吹き荒れる! 吹き荒れる!
林立する高層建築物を悉く抉り飛ばし、駆け抜ける疾風粉塵鉄片火花。
黒の瘴気を纏った魔族ドルンドメオンと、青い稲妻と化した生ける鋼鉄スプリガン。二大巨人の激突に、一帯
の次元さえ歪んで見える。
スプリガンの名乗りを受け、かの漆黒の魔族もまた名を告げた。ニ、三分ほど前のことである。
「我がお相手いたそう、人族のスプリガン。我が名はドルンドメオン。猛甲ラピュラパズロイの仔である甲属魔
族、その遊撃種兵隊カーストたるドド系列の六十四世である。流儀はなく、ただ始祖より受け継ぎし闘争の遺伝
子のみがある」
一説によると、魔族には“技”が存在しないという。これについては今もって疑問の余地が大きいが、進化す
るうちに最適化されて本能に組み込まれた一連の動作と、格闘技や剣術といったものが追求する術理とは異なる
と言えなくもない。
瞬き一つの間を挟み、虚を突くように闇黒が躍動した。
それが戦闘の始まりだった。もう一体残った紅蓮の魔族オルピヌスは、それが己の職分であるとスプリガンの
性能の見極めに掛かったために、まずは一対一。
目まぐるしく立ち位置を入れ替え、ビルの壁面を使って立体的に立ち回りさえしてのける彼らの動きは、遠目
に戦いの場を見渡すことねの眼にもよく分からなかった。
幼い彼女が迷い込んでいたのは、人類の認識から隔絶した、巨人達の領域。
(すごい……!)
そんな感嘆がひとつの言語として凝結するにもしばらくの時を要したほど。
凄絶にすぎる光景に見惚れていたからだろうか。
彼に気づかなかったのは。
「蝿という昆虫は」
にやついたような男の声だった。それはことねの背後から、突然に聞こえてきた。
「蛍光灯の明滅、百分の一秒の世界を知覚できるそうだ」
ことねはびくりと肩を震わせ、恐る恐る細い首を回してみる。激しい動悸が耳の奥を突いていた。
足音のひとつにも覚えがなく、いつ現れたのかは全く分からない。煙のように密やかに立っていた何者か。
それは異様な風体をした青年だった。
丈の長い白衣を羽織った、筋肉質の巨漢。金属質の遮光器で目許を覆い隠しているが、人を食ったように引き
攣った口の端だけでも性格を察するに余りある。
気配が希薄なようでいて、自然と一体化したような奇妙な存在感のある男だった。
どこからどう見ても超弩級の変質者だったが、ことねは安堵した。巨人の国に放り込まれて右も左も分からな
いところで、初めて頼りにできる人間を見つけた気分だった。
「それ以上の時間分解能を誇る魔族は、砲弾の動きをコマ送りで見ている。そんなものは大抵の魔族なら後出し
で反応して躱せる」
ことねのために言葉を選ぶ風もなく男は説明を続けていく。白衣の左右のポケットに両手を突き込み、態度は
ぞんざいでさえあった。
「クラスター爆弾や多弾頭ミサイルによる面制圧なら捉えられても、威力不足で魔族の自己再生が間に合ってし
まう。化学兵器は改良が重ねられているが、どうせ抵抗力ですぐに効かなくなる。頼みは一発でも虐殺せしめる
広域破壊兵器だが、これは既に数がない」
唇の動きだけを追って、ことねは目を白黒させた。何が何だか分からなかった。彼の妙に濃い顔立ちは、見て
いるだけでも毒気に中てられる気がする。
「しかしあのスーパーロボットフォルムならば、至近距離から砲弾をも凌ぐ攻撃を自由自在に放つという、それ
らのどれとも違う戦術をとれる」
言い放つ彼の口調には、強烈な自信。
しかし、ことねはやはり状況が掴めず、呆然とするしかない。
林立する高層建築物を悉く抉り飛ばし、駆け抜ける疾風粉塵鉄片火花。
黒の瘴気を纏った魔族ドルンドメオンと、青い稲妻と化した生ける鋼鉄スプリガン。二大巨人の激突に、一帯
の次元さえ歪んで見える。
スプリガンの名乗りを受け、かの漆黒の魔族もまた名を告げた。ニ、三分ほど前のことである。
