「それでは今から君には地上に出てもらいます。」
アヤカは直立不動のままそう言った。
「今日はオカモトさんと組んで8時間程度地上ゲート周りの哨戒をしなさい。
何かあったらすぐ連絡を入れるように。」
「はい。」
「必ず、生きて帰ってくること。」
アヤカは直立不動のままそう言った。
「今日はオカモトさんと組んで8時間程度地上ゲート周りの哨戒をしなさい。
何かあったらすぐ連絡を入れるように。」
「はい。」
「必ず、生きて帰ってくること。」
「今回のAACVの背中にはレーダーユニットが積んである。使い方がわからな
かったらマニュアルを見てくれ。」
通信機越しの整備員の声。
「それと、1時間おきにシートのマッサージ機能を使うこと。でないとエコノミ
ークラス症候群になるぞ。」
「はい、わかりました。」
「よし、それじゃあ幸運を祈る。」
通信が切れる。するとすぐに、外から大きな声がした。
「火器接続、完りょーう!ハンガー、外せー!」
機体を挟んでいた固定具のボルトが外れる。スライドして、後ろへ。
「AACV、エンジン点火ー!」
軽い振動と共に明るくなるコクピット内。青白い光がシンヤの浮かない顔を照
らし出した。
通信が入る。
「チェック終了、全システム異常無し。クロミネ機、地上ゲートへ移動せよ。」
「……了解。」
AACVの足を動かし、床の矢印に従って歩く。
歩む度に振動がわずかに体を上下に揺らす。
緩やかな曲線に従って進んだ先には地上へのリフトの分厚く重い扉があった。
それは近づいていくに従って少しずつ開いていく。
怪物に呑み込まれるような錯覚を覚えて、少し寒気がした。
オレンジ色に照らされたリフト内に待機する。
しばらく待つと、オカモトの青いAACVが同じルートでこちらにやってきた
。その背にはシンヤのAACVと同様に大きな円形のレドームが乗っかったレー
ダーユニットを装備している。
共にリフトに乗ると、扉は重い音と共に閉まっていった。
間もなくリフトが動き出す。
身体が上へ舞い上がっていく。
昇天する時というのはこんな感じだろうか。ふと、そんなことを考えた。
耳障りなサイレンが鳴る。上方でロックが外れる音が聞こえた。灰の塊が脇に
ドサリと落ちてくる。
そして突然視界が開ける!
……地上だった。
降り続く灰に覆われた大地と、晴れることの無い黒く分厚い雲、そして暗闇に
満ちた世界だった。
しかしすぐに自動的にカメラの暗視機能と色調補正が起動し、世界は明るくな
る。
明るいが、遠くの先はぼやけて見えない世界。
なんだ、地下も地上も変わらないじゃないか。
少し、切なくなった。
「クロミネさん、聞こえますか?」
かったらマニュアルを見てくれ。」
通信機越しの整備員の声。
「それと、1時間おきにシートのマッサージ機能を使うこと。でないとエコノミ
ークラス症候群になるぞ。」
「はい、わかりました。」
「よし、それじゃあ幸運を祈る。」
通信が切れる。するとすぐに、外から大きな声がした。
「火器接続、完りょーう!ハンガー、外せー!」
機体を挟んでいた固定具のボルトが外れる。スライドして、後ろへ。
「AACV、エンジン点火ー!」
軽い振動と共に明るくなるコクピット内。青白い光がシンヤの浮かない顔を照
らし出した。
通信が入る。
「チェック終了、全システム異常無し。クロミネ機、地上ゲートへ移動せよ。」
「……了解。」
AACVの足を動かし、床の矢印に従って歩く。
歩む度に振動がわずかに体を上下に揺らす。
緩やかな曲線に従って進んだ先には地上へのリフトの分厚く重い扉があった。
それは近づいていくに従って少しずつ開いていく。
怪物に呑み込まれるような錯覚を覚えて、少し寒気がした。
オレンジ色に照らされたリフト内に待機する。
しばらく待つと、オカモトの青いAACVが同じルートでこちらにやってきた
。その背にはシンヤのAACVと同様に大きな円形のレドームが乗っかったレー
ダーユニットを装備している。
共にリフトに乗ると、扉は重い音と共に閉まっていった。
間もなくリフトが動き出す。
身体が上へ舞い上がっていく。
昇天する時というのはこんな感じだろうか。ふと、そんなことを考えた。
耳障りなサイレンが鳴る。上方でロックが外れる音が聞こえた。灰の塊が脇に
ドサリと落ちてくる。
そして突然視界が開ける!
