を納得させろという時間だろうか。
また一口啜る。やっぱり苦かった。
続く――
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