「我がお相手いたそう、人族のスプリガン。我が名はドルンドメオン。猛甲ラピュラパズロイの仔である甲属魔
族、その遊撃種兵隊カーストたるドド系列の六十四世である。流儀はなく、ただ始祖より受け継ぎし闘争の遺伝
子のみがある」
一説によると、魔族には“技”が存在しないという。これについては今もって疑問の余地が大きいが、進化す
るうちに最適化されて本能に組み込まれた一連の動作と、格闘技や剣術といったものが追求する術理とは異なる
と言えなくもない。
瞬き一つの間を挟み、虚を突くように闇黒が躍動した。
それが戦闘の始まりだった。もう一体残った紅蓮の魔族オルピヌスは、それが己の職分であるとスプリガンの
性能の見極めに掛かったために、まずは一対一。
目まぐるしく立ち位置を入れ替え、ビルの壁面を使って立体的に立ち回りさえしてのける彼らの動きは、遠目
に戦いの場を見渡すことねの眼にもよく分からなかった。
幼い彼女が迷い込んでいたのは、人類の認識から隔絶した、巨人達の領域。
(すごい……!)
そんな感嘆がひとつの言語として凝結するにもしばらくの時を要したほど。
凄絶にすぎる光景に見惚れていたからだろうか。
彼に気づかなかったのは。
「蝿という昆虫は」
にやついたような男の声だった。それはことねの背後から、突然に聞こえてきた。
「蛍光灯の明滅、百分の一秒の世界を知覚できるそうだ」
ことねはびくりと肩を震わせ、恐る恐る細い首を回してみる。激しい動悸が耳の奥を突いていた。
足音のひとつにも覚えがなく、いつ現れたのかは全く分からない。煙のように密やかに立っていた何者か。
それは異様な風体をした青年だった。
丈の長い白衣を羽織った、筋肉質の巨漢。金属質の遮光器で目許を覆い隠しているが、人を食ったように引き
攣った口の端だけでも性格を察するに余りある。
気配が希薄なようでいて、自然と一体化したような奇妙な存在感のある男だった。
どこからどう見ても超弩級の変質者だったが、ことねは安堵した。巨人の国に放り込まれて右も左も分からな
いところで、初めて頼りにできる人間を見つけた気分だった。
「それ以上の時間分解能を誇る魔族は、砲弾の動きをコマ送りで見ている。そんなものは大抵の魔族なら後出し
で反応して躱せる」
ことねのために言葉を選ぶ風もなく男は説明を続けていく。白衣の左右のポケットに両手を突き込み、態度は
ぞんざいでさえあった。
「クラスター爆弾や多弾頭ミサイルによる面制圧なら捉えられても、威力不足で魔族の自己再生が間に合ってし
まう。化学兵器は改良が重ねられているが、どうせ抵抗力ですぐに効かなくなる。頼みは一発でも虐殺せしめる
広域破壊兵器だが、これは既に数がない」
唇の動きだけを追って、ことねは目を白黒させた。何が何だか分からなかった。彼の妙に濃い顔立ちは、見て
いるだけでも毒気に中てられる気がする。
「しかしあのスーパーロボットフォルムならば、至近距離から砲弾をも凌ぐ攻撃を自由自在に放つという、それ
らのどれとも違う戦術をとれる」
言い放つ彼の口調には、強烈な自信。
しかし、ことねはやはり状況が掴めず、呆然とするしかない。
男はそこで初めて少女の無反応をいぶかしむような妙な表情を浮かべ、ひとり「ああ」と納得したように声を
発してから、ようやく自己紹介をした。
「俺は天農(あまの)。下は男の子のヒミツだ」
あるいはことねがもう少し大人だったなら、その男がまともな人間なら言ってはならないことを口走ったのだ
と気づいたかもしれなかった。しかし幼稚園児としては、ヒミツはただ「秘密なのだろう」としか思わない。
「わたしは、ひらおかことね、です」
「そうか」
「……」
「……」
それきり会話が止む。
「あのっ」
ことねは勇気を出した。
「あなたは、なにをしているひとなんですか?」