……地上だった。
降り続く灰に覆われた大地と、晴れることの無い黒く分厚い雲、そして暗闇に
満ちた世界だった。
しかしすぐに自動的にカメラの暗視機能と色調補正が起動し、世界は明るくな
る。
明るいが、遠くの先はぼやけて見えない世界。
なんだ、地下も地上も変わらないじゃないか。
少し、切なくなった。
「クロミネさん、聞こえますか?」
通信機からオカモトの声。
「私の機体はクロミネさんの機体を一定距離で自動追跡する設定になってますか
ら、振り切ってしまわないように、あまりスピードは出さないで下さいね。」
「わかった。よし、じゃあ行こう。」
シンヤは前進ペダルを踏み込んだ。
地上は恐ろしい程に静かだった。
AACVの円盤関節が駆動して出る音と、足裏のホバー音、それと時折灰に足
をとられて、それから脱出するためのスラスターの噴射音以外、本当に何も音が
しない。
もしAACVを下りて一人で地上を歩いたら、物音に飢えて気が狂ってしまう
かもしれない。
少しの間機体の足を休めてその気分を味わいたい好奇心に駆られたが、関節の
凍結とコクピット内の温度低下を防ぐために基本的に足は止めるなと言われてい
る。
地上から太陽が消えて一世紀、平均温度は極低温。
各種メカが出す熱が換気口を通って入ってくる外気を温めるのに使われている
のだ。
シンヤはペダルを現在の位置に固定した。こうしておけば何もしなくても一定
速度で機体は歩き続けてくれる。
あと自分のやることといえば、事前に渡されたマップに従っての左右への方向
転換と、レーダーの画面を見続けることだけだ。
これを8時間か……
うわ、メンドクセ。
眠りこけることも出来ないし、退屈な時間になりそうだ。
オカモトと話して時間を潰そうか。いや、確か彼女も音声で周囲の索敵をやっ
ているはず。話しかけるのはマズイか。
それにしても……
「……慣れちまったなぁ、俺。」
つい口に出してしまった。
オカモトが聞き返してくる。
「いや、独り言」と返してモニターを眺めた。
メインモニターの脇にはレーダーのウインドウが出ている。まったく何も反応
が無い。あっても困るけれど。
ふぅ、と息を吐くと、少し白かった。
それから数時間の間、何も無かった。本当に何も無かった。大事でもないけど
二回言った。
唯一あったことといえば、レーダーに反応があったのだ。
シートのマッサージ機能の意外な気持ちよさを楽しんでいたシンヤはレーダー
の電子音で心臓が跳ね上がる程驚いた。
遠方に移動物体の反応がある。
急いでデータを解析するが、それが終わらない内にオカモトが言った。
「これは多分、輸送用のアッシュモービル(スノーモービルを灰の降り積もる地
上用に改良したもの)ですよ。」
シンヤの耳には何も聞こえない。
だがオカモトには聞こえているのか。
「私の機体はクロミネさんの機体を一定距離で自動追跡する設定になってますか
ら、振り切ってしまわないように、あまりスピードは出さないで下さいね。」
「わかった。よし、じゃあ行こう。」
シンヤは前進ペダルを踏み込んだ。
地上は恐ろしい程に静かだった。
AACVの円盤関節が駆動して出る音と、足裏のホバー音、それと時折灰に足
をとられて、それから脱出するためのスラスターの噴射音以外、本当に何も音が
しない。
もしAACVを下りて一人で地上を歩いたら、物音に飢えて気が狂ってしまう
かもしれない。
少しの間機体の足を休めてその気分を味わいたい好奇心に駆られたが、関節の
凍結とコクピット内の温度低下を防ぐために基本的に足は止めるなと言われてい
る。
地上から太陽が消えて一世紀、平均温度は極低温。
各種メカが出す熱が換気口を通って入ってくる外気を温めるのに使われている
のだ。
シンヤはペダルを現在の位置に固定した。こうしておけば何もしなくても一定
速度で機体は歩き続けてくれる。
あと自分のやることといえば、事前に渡されたマップに従っての左右への方向
転換と、レーダーの画面を見続けることだけだ。
これを8時間か……
うわ、メンドクセ。
眠りこけることも出来ないし、退屈な時間になりそうだ。
オカモトと話して時間を潰そうか。いや、確か彼女も音声で周囲の索敵をやっ
ているはず。話しかけるのはマズイか。
それにしても……
「……慣れちまったなぁ、俺。」
つい口に出してしまった。
オカモトが聞き返してくる。
「いや、独り言」と返してモニターを眺めた。
メインモニターの脇にはレーダーのウインドウが出ている。まったく何も反応
が無い。あっても困るけれど。
ふぅ、と息を吐くと、少し白かった。
それから数時間の間、何も無かった。本当に何も無かった。大事でもないけど
二回言った。
唯一あったことといえば、レーダーに反応があったのだ。
シートのマッサージ機能の意外な気持ちよさを楽しんでいたシンヤはレーダー
の電子音で心臓が跳ね上がる程驚いた。
遠方に移動物体の反応がある。
急いでデータを解析するが、それが終わらない内にオカモトが言った。
「これは多分、輸送用のアッシュモービル(スノーモービルを灰の降り積もる地
上用に改良したもの)ですよ。」
シンヤの耳には何も聞こえない。
だがオカモトには聞こえているのか。
データ解析が終了する。確かにコンピューターは幽霊屋敷所属の輸送用アッシ
ュモービルだと結論を出していた。
「本当だ。よく分かるな、スゲーよ。」
「そんな……多分クロミネさんもこの機体に乗れば分かるようになりますよ。」
信じられない。彼女には世界がどのように見えて、いや、聴こえているのか。
「それでも、数10キロ先だったぞ今の……」
「レーダーが違うんです。私のは反応物の大まかな移動速度もアナウンスして
くれますから、それで。」
なんだ、聞こえてるわけじゃないのか。
「そっちのレーダーの方が上等なのか?」
「えぇ……まぁ」
オカモトは申し訳なさそうな声を出したが、シンヤは当然だろうと思っていた
。
その後しばらくして、さっき反応したアッシュモービルの影を遠方に見つける。
影は大きく灰を巻き上げながら進んでいた。
その姿はシンヤの予想していた流線形とは違って、大型の直方体だった。
例えるなら「横に寝かせた広辞苑を二冊重ねて、それにスキーをつけた感じ」
だろうか。
まるで高層ビルが地面を滑っているようで、少しユーモラスでもある。
だけど結構速いなアレ。
「こちら幽霊屋敷カントウ第2ブロック所属輸送用アッシュモービル『箱亀』。接
近中のAACV2機へ、所属と目的を報告せよ。」
突然そう通信されて、戸惑う。
意味ある発声が出来ないでいると、オカモトが代わりに答えてくれた。
「こちらはカントウ第1ブロック所属のユイ・オカモトとシンヤ・クロミネです
。私たちは命令を受け、現在長時間の哨戒任務中です。そちらの目的は?」
「報告を感謝する。こちらはカントウ第2ブロックの地上ゲートに帰還する途中
だ。」
「ご無事に帰還されてなによりです。」
「無事では無いがな。コロニー・新生ロシアの部隊と交戦して、AACVを1機
やられたので退却した。」
「それは……」
「パイロットはともかく、AACVを失ったのは痛い。君たちも交戦して不利だ
と感じたらすぐに退却するんだぞ。では、貴機らの無事を祈る。」
通信は切れた。
シンヤは怒りにうち震えていた。
「なんだよ、あの野郎……!」
「どうかしましたか?」
「“パイロットはともかく”って言いやがった……!」
AACVが無事なら、俺たちなんていくら死んでも構わないということか。
ュモービルだと結論を出していた。
「本当だ。よく分かるな、スゲーよ。」
「そんな……多分クロミネさんもこの機体に乗れば分かるようになりますよ。」
信じられない。彼女には世界がどのように見えて、いや、聴こえているのか。
「それでも、数10キロ先だったぞ今の……」
「レーダーが違うんです。私のは反応物の大まかな移動速度もアナウンスして
くれますから、それで。」
なんだ、聞こえてるわけじゃないのか。
「そっちのレーダーの方が上等なのか?」
「えぇ……まぁ」
オカモトは申し訳なさそうな声を出したが、シンヤは当然だろうと思っていた
。
その後しばらくして、さっき反応したアッシュモービルの影を遠方に見つける。
影は大きく灰を巻き上げながら進んでいた。
その姿はシンヤの予想していた流線形とは違って、大型の直方体だった。
例えるなら「横に寝かせた広辞苑を二冊重ねて、それにスキーをつけた感じ」
だろうか。
まるで高層ビルが地面を滑っているようで、少しユーモラスでもある。
だけど結構速いなアレ。
「こちら幽霊屋敷カントウ第2ブロック所属輸送用アッシュモービル『箱亀』。接
近中のAACV2機へ、所属と目的を報告せよ。」
突然そう通信されて、戸惑う。
意味ある発声が出来ないでいると、オカモトが代わりに答えてくれた。
「こちらはカントウ第1ブロック所属のユイ・オカモトとシンヤ・クロミネです
。私たちは命令を受け、現在長時間の哨戒任務中です。そちらの目的は?」
「報告を感謝する。こちらはカントウ第2ブロックの地上ゲートに帰還する途中
だ。」
「ご無事に帰還されてなによりです。」
「無事では無いがな。コロニー・新生ロシアの部隊と交戦して、AACVを1機
やられたので退却した。」
「それは……」
「パイロットはともかく、AACVを失ったのは痛い。君たちも交戦して不利だ
と感じたらすぐに退却するんだぞ。では、貴機らの無事を祈る。」
通信は切れた。
シンヤは怒りにうち震えていた。
「なんだよ、あの野郎……!」
「どうかしましたか?」
「“パイロットはともかく”って言いやがった……!」
AACVが無事なら、俺たちなんていくら死んでも構わないということか。
狂ってる。何様のつもりだ。
オカモトは無言だった。
オカモトは無言だった。
アッシュモービルも見えなくなり、気分も落ち着いて、昼食代わりに渡された栄
養剤と満腹感を感じさせるカプセルを呑み込んでいると、突然オカモトが口を開
いた。
「そういえば、明日は休日ですね。」
「え?」
その言葉でこの2、3日色んなことがありすぎたせいか、日付の感覚が無くな
っていたことに気づく。
えぇと、今日は何日だ?
「本当なら今日と明明後日を入れて四連休ですけれど、私たちは明日1日しか休
めないなんて、不公平ですよね。」
含み笑いが聞こえる。
気をつかってくれているのだろうな。
シンヤの頭にある約束が浮かぶ。
……そういえば家族で出かける予定だった……
シンヤの無言を受けて地雷を踏んだことを敏感に察したのか、オカモトは言葉
に詰まったようだった。
すぐにシンヤもマイク越しにそれに気づいて、慌てて明るい調子でオカモトの
休日の予定を尋ねる。
オカモトは答えたが、その後はどうにも気まずい空気が流れた。
シンヤは目を瞑り、頭をシートにゴツゴツ打ち付ける。
まったく、進歩しねーなー、俺。
その時――
「クロミネさん!」
オカモトの大声。
突然だったので驚いたが、すぐに理解した。
レーダーに反応が一つある。
距離がありすぎるせいか解析不可だが、この大きさは一体?
「この速度、多分戦闘用アッシュモービルです。」
「こっちのじゃ?」
「それにしては速度が出過ぎてます。これは多分……」
「さっきのアッシュモービルを追ってるのか」
「多分、そうかと。でも……」
言い切らない内に幽霊屋敷へ連絡を入れようとする。「連絡しようとしている
なら、少し、待ってください」オカモトが止めた。
理由を訊く。
「もし違っていたら余計な混乱を招くだけです。」
「じゃあどうすれば?」
「近づいて確認した方が良いと思います。クロミネさん、お願いします。」
「え……マジで?」
「私ではできませんし、この距離ではさっきのアッシュモービルへ通信を中継する
役割が必要です。ふた手に分かれましょう。」
さすが、判断が場馴れしている。
「あぁ……分かったけど」
「気をつけてください。解析結果が出る距離では向こうもこっちに気づいてます
し、ミサイルの射程距離内の可能性が高いです。だけど……」
「AACVなら」
「そう、ミサイルなんて怖くないですよ。」
オカモトが笑顔を浮かべたのが感じられた。
一人頷き、前を見据える。
養剤と満腹感を感じさせるカプセルを呑み込んでいると、突然オカモトが口を開
いた。
「そういえば、明日は休日ですね。」
「え?」
その言葉でこの2、3日色んなことがありすぎたせいか、日付の感覚が無くな
っていたことに気づく。
えぇと、今日は何日だ?
「本当なら今日と明明後日を入れて四連休ですけれど、私たちは明日1日しか休
めないなんて、不公平ですよね。」
含み笑いが聞こえる。
気をつかってくれているのだろうな。
シンヤの頭にある約束が浮かぶ。
……そういえば家族で出かける予定だった……
シンヤの無言を受けて地雷を踏んだことを敏感に察したのか、オカモトは言葉
に詰まったようだった。
すぐにシンヤもマイク越しにそれに気づいて、慌てて明るい調子でオカモトの
休日の予定を尋ねる。
オカモトは答えたが、その後はどうにも気まずい空気が流れた。
シンヤは目を瞑り、頭をシートにゴツゴツ打ち付ける。
まったく、進歩しねーなー、俺。
その時――
「クロミネさん!」
オカモトの大声。
突然だったので驚いたが、すぐに理解した。
レーダーに反応が一つある。
距離がありすぎるせいか解析不可だが、この大きさは一体?
「この速度、多分戦闘用アッシュモービルです。」
「こっちのじゃ?」
「それにしては速度が出過ぎてます。これは多分……」
「さっきのアッシュモービルを追ってるのか」
「多分、そうかと。でも……」
言い切らない内に幽霊屋敷へ連絡を入れようとする。「連絡しようとしている
なら、少し、待ってください」オカモトが止めた。
理由を訊く。
「もし違っていたら余計な混乱を招くだけです。」
「じゃあどうすれば?」
「近づいて確認した方が良いと思います。クロミネさん、お願いします。」
「え……マジで?」
「私ではできませんし、この距離ではさっきのアッシュモービルへ通信を中継する
役割が必要です。ふた手に分かれましょう。」
さすが、判断が場馴れしている。
「あぁ……分かったけど」
「気をつけてください。解析結果が出る距離では向こうもこっちに気づいてます
し、ミサイルの射程距離内の可能性が高いです。だけど……」
「AACVなら」
「そう、ミサイルなんて怖くないですよ。」
オカモトが笑顔を浮かべたのが感じられた。
一人頷き、前を見据える。
小さな虫が素早く駆け抜けるような感覚が腕を、背を這い上がった。
不快な緊張感。一瞬、吐き気をもよおす。
命を賭けるって、こんな感じか。
「じゃ、行ってくる。」
「気をつけてください。」
ペダルのロックを解除、思い切り踏み込む。
助走をつけて、AACVの背面スラスターを点火し、シンヤは飛び立った。
オカモトの機体の反応がシンヤの機体から離れていく。
速度は徐々に上昇し、時速600キロにまで達した。
周囲の風景は単なる影に成り下がり、後方へ吹き飛んでいく。
この辺りまでくると、ちょっとした軌道修正の度に内臓が後ろに引っ張られて
気分が悪い。
パイロットスーツをもっときつめに着るべきだった。
レーダーが電子音を鳴らす。
素早く両脚を前方に投げ出し、スラスターを点火して急減速。吐きそう。空中
で静止してデータ解析を待った。
青い顔でモニターを見ると、コンピューターは反応の正体をやはり『コロニー・
新生ロシアの主力戦闘用アッシュモービル』だと表示した。オカモトにデータを
送信する。
さて、役目は終わった。面倒に巻き込まれない内に――
その時、警告音。
レーダーには小さな影。急速で機体をひねり、そっちを見る。
ミサイルだ。まっすぐこちらに飛んでくる!
緊張のあまり、全身の筋肉が強ばる。頭は真っ白になっていた。ぞぞぞ。血液
が冷たい。
シンヤの目にはミサイルの先端が見えた。
その瞬間、シンヤは直感的にレバーを倒した。
スラスターがあさっての方向を向いて、機体が安定性を失い、ぐるりと回る。
ミサイルは当たらなかった。一瞬前までライフルを握る右腕があった部分をす
り抜けていく。
機体を安定させると、ミサイルは大きく弧を描いて再びこちらに向かってきた。
よし――
避けきってみせる。
高速で空中を後退しつつミサイルにライフルを向ける。ロックするまで1.2秒。遅すぎる!
ミサイルのカメラと目があった。ゾッとして、引き金を引く。弾は外れてはるか遠方の闇
に消えた。
振り切ろうと軌道を変える。間に合わない。
舌打ちと共に左腕をミサイルに突き出す。「マジにヤバイと感じたらこうしろ」タクヤの
言葉が浮かんだ。
ミサイルが腕に着弾する。衝撃!AACVは墜落した。
気絶しなかったのはパイロットスーツと固定具のエアバックのおかげだろう。シンヤはグ
ラグラする世界の中で立ち上がった。
警告音が左腕をスクラップにされたことを伝えている。灰にまみれたAACVは機体を翻
えさせた。
追撃がこないことを考えると今のミサイルは威嚇のようなものだろう。でも、それでもこ
のダメージ。やってられるか。
全力で、逃げる!
急いでスラスターを点火して、シンヤは飛び去っていった。
不快な緊張感。一瞬、吐き気をもよおす。
命を賭けるって、こんな感じか。
「じゃ、行ってくる。」
「気をつけてください。」
ペダルのロックを解除、思い切り踏み込む。
助走をつけて、AACVの背面スラスターを点火し、シンヤは飛び立った。
オカモトの機体の反応がシンヤの機体から離れていく。
速度は徐々に上昇し、時速600キロにまで達した。
周囲の風景は単なる影に成り下がり、後方へ吹き飛んでいく。
この辺りまでくると、ちょっとした軌道修正の度に内臓が後ろに引っ張られて
気分が悪い。
パイロットスーツをもっときつめに着るべきだった。
レーダーが電子音を鳴らす。
素早く両脚を前方に投げ出し、スラスターを点火して急減速。吐きそう。空中
で静止してデータ解析を待った。
青い顔でモニターを見ると、コンピューターは反応の正体をやはり『コロニー・
新生ロシアの主力戦闘用アッシュモービル』だと表示した。オカモトにデータを
送信する。
さて、役目は終わった。面倒に巻き込まれない内に――
その時、警告音。
レーダーには小さな影。急速で機体をひねり、そっちを見る。
ミサイルだ。まっすぐこちらに飛んでくる!
緊張のあまり、全身の筋肉が強ばる。頭は真っ白になっていた。ぞぞぞ。血液
が冷たい。
シンヤの目にはミサイルの先端が見えた。
その瞬間、シンヤは直感的にレバーを倒した。
スラスターがあさっての方向を向いて、機体が安定性を失い、ぐるりと回る。
ミサイルは当たらなかった。一瞬前までライフルを握る右腕があった部分をす
り抜けていく。
機体を安定させると、ミサイルは大きく弧を描いて再びこちらに向かってきた。
よし――
避けきってみせる。
高速で空中を後退しつつミサイルにライフルを向ける。ロックするまで1.2秒。遅すぎる!
ミサイルのカメラと目があった。ゾッとして、引き金を引く。弾は外れてはるか遠方の闇
に消えた。
振り切ろうと軌道を変える。間に合わない。
舌打ちと共に左腕をミサイルに突き出す。「マジにヤバイと感じたらこうしろ」タクヤの
言葉が浮かんだ。
ミサイルが腕に着弾する。衝撃!AACVは墜落した。
気絶しなかったのはパイロットスーツと固定具のエアバックのおかげだろう。シンヤはグ
ラグラする世界の中で立ち上がった。
警告音が左腕をスクラップにされたことを伝えている。灰にまみれたAACVは機体を翻
えさせた。
追撃がこないことを考えると今のミサイルは威嚇のようなものだろう。でも、それでもこ
のダメージ。やってられるか。
全力で、逃げる!
急いでスラスターを点火して、シンヤは飛び去っていった。
長時間の任務を終えて帰還し、各種報告も終えたシンヤは部屋に戻ってベッド
に身を投げ出した。
とんでもなく疲れた。体もダルいし気分も悪い。
もうこのままずっと寝転んでいたい。そう思った。
初めての本格的な任務を回想する。あれが命を脅かされる感覚か。
この先、また経験しなきゃならないんだろうな。
あのホバークラフトの人が言っていた、撃破されたAACVパイロットはどう
なったのだろうか。
灰の降り続ける地上で死んでいく気分というのはどんなものだろう。
とてもなく寒くて、どうしようもなくて、少しずつ埋もれていくのだろうか。
誰にも迎えられず、あの巨人と心中するのか。
そんなの、寂しすぎるだろ。
手に力が入り、拳を作る。
「ぜってー生き延びてやる……!」
そう呟いた。
それにしても気分が悪い。またAACV酔いだろうか。
ベッドから離れ、覚束ない足取りで部屋を出て食堂へ。丁度夕飯時だ。昼食も
実質とって無いし、腹が減った。
食堂は食券制だが、何を頼んでもタダだ。リクエストも受け付けてくれる。
メニューも豊富で量もあるが、あんまりメシを残す人間にはちょっと危険な任
務が回される。という噂がある。とタクヤから聞いた。本当かは知らない。
食券を手に入れてカウンターに向かう途中で、名前を呼ばれた。
見ると、タクヤ・タカハシが3人の整備員だろうか、男と食事をとっていた。
むせぇ。
カウンターで焼き魚定食(ご飯と味付き海苔。ナスの味噌汁と、かぶの浅漬け&
ほっけの一夜干し。勿論大根おろし付き。)のトレイを受け取って、タクヤの隣へ
。
初めて会う人たちに軽く挨拶を交わす。
予想通り、皆タクヤの同僚だった。筋肉質で若い人ばかりだ。
少し自分の細い腕が恥ずかしくなる。
「おめでとさん。」
タクヤがいきなりそう言う。
何のことだかわからず目を丸くしていると、彼はシンヤの肩を叩いて言った。
「よく生きて帰ってきたなー。」
そういうことか。
笑って礼を言う。
に身を投げ出した。
とんでもなく疲れた。体もダルいし気分も悪い。
もうこのままずっと寝転んでいたい。そう思った。
初めての本格的な任務を回想する。あれが命を脅かされる感覚か。
この先、また経験しなきゃならないんだろうな。
あのホバークラフトの人が言っていた、撃破されたAACVパイロットはどう
なったのだろうか。
灰の降り続ける地上で死んでいく気分というのはどんなものだろう。
とてもなく寒くて、どうしようもなくて、少しずつ埋もれていくのだろうか。
誰にも迎えられず、あの巨人と心中するのか。
そんなの、寂しすぎるだろ。
手に力が入り、拳を作る。
「ぜってー生き延びてやる……!」
そう呟いた。
それにしても気分が悪い。またAACV酔いだろうか。
ベッドから離れ、覚束ない足取りで部屋を出て食堂へ。丁度夕飯時だ。昼食も
実質とって無いし、腹が減った。
食堂は食券制だが、何を頼んでもタダだ。リクエストも受け付けてくれる。
メニューも豊富で量もあるが、あんまりメシを残す人間にはちょっと危険な任
務が回される。という噂がある。とタクヤから聞いた。本当かは知らない。
食券を手に入れてカウンターに向かう途中で、名前を呼ばれた。
見ると、タクヤ・タカハシが3人の整備員だろうか、男と食事をとっていた。
むせぇ。
カウンターで焼き魚定食(ご飯と味付き海苔。ナスの味噌汁と、かぶの浅漬け&
ほっけの一夜干し。勿論大根おろし付き。)のトレイを受け取って、タクヤの隣へ
。
初めて会う人たちに軽く挨拶を交わす。
予想通り、皆タクヤの同僚だった。筋肉質で若い人ばかりだ。
少し自分の細い腕が恥ずかしくなる。
「おめでとさん。」
タクヤがいきなりそう言う。
何のことだかわからず目を丸くしていると、彼はシンヤの肩を叩いて言った。
「よく生きて帰ってきたなー。」
そういうことか。
笑って礼を言う。
向かい側の席の青年が身を乗り出して訊いてきた。「今日が初めての地上だっ
たのか?」
「はい。」
「おーマジか。ってことは君がクロミネくんか。」
自己紹介をする手間が省けた。
シンヤは浅漬けに箸を伸ばす。コリコリして、適度に塩も利いている。
ご飯も進むいい味だ。
「いやまぁ、哨戒でしたし、そんな危険なこともありませんでしたよ。」
「嘘つけー、聞いたぜ?お前ミサイル避けようとしてAACVの腕吹っ飛ばした
らしーじゃねーか。」
何故知ってるタクヤ・タカハシ。
「そんでアヤカさんに怒られたって?」
そうなのだ。
帰還したシンヤのAACVを見て事情を聞いたアヤカは、怒鳴りこそしなかっ
たが、非常に静かな怒りをあらわしたのだった。
その時の冷たい目といったら、自発的に土下座したくなるレベル。
そのテの人には堪らないかもしれないが、シンヤにはそんな趣味は無かったの
で、軽く鬱になるほどのダメージを心に負ってしまったのだった。
そしてその傷をほじくり返すタクヤ。お前わかっててやってるだろ。
「まぁ……そうです。」
「そんな顔スンナよー、誉めてるんだぜ?」
どこがだ。
「初めての実戦で、腕を犠牲に機体を生かす選択なんて普通できねーよ。しかも
お前まだ三回目だろ?乗ったの。」
「そうなんですか?」
「そうだよ。自信持って良いぜ?」
タクヤの顔はふざけている風ではなかった。
照れ臭い気持ちと情けない気持ちがごちゃ混ぜになった微妙な気分になりつつ、
醤油をたらした大根おろしをほっけに乗せ、口に運ぶ。
絶妙な美味しさだ。味を主張するでもないが、膳の中で決して存在感を失わな
い。大根おろしのささやかな辛みがさらに箸をすすませる。
シンヤはそれからしばらく、彼らと楽しく過ごした。
たのか?」
「はい。」
「おーマジか。ってことは君がクロミネくんか。」
自己紹介をする手間が省けた。
シンヤは浅漬けに箸を伸ばす。コリコリして、適度に塩も利いている。
ご飯も進むいい味だ。
「いやまぁ、哨戒でしたし、そんな危険なこともありませんでしたよ。」
「嘘つけー、聞いたぜ?お前ミサイル避けようとしてAACVの腕吹っ飛ばした
らしーじゃねーか。」
何故知ってるタクヤ・タカハシ。
「そんでアヤカさんに怒られたって?」
そうなのだ。
帰還したシンヤのAACVを見て事情を聞いたアヤカは、怒鳴りこそしなかっ
たが、非常に静かな怒りをあらわしたのだった。
その時の冷たい目といったら、自発的に土下座したくなるレベル。
そのテの人には堪らないかもしれないが、シンヤにはそんな趣味は無かったの
で、軽く鬱になるほどのダメージを心に負ってしまったのだった。
そしてその傷をほじくり返すタクヤ。お前わかっててやってるだろ。
「まぁ……そうです。」
「そんな顔スンナよー、誉めてるんだぜ?」
どこがだ。
「初めての実戦で、腕を犠牲に機体を生かす選択なんて普通できねーよ。しかも
お前まだ三回目だろ?乗ったの。」
「そうなんですか?」
「そうだよ。自信持って良いぜ?」
タクヤの顔はふざけている風ではなかった。
照れ臭い気持ちと情けない気持ちがごちゃ混ぜになった微妙な気分になりつつ、
醤油をたらした大根おろしをほっけに乗せ、口に運ぶ。
絶妙な美味しさだ。味を主張するでもないが、膳の中で決して存在感を失わな
い。大根おろしのささやかな辛みがさらに箸をすすませる。
シンヤはそれからしばらく、彼らと楽しく過ごした。
時計の針は10時をまわった。
シンヤは部屋にある小さめの机に向かい、頬杖をついて考え事をしていた。
異質なのだ。
地上から戻ってきた時から感じているこの体のダルさと、昨日まで感じていた
AACV酔い。
似ているが、違うものだ。
一体原因は何なのか。考えていて、気付いたのだ。
この幽霊屋敷に来て知り合った人間で、アヤカ・コンドウ以外に健常者が居な
いことに。
シンヤは部屋にある小さめの机に向かい、頬杖をついて考え事をしていた。
異質なのだ。
地上から戻ってきた時から感じているこの体のダルさと、昨日まで感じていた
AACV酔い。
似ているが、違うものだ。
一体原因は何なのか。考えていて、気付いたのだ。
この幽霊屋敷に来て知り合った人間で、アヤカ・コンドウ以外に健常者が居な
いことに。
タクヤ・タカハシは呼吸器系の障害で鼻にチューブを付けているし、ユイ・オ
カモトはほぼ盲目だ。数時間前に一緒に食事していた整備員たちも、思い返せば
トレイの脇に小さな薬入れを転がしていた。
嫌な考えが閃く。しかし、認めたくないほどにリアルだ。
シンヤは席を立ち、部屋を出ていった。
カモトはほぼ盲目だ。数時間前に一緒に食事していた整備員たちも、思い返せば
トレイの脇に小さな薬入れを転がしていた。
嫌な考えが閃く。しかし、認めたくないほどにリアルだ。
シンヤは席を立ち、部屋を出ていった。
部屋の扉がノックされる。キーボードを打つ手は休めずに「どうぞ」と応えた
。
入ってきたのはシンヤ・クロミネだった。その目つきは重大な決断を迫られて
いる時の様で、まるで確固たる意志が感じられない。手も震えている。
アヤカ・コンドウはそれだけでシンヤの目的を察した。しかし、直接問いただ
しにくるとは珍しい。
「用件は何?」
黙っている彼に、一応、訊く。
クロミネは一瞬目を閉じ、それから言葉を発した。
「訊きたいことが、あります。」
焦ったり、恐れたりして声の調子が乱れないよう慎重に喋っているのがわかる
。
「何?」
「AACVに乗ると、病んでしまうんですか。」
「……ストレートね。」
キーボードから一旦指を離して、コーヒーを口に運ぶ。
カップを置き背もたれに身を任せ、椅子を回転させてシンヤに体を向けた。
予想より気付くのが遅い。
「そうよ。」
簡潔な言葉で肯定する。
シンヤが続く情報を受け止められるよう、少し間を置いて続ける。
「一昨日話した、P物質のせいでね。」
机の引き出しからファイルを取りだし、中から書類を抜き出す。差し出すと、
彼は近づいて受け取った。
「P物質にはちょっと厄介な性質があってね……そのために幽霊屋敷はパイロッ
ト補充に拉致という手段をとらざるを得ないの。」
目の前の少年の目は書類に向かっている。
「『P物質起因性障害』って、そこに書いてあるでしょう?」
「……ええ。」
「簡単に言えば、『P物質から発せられる未知の波動によって生じる不治の病』
といったところかしら。」
クロミネはまだ書類を見ていた。
今頃はP物質起因性障害の特徴の項目を読んでいるだろうか。
P物質起因性障害を生じさせる未知の波動は、現在の物理学では防ぐことが不