「天才博士さ」
あっさりと天農という男は答えた。
嵐と化した巨人達に蹂躙された街並みに、無骨な遮光器が向けられる。
「あの青い、っつっても視えんか、スプリガンっていう正義のロボットを造ったのが、俺達だ」
視界にいても速すぎて視認できなかっただろうが、今はビルが遮蔽物となるためにどこで戦っているのか詳し
い位置も掴めない。激しく響く音だけが、戦闘が未だ終わっていないことを表していた。
「あっ! スプリガンさんに、わたし、たすけてもらって!」
「実は俺としては魔族をぶち殺すために造ったわけでは全然なしに、気まぐれに組み立ててみたものに偶然それ
だけの素質があったというだけの話なのだがな」
天農はことねの言葉には興味を示さず、また自分の世界に没頭していく。極限の集中力と引き換えに、さまざ
まな意味で視野狭窄を起こすタイプらしかった。
「基幹技術は叡智の巨人アルハーカーンが遺したGXコーデックスを独自に解釈したもの。大ヘルマヌスと十一
人の弟子達のエーテル光技術があって初めて可能となった神速の柔軟性駆動、それに耐えきる毒島教授の生態模
倣型コンディション維持機能。複合センサはW機関が魔族の感覚器を再現したもの。フォルムチェンジ機構は、
確か紅龍会とかいう変なマフィアが保管していたか。シュタインばかせの微小擾乱整流デバイスは試作を重ねる
うち、分解した衝撃波の再収束を実現させつつある。装甲や打撃マニピュレータに用いたアンブロシア鋼はソー
ドスミス翁の加工、超級人工知能はヴォルゼウグ派の第六世代型コンピュータあってこそ」
どう考えても彼個人の名前よりは黙っておくべき情報がだだ漏れだった。何となく「すごいなあ」と圧倒され
ながらも、怒涛の専門用語を少しも理解できず、ことねとしては口を噤むしかない。
「……ともかく、考えようによっては魔族よりも恐ろしい、物凄い天才達が力を合わせて造ったんだな」
さすがに幼い子ども相手には不適当と思ったのか、照れ隠しのような咳払いをしてから天農博士は言葉を噛み
砕いてみせた。
「俺達の造ったスプリガンは、あんな魔族すぐにやっつけてここに戻ってくるから、そしたら家に送ってやる。
だから、少しここで待っていろ。俺が言いたいことはそれだけだ」
聞くからに子どもに慣れていなさそうなぎこちない気遣いにかえって安心して、ことねの頬が緩む。廃墟と化
した街で巡り合えたのは、自分勝手なだけの大人ではなかった。
「……む。この拍子は流派超重延加拳“火炎車”か。それも仕留め損なった」
不意に声色を独り言に変えて、天農の目線が遠くなる。小さな音や微細な振動から推測できるのか、遮光器に
特別な機能があるのか。どちらにせよ、彼には今スプリガン達がどういう状況にあるのか分かるものらしい。
「……まずいな。あの魔族、メンタルバーストする気だ」
異変は呟きの直後。
ことねの白い肌をぴりぴりと電流のような感触が走った。産毛がおののいたように逆立っている。
「ひぁ……っ!?」
「エーテルブラストの余波だ。心配ない」
思わず悲鳴を上げて縮こまることねとは対照的に、天農博士は泰然としていた。しかし、見えない敵を睨んで、
表情にはいかにも余裕がない。
ことねは急な息苦しさを覚えていた。根源を探り当て、息を呑む。
スプリガンとドルンドメオンが交戦していると思しき地点から、蚊柱のようなものが天に伸び上がっていく。
あのすぐ下で、何かが起こっている。
ことねの目にそれは、凶事を伝える黒い狼煙と映った。
発してから、ようやく自己紹介をした。
「俺は天農(あまの)。下は男の子のヒミツだ」
あるいはことねがもう少し大人だったなら、その男がまともな人間なら言ってはならないことを口走ったのだ
と気づいたかもしれなかった。しかし幼稚園児としては、ヒミツはただ「秘密なのだろう」としか思わない。