可能であること。
P物質起因性障害で生じる症状は個人によって大きく異なるために対症療法し
かとれないということ。
半年以内に日常生活に支障をきたす程度の重大な障害を生じる可能性は六割、
初めて波動に触れてから二年以内に死亡する確率は99パーセントだということ
。
。
入ってきたのはシンヤ・クロミネだった。その目つきは重大な決断を迫られて
いる時の様で、まるで確固たる意志が感じられない。手も震えている。
アヤカ・コンドウはそれだけでシンヤの目的を察した。しかし、直接問いただ
しにくるとは珍しい。
「用件は何?」
黙っている彼に、一応、訊く。
クロミネは一瞬目を閉じ、それから言葉を発した。
「訊きたいことが、あります。」
焦ったり、恐れたりして声の調子が乱れないよう慎重に喋っているのがわかる
。
「何?」
「AACVに乗ると、病んでしまうんですか。」
「……ストレートね。」
キーボードから一旦指を離して、コーヒーを口に運ぶ。
カップを置き背もたれに身を任せ、椅子を回転させてシンヤに体を向けた。
予想より気付くのが遅い。
「そうよ。」
簡潔な言葉で肯定する。
シンヤが続く情報を受け止められるよう、少し間を置いて続ける。
「一昨日話した、P物質のせいでね。」
机の引き出しからファイルを取りだし、中から書類を抜き出す。差し出すと、
彼は近づいて受け取った。
「P物質にはちょっと厄介な性質があってね……そのために幽霊屋敷はパイロッ
ト補充に拉致という手段をとらざるを得ないの。」
目の前の少年の目は書類に向かっている。
「『P物質起因性障害』って、そこに書いてあるでしょう?」
「……ええ。」
「簡単に言えば、『P物質から発せられる未知の波動によって生じる不治の病』
といったところかしら。」
クロミネはまだ書類を見ていた。
今頃はP物質起因性障害の特徴の項目を読んでいるだろうか。
P物質起因性障害を生じさせる未知の波動は、現在の物理学では防ぐことが不
可能であること。
P物質起因性障害で生じる症状は個人によって大きく異なるために対症療法し
かとれないということ。
半年以内に日常生活に支障をきたす程度の重大な障害を生じる可能性は六割、
初めて波動に触れてから二年以内に死亡する確率は99パーセントだということ
。
「読み終えた?」
シンヤに尋ねる。
すると彼は書類を力強く握り潰して、こちらを睨み付けてきた。
「どうして教えてくれなかったんですか」
「君のためよ」
「だから何故!」
「じゃあ訊くけれど」
目にかかった前髪を払う。
「君、事前にこのことを知っていたら、AACVに乗った?」
「乗りたいなんて、思うわけな――!」
彼の言葉はそこで途切れた。
「気付いたようね。」
微笑んでみせる。
「……クソ!」
クロミネはやり場の無い怒りと悔しさを持て余しているようだった。
「最初に説明した通り、命令を拒否したら私は君を殺さなくてはならない。私は
殺人はあまり好きではないし、君も死にたくはない。そうでしょう?」
少年はわずかに頷いた。
「君の余命は二年になってしまったけれど、その時間はやり方によっては有意義
なものになるはずよ。タカハシくんを見なさい。彼はもう既に一年ほど幽霊屋敷
に居るけれど、毎日充実していると言っているわ。」
「でも……!」
「それとも」
引き出しからある物を取り出す。
「実際に銃口を向けられてみないとわからない?」
グロック17を向けられて、少年は硬直した。
安全装置は外していない。最初から撃つつもりも無い。だが、恐らく彼が初め
て目にする本物の、しかも自分に銃口が向いている拳銃による脅しが目的なので
それでもかまわない。
他人の指の、たった数センチの動きに自分の命がかかる状況は想像を絶する恐
怖だ。アヤカ自身にも経験がある。だからこそ躊躇いもなく他人に同じことがで
きる。
少年が自分の立場をしっかりと理解するのを待って、アヤカは拳銃を引き出し
に戻した。
「わかったら、部屋に戻って泣きなさい。それが一番のストレス解消よ。」
そして再びパソコンに向かう。
仕事を再開する。シンヤは数分後、静かに部屋を出ていった。
指を止める。コーヒーってこんなに苦かったかな。
シンヤに尋ねる。
すると彼は書類を力強く握り潰して、こちらを睨み付けてきた。
「どうして教えてくれなかったんですか」
「君のためよ」
「だから何故!」
「じゃあ訊くけれど」
目にかかった前髪を払う。
「君、事前にこのことを知っていたら、AACVに乗った?」
「乗りたいなんて、思うわけな――!」
彼の言葉はそこで途切れた。
「気付いたようね。」
微笑んでみせる。
「……クソ!」
クロミネはやり場の無い怒りと悔しさを持て余しているようだった。
「最初に説明した通り、命令を拒否したら私は君を殺さなくてはならない。私は
殺人はあまり好きではないし、君も死にたくはない。そうでしょう?」
少年はわずかに頷いた。
「君の余命は二年になってしまったけれど、その時間はやり方によっては有意義
なものになるはずよ。タカハシくんを見なさい。彼はもう既に一年ほど幽霊屋敷
に居るけれど、毎日充実していると言っているわ。」
「でも……!」
「それとも」
引き出しからある物を取り出す。
「実際に銃口を向けられてみないとわからない?」
グロック17を向けられて、少年は硬直した。
安全装置は外していない。最初から撃つつもりも無い。だが、恐らく彼が初め
て目にする本物の、しかも自分に銃口が向いている拳銃による脅しが目的なので
それでもかまわない。
他人の指の、たった数センチの動きに自分の命がかかる状況は想像を絶する恐
怖だ。アヤカ自身にも経験がある。だからこそ躊躇いもなく他人に同じことがで
きる。
少年が自分の立場をしっかりと理解するのを待って、アヤカは拳銃を引き出し
に戻した。
「わかったら、部屋に戻って泣きなさい。それが一番のストレス解消よ。」
そして再びパソコンに向かう。
仕事を再開する。シンヤは数分後、静かに部屋を出ていった。
指を止める。コーヒーってこんなに苦かったかな。
シンヤは部屋には戻らず、ドックに居た。
目の前には今日一日乗っていたAACVが固定されて立っている。壊れた左腕
はもう新しくなっていた。
「お前は毎日楽しいか」
シンヤはAACVに語りかける。
鋼鉄の巨人は沈黙したまま。死をもたらすことだけが彼らの存在意義なのだ。
対話なんて無意味なものなのだろう。
「……テメーなんか、無くなっちまえよ……。」
目の前には今日一日乗っていたAACVが固定されて立っている。壊れた左腕
はもう新しくなっていた。
「お前は毎日楽しいか」
シンヤはAACVに語りかける。
鋼鉄の巨人は沈黙したまま。死をもたらすことだけが彼らの存在意義なのだ。
対話なんて無意味なものなのだろう。
「……テメーなんか、無くなっちまえよ……。」
AACVの顔を見上げる。およそ人のものとは似ても似つかない平べったい箱
形の頭は何も反応を示さない。
当然か。自分に嘲笑を浴びせ、脚部の装甲に手を突く。
余命二年か。なるほど。
絶望的すぎて、なんだか逆に気が楽になった。
この巨人の胸に抱かれた時点で、俺の一生は決まったんだ。
もう失うものなんて何も無い。家族も、友人も、自分自身も、とうに無くして
しまったんだ。
今ここに居るのは幽霊なのだ。シンヤ・クロミネという名前の、まだ未練がま
しくこの世にへばりついてる幽霊だ。
幽霊なら幽霊らしく、とことんまで現世にへばりついてやる。いつか自然消滅
する日まで。
シンヤは自然と笑みを浮かべていた。
そして装甲に軽くこぶしをつける。
「これからよろしくな、相棒」
巨人は何も答えなかった。
形の頭は何も反応を示さない。
当然か。自分に嘲笑を浴びせ、脚部の装甲に手を突く。
余命二年か。なるほど。
絶望的すぎて、なんだか逆に気が楽になった。
この巨人の胸に抱かれた時点で、俺の一生は決まったんだ。
もう失うものなんて何も無い。家族も、友人も、自分自身も、とうに無くして
しまったんだ。
今ここに居るのは幽霊なのだ。シンヤ・クロミネという名前の、まだ未練がま
しくこの世にへばりついてる幽霊だ。
幽霊なら幽霊らしく、とことんまで現世にへばりついてやる。いつか自然消滅
する日まで。
シンヤは自然と笑みを浮かべていた。
そして装甲に軽くこぶしをつける。
「これからよろしくな、相棒」
巨人は何も答えなかった。
リョウゴは考えこんでいた。
告別式を終え、家に帰って夕飯を食べ、いよいよ眠ろうとした時にふと目に止
まった自分の財布。
その中のグラウンド・ゼロのICカードを見て、久しぶりに公式サイトをチェ
ックしようと思い立ち、ページを開いたのだ。
大きなバージョンアップの情報も無く、適当に他のプレイヤーの成績を見て終
わろうとして、そういえばシンヤはどんな成績だったのだろうか気になったのだ
った。
しかしシンヤの名前は見つからない。
登録していないのかと思ったが、シンヤがICカードを作る時に自分が「登録
しろ」と言ってやったはずだ。実際に成績を見た記憶もある。後から成績開示を
取り止めることは出来ない。
なら、何故アイツの名前が消えている?
他のプレイヤーの成績の削除依頼は受け付けられていない。だとすれば……
「運営が消したのか?」
しかし何故。運営にシンヤの知り合いでも居たのか?いや、ほっといてもゲー
ムをしないまま半年が経てばICカードが失効して成績も勝手に消えるはず。
……消さなければならない理由があったのか?
もし成績が生きていたら……
「“死んだ人間のデータが半年間残る”以外に無いよなぁ……」
もしかしたら、グラウンド・ゼロの運営がプレイヤーを次々と殺していて、そ
れがデータから発覚するのを防ぐためにやったとか?
……何アホな想像してんだか。
リョウゴは自分に呆れて、パソコンを閉じた。
告別式を終え、家に帰って夕飯を食べ、いよいよ眠ろうとした時にふと目に止
まった自分の財布。
その中のグラウンド・ゼロのICカードを見て、久しぶりに公式サイトをチェ
ックしようと思い立ち、ページを開いたのだ。
大きなバージョンアップの情報も無く、適当に他のプレイヤーの成績を見て終
わろうとして、そういえばシンヤはどんな成績だったのだろうか気になったのだ
った。
しかしシンヤの名前は見つからない。
登録していないのかと思ったが、シンヤがICカードを作る時に自分が「登録
しろ」と言ってやったはずだ。実際に成績を見た記憶もある。後から成績開示を
取り止めることは出来ない。
なら、何故アイツの名前が消えている?
他のプレイヤーの成績の削除依頼は受け付けられていない。だとすれば……
「運営が消したのか?」
しかし何故。運営にシンヤの知り合いでも居たのか?いや、ほっといてもゲー
ムをしないまま半年が経てばICカードが失効して成績も勝手に消えるはず。
……消さなければならない理由があったのか?
もし成績が生きていたら……
「“死んだ人間のデータが半年間残る”以外に無いよなぁ……」
もしかしたら、グラウンド・ゼロの運営がプレイヤーを次々と殺していて、そ
れがデータから発覚するのを防ぐためにやったとか?
……何アホな想像してんだか。
リョウゴは自分に呆れて、パソコンを閉じた。