「わたしは、ひらおかことね、です」
「そうか」
「……」
「……」
それきり会話が止む。
「あのっ」
ことねは勇気を出した。
「あなたは、なにをしているひとなんですか?」
「天才博士さ」
あっさりと天農という男は答えた。
嵐と化した巨人達に蹂躙された街並みに、無骨な遮光器が向けられる。
「あの青い、っつっても視えんか、スプリガンっていう正義のロボットを造ったのが、俺達だ」
視界にいても速すぎて視認できなかっただろうが、今はビルが遮蔽物となるためにどこで戦っているのか詳し
い位置も掴めない。激しく響く音だけが、戦闘が未だ終わっていないことを表していた。
「あっ! スプリガンさんに、わたし、たすけてもらって!」
「実は俺としては魔族をぶち殺すために造ったわけでは全然なしに、気まぐれに組み立ててみたものに偶然それ
だけの素質があったというだけの話なのだがな」
天農はことねの言葉には興味を示さず、また自分の世界に没頭していく。極限の集中力と引き換えに、さまざ
まな意味で視野狭窄を起こすタイプらしかった。
「基幹技術は叡智の巨人アルハーカーンが遺したGXコーデックスを独自に解釈したもの。大ヘルマヌスと十一
人の弟子達のエーテル光技術があって初めて可能となった神速の柔軟性駆動、それに耐えきる毒島教授の生態模
倣型コンディション維持機能。複合センサはW機関が魔族の感覚器を再現したもの。フォルムチェンジ機構は、
確か紅龍会とかいう変なマフィアが保管していたか。シュタインばかせの微小擾乱整流デバイスは試作を重ねる
うち、分解した衝撃波の再収束を実現させつつある。装甲や打撃マニピュレータに用いたアンブロシア鋼はソー
ドスミス翁の加工、超級人工知能はヴォルゼウグ派の第六世代型コンピュータあってこそ」
どう考えても彼個人の名前よりは黙っておくべき情報がだだ漏れだった。何となく「すごいなあ」と圧倒され
ながらも、怒涛の専門用語を少しも理解できず、ことねとしては口を噤むしかない。
「……ともかく、考えようによっては魔族よりも恐ろしい、物凄い天才達が力を合わせて造ったんだな」
さすがに幼い子ども相手には不適当と思ったのか、照れ隠しのような咳払いをしてから天農博士は言葉を噛み
砕いてみせた。
「俺達の造ったスプリガンは、あんな魔族すぐにやっつけてここに戻ってくるから、そしたら家に送ってやる。
だから、少しここで待っていろ。俺が言いたいことはそれだけだ」
聞くからに子どもに慣れていなさそうなぎこちない気遣いにかえって安心して、ことねの頬が緩む。廃墟と化
した街で巡り合えたのは、自分勝手なだけの大人ではなかった。
「……む。この拍子は流派超重延加拳“火炎車”か。それも仕留め損なった」
不意に声色を独り言に変えて、天農の目線が遠くなる。小さな音や微細な振動から推測できるのか、遮光器に
特別な機能があるのか。どちらにせよ、彼には今スプリガン達がどういう状況にあるのか分かるものらしい。
「……まずいな。あの魔族、メンタルバーストする気だ」
異変は呟きの直後。
ことねの白い肌をぴりぴりと電流のような感触が走った。産毛がおののいたように逆立っている。
「ひぁ……っ!?」
「エーテルブラストの余波だ。心配ない」
思わず悲鳴を上げて縮こまることねとは対照的に、天農博士は泰然としていた。しかし、見えない敵を睨んで、
表情にはいかにも余裕がない。
ことねは急な息苦しさを覚えていた。根源を探り当て、息を呑む。
スプリガンとドルンドメオンが交戦していると思しき地点から、蚊柱のようなものが天に伸び上がっていく。
あのすぐ下で、何かが起こっている。
ことねの目にそれは、凶事を伝える黒い狼煙と映った。